グランダムの愚王   作:ヒアデス

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第54話 血気

 《闇の書の真の主》。

 他の三人とともに地に膝を付けながら、シグナムはそれを告げた。そういえば四人そろってひざまずいたのはディーノ戦以来だな。

 だが、そんな彼女たちの横から――

 

「ま、待ちなさい!」

 

 ふいに横から水を差され、守護騎士たちが怪訝そうにそちらを見る。

 そこには顔を赤くして、衝撃も冷めやらぬ様子のまま、俺たちに何事か訴えかけようとするエリザがいた。

 彼女を見る守護騎士たちの目は冷ややかで、そういえばこいつがいたなと言わんばかりだ。

 

「まさか、あなたたちは帝国軍と戦うつもりですか? 先ほどの話を聞いていなかったんですか? 最低でも五万の大軍がリヴォルタに向かって来ているのですよ!」

 

 そう言って必死に守護騎士たちを思いとどまらせようとするエリザにヴィータは鼻を鳴らした。

 

「五万? それがどうした? あたしらは十万くらいのマリアージュと戦ったことがあんだぞ。弱っちい人間が五万くらいいたところでどうってことあるか」

 

 その物言いにエリザは「いいえ」と(かぶり)を振る。

 

「五万というのはあくまで概算としての見込みです! あの塔兵は明らかに目視などの訓練を受けていない様子でしたから、実際には二、三万の開きがあると考えるべきです! いえ、これが連合への牽制を兼ねているのなら、そのマリアージュのように十万はいるのかも!」

 

 その説明にもヴィータは「で?」と尋ね返し、シグナムがその場から立ち上がりながら言う。

 

「エリザの言う通り敵軍の数が十万だったとしよう。しかし、それでも今の我らにとってはものの数ではない。此度の敵はマリアージュと違って、将の指示がなければ動けん軍隊だ。将を討ち取って指揮系統を破壊するなりやり方はある」

 

「……確かにあなたたちの力で何万か削ったうえでそれだけの打撃を与えれば、撤退に追い込むことはできるかもしれませんけど……」

 

 徐々に言葉を詰まらせていくエリザにヴィータは迫りながら、

 

「さっきから聞いてれば、あたしらを帝国軍って奴らと戦わせたくないみたいだけど。もしかして奴らとグルなんじゃねえだろうな?」

 

「ち、違います。私は――」

 

「それにあんた、帝国の貴族だって言ってたよな。まさかとは思うが、帝国軍より先にリヴォルタに来て探りを入れてから連中を――」

「よせ!」

 

 シグナムに一喝され、ヴィータは思わず言葉を引っ込める。

 そんなヴィータにシグナムは続けて言った。

 

「言い過ぎだヴィータ。エリザたちはそんな人間ではない。彼女たちが帝国の間者だったら、我が身を顧みずフッケバインたちと戦うことなどするわけがない。お前とてアロンドと戦った際には、ジェフ殿にずいぶん助けられたのだろう」

 

「そういやそうだったな……わかったわかった。あたしが悪かったよ!」

 

 反論できないのとアロンドの名前が出たためか、ヴィータは舌打ちをこぼしながら意見を引っ込める。その横でシャマルが軽く頭を下げた。

 

「ごめんなさいエリザさん。ヴィータちゃん、アロンド君のことが振り切れてないみたいで、まだご機嫌斜めなのよ」

 

「い、いえ、その気持ちはよくわかります」

 

 二人の後ろでヴィータが「そんなんじゃねえ!」とわめくが、シャマルはそれに構わず話を続ける。 

 

「でもそれだけじゃないの。この戦いで間違いなく闇の書が完成するから、私たちもつい浮き足立っちゃって。ねえザフィーラ?」

 

 シャマルからそう問われてザフィーラは「うむ」と首を縦に振った。

 

「闇の書の完成は長年にわたる我らが悲願。それがあと一息で叶うとなれば血もたぎるというものだ。特に主ケントのような、忠を尽くすに値する主の下でそれが実現するともなればな」

 

 そう言ってザフィーラは俺を見る。

 それに対して俺は何も言うことができなかった。

 なぜなら俺は……

 

「お前はどうだ? 我ら同様お前も今は主ケントに仕える身だろう」

 

 そこでザフィーラはある者に声をかけた。

 

「……わ、私は……」

 

 闇の書の意思と呼ばれる黒衣の女、彼女はためらうようなそぶりを見せながら、しばらくの間何も言わないままだったが、やがて彼女は意を決したように口を開く。

 

「私はもう魔導書を――っ!」

《Vorbehalt! Ihre derzeitige Rolle besteht darin, beim Sammeln magischer Kräfte zu helfen. Bitte unterlassen Sie Worte und Handlungen, die die Sammlung stören(警告! 現在のあなたの役目は魔力蒐集の補助です。蒐集の妨げになるような言動、行動は慎んでください)》

 

「――どうした?」

 

 突然苦しげにうめいた女に俺は声をかけ、他の者たちは怪訝そうに彼女を見る。

 

「……何でもありません。……私は主の望みに応えるだけだ。主が望まれるのなら私も微力を尽くそう」

「……そうか」

 

 殺気までとは一転、無表情な顔でそう答えた女の様子に、ザフィーラは引っ掛かるものを覚えながらもそれだけを返す。

 それをきっかけにどこか不穏な空気が漂う中でエリザは、

 

「と、とにかく、百歩譲ってあなたたちに勝ち目があるとしましょう。ですがその先はどうするんです? 帝国は間違いなくグランダムを敵とみなしますよ」

 

 エリザの言うとおりだ。

 帝国軍と事を構えればここをしのいだとしても、帝国は今回の事を口実にグランダムに攻め込んでくるだろう。

 本来なら避けなければならないことだ。

 だが今は――

 

「そんなもの恐るるに足りん。闇の書が完成すれば主は絶大な力を手に入れる。帝国だろうと連合だろうと、主とグランダムに仇なすものは灰燼に帰すことだろう」

 

 シグナムは声高にそう言い放つ。

 彼女に対してエリザはとうとう諦めの混じったため息をついた。それを意に介することもなく、シグナムは俺に顔を向ける。

 

「主ケント、何も気にかける必要はありません。何でしたら主はティッタやエリザとともにリヴォルタで待っておられるがよい。闇の書さえお貸しいただければ私たちだけで十分。完成した闇の書と帝国軍打倒の報を持って戻ってまいりましょう。さあ主よ、我らに蒐集と出陣の命を――」

ちょっと待ってくれ!

 

 たまらずそう叫んだ俺に皆の視線が集まる。

 しかし、言わずにはいられなかった。

 

「なんで帝国軍と戦うことが前提になっているんだ? 俺は一言も戦うなどとは言ってないぞ!」

 

 そうだ。勝ち目があろうが、闇の書が完成直前だろうが、俺は最初から戦うつもりなんてない。

 リヴォルタが手に入るかもしれないからといって、ベルカを二分する大国を敵に回すのはあまりに短絡が過ぎる。

 

「……では主よ、主は迫りくる帝国軍をどうされるおつもりで? まさか、このままリヴォルタを見捨てて、すごすごと引き下がるつもりではあるまいな?」

 

「いや、状況によってはそうすることになるかもしれないが、帝国の大軍がリヴォルタに駐留するのは我が国にとっても厄介だ。打てるだけの手は打っておく。まずは交渉を図って、相手の出方を見るぐらいはやっておくべきだろう。だが、彼らと戦闘を行うつもりはない」

 

 そう説き伏せようとしてもシグナムは引かず――

 

「しかし主、数万の軍を相手にすれば確実に闇の書は完成します。かの魔導書が完成すれば、帝国だろうと連合だろうと敵ではありません! ここは一戦交えてでも――」

 

「悪いがそれは聞けない。闇の書の頁を集めるために戦などすれば、俺たちは侵略者と変わらなくなる。それに、闇の書が完成すれば強力な力が手に入ると言うが、過信はできない。そんな不確かなものを信じ切って帝国を敵に回すのは危険すぎると俺は思う」

 

 そもそも闇の書には不確かな部分が多すぎる。

 今のシグナムたちがそうだ。リヴォルタを守る義理なんてないだろうになぜ戦いたがる? なぜ闇の書の完成を急ぐ?

 何かが彼女たちを急き立ててるような、そんな気がしてならない。

 それに……

 

『私はもう魔導書を――っ』

 

 さっき黒衣の女は何を言おうとしていた? 少なくとも戦いを望んでいるようには思えなかったが。

 

「……では、ケント様はこれから何をしようというのです?」

 

 いくらか安堵した様子で尋ねてくるエリザに俺は答えを返した。

 

「先ほど言った通り、まずは使者を出して相手の意図を確かめる。議会に圧力をかけるのが目的で街に入る気まではないかもしれないし、他に何か目的があるかもしれない。それ次第では交渉だけで相手を引かせることも十分可能だろう。それがテジスの言う帝国軍を追い払うに含まれるかは分からないが」

 

「約束通りうち(グランダム)と統合してくれればよし。それが叶わなくても帝国の武力侵攻による拡大は防げるってわけだね」

 

 ティッタの言葉に俺はうなずく。

 都市からの要望による統合と、大軍による強制的な併合はまったく違う。

 前者なら議会はリヴォルタの自治領としての存続を望み、軍の進入や通過には大幅な制限が課せられるようになるだろう。だが、後者なら軍が直接街を占領し支配下に治めることになってしまう。

 この先、帝国がリヴォルタを併合することになったとしても後者だけは阻止したいところだ。

 

 まずは使者を通したやり取りで向こうの真意を確かめる。俺たちがまずするべきことはそれだろう。

 だがその前に……。

 

「ところでエリザ、一つ聞きたいことがあるんだが」

 

「……はい」

 

 俺の問いを予想していたのだろう、エリザは堅い表情で応じる。

 

「今回の帝国によるリヴォルタへの出兵の件、ダールグリュン帝国の人間としてお前はどう思っている?」

 

 さっきヴィータがしたものと似た問いになってしまうが、これだけは聞いておかなくてはならなかった。

 エリザはリヴォルタ併合のような帝国の領土拡大を歓迎する立場の人間だ。

 帝国軍と事を構えるつもりがないと示すためにあえてここまでは聞かせたが、さすがに帝国軍に呼応するかもしれない者たちをこれ以上傍に置いておくことはできない。

 

「……私は」

 

 皆の視線が自身に向けられる中、エリザはゆっくりと答える。

 

「正直に言って……私はこの街に軍が送られてくることは歓迎されるべきことだと思っています。今のリヴォルタには治安を守る組織がなく、先ほど私たちが捕まえた賊のように、街中で公然と犯罪を犯す者が現れ始めているような始末ですから。……ですが不安もあります。この街に送り込まれてくる軍の指揮官が領主となって、圧政を敷くこともあるかもしれないと」

 

 確かにその可能性は十分ある。テジスが俺たちを利用して帝国軍を追い払おうとしているのは、おそらくそれを危惧しているからだろう。

 

「もちろんおば様――いえ、皇帝陛下はそのような事を許されるはずがありませんから、あまりにも度が過ぎるような事はしないでしょう……ですが」

 

「そうでない限りは、皇帝といえども領主が行う税や兵の徴用に干渉することはできない、か」

 

 俺が付け足した補足にエリザはこくりとうなずいて言う。

 

「私にとってもこれは見過ごせない事態です。私の家はこの街の有力商人や議員の何名かとお付き合いがあります。ですが、帝国の領主が圧政を敷くようなことが起これば彼らは怒って、我が(いえ)との関係を断ってしまうかもしれません。……そのような事が起こるかどうか確かめるためにも、指揮官がどのような人物か確認くらいはしておきたいところです」

 

「……帝国軍の指揮官がどんな人物か知っておきたいという点では、俺とエリザの間で目的くらいは一致している……ということか」

 

「おいケント! お前まさか――」

 

 ヴィータが何やら言おうとするが、それを遮るようにエリザが俺の手を握ってくる。

 

「ええ。私にはケント様たちしか頼れる方がいないのです。どうかこの無力な小娘を助けるためと思って、私も皆様に同行させていただけないでしょうか?」

 

「…………」

 

 顔を近づけて懇願してくるエリザに、俺はどうするべきか迷った。

 だが――

 

「わかった。こちらからも協力を頼むエリザヴェータ殿」

 

「ありがとうございますケント様!」

 

 結局俺は、これまで通り彼女と行動を共にすることにした。

 エリザがリヴォルタの商人や議員と繋がりがあるのはおそらく本当のことだろう。その繋がりを保つために指揮官がどんな人間か確かめたいという、エリザの主張は理にかなっているように思える。

 エリザに手を握られながらそんなことを考えていた時だった。

 

「所詮あの親父の息子か」

 

 隅の方からそんな声と舌打ちが聞こえてきたのは。

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