グランダムの愚王   作:ヒアデス

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第55話 腐れ縁

 百年近くもの歴史を持つ伝統ある建物が並ぶ、帝国の都市をいくつか抜けてから二日間ほどが経って、帝国軍の前に巨大な街が見えてきた。彼らがいままで見てきた中で最も広大な都市リヴォルタ。ダールグリュン帝都と比べても二回り以上は大きいだろう。

 軍列の後方で進んでいる馬車の中で、遠征軍の指揮を執るダスター・D・L・ディーノは頬杖を突きながら、前方に見える街を眺めていた。

 

(あれがリヴォルタか。想像よりはるかに大きな街だが、ろくな都市計画も立てずに建造物を建てて各区を圧迫しているらしいな。歴史の浅い街にありがちだが、まあ目をつむってやろう。皇帝の直轄地(帝都)より広いしな)

 

 ダスターはニヤニヤと口角を上げながらリヴォルタの街を眺めていたが、上空を飛んでいる魔導兵が視界に映ると彼の方に視線を移す。

 

(偵察か、ご苦労なことだ。連合が姿を見せたところで、奴らより先にリヴォルタを占領してしまえば口出しなどできなくなるだろうに)

 

 ダスターは鼻を鳴らしながらそう思った。

 遠征軍の中に少なからず配備されている飛行魔導師たちは一定の時間が経つごとに、あるいは行軍を停止するごとに上空を飛び、そこからリヴォルタ周囲を見回していた。特に中枢王家が治めるカンナム王国がある東は、見落としがないよう注意深く。

 それを命じたのはダスターではなく、彼の副官としてつけられた伯爵であり、あの偵察もダスターを差し置いて皇帝が自ら伯爵に命じたものらしい。

 それを思い出してダスターは完全に笑みを消す。

 指示があるならなぜ指揮官である俺に直接伝えないんだ? 一週間前の謁見といい、皇帝は明らかに俺を軽んじている。

 

(生まれながらディーノ王になることが決まっていた俺と違って、兄二人を謀殺するような真似をしなければ帝位に就くこともできん武人上がりの下賤な女が。忌々しい。どこぞの戦場で討ち取られていればいいものを)

 

 そんなことを思いながらすっかり気分を損ねたダスターは、気分を治すためにもう一度自分のものになるだろう街に視線を移そうとした。

 だが、そんな彼の前に一人の飛行兵が飛んでくるのが見えた。

 

「失礼します。閣下、少々よろしいでしょうか」

 

 その言葉にダスターは不快感も隠さず、顔をしかめたまま馬車の窓を開ける。

 

「何だ? カンナム軍でも現れたのか? 今更のこのこと出てきたところで、我々より先にリヴォルタに入ることなど叶わんだろう。構わず行軍を続けろ。それとももう一日野宿を続けたいのか?」

 

「いえ、閣下にお目通りを希望する者が現れまして……ただ、その者は」

 

「俺に目通りだと?」

 

 それを聞いてダスターは飛行兵の向こうに目をやる。

 そこには桃色髪の美女がおり、ダスターはわずかに目尻を下げる。

 いかにも武人然といった色気のない恰好の女だが、領地を離れて女日照りが続いていた彼には新鮮な刺激だっただろう。それに遠目から見てもかなりの端正な容姿をしているとわかる。

 だが、彼女がまとっている鎧を目にした途端、ダスターは眉をひそめた。

 

(黒鎧だと? ……まさか)

 

 女が身につけていた鎧からダスターは祖国を滅ぼしたあの国の事を思い出すが、彼としては憎しみよりも先に疑問の方を感じた。

 

「なんでグランダムの兵がここに?」

 

 

 

 

 

 

 それから少し経った頃のリヴォルタ南区。

 

「あっ、戻って来たわ!」

 

 シャマルの声に俺たちは揃って上空を見上げる。

 そこには帝国軍のもとへ飛び立った時と、何一つ変わらないままのシグナムがいた。返り血一つつけていないところから戦闘になることはなかったようだ。

 帝国軍がいる場所に向かわせる使者は、俺としては選べるものならザフィーラに頼むつもりだったのだが、例によってガレアの時と同様シグナムが行くと言って聞かなかった。まあ、今更帝国兵相手に彼女がどうこうされるとは思ってはいないが。

 安堵の息をついている俺の前にシグナムが降り立つ。

 

「主ケント、ただいま戻りました」

 

「ああ。それで、どうだった?」

 

 俺の問いにシグナムは複雑な表情を見せながら口を開いた。

 

「はい。ぜひ主とお会いしたいとのことです。いつでも来てくれて構わないと言っていました。供に関しても何人でも連れてきてもいいと」

 

 「「……?」」

 

 シグナムの言葉に俺たちは首をかしげる。

 やけにあっさりと承諾したな。しかもかなり手厚い歓迎ぶりだ。てっきりはねのけられるか、何か条件を付けてくるものだと思っていたが。

 エリザにとっても予想外なのだろう、ぽかんと立ち尽くしている。

 

「シグナム、俺たちがグランダムの人間だということは伝えてくれたんだよな?」

 

 俺の問いにシグナムは困惑したまま「はい」と首を縦に振り……。

 

「ただ、私が伝えるよりも前に相手の指揮官はそれを察していたようです」

 

「……?」

 

 俺は再び首をひねる。

 シグナムが装着している鎧を見て気付いたのだろうか? だとしたら帝国軍の中にはよほどグランダムに詳しい者がいることになるが……帝国の人間でグランダムに精通しているものなんて……。

 俺はエリザを見る。俺が何を考えているのか察したのだろう、エリザはぶんぶんと、ジェフは一回だけ首を振ってみせる。

 

 ……いや、エリザたちとは思えない。帝国軍と交渉すると決めてから彼女とジェフは俺たちの前から姿を消したことはないし、ここから帝国軍がいる場所までは遠すぎて思念通話を交わすことすらできない。例外は俺が習得した超距離念話ぐらいだ。

 ……どういうことだ? ……いや、何か思い当たる節があるような。

 

 そんな風に俺とエリザの頭の中で渦巻いている疑問は、シグナムが放った一言で氷解する。

 

「そういうことだから遠慮なく尋ねてきてくれと、ダスターという指揮官が」

 

「――あっ!」

 

 あいつか!

 

 大仰に反応している俺を、みんなは怪訝そうに見つめている。

 そんな皆を代表して俺の前にいるシグナムが尋ねてくる。

 

「……もしやと思っていたのですが、主のお知り合いですか?」

 

 その問いに俺は言いたくない気持ちを懸命に押し留めながらそれを口にした。

 

「……腐れ縁だ」

 

 

 

 

 ダスター・D・L・ディーノ。

 とある国の王子だった男で、隣国の王子同士ということで何度も会ったことがある。というか無理やり会わされた。

 付き合いだけならクラウスより古く、長い。もっとも断じて友人と言える間柄ではないが。

 見た目だけなら俺なんかよりも王子という言葉が似合う整った顔立ちだが、性格には大いに問題があり、陰険で姑息で狡猾、そのうえ自尊心が高く自分が最も優れていると信じて疑わない男でもある。

 井の中の蛙という言葉がふさわしい、考えようによっては不幸な奴だろう。

 

 そんなダスターが王子として生まれ育った国の名は『ディーノ』。四ヶ月前、我が国グランダムに併合された国の元王子だ。

 つまり、奴にとって俺は長年の宿敵であり、祖国を滅ぼした仇敵でもあり、自分を王族から追い落とした怨敵でもある。

 

 ダスターの名を聞いて交渉は難しくなったと思った。同時にこうも思う。

 

 戦って済むなら楽だったのにな……。

 

 

 

 

 

 

 半刻後、リヴォルタから南西の街道。

 街道の真ん中には白い甲冑をまとった帝国の軍勢が居座っていた。

 街道は彼らによって塞がれており、他にこの道を通る者のことなど全く考えてない。通りたいのなら道を外れて平野を通れということだろう。いや、それだけならまだしも、あの男の事だから自分の前を横切っただけで逆上して金品を没収しそうだ。

 

 俺たちは帝国兵たちがいる場所から、少し距離を空けて地面に降り立った。

 帝国兵たちは一斉に俺たちに無遠慮な視線を向け、様々な反応を示す。

 俺や守護騎士たちがまとう黒い鎧を見て訝しげに顔をしかめる者、シグナムたちやエリザを見て鼻の下を伸ばす者、ザフィーラやジェフを見て鼻の下を……えっ?

 

 そして奥の方にはエリザやジェフを見て、何やらひそひそと囁きを交わしている者たちがいた。……やはり彼女らを知っている者たちもいるか。本来ならエリザを通して、彼らのような者たちから指揮官に取り次いでもらおうと考えていたのだが、その必要もなくなったらしい。

 

 そんな中、軍列の中央に俺たちを鋭い目で睨みつけている緑色の甲冑を着た兵士たちがいた。

 間違いない、ディーノ兵の生き残りだ。ということはやはりこの軍を指揮しているのは……

 

「やあ。ケントじゃないか! 待っていたよ!」

 

 俺たちを親の仇のように睨む元ディーノ兵の中心で、同じく緑色の甲冑をまとった薄緑色の髪の男が、笑顔を浮かべて俺たちに歩み寄ってきた。

 男の両目は虹彩異色(オッドアイ)の特徴を持つベルカ王族の例にもれず、左右の色が違っており右眼は青く、左眼は黄色い。

 だが、それ以上にカエルを見つけた蛇のような酷薄な目つきと、後ろ盾のない独立国の王族である俺を完全に見下した歪んだ笑みが、奴であることを裏付けている。

 

「久しぶりだなダスター。シュトゥラに留学して以来だ」

 

「ああ、そういえばそんなところに行くとか言ってたな。あの国は大陸の北端にあるから冬はさぞこたえただろう。留学するならディーノか帝国にすればよかったのに」

 

 互いに笑顔でそんなことを言い合う俺たちを見て、元ディーノ兵が唖然としているのが見える。守護騎士たちも間違いなく同じような顔をしているだろう。

 そんな中で俺とダスターは互いに右手を出し、握手を交わす。

 だが、手を離してからすぐにダスターは俺たちに見えるように懐から取り出した布で右手を拭い、それを見て元ディーノ兵たちはにやにやと笑う。

 同時に俺の後ろからヴィータが息を飲む声が聞こえてきた。これで間違いなく俺とダスターの関係が守護騎士たちにも伝わっただろう。

 

《何だあいつ。ケントにも見えるように手を拭きやがったぞ。嫌な奴だな》

 

《あれが奴の本性なのだろう。なるほど、主にとって知り合いではあるが友人ではないと仰るわけだ。クラウス殿とはまったく違う》

 

 ここで余計な反応をしたらこいつの思うつぼだ。俺は気付かないふりをしつつ、話しかけ続けるダスターに相槌を打つ。

 そこへ――

 

「失礼。お二人とも、友好を温めるのは結構ですが、立ちっぱなしではお疲れになるでしょう。お連れの方々もすっかり暇を持て余しているようだ。椅子と紅茶を用意させましたので、ひとまずそちらで落ち着かれてはいかがでしょう?」

 

 後ろからかけられてきた声に、ダスターはわずかに顔をしかめてから振り向き、俺もそちらへ意識を移す。

 ダスターの後ろにはいつの間にか白髪の男が立っていた。壮年で顔中に髭をたくわえ紫色の瞳をしている。彼が身にまとっているのは白い甲冑で、元ディーノ兵ではなさそうだ。

 男の言うとおり、彼の向こうには白い卓とそこに置かれた人数分の紅茶、椅子が並べられていた。

 ダスターはしかめた顔を仏頂面程度に直してから男に返事を返す。

 

「ローダンか、ご苦労。では早速厚意に甘えさせてもらうとしよう。ついて来いケント、連れの諸君も。ともに伯爵殿が手ずから入れてくれた紅茶を堪能させてもらうとしようか」

 

 そう言い残してダスターはさっさと卓の方へ向かう。

 彼と入れ代わりに白髪の男が俺に一礼して挨拶をしてきた。

 

「グランダム王ケント殿ですな。挨拶が遅れて申し訳ない。(それがし)はローダン。ダールグリュン帝国にて伯爵位についている者です。以後お見知りおきを」

 

「こちらこそ名乗るのが遅れた。ケント・α・F・プリムスだ。ありがとうローダン伯爵」

 

 丁寧に名乗ってくれたことと淀んだ空気を一変させてくれたことに対し、俺は伯爵に礼を述べる。

 伯爵はいえいえというように片手を振り、俺の後ろにいる連れにも卓につくように勧める。

 その時、エリザと伯爵がちらりと目配せを交わしたのが見えた。

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