「殿下、よくぞご無事で! 申し訳ありませんな、お力になれず」
ディーノ王を倒し朽ちた森から残存兵を連れて本陣へ戻ってきた俺を、陣にいた兵士を代表して将軍が出迎えてくれた。
「いや、貴公が後詰として背後を守ってくれたから前線での戦いに専念できたんだ。誇っていい。それで、彼女については……」
「ええ、殿下にお仕えしたくここまで来たのだと聞いております。確かですかな?」
そう問い合わせてきた将軍の横には……
「主様、お帰りなさいませ」
守護騎士でただ一人、陣に残してきたシャマルが一礼して俺たちを待ってくれていた。
守護騎士内では参謀役という立場にいるらしいため、直接戦う役には向かないことと、《風の癒し手》を名乗っているため医療知識があるのではと思い、負傷兵の手当てを頼んでいたのだ。
もちろん前線で戦ったシグナムとヴィータ、俺の護衛をしてくれたザフィーラと同じように、シャマルにも感謝している。
「ただいまシャマル。負傷兵の手当てご苦労だった。この通り他の守護騎士たちも無事だ」
そう返事しながら後ろを見る。
シグナムとザフィーラはそっけなく視線を返し、ヴィータは軽く手を振るだけだった。多分俺ではなくシャマルに振ったんだろう。
「……ゴホン」
守護騎士たちとそんなやり取りをしていると、将軍が咳払いをして自分の存在を示してきた。
そう言えば彼の質問に答えてなかったな。彼女たちが信用できるかだったか。
「大丈夫だ。シャマルも後ろの三人も信頼できる。森で戦っていた兵にも聞いていいが、この三人は身命を投げうって敵軍と戦ってくれた。二心があるものに出来ることじゃない」
「待ってください!」
言い終えたところで別の将校が割ってきて、将軍と俺は彼に顔を向ける。
あちこち泥や木の葉がついていることと鎧兜の装いから、森で戦っていた部隊の指揮官の一人だろう。
俺たちの視線を受けても彼は臆さず、果敢に告げた。
「俺は王都から出立してずっとここにいましたけど、こんな女たち俺は見たこともありませんよ! それに彼女たちはあまりにも強すぎる! 彼女たちが最初からいたならこんなに苦戦することも、陛下を失うこともなかったんじゃないですか?」
……やはり隠し通せないか。
どの道闇の書抜きに今後の方針は決められないし、臣下に隠し事をしながら政を行うような王には、人が離れていく一方だろう。
ならば……。
「分かった。包み隠さず話そう。守護騎士たちの身分も確定させたいと思っていたところだ。……シャマル、シグナムとヴィータの手当てを頼む。大丈夫だと言っていたがあれだけ深手を負って大したことがないはずがない」
「……はい、かしこまりました」
◇
ケントが将軍たちと共に奥の天幕へ行って、守護騎士四人が残される。他の兵士たちも話しかけようとはせず遠巻きに見ているだけだ。
「シグナム、ヴィータ、深手って?」
「肩に斧が刺さっただけだよ。シグナムは腹に矢が、
「うむ。再生機能が働いてすでに完治しているしな。お前の手はいらん」
尋ねるシャマルにヴィータもシグナムも、件の箇所を見せながら健在だと主張する。
彼女らの言う通り、そこにはわずかほどの傷跡もない。森でついた汚れと服があちこち破れているのが問題だが、初めての事ではなく、大事な箇所は覆えているので本人たちは気にしていなかった。
むしろ努めて見ないようにしていたケントや紳士な兵士たちの方が大変だった。そうでない兵士ももちろんいてケントたちに注意されたが。
「しかし、今回の主は奇特な方だ。我々に危険だと感じたら逃げて構わないと言ったり、お前たちの傷の心配までするとはな」
傷の話に関連付けて、ザフィーラは今回の主となったケントについてそう語りだした。
シグナムもシャマルもそれには同意する。
今までの主は高い資質、能力、その他の力をもって闇の書に選ばれながらも、闇の書がもたらす力に執着し、自分は動かず守護騎士たちに魔力やリンカーコアを集めさせようとするばかりだった。
シグナムとヴィータは絶えず前線に送られ、死線を潜り抜けながらも、労いなんてかける主は片手の指で数えるほどもいない。
ケントのように自らも戦い、時に守護騎士の助けも拒み、頁集めが遅れるのもいとわず蒐集した魔法を使い、そして守護騎士の身を案じる。こんな主は異端中の異端、はっきり言ってイレギュラーだ。
しかし、その一方で守護騎士たちはこう考えてもいた。
「闇の書とあたしらの扱いに戸惑ってるだけだよ。慣れたらいつも通り、早く闇の書を完成させろだの、腕や足が斬り落とされてもさっさと再生して戦地へ行けだの言われるようになる。変な期待はすんなよ」
「「「……」」」
いまだ召喚されて初日だけあって、ヴィータの推測を三人は否定できなかった。
◆
戦に勝ってから翌日、俺は守護騎士の四人を自分の天幕に招いた。
シャマル以外の三人は戦で服の損傷がひどく、予備の服に着替えてから天幕に来て、椅子に座っている俺の前に最初の時のように膝をついている。
「昨日は大儀であった。この勝利は紛れもなく君たちのおかげだ。感謝の念に堪えない」
「……いえ、もったいないお言葉」
先頭でひざまずいているシグナムはぎこちない様子でそう返事を返す。
「君たち守護騎士、ヴォルケンリッターの事は一部の将校に話しわかってもらえた。闇の書の伝承に騎士の事が触れられてることと、シグナムとヴィータの戦いぶりのおかげだろう。君たちは紛れもなくグランダムの一員、堂々とこの場にいるといい」
「……はっ。これからも主の手足として、剣として、勝利をささげて参ります」
主か。そういえば戦の前後のごたごたでまだ名乗ってなかったな。
「名乗るのが遅れた。私はケント・α・F・プリムス。グランダムの王子――そしてこれからはグランダムの王になる立場にある者だ」
「そうでしたか。では、これから状況によっては“陛下”とお呼びした方がいいかもしれませんね」
そう言ってきたのはシャマルだった。
参謀役とあって彼女は色々融通が利く性分をしているらしい。
「そうだな。だが、仰々しい場でなければケントと呼んでも構わんぞ」
四人、特にヴィータに向けて告げる。
口調と態度からわかる通り、ヴィータは俺を主と呼んでるものの、それは明らかに闇の書の持ち
他の三人にしても敬われるようなことをした覚えはなく、形式的に主と呼んでるだけなのは想像に難くない。
俺の思惑を知ってか知らずか、ヴィータはぞんざいな口調で――
「んで、敵の都市を攻めるのはいつやんの? 命令されればすぐにでも飛んで行って、リンカーコアを集めてくるけど」
「「――!」」
ヴィータがいきなり話題を変え、よりによってそんなことを言い出した。
すぐシグナムとシャマルが叱責するものと思い、彼女らの方を見たが、ザフィーラも含め彼女らはこちらの命令を待っているとばかりに見つめてくるだけだ。
ディーノは帝国の威光を頼りに出兵にほとんどの兵力を割いて、国には軍がほとんど残っていない。それをまだ知らないで聞いてきたのか?
それともまさか、リンカーコアを蒐集するために民を襲うことまで守護騎士はするというのか?
「いや、おそらくこれ以上は戦にはならない。しばらくここに残って国からの援軍は待つが、それと同時にディーノへ開城を促す書状を届け降伏させる。背後にいる帝国から不平を言われても、ディーノの非を訴えることで併合を認めさせるつもりだ」
「――!」
俺と将軍たちですでに決めていた今後の方針を告げると、四人は一様に目を見開いて驚く。
「おいおい! 本当にそれでいいのかよ? 都市中の人間からリンカーコアを集めれば150ページは埋まるぞ。その機会をみすみす捨てる気?」
「それはただの虐殺だ。戦時の中でそれを行う王や将もいるが私はそれを好まない。それに我が軍がそのような非道を行えば、帝国は都市解放を口実に我が国に攻め込むだろう」
「だったら、今度はその帝国って奴らからリンカーコアを――」
「控えろヴィータ! 主にはお考えがあるのだろう。――申し訳ありません我が主! 主が待機を命じるなら我らはそのように致します。ですのでヴィータの無礼をどうかお許しください」
説明しても食い下がってくるヴィータを叱り、シグナムは深く頭を下げる。
そんな彼女に俺は言った。
「いや分かってくれればいい。よってしばらく君たちは自由だ。昨日の激戦の疲れがまだ取れていないだろう。陣地内で疲れを癒すなりするといい。私に言ってくれればグランダムへ向かってもいいが、できればディーノ併合の段取りを組んだ後にしてくれないか。我々と一緒に戻った方が、我が国の民から余計な疑いを持たれずに済むだろう」
「……」
俺がそう言うと四人はまたあっけにとられた。
おかしなことを言ったつもりはないのだが。
◆
一週間後、グランダム軍は無血開城したディーノ城に入り、ディーノ王国領の併合を宣言。同時に宗主国ダールグリュン帝国に伝令を派遣し、戦の経緯と共に通達した。
ダールグリュン帝国は、戦の発端がディーノからの宣戦布告も同然の強引な要求であること、グランダム軍の兵はディーノで略奪行為などを行っておらず非が見当たらないこと、そしてディーノ軍が
ディーノ併合を終え、グランダムに帰国した俺は馬に騎乗した姿のまま、王都の民に囲まれる中で民に手を振りながら行軍していた。
数十年ぶりの領土獲得を祝う者、王を失った事に落胆する者、その両方で複雑そうに俺たちを見送る者。
そんな中を馬に乗り、時間をかけて練り歩いていた。
――!
その途中で気が付いた。
俺たちを見る大衆の中に手も振らず、無表情でじっと俺を見る少女がいるのだ。
波打った茶髪を流し容姿は整っているが、右眼は眼帯に隠されていて、残った緑色の左眼で俺を見つめている。
俺はその少女に向かって手を振り、笑いかけてやった。
しかし、少女は背を向けて逃げてしまった。
あからさますぎたかな?
◇
「あの方が新しい王様だってよ」
「それより王子の後ろの馬に乗ってる美人たちと子供は誰だ? 女子供の兵士なんていなかっただろう?」
「ただの女子供じゃないらしいぜ。隣国の兵をほとんど斬り捨てたのはあの桃色髪の美人と赤髪の子供だそうだ」
「まさか。お伽話なら子供に聞かせな」
「でもうちの軍隊、数では圧倒的に負けてたのに戦には勝てたんだろう。それであの女たちは、王子が魔法で召喚した騎士だって噂が流れてるぞ。ガセだろうけど」
そんなくだらないことを言い合っている大人たちを、眼帯の少女は冷めた目で一瞥し、離れて行った。
少女にとっては王が死んだことに何の感慨もない。
むしろ正直胸がすく。自分の立場を思えば。
しかし王子、新しい王様とやらには興味がある。
(顔はさえないけどからかいがいはありそうかも。王様は死んでくれてせいせいしたけど、あの人には恨みは無いしなぁ。一度話がしてみたい。……あの赤髪の子が軍隊に入れるなら私だって……ここは一つやってみるか!)
◆
その翌日、ケント・α・F・プリムスは亡き父王の後を継いで王位につき、グランダム軍のもとでこの戦に加わり、勝敗を左右するほどの武功を上げた四人に騎士の位を与え、自身の側付きに任じた。
ケント王はこの四人を『守護騎士』または『ヴォルケンリッター』という異名で呼んでいたという。
そしてケント王のもとには常に黒い魔導書があった。
当時王子だったケント・α・F・プリムスは腐敗兵器と『闇の書』を用いて、自軍より圧倒的に多かったディーノ軍を撃退。ディーノ王国を攻め落とし、亡き父王に代わって王位についた。
悪名高い『愚王ケント』の誕生である。
それから彼は、いずこから連れてきた美女二人と年端もいかない少女に加え、護衛として屈強な大男を入れた四人を『守護騎士』と称して側に置くようになった。
哀れなこの四人は自分たちがどんな最期を辿るのか知ることなく、献身的に王に仕えているのだった。
愚王伝第1章 終