グランダムの愚王   作:ヒアデス

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第58話 リヒト

 帝国軍の撤退から三日後。

 リヴォルタ中央区の市議会議事堂前にて、握手を交わすグランダム王ケントと市議会議長代行の姿があった。

 ケントは議長代行から手を離して演説台の前に立ち、議事堂前に集まっている大勢の市民の前で、リヴォルタ自治領とグランダム王国の統合を宣言し演説をしている。

 その後ろで共和国派だった議員が、帝国派だった初老の議員と小声でささやき合っていた。

 

「いいのか? グランダムとの統合など認めてしまって」

 

「……ふむ。わしも本当にこれでよいのかとは思う。ヴァンデインがいなくなった今、リヴォルタのような一都市が戦乱の世を生き残るには、帝国や連合のようにもっとも勝ち残る可能性が高い国に庇護してもらうしかない。だが、あのグランダム王という小僧はわずか十人足らずの手勢だけで、数万の帝国軍を追い払った。もうここは一つあやつに賭けてみるのもありだろう。あの小僧は闇の書を持っているという話だしな」

 

「その魔導書の伝説なら私も聞いたことがある。完成させたものはベルカを始め、あらゆる世界を手にする力が得られる代物だとな。まあ、信じてはいなかったが」

 

 共和国派議員は苦笑しながら肩をすくめた。

 帝国派議員も苦笑で応じる。

 

「そりゃそうだ。そんな言い伝えを真に受けるのは十までの童ぐらいだろう。だからこそ闇の書の力が本物だと知ってわしは驚き、そして恐ろしくなった。もし逆らったりすれば闇の書の力でこの都市を支配する気なのかもしれんとな。そう思っているからお前もグランダムとの統合を認めたのだろう?」

 

 その問いに共和国派議員は首を縦に振った。

 彼らがグランダムとの統合に応じることにしたのは、とどのつまりケントと闇の書が恐ろしいからだ。ガレア軍や帝国軍や倒した力を自分たちに向けるようなことがあったらと。

 

 そんな危険を冒すぐらいならまだケントに従った方がましだろう。

 幸いケントはグランダムから領主を送るとは言っているものの、議会についてはこのまま存続させることを約束してくれた。一ヶ月後の選挙さえ乗り切れば、自分たちの地位が脅かされることはない。

 それにケントが連合や帝国に負けることがあれば、その時はまた連合や帝国にすがればいいだけの話だ。かつてリヴォルタを治めていた国を裏切って敵国に武器を売り渡していた頃のように。

 彼らは腹の中でそんなことを考えながら、表面上は統合を祝福するふりをして演説を終えたケントに拍手を送る。

 

「……」

 

 そんな彼らの隣でエリザもケントに拍手を送りながら、二人の議員の話に耳を傾けていた。

 

 

 

 

 

 

 一刻後、俺たちは統合に際して支援者となってくれたテジス議員に招待され、彼の家に訪ねていた。

 応接室で互いに椅子に座りながら、俺は議員と談笑を交わす。

 

「お疲れ様ですケント殿。おっと失礼、これからはケント陛下とお呼びしなければなりませんな」

 

 そう言って頭を下げるテジス議員に対して、

 

「別にいい。あまり仰々しくされるとこっちも息が詰まる。それにこうしてお邪魔させてもらっている身だ。家主らしく構えていてくれ」

 

「そう言っていただけると私も助かりますな。客人としてならまだしも、統治者としての国王をお迎えするのにはまだ慣れていないもので。……それでこの街にはあとどれくらい滞在される予定です?」

 

「さすがにこれ以上グランダムを留守に出来ない。今日中に大まかな施策を決めてから明日にでも国に帰るよ」

 

「それは残念ですな。せめて今日の夕食は召し上がっていってくだされ。家族はあいにく出払っておりますので、私くらいしか皆さんの相手はできませんが」

 

「そうか。ご家族にはよろしく言っておいてくれ」

 

「ええ。では夕食になったら侍女が呼びに来ますので、それまでごゆるりとおくつろぎください」

 

 そう言ってテジスは椅子から立ち上がり室内から出て行った。

 後には椅子に座ったままの俺と守護騎士たち、黒衣の女、エリザ、エリザの後ろに立っているジェフが残される。

 

「ご家族は留守ですか……テジス様の奥様とお嬢様はかなり美しい方たちとのことですけど。残念でしたねケント様」

 

 エリザは感情がこもってない声で、そんなことを言ってから紅茶を口に含む。

 

「……まあ、それぞれ予定もあるだろし仕方ないさ。今晩は議員と酒でも酌み交わしながらリヴォルタ最後の晩餐を楽しもう」

 

 俺がそう言うとエリザは再びカップから口を離し、

 

「本当に偶然だと思ってますか?」

 

 ……嫌みかと思いきやそういう話か。

 

「数万人の帝国軍を追い払うような奴らに家族を会わせたくない……ということか」

 

「わかってるじゃないですか」

 

 そう言ってエリザは再度紅茶を口に含むが、もう残りがなかったようで一口含んだだけですぐに口を離した。

 

「たった九人で帝国軍のもとへ行って、ちょっと話をしただけで何も差し出すことなく、帝国軍を本国へ追い帰した……これがどれだけおかしなことかお分かりですか? テジス様を含めて議員たちはこう思っているに違いありません。グランダム王は得体の知れない術を使って数万人の帝国兵を洗脳し、操ったと」

 

 それだけ聞くと不気味な事この上ないな。民話や神話に出てくる怪異の話かと思えてくる。

 実際は交戦一歩手前になった所をローダン伯爵がダスターから指揮権を取り上げて、全軍に帰還命令を出し勝手に引き上げていったのだが。そう話したところでテジスたちにも信じてはもらえないだろう。

 俺の手元には闇の書という怪しげなものもあるし、それがますます疑いを強めてしまっている。

 

「本当によろしいのですか? このままリヴォルタを併合したりして。帝国派と連合派が手のひらを返してグランダムとの統合を認めたのは、間違いなくケント様への恐怖心からですよ」

 

「……分かっている。だが聖王が亡くなったことで連合も帝国も混乱していて、リヴォルタどころじゃない。このままだと治安がますます乱れていって、両国が体勢を立て直す頃にはこの街は無法地帯になりかねない。そうなったらリヴォルタの北にある我が国にも影響が及びかねない。グランダムがリヴォルタを併合することで、それを防げるのならそうするべきだと思う」

 

「……本音は?」

 

「……リヴォルタが手に入らないと債権返済どころか、軍事費の確保すらままならない」

 

 エリザの追及にそう答えた途端、まわりから冷ややかな視線が注がれてくる。

 仕方ないだろう。元々凶作のせいで当てが外れて苦しかった上に、三日前に聖王が死んだことで、いつ大陸規模の戦が起こってもおかしくない状況になってしまったのだ。

 戦に備えるためにも、リヴォルタ併合はなんとしても成功させなければならなくなった。

 

 エリザは大きくため息をついて、

 

「まあいいでしょう。貴国が財政難のままだと私も困りますし、これ以上は何も言いません。リヴォルタの統治が成功するように私も祈っています。それにあたってリヴォルタの領主はもう決めてあるのですか?」

 

 その問いに俺はうなずきを返す。

 リヴォルタの領主に任命しようと思う者はすでに決めている。というかあいつしかいない。

 

 通常、どのような形であれ領地を新たに獲得した場合、領地獲得に当たってもっとも目覚ましい活躍をした者にその領地を授与しなければならない。

 リヴォルタを手に入れるにあたって、フッケバインと戦って街を守るなどの活躍を果たしたのは守護騎士の四人と黒衣の女……そして。

 

「へえ、誰よそれ? リヴォルタみたいな大きな街を治めるんだから、よほど優秀な奴なんだろうね」

 

「……まあ、素質はあるんじゃないかと思う」

 

「……?」

 

 俺の返事にティッタは首をかしげた。

 そんな彼女に俺はあることを尋ねる。

 

「ところでティッタ、読み書きはできるか?」

 

「……そりゃあ、まあ。おとう――先王が手配した教師が毎週家を訪ねてきてね。その人に大体教わったからある程度の学はあるけど、なんでいきなりそんなこと…………えっ? ……まさか」

 

 ティッタが言葉を重ねていくうちに、だんだん皆の視線が彼女に注がれていく。それによってティッタ自身も俺が何を言おうとしているのか気が付いてきたようだ。だんだん目が丸くなっていく。

 そんな彼女に俺は言った。

 

「ティッタ、俺はお前にこの街を任せようと思っている。リヴォルタの領主になってみる気はないか?」

 

はああああ!!

 

 その瞬間、ティッタの絶叫が部屋中に響き、何人かは思わず耳をふさいだ。おそらく屋敷中に響いたのではないだろうか。

 当のティッタは勢い良く手を振りながら、

 

「いやいやいや! なに言ってんのさ? アタシに領主なんてできるわけないだろう! 他の人に頼めばいいじゃん、シグナムさんとか!」

 

 ティッタはそう言ってシグナムを指さすものの、当の彼女は――

 

「悪いが私たちは無理だ。闇の書の主を守るべき我らが主ケントのそばを離れるわけにはいかんだろう」

 

 そう言ってシグナムは同意を求めるように他の三人を見る。

 それに三人はうなずきで応えた。

 ただ一人守護騎士ではない黒衣の女はぽかんとしていた。彼女に任せることもできるが……。

 

「えっと……君はどうだ? リヴォルタの領主をやってみる気は……」

 

 やはりというか、彼女は首をぶんぶん振りながら、

 

「い、いえ、お断りします! 私も主の側を離れるわけにはいきませんから」

 

 守護騎士に続き彼女も固辞した。

 それを聞いて心のどこかで安心しながらティッタに向き直る。

 

「という訳でお前しか残ってないんだが、リヴォルタの領主、引き受けてくれないか?」

 

「嫌に決まってんだろう! あんたがやればいいじゃない! 直轄地とかにしてさ!」

 

 ティッタの言うとおり、直轄地として俺が直接リヴォルタを治めるということもできるが。

 

「無理だ。俺にはすでに王都の管理という仕事があるし、そうでなくても今後に備えて国の守りを固める準備をしなくてはいけないんだ。リヴォルタを見ている暇はない。

 ……だからティッタ、とりあえずやれるだけやってみないか? 法の制定や実務は議会がやることになってるから、お前は議会から届けられてくる議案や報告書に目を通すだけでいい。それでも無理だったら辞めていいから……なっ?」

 

 俺は粘り強くティッタは口説き伏せ、ついにティッタは、

 

「……ちっ、わかったわかったよ。やりますよ、やるだけやってみますよケント陛下。でもほんとに期待しないでよ。役に立たないと思ったらすぐ首にしていいから」

 

「ああ、それで構わない。リヴォルタを頼んだぞ。ティッタ」

 

 ようやくリヴォルタ領主に就くことを承諾してくれたティッタに、俺は彼女の肩を叩いて発破をかけた。

 ティッタは「やめろ」と言いながら俺の手を払いのけようとする。

 すると、

 

「クスクス」

 

「「――!」」

 

 横から笑い声が聞こえて、俺たちはそちらに顔を向ける。

 見てみると黒衣の女が口元に手をやりながら声を上げて笑っていた。

 守護騎士たちもそれを見て、女が笑ったことに驚きの表情を浮かべている。

 俺はクスクスと笑う、黒衣の女の笑顔を見て思った。

 ――やっぱりきれいな人だな。そうやって笑っているといっそう。まるで……

 

(リヒト)

 

「えっ!?」

 

 俺がつぶやいた言葉に彼女は笑うのを止め、他の者たちも怪訝そうに俺を見ている。

 恥ずかしくなって俺は思わず、

 

「あっ、ほら君の呼び方だ。前からどう呼んでいいかわからず困っていたんだ。だから、もし嫌でなければ当分の間だけでも『リヒト』と呼んでもいいか?」

 

 その問いかけに彼女は首を縦にも横にも振らず、ぽかんと俺を見る。

 それを見て俺は(かぶり)をふりながら、

 

「……やっぱりダメか。そうだな。闇の書の意思と呼べる存在でもある君に、光という意味の名前も変か。……すまない、やっぱり――」

 

 忘れるように言おうとしたが、彼女は首を横に振って、

 

「いえ、構いません! 主がそうお呼びしたいのであれば、どうぞ、私の事はリヒトと呼んでください」

 

 黒衣の女、『リヒト』は良く通る声でそう言ってくれた。

 あまりの嬉しさに俺は思わず顔を緩めてしまう。

 

「そ、そうか。じゃあ、そう呼ばせてもらうよリヒト。もちろん、嫌だったら遠慮なくやめろと言ってくれ。そのうち本当の名前を思い出すこともあるかもしれないからな」

 

「いえ、嫌なわけがありません。初めて――」

「失礼します。皆様、お食事の用意が整いました」

 

 リヒトが何か言いかけたところで扉を叩く音と、その直後に室内に入ってきた侍女の声が遮ってしまう。

 それに対して俺は恨めそうな目を彼女に向けてしまったのだろう、侍女は戸惑ったまま俺を見つめ返す。

 

「……あの、お邪魔でしたか?」

 

「いや、なんでもない。呼びに来てくれて感謝する」

 

 俺は居住まいを正して侍女にそう告げるものの、思わず低い声が出てしまい、かえって彼女を恐縮させてしまう。

 そのせいか、侍女は若干肩を震わせながら俺たちを食堂に案内する。

 侍女に続いて部屋を出ようとしたところで、エリザが俺とリヒトを交互に見比べているのが見えた。

 俺はエリザに声をかける。

 

「どうした、俺かリヒトに何か言いたいことでも?」

 

「な、何でもありません!」

 

 そう言ってエリザは肩を怒らせながら、俺たちより先に部屋を出てしまった。

 俺とリヒトは不思議に思いながら、彼女の後に続いて部屋を出た。

 

(なんてこと! あの人が少し笑っただけであんなにデレデレするなんて。このままだと私は彼女には勝てない。どうしたら? ……妾なんて私の夫となる人に許すつもりはなかったけれど。ケント様の心を掴み取るにはもう意地を張っている場合ではないかもしれないわ)

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