第59話 皇帝ゼノヴィア
リヴォルタ併合の一ヶ月後に起きた《フロニャルド》という異世界に転送されるという出来事が起きてから、さらに約二ヶ月半。
それまでの間に聖王連合の加盟国と反連合を掲げる独立国の間で戦が勃発するようになり、聖大陸の情勢は日を追うごとに混迷を極めていた。
聖王のゆりかごと呼ばれる古代兵器を動かすことができる聖王が死んだことで、反連合はこれを連合を倒す絶好の機会ととらえたのだろう。
反連合は連合加盟国に戦を仕掛けるだけでは飽き足らず、聖王核をその身に宿す聖王家や中枢王家の血縁者を狙ったテロ行為まで辞さないようになった。
その戦やテロのほとんどに
有力な連合加盟国であるシュトゥラ王国も反連合からの攻撃に悩まされており、つい半月ほど前に隣国から襲撃を受け、シュトゥラの南部にありグランダムのすぐ北にある《魔女の森》は、無残にも燃焼兵器によってほとんどが焼き払われてしまったという。
あれから超距離念話を用いて一度だけクラウスと話をすることができたが、魔女の森が焼かれたことでクラウスと仲が良かった『クロゼルグ』という少女も姿をくらましてしまったらしい。
あの魔女娘にはよくいたずらを仕掛けられて手を焼かされたものだが、万が一を考えると無事を願わずにはいられない。
また凶作も大陸全土にわたって続いており、連合反連合関係なく食料を奪うための戦もよく起こるようになった。
そんな情勢の中、ディーノ、ガレア、リヴォルタを併合し勢力を広げている我が国グランダムは、独立国の枠を超えた『中立国』と呼ばれるようになった。
そのおかげか、それとも闇の書の噂が広がっているためか、我が国と他国との間で戦が起きるような兆候は今のところない。
その代わり連合から加盟を要求する書状が届いたり、連合の幹部である中枢王家から王女との結婚の申し出や、貴族の娘を行儀見習いとして送りこみたいという要望が届けられるようになった。
そしてダールグリュン帝国からもある誘いが来て……。
◆
いくつもの都市を通過して、グランダムの大隊とともに俺たちはダールグリュン帝都に到達する。
帝都を守る衛兵たちは警戒するそぶりを見せながらも、ある手紙を見せた途端すぐに門を開け、向こうへ通してくれた。
異国の軍を見た途端、外を出歩いていた帝都人は驚きながら道を開けながらも、道の隅から、あるいは窓の向こうから興味津々な視線を向けてくる。こういうことは珍しくないらしい。
帝都はリヴォルタ同様とても大きな街だったが、家屋、商店、飲食店、宿、娯楽関連などあらゆる建物がないまぜの状態になっているリヴォルタと違い、業種や用途ごとに区分けがされていて、綿密な都市計画のもとで作られたことがうかがえる。
凱旋門や大劇場、帝国美術館のような名所をはじめとする古い建物も数多く並んでおり、王国時代を含めれば聖王家、ガレアに次ぐほどの歴史を誇る、ダールグリュン帝国を象徴する都市と言えるだろう。
そんな街中で……
「「ふあああ!」」
ヴィータとティッタは周囲の目も気にせず、口に手も当てないまま盛大なあくびを出す。
「おい、騎士ともあろう者が見苦しいぞ!」
「悪い。眠くてつい」
「すみません。昨日はかなり遅かったもので」
あくびを咎めるシグナムに、ヴィータとティッタは素直に頭を下げる。
「おいおい、帝都行きは一週間前から決まっていただろう。なんで夜更かしなんてしたんだ? まさか二人そろって夜遊びでもしてたんじゃないだろうな?」
シグナムと二人の様子につられて、俺もついそんなことを言ってしまうが……
「昨日、リヴォルタから何十枚もの書類が届いて、それ全部読むのに深夜までかかったんだよ。おかげでまだ眠くて眠くて」
「それだけじゃねえ。こいつ書類読んでる間ずっとうんうんうなっててな、そのせいであたしもほとんど寝てねえんだ」
……そうだったのか。それは仕方ないな。
二人が寝てない理由に納得して言葉を引っ込める。そんな俺を二人は恨めしそうに見た。
「誰だっけ? リヴォルタ辺境伯の仕事は議会から送られてくる書類に目を通すだけの簡単なお仕事だって言った王様は」
すまん、俺だ。
「おいケント、なんでこんな脳筋を辺境伯なんかにしたんだよ? こいつに書類仕事なんか任せたらこうなるって想像つくだろう」
統治者としての適性はあると思ったんだ。なんだかんだ言っていまだに続けてるし。
もっとも、ティッタにリヴォルタを任せた理由はそれだけじゃない。ティッタを領主にする以外にリヴォルタを治める方法は他にもあった。例えばリヴォルタを直轄領にして総督に統治させるなど。
だがそれをせず、ティッタに爵位を与えリヴォルタ領主にしたのは、先王の庶子として生まれたために王族と認められることがない妹に貴族の位を与えてやりたかったからだ。
それが正しい事のかは分からない。ひょっとしたら自己満足に過ぎず、ティッタにしてみれば余計なお世話かもしれない。しかし、俺が彼女にしてやれることといったらそれくらいしか思いつかなかった。
まあ、理由はもう一つあるが……それを語るのは今でなくてもいいだろう。
「失礼。グランダム王国からいらっしゃったケント国王陛下とお連れの皆様とお見受けいたしますが……相違ありませんかな?」
その声に反応して俺は現実に意識を戻す。
俺たちの前には絹服を着た壮年の男と、白い鎧をまとった百人ほどの騎士たちが俺たちの前に立っていた。
それを目にして衆人たちの視線がますます集まってくるが、騎士たちと彼らを従える現れた男は気にもとめず、俺たちに向かって口を開く。
「お初にお目にかかります。わたくしはダールグリュン帝国の宰相を務めているフロレンツと申します。皇帝陛下の命によりあなた方をお迎えに参りました。ここからは私共が帝城までご案内しましょう」
それを聞いて俺は彼らに名と身分を明かし、礼を述べる。
そんな俺の後ろからがっかりしたようなため息が聞こえた。
間違いなくヴィータとティッタだろう。彼らが来なければ訪問は明日にして、今すぐ宿に飛び込むつもりだったに違いない。
俺だってできればそうしたかった。この状態の二人を“あの人物”に会わせるのはかなり心配だ。
帝国の宰相フロレンツからは嘆息を漏らすヴィータとティッタが見えていただろうが、彼は怪訝な顔を見せることなく後ろを振り返って帝城に向かって歩き始めた。
◆
フロレンツに先導されて俺たちがたどり着いたのは、巨大な白い城だった。
グランダム城はおろかシュトゥラ王城より大きい。これほど巨大な建物を見たのは生まれて初めてだ。
他の兵を城の前に残して俺と守護騎士たちは帝城に入り、城内にいる無数の衛兵の間を縫うように長い廊下を進む。
そしてようやく廊下を抜けた俺たちの前に現れたのは……。
長い通路の左右に何十人もの衛兵と数人の高官らしき者たちが一直線に整列し、その先にある三段の段差の上には豪奢な玉座とそこに座る女性がいた。
俺たちは通路を歩いて段差の前で足を止める。
ふと、もしやと思って視線だけを左側に向けた。
そこには緑色のドレスに身を包んだエリザ――エリザヴェータ・ダールグリュンがいた。さすがにジェフらしき者はここにはいない。と思う。
「……」
そこでエリザと目があった。
しかし、お互い挨拶どころか顔を向けるわけにもいかず、お互い見なかったふりをする。
「ククッ」
その時、俺たちの正面から笑い声が漏れた。
そこには一人しかいない。
波打った長い銀髪、緑の右眼と紫の左眼の
間違いないこの女人が……。
「お初にお目にかかる。グランダム王、ケント・α・F・プリムス殿。余がダールグリュン帝国の皇帝、ゼノヴィア・R・Z・ダールグリュンだ。急な招待にもかかわらずよくここまで来てくれた。歓迎するぞ、《闇の書の主》よ」
《雷帝》の異名を持つ、帝国の皇帝ゼノヴィアは不敵な笑顔で俺たちを見下ろす。
俺は彼女の前に立ったまま……
「……グランダム国王ケント・α・F・プリムスだ。こちらこそ手厚い歓迎を感謝する、ゼノヴィア・R・Z・ダールグリュン皇帝」
皇帝にそう言葉をかけた途端、周囲がざわめく。
「たかが独立国の王の分際で、皇帝陛下に向かって何という物言い」
「しかも本人どころか、従者の誰一人として膝をつかぬまま」
「なんと礼を知らぬ連中だ」
謁見の間の左右にいる高官たちはひそひそと言葉を交わす。その中で左側の先頭にいるエリザは彼らに加わらず、こっそりとため息をついているようだった。そのため息は俺たちに対するものなのか、高官たちに対するものなのか、今はわからない。
一方、皇帝を前にしてもまわりからどよめきが上がっても、俺も他の皆もその場に立ったままだった。
守護騎士たちとリヒトがひざまずこうとしないのは、主以外の人間に服従するつもりがないからだろう。あるいは守護騎士としてそう定められているのかもしれない。
ティッタはどうすればいいか測りかねているようで、俺と守護騎士たちに合わせて仕方なく立ったままでいるようだ。
いずれも俺が皇帝に対してひざまずけば、他の者たちも俺に合わせてひざを折るようになるだろう。
だが、それはできない。
グランダムは今でも連合にも帝国にも与しない独立国――いや、中立国だ。
その国の王である俺が皇帝にひざまずくということは、グランダムが帝国の軍門に降ると表明するも同然。
連合との関係や今まで独立を続けてきた矜持から、俺は皇帝にひざまずくことはできない。
そこでふいに――
「騒ぐな」
皇帝はおもむろにそう言葉を発した。それは俺たちに向けられたものではない。
「余が客人と相対している時に、ざわざわと騒ぎ立てるのがお前たちの礼か?」
皇帝がそう言った途端、臣下たちは一斉に口をつぐむ。それを見て皇帝はため息をつき、
「……もうよい。事が終わるまでそなたたちは黙って見ておれ。それすらできぬのならさっさとここから出て行くがよい!」
その言葉に高官たちは顔を伏せ、立ち尽くした。本当に出て行こうとする者はさすがにいない。いたら謁見の間どころかこの城にいられなくなるだろう。
皇帝は臣下たちを一瞥してから俺たちに視線を戻し、口を開く。
「すまぬなケント殿、見苦しいところを見せた。しかし余……いや、私の顔に免じて許してやってくれ。ここを訪れた者など帝国の貴族や属国の王、それ以外では連合や独立国の使者ぐらいでな。立ったまま皇帝と顔を合わせられる者などここ百年はいなかったらしいのだ」
「謝るのなら俺たちを試そうとしたことについて謝ってくれないか? ここまでは貴公が思っていた通りの流れだろう」
俺がそう言うと高官たちが息を飲む様子が伝わってきた。皇帝から対等な口利きを許されたからとはいえ、さすがに無礼が過ぎるかもしれない。
しかし皇帝は笑みを浮かべて。
「ほう、気付いたか」
「あからさまに一人称を変えればな。それで、俺たちは貴公の眼鏡にかなったのか?」
俺の言葉に皇帝ゼノヴィアは鷹揚にうなずいて玉座から立ち上がる。
「ああ。やはりそなたらは大国の主だからといって、媚びを売るような腰抜けではなかったらしい。気に入った! ついてくるがいいケントたちよ。ここからは私がこの城を案内するとしよう……ダールグリュン卿、そなたも共に来い」
そう言うやいなやゼノヴィアは俺たちを横切って、扉に向かって歩いていく。
それを見た衛兵は慌てて扉を開けようとし、その様子を俺たちも高官たちも唖然としながら見ていた。
そんな中、エリザだけが呆れたようにため息をついていた。
なるほど、エリザもあの人には結構振り回されてきたらしい。見た目に寄らず結構苦労してきたんだな。
そう思いながら、俺は騎士たちやエリザとともにゼノヴィアの後に続いた。