グランダムの愚王   作:ヒアデス

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第61話 思わぬ遭遇(サプライズ)

 シグナム、ヴィータ、ティッタがゼノヴィアとの模擬戦で無残な敗北を喫してから、三人は医務室に運ばれたものの、ゼノヴィアを含め全員の武器にかけられていた訓練用の緩和魔法とシャマルの迅速な治療のおかげで一日中横になったままとならずには済んだ。

 その三人を含めた一同はゼノヴィアの勧めで、帝都までの長旅と模擬戦でついた汚れを落とすために帝城の湯殿に入っていた。

 

 広い浴室の中央にぽっかりと空けられた浴槽には、加熱魔法で暖められた水がいっぱいに張られており、上記の三人とシャマルとリヒトを加えた女性たちは衣服を脱ぎ、何も身につけていない状態で湯が満たされた浴槽に肩まで浸かっていた。

 

「あー、いい気持ち。お湯に浸かるなんてフロニャルドでしかできないと思ってた」

 

「うむ。資源や実りが豊かなあの地ならいざ知らず、このベルカで再び湯殿に入ることができるとは」

 

 湯に浸かりながらしみじみと言うヴィータに、シグナムも感嘆の言葉を漏らす。

 そこへ――

 

「ほう、それは興味深い話だな。私にも聞かせてくれんか?」

 

 入口の方から聞こえてきた声に、騎士たちはまさかと思って顔を向ける。

 そこには彼女ら同様、体に何も着ていない姿の帝国皇帝ゼノヴィアがいた。

 シグナムはしまったと思いながらも、表面上は平静を装いながら口を開く。

 

「うむ。最近そういった内容が書かれている本を見たことがあってな。その話をしていたところだったんだ。念のために言っておくが本当の話だと思うなよ。この大陸で広い湯殿に入れる場所が、そうそうあるわけがないだろう」

 

 シグナムの言葉にゼノヴィアは腰に手を当てながら、納得したようにうなずく。

 

「確かにな。外大陸ならいざ知らず、聖大陸で体を清めるためだけに大量の水を用意できるのは、ダールグリュン家以外では聖王家かシュトゥラ王家ぐらいだろう。もっともここまで水を使うのは客人を招いた時ぐらいだがな。ただ……」

 

 そう言ってゼノヴィアはシグナムとヴィータを見ながら口の端に笑みを浮かべて、

 

「私の聞き間違いでなければ、貴公らは以前にも湯殿に入ったことがあるようなことを言っていた気がしたのだが……」

 

 ゼノヴィアの言葉にシグナムはぎくりと、ヴィータは露骨に顔をしかめた。

 

「本を読みながら自分が湯に入った気になってたんだよ。文句あるか?」

 

「……そうか。いや、それなら得心がいく。ならば今宵は本物の湯に浸かることができるよい機会だ。貴公の満足がいくまで存分に浸かっていくがよい」

 

 そう言ってゼノヴィアは桶が重ねてある場所まで歩いていく。

 それを見送りながらどうにか誤魔化せたとヴィータは息をついたが、シグナムにはそういうことにしてやるかと目こぼしをもらったように思えた。

 

 ゼノヴィアは空の桶を手にシグナムたちが入っている浴槽まで来て「湯をもらうぞ」と言って返事も聞かずに湯を桶に汲み、それを自身の体に浴びせる。もっとも湯を借りているのはシグナムたちの方で、拒否する権利などないし、土埃が体に付いたままの状態で浴槽に入られるよりはるかにましだが。

 自身に湯をかけてからゼノヴィアは浴槽に浸かり、浴槽の縁に肘をかけながらシグナムたちに声をかける。

 

「先ほどは三人とも実によい戦いぶりであったぞ。最近は戦を仕掛けるまでもなく、隣国の方から我が帝国に降ってくる状況でな。国としてはよい事なのだが私にとっては物足りない思いをしていたのだ。今回の戦いは実に楽しいひと時であった。礼を言う」

 

「けっ、嫌味かよ。ほとんど一方的にのしといてよく言うぜ。そんなに戦いたいなら皇帝なんかやめて将軍って奴にでもなったらどうだ。将軍とか騎士団長とかだったら戦争が起こってなくても、賊の退治とか戦う機会なんていくらでもあんだろうが」

 

 ヴィータの減らず口にゼノヴィアはふっと苦笑をこぼす。

 

「それも悪くない話だが皇帝とはそう簡単にやめられるものではない。……父に続いて兄たちが立て続けに死んだりしなければ、私もそんな生き方をしていたのかもしれんがな」

 

 ゼノヴィアのつぶやきを聞いてシグナムは眉をひそめた。

 

(私が聞いた話では今の皇帝は二人の兄を謀殺して帝位に就いたとのことだが……皮肉のつもりか? ……しかし、それにしてはゼノヴィアは本当に兄の死を惜しんでいるように感じたが)

 

 

 

 シグナムは今回の帝都訪問が決まる前に、ダールグリュン帝国と現在皇帝の位に就いているゼノヴィアについて一通りのことは調べており、その中でグランダムの騎士から皇帝ゼノヴィアに関するある噂を聞いたことがある。

  数年前、皇女であり騎士団長の一人だったゼノヴィアは、当時の皇帝の弟だった次兄と、亡き父の後を継いで皇帝になったばかりの長兄を、何らかの方法で暗殺してその位を簒奪したと。

 その話を聞いた時シグナムはやはりと思った。

歴代の闇の書の主の中には、最初からある程度の地位に就いていた者もいれば、闇の書や守護騎士の力を利用して高い地位に上りつめた者もいる。それを見てきた、または加担してきたシグナムたちにとって下剋上などありふれたものだった。

 それに他国への侵略や先のリヴォルタ出兵などの悪行から、シグナムを含めた守護騎士たちはダールグリュン帝国に対していい印象を持っていなかった。エリザという友人の母国だったとしてもだ。

 その帝国を統べるゼノヴィアが兄を殺し帝位を簒奪して皇帝になったらしいと聞いても、シグナムはやはりそうかとしか思わなかった。悪名高いダールグリュン帝国の皇帝ならそのくらいのことはやりかねないと思ったのだ。

 しかし、今のゼノヴィアの呟きを聞くとそうとは思えない。

 シグナムは今になって初めて、ゼノヴィアによる帝位簒奪の真偽を疑い始めるようになった。

 

 

 

「あの……お兄様やアタシたちを呼んだのは、やっぱりアタシたちと戦ってみたかったからですか?」

 

 ティッタの問いにゼノヴィアは首を縦に振る。

 

「うむ。それから、そなたの兄君に《雷帝の槍》を見せてやりたいからでもある。帝国に降るにせよ戦うにせよ、あやつにとってはよい参考になったであろう。もっとも、そなたらを招いた一番の理由はエリザに頼まれたからであるがな」

 

「えっ――!?」

 

 ゼノヴィアの口から出た名前に、ティッタは思わず怪訝な声を出す。

 ……いや、最初から気付いてはいた。師弟だけあってこの帝城では常にゼノヴィアと行動を共にしていた彼女が、いつまで経っても現れてこないことに。

 もしかして……

 

「あの……そう言えばエリザさんは今どちらに? 彼女は陛下と一緒には入らないんですか?」

 

「ふーむそれがな、あの娘、いつも口では遠慮しながら私も入れろと目で訴えてくるのだが、今日は本当に結構だと言ってきおった。あの綺麗好きなエリザが珍しいこともあるものだ……それとも、どこかで身を清めるあてでもあるのかな?」

 

 ゼノヴィアはそう言って笑いながら肩をすくめる。それを見てティッタは――

 

(うわ、絶対分かってる反応だこれ。――いやいや、でも向こうにはザフィーラもいるし、そんなこと起きるはずが……)

 

 嫌な予感がしつつもザフィーラがいることを思い出して、ティッタは安堵しかけたが、彼女の横でシャマルがポンと手を打ちながら口にする。

 

「あっ、そうそう! 珍しいといえば、さっきザフィーラが女の執事さんと一緒に、お城の出入り口へ向かっていくところを見たんだけど。もしかして二人で城下街へ行ったのかしら? あのザフィーラが女の人と出かけるなんて本当に珍しいわ」

 

 ………………。

 

 シャマルのその言葉に他の騎士たちはまさかと思って言葉を失い、浴室は沈黙に包まれる。

 それを破ったのはヴィータの疑念を含んだ声だった。

 

「おい、あいつらまさか……」

 

 

 

 

 

 

 ただっ広い浴室の中央にある浴槽で、俺は一人湯に浸かっていた。ザフィーラはロープというジェフの妹に買い出しの手伝いを頼まれて、彼女と一緒に城下街へ向かったらしくここにはいない。

 この浴室は本来男の皇族が使用するもので、ゼノヴィアの父と二人の兄が亡くなってからは誰も使用していなかったらしい。

 だが、俺がここに来るまでの間に掃除を済ませておいたらしく、数年間まったく使われていないとは思えないほどきれいな浴場だった。

 

 それにしても《雷帝の槍》か。自ら戦の最前線に出てくるぐらいだから相当な力と技能を持っているとは思っていたが、まさかあれほどとは。あれなら《ゆりかご》に乗った聖王が相手でも勝てるかもしれない。

 はたしてこのまま中立を続けてもいいのか……どちらかにつくにせよ、連合を選ぶべきか帝国を選ぶべきか。難しくなってきたな。

 幸いなのは連合も帝国もグランダムを自らの陣営に引き入れようとしており、どちらにつくのか選択する余地がまだあることだが。

 

 ……?

 

 その時、キィィという扉が開閉する音がした。

 ザフィーラが城に戻って来たのか? いや、それにしては早すぎではないだろうか。

 

「失礼します」

 

 その瞬間、衝撃のあまり思考が固まって俺は目をそらすことも、体の向きを変えることもできなかった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 ここに入ってきたのは、胸元から足の付け根あたりまでをバスタオルで覆ったエリザだった。

 エリザの大きい胸はバスタオルを巻いていても谷間がはみ出てしまっており、いつもは長く下ろしている金髪もこれから湯に浸かるためか後ろに束ねている。

 エリザは顔を赤くして緑色の瞳をあちこちに泳がせながら、なんとか俺の顔に視線を定めて声を上げた。

 

「は、早く後ろを向いてください! 殿方が女性の体をじろじろと見るものじゃありません」

 

「――あ、ああ!」

 

 いや、見られたくないなら出て行けよ! ここ男用の浴室だぞ。

 と思いながらも口には出さず、俺は近くに置いていたタオルを腰に巻きながらエリザの反対側へと体を向ける。

 そんな俺の後ろでしばらくの間足音が響いたと思うと、桶に湯を汲む音とそれを体にかける音が響く。

 ……バスタオル巻いたまま湯をかけても意味がないはずだよな? ということは今、エリザはタオルをある程度広げているはずで――

 

「振り向いたら数刻は気を失ってもらいますよ!」

 

「――わ、わかってる!」

 

 だからそんなに見られたくないなら、俺がいるここじゃなくて向こうに行けよ!

 と思ったものの、それを口にしてしまうことで本当にエリザがここから出て行ってしまうのも、それはそれで惜しい気がする。

 エリザが自分の体に湯をかける音が何度かした後、エリザがこちらに近づいてくる音と気配がした。エリザが浴槽に身を沈めているらしく、ぽちゃんという水音の後に波紋が広がっていく。

 浴室特有の反響音を響かせながらエリザは声を発する。

 

「もういいですよ。横から見るくらいなら許してあげますからこちらに体を向けなさい。そのままだと話しづらいですから」

 

「あ、ああ」

 

 エリザの言う通り俺は体の向きを変えて、エリザと横並びに座る格好になる。

 案の定エリザはバスタオルを巻いたまま湯に浸かっており、残念なような安心したような複雑な心境だ。もっとも胸元はどうしても隠しきれないようで目の保養には十分すぎるほどだが。

 

「ケント様」

 

「い、いや、なにも見てないぞ!」

 

 俺がそう言うとエリザは疑わしげな眼を俺に向けてから、胸を隠すように腕組みをし、口を開いてくる。

 

「……どうでした? 皇帝陛下……ゼノヴィアおば様のあの技は」

 

「すごかったよ。さすがに雷帝と呼ばれるだけはあるな。数千数万の大軍を前にしても勝てるわけだ」

 

「それぐらい当然です。聖王に対抗するためダールグリュンの始祖様が作り上げた切り札にして、帝国の明日を切り開く刃ですから」

 

 そう言ってエリザは胸を張りながら勝ち誇った笑みを見せる。おかげでまた胸元が見えるようになるが、余計な事を言えばさっきの繰り返しだしそろそろ見慣れてきた。

 

「それでどうです? おば様の技を、《雷帝の槍》を見て。あの方に勝てると思いますか?」

 

 エリザの問いに俺は首を横に振る。

 

「無理だろうな。ただでさえあれだけ強くて、守護騎士たちの必殺技をまともに喰らってもびくともしないほど頑強な上に、あんな技を放てるんだからな。おそらくリヒトや、彼女とユニゾンした俺でも少しの間凌ぐのがやっとだろう。間違っても敵に回したくはないな」

 

「でしょう!」

 

 そう言ってエリザは俺に顔を近づけてくる。もう胸を隠そうともしていない。

 

「そうですよね。あんなものを見たら、これ以上帝国と戦おうという気にはなれませんよね。もう帝国に降ろうという気になって来たんじゃないんですか?」

 

「いや、そういう訳にもいかない。帝国に降るというのは、連合を敵に回すということでもあるんだ。連合だって《聖王のゆりかご》という兵器を持っているからな。我が国としてはできれば連合を敵に回すことも避けたい」

 

 俺がそう言うとエリザはむっとした表情になる。

 彼女にとっては俺たちが帝国に味方しないのは面白くないだろうし、《聖王のゆりかご》についても実在するかも怪しい遺物なのだろう。

 だが俺は知っている。守護騎士やガレア宰相とイクスの話によって、現代では《聖王のゆりかご》と呼ばれている戦船の実在を。

 そこでふと横を見れば、エリザはまた腕を組んで目を閉じながら、何かを思案しているようだった。

 そして彼女は目を開き、俺の方を向いて言う。

 

「……わかりました。それではこういうのはどうでしょう? 帝国が貴国をむやみに攻撃することができないように、ダールグリュン家の誰かをあなたの妃に迎え入れるというのは?」

 

「――なにっ!?」

 

 その言葉に思わず俺はそんな声を上げた。

 エリザは呆れたような顔で、

 

「何を驚いているんです? 政略結婚です。王族や貴族ならよくあることでしょう。まさかそんなことも知らないんですか?」

 

「い、いや、それくらい知っている。俺の父もコントゥアの王女を妃にしたと聞くからな」

 

 俺の父の妃――つまり俺の母親だ。

 物心つく前に亡くなったから母の事はほとんど知らないが、確かにそう聞いたことがある。

 

「何だ、ケント様のご両親もそうなんじゃないですか。それなら話が早いです。……どうです? 帝国を長年統べてきた名門ダールグリュン家に連なる者をあなたの妃にして、帝国と融和する余地があることを示されては。そうすればおば様といえども帝国に従わないからといって、貴国を攻撃したりすることはできなくなるはず……どうでしょうこの提案は?」

 

 ……確かにそうかもしれない。

 その方法を取れば帝国の属国にならずとも、帝国と事を構える可能性をある程度防ぐことができる。

 しかし……

 

「そのダールグリュン家に連なる者とは……ひょっとしてお前のことか?」

 

 俺の問いにエリザは顔を赤くしながらそっぽを向いて、

 

「えっ……ま、まあその可能性もありますね。もちろんダールグリュン家には他にもあなたぐらいの年頃の()はいますから、そちらから選んでもいいのですけど。でも、あの子たちの好みはあなたとは結構かけ離れた殿方で……し、仕方ないから私が嫁いであげてもいいかなと思わなくもなかったり」

 

「……俺の好きな女子(おなご)が他にいたとしてもか?」

 

 それを口にした瞬間、たちまちのうちにエリザは真顔になってこちらを見る。

 

「……それは、リヒト様の事ですか?」

 

 俺は首を縦に振る。

 俺はリヒトのことが好きだ。

 

 

 

 最初は綺麗な人だと思っていたくらいだった。彼女を思うたびに感じる胸の苦しみの原因にも心当たりがまったくなかった。

 ただ、彼女の笑顔を見るたび妙な照れが湧いてくるし、守護騎士たちとは違う形でもっと仲良くなりたいと思うようになった。

 

 しかし、俺が自分の気持ちにはっきりと気付いたきっかけは、フロニャルドのあの一件だろう。

 あの世界で魔物と戦った時に不意をつかれて、守護騎士たちとリヒトの服が裂けて、彼女たちが裸体をさらしてしまう中、リヒトの裸を見て感じたのは興奮だけではない。

 あの体を自分のものだけにしたい。誰にも抱かせたくない。

 そんな浅ましいことを思ってしまった。でも、不思議と恥ずかしいとは思っていない。

 

 多分これが恋なんだと思う。少なくとも五年前、シュトゥラで憧れていた令嬢に対する気持ちとはまったく違うものだ。

 

 

 

「ケント様、わかっているのですか? 王族である以上、リヒト様を妃にすることなんて叶わないことだってことは」

 

 感情のない声ですげなくエリザは断言する。

 

「……分かっている。一国の王である以上、貴族でない娘との結婚さえ許されない身だってことくらい……だから俺としては、リヒトが俺の気持ちに応えてくれて、彼女が許してくれるなら……(めかけ)として彼女を大事にしたいと思っている」

 

 そこまで言って俺は目をそむけた。

 間違いなくエリザは俺の事を軽蔑しただろう。さっさと立ち上がって、ここから出て行くに違いない。

 

 そう思っていたがいつまで経っても水音一つしない。

 怪訝に思って横を見ると、エリザは神妙な顔でまだ俺を見つめていた。

 目があったのを機にエリザは口を開く。

 

「そうですか。やっぱりね……ではこうしましょう。私を妃にしていただけるのなら、ケント様とリヒト様の仲を私も応援します」

 

「はっ!?」

 

 思わずそんな声が出た。

 エリザは今なんて言った?

 

「おい、湯に浸かりすぎてのぼせでもしたのか? お前が言ってることは、自分の夫と愛人の恋路を応援するということなんだぞ」

 

「わかってますそれくらい。でも、そうしないとあなたと一緒になれないのなら仕方ないじゃないですか! これでも貴族の娘です。それなりに覚悟はできていました。妾の一人くらい受け入れようじゃないですか! あんまり馬鹿にしないでください!」

 

 勢いよくそうまくしたててエリザはぷいと顔をそらしてから、また顔を俺の方に戻し声を発した。

 

「……それとも、ケント様は私の事を形だけの正妻として傍に置いておくことすら嫌なんですか。こうして肌の大部分をさらしていても私に魅力がないと」

 

「いや、そんなことはない。エリザは俺にはもったいないくらいの女子(おなご)だと思うよ……だからこそ俺なんかの妃でいいのかと思ってな。君みたいな美女を妻に出来るかもしれないにも関わらず、別の女子(おなご)を追いかけようとするような男の妃なんかに……」

 

 哀しげな表情を見せるエリザに俺はそう打ち明ける。

 もし政略結婚の相手が俺に愛情一つ向けてこないような女だったら、ここで悩んだりはしなかったかもしれない。しかし、エリザが俺に向けてくる想いはあまりにも一途で純粋だった。本当に最初の頃からは考えられない。

 そんな俺にエリザは、

 

「ケント様だからいいんです! 今まで何度も社交界に駆り出されて多くの殿方に言い寄られてきましたが、あの人たちの傲慢さや醜悪ぶりといったらひどいものです。自らが囲っている妾の数を公然と自慢している方たちまでいるんですから。それに比べたら妾一人持つか持たないかで悩んでいる分、ケント様の方がましです!」

 

「言ってくれる」

 

 それを言われたら俺も返す言葉がない。

 エリザが出会った帝国の男がどんな人間かは知らないが、ダスターみたいに、貴族だからと思い上がっている奴は腐るほどいるのだ。俺はそれを嫌というほど見てきた。

 もちろんクラウスやオリヴィエみたいにそうでない奴もいっぱいいるし、そういう男に出会ったらエリザも俺なんか見限ってそっちに行ってしまうのかもしれないが。

 

「それで、ケント様はもうお体は洗われましたか?」

 

「……? ああ。湯を堪能したら上がるつもりだった」

 

 なぜいきなりそんなことを聞いてきたのかわからず訝しげに答える俺に、エリザは意地の悪い笑みを浮かべながら言った。

 

「そうですか、残念です。せっかくだからお背中くらいお流しして差し上げようと思っていたのに。……私をお妃にしてくださるなら、結婚した後はバスタオルなしでおもてなししてあげますよ。リヒト様と二人でね」

 

 ――なん…だと?

 なんだその魅惑の申し出は。そんな提案を断ったら一生どころか、三生くらいは後悔するに違いない。

 エリザが王妃でリヒトが妾か……だんだんいい案に思えてきた。

 

 

 

 

 

 

 一方、ケントとエリザが一緒に入浴していることを確信している守護騎士たちに囲まれながらリヒトは。

 

(我が主と女の子が一緒に入浴か。主ももうそんな年頃になったのだな。……なんだろうこのもやもやする感じは? 世の母親や姉というものは、息子や弟を彼女に取られた時はこういう感情を抱くものなのだろうか?)

 

 リヒトの抱く嫉妬心が自身が思っているものなのか、それとも別の感情によるものなのか、それは本人にも知りようはない。

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