グランダムの愚王   作:ヒアデス

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第62話 酒盛り ゼノヴィア編

 あれからしばらくして、エリザより一足先に湯殿から上がって連れと合流したものの、俺はしばらくの間守護騎士からの白い目を、ゼノヴィアからは面白がるような目を向けられる羽目になっていた。……安心するべきか悲しむべきか、肝心のリヒトはいつもの様子で俺に声をかけてくれたが。

 

 その後、俺たちを歓迎するための宴に出て、帝国の貴族たちと歓談をかわしながら食事と酒に舌鼓を打った(のち)、俺たちは客間へ戻って就寝までの間を本を読んで時間を潰していた。

 そんな時だった。

 

 コンコンと扉を叩く音が聞こえて俺は本を閉じる。

 

「誰だ?」

 

 扉の向こうに声をかけるものの、てっきりエリザが湯殿での話の続きをしに来たのか、あるいはそのことについてティッタ辺りが問いただしに来たのかと思ったが、両方とも違った。

 

「私だ、ゼノヴィアだ。酒を持ってきた。貴族どもの挨拶に付き合わされてろくに飲んでおらんだろう。あらためて一杯やらんか?」

 

「……ちょっと待ってくれ」

 

 俺は机に本を置いて扉へ向かい、サムターンを回して開錠し扉を開ける。

 扉の向こうには帝国の皇帝ゼノヴィアと、酒瓶と二杯のグラスを載せた盆を持っている三十代ぐらいの執事がいた。

 ゼノヴィアは盆を奪い取るように手にして執事に告げる。

 

「ここまでで十分だ。今日はもう下がってよい。貴公はもう休め」

 

「はっ。それでは失礼いたします」

 

 執事はそう言ってゼノヴィアと俺に一礼して、この部屋から遠ざかっていった。

 後には扉の取っ手を握っている俺と、片手で盆を持ったゼノヴィアのみが残る。

 

「ではグランダムの王とダールグリュンの皇帝とで杯を交わすとしようか。邪魔するぞ」

 

 そう言ってゼノヴィアはずかずかと客間へ入り、中央にある円卓まで歩を進めそこに盆を置く。

 俺は扉を閉め鍵を()()()()円卓まで行き、まわりにいくつかある椅子の一つに腰を下ろした。

 それを見てゼノヴィアは不敵な笑みを浮かべる。

 

「安心せよ、貴公に害をなす気などない。やるなら宣戦布告をして貴国を攻め込みに行く」

 

「恐ろしいことを言わないでくれ。あれは念のためだ。ないとは思うが、万が一お前に襲われた際に鍵を開けている間を、後ろからばっさりでは後悔してもしきれないからな」

 

「その時は扉を壊していけばよかろう。鍵がかかっていようが早く部屋から出られるぞ」

 

「……ここってお前の城だよな?」

 

 そんな言葉を交わしているうちにゼノヴィアの手で酒瓶の栓が抜かれ、互いにグラスを自分の手元まで持って行く。

 

「ほれ、まずは一献」

「おっと、悪いな」

 

 ゼノヴィアに酒を注いでもらい、お返しに彼女にも酒を注いでやろうとしたが、ゼノヴィアは酒瓶をそのまま自分のグラスへ傾け酒を注いでしまった。

 それから俺とゼノヴィアは乾杯の挨拶を交わして、グラスをぶつけ互いに酒を口に含む。

 年代物のワインらしくたちまち口の中に酸味が広がっていく。絶品の一言に尽きるとはこのことだろう。

 ここにシグナムなどがいたら毒見を申し出てくるところだが、さっき言われた通りゼノヴィアなら不意打ちや毒などという手段をとらなくても俺ぐらい簡単に始末できるだろう。

 

「ところでリヴォルタを併合してしばらく経つそうだが、どうだ採算の方は? 復興債とやらの利息ぐらいは払える目途がついたのだろうな?」

 

 二杯目を口に含んだあたりでゼノヴィアはそんなことを言ってきた。美酒を堪能している最中に野暮なことを。

 

「まあな。起動宣言と聖王の死による各国の情勢悪化は思わぬ誤算だったが、国の守りを固めつつ利息を払う分はしっかりと蓄えている。だからくれぐれも短気は起こすなよ、最大債権者殿」

 

「そうか。それは残念だ」

 

 ……こいつ、まじで債権回収を理由に攻め込む気だったのか。

 

 五か月半前、ガレアとの戦でろくな利も得られなかった我が国、特に王宮は財政破綻寸前に陥った。

 その解決策として発行したのがグランダム復興債なのだが、その大半はダールグリュン帝国皇帝ゼノヴィアが買い取った。つまり、我が国の債権の半分以上をこの女が握っているということだ。

 今回の招待に応じたのも、我が国に影響力を持つようになった皇帝(ゼノヴィア)がどんな人間なのか知っておきたかったからだ。

 そして模擬戦や今までの会話で、ゼノヴィアの人柄についておおよそは把握できた。

 だが、一つだけわからないことがある。

 

「ゼノヴィア、一つだけ聞いてもいいか?」

 

「何だ? 一つと言わずいくらでも聞くがよい。黙々と飲んでばかりいるのでは押しかけた意味がないからな」

 

「よければなんだか……ゼノヴィアの父君と兄君たちが死んだ時について、少し聞かせてくれないか? グランダムではそれについてよくない噂が流れているからな。彼らと近しかったお前から直に聞いてみたいと思っていたんだ」

 

「ああ。私が父や兄を殺めて帝位に就いたというあれか」

 

 特に気分を害した様子もなく、ゼノヴィアはそう言った。激昂されるのを覚悟していた俺はあっけなく思うものの、警戒を緩めることなく恐る恐るうなずいて続きを促す。

 ゼノヴィアはグラスを傾け、二杯目を飲み干してから語り始めた。

 

「まず、私の父にあたる先々帝は病死だ。十二年ほど前から具合を悪くされてな。十年前に病状が悪化し崩御された。それについて何か言いたいことは?」

 

「いや、特にない」

 

 二代前の皇帝は十年前に病気で死んだ。俺もそう聞いている。

 皇帝が死んだ時に医師たちは遺体を軽く調べたが、不審な点は見つからなかったため病死と判断し、そのまま内外に公表したそうだ。三年後に起こった出来事からそれに関連してよからぬ噂があるものの根拠はまったくない。

 

「そうか。ではそのまま進めるとしよう。

 父が亡くなった後は第一皇子だった一番上の兄が帝位を継承し、次の皇帝となった。

 片や、帝位とは無縁だった私は騎士団長として、隣国との戦や賊の討伐に駆り出されていた。まあ、それについて別に不満はない。あるとすれば、帝国と肩を並べるという聖王連合が話に聞いていたのと違ってあっさり退いていく腰抜けばかりだったことだな。あれは実に拍子抜けだった。

 もっとも、そのおかげで領土拡張は楽に進んで、さらなる侵攻の足掛かりができたが」

 

 そこまで言ってゼノヴィアはふうっと息をつき、三杯目を口にしてから続けた。

 

「問題は当時の皇帝の弟、二番目の兄の方だ。

 兄は皇帝から領地の一部をもらって公爵位に留まることができたが、私が隣国との戦で武功を重ねていくごとに危機感を募らせていたらしくてな。私を帝国から追い出そうと色々と画策していたそうだ。例えば私をどこかの国へ嫁がせるとかな。

 ちなみに王妃に先立たれたグランダム王も候補に入っていたそうだから、もしその話が進んでいたら私は貴公の義母になっていたかもしれん」

 

「――っ!」

 

 その言葉に俺はむせるのを必死でこらえた。

 ゼノヴィアが俺の義母になっていたかもしれないだと? 本当かその話は?

 

「まあ、私が他国に渡って帝国に仇なす存在になることを恐れた兄帝によって破談となったがな。当時はそれを聞いて父親ほどの齢のじじいに嫁がされることにならずに済んだと安堵したものだが、今思えば少々残念にも思えるな。あの王には部屋にこもって本ばかり読んでいたという息子がいたと聞く。さぞ鍛えがいがあったに違いない」

 

 そう言ってゼノヴィアは俺を眺めながら、くっくっと笑い声を上げる。

 それを見て、俺の背筋に冷たい汗が流れていくのを感じた。

 

 俺が部屋で勉学にいそしんでいるところへ、いきなり義母(ゼノヴィア)が押しかけてきて、俺はなすすべなく後ろ襟を掴まれて中庭辺りに連れ出され、日が落ちるまで義母にしごかれ一日のほとんどを終える。

 

 そんな流れが一瞬で頭の中を巡った。

 ……破談になってよかった。エリザと違って俺にはゼノヴィアのしごきについていける自信がない。

 内心で安堵する俺の前で、ゼノヴィアは酒を口に含みながら話を続ける。

 

「まあ、もしもの話は置いておこう。

 私を他国へ嫁がせることには失敗したが、それ以外にも兄は自分の前から私を排除するために色々と試みた。だが、それらはすべて失敗してな。追い詰められた……いや、追い詰められた気になった兄は最後の手に出たのだよ」

 

「……それってまさか」

 

 俺の予想にゼノヴィアはこくりとうなずいた。

 

「私が西部遠征の指揮を執っていた時の話だ。

 兄は突然そこに現れ、私に代わって自分が全軍の指揮を執ると告げた。どう言いくるめたのかは知らんが兄帝直々の任命書を掲げながらな。

 兄は固有技能こそ持っていたものの、それをうまく扱うほど武術に長けておらず、指揮能力も教書の域を出ない程度だった。しかし、皇帝直々の任命とあらば異を唱えられる者などいない。私を含めて誰もが従うしかなかった。

 私が指揮していれば起こりえない采配ミスを起こし、生まなくてもいい犠牲を出しながら戦は進み、あと一当てすれば、あるいは降伏を促すだけで決着はつくという時に、兄は私にあの技の使用を命じた。

 ……そう、昼間見せた雷帝原式、または《雷帝の槍》と呼ばれるあれだ。

 ある意味的確な命令だった。我が身に衝撃が溜まった状態であの技を放てば、敵軍は確実に壊滅する上に、それ以後帝国に歯向かおうとする者など現れないだろうからな。

 私は命令通り敵軍の拠点に向けてあの技を放った。その結果、当然敵軍は壊滅し我が軍の勝利は決まった。

 技を放った直後の私の側に兄が寄ってきて、私の肩を叩きながら賞賛の言葉をかけた。その時の私はどんな顔をしていただろうな。私に嫌味しか言わないあの兄がと思ってきょとんとしていただろうか、まだ兄妹仲はこじれ切っていないとまんざらでもなさそうに笑みすら浮かべていただろうか。

 ――その時だよ。片手で私の肩を掴み、もう片方の手で短剣を手にしていた兄が、私の喉元めがけて短剣を突き刺そうとしたのは。

 ……後は正直よく覚えていないな。気が付いたら私は槍を突き出していて、兄はその槍に腹を貫かれていた」

 

「……それが謀殺疑惑の真相か」

 

 俺がそう言うとゼノヴィアはうなずきもせずにグラスを傾けた。

 

「その時は周りにいた将兵が一部始終を目撃したため、私は正当防衛が認められ、兄帝は弟の死を悔やむ言葉を述べながらも私を戦勝の功労者として讃えた。私に恐れのこもった目を向けながらな。

 それからわずか二ヶ月後だよ。酒浸りになっていた兄帝が自室で自らの胸に短剣を突き刺し、命を絶ったのは。

 そして、ただ一人の皇族(ダールグリュン直系)となった私は帝位を継いで皇帝となった。それを見て周囲の人間がどう考えたのかは……わかるだろう」

 

 その言葉に俺はうなずきを返すこともできなかった。

 ゼノヴィアは次兄を殺めて正当防衛だとでっち上げ、その後自殺に見せかけて長兄を殺し、皇帝の座を奪った。そう考える者が出てくるようになっていったに違いない。そして、否定できる者はいないからそれは噂となってどんどん広まり……。

 いつしかゼノヴィアの帝位簒奪は定説と呼べるほどにまでなっていったと。二代前の皇帝、彼女らの父親も病死ではなく、ゼノヴィアに暗殺されたのかもしれないという尾ひれまでついて。

 

 ゼノヴィアは彼女らしくもない、力のない笑みを浮かべて俺に尋ねる。

 

「信じられないか?」

 

「いや、信じるよ……信じたいと思う」

 

 俺がそう言うとゼノヴィアは笑みを浮かべたまま「そうか」と言った。

 

「兄弟というものも結構大変なんだな。俺は幼い頃から父や周りの期待を注がれていたから、兄弟でもいればそれを分かち合うこともできるのにと軽く考えていたんだが」

 

「そう単純なものではないということだ……そういえばあのティッタという娘は貴公の腹違いの妹らしいが、せいぜい仲違いはせぬようにな。間違えても我が兄のように一人相撲を演じた挙句、妹に斬られるような最期は迎えんように気を付けておくことだ」

 

 今の話を聞いていなければ嫌味だと受け取っていただろう。しかし、微笑とともにゼノヴィアがこぼしたその言葉には、本気でそう願っているような響きが感じられた。

 だからだろう。

 

「……ああ。そうするよ」

 

 俺はそう答えるしかなかった。

 

「うむ。ならば今夜は互いに満足が行くまで語り合い、吐き出すことだ。おあつらえ向きにまだ酒は残っているようだしな」

 

「……?」

 

 どういう意味だ? ……まさか。

 もしやと思う俺の前で、ゼノヴィアは扉の方に顔を向ける。

 

「鍵はかかっておらん、遠慮なく入ってくるがよい!」

 

 ゼノヴィアがそう声をかけると扉が勢いよく開いて、

 

「――ゼノヴィア皇帝? なんで皇帝がお兄様の部屋なんかにいるんですか!?」

 

 部屋に入るなり、この部屋の今の主である俺を無視してゼノヴィアに問いかけたのは、さっきまで話題に挙がっていた我が妹ティッタだった。

 ……十中八九、湯殿での出来事を聞きに来たんだろうな。今の俺にとって、ゼノヴィアよりはるかに厄介な奴が出てきてしまった。

 

 俺はグラスに残っていた酒をあおる。苦みが沈殿していたのかやけに苦い味だった。

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