あれから一週間後。
「お帰りなさいケント様! 皆さん!」
帝城を後にしてグランダム城に戻った俺たちを迎えてくれたのは、医師としてこの城に残っていたイクスヴェリアだった。
「ただいまイクスちゃん。留守の間医務室の様子はどうだった?」
「大丈夫です! 特に大きな怪我をした人も出てきませんでしたし。私と他のお医者様だけでもなんとかなりました」
医務室での上役と部下として、シャマルとイクスはそんな会話を交わす。
それからしばらくイクスは他の騎士とも一言言葉を交わしていき、最後は俺にも声をかけてくれる。
「ケント様。どうでした帝都というところは?」
「ああ。リヴォルタにも劣らない大きな街だったよ。美術館とか歴史を感じさせる場所もあったしな。残念ながらそこへ行っている暇はなかったが」
「そうですか。皇帝という人はどんな人でした?」
「……色々な意味で印象が強い人だったな。大陸の西のほとんどを版図に持つ大帝国を束ねるだけはある。器の違いを思い知らされたよ」
「そんな、ケント様だって立派な王様ですよ。まわりの国が大変なことになっている中、この国の人たちが平和な暮らしができているのは、ケント様のおかげだってお城の人たちも言ってます。ガレアだってそうです。グランダムが保護国という形であの国を保護してくれているから、ガレアも戦火に巻き込まれずに済んでいるんです。だから……本当にありがとうございますケント様!」
「ありがとう。そう言ってくれて嬉しいよ」
嬉しさのあまり俺は自然とイクスの頭を撫でる。イクスはくすぐったそうに笑いながら、されるがままになっていた。
だが俺が手を引っ込めたあたりでイクスはあっと声を上げた。
「そうだ! 実はケント様たちが帝国に向かった後、ほとんど入れ違いにガレアから手紙が届いたんですけど。ほら、ケント様は覚えてますか? サニーさんって異世界から来た学者さん」
「ああ、彼女か。よく覚えているよ」
サニー・スクライア。異世界からベルカ、そしてガレアに来ていた考古学者で、現在はあの国の各地を調べて回っているらしい。砲弾を弾くほどの結界を張ることができるほどの、優れた腕を持つ魔導師でもある。
形の上では今でもイクスがガレア王ということになっているためか、サニーからイクスのもとに探索に関する定期報告が届けられることが度々あり、イクスも律儀にその返事を出したのがきっかけで、二人はよく文のやり取りをするようになったらしい。
しかし最初の頃はともかく、今では文が来たくらいで俺たちに報告なんてしてこなくなったはずだが……。
「何か気になることでも書かれていたのか?」
そこでイクスは難しい顔になって言葉を詰まらせる。
「いえ、私への手紙にはガレアの奥にある地層から色々見つかったというだけで……ただ」
「……ただ、なんだ?」
「……いえ、実は私宛ての手紙とは別にケント様宛ての手紙も届いていたみたいなんですけど、その時にはもうケント様たちは帝国に向かっちゃってて……」
そういえばさっきイクスは、帝国へ向かった俺たちとは入れ違いに手紙が届いたと言っていたな。
「ケント様たちが戻ってくるまで私が預かっておきましょうかって言ったんですけど、ケント様以外の人には誰にも見せないようにって言われてたみたいで。私は人の手紙を見たりなんて絶対にしませんけど、あのサニーさんにしては珍しいなって……」
……確かに、以前イクス宛てにサニーから文が届いた時は、イクスと間違えてヴィータに届けられたこともあったし、イクスと一緒にいたシャマルが勝手に文を開けたこともあったそうだが、大した騒ぎにはならなかったな。
それにサニーが俺宛てに文を出すなんて初めてのことじゃないか……ただ事ではなさそうだ。
「……その手紙はどこに」
「保管室にあると思います。たまにディーノやリヴォルタから送られてくる、ケント様宛ての密書を入れるところに入っていると思いますけど」
「わかった。ありがとう」
イクスに礼を言って、俺は守護騎士たちから怪訝な目を向けられながら保管室に向かった。
(主以外の誰にも見せるな、か……まさか)
◇
守護騎士たちやイクスと別れた後俺はすぐに保管室へ向かい、サニーからの文を探した。
目当ての文は密書とは違って、封蝋もされていない糊付けされただけの封筒に入っている簡素なもので、かえって誰からの文か一目でわかった。
執務室や寝室に持って行こうとも考えたが、今は誰も保管室にはいない。
それを確かめると俺は封を破って、その場で封筒を開けた。
封筒には二枚の文が入っていた。
一枚目には、
『陛下へ。
もしこの場に誰か陛下以外の人がいたらすぐに文を閉じて、誰もいない場所まで移動してからこれを読んでください。そこにいるのが守護騎士やリヒトという人だったとしてもです。
イクス様やティッタなら大丈夫だと思うけど、念のためにあの子たちにも内緒でお願いします』
とだけ書かれていた。
サニーの奴、面と向かって話す時は俺相手でもタメ口なのに、文だとこんな文体を使うのか。
それにしても何だこれは。わざわざ俺以外の誰も見るなと釘を刺したうえで、
今までイクスに届けられていた文とは明らかに違う。
……とにかく今この場には、守護騎士もリヒトもイクスもいない。
俺は一枚目を後ろに回して、二枚目の文に目を通した。
『ケント陛下へ。
いきなりのご無礼をお許しください。それだけこの文は陛下以外の人に見られたら困るものなのでどうか御容赦ください。
半年前、ガレアでお会いした時は本当にありがとうございました。あの時陛下に助けていただかなかったら、私はこうしてガレアでの探索や発掘を行うことができなかったでしょう。
私を助けていただいたケント陛下と、発掘の許可をくださったイクス様には本当に感謝しています。
あれから私はガレアの奥地で探索と発掘に精を出しております。今までの間に色々な物が見つかって、その中にはすべてが金属の材質でできた物や使い方が分からないものが出てきたりして、先史時代の文明の高さに驚かされたり小首をかしげたり、と退屈しない日々を過ごしています。
さて、こうして陛下に文を出したのは他でもありません。
つい四ヶ月ほど前、私はガレアの奥地にある地層の下から二冊の古い本を掘り起こし、発掘や探索の合間を縫ってそれらの本の解読を進めていたのですが、つい昨日二冊の本の解読が終わりました。
その内容について陛下に直接報告したいことがあり、このような文を送らせていただきました。
勝手なお願いだと思いますが陛下には闇の書を持って、できるだけ早くガレアまでお越しいただきたく思っております。
ただし、その時は絶対に陛下一人で来てください。間違っても守護騎士やリヒトという人を連れてこないように。
それからこれも変なお願いだと思われるでしょうが、もし今後戦いが起こったとしても闇の書を使うようなことは絶対にしないでください。それについてもガレアで見つかった本を読めばわかると思います。
それでは色々と勝手なことを書いてしまいましたが、一日も早い再会を願っています。本当に心の底から。
……何だこれは?
文の最初の辺りはただの近況報告になっているが、途中からは俺に対して一刻も早くガレアに来いと催促する内容になっている。
しかも守護騎士やリヒトは絶対に連れてくるなときた。
罠か? 何者かがサニーを拉致してこんな文を書かせたのか? それならサニーにしては丁寧すぎる文体も納得できる。
しかし、エリザに負けずしたたかなあの
それに闇の書を持って来てくれと書いておきながら闇の書を使うなというのも解せない。サニーを誘拐した者にとって闇の書を使われるのが恐ろしいのなら、闇の書なんか持ってこさせないし、俺から闇の書を奪うのが目的ならある程度使ってもらって書を完成に近づけた方が都合がいいはずだ。もっとも、完成した闇の書が使えるのは闇の書の主……すなわち俺だけらしいのだが。
……罠にしてもおかしい。それに文自体からも何やら切羽詰まったものを感じる。
ガレアか、半年ぶりにもう一度あそこへ行ってみるとするか……サニーの指示通り、今度は一人でな。