サニーから届いた文を受け取って、俺は今すぐに片づけなければならない政務がないかを確認してからすぐにグランダム城からガレアに向かって飛んだ。その直前に一瞬だけ俺に向けられたような視線を感じたが、振り向いてみてもそこには誰もおらず、気のせいだと思いなおしてガレアに向かうことにした。
それからほどなくガレア王城跡よりさらに奥へと飛んで、それを目にした瞬間、俺は空中で動きを止めた。
それは奇妙な森だった。
その森から生えている樹らしきものは先端に近づくごとに棘のようにとがっており、森のところどころには巨大な赤い宝石のようなものが埋まっている。
サニーの文に描かれていた絵と一致するが、まさか本当にこんな形をしているとは。明らかに自然にできた森じゃないぞ。
(ここは一体?)
俺は地面に降り、他にも何かないかと辺りを見回す。
しかし、例の場所の前には広い湖があるだけで、そこには水浴びをしている女の子しか……。
「……」
水浴びをしている短い金髪の女の子は湖の側に降りた俺に気付き、緑色の瞳でこちらをじっと見ている。
水浴びをしているのだから当然その体には何も着ておらず、少しだけ膨らんだ胸を惜しげもなくさらしていた。
というよりこの子は――
「サニー!」
指定された場所に来て、すぐに俺を呼び出した人物に会うことができた。
早速例の本とやらについて――
「きゃあああああ!」
聞ける状況じゃないだろう!
サニーは胸をかばいながらその場にうずくまって下半身を水で隠し、俺は後ろを振り向いて早くその場から離れた。
……指示通り一人で来て正解だった。守護騎士たちやリヒトがいたら、また白い目で見られるところだ。特にリヒトにこんな所を見られたら、元々わずかほどしかないかもしれない俺への好感度が一気に下がってしまいかねない。
それから少しして、前に会った時と同じ、文様が付いたシャツと短パンと茶色いマントを着て、右目に
「……もう水浴びはいいのか?」
「こんな状況で続けられるわけないだろう! 陛下が覗こうとするかもしれないし」
「覗くか!」
「どうだか……まったく。すぐに来いって文に書いたのに二週間も来なかったし、さすがに今日はもう来ないだろうと思っていたらよりによって水を浴びている時に来るし……ああついてない(陛下一人だけで来てもらったのは失敗だったかな。ティッタだけでも連れてきてもらうべきだったかも。何もしてこなかったから、ここで襲われることはないと思うけど)」
サニーは頭を抱えてうなる。そんな彼女に反論を返した。
「仕方ないだろう、帝国に行く用事があったんだから。……裸を見てしまったことに関してはすまなかった。なるべく早く忘れるようにする」
「見てなかったとは言わないんだね」
そういう言い訳もあるが、あれだけ互いに目が合って何も見ていなかったというのは苦しすぎると思う。
「まあいいや。ところで……陛下一人だけだよね?」
「ああ。文に書かれた通り俺だけで来た」
周りを見渡し潜めた声で訊ねるサニーに、俺は首を縦に振って答えた。
サニーは「そう」と返し、身体の向きを変えながら、
「じゃあ今から私の拠点に行くよ。そこまで飛んでいくからちゃんとついてきて」
そう言ってサニーは宙を飛び例の場所の方を向く。それを見て俺も宙に飛んで彼女と同じ方を向いた。
やはりと言うべきか、そこは鋭くとがった樹らしきものと赤い宝石がいくつか埋め込まれた例の森だった。
◆
サニーの先導で俺は例の森まで飛び、その森の中央にある、扉がついた巨大な岩を見付けるとサニーはそこへまっすぐ降り、彼女に続いて俺も扉の近くへ降りた。
俺が地面に足を付けたのを見届けると、サニーは俺に背を向け扉に手を伸ばす。
「
サニーがそう呟くと彼女の手元と足元に円状の魔方陣が浮かぶ。
しかし何も起こらない。
首をひねる俺の前でサニーは扉の取っ手に手をかけた。
すると扉は彼女の押されるがままに奥へと開いていく。
鍵をかけてなかったのか? ――いや、だったらさっきの呪文は一体?
「……まさか、魔法で鍵を開けたのか?」
「うん。ベルカにはこんな魔法ないの?」
自慢する様子はなく、むしろ不思議そうにそう尋ねてくるサニーに俺は首を横に振った。
「ないな。ベルカの魔法は武器の威力を高めたり、シールドやバリア型の結界を張ったり、戦いに関するものばかりだ」
「ふうん。長い間戦争が続くとそうなるんだ」
……いや、確かベルカにも一部だけだが、戦いだけでなく日常生活でも使える魔法を扱う種族がいたな。
たしかシュトゥラの南に広がる森に住む、《魔女》と呼ばれる猫のような耳と尾が付いた一族だ。
シュトゥラ王もその力には一目置いていて、グロゼルグという魔女の
しかし、その魔女たちが住んでいた森も、隣国が用いた燃焼兵器によって無残に焼き払われ、クロゼルグを含め多くの魔女が行方不明になったという。
「どうしたの?」
「いや、なんでもない」
嫌な事を思い出し顔を曇らせてしまったのだろう、俺の顔を見ながら尋ねてくるサニーに首を横に振って応えた。
重くなった空気を変えるべく、俺はさっきからずっと気になっていたことを尋ねる。
「サニー、ここは一体なんだ? この建物だけじゃない。周囲にある森自体が人工的に造られているようだった。まさかこの建物もあの森もガレアの遺跡なのか?」
その問いに今度はサニーが首を横に振った。
「いいや、ここはガレアで造られたものでも遺跡でもないよ。人工的に造られたっていうのは合ってるけどね」
「……ガレアで造られたものでもなければ遺跡でもないだと? こんなものリヴォルタでも造れるものではないだろう。後は聖王都かそうでもなければ……まさか」
俺がそれを口にする前に、サニーはどこか誇らしげに笑って言った。
「そう。この建物も周囲の森に見えるものも、十年前にベルカとは違う世界で造られたものなの。『ミッドチルダ』っていう世界でね」
その言葉に俺は目を見開く。
ミッドチルダなら俺も聞いたことがある。ベルカとは違い、最近になって他の次元世界と交流するようになった世界だが、ベルカに匹敵するほどの優れた魔法技術を持っており、汎用性と応用性に至ってはベルカで使われている魔法より優れているほどだとか。
そうか、さっきの魔法も以前サニーが使っていた結界魔法も、ミッドチルダで用いられている魔法か。
「そうだったのか。それで、結局のところここは一体何なんだ? あの森まで人工的に造られたものということは、ただの拠点じゃないんだろう」
「うん! ここは本来、次元移動も可能な施設なんだから」
「次元移動が可能だと!? それも施設ごと?」
俺は思わず裏返った声を出してしまう。
聖王都でもこれほどの次元船はないだろう。
驚く俺を得意げに見やりながらサニーは語る。
「そっ。正式な名称はまだ付けられてないけど、森に偽装した時の見た目から《移動庭園》って呼ばれてる。私はこれに乗ってベルカに来たの。最初は聖王都の次元港に着いたんだけど港にいた人たちも驚いてたなあ。職員たちが集まってきて検査とかされちゃってさあ」
そりゃあこんなものが港に現れたらな。やはり聖王都でもこれほどの次元船は見ないものらしい。ガレアにもこれに乗ってきたのだろうが、よく騒ぎにならなかったものだ。
そんなことを考えている俺の前でサニーは自慢話を続ける。
「ベルカで唯一の次元港の人たちを驚かせるとは、ミッドチルダの技術の粋を集めて作られただけはあるね。さすがスクライア一族が誇る研究施設だ」
「……一族が誇るか。そんな施設をお前一人で使っているのか? 俺たち以外に人の気配がまったくしないんだが」
「ああうん。本当はもっと大勢で来たかったんだけど、戦争続きのベルカに行きたがる人は一族でもほとんどいなくてね――あっ、ごめん。ベルカに住んでいる陛下には失礼な言い方だったかな」
思わず出てしまった失言に頭を下げるサニーに、俺は「いい」と言って話の続きを促した。
サニーは気を取り直して話を続ける。
「まあ、それでまわりから止められはしたんだけど、族長もベルカには興味があったみたいでね。今は他に危険な世界に行く予定がある人もいないし、いざとなったらここにこもって身を守るなり次元空間に逃れられるようにってこの庭園を貸してくれたんだ。そんでこの庭園に乗って私一人だけでベルカに来たってわけ……あっ! もう着いたよ」
サニーの言う通り、俺たちの目の前には扉があった。
サニーは取っ手に手をかけ扉を開ける。
◆
その部屋は大量の本が並べられた部屋だった。
部屋の壁には本棚が隙間なく置かれており、本棚の中にはこれまた隙間がないほどびっしりと大量の本が並んでいる。察するにここは資料室か。
そして……
「……あれがお前が掘り出したという二冊の本か」
俺の言葉にサニーはうなずきを返す。
部屋の中央には一台の机が置かれており、机の上には二冊の古い本と無数のメモがある。
本はボロボロで表紙の塗装はほとんどはがれており、何が書かれていたのか、それとも無地だったのかすらもうわからない。
その反対に本のまわりに置かれたメモは真新しく、最近書かれたばかりのものだとわかる。あのメモを使って、少しずつ本の内容を解読していったのは想像に難くない。
俺は机に向かって本を手に取ろうとするが……
「待って! そのままだと陛下はまだ読めないと思う」
そう言って、サニーは片手を横に伸ばして俺を遮った。
まさかサニーがそれを読み上げるのを黙って聞いていろというのではないだろうな? それではあまりにももどかしいうえに、内容次第では半刻もしないうちにうたた寝してしまいそうなのだが。
だがそんな心配は杞憂だったらしい。サニーはまた本に手を伸ばし一言呟く。
「
するとサニーの手元にまた魔法陣が浮かんだ。
今度も一見何も起こっていないように見えるが、さすがに今度は俺にも何が起こったのか察しが付いた。
「……これで陛下にも読めるようになったと思う。取ってもいいよ」
「ああ」
サニーに言われるまま、俺は二冊の古書のうち一冊を手に取る。古いだけにざらざらして触り心地はかなり悪い。
だが、この本に書かれていることはそんな不快感など吹っ飛ばすもので――
「――なっ!?」
それを見て思わず俺はそんな声を上げてしまった。