【レポートNo.5843 夜天の魔導書について】
かつて、このベルカには非常に卓越した技能を持つ魔導師がいた。
その才はベルカの歴史上類を見ないと思われ、かの名高き古代世界アルハザードの技術者たちにも届くのではないかと言われていた。
彼はベルカ各地、そして他の次元世界に存在する多くの魔法および構築式を記録するために、666ページからなる一冊の
その名を『夜天の魔導書』という。
夜天の魔導書には、書が破損した際に元の形へと戻す『再生機能』と、書を紛失したり何者かに奪取されてしまった時に書を
それに加えて夜天の魔導書には、書と所有者を守るための防衛プログラムと守護騎士プログラムが組み込まれており、特に人型・動物型の形態をとって活動する守護騎士プログラムは所有者の補助を担うことも可能とされる。
守護騎士として設計されているのは以下の四体。
・卓越した剣技と連結刃に姿を変えるデバイス『レヴァンティン』を駆使して、魔導書と所有者に害をなそうとする者を排除する戦闘用プログラム・『シグナム』
・幼い子供の姿と振る舞いで所有者の側に付き、デバイス『グラーフアイゼン』を用いて所有者を守る補助プログラム・『ヴィータ』
・デバイス『クラールヴィント』を用いて所有者や他のプログラムの治療、支援を行う治療用プログラム・『シャマル』
・狼と人間の姿を使い分けることで所有者の護衛を行う護衛用プログラム・『ザフィーラ』
これら四体のプログラム体を『守護騎士』もしくは『ヴォルケンリッター』と呼ぶ。
なお守護騎士たちは女性型が三体、男性型兼犬型が一体と、男女比に大きな偏りがあり、運用面において合理性に欠けているように見受けられるがその意図は不明。
さらに上記の機能、プログラムを運用するためのいくつかのAI・管制プログラムが書の内部に搭載されている。
管制プログラムの一種『システムN-H』は当時では最新式として設計された融合騎でもあり、融合騎の問題点だった融合事故の危険を抑えるための様々な処置が施されていた。
これらのプログラムには自律的行動を行わせるために極めて高度な知性が備わっており、開発当時から現在まではどのプログラムにも感情などの自由意志が現れている傾向は見られないものの、活動を続けていく間にそういった意識が顕在していく可能性は十分考えられる。
上記の機能・プログラムによって夜天の魔導書は何度か盗難、強奪、破損の危機に見舞われながらも、製造者たる魔導師が生きている間に魔導書は完成を果たし、魔導師はこの書を次の継承者に譲ってこの世を去った。
しかし次の所有者は魔導書を継承してすぐにベルカから姿をくらまし、それ以後の消息は一切不明である。
夜天の魔導書の所有者の失踪から300年後。とある国が統治していた植民世界でクーデターが勃発し、大規模な内乱の末に植民世界自体が消滅するという現象が発生。
それ以後、数十年ごとに同様の暴動、襲撃が各世界で発生。騒乱が起きた世界ではいずれも世界自体が消滅するという現象が起きている。なおこの件における調査対象はベルカの国が統治している植民世界を中心としているため、他の世界でも同様の騒乱、消滅が発生している可能性がある。
――年、植民世界を統治している国々の協力を得て、セニア連邦政府は騒乱が起きている世界に軍を派兵。
そこで『闇の書』なる魔導書を持つ騒乱の首謀者と、彼女の側に付き従っている守護騎士と名乗る四人の男女を確認。それぞれ記録にある夜天の書と守護騎士プログラムと酷似。同一のものである可能性が高いと推測。
セニア軍は首謀者と守護騎士の排除、闇の書の確保を企図した作戦を立案。現地軍の協力の下でこれを実施した。
作戦は失敗。あまりにも強力な守護騎士の力と連携に軍はなすすべなく壊滅した。その際彼らに敗れ死んだ、もしくは重傷を負った兵士から闇の書がリンカーコア、もしくはコアに内在する魔力を吸収していったとの目撃証言あり。
軍の壊滅から数分後、闇の書は突然守護騎士の吸収を開始。さらにその直後、首謀者の身に異変が起こり、銀髪赤眼の女性にその姿を変えていった(偵察兵からの目視による報告であり、それ以外に確たる記録はないため事実とは異なる可能性がある)。
首謀者の乱心・変貌から20分後、現地世界は跡形もなく消滅。それまでの記録は一切残されていない。
前回の騒乱から十九年後の――年、セニア政府は前回と同様の騒乱が起きている世界に再度軍を投入。
前回の失敗を踏まえて前回よりはるかに多くの人員を投入。さらに選りすぐりの精鋭からなる特殊部隊を編成し、これを現地に投入した。
現地軍と軍本隊から多数の、例の部隊からも少なくない犠牲を払い、守護騎士・首謀者の排除と闇の書の回収に成功。
敵拠点の制圧後、闇の書はセニア政府の管理下に置かれ、保護世界に設置されている技術研究所に移送された。
研究班による解析の結果、闇の書は夜天の魔導書と同一のものであることが判明した。ただし内部のプログラムには広範囲に及ぶ改変が確認されている。おそらくは複数の所有者によってプログラムの改変が繰り返されたものと推定される。
さらなる解析の結果、プログラム改変による影響がおおよそ判明した。その影響は次のとおりである。
・魔導書が破壊された際に再生機能と同時に転移機能まで作動するバグの発生。
このバグによって、魔導書が破壊された際に次元を越えて新たな所有者のもとまで転移するという現象が起きるものと推測。なお魔導書の新たな所有者は魔導書がランダムに見つけ出した高い魔力資質の持ち主の中から選び出す模様(資質さえあれば魔導師でなくても所有者に選ばれる可能性も十分考えられる)。
・魔法の記述方法が魔導師や魔法生物が持つリンカーコアからの蒐集(強奪)に変更されている。
魔法の記述を安易に、そして効率的に行っていくための変更と思われる。
・一定期間蒐集が行われないと所有者自身から魔力を蒐集する現象の発生。所有者が魔導師なら一定時間の経過で元に戻るが、所有者が非魔導師だった場合、無理な蒐集によって身体に障害が出る可能性が考えられる。さらに完成まで残り百ページを切るなど魔導書単体での蒐集が可能だと判断した場合、最後の蒐集から約四ヶ月後に所有者の居住地などに住む人間や守護騎士たちから魔力を蒐集する。
前者はバグによる自動蒐集機能の誤作動、後者はいずれかの所有者によって追加された機能だと考えられる。
・管理者権限の取得に管制プログラムと防衛プログラムの認証が必要になった。
元々、夜天の魔導書の管理者権限の取得は管制プログラム『システムN-H』の承認を必要としていたが、改変によって防衛プログラムに知性が芽生えたためにシステムが防衛プログラムを管制プログラムと誤認し、それ以降は管理者権限の取得に管制プログラムに加えて、防衛プログラムの認証まで必要になったものと思われる。ただし、防衛プログラムが持つ知性は二種の管制プログラムと違って、破壊衝動しかない原始的なものである。
・魔導書のすべての頁が埋まると同時に、所有者は管制プログラム『システムN-H』との融合によって体を乗っ取られ、その後『システムN-H』も自我を失い無差別破壊を行うようになる。
前述のとおり『システムN-H』には融合事故を抑えるための処置が施されていたが、防衛プログラムによってそれらの処置が無効化されてしまったため、融合事故が起きるものと思われる。
解析から数日後、研究所があった保護世界が消滅するという事態が発生した。
魔導書のプログラムを修正ないし魔導書自体の初期化を行うために、研究員がハッキングを試みたのが原因と思われる。
魔導書も保護世界ともども消滅したと考えられるが、研究班の解析が正しければ転移機能と再生機能によって他の次元世界に転移・再生した可能性も十分考えられる。
これらの事態を重く捉え、セニア政府は闇の書から手を引くことを決定。またこれらの事実を発表した場合、世界的な混乱が起きると予想されるため、本件について関係者は一切の口外を禁じるものとする。
◇
「……な、何だよこれ……」
ここまで読んで俺はそう呟いた。いや、これ以外にどんな言葉が浮かぶんだ。
「……」
そんな俺をサニーは何とも言えない面持ちで眺めていた。
それに構わず俺は言葉を吐き出す。吐き出さずにはいられない。
「何だよ、何なんだよこれは!? 闇の書を完成させたら持ち主はシステムなんとかに乗っ取られる? 世界が消滅するまで無差別破壊を続けるだと? ……何を馬鹿な、完成した闇の書を手にしたものは強大な力を手に入れることができるはずだぞ! ベルカを統一するほどの! この戦乱を終わらせることができるほどの力が! それを信じて俺は今まで守護騎士たちとともに戦ってきたんだ!」
そこまで言って俺はふと思った。
「……そうか、これは嘘だ。この本に書いてあるのはでたらめだ。……サニー、一生懸命解読してくれたところあいにくだけど、この本に書かれているのは全部作り話だ」
「陛下……」
「だってそうだろう。完成させたら何かに乗っ取られるような本なんて誰が完成させようとするんだよ? そんなのただの自殺じゃないか! そうだ、だからこの本に書かれてあるのは全部でたらめで――」
「――陛下!」
サニーの一喝に俺は言葉を止め、呆然と彼女を見る。
サニーは厳しい目で俺を見据えていた。それは嘘で固められた文献に振り回された者が見せる顔じゃない。
彼女は厳しい口調で言う。
「確かにその可能性はあるよ。こんな文献に事実や真実が書かれてある証拠なんてどこにもない。陛下の言う通りこの本に書かれてあるのは全部真っ赤な嘘という可能性だって十分ある。でも文献に書かれてることが本当なら、いくつかうなずけることもある。陛下はイクス様が話してた“事故”の話を覚えてる? 闇の書の前の持ち主が世界ごと消えちゃったって話」
確かにイクスは言っていた。闇の書を持っていた組織の首魁が世界ごと消滅した“事故”の事を。闇の書が完成した後に起こる融合事故の話にぴたりと当てはまる。
サニーはさらに続ける。
「他にも、一定期間蒐集が行われないと保有者自身から魔力を蒐集する《自動蒐集機能》ってやつがあるじゃない。もしあれが本当だったら陛下にも身に覚えがありそうなものだけど、心当たりはない? 少しの間魔法が使えなくなった事とか」
……ある。幼い頃に覚えた魔法を実践しようとしたけど、何度詠唱を唱えても念じても魔法がうまく使えなかったことが数日間。あれは俺が未熟なせいだと思ってたけど本当は……。
「……心当たりがあるみたいだね。私としてはそのことで気になることがあるんだけど、闇の書は今何ページまで――」
「何だよそれ」
「……陛下?」
「何だよ何だよ何だよ、何だよ何だよ何だよ、何なんだよそれ! ……俺は、俺たちは一体今まで何のために頁を埋めてきたんだよ? 何のために苦しい戦いを勝ち抜いてきたんだよ? ここに来るまでどれだけの犠牲を出してきたと思ってる? 俺自身どれだけ生死の境をさまよってきたと思っている? あともう少し、あともう少しで闇の書が完成して
そこまでまくしたてて俺は今まで手にしていた古文書を手から落とし、膝から崩れ落ち両手を床につける。その拍子に俺の懐から茶色い本らしきものが落ちるが目の前がゆがんでよく見えない。
「陛下……」
「笑えよサニー。
その時、俺の頬に強い衝撃が走り――
「しっかりしろケント!!」
そして怒声とともに俺は胸倉を掴まれ、前に引き寄せられる。
つんのめった俺の顔の間近には、憤怒に歪んだサニーの顔があった。
「こっちはお前の泣き言に付き合ってる暇はないんだ! 後で好きなだけべそかかせてやるから今は黙って私の質問に答えろ! このヘタレ王!」
激しい剣幕で凄んでくるサニーに、俺はこくこくとうなずきを返すしかできなかった。
サニーは俺の首から手を離し、支えるものがなくなった俺の体は床に落ちかけ慌てて両手を床につけることで転倒を免れる。
サニーはそんなことに構わず、俺を憮然とした表情で見下ろし口を開く。
「さっさと立って涙拭いて。それぐらい自分でできるだろ」
「あ……ああ」
そう言いながら俺は腕の甲で目元を拭う。
まさかこんなティッタくらいの背丈の子に叱られるとは、それだけさっきの俺はみっともなかったということか。
頭が冷えてくるにつれ急に恥ずかしさがこみあげてくる。
「すまない。恥ずかしいところを見せた。もう大丈夫だ」
「まったくだ。泣くぐらい構わないけどさっきの泣き言は駄目だね。ヴィータやティッタに見られていたら三日はネタにされてるとこだったよ」
「確かに。そう言う意味ではサニーの言うとおり一人で来て正解だったな」
心の底からそう思う。間違っても彼女にはさっきの醜態は見せたくない。しかし冷静になって考えてみるとその彼女こそが……。
「じゃあ、調子を取り戻したみたいだし話を進めさせてもらうよ。陛下、闇の書の頁って今どのくらいまで埋まってる?」
「えっ!? それは……ちょっと待ってくれ」
サニーにそう聞かれ、俺は床に落ちている闇の書を拾って頁の枚数を調べる。
闇の書はすでに相当の頁が埋まっており、空白の頁を数えた方が早い。
頁を数えている間に、書に聞いてみるのが一番早いのではと思ったが、あんな話を見たら恐ろしくてそんなことはできなかった。
……空白の頁は予想よりはるかに少なく、空白頁の勘定を終えた俺はサニーの方を向いて言った。
「……空白のままになっている頁は……きゅ、90ページだ」
もう90ページしかない……ということは闇の書は全部で666ページあるという話だから、もう576ページは埋まっているということに……いや、待て待て! そんなことより、あの古文書には確かなんて書いてあったっけ?
俺が首を巡らせて古文書の方を見ると、ちょうどサニーが床に落ちていた古文書を拾っているところだった
サニーはすごい速さで頁をめくっていって、ある頁に目を止める。
「……『完成まで残り百ページを切るなど魔導書単体での蒐集が可能だと判断した場合、最後の蒐集から約四ヶ月後に保有者の居住地などに住む人間や守護騎士たちから魔力を蒐集する』って、ここに書いてあるんだけど」
「――なに!?」
それを聞いて、俺はサニーが示している頁に顔を近づける。
その頁にはサニーが言った通りの言葉が書かれていた。
「ねえ陛下……最後に蒐集ってやつをしたのはいつ?」
「リヴォルタで暴れ回っていたフッケバインという傭兵たちから蒐集して以来だ。あれから三ヶ月と三週間は経つが……ま、まさか」
俺がそう言った途端たちまちサニーの顔が青くなる。俺も多分同じ顔色をしているだろう。
サニーは震える声でそれを口にする。
「つまり……あと数日で、闇の書は
「それも保有者の居住地……グランダム王都に住む人間や守護騎士たちから蒐集を……」
あと数日で闇の書は勝手に自動蒐集を始め、グランダム王都の住人や守護騎士から奪った魔力で闇の書は完成を遂げる!
この時俺たちは初めて知った。
グランダム王都――そしてベルカの滅亡が間近に迫っていることに。
そういえば四ヶ月近く前にリヴォルタの南区で出会ったグラシアという占い師が言ってたっけ。
『あなたには二つの未来があります。一つは大いなる力を手にして
もう一つは……何だろう? あの占い師は何と言ってたっけ?