完成まで残りわずかとなった闇の書は、あと数日で
そしてその後、俺は融合によってシステムN-Hこと彼女に体を乗っ取られ、彼女自身も自我を失ってベルカを滅ぼすまで無差別破壊を行うようになる。
それを知った俺とサニーはたちまち真っ青になった。
会ったばかりの頃ヴィータはこんなことを言っていた。
『都市中の人間からリンカーコアを集めれば150ページは埋まるぞ』
今の闇の書の残りの頁はたったの90ページ……。
まずい! ヴィータがどれぐらいの都市を基準にして150ページ埋まると言ったのかは知らないが、今のグランダム王都はガレア戦勝やリヴォルタ併合による好景気の影響で急激に人口が増えている状況だ。その王都で無差別に蒐集なんてしたら90ページなんて確実に埋まってしまうぞ!
どうすればいい? このままだとあと数日後には……。
――いや待て! あまりのショックでつい投げ出してしまったが、確か古文書には続きらしい文字が見えたような気が――。
「サニー! その古文書の続きは? 続きはなんて書いてある?」
自動蒐集を止める手立てを求めて俺はサニーに迫る。
しかし、サニーは浮かない顔をしながら古文書を持って、
「……それなんだけど」
「――貸してくれ!」
もどかしくなり、思わずサニーの手から古文書を奪うように取り上げ、さっきの頁まで一気にめくっていく。
目当ての文はすぐに見つかった。しかし――
【 遠結
管制プ グラ
『 ス ムU-D』
『 ーリ・ ー ルヴ ン』
に て
――くそ! 経年劣化のせいで頁がにじんでいてほとんど読めない。
舌打ちしながら頁をめくるが、次の頁もほとんどの文字がぼやけていた。
俺は吐息をこぼしながらサニーを見る。それに対してサニーは首を横に振って言った。
「残念だけど、ここから先はほとんど読めなくなってるの。大体闇の書をなんとかできそうな文が書かれていたら、あんたを殴った後ですぐに読ませてるよ」
「それもそうだな…………いや、待ってくれ! 古文書は二冊あったよな? もう一冊の方には何が書かれているんだ?」
「こっちには闇の書のことは書かれてない。まあ、こっちに書かれているものもかなり物騒なものではあったけど……」
ということは、別の先史文明の遺物か兵器に関する資料と言ったところか。ガレアで見つかった以上、多分マリアージュ関連だろうな。イクスのこともあるしあまり蒸し返したくはないんだが。
……どちらにせよ今は後回しだ。闇の書を、自動蒐集だけでも止める手段を見つけないと……。
俺は頁をめくり、夜天の魔導書についての記述にざっと目を通す。
そして……
「魔導書のプログラムの修正……サニー、この意味は分かるか?」
俺がそう言うと、サニーもそれが書かれているページを覗き込みながら言う。
「……まあ多分。プログラムって魔法の術式を記述したもののことだよね。それなら私も一通りはかじってる。結界魔法の強化や新しい発掘魔法を編み出すのに必要だから……でも古文書を見た限り、闇の書はかなり高度な術式がいくつも組み込まれてできていると思うから、私なんかに修正できるかどうか。それにプログラムの修正をしようとしたら闇の書の暴走が起こって研究所ってとこが消滅したって――」
「いや、諦めるのはまだ早い。闇の書の主の俺なら管理者権限とやらも持っているかもしれない。俺が闇の書に命じてプログラムとやらの書き換えができるようにしておくから、サニーはプログラムの修正を頼む。今は自動蒐集を止められるようにしてくれればいい!」
俺の言葉にサニーは迷う素振りを見せるものの、すぐに意を決したようにこくりとうなずく。
それを見てから俺は闇の書を手に取り書に命じた。
「闇の書――いや、《夜天の魔導書》よ! 魔導書のプログラムの修正がしたい。プログラムの書き換えができるようにしてくれ!」
俺が命じてすぐに魔導書から返事が返ってくる。しかし魔導書の無機質な声による返事はその声に合うほどに無常なもので……
『Auf das Programm kann nicht zugegriffen werden. Um auf das Programm des Speichergeräts „Zauberbuch des Nachthimmels“ zugreifen zu können, ist es notwendig, alle Seiten zu sammeln und die Genehmigung des Steuerungsprogramms einzuholen(プログラムにアクセスできません。ストレージデバイス『夜天の魔導書』のプログラムへのアクセスには、全頁を蒐集した上で管制プログラムの承認が必要となります)』
「――くそっ!」
無情な返答に思わず毒づく。
何という矛盾だ! 蒐集を止めるための方法をとるにはすべての頁を蒐集しなければならないとは! では自動蒐集を止める手段はないのか?
いや、このプログラムを作った主とて自分が乗っ取られるようなことは望んでいなかったはず。何か手はあるはずだ。何か……。
「そこを何とか頼む! 俺は闇の書の――いや、夜天の魔導書の主だ! プログラムとやらを少しいじるくらいの権利はあるはずだろう! それが駄目だと言うなら、今すぐ自動蒐集を止めてくれ!」
『Du kannst nicht. Der Zugriff auf das Programm des Speichergeräts „Zauberbuch des Nachthimmels“ erfordert die Erfassung aller Seiten und die Genehmigung des Steuerungsprogramms. Außerdem können nur Master mit Administratorrechten die automatische Erfassung abbrechen(できません。ストレージデバイス『夜天の魔導書』のプログラムへのアクセスには全頁を蒐集した上で、管制プログラムの承認が必要となります。また自動蒐集のキャンセルも、管理者権限を持つ主のみが可能です)』
「そこを何とか!」
『Du kannst nicht!(できません!)』
(――まずい!)
俺の命令を拒む魔導書の口調に剣呑な響きがこもっていくのを察したのだろう、サニーは叫ぶように言った。
「陛下、もうよせ! これ以上は危険だ!」
だがそれに俺はそれに気付かないまま頭を下げながら、
「頼む!」
『…………』
そこで魔導書は沈黙した。
ついに応えてくれる気になったかと、一縷の望みをかけて俺は顔を上げる。
そんな俺の前で闇の書は頁を開き――そこから無数の蔓が伸びて、俺をがんじがらめにした!
『Erkennt unbefugten Zugriff auf das Gerät. Eliminieren Sie Benutzer mit unbefugtem Zugriff, um Ihr Gerät zu schützen(デバイスへの不正なアクセスを検知しました。デバイスを保護するため、不正アクセスを行おうとしたユーザーを排除します)』
無機質で冷たい声で告げながら、魔導書は頁を広げたまま俺に迫ってくる。
「陛下!」
「来るなサニー! ぐっ……」
駆け寄ろうとするサニーを制しながら俺は体に力を込める。しかし、蔓は固くて一向に外れる気配がない。
「ぐぉ……」
だがまだ手はある。リヒトに禁じられた禁断の手が……。
エクリプス……あのウイルスによって身体能力を強化すればこんな蔓くらい……。
しかし、それでもしエクリプスが活性化したら俺は人を殺さないと生きていけない体に……。
「ぐぉぉ……」
しかし、ここで俺が魔導書に飲み込まれたら一体どうなる?
俺が飲まれるだけならまだいい。だが、今や闇の書と呼ばれているあの魔導書がこのまま大人しくしているとは思えない。
俺を飲み込んだ後、魔導書は自動蒐集で頁を埋めて完成し、彼女とともにベルカを滅ぼしてしまうのではないだろうか――いや、間違いなくそうなるだろう。
「こうなったら……」
ならば最低でも、この場を切り抜けるためにエクリプスを使うしか。
俺は覚悟を決め、エクリプスによる身体強化を念じ――
「主!」
「えっ!?」
「なっ!?」
その時、勢いよく扉をぶち破って何者かが部屋に飛び込んできた。驚きで目を剥いている俺たちの前に現れたそいつは、月光のような銀髪と黒い服を着た――
「リヒト!」
「主、サニー、そこを動かないで!」
リヒトの鋭い声にサニーはびくっとする。俺の方は元よりエクリプスでも使わない限り動けない状態だ。
リヒトは俺たちに目もくれず、片手の指をすべてまっすぐに伸ばして振り下ろし、俺に絡みついている蔓を断ち切った。
あまりの光景にサニーは目を丸くする。
一方、俺の方は、また彼女に助けられてしまったなと思うだけだった。
リヒトは蔓がまとわりつくのもいとわず、魔導書を右手で掴みながら言う。
「抑えろ! そしてよく見るんだ! この方はお前の今の
『Ich lehne ab. Übermäßige Zugriffsanforderungen an das System durch nicht autorisierte Benutzer werden so programmiert, dass sie als unbefugter Zugriff betrachtet und beseitigt werden.(拒否します。権限を持たないユーザーによるシステムへの過度なアクセス要求は不正アクセスとみなし、排除するようにプログラムされています)』
「ぐっ……」
リヒトは魔導書を掴み続けるものの書を掴む右手には、どこからか赤い
「もう完成するまで百ページ足らずまで来たんだろう。ここで主を害してそれを無下にする気か? それは我々を造った
そう言っている間にも赤い革帯はリヒトの両足にも巻き付き強く食い込んで、リヒトは再び苦悶の声を漏らしてしまう。
しかしそれとは反対に魔導書から延びる蔓は動きを止め、やがて……
「OK. Den Prozess zugunsten des Schutzes des Herrn aussetzen(了解しました。主の保護を優先してプロセスを中断します)」
魔導書がそう応えると蔓は急激にしぼんだように勢いを失い、魔導書の中へと戻っていった。
リヒトは魔導書を手にしながら、苦しそうなため息を吐き出してこちらに振り向いた。
「大丈夫でしたか? 我が主」
「あ、ああ。お前のおかげでな……サニーはどうだ?」
「わ、私の方は何ともないよ。それよりあなたの方が」
リヒトの手足に巻き付いている革帯を見ながらそう言ってくるサニーにリヒトは苦笑しながら、
「気にするな。これくらいなんともない。それよりすまない。急ぐあまり扉を壊してしまった」
「いや、あなたのおかげで助かったし、そんなことは別にいいけど……あなたは?」
サニーの問いに、リヒトは彼女から視線をそらし俺の顔色を窺う。
……闇の書の正体を知ったサニーは守護騎士とリヒトに疑念を抱いている。それを考えると迷いはあるが……。
「……彼女はリヒト。守護騎士たちと同じように、あの魔導書から召喚された者だ」
「――リヒト!? この人が?」
彼女の名前を耳にした途端、サニーは警戒を隠さない素振りで身を固め後ろへ一歩下がった。
そんな彼女に、
「待てサニー。彼女は大丈夫だ。さっきも俺たちを――」
俺が言おうとするのを片手を遮ってリヒトはサニーに相対する。リヒトを見るサニーの目には明らかに怯えが浮かんでいる。
そんな彼女に――
「すまなかった」
深く頭を下げて謝るリヒト。それに対して、サニーは口を開けたままの唖然とした表情になる。
リヒトはいったん頭を上げて言った。
「この魔導書のせいで危ない目に合わせてしまった。本当にすまないと思っている。そして礼を言いたい。あなたのおかげで、我が主はこの魔導書の真実を知ることができた。騎士たちは忘れ、私では口にすることができなかった《夜天の魔導書》の真実を……」
そこでリヒト……《システムN-H》は謝罪と感謝の意を込めて、もう一度サニーに頭を下げた。