グランダムの愚王   作:ヒアデス

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第68話 戦船

 しばらくの間、サニーに向かって頭を下げていたリヒトは、サニーから頭を上げるように言われその通りにした。

 やはり今まで闇の書が完成する度に起こっていた無差別破壊は、リヒトや守護騎士たちが望んでいなかったことだったのだろう。守護騎士に至ってはそのことを知らなかったか、システムが破損した影響で忘れていったそうだ。

 

 以前ダスター率いる帝国軍がリヴォルタに迫った際、守護騎士たちが気炎を上げる中、リヒトだけが消極的だったことを思い出す。

 確かにあそこで八万もの帝国軍と戦ったりすれば、あの時点で間違いなく闇の書は完成し、俺はわけもわからないままリヒトに乗っ取られてしまっただろう。

 リヒトはそれを恐れていたわけだ。

 

 

 

 

 

 頭を上げたリヒトに俺は尋ねる。

 

「リヒト、なぜ君がここに? 俺がガレアに行くことは誰にも告げていないはずだが」

 

「……主がサニーから届いた手紙のことを聞いた時に、私も気になって精神共有(リンク)を使ったりして主の様子を窺っていたんです。するとやはり主はガレアの方に飛んで行って、私もこっそり主の後をつけていたんです。でもさすがに人が住んでいる建物の中に無断で入るのは気が咎めて。どうするべきかわからなくて入口の前でうろうろしていたら、主が魔導書のシステムにアクセスしようとしているのを感じて慌ててここまで来たのですが、私が辿り着いた時にはもう……本当に申し訳ありません!」

 

 そう言ってリヒトは俺に向かって頭を下げる。

 そうか。ガレアへ飛ぶ直前に感じたあの視線はリヒトのものだったのか。

 そしてリヒトはあの後すぐに俺を追ってここまで来たものの、サニーに無断でこの建物に入っていいのかわからず入口の前でうろうろと。

 いつもの彼女からは考えられない姿だ。想像したら結構かわいいな。

 

「陛下、今はリヒトさんに萌えている場合じゃないんじゃない」

 

 おっとそうだ! サニーに言われて俺は気を取り直す。

 

(まったく。イクス様からの手紙に書いてあった通りか。相手が人間じゃないとわかっていてこの入れ込みよう、相当リヒトさんに惚れ込んでいるみたいだね。確かに見た目はかなりの美人だし胸も大きいけど)

 

「魔導書のことについてはいい。結果的には三人とも……無事だったしな」

 

 俺は頭を下げ続けているリヒトにそう言葉をかけるものの、リヒトの右手と両足に巻き付いている赤い革帯を見て、言葉を止めてしまいそうになった。

 俺の視線に気付いて彼女も右手を持ち上げて革帯を見る。魔導書が落ち着いても、革帯はリヒトの手足に絡み付き、彼女をきつく締め続けたままだ。しかし、リヒトはその革帯を外そうとはしない……やはりただの革帯ではないのか。

 

「リヒト、サニーが発見したこの古文書には闇の書、いや夜天の魔導書のことが書かれてあったが……本当なのか? これに書かれてあることは」

 

 俺の問いに、リヒトはまだ古文書を見ていないにも関わらずうなずきを返す。おそらく彼女がさっき言った感覚共有で、俺が見聞きしたことを彼女も把握しているのだろう。

 

「はい。すべて本当のことです。あと数日で魔導書が自動蒐集を始めて王都の人々や騎士たちから魔力を奪ってしまうことも、その後《防衛プログラム》に意識を侵食された私が主を乗っ取って無差別に破壊を行うようになることも……すべて事実です」

 

「……なんとか止める手立てはないのか? プログラムだかシステムだかに干渉するには、管制プログラムの承認が必要だと魔導書は言っていた。だが今、ここにはリヒト、お前がいる。頁が全部埋まっていない状態でもお前の承認があれば何とか――」

 

 俺の言葉にリヒトは沈んだ表情で首を横に振る。

 

「申し訳ありません。その書物にも書かれていたみたいですが、今の夜天の魔導書は管制プログラムの一種である私と防衛プログラムの両方からの承認がなければ、システムへのアクセスに必要な管理者権限が使えない状態なんです。防衛プログラムは頁がすべて集まらない限り目覚めることはありません。あるとしたら……」

 

「さっきのように、管理者権限とやらがない状態で魔導書の内部に干渉しようとした時か」

 

 さっき魔導書が起こした暴走も、おそらくは防衛プログラムが関係しているんだろう。元々は守護騎士同様に魔導書と所有者を守るためだったものが、今では過剰防衛の塊と化してしまっているらしい。管理者権限を得るには、リヒトに加えてそいつからの承認も必要なのか。

 

 

 

 

 あと数日で自動蒐集が始まり闇の書が完成してしまう。それを止めるには自動蒐集を中止させるかプログラムという記述を書き換える必要がある。しかしそのどちらを行うにも管制プログラムと防衛プログラムの承認が必要とのことだ。管制プログラムであるリヒトの承認ならともかく防衛プログラムには知性がまったくない。しかも防衛プログラムが目を覚ますのはさっきのような不正アクセスを起こした時か、すべての頁が集まった時だけだ。

 

 

 

 ……駄目だ。どうすればいいのかまったく分からない。手詰まりとはまさにこのことだ。

 俺もサニーは頭を抱え、そんな俺たちをリヒトは呆然と眺めていた時だった。

 そんな時に俺はふと思った。

 

「リヒト、お前は闇の書の管制プログラムの一種だと言っていたが、その言い方だと他にも管制プログラムというのは存在するのか?」

 

「はい、いますよ。私の他にもう一人だけ」

 

 俺の問いにリヒトはあっさりと明かし、

 

「《システムU-D》。私とは別の管制プログラムです。元になった人物がいるらしく、私と違ってそのプログラムには名前があります……確か『ユーリ』という名です」

「そのユーリを呼び出せたりはできないのか? 彼女の協力も得られれば、ひょっとしたら管理者権限が得られるかもしれない」

 

 わずかな希望をかけて俺はそう言ったが、リヒトはかすかに明るくなった表情を再び暗くして首を横に振る。

 

「それはできません。彼女が外に出られるのは主が見つからず魔導書を外から守る存在が必要になった時だけで、騎士たちも彼女のことを知らないぐらいです。それに彼女から認証が得られたとしても、防衛プログラムがそれを受け付けない恐れが強いですね」

 

 ……やはり問題は防衛プログラムか。そう簡単にはいかないだろうとは思っていたが。

 

「サニー、そういえばお前が発見した古文書はもう一冊あったよな。そっちはもう読めるのか?」

 

「あっ、うん。もちろんだよ。……でもそっちは先史時代の兵器のことが書かれてあって、闇の書のことはまったく書かれてないけどいいの?」

 

「ここで呆けているよりはましだ。それに何か思いがけないヒントが隠されているかもしれない」

 

 俺がそう言うとサニーは今まで目もくれずにいたもう一冊の古文書に翻訳魔法をかけて俺に手渡す。

 俺がその本を広げると、リヒトが俺の横に回ってきて本の方に体を向けてくる。

 出会ってから四ヶ月近く経つが、リヒトと隣り合わせになったのは初めてではないだろうか……こういう時でなければ絶好の機会とでも思うのだろうが。

 まあいい。この本には何が……。

 

 最初の頁に描かれていたのは船の絵だった。上部は黄色、側面は紫の塗装が塗られた船だが、俺が知っている船と違って全体的に角ばっていて、まるで船体のすべてが鉄と鋼でできているような船だった。

 

 

 

 

 

 

【レポートNo.8427 戦船(いくさぶね)について】

 

 ベルカのみならず、各国が植民世界として領有するあまたの次元世界を舞台とする『多世界大戦』が始まってから約130年。ついに我がセニア連邦はとある保護世界にて、『戦船』の発見に成功した。

 ベルカに技術革命をもたらしたとされる古代世界アルハザードにて開発され、かの世界が滅びた後でどこかの世界に隠されたという“古代の遺産(ロストロギア)”。

 

 

 

 戦船の仕様と運用計画は以下のものになる。

 

 ・戦船の艦首には主砲が左右一問ずつ、さらに前方側面に左右21問ずつ、前方上部に14問のレーザー砲を配備できるようになっているが、後方と下方には砲門はなく、その補填のために各部に艦載機の発進口を設け発進口から外部に出た艦載機に後方と下方を守らせる予定である。

 

 ・戦船には限界高度はなく大気圏、宇宙空間、次元空間いずれにおいても航行可能。

 これによって戦船は月から常時魔力を供給できる仕様になっており、月からの魔力供給を得られる空域まで上昇した戦船は船体のまわりに無数の障壁を張ることで極めて高い防御性能を発揮し、同時に攻撃性能も上昇し高度から地表への精密狙撃や爆撃、次元跳躍攻撃も可能になる。

 

 ・戦船の内部には多数の艦載機、レーザー砲を配備させたうえで高濃度のジャマーを展開する予定だが、乗員の自衛そして船内の機関部の運用に必要な動力の供給のため完全な魔力の遮断は行わないとする。

 これに際して戦船内部での任務にあたる乗員にはジャマー内でも戦闘行動がとれるよう訓練を受講させるのが望ましい。

 

 ・戦船の制御は魔力コア(コアについては次の資料を参照)を体内に移植した操縦者に行わせるものとするが、戦船を用いての反乱やテロの危機を最小限に防ぐため、操縦者にはその任についている間精神制御処置を施したうえで、管制者を別につけ航行における細かな調整や艦載機の操作などの補佐は管制者に一任するものとする。

 また管制者の不在、駆動炉の破壊などの異常事態が艦内で起きているにも関わらず操縦者が戦意喪失に陥るなど心身に衰弱が見られる場合、戦船は自動防衛モードに切り替わり、操縦者には先述の精神制御措置によって強制的に自衛行動をとらせるものとする。

 

 以上の性能、機能に加え、主砲の一つには現在開発中の魔力砲を搭載する予定である。

 その魔力砲は国一つを消滅させるほどの威力に加え、命中したものを空間歪曲と反応消滅によって原子一つ残さず消滅させることができる魔力弾を放つ巨砲であり、戦力としてはもちろん敵国に降伏を決意させ戦後の平和を保つ抑止力としても期待できる。

 

 戦船の制御を行うためには魔力コアを体内に移植した者が必要になるが、魔力コアはアルハザードで使われていた物をそのまま流用した物であり、遺伝子に特殊な調整を施した者でなければコアを移植しても戦船を制御することはできない。開発局もこの点を是正するべくコアの改良を試みたが失敗に終わった。

 また戦船の駆動には膨大な魔力が必要となり、それを担う操縦者の身に過度の負荷がかかるのは免れないと思われる

 

 

 

 戦船の発見から一年後、戦船の改修は終わり主砲も完成したが、戦船を動かすために必要な操縦者が見つからない。

 遺伝子を加工されることへの恐怖と操縦に際して身体に掛かる負担への危惧から、戦船の操縦者に志願しようとするものが少ない上に、数少ない志願者の中に戦船を動かせるだけの魔力を持つ者がいないことが原因だ。

 

 

 

 さらに一年後、志願者を募り続けようやく戦船を動かす操縦者が決まった。

 その名は『ゼップ・ブレヒト』。金髪と赤い瞳を持つ壮年の男で、天性の資質によって蓄えた莫大な魔力と、長年の鍛錬と実戦の積み重ねによって高い体力を身につけた、戦船の操縦者としては最適の人材だった。

 そんな彼が遺伝子調整と戦船を操縦する際に身体に掛かる負担を承知の上で操縦者に志願した理由は、母を亡くした一人娘のためにこの戦乱を終わらせたいからというものだ。

 ただ彼の妻は敵国が仕掛けた空襲に巻き込まれて死亡しており、妻の命を奪った敵国への報復も志願の理由の一つだということは容易に推察できる。しかし精神制御措置が取られる以上、彼を戦船の操縦者にするにあたって何の問題もないと判断された。

 

 かくしてゼップ・ブレヒトは遺伝子調整と魔力コアの移植に臨み、その結果自身の両目のうち右眼だけが緑色に変色するという事態を目の当たりにしながらもそれに臆することなく、行政官の激励と齢15になったばかりの一人娘の見送りを受けながら戦船に搭乗し、戦船とともに空へと飛び立った。

 

 

 

 その三年後、ゼップ・ブレヒトは戦船の中で生涯を終え、その役目は彼の一人娘『ゼリー・ブレヒト』に託される。

 多世界大戦が終結するのはそれから五年後、戦船を制御していたゼリー・ブレヒトは大戦の終結を聞いた瞬間、糸が切れたようにこの世を去った。生後わずかな娘を残して。

 

 

 

 

 

 

「……何だこれは」

 

 もう一冊の古文書を読んで、俺はまたそう呟いた。

 隣で見ていたリヒトも、対面で俺たちを見守っていたサニーも、何とも言えない表情をしているのが分かる。

 

 空中はおろか宇宙まで飛べるうえに、街一つを消滅させることができる主砲を載せている船だと? こんな船が先史時代に存在していたというのか? もしそれが本当なら禁忌兵器(フェアレーター)なんて目じゃないぞ。

 しかも戦船を制御する操縦者とやらの扱いは何だ? 精神を制御されて実際の船の操作は別の管制者が行い、緊急時には無理やり戦わされ……そんな役目を負わされた挙句数年後には命を落とすだと?

 そんなものただの生贄じゃないか!

 

「主……」

 

 思わず古文書を持つ手に力が入り、それを見かねたのかリヒトが声をかけてきた。

 それに俺は「大丈夫だ」と答え、古文書の方に目を戻す。

 この後には何も書かれていないものの、戦船の操縦者と彼の後を継いだ娘の名前に何か引っかかるものを覚える。

 

 ゼップ・ブレヒトにゼリー・ブレヒト……こんな響きの名前をどこかで――まさか!

 

「“ゼーゲブレヒト”!」

 

 思わず口にした名にリヒトはわずかに眉を寄せる。だがサニーの方はその名を知っていたようで、

 

「やっぱりそうか。じゃあこの戦船って奴は……」

 

「聖王のゆりかご……まさか、これに書かれている戦船とは《聖王のゆりかご》のことなのか」

 

 《聖王のゆりかご》……先の聖王が各国を威圧する際にその名を出した、聖王家と聖王連合の切り札。

 

 初代聖王は《聖王のゆりかご》に乗って大戦を収め、終結直前に敵国の残党の手にかかって戦死するも、彼女が遺した一人娘が『聖王』として戦後のベルカを統治し、聖王の母君たる彼女もまた大戦を終結させた偉業を持って『初代聖王』と称えられるようになったと言われている。

 

 ……似ている。この古文書に書かれていた戦船やゼリー・ブレヒトの話と。死因は異なっているが……。

 それに《聖王のゆりかご》を動かすには、聖王の血統と聖王核という補助コアが必要だと聞いたことがある。そちらも戦船とまったく同じだ。

 

 まさかと思うが、そう考えたら聖王が死んだことも説明が付くんじゃないか?

 聖王家は腕利きの医師を何人も抱えていて、有史以来聖王家の中で老衰以外で死んだ者は誰一人いなかった。それ故に聖王家は先史時代の医療技術を隠し持っているのではという噂までささやかれている。

 にも関わらず先の聖王はたった五十半ばで病死した。二代目以降の歴代聖王と比べたらあまりにも短命だ。

 まさか聖王は病死ではなく自ら……。

 

 そういえば確か、連合ではゆりかごを動かせる次の聖王を探しているとクラウスが――!

 

 嫌な予感にかられ俺は思わずその場から立ち上がる。リヒトとサニーはそんな俺を怪訝な顔で見上げていた。

 だがそんなことを気にしてはいられない。

 俺は超距離念話ではるか遠くにいるだろう彼に呼びかけた。

 

《クラウス! クラウス! 聞こえるかクラウス!?》

 

《……》

 

 返事は返ってこない。しかしかすかに鼻をすする音がする。……これは、嗚咽?

 

《クラウス! 聞こえてるんだろう? クラウス!》

 

《……ケントか?》

 

 ようやく返ってきたその声は、かすれているものの確かにクラウスのものだった。

 

《クラウス、どうしたんだ? 一体何があった?》

 

 俺がそう尋ねてもしばらく返事はなかった。だがしばらくして再び鼻をすする音がして、それから……

 

《…………ケント……僕は彼女に会って彼女を思いとどまらせようとしたんだ。でも彼女を狙う刺客が街を襲って……刺客は何とか撃退したんだが、それが彼女の決意を強くしてしまったみたいで……僕は戦ってでも彼女を止めようとしたんだ……でも僕は何もできず……彼女の笑顔を曇らせることすらできずに……》

 

 そこまで言って、しゃくりあげるような声が聞こえてくる。

 しかし、クラウスには悪いが俺にはもっと気がかりなことがある。

 

《落ち着いてくれクラウス。その彼女とは誰だ? もしかしてそいつは――》

 

《すまないオリヴィエ……僕が無力なせいで君は……》

 

《オリヴィエ……そうだ。彼女は、オリヴィエは今どこにいる?》

 

《……オリヴィエは……もう聖王都に戻って……もしかしたら今頃》

 

《今頃何だ? オリヴィエはどうしているんだ? おいクラウス――》

 

 そこまで言ってクラウスとの念話がとっくに切れていることに気が付いた。まるで外部から、何者かが俺たちの念話を断ち切ったようなタイミングだ。クラウスが切ったにしてはおかしい。

 

 とにかくオリヴィエは現在、なぜかシュトゥラではなく聖王都にいるらしい。

 

(オリヴィエ、聞こえるか? ちょっと聞きたいことがあるんだが……)

 

 俺は超距離念話でオリヴィエに呼びかけようとした。しかし返事は返ってこない。それどころか思念がつながった気配さえしなかった。

 まさかこちらからの念話を遮断している?

 

「……一体向こうで何が起こっているんだ?」

 

 

 

 

 

 

 聖王都 ゼーゲブレヒト城・謁見の間。

 ダールグリュン城のそこよりさらに広い謁見の間にて、長らく誰も座る者がいなかった玉座の前には、白いローブを着た教皇と、彼の前で膝をつく青いマントを身につけた金髪の少女がいた。

 教皇は少女に向かって厳かに問いかける。

 

「オリヴィエ・U・X・ゼーゲブレヒト。汝は栄光ある聖王位を継ぐ者として聖王国、聖王国を支える友邦国、聖大陸、そしてベルカに住まう民のためにその身を尽くすと誓いますか?」

 

「はい。このオリヴィエ・U・X・ゼーゲブレヒトはベルカの地に住むすべての人々のために、身命を捧げることをここに誓います」

 

 顔を伏せたまま淡々とした口調で、少女――オリヴィエ・U・X・ゼーゲブレヒトは教皇とは微妙に異なる言い回しで宣誓の言葉を返した。その耳にはケントからの思念は伝わってはいない。

 教皇は大仰に深くうなずく。

 

「結構……聖教会はオリヴィエ・U・X・ゼーゲブレヒトを次代の聖王と認め、聖冠を授けたいと思います。これに異を唱えようという方は?」

 

 周囲にいる参列者に教皇はそう問いかける。

 そこには中枢王家や他の加盟国の王族、そしてオリヴィエの兄オスカーと姉アデルもいた。病床のシュトゥラ王と先の襲撃で重傷を負ったシュトゥラ王子クラウスはその中にいない。その代わりに彼らの名代として遣わされたシュトゥラ宰相は、後ろの方で兵に見張られながらこの式を見守っている。

 

 オリヴィエの戴冠、すなわち聖王即位に異があるかという教皇の問いかけに応える者は誰もいない。

 教皇はしばらくの間彼らを眺め渡してから、オリヴィエに告げる。

 

「では、これより汝、オリヴィエ・U・X・ゼーゲブレヒトに聖冠を授ける。頭を下げられよ」

 

「はい」

 

 そう言ってオリヴィエはわずかに頭を下げた。

 それからしばらくしてオリヴィエの頭の上にずしりと重みを感じたが、彼女はぴくりとも表情を崩すことはない。

 オリヴィエの頭に冠を載せてから教皇は脇へと下がり、足音が聞こえなくなったのを確認してオリヴィエは立ち上がる。

 その瞬間、周囲から万雷の拍手の音が響いた。

 中枢王家もオリヴィエの兄姉たちも、彼らに遅れてシュトゥラ宰相も渋い顔のまま両手を打ち鳴らしている。

 

 オリヴィエは拍手を送る彼らに背を向け玉座の方へ足を進めた。一度だけしか座らない、彼女にとって偽りの玉座へと。

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