グランダムの愚王   作:ヒアデス

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第69話 聖王のゆりかご

「ちょっと陛下、どうしたんだよ一体?」

 

「……主」

 

 思わず口に出してしまった俺の独り言を聞いて、こらえきれなくなったかのようにサニーとリヒトは聞きたげな顔で俺を見てくる。

 

「すまない。クラウスやオリヴィエに確認したいことがあって思念通話をしようとしたんだが……」

 

 俺はそこでサニーに対してクラウスやオリヴィエの事を説明しつつ、先ほどのクラウスとの念話の内容やオリヴィエと念話ができなかったことをサニーとリヒトに伝えた。

 そしてサニーも深刻な顔つきになって……

 

「人質としてシュトゥラに送られたはずの聖王女が今は聖王都に戻っている。それもシュトゥラの王子の制止を振り切って……確かにただ事じゃなさそうだね」

 

「ああ。ただオリヴィエとクラウスが喧嘩別れをした程度ならいいんだが……」

 

 しかし先ほどのクラウスの様子だとそうは思えない。それにあのクラウスが母国へ帰ろうとするオリヴィエを、さしたる理由もなしに妨害しようとするだろうか?

 

 オリヴィエは形式的に聖王家がシュトゥラに差し出した人質という形になっているが、シュトゥラ王もクラウスもそんなことくらいでオリヴィエのような賓客の自由を制限するような人物ではない。現にクラウスとオリヴィエが我が国に来た時も二人は実の兄妹のように仲睦まじい様子を見せており、クラウスが人質という立場を利用してオリヴィエを従属させているようには見えなかった。

 

 聖王連合、特に中枢王家はゆりかごを動かせる次の聖王を探しているとのことだったが……まさか、

 

「……もしかして、そのオリヴィエって王女様が聖王都に戻ったのって、次の聖王になるため? クラウスって王子様にとって、王女様が聖王になるのはそんなに都合が悪いことなのかな?」

 

 推測を述べるサニーに俺は内心で首を横に振る。

 いや、オリヴィエが聖王になるとしても、それをクラウスが力づくで止めようとするはずがない。

 

 クラウスとオリヴィエが互いに想い合っている仲だというのは、俺も半年前二人に会った時に気付いていた。

 確かにオリヴィエが聖王になることで、その伴侶となる者は今より厳しく厳選され、クラウスとオリヴィエが結ばれるのは難しくなるだろう。

 しかしシュトゥラは聖王国に次ぐ、連合で二番目の大国。その国王なら決して釣り合いがとれないわけではない。オリヴィエに手を上げてまで彼女を止める必要はないはずだ。

 

 それでもクラウスにとって力づくでもオリヴィエを止めなければならなかったのだとしたら……。 

 

「……サニー、お前はこれからどうするつもりなんだ? オリヴィエとクラウスの間で何が起こったにせよ、連合でただならない事態が起きているのはもはや間違いないようだ。もしかしたら本当に《聖王のゆりかご》が動き出そうとしているのかも。それに夜天の魔導書だっていつ暴走を始めるかわからない。だから……」

 

「……今のうちにベルカから逃げろってこと?」

 

 俺が言いたいことを先に口にするサニーに俺はうなずきを返す。

 サニーは渋るようにうなるもののさすがに不安が勝るのか、大きくため息をついて言った。

 

「確かにそうかもしれないね。いつゆりかごがグランダムやガレアを攻撃してくるかわからないうえに、夜天の魔導書が暴走するかもしれないんじゃね。今のうちに逃げた方が利口か」

 

「すまないな。これだけ貴重な事を知る機会をくれた君を追い出すようなことをするのは気が引けるんだが」

 

 苦々しく笑うサニーに俺は詫び、その隣でリヒトも済まなそうな顔をする。

 だがサニーは俺やリヒトに文句を言うこともなく。

 

「いいよ。確かに陛下の言うとおりだ。あんたの言う通り、一通りの準備を済ませたら私は一度一族のもとへ帰るよ。……あっ、そうだ。その本、いるなら持ってっていいよ。ベルカで見つけた発掘品を勝手に他の世界に持って行くわけにいかないし」

 

「……そうだな。ありがたくもらっておくか。またベルカの人間が夜天の魔導書の主になった時に、この本が必要になるかもしれない。……だがこのままだとほとんどの人間には読むことができないな。翻訳文とかはないか?」

 

 古文書に書かれた文字を見ながら俺はそう尋ねる。古文書は古代の文字で書かれており、今はサニーがかけた翻訳魔法のおかげで俺にも読めるようになっているが、それなしではほとんどの人間が読むことができない。しばらくすれば俺にも読めなくなるだろう。

 

「それくらいとってあるよ。確かここに――あっ! やっぱりちょっと待って」

 

 何枚かの紙束を掴み俺に手渡そうとしたサニーだったが、彼女は急にそれを引っ込める。

 

「……どうした?」

 

「古文書の翻訳文だけでも複写させてくれないかな? ほら、夜天の魔導書ってあちこちの世界に転移していくって話だろ。だったら万が一に備えて、私も古文書を一式持って帰りたいんだ。聖王のゆりかごが他の世界の侵略に使われるかもしれないから、そっちも含めて」

 

「確かにそうだな。しかしどこの世界に持って行くつもりなんだ? スクライア一族がいる世界か、それともミッドチルダという世界か?」

 

 俺の問いにサニーは腕を組んで、しばらくうなってから返事を返す。

 

「それもいいかもしれないけど、他の次元世界の人たちが夜天の魔導書や聖王のゆりかごの情報を探しに来た時のことを考えると、やっぱりあそこの方がいいかなー」

 

 うなりながらぼやくサニーに俺とリヒトは首をかしげた。自分の世界やベルカに匹敵する文明がある世界でなければ、どこに保管するつもりなのだろうか?

 俺たちから注がれる訝しげな視線に気付いたのか、サニーは「ああ」と言った。

 

「そうか、陛下はともかくリヒトさんでも知らないのか……次元空間のある場所に、古くて巨大な書庫があるんだよ。ほとんどすべての次元世界から本が集まっている場所でね。一番古いものが6200年前に書かれた本だって」

 

「――6200年前!?」

 

 信じられない言葉に俺は思わず声を上げる。リヒトも声を上げはしなかったものの目を大きく見開き、驚きを隠せないでいる。

 それはそうだ。6200年前なんて、先史時代の人間が原始生活を送っていた時代だぞ……多分。

 

「リヒト、夜天の魔導書は6200年前には……?」

 

「い、いえ、魔導書が作られたのは長くても千年くらい前のはずです!」

 

「だよなあ……」

 

 次元空間に浮かびあらゆる世界から書物が集まっている書庫……アルハザードの遺物だろうか? まったく想像がつかない。

 

「まあそういうとこがあってさ。そこに写本を置いておけば、遠い未来で誰かが見つけてくれるかも……で、そろそろ複写したいんだけどいいかな?」

 

「あっ、ああ……」

 

 驚きから立ち直れないまま半ば無意識に俺はそう返す。

 そんな俺とリヒトの前でサニーは翻訳文を書いた紙と白紙の紙を並べ、「複写(トレース)」と唱えて右手を翻訳文の上に浮かせ、それから左手を白紙の紙の上に浮かせると白紙の紙に翻訳文と同じ文章が記されていく。 

 俺とリヒトは呆然とその光景を眺める。これなら思ったよりずっと早く複写は終わりそうだな。

 次元の書庫にベルカの外で発達した魔法か……こんなものを目の当たりにしているとベルカが狭く思えてくる。せめて戦がなくなれば日常生活で使える魔法を開発できるようになるんだが……。

 

 

 

 

 

 

 聖王都 ゼーゲブレヒト城前広場。

 

 ゼーゲブレヒト城の手前には、聖王家が所有する敷地にしても不自然なほど広すぎる広場がある。その広場は岩肌が目立つ荒れ地で、聖王国軍の兵士がたまに見回りに来るぐらいで王家の人間がここを訪れることはなかった。

 そのため聖王都の人間を始めここを訪れる者は、なぜこのような場所を聖王家が占有しているのか内心疑問に思っていた。

 しかし、その疑問は今日という日をもって晴れることになる。

 

 新しく即位した聖王がこの広場で演説を行うと聞きつけて、広場を囲う塀の向こうには王都中のみならず周囲の街からやって来た民たちが集まっていた。

 ここに集まってきた衆人は皆広場に現れたものを目の当たりにして度肝を抜いている。

 

「な、何だあれは?」

「巨大な鋼の……船?」

「新しい聖王陛下の即位を祝うオブジェかなにかか?」

 

 ただっぴろい広場に置かれていたのは巨大な鋼の船だった。

 昨日まではこんな物はなかった。今日の朝になって突然この広場に現れたのである。

 

 食い入るように鋼の船を見ている衆人の視界の端に数百人の銀色の甲冑を着た兵と十人もの黒いローブを着た司祭、そして彼らの先頭に立つ青いマントとドレス状の戦装束を着た金髪の少女が現れた。

 少女の目の色は左右異なっており、右眼が緑、左眼が赤になっている。

 彼女の姿を見た人々はざわざわと声を上げた。

 

虹彩異色(オッドアイ)……まさか、あの子が新しい聖王陛下なのか?」

「次の聖王陛下はオスカー様じゃなかったの?」

「アデル王女にしては幼いような……それにあの両手、籠手にしては妙だぞ」

「……そういえば聖王家には幼い頃に両腕を失った末姫がいると聞いたことがあるような」

 

 広間の周囲に集まっていた観衆が、新たな聖王らしき人物を見ながら言葉を交わしていると――

 

『お集まりの皆様』

 

 耳元に聞こえたその声に、衆人は皆きょろきょろと辺りを見回す。しかし、自分の隣にはそのような声を上げるような者などいなかった。

 ではまさかと思い、衆人は広場にいる少女を見る。

 少女はすでに鋼の船のすぐ隣に立っていた。

 

『私はオリヴィエ・U・X・ゼーゲブレヒト。亡き先聖王陛下に代わり、新たに聖王となった者です。

 皆様の中には先王の末子にすぎず、四年間国を空けていた私が聖王となることを疑問に思われる方もおられるでしょう。

 しかし、私こそが歴代聖王のみが使っていたという御業(みわざ)を扱うことのできる、正当なる聖王!

 我が兄オスカーも我が姉アデルもこのような業を使うことはできません。

 故にオスカーもアデルも継承権を放棄し、私に聖王位を譲ることにしました。それが嘘ならばオスカーやアデルの命によって、私は今ここで討ち取られているでしょう。

 ……そして何より私には力があります。この《聖王のゆりかご》を動かして、聖王国に仇なすすべての敵国を圧する力が!』

 

 オリヴィエが言った《聖王のゆりかご》という言葉に大衆は再びざわめく。そして……

 

「聖王のゆりかご……あれが……」

「……そうよ、ゆりかごと聖王様の力があれば……」

「ああ。帝国やグランダムなんかに負けねえ。いや、連合以外のすべての国を敵に回しても」

 

 徐々に“新たな聖王”に迎合する声が混じり、それは瞬く間に観衆全体に広がっていく。それを肯定するように、“聖王”は声を発した。

 

『私はここに約束しましょう!

 この御業とゆりかごの力を持って、我らに楯突く愚かな国々を一国も残さずすべて討滅することを。

 その時、この聖大陸、いいえ――ベルカすべての地に数百年ぶりの平穏が戻るのです!!』

 

 強い口調で言い切り、オリヴィエは大衆を見渡す。

 その瞬間――

 

「オリヴィエ聖王陛下万歳!!」

「聖王国の未来に栄光あれ!!」

 

 広大な広場の隅々までいきわたるほどの斉唱が響き、その中でオリヴィエは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()悠然とタラップを上がり、ゆりかごの中へと乗り込む。

 オリヴィエとすべての兵がゆりかごに乗り込み、タラップや固定機が外されてしばらくするとゆりかごはゆっくりと空へと上がっていく。

 衆人たちは信じられない面持ちでそれを眺め、一層甲高い声で新たな聖王と王国を称えた。

 

 

 

 かくしてケントが戦の終結を願っている頃と同時に、ベルカの戦を終結させる船が空高く飛び立ったのである。

 これは天の配剤か、それとも運命が込めた皮肉か、それは人によって答えが分かれるだろう。

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