グランダムの愚王   作:ヒアデス

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第72話 変貌

 夜、ろくに眠ることができず、俺はベッドに横たわるのもやめて暗闇の中で椅子に座り、時折机に突っ伏して考えていた。

 

 グランダム、そしてベルカは先史時代から現代に蘇った二つの遺物によって滅亡の危機に陥っている。

 街一つを消滅させる魔力砲レーゲンボーゲンを載せた《聖王のゆりかご》と、完成すれば主を取り込み世界まで滅ぼしてしまう闇の書こと《夜天の魔導書》によって。

 それを解決する方法がたった一つだけある。奇しくも先に挙げた二つの遺物のうち片方を利用することで。

 もっとよく考えれば他にも方法はあるのかもしれない。しかし、それを考えるには時間が足りなすぎるうえに誰にも相談できない。この先の事を考えれば守護騎士たちに夜天の魔導書の真実なんて伝えられるわけがない。

 そんなことを考えているうちに時間はあっという間に過ぎ、いつしか窓から日の光が差し込めてきた。それを見ながら俺は、

 

 ………………やるしかないか。

 

 

 

 椅子から立ち上がり、曇天の合間を縫って地上に差し込める日の光を眺めながら、ケントは決意を新たにした。

 

 

 

 

 

 

 聖王のゆりかごに搭載された魔力砲レーゲンボーゲンによるコントゥア消滅と、それを背景に聖王オリヴィエが各国に出した最後通牒。

 それらは聖王家が隠し持っていた《量子モニター》という秘技によってベルカ中に中継され、一日が明けてなおベルカ中の人々がゆりかごへの恐怖にその身を震えさせていた。

 それは各国を治める国王や貴族たちも例外ではなく、今まで連合の国々を攻撃していた反連合国はその動きをぴたりと止め、連合と並ぶ大国であるダールグリュン帝国でも皇帝ゼノヴィアが高官たちや属国の王たちからゆりかごへの対策や今後の方針を問われるなど、その状況は混迷を極めていた。

 

 特にオリヴィエから最初の攻撃対象とされたグランダム王都に暮らしている人々の不安は尋常ではなく、少なくない市民が王都から逃げ出した。しかし、強国となったグランダムの王都民であるという矜持や意地から、王都に残り続ける者も少なくない。王都に残った者たちは降伏するか、もしくはある手段でゆりかごに対抗する力を手に入れることを望んでいる。

 

 王宮では朝早くから王宮に勤める高官や貴族たちが会議室に集まって、ゆりかごやその後ろにいる聖王連合への対処について話し合っており、その中にはグランダム王ケントの姿もあった。

 ゆりかごやオリヴィエに対する案として、高官や貴族たちから二つの意見が出ていた。

 オリヴィエが要求した通り、聖王連合への加盟を表明し闇の書を彼女に譲り渡すか、もしくはどこかの国と一戦交えて闇の書を完成させゆりかごを撃破する力を得るか。

 後者の意見を主張する者たちはオリヴィエがかつてシュトゥラ王子クラウスの従者だったことを取り上げて、シュトゥラも他の連合加盟国同様オリヴィエと繋がっている恐れが強く、オリヴィエと戦うことを選ぶのならばかの国も敵国となるだろうと唱えた。

 

 つまり彼らはこう言いたいのだ。シュトゥラと一戦交えて、その戦で闇の書を完成させるべきだと。

 降伏するか、それともシュトゥラやオリヴィエと戦うか。

 ケントは彼らから再三回答を要求されるものの、ケントはそれに答えず、謁見の間への移動と守護騎士たちを呼びに行くように命じるだけだった。

 それに受けて文官の何人かが守護騎士を呼びに行き、それ以外の者たちは回答を求めるのをやめて謁見の間の方へと向かって行った。彼らにとってそれ以上聞くまでもなかった。

 今やグランダムの主力となった守護騎士たちの招聘こそがシュトゥラとの戦を告げるものだと思っていたからだ。

 

 

 

 

 

 

 守護騎士たちは今日も起床してから、各々の務めや訓練を果たしたり中庭で日光浴をしていたが、ケントからの使いだという文官に呼ばれて務めを中断し、五人とも謁見の間へと向かっていた。

 

 謁見の間へと続く通路を歩きながらヴィータは口を開く。

 

「あそこに行くのは騎士の位をもらった時以来だな。シグナムは覚えているか?」

 

「もちろんだ。守護騎士とは名ばかりの道具に過ぎなかった我らが正式に騎士の位を賜った瞬間だからな。闇の書とともに生を受けて永い時を生きてきたが、あれほど誇らしい時はない。忘れようと思っても忘れられんさ」

 

「そうね。あの時始めて、私たちは本当の意味で守護騎士になったんだと思うわ。……でも謁見の間なんてあの時以来行ったことはなかったのに」

 

「よほど重要な命が我らに下されるのであろうな……おおよそ察しが付くが」

 

 ザフィーラの言葉に通路の先へ顔を向けたままシグナムがつぶやく。

 

「闇の書を完成させるための戦への出陣か……それもおそらくはシュトゥラと」

 

「あんまり気分がいいものじゃないね。クラウス王子はお兄様の友達だし、シュトゥラと戦をするってなったらリッド君とも戦うことになるかもしれない。そう考えるとなあ」

 

「それを言ったらオリヴィエだってあたしらと顔なじみじゃねえか。でも、どういうわけかあいつはあたしらに喧嘩を売って来た。ならもうあいつと戦うしかねえ。シュトゥラとの戦いなんてその慣らしみたいなもんだろうが。今さらぐちぐち言ってんじゃねえ。……それにティッタはともかく、あたしらには都合がいいじゃねえか。そろそろ戦が起こってくれた方が」

 

「えっ?」

 

 ヴィータの言葉にティッタは怪訝な声を漏らすが、シグナムがその言葉の意味を明かす。

 

「守護騎士としての本来の役目である闇の書の頁集め。それを果たす時が来たということか」

 

 その言葉にヴィータは「ああ」と言った。

 

「あと少し、あとわずかで頁はすべて埋まり闇の書は完成する。いつもいつもあと少しってところで記憶が途切れて、次の主の下で頁集めを繰り返してきたけど今度こそは……」

 

「そうね。それに陛下……今の主様なら闇の書が完成した後も私たちにこれまで通りの暮らしをさせてくれるかもしれないわ」

 

 期待に胸を膨らませ祈るようにシャマルは言う。それは無理もない事だった。

 

 

 

 

 

 ここにいるティッタ以外の者たちは皆先史ベルカと呼ばれるほどの昔から、守護騎士ヴォルケンリッターとして闇の書を完成させるため歴代の主の下で戦ってきた。主に仕え戦いを繰り返し様々な刺激をうけるうちに、彼女たちに感情というものが芽生えてからもそれは変わらなかった。

 しかし、感情が生まれてから彼女たちは常にある思いを抱えてもいた。

 それは闇の書を完成させた後、主は自分たちをどうする気なのかという不安だ。

 今まで騎士たちを道具として扱い、冷遇し、どれだけ傷つこうが顧みなかった主が、闇の書が完成した途端に自分たちを厚遇するようになるなどと思えるはずがない。

 よくてそのまま手元に置いたままにしておくか、あるいは用済みだからと自分たちを……。

 

 だが今回の主、ケントは自分たちを道具ではなく臣下として扱い、その労をねぎらい、今までとは比べ物にならない暮らしを与えてくれた。

 彼が闇の書を完成させればあと数十年はこのような、あるいはそれ以上の暮らしができるかもしれない。彼が天寿を全うし誰かに闇の書を託すまでは。

 それに彼が闇の書を託すとなればよほど信頼できる者だろう。それが彼の子ならば騎士たちにとって喜ばしいことだ。

 

 だから、彼女たちは内心ではすぐにでも闇の書を完成させたかった。

 闇の書が完成する前に、何らかの災厄によってケントが命を落としてしまったらすべてが台無しになってしまう。そうなる前に闇の書を完成させて、ケントに闇の書の真の主となってもらいたかった。

 心のうちに湧き上がる得体の知れない焦燥感に駆られているのもある。しかし、何より自分たちを重用してくれた主ケントに報いるために、そして今の生活を続けていくために、守護騎士たちは闇の書の完成を望んでいた。

 

 それが終わりを意味するものだとは知らず……。

 

 

 

 

 

 

 将たるシグナムを先頭に守護騎士たちは謁見の間に足を踏み入れる。騎士たちがここに入るのは騎士の叙勲を受けた時以来だ。

 通路の左右に王宮の高官や貴族、衛兵たちが並びその奥には玉座とそこに座る守護騎士たちの主ケントがいた。

 騎士たちは自分たちを待つ主の顔を見る。自分たちは命令通り御前の前に参上したのだと無言で告げるために、そして騎士たちは思わずその目を見張った。

 

 騎士たちを見るケントの目は険しいもので、その表情は冷ややかだった。今までの彼とは明らかに何かが違う。

 

……まるでオリヴィエみたいだ。

 

 ケントの顔を見た騎士たちは内心でそう思った。そしてそう思ったのは騎士たちばかりではなかった。会議の時からずっと彼と共にいた高官も貴族も、皆内心では騎士たちと同じ印象を抱いていたのだ。

 しかし一方で今のケントには、今までよりずっと王を名乗る者に相応しい貫禄が備わってもいた。

 

 足を止めその場にとどまる騎士たちをを見て、ケントはわずかに眉をひそめるものの、ケントは騎士たちを咎めも急き立てもせず黙って待ち続ける。

 騎士たちはそんな彼に向かって再び歩を進め、彼の五歩ぐらい前に着くとその場で膝をつき顔を伏せた。ヴィータやティッタまでもがだ。そのくらい今のケントがまとう雰囲気は気安さとは無縁のものだった。

 

「我らヴォルケンリッター。主ケントの呼び出しに応え、御前に参りました」

 

「おもてを上げよ」

 

 騎士たちを代表して発したシグナムの言葉に、ケントはねぎらいの言葉もかけずそれだけを言う。その声は冷淡で、表情同様やはり今までのケントのものとは違う。

 他の者と同様シグナムもケントの様子に違和感を感じながらも、彼に言われるがまま顔を上げ、他の騎士たちもそれに倣う。

 そんな彼らを見下ろすケントの目はやはり冷たいものだった。

 ケントはしばらく経って、騎士たちを見回してから口を開いた。

 

「……リヒトはどうした?」

 

「ここに来るまでリヒトとは会っておりませんが、彼女もお呼びになられていたのですか?」

 

 シグナムがそう応えると、通路の脇で高官たちに挟まれて立っていた文官長が慌てて声を上げる。

 

「も、申し訳ありません! 守護騎士を呼べとのことでしたので、シグナム殿たちには使いを出したのですがリヒト殿には何も。リヒト殿は守護騎士殿たちの従者ということになっておりますので」

 

「……ああ、そういえばそうだったな」

 

 思い出したようにつぶやくケントに文官長は言った。

 

「あの、よろしければリヒト殿にもこちらに向かうように伝えて参りましょうか? 私が直接行って参りますので」

 

「……いい。後でシグナムたちに伝えてもらう……構わないかシグナム?」

 

「は、はい。私たちは構いません」

 

 リヒトがいないと知って、なぜか安堵したような様子を見せるケントを訝しく思いながらもシグナムはそう答えた。

 ケントは取り直すように居住まいを正し、守護騎士たちに向き直った。

 

「すまないな、忙しいところを呼びつけて」

 

「いえ、必要とされれば我らはどのような時も主のもとへと駆け付けます。それで主よ、此度はどのようなご用件で我らをお呼びになられたのでしょう?」

 

「ああ……お前たちを呼んだのは他でもない」

 

 その言葉に、騎士たちもまわりの高官たちも顔を引き締める。

 一軍を率いてシュトゥラ軍を打ち破れ。

 ケントの口から出てくる言葉はそうに違いないと、この場にいる誰もが()()()()()

 

「……シグナム卿、ヴィータ卿、ザフィーラ卿、シャマル卿、ティッタ・セヴィル卿……ケント・α・F・プリムスの名において汝らに告げる」

 

 騎士たちは険しい顔で主を見つめ、その言葉の続きを待った。

 ケントもそれ以上に厳しい顔で、彼女たちを見て口を開いた。

 

「この場においてヴォルケンリッターの解散を宣言する! それに伴い貴公らから騎士の位を剥奪し、さらに王都領主の権限において貴公たちをこの地から追放するものとする」

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