「はっ?」
ケントの言葉を聞いた騎士たちの中からそんな声が聞こえてきた。おそらくヴィータだろう。しかし他の騎士たちも、そしてまわりにいる高官たちもヴィータと同じ気持ちを抱いているはずだ。
「おいケント! それは一体どういう意味だよ?」
ほどなくヴィータは戸惑いから立ち直ると同時に、その場から立ち上がって怒鳴り声を上げる。それを涼しげに眺めながらケントは問いに答える。
「ヴォルケンリッターを解散してお前たちから騎士の位を剥奪し、その上でこの街から出て行ってもらうと言ったんだ。分からなかったか?」
「分かるかよ! なんであたしらが出て行かなきゃいけねえのか、そのわけを言えって言ってんだ!」
「待て! やめろヴィータ!」
掴みかからん勢いでケントに迫ろうとするヴィータを見て、シグナムもその場から立ち上がりヴィータを羽織い締めにして止める。
ケントの両脇にいた衛兵もヴィータを止めようと彼女のもとへ行こうとするが、ケントから「好きにさせておけ」と言われてその場にとどまった。
そんなことも構わずヴィータはがなり立てる。
「離せシグナム! 騎士の位とかはともかく、いきなり王都から追い出すって言われて納得できるか。どういうことなのかわけを聞かねえと!」
「落ち着けヴィータ! 主なりになにかお考えがあってのことに違いない」
「そ、そう、そうに決まってるよ。これはきっとシュトゥラと戦うために必要な作戦かなにかで――そうなんでしょう、お兄様?」
シグナムとティッタはそう言って取りなそうとするものの、ケントはすげなく首を横に振った。
「いや、お前たちから騎士の位を取り上げて追い出す以上の意味はない。それにシュトゥラと戦うなどどこで聞いた話だ? 私はシュトゥラを相手にする気はないぞ。シュトゥラごときに構っている暇はないのでな」
「えっ!?」
「なっ!?」
ティッタに続き、高官たちからもどよめきの声が上がる。
彼らを代表するように宰相が進み出てきてケントに尋ねた。
「それはどういうことですか陛下? それでは陛下はオリヴィエに、聖王連合に降伏なさるおつもりで? 確かにそれも一つの手ではありますが……しかし、降伏したからと言ってオリヴィエが何もしてこないとは限りません。万が一のためにシグナム殿たちは陛下のお傍に置かれた方が。そもそも彼女たちは我が国にとってなくてはならない存在です。それをいたずらに地位を取り上げて王都から追放するなどと――」
「口を慎め! この王都の領主は私だ。宰相たるお前が口出しできるのはこの国の内政に関することのみのはず、王都の運営にまでお前たちが口を出す権利はないはずだ。――王都に住むことができる人間は私が決める。騎士の位に関しても同様だ。私が与えた位を私が没収して何が悪い?」
「それは……確かにそうですが」
ケントに強く言われ宰相は押し黙る。
ケントの言う通りだった。
ケントはグランダムの王であると同時に王都の領主でもある。国政に関することならともかく、王都の運営に関して宰相たちは何も口出しすることができない。当然王都に住む人間を選ぶ権利もケントが持っている。
騎士の位……個人的な主従関係においても同じことがいえる。シグナムたち守護騎士と主従関係を結んでいたのはケントだ。その関係を続けるのも断つのもケントの自由である。
何も言い返すことができず口をつぐむ宰相を一瞥し、ケントは騎士だった者たちに顔を戻す。
「以上だ。そろそろわかってもらえたかな。
「待ってください主ケント! あの戦船、聖王のゆりかごとやらはオリヴィエが言った通り明日にはこの街を攻撃してくるかも知れないのですよ! こう言っては失礼だが、主とグランダムの軍だけでゆりかごに太刀打ちできるとは思えない。ですからせめて、ゆりかごを落とすまでの間だけは私たちを傍に置いてもらえないでしょうか! 騎士の位などなくてもいい! ですから――」
そう言ってシグナムは再び膝をつき、ケントに向かって頭を深く下げる。
しかし、それに対する返事は無常なものだった。
「駄目だ。お前たちは今や私にとって足枷にしかならん。闇の書の頁はあとわずか。お前たち抜きでも闇の書を完成させるくらいのことはできる」
その言葉に、ヴィータは彼が言わんとしていることに気付き顔を歪める。
「……まさかてめえ、闇の書が完成しそうだからあたしらはもう用済みって言いたいのかよ」
「ふむ、そんなことを言うつもりはないが……お前たちにしてもらうことが何もなくなったという意味では同じかもしれんな」
そう言ってケントは口を吊り上げる。
そんな彼を見上げるヴィータの表情は殺意さえうかがえるほど歪んでおり、いつケントに飛びかかってもおかしくない様子だった。ケントの両脇にいる衛兵はいつでもヴィータを止められるように身を構える。
いてもたってもいられなくなり、ティッタは立ち上がりながら――
「どうしちゃったのさお兄様!? これは一体何の冗談? 今日に限って気取った喋り方したりアタシたちを王都から追い出すって言ったり、あんた一体なにがしたいの? この街がゆりかごに攻撃されちゃうかもしれないって時にふざけてないで真面目にやってよ!」
ティッタの物言いにケントは顔をしかめる。いくら兄妹とはいえ無礼がすぎるのではと高官たちはひやひやしながら見ていたが、ケントの口から出たのは……
「ふざけてなどいない。私は至極真面目に話しているつもりだが。それにその言葉は君にそっくり返そうセヴィル卿。“お兄様”とは一体誰のことだ? 君のような妹など私は知らないのだが」
「――なっ? それはどういう」
愕然とするティッタにケントは手を振りながら言う。
「言葉通りの意味だ。私に兄弟などいない。先王陛下の子は私一人だ。父を失った身として母君を失ったお前の気持ちはわからなくもないが、偶然我が王家と同じ目の色をしているぐらいで肉親の代わりを私に求められても困る」
「おいケント、お前実の妹相手に――」
ケントの言葉をきっかけにティッタのまわりに漂う空気が剣呑なものになっていくことに気付き、ヴィータは慌てて何か言おうとするがケントはそれが分かっていながらあえて言葉を繰り返す。
「何度も言わせないでくれ。私に妹などいない。同じ目の色をしていてそれなりに腕も立つから、褒美の一環に君のお遊びに付き合っていただけの事。最初は面白かったが最近は少しきつくなってきてな。この通り暇ではなくなったことだし、そろそろ私を兄妹ごっこから解放してほしいのだが」
「――ケント、てめえ!」
「抑えろティッタ。それ以上は駄目だ」
「離せザフィーラ! こいつはここで殴り殺す! それで死刑になったって構うもんか!」
「駄目よティッタちゃん! ザフィーラの言う通りここは冷静になって!」
ザフィーラに取り押さえられながらも、ティッタはそう声を荒げながら彼の腕の中でじたばたとあがく。
しかし、ティッタほどの怪力の持ち主でもザフィーラほど屈強な男に押さえつけられたら逃れることは難しいらしく、やがてティッタはぜいぜいと息をついて暴れるのをやめた。
シャマルも立ち上がってティッタやヴィータをなだめ、シグナムもヴィータとケントの間に入ってヴィータがケントに飛びかからないか気を張らせており、もはやケントの前でひざまずく者は誰もいなくなった。
ケントはそれを意にも介することもなく呆れたようなため息をついた。
「やれやれ、少しは落ち着いたかセヴィル卿。ただ私としては、同じ目を持ち同じく肉親を失った者同士として君に情がまったくないわけでもなくてな。せめてもの情けとして先ほどの無礼は不問にしたうえで、リヴォルタ辺境伯の位は君に譲ったままにしておこう。これを機にそろそろ自分の領地に戻ってかの地の統治に専念せよ。それが果たせないのなら辺境伯の位も取り上げざるを得ないが」
「はっ! そんなもんこっちから――」
「なんならシグナムたちも連れて行って構わんぞ。彼女たちの腕が立つのは私も認めるところだし治安維持の役にくらいは立つだろう」
ケントがそう言うとティッタは言葉の続きを飲み込んで、しばらくの間ケントを睨んでから言った。
「……分かったよ陛下。お言葉に甘えて、シグナムさんたちはアタシが連れて行かせてもらう。ただ、最後に一つだけ言わせてもらっていいかな?」
「何だ?」
「あんたは先王、お父様とは違うと思っていた。……確かにあんたとお父様とは違ってた。大違いだった……お兄様、あんたはお父様よりはるかに……はるかにひどい最低な下衆野郎だよ!」
そう強く言い切ってティッタはケントに背を向けて――
「行こうみんな! アタシらみんな追放だってさ。陛下一人でゆりかごをどうするのかリヴォルタで見物していようぜ」
ティッタは肩を怒らせながら扉の方へ向かっていく。それを見て扉の前に立っていた衛兵二人は慌てて扉を開け始める。
「そうだな。あたしもそうさせてもらうか。じゃあな陛下。王都と心中するかオリヴィエに泣いてすがるかせいぜい悩んで決めな」
ティッタに合わせたかのように、最後の最後でケントを陛下と呼びながらヴィータもまた扉へ向かって行く。
シャマルとザフィーラはそんな二人を見て、ケントに一礼してから二人の後を追った。しかしその直前に……
「……あなたのこと、見損ないました」
というシャマルの声が聞こえてきた。
残されたシグナムも、しばらくの間彼らの背中を眺めていたが不意にケントの方を向いて尋ねた。
「……主ケント。ここに来た時に言われた通り、イクスとリヒトにもこのことを」
「……ああ、彼女たちにもこのことを伝えておいてくれ」
それはリヒトやイクスをも王都から追放するという意味だった。
なぜ今日になって突然ケントが守護騎士たちを王都から追放するなどと言い出したのか分からない。分からないが、シグナムたちにはその命令に抗うことはできない。
「わかりました。では私たちはご命令通りしばしの間お暇を頂きます。……ですが私は信じています。再び主が私たちをここに呼び戻してくださる日が来ると。ですから、我らの力が必要になったらどうか遠慮なく御前に来いとお命じください……騎士一同、その時をリヴォルタでお待ちしておりますので」
そう言ってシグナムは一礼し仲間たちを追っていった。
頭を下げる際彼女の顔から雫らしきものが落ちていくのが見えたが、それがケントが思っていた通りのものだったのか彼にはわからない。今の自分はそんなものを流してもらう価値がある者だと思っていなかったから。
彼女らが去ってしばらくの間、謁見の間は気まずい沈黙に包まれる。今では高官たちもケントに畏怖を覚えていた。
そんな高官たちの中から、宰相は「あの、陛下」と声をかけてケントの前に立った。
ケントはぶっきらぼうに尋ねる。
「……何だ?」
「本当にこれでよろしかったのでしょうか? 彼女たちから騎士の位を剥奪して、あまつさえ王都から追放するなど」
「いい。これでいいんだ……」
心の底からケントはそう思う。
彼がこれからすることに、彼女らは止めようとはすれ協力など絶対にしないだろう。だからどんなことをしても、彼女たちを自分のもとから離しておく必要があった。
心の中でもう一度“これでいいんだ”とケントは自分に言い聞かせる。
そんな主の心を察しているのかいないのか、宰相はケントに対して再び口を開く。
「分かりました。ではシグナム殿たちについてはもうこれ以上は申しません……ただ一つお聞かせ願えないでしょうか?」
「……言ってみろ」
ケントにそう言われてからも宰相はしばらく間を開け、やがて意を決したように言った。
「陛下、あなたはこれから一体何をする気なのでしょう? 陛下は先ほど、守護騎士たちがいなくても闇の書を完成させることができると仰っていました。しかし陛下はシュトゥラと事を構える気は……」
「ああ、その必要はない。あとたった90頁、その程度戦など起こすまでもなく簡単に埋められる。ゆりかごなど恐るるに足りない」
「は、はあ……」
宰相はそう言ったきり口を閉ざし、それから何も話すことはなかった。
しばらくしてからケントは大きくため息をついて玉座から重い腰を上げる。もうこれ以上ここに留まる必要はない。
……これでいい。これでよかったんだ。
ティッタ……妹よ、すべてが終わるまでの間守護騎士たちのことを、その後はイクスのことを頼む。
シグナム……あれだけ尽くしてくれたのにそれを無下にするようなことをしてすまない。
ヴィータ……前の主のようなことはしないと約束しておきながら本当にすまない。
シャマル……お前の言う通りだ。どんなに軽蔑されても俺には文句一つ言う資格はないよ。
ザフィーラ……こんな時くらい罵倒してくれてもよかったんだぞ。それとも今の俺は言葉一つかける価値もないのか。
イクス……ベルカから逃がしてやることはできなかったがティッタのもとで立派に成長するんだぞ。お前の人生はまだまだこれからだ。
みんな……こんな方法でしか故郷や世界を守ることしかできない最低の男が主でごめんな。
リヒト……君にひどいことを言わなくて済んだって安心したつもりだったけど……やっぱり正直に言えばもう一度だけでも君に会いたかった。