グランダム王であり自分たちの主でも
もちろん納得しているわけがない。前日までいつもと変わらず他愛ないやり取りをしていたケントが、なぜ今日になって突然あれほど様変わりしてしまったのか、なぜ自分たちに王都からの追放を言い渡したのか、騎士たちにはまったく心当たりがなかった。
ヴィータとティッタは憮然としながら、シグナムは呆然自失としながら、シャマルは湧き上がるほどの怒りを心中に押し留めながら、ザフィーラはいつも通り黙々としかしいつもより尻尾を大きく揺らしながら、自分たちに割り当てられていた部屋へと向かう。
そんな彼女たちの前に二人の女が現れた。
「あっ! シャマルさん。探しましたよ!」
二人の女のうち橙色の髪の少女は
「イクスちゃん、それにリヒトまで……どうしたの二人とも? 珍しい組み合わせね」
こちらに向かってくるイクスをシャマルは顔をほころばせて迎える。無邪気な部下の姿に、ついさっきまで腹の中で煮えたぎっていた怒りが若干収まっていくのをシャマルは実感していた。
そんなシャマルの内心を知らずにイクスは言う。
「あっ、はい。さっき訓練中に怪我をした兵士さんが医務室にやって来て、その人は治療魔法をかけて包帯も巻いたらすっかり良くなって練兵場に戻って行きました。……ただ、その時に包帯を使い切っちゃったので包帯の予備がある場所をシャマルさんに聞こうと思って探していたんですけど、どこを探しても見つからないうえに念話も通じなくて……そんな時に」
そこでイクスはリヒトに顔を向けた。それにつられて騎士たちの視線もリヒトの方にいく。
リヒトは無表情のまま騎士たちに向けて言った。
「シグナムたちと違って私はいつも通り何もすることがなくてな。時間を潰すために城の中を見て回っていたらあちこち誰かを探し回っていたイクスを見つけたんだ。その時イクスは男性用の更衣室の扉に手をかけるところでな、私が見つけていなかったらどうなっていたことか」
「リ、リヒトさん、それは内緒にしてくださいよ!」
イクスは余計なことまで伝えるリヒトのもとに走り寄って、その足をぽかぽかと叩く。リヒトはくすぐったそうに笑いながら「すまんすまん」と言った。
騎士たちはそんな二人を呆然と、そして眩しそうに見つめる。
今まで接点がなかった二人がこんなに仲良くなっていることを意外に思い、同時に自分たちが主からの裏切りを受けている時に何も知らず無邪気に触れ合っていた二人を羨ましくも思う。
そんな複雑な気持ちを騎士たちは抱いていた。
イクスは自分の後ろに騎士たちがいることを思い出しリヒトの足を叩くのやめて、彼女たちの方を向いて言った。
「ま、まあそういうことがあって、リヒトさんと一緒にシャマルさんを探していたところだったんですよ。リヒトさんには守護騎士の皆さんの居場所が分かる力があるとのことですし」
「うむ。精神
「ああ、うん。まあね」
リヒトの問いに不機嫌そうな声でヴィータが答える。
主という言葉が出た途端暗い顔になる四人に、イクスは小首を傾げ、リヒトは神妙な顔になって「何があった?」と尋ねた。
「……そうだな。お前たちにも伝えておかねばならないな」
そう言ってから、シグナムは謁見の間で起こったことをありのままに話した。感極まるあまりシグナムが話の途中で言葉を詰まらせるたびにシャマルとザフィーラが補足を入れ、ヴィータとティッタがケントに対して悪態をつく。
そうして騎士たちは、あの場にいなかったイクスとリヒトに一通りのことを伝えて……。
「……守護騎士、ヴォルケンリッターの解散ですか……」
「それもお前たちから騎士の位を取り上げたうえでか……」
「ああ。そんでアタシらは全員、王宮どころか
肩をすくめながらヴィータは吐き捨てる。清々したように締めくくるが、ふんと鼻を鳴らすその様子からは不満そうな様子がありありとうかがえる。
「わからない。なぜゆりかごというかつてない難敵を前に、主は我らを放逐なされるのか。我らは何か主の気に障るようなことをしてしまったのか……まあそうだとすれば思い当たる節がないでもないが」
「な、何ですかシグナムさん? まさか……」
「あたしらのせいだって言うのかよ!?」
シグナムは恨みがましそうな視線をティッタとヴィータに向け、それに二人は文句をつける。
それにシャマルは呆れ、ため息をつきながら、
「この二人の無礼なんて今に始まったことじゃないわよ。それぐらいで追放されるのなら陛下も最初から彼女たちを騎士になんてしてないわ。それにこの二人の振る舞いが原因なら私たちまで追放されるいわれがないじゃない。……やっぱり闇の書を完成させるのに、もう私たちの手はいらないという意味かしら?」
「かもしれんな」
「……」
シャマルの言葉にザフィーラは同意を示し、リヒトは目を細くする。
そんな空気を払うようにティッタは声を上げた。
「とにかく、そんなわけでアタシらは今日中には王都を出て行かなくちゃならなくなったの。それでイクスとリヒトさんにもそのことを伝えておけって言われてるんだけど……」
「――それってまさか!」
ティッタが言わんとすることに気付いたイクスに、シグナムはうなずいて見せる。
「お前たち二人も私たちとともにここから出て行けということらしい」
「そんな――で、でもそれじゃあ医務室はどうなるんです? シャマルさんも私もいない時に大怪我を負った人が出たりしたら――」
「知らないわよ! 医者なんて他にもいるということでしょう!」
シャマルの大声にイクスはびくりとして身を縮める。それを見てシャマルは慌ててイクスに謝る。それにイクスは「いえ、大丈夫です」と返すものの、恐怖心は拭い切れない様子で身を縮めたままシャマルから距離を取った。
ティッタはそれを眺めてやれやれと思いながらも、咳払いをして皆の注目を集め話を続けることにした。
「それでここからが本題なんだけど、私もみんなと同じく騎士はクビになったけどリヴォルタの領主って肩書きはそのままみたい。そこで私もシグナムさんたちもリヴォルタに行こうってことになったんだけど、二人はどう? 私たちと一緒にリヴォルタに行かない? この街なんかよりずっと大きいとこだよ」
ティッタの勧めにイクスは、
「……私はもうガレアに帰ることもできないからここを追い出されたら他に行くところもないし、そう言ってくれるのは本当にうれしいんですけど……いいんですか? 私なんかがティッタさんのお世話になっても」
「もちろん! むしろぜひ来てほしいな。リヴォルタって治安はよくなったけどまだまだ犯罪は多い街だし。怪我人も多いみたいでイクスとシャマルさんが来てくれたら大助かりだよ。もちろんシグナムさんやザフィーラ、リヒトさんにも期待してるよ。あんたたちが見回るだけで悪党はすくみ上がって犯罪が減るかも」
「ふっ、しばらくはお前が我々の主という訳か。まあ、
「今より日光浴の時間が少なくなりそうではあるが、やむを得んな」
シグナムとザフィーラが彼女らなりにティッタに答えを返すが……
「…………」
この中でリヒトだけが何も言わず、謁見の間がある方をじっと眺めていた。そんな彼女を皆は訝しげに見、やがて……
「どうしたリヒト?」
シグナムが声をかけるとリヒトは彼女の方を向いて言った。
「……シグナム、一つ聞いておきたいのだが、主はお前たちに対し何と告げられた? 出来るだけ正確に答えてくれないか……頼む」
頭を下げん勢いでそう頼まれて、シグナムは逡巡しながらもゆっくりと答える。
「……ヴォルケンリッターを解散し、私たちから騎士の位を剥奪し王都から追放する。そしてそれをリヒトとイクスにも伝えろと……そう告げられた」
そこまで言ってシグナムは拳を握りしめる。そんな彼女にリヒトは、
「そうか、ありがとう。言いづらいことを言わせてすまなかった」
それにシグナムはいいと言いたげに首を振った。
そんな彼女たちの隣で、
「あっ! そうだ。包帯の予備があるところを聞こうと思って、シャマルさんを探していたんでした。あのシャマルさん、包帯があるところを教えていただきたいのですが」
「ああ、残りの包帯なら確か医務室の隣の部屋に――」
「あははっ、追い出されるっていうのに二人とも律儀だなぁ」
イクスとシャマルが包帯のありかについて話し、それをティッタがはやし立てている。
そんな彼女たちの後ろでリヒトはもう一度足を止め、ケントがいるであろう場所の方を見た。
◇
謁見の間を出て行く守護騎士たちの背中を見送ってからは、ひたすら長く退屈な時間だった。
あれから俺は謁見の間を出て自室へと戻ったが、ゆりかごが王都に迫っている状況で臣下たちが政務を持ってくることもなく、部屋でやることがないのならば木や花を眺めにあの庭へ行こうと扉に手をかける。だがそこで気づいた。
あれからまださほど時間は経っていない。騎士たちは荷物をまとめている頃でまだこの城から出てはいないだろう。
今あいつらに会ったら俺は自分を抑えることができずあいつらに詫びを入れてここに引き留めようとしてしまう。それが彼女ともなればなおさら。
駄目だ! そんなことをすれば情を捨ててあいつらに追放を告げたことが無駄に終わってしまう。
甘い考えは捨てろケント。さっきのことで騎士たちは俺に対して強い不信感を持っただろう。今さらあいつらを呼び戻したところでそれを拭うことは出来ない。ならばもう最後まで俺は冷酷な主でいるべきだ。
結局俺は部屋から出ることはなかった。
日中はつまらない本を読んで過ごし、日が落ちてからは夕食を摂り湯浴みをし寝室へ行き、部屋を照らすためにろうそくに火をつけた。
◆
一昨日に就寝してから今日まで一睡もしていないのにまったく眠くならない。湯を浴びたばかりなのに体の震えが止まらない。
さすがに今夜ばかりは何もせずに過ごすのは辛い。何か気を紛らわすものが欲しい。それがないと俺は今にもここから逃げ出してしまいそうだ。
救いを求めるように本をあさり目を通すがまったく内容が頭に入ってこない。数日前はあれほど熱中していた小説も含めてだ。
本棚から本を取り出し目を通し本棚に戻し本を取り出し目を通し本棚に戻し本を取り出し目を通し本棚に戻し……そんなことを繰り返して三十冊目の本に目を通そうとしたときだった。
コンコンと扉を叩く音が聞こえてくる。
普段なら誰だ? と尋ねるところだろう。しかし今は。
「入ってくれ」
三十冊目の本を棚に戻しながら扉の向こうに向かって声をかけた。
どうせ宰相か別の文官がゆりかごについてどう対処するつもりなのかを聞きに来たか、もしくは侍女が水でも持ってきたかだろう。
誰でもいい。少しの間だけでもこの長い夜の時間を潰せるのなら。
そう思っていた。
「失礼します」
……えっ!?
その声に俺は自分の耳を疑い、扉を凝視する。
扉はゆっくりとこちらに向かって開いていき、部屋を訪ねてきた人物の姿が露わになっていく。
長く下ろした銀髪、赤い眼、金色のライン以外黒で染めた服、なぜか左右の長さが違うソックス……そして俺から見れば誰より美しい容姿をした女性。彼女は……
「…………リヒト」
守護騎士やイクスと一緒にこの城から追い出したはずの女性が、なぜか今俺の目の前にいた。