グランダムの愚王   作:ヒアデス

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第75話 前夜

「夜分に失礼します。我が主」

 

「リヒト……なんで君がここに?」

 

 ゆりかごとそれに乗っている聖王(オリヴィエ)との対峙を明日に控えた夜遅くに、俺の部屋を訪ねてきたのはリヒトだった。

 いやまさか、守護騎士たちやイクスとともに彼女もこの城から出て行ったはずだ。今頃はリヴォルタの領主館にいるものとばかり思っていたが。

 

「なんで君が、なんでリヒトがここにいる? シグナムたちとともに君もここから追放すると言ったはずじゃあ……」

 

 震える声でそう問いかけるとリヒトは首を横に振った。

 

「いいえ、そのような事は言われていません。騎士たちが主に呼ばれていた時、私はイクスと一緒に城中を回っていましたから」

 

「確かに直接は言ってない。でもシグナムにお前とイクスへの言伝を頼んだはずだ。聞いていなかったのか?」

 

「いいえ、ちゃんと聞きました。ヴォルケンリッターを解散して彼女たちから騎士の位を剥奪し王都から追放する。そうシグナムから聞いています。……私やイクスまで追放するとは聞いていません」

 

 ……確かに言われて見るとそうだ。俺はシグナムに彼女たち四人の追放を告げて、それをリヒトとイクスに伝えてくれとは言ったが、直接的にリヒトやイクスを追放するとは言っていない。

 

「じゃあまさか……イクスもまだここに?」

 

「いえ。イクスはシグナムたちに連れられてリヴォルタへ行きました。今頃館でぐっすりと眠っている頃でしょうね」

 

「そして他の皆は俺への愚痴を肴に飲み明かしている頃だろうな」

 

 特にティッタあたりは酔いが回っている頃に違いない。シャマルも酔うと結構ひどかったな……また二日酔いにならなければいいが。

 いや、それより今は――

 

「ではリヒト、君は今までずっと一人でここに?」

 

 俺の問いにリヒトはこくりとうなずく。

 

「はい。どうしても主と話をさせていただきたくて、ここに残らせていただきました。食事とお湯は侍女の方に用意してもらって」

 

「そうだったのか」

 

 そんなことをする使用人がいたのか。シグナムたちを追放するということは、その従者ということになっているリヒトも追放することを意味することは誰にだってわかっているだろうに。

 それだけ今回の事を不満に思っている者は多いということだろうな。

 そんなことを考えながら苦笑もせず黙ったままでいる俺を見て、リヒトは気まずそうに顔を曇らせる。

 

「……あの、主……いけませんでしたか?」

 

「……」

 

 ……言うべきだ。ここから出て行けと……二度と俺の前に姿を現すなと。

 

 確かに俺はまだリヒトを追放するとは言っていない。だが、それなら改めて彼女に追放を告げればいいだけのこと。ゆりかごに攻撃されるかもしれない今の王都には夜闇に潜む賊もいないだろうし、リヒトならそんな輩に襲われたとしても返り討ちにできる。なんなら一晩王宮に留まるくらいは許してやればいい。

 

「主がご迷惑だと言うのなら私はすぐにでも出て行きます……でも主がお許しいただけるのなら私は……」

 

 早く彼女をこの部屋から追い出すべきだ……そうするべきだ。

 

「……やはりご迷惑のようですね。そうですよね。私には主の側にいる資格はないのかもしれません。ベルカを滅ぼそうとしている夜天の魔導書の分身に、あなたにこんな決断をさせた闇の書そのものともいえる私に、あなたと共にいる資格なんてあるはずがない!」

 

 そうするべきだとわかっているのに――。

 

「失礼しました我が主。やはり私はあなたの前に現れるべきではなかったようです。私はすぐにでもこの地を去りますので主はどうかゆっくりとお休みを……それでは」

 

待ってくれ!

 

 背を向けて部屋から出ようとする彼女の背中に覆いかぶさるように抱き着く。腕が思いっきり彼女の胸に当たっているがそんなこと気にしてられない。

 

「嫌だ、行かないでくれ! リヒトまでいなくなるなんて……好きな人とこんな別れ方をするなんて……俺は嫌だ!」

 

「えっ!?」

 

 涙で視界が歪ませながら口にした言葉に、リヒトはそんな声を漏らした。だが、リヒトは彼女にしがみついている俺の腕に手をかけながら、柔らかい声で、

 

「はい。主がお望みなら私は……リヒトはいつでもあなたの側にいます。あなたがどこへ行こうとついて行きます。私はそのためにここに来たのですから」

 

 その言葉に、俺はとうとうこらえきれず泣き声を上げてしまう。

 もう泣いていることなどバレていないわけがないのに、泣き顔を見られたくなくて俺はこのまま彼女に抱き着いたままでいた。リヒトは嫌がりもせず、そんな俺になすがままにされていた。

 

 

 

 

 

 どれだけの時間が経ったか、四半刻あるいは半刻は経ったんじゃないかと思う。

 この部屋に唯一置かれている椅子にリヒトは腰を下ろし、俺はベッドに座っている。

 

 彼女を前にして俺は今……猛烈に後悔している。

 ああ、かっこ悪い。俺ってめちゃくちゃかっこ悪い。あんなところサニーならまだしも、リヒトには絶対に見せたくなかったのに。

 つい先ほど涙が止まってようやく落ち着くにつれ俺はリヒトを離し、一目散に洗面所に駆けこんで涙で汚れた自分の顔に水をぶっかけて涙の跡をかき消した。とはいえあれだけ泣き声を上げていれば気付かれないわけもなく、こうして向かい合っているにも関わらず俺はリヒトの顔を見ることができず下を向いていた。

 そんな俺にリヒトは苦笑いを浮かべながら、

 

「……えっと、主、そんなに気にしなくてもいいと思いますよ。男の人でも悲しい時は涙くらい流していいと思います。それに少なくとも私は主が涙を流すところを何度か見たことがありますから、私相手に隠す必要はないのでは」

 

 やめてくれ、余計情けなくなる。好きな人に慰められるのがこんなにみっともないものだったとは。

 ……いや、待てよ。俺が泣いたことなんてここ数年は滅多にない。シュトゥラ学術院に留学したばかりの頃、クラウスと喧嘩して奴にこてんぱんにされて泣いてしまった時以来だ。にも関わらず俺が泣いたところを何度も見たということは……

 

「そう言えばリヒト。初めて会った時からお前は俺やティッタの事を知っているみたいだったな。イクスと会った時もあいつの自己紹介を聞く前から知っているようだったし……まさかお前、魔導書の中からずっと俺たちのことを見ていたのか? ……もしかして俺が守護騎士と会うまでの間も」

 

 質問にかこつけて俺はようやくリヒトの顔を見る。まだ恥ずかしさは残っているが、いつまでも顔をそむけたままでは話が進まない。

 そんな俺の気も知らず、リヒトは俺の問いに首を縦に振りながら答える。

 

「はい。魔導書が主のもとに転移してからずっと、書の中であなたを見ていました。鎖に封じられて開けることもできない魔導書の前で一生懸命勉強していた時も、お母様を亡くされてふさぎ込んでいた時も、お父様に叱られてあの方に認めてもらうためにひたすら魔法の習得に励んでいた時も、魔導書を持ってシュトゥラに行った時も、私はずっと書とともに主の側にいました」

 

 なるほどね、《闇の書の意思》と呼ばれるだけはあるな。それだけ俺のことを見ていれば泣き顔くらい何度も見ているか。それでもリヒトに泣いているところを見られたくはないが。

 

「ですから身の程知らずとは思いますが、私は主のことを息子か弟のように思っていました…………さっきのお言葉を聞くまでは……」

 

 顔を赤くしてリヒトは言葉を付け足す。その仕草で何のことを言っているのか俺にも分かった。俺の顔も同じように、あるいはそれ以上赤くなっているだろう。

 

「…………本当ですか? 主が私のことを……す、好きというのは」

 

 その問いに俺は言葉を返せずどうにか首を縦に動かす。もっともその動作だけで答えを言っているようなもので……

 

「そ、そうですか……でも、私は魔導書のプログラムで、人間とはまったく違う存在ですけど」

 

「仕方ないだろう! 好きになったんだから」

 

 そっぽを向いて俺は開き直る。

 初めて見た時から彼女のことしか考えられないほど俺は彼女に惚れていた。プログラムだか何だか知らないが、そんなことくらいで割り切れるほど俺は諦めがよくない。それに城や街の中にはシグナムやシャマルに惚れている男や、ジェフの妹のようにザフィーラを慕っている女子(おなご)だっているだろう。ヴィータと同じくらいの年の男の中には彼女に話しかけようとする者だっている。俺だけがおかしいとは断じて思わない。

 

「主はこの国の国王に就いている身です。王族というものは他国の王族か、かなり位が高い貴族としか結婚できないと聞きましたが」

 

「……そ、そうなんだが、他に本妻がいる状態でもリヒトと一緒にいることはできるんだ……(めかけ)という形で」

 

 自分で言ってて最低だとは思いつつも何とか言葉を絞り出す。しかしリヒトはそれを責めずにさらに、

 

「私の体では子供を産むことなんてできませんよ」

 

「……それは残念だな」

 

 本当に残念だ。俺とリヒトの子供が育っていくところを見たかったのに……もっともリヒトを妾にするにしろ子供のことにしろ……。

 

「意味がない話だ。今となってはな」

 

 俺がそう言うとリヒトも深刻な顔になって、

 

「やはり主はこの国とベルカを守るために……そのために騎士たちを自分の手元から離して」

 

「ああ。夜天の魔導書のことも聖王のゆりかごのことも、まとめて解決するためにはこうするしかないんだ。俺にはこれしか思いつかなかった。……でもあいつらがそれを知ったら絶対に止めようとするだろう。だからあいつらを俺の側から離しておく必要があった。イクスやティッタもこの王都から避難させておきたかったしな。本当なら君もリヴォルタへ行かせるつもりだったんだが……自分で思った以上に俺は弱い人間だったようだ」

 

「いいえ、主は強い人です……誰にも何も告げずたった一人でこれだけのことをご決断された。主が弱い方だったらこんなことはできなかった。強くなければこんなことはせずにすんだ」

 

 リヒトはそこで椅子から立ち上がりこちらにやって来て俺を抱きしめて言った。

 

「辛かったでしょう、苦しかったでしょう……よく一人だけで耐え抜きましたね。これほどのことに耐えられるほど強い人を私は知りません。もっと弱くてもいいのに」

 

 そう言ってリヒトがしゃくり上げるのを聞いて視界が再びにじむ。

 リヒトは俺の首の後ろに手を回したまま、俺を見て言った。

 

「主、どうか私を、私だけでもあなたのお供をさせていただけませんか? お願いします」

 

「……いいのか? 俺と一緒に行くということはお前も」

 

「どの道夜天の魔導書が破壊されれば私は存在を保てなくなる身です。それなら私や守護騎士を愛してくれた主に最後までついて行きたい。それが私の望みです。

 ……私と守護騎士たち、夜天の魔導書には今まで多くの主がいました。最初は善良で騎士たちに温かく接していたものの力に溺れていくうちに騎士たちを冷遇するようになった主、最初から悪辣で自分以外のものを欲望を叶えるための道具としか思っていなかった主、貧困や戦によって自分が生き延びるのが精いっぱいで騎士たちを気にかける余裕がなかった主、様々な主がいました。その中には夜天の魔導書の真実を知り逃げ出そうとする主もわずかにいました。

 あなただけですよ。最後まで騎士たちを愛し、我が身を投げうって魔導書を止めようとする主は。そのうえ私に恋慕の情を抱くなんて本当に変わった主です」

 

 褒められているんだかけなされているんだかわからないな。確かにここまで来たら自分が変わり者だというのは否定できないが。

 

「……俺と一緒に来てくれるか? リヒト」

 

「――はい! この身、いえ互いの身が朽ちるまで主に誠心誠意お仕えします」

 

 リヒトの答えを聞きながら俺はふと、これって告白とその返事みたいなやり取りだなと思った。

 それが届いたのか次にリヒトが口にした言葉は……

 

「我が主。本当にあなたが私を愛してくださるというのなら、どうか今夜だけは私と夜を共にしていただけませんか?」

 

「……いいのか?」

 

 リヒトはうなずきを返す。

 それは言葉通りただ一緒に寝るだけではないだろう。その証拠に彼女の頬は赤く、恥じらいがあることがうかがえる。

 

「はい。見たところ、主は満足に睡眠をとることもできていないみたいです。その状態では明日に障りが出てしまいます。ですからある程度体を動かせば眠れるようになるのではないかと。それがうまくいかなくても時間潰しにはなると思います……それに」

 

 そこまで言ってリヒトは言葉を止める。

 そこで俺は気付いた。俺の首に回しているリヒトの手がかすかに震えていることを。

 

「私だって怖くないと言えば嘘になります。それが忘れられるくらいの温もりが欲しいんです。ですから我が主、この夜をしのぐために私と……」

 

 願ってもない話だ。間違いなくこれがリヒトを抱ける唯一の機会だろう。……ただ俺は女を抱くのは初めてな上に、今は明日への恐怖で心に余裕がない。だから……

 

「優しくできないかもしれないが……いいか?」

 

「はい。どうか激しく、主の思うがままにしてください」

 

 そう言うやいなやリヒトは勢いよく俺の口に自身の唇を近づけ、そのまま俺たちは口づけを交わす。

 しばらくの間口内で互いの舌と舌を絡ませるとどちらともなく口を離し、互いの口から糸が引き、下に垂れ落ちる。

 

「……主、来てください」

 

「ああ」

 

 

 

 

 

 

 グランダム近くの上空を覆う、暗雲の上には《聖王のゆりかご》が浮かんでいる。そのゆりかごの中では……。

 

 

 玉座の間と呼ばれている部屋と違って明かり一つない暗い空間の中、いくつか空中に浮かんでいる板のような薄いガラスの床の上に、黒いシスター服とフードをまとったシスターが立っていた。

 彼女の目の前には量子モニターと呼ばれている枠が現れており、そこには中枢王家に属する王が映っていた。

 

「現在、ゆりかごは休止状態のまま、月から降り注いでくる魔力を取り込んでエネルギーとして充填させているところです。今夜中には王都だけでなく、グランダム各地を消滅させるには充分なエネルギーが溜まるかと。……しかしよろしいのですか? グランダム王は各国の王侯貴族に莫大な債権を抱えています。あの王を亡き者にすれば、その債務はすべて戦勝国である聖王連合が抱えることになってしまいますが」

 

『構わん。債権とやらは面倒だが、完成間近の闇の書を持つグランダム王をこれ以上放置しておくわけにはいかん。それにグランダムを落とせば豊かになったグランダムと、いまだに都市としてはベルカ一の規模を持つリヴォルタが手に入る。そのうえ、もしもグランダム王が降伏すれば闇の書も我々のものになる。それに比べれば債権など安いものだよ。少なくはない額だが我々中枢王家が分担すればどうにかなるしな。……ところで聖王陛下の方はどうだ?』

 

 王の問いに、シスターは表情一つ変えず、聖王がいる部屋に視線を向けて言った。

 

「コントゥアを消滅させてから陛下には自室でお休みいただいています。攻撃の予定がない日まで玉座に座らせて、無駄に命をすり減らしてもらう訳にもいきませんので」

 

『結構。では明日は頼むぞ。陛下は以前にグランダム王やその騎士たちと友好を結んでいたことがあったと聞く。くれぐれも陛下から目を離すな』

 

「はい」

 

 

 

 

 

 

 ゆりかご内の一室にて、オリヴィエはベッドの上に横になりながらただ願う。

 

(ケント様……どうか降伏して闇の書を私に……でないとゆりかごの主砲がグランダムを)

 

 

 

 

 

 いよいよ明日、グランダム王国とベルカの運命が決まる!




 ケントとリヒトの営みについては18禁版を作ってそこに載せます。本筋には影響しないように努めますので、18歳未満の読者様と性描写に抵抗感を持つ読者様はそのまま次回までお待ちください。
 もちろんそうでない読者様はどうぞ見て行ってください。書き終わったら18禁版へのリンクを載せます。なお性描写は初めてですので過度な期待はしないでください。
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