第6話 守護騎士に与えられた生活 前編
ケント・α・F・プリムスが国王に即位する前日、彼に続いてヴォルケンリッターはグランダム王宮の門をくぐった。そして……。
「こちらがシグナム様、シャマル様、ヴィータ様のお部屋になります」
「……」
シグナムたち守護騎士の女性陣は
今より結構前に、白一点のザフィーラが他の侍女にどこかへ連れていかれたが、彼もおそらく別の部屋へ案内されたのだろう。
クローゼット、棚、柔らかそうな毛布、大きいテーブル。座り心地のよさそうなソファ、爛々とともり部屋を照らす蝋燭、暖炉、退屈しのぎができるように十冊くらいの本、トランプ、チェス、ティーセット、つまみの菓子が少々、さらに少し歩いてみると洗面所、お手洗い。
どれもほとんどの主からは与えられなかったものだ。
守護騎士を人間扱いしてくれる数少ない主も、施してくれるのは最低限で、ここまで快適な家具を揃えてくれたのは初めてだ。
「それではわたくしは他のお役目に戻らせていただきますが、何かご質問は?」
「「「……」」」
侍女が声をかけても、三人はまじまじと部屋を眺めてばかりだった。
「あの……シグナム様?」
侍女が少し声を張り上げて、代表格らしきシグナムに声をかけると、シグナムと他の二人も侍女に意識を戻した。
「あっ、ああ、すまない。何だろう?」
ようやく応答を返したシグナムに、侍女は怪訝な反応を押し殺しながら。
「いえ……この部屋に関してご質問は?」
「いや、大丈夫だ。ありがたく使わせてもらう」
「どうぞごゆるりと。本日の夕餉は戦勝祝いの宴が催されますので、お時間が来たら使用人がうかがいに来ます。ご不足のものとご不満がおありでしたら、我々使用人になんなりとお申し付けくださいませ」
長々とそれだけ言って深く一礼してから、侍女は部屋から退出していった。
そして扉が閉まってから、ヴィータは二人に聞いた。
「ゆうげって何だ?」
「宴がどうこう言ってたから夕食の事かもな」
「でしょうね。ザフィーラともそこで会えるでしょう。彼なら大丈夫だと思うけど、その時にどうしていたか聞いてみるわ」
「ふーん……」
シグナムとシャマルに教えてもらって、それに空返事を返しながらヴィータはあるところに視線を移す。
そして。
「うぉっ! 跳ねる跳ねる!」
毛布に飛び込んで何度か跳ね上がった。
そんなヴィータを見て二人は。
((そんなに柔らかいのか!!))
結構うらやましく思う。しかし自分たちまで彼女みたいなことをするわけにはいかないと、強く自分を戒めた。
それから三人は菓子をつまんだり紅茶を淹れたりして過ごし、そのうちシグナムとシャマルは備え付けられた本を読み、ヴィータはチェスの駒やトランプのカードをいじったりしてたがすぐ飽き、ソファに身を沈めていた。
さらにその後、先ほど言われた通り侍女が三人を宴の場まで案内しに来て、そこでザフィーラと合流し、彼も自分の部屋へ案内されていたという話を聞いた。
彼は守護騎士で唯一男のため、三人とは別の部屋を割り当てられることは決まっていたものの、闇の書が召喚した騎士という噂が既に流れてるうえに、人間とは違う耳と尾があるため、同室を心から受け入れそうな兵が見つからず、ザフィーラのみ個室という一介の騎士――しかも叙勲は明日――としては異例の待遇になった。
そして半刻ほど経って訪れたケントから、宴の始まりの挨拶と共に戦での健闘ぶりをたたえられ、彼や周りの将校たちから大きな拍手を送られながら、シグナムは他の三人同様戸惑いながらも更なる活躍をその場で誓った。
◆
そして翌日、ケントはグランダム国王に即位し、守護騎士四人は国王専任の騎士に叙勲され、平時は王宮に留まることになる。
それから一週間ほど経った頃、王となったケントは。
「……~~」
ある程度読み進めて伸びをする。
王になったら謁見や会議ばかりになると思っていたが、これでは王子だった頃と変わらないな。
俺は現在自室で闇の書に蒐集され、頁に書かれた魔法の理論や記述式を読み解いていた。
こうして魔法式を理解すれば、頁を消費せずに蒐集された魔法が使えるようになるらしい。つまり今までの魔法の勉学と変わらない。
政務と呼べる仕事も当然あったが、おもに急ぐべきことはディーノとの戦の事後処理で、戦死した兵の家族への補償、兵力補充のための兵役条件および報奨の見直し、グランダムを拠点として戦時となればすぐにでも徴発できそうな傭兵団の確認が主で、宰相の助けもあって予想より早く終わらせることが出来た。
若く見えるが父の代から働き、グランダムの独立を維持してきただけあって、宰相の手腕は驚かされるものがある。
それらの処理のために必要な財源は、新たに領土となった旧ディーノから収められてくるようになった税で賄えた。帝国と独立国の中継地点ということで、軍事関連で結構潤っていたらしい。
ありがたい反面、そんな属国をあっさり明け渡した帝国の思惑が図れない。しかし、それは帝国の自信や自尊からくる施しのようにも思えた。
得体の知れなさでいったら、国一つ隔てた
とにかくそれらの政務を終わらせた俺が、今のうちにでも出来ることを宰相やヴォルケンリッターの参謀役シャマルと相談した結果、シャマルから教えられたのが、闇の書が蒐集した魔法の学習による完全習得である。
そうして俺は宰相から勉学の続きを言いつけられ、闇の書に向かっている。
しかし人間から蒐集するという残酷な面もあるが、こうして教書として使っていると普通の本と変わらない。
ゆえに闇の書は、元は魔法の術や式を記述してくための本として作られたが、蒐集機能、守護騎士の召喚、最終的に記述されるだろう膨大な魔法の数に所有者が溺れ、神聖視されるようになったのではないかと俺は推測している。元は違う名前だったのかもしれない。
さて、かなりの範囲を凍らせる冷却魔法も習得したことだし一息つくか。活字ばかり目にした後はあそこに限る。
◆
「~~♪」
勉学の後によく来る中庭には先客がいた。
その先客殿は中央に生えている樹の周りに生い茂っている芝生に寝転がり、蝶が止まっている自分の人差し指の先を見つめて笑みを浮かべ、鼻歌まで歌っている。
ヴォルケンリッター最年少(?)の騎士、ヴィータだ。
戦時は物騒なことを言うことがしばしばあるが、その姿を見てると年相応だなと思う。俺に対する態度も反抗期というやつかもしれない。
そうしてヴィータが蝶と戯れながらつたない歌を披露している光景を、しばらく暖かく見ていると。
「~♪ ――あっ! ……」
歌に入れ込みノリで顔をこちら側に向けてきたヴィータが俺に気付いた。
「やあっ!」
「――てめえ!! いつからそこにいた!?」
片手を上げて挨拶する俺に、ヴィータは急いで起き上がり大声で怒鳴ってきた。しかし、蝶が止まったままの人差し指を伸ばしながらなのでかなり締まらない。
「そうだな。俺が来た時にはもう蝶を指に乗せて歌ってたから、そこからしばらくとしか」
「そうか。お前が来た時にはそこまで……》じゃねえよ!! 人がくつろいでるところをじっと見続けてんじゃねえ!! ……あっ!」
二度目の怒鳴り声でとうとう蝶が逃げてしまい、ヴィータはつい気を落とした声をあげた。
そして空になった右手を持て余したのか、その手で頭をかき始めた。
「くそっ、いつもはもっと遅くなってから来るって聞いて、実際今までそうだったのに……それじゃああたしはもう部屋に戻るから今度は主が過ごせば。じゃあ」
そうぼやきながらヴィータは腰を上げて、ここから去ろうとする。俺は思わずヴィータを呼び止めた。
「おいおい! 別にヴィータもここにいていいんだぞ。おかげでなかなかいい絵と歌を堪能させてもらったしな」
「忘れろ!! 即刻! 永遠に!!」
そう怒鳴ってからヴィータは肩で息をする。
からかうのもここまでにしておくか。
「……で、戻ってどうする気だ? どうせ俺と同じように部屋にいるのが飽きた口だろう」
「一緒にすんな!(その通りだけど)……ソファって椅子にでも座ってるさ。言っとくけど文句があるわけじゃないからな。今までの主が用意したとこよりはずっとましだよ」
「城の見回りのために常駐している兵士にあてがわれるくらい、この城ではありふれた部屋なんだけどな。前の主は平民とかだったのか?」
俺がそう言った瞬間、ヴィータは不機嫌そうに曲がった口はそのままに、目の輝きがいくらかなくなったように見えた。
「……そんな主もいたな。でも、どっかの領主だったり、闇の書を利用してそれをあがめる宗教立ち上げたりして金をかき集めた奴もいたよ」
「……? ならばあれくらいの部屋なんて簡単に用意できるだろう」
怪訝に思いながらそう言う俺に、ヴィータは首を横に振った。
「あたしら守護騎士は人間じゃないんだ。闇の書が生み出した得体のしれない怪物。教祖になった主は天の騎士とかうそぶいてたけど、本心は他の主と変わらない。実際どんなとこに入れられても風邪もひかないし、ひいたとしてもすぐ再生するしね。最低限の食事を与えて死なないようにしとけば何でもよかったのさ」
「――なっ!?」
ヴィータたち守護騎士が置かれていた、粗悪な環境に絶句する。再生とか気になることを言ってたが、今は置いておく。
「その主たちはどうしたんだ? 逃げ出してきたのか、それとも……」
その問いにヴィータは大きく首を横に振った。
「いいや、気が付いたらいなくなっていた。そして新しい奴が主になって同じような扱いをされて……それの繰り返しさ」
「……?」
急にいなくなった? 闇の書を手放したということか? 強大な力が手に入ると言われたり、実際に富を得たりした者がいるのに?
違和感を覚える俺の考えはヴィータにも伝わったらしいが、彼女は推測を立てる様子さえなかった。ヴィータ自身も同じ疑問を抱いているのだろうか?
「……まっ、そういう訳であたしらには最低限の物しか与えないのが、主としては普通らしい。だからあんたが突然あたしらを地下に放り出しても、不思議に思わないし恨み言を言うつもりもねえよ」
「俺はそんなことはしない!」
俺は思わずヴィータにそう言った。
あっけにとられた顔をしたヴィータが俺の方をまじまじと見て、気恥ずかしさが込みあがってきたが撤回する気は毛頭ない。しかし……
「どうだかな」
信じられるかと言う代わりにヴィータはぷいと顔を背ける。
そんな彼女を見ているうちに、さっきまで恥ずかしさで熱くなっていた頭も次第に冷めてきて、冷静になって考えてみる。
今まで守護騎士たちは前までの主たちに散々劣悪な扱いを受けてきたんだ。そこへ俺だけは違うなんて言っても信用されるわけがない。ならば……そうだ!
しばらく考えた末に俺はふとあることを思いつく。
「久しぶりに探検するか」
「はっ?」
突然そんなことを言われたヴィータは、思わず俺に聞き返してきた。それにかまわず俺は話を続ける。
「城の中を探検するんだ。子供の時はよくしていたんだが、ここ数年は自室とこの庭の往復ばかりだった」
「じゃあ何で今やるんだよ!?」
「数年も経てばいろいろ変わっているところがあるかもしれないだろう。他の守護騎士の様子も気になっていたところだ。シグナムとかも部屋でじっとしているとは思えない」
「ああ、わかるか。あいつならどっかで素振りでもしてるのは間違いないな。シャマルも普段は本を読んでたけど、最近ちょくちょく部屋からいなくなるようになったな。ザフィーラももしかしたらあの姿で……」
ほう、シグナムとザフィーラはやはりと思ったが、シャマルは意外だ。戦術書でも借りて読み漁っているのかと思っていた。
ともあれ、ヴィータも気になってはいるらしい。
「じゃあ行こう! 城の皆には言いつけてあるが、万が一他の守護騎士が誰かと険悪になっていたりしていたらヴィータも嫌だろう。ここは前までよりはましな環境らしいからな、できるだけもっと居心地よくしてやりたい。ただ、俺は守護騎士たちの事はまだ知らない。ヴィータにもついて来てもらった方が助かる」
「ちっ、わあったよ。でも、他のみんなの様子を見たら、あたしはすぐ部屋に戻るからな」
「ああ。では早速行こう。とりあえずシグナムがいそうなところはもう予想がついてる」
「癪だけどその予想は当たってるだろうな。間違いなくあそこだろう」
言葉だけで信じてもらえないなら、行動で信用を得ていけばいい。
そのためにまずは騎士たちが不自由を感じていないか、城での生活を楽しむことができているか確かめて回るとしよう。
こうして俺とヴィータによる、守護騎士たちのこの城での生活ぶりを調べるための探検が始まった。