グランダムの愚王   作:ヒアデス

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第79話 願い

「……ここは……」

 

 ふと気が付くとそこは白い空間だった。

 右も左も上も下も何もかもが白くて、当然天井も大地もない。でも飛行魔法を使った時のような浮遊感もない。そんな不思議な空間だった。

 肌に接触している感触を何も感じないことからもしやと思って自分の体を見下したら、自分の体は服を身につけていない状態、つまり真っ裸だった。

 ……俺は確か聖王のゆりかごの魔力砲から発射された光を浴びて……気が付いたらここに?

 どこだここは? なんで俺はこんなとこに……いや、本当はもう気が付いている。おそらく俺はもう……。

 

「我が主」

 

 ふと声がして俺は前を見ておもわず声を上げた。

 

「――リヒト!」

 

 いつの間にかそこには俺とともに魔力砲の光を浴びたリヒトがいた。俺と同様その体には何も身に付けてはいない。右腕や両足に巻き付いていた革帯(ベルト)も、両頬と左腕にあった赤いラインももうなくなっている。

 そんなリヒトを見てようやく俺はその事実を受け入れた。

 

「……そうか。俺は……俺たちは死んだんだな。あの魔力砲によって」

 

「はい、その通りです。もっとも、私は夜天の魔導書とともに再び蘇ることになるでしょうが」

 

 顔を曇らせながらリヒトはそう答えた。

 そんな彼女に俺は問いかける。

 

「守護騎士たちは? 夜天の魔導書が消滅したらあいつらもベルカにはいられなくなると聞いたが?」

 

「ええ。ほどなく騎士たちもあの世界から消失して魔導書に還ってくるはずです。ここに来るようなことはないと思いますが」

 

「そうか、それは残念なような安心したような。あいつらには謝れるものなら謝りたいところだが、こんな格好でとなるとさすがにな……」

 

「確かにそれは恥ずかしそうですね。少し見てみたい気もしますが」

 

 そう言ってリヒトはクスクスと笑うが、またすぐに笑みを消してしまう。

 そして彼女はおもむろに俺に頭を下げて言った。

 

「主、申し訳ありません! 夜天の魔導書のせいで――私のせいで、主に自らを犠牲にすることを強いてしまった……私はあなたになんとお詫びすればいいのか――!」

 

「いいや、それは違う」

 

 涙を流しながら頭を垂れて謝るリヒトに俺はそう言って彼女の肩に手をかける。それにつられて彼女は顔を上げて俺を見た。その目からはまだ涙が流れている。

 

「あれは全部俺が決めてやったことだ。ゆりかごの魔力砲で暴走寸前だった夜天の魔導書を俺ごと消滅させるということを考え、そうなるようにオリヴィエを誘導したのは――全部俺なんだよ」

 

 

 

 

 

 聖王のゆりかごを利用して自分ごと夜天の魔導書を消滅させる。すべてはそのためにやったことだった。

 

 そのために俺はまず守護騎士から騎士の位を取り上げ王都から追放した。

 騎士たちに俺が考えていることを知られたら、あいつらは間違いなく俺を止めようとするだろう。そうなったら騎士たちに夜天の魔導書の真実を伝えざるを得なくなる。

 この後も新たな主の下で頁の蒐集に加担させられる騎士たちを思えばそんなことはできない。もっとも騎士たちがそれを知ったところで、次の主のもとへ行く頃にはすべて忘れるようになっているのではないかと俺は見ているのだが。

 とにかく守護騎士たちに邪魔をさせるわけにはいかない。それを防ぐにはあいつらを王都から追放するのが一番確実だった。それもあいつらに憎まれるように仕向けたうえで。

 シグナムたちから騎士の位を取り上げたのもそのためだ。それに万が一シグナムたちに騎士の位を与えたままにすればその権限を利用して、俺のもとへと戻ってきかねない。念には念を入れておく必要があった。

 そしてさらに俺は、守護騎士たちに加えてティッタとイクス、リヒトも王都から追放することにした。守護騎士たちとともに俺を止めようとするだろうティッタの動きを封じる必要もあったし、俺がいなくなった後に備えてイクスを誰かに預ける必要があった。

 そして何よりみんなを巻き込みたくなかった……巻き込みたくは()()()()

 

 そして今日、聖王のゆりかごが王都に迫り、あわや王都に向けて魔力砲が発射されるところで俺は姿を現した。当時の民から吸い上げた税によって作られた豪奢なマントを着た、暴君に相応しい恰好で。

 そして俺はオリヴィエを挑発しながら今までの戦で蒐集した魔法とそれらの戦をすべて仕組んだかのような言い方で民の不信をあおり、最後は王都の民の命で闇の書を完成させると告げて魔力砲の矛先が俺に向かうように仕向けた。

 その結果、聖王が放った魔力砲によって夜天の魔導書とその主は消滅し、ベルカは()()()()滅亡を免れた。

 これが最良だったのかは分からない。もっと他にいい方法があったのかもしれない。現にこんな方法を取ったせいで――!

 

 

 

 

 

「すまないリヒト」

 

「主?」

 

 おもむろにリヒトを抱きしめて謝る俺に彼女は怪訝そうな声を上げる。それに構わず俺は続ける。

 

「すまない……君を巻き込んでしまって……夜天の魔導書を貶めてしまって、本当にごめん」

 

 結局俺は一人では何もできず彼女を死地に巻き込むことを選び、あまつさえ夜天の魔導書を暴君の凶器、忌まわしい闇の書として穢してしまうことになった。

 そう思うと情けなくて申し訳なくて涙が出てくる。

 そんな俺にリヒトは、

 

「や、やめてください主! それこそ私が望んでやったことです。主がああしてくださったからこそ、夜天の魔導書は故郷であるベルカを滅ぼさずに済んだ。魔導書だってあなたを感謝こそすれ恨んではいません……主は十分やり遂げました。やり抜きました」

 

 リヒトも涙を流しながら俺を抱擁し頭を撫でながら言う。

 

「主ケント、あなたは私の自慢の主で……自慢の恋人(パートナー)です!」

 

 そう言われると嬉しい。初めてリヒトに恋人だと言ってもらえたのだから。この時初めて俺とリヒトは両想いになれたのかもしれない。

 でも……

 

「駄目だ。これじゃ駄目なんだ!」

 

「主?」

 

「確かに俺と君が犠牲になることで、夜天の魔導書は消滅してベルカはひとまず救われた。でもその結果オリヴィエはどうなる? 彼女に置き去りにされたクラウスやエレミアは? 俺たちはベルカを守ったのかもしれないが、それと引き換えに俺はあいつらを切り捨てることを選んだんだ!」

 

 できることならオリヴィエをゆりかごから助け出したかった。しかし今ではそれも叶わない。こうして肉体を失った今となってはもう。

 それに守護騎士やリヒトはこれからどうなる? また違う主のもとで彼らに酷使されながら闇の書の頁を集めていくのか? それが主と世界の破滅しか起こさないことも知らずに。

 結局俺は肝心なものを救うことができてないじゃないか!

 

「救いたい。次があったら、今度こそ俺は大切なものを救ってやりたい」

 

「主……」

 

 リヒトは俺の頭を撫でながらそれだけを口にした。何と声をかけていいものかわからないのだろう。

 そんな彼女に俺は言う。

 

「なあ、リヒトは知っているか? “闇の書”にはどんな願いもかなえる力があると」

 

「……ええ、よく知っています」

 

 あえて夜天の魔導書のことを“闇の書”と呼ぶ俺の言葉にリヒトは同意を示した。

 

 『闇の書』はどんな願いもかなえる魔法の本。

 子供の頃に俺が聞かされたのは、そんなおとぎ話のような言い伝えだった。

 大きくなるにつれて、闇の書とは持ち主に絶大な力をもたらす魔導書だという話ばかり聞くようになり忘れるようになったが、俺が子供の頃に聞いた話はそんなものだった。

 子供の頃は色々願ってたなぁ。父上が優しくなりますようにとか、母上が戻ってきますようにとか、宰相の年齢を教えて欲しいとか、ダスターが王子じゃなくなりますようにとか色々。

 でも今の俺なら……

 

「……もう一度」

 

「えっ……?」

 

 頭を撫でるリヒトの手が止まると同時に俺は頭を上げ、リヒトと向かい合う。

 

「もう一度機会が欲しい! もう一度機会をくれれば、俺は必ず大切なものや多くの人たちを救うことができる人間になってみせる! ……そして守護騎士たちやリヒト、お前たちを必ず闇の書の運命から救い出してみせる! ――絶対!」

 

「主……」

 

 リヒトはぽかんとした目で俺を見る。

 あまりに子供じみた言葉に呆れたか。しかし、リヒトは顔を赤くしながら、しばらくの間俺を見つめていた。まるで恋する乙女のように。

 やがてリヒトはふっと微笑んでいった。

 

「分かりました。“闇の書”としてその願いをかなえて差し上げましょう。魔導書は完成していないままですが、550ページ以上も集まっていればそれくらいの願いは叶えられるかもしれません……魔導書とともに生まれ変わるという願いくらいなら」

 

 リヒトのその言葉に俺はまさかと目を見張る。ダメ元どころかほとんど愚痴のようなものだったのに。

 本当に生まれ変わることなんてできるのか?

 案の定ただではいかないのだろう。リヒトは笑みを消して……

 

「でも、それがうまくいく可能性は限りなく低いですよ。おそらく何百回は破壊と再生を繰り返さないと……いえ、それでも主が生まれ変わる日が来るどうか。もしかしたらそんな日は来ないまま、いつの日か夜天の魔導書とともに滅びてしまうかも……」

 

 リヒトが言った最後の一言に俺は噴き出す。そんな俺をリヒトは怪訝そうに首を傾けるが。

 いやリヒト、お前の反応の方がおかしい。だって……

 

「滅びなんてそんな怖がるようなもんか。だって……もう一度死んでるんだぞ俺は」

 

 笑いながらそう言うとリヒトもふっと苦笑する。

 

「確かにそうかもしれませんね。……でもいいんですか? こうして安息が得られたのに、後はこのまま眠りについて夢を見るだけでいいのに」

 

「ああ。ここでうじうじ悩んでいるよりよっぽどましだ。それにひょっとしたらそこで頼もしい仲間ができるかもしれないしな。そいつらに会える機会を逃して、ここでぐーすか寝てたら絶対後悔する」

 

 俺の言葉にリヒトは仕方なさそうな笑みを浮かべた。

 

「分かりました。何十年後か何百年後かわかりませんが、騎士一同、またあなたにお会いできる日を楽しみにしています」

 

「ああ。その時を楽しみに待っていろ。それとリヒト、俺からも一ついいか?」

 

「何でしょう我が主?」

 

 その返事に俺は苦笑する。さっきから何度訂正しようと思ったことか。

 

「俺はもうお前たちの主じゃない。これから俺のことはケントと呼んでくれ……そう呼んで欲しい」

 

 そう言った途端、リヒトは困ったように目を泳がせる。

 

「た、確かにあなたは主ではなくなりましたけど。でも今まで主と呼んでいたから急に名前で呼べと言われても……」

 

「じゃあ次に会ったらそう呼んでくれ。練習する時間はたっぷりあるはずだ。俺が生まれ変われるようになるまで結構かかるんだろう?」

 

 リヒトはなおも何か言いたそうにしていたが、やがて観念したようにため息をつき、

 

「分かりました。何とか努力してみます。……では、そろそろお休みになられてください。生まれ変わるまでのしばしの間よい夢を……ケント」

 

「ああ。お休み。リヒト」

 

 俺はリヒトの体に包まれていく。

 やがて視界は真っ白になり俺の意識はそこで途切れた。

 

 

 

 

 

 

 ――主ケントの意思により、主ケントの身体データ、記憶データを魔導書内に書込(セーブ)

 

 ――主ケントの意識の消失と夜天の魔導書の修復を確認。主ケントを登録から抹消します。

 

 ――エラー! 所有者の身体データ、記憶データを保存している状態では登録の抹消を行うことができません。主ケントの身体データと記憶データを消去するか、登録の抹消を中止してください。

 

 ――登録抹消の中止は未推奨。主ケントを所有者として登録したままでは新たな所有者の登録が行えなくなります。

 

 ――主ケントのデータの消去をシステムに打診……消去不能。システムN-Hが消去を拒否しています。

 

 ――システムU-Dが打開策を提示。主ケントを《サブマスター》に登録した状態なら、新たな所有者を登録することが可能となります。

 

 ――主ケントをサブマスターに登録しました。並びに主ケントを所有者登録から抹消します。

 

 ――次の所有者の登録準備が完了しました。

 

 ――1000ベクサ先の次元に夜天の魔導書に適合する魔力資質を確認。転移を開始します。

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