グランダムの愚王   作:ヒアデス

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第81話 覇王(後)

 十年近く前、クラウスはゆりかごに乗るために聖王都へ戻ろうとするオリヴィエと戦い、完膚なきまでに叩きのめされ、去り行く彼女の背中を眺めることしかできなかった。

 その数日後に起こったグランダム事変の時も、外見も中身も大きく変貌したケントと彼の死を、クラウスはベッドの上で見ていることしかできなかった。

 

 そしてあの日以来、クラウスはすべてを憎むようになった。

 先聖王やオリヴィエを利用してゆりかごを動かそうとした中枢王家、連合に対して無益な戦を仕掛けた反連合や帝国、帝国を統べる皇帝ゼノヴィア、ケントの心を蝕んだ闇の書……そしてあろうことかオリヴィエを強くした、彼女の恩人であるはずのエレミアまで――!

 そんな弱い自分をクラウスは誰より憎んだ。強くなりたかった。

 そしてクラウスは心に決める。

 強くなろう。

 守るべきものを守れない悲しみを繰り返さない強さを手に入れ、ベルカの天地に覇をもって和を成せる王になろう。

 

 そう心に決めたクラウスはその後のすべての時間を戦と鍛錬に投げうった。

 しかし、クラウスはいまだにそのどちらもなしえたとは思っていない。

 自ら最前線に出て敵軍を屠っても、戦の度に味方に犠牲は出て、それを十年続けてもいまだにベルカの平定は果たされていない。

 故にクラウス自身にとって彼はまだ覇王ではない。シュトゥラの民やベルカ中の人々からどう呼ばれていようと、どれほどの国を取り込もうと、ベルカすべてに覇を敷き和を成せるまではまだ覇王を名乗ることはできない。

 

 

 

 

 

「フッ――フハハ!」

 

 ゼノヴィアは笑った。まるでクラウスが内心で吐露したことを読んだかのように、ゼノヴィアは笑った。

 クラウスはそれを黙って見ていた。笑いたければ笑うがいいと言うように。

 

「あれほど武功を重ね、あれほど多くの国を下して、このゼノヴィアに並び立って、己はまだ覇王でないと抜かすか。ハハハッ! 面白い、実に面白い男だ。……よかろう! その心意気と今までの健闘に敬意を表して、最大の技をもってそなたを討ち取るとしよう!」

 

 そう吼えながらゼノヴィアは立ち上がり、クラウスは身構える。

 そう、ゼノヴィアは本当の力を見せていない……固有技能をまだ使っていない。

 両腕を前に出して構えるクラウスを前にしながら、ゼノヴィアはおもむろに右手の指を宙に向けそこから雷を放った。

 

「――後退! 陛下が固有技能を使うぞ! 後退しろ―!」

 

 ゼノヴィアが宙に雷を放った途端、まわりでシュトゥラ兵と戦っていた帝国兵が突然ゼノヴィアの後ろまで下がり、または大きく左右に広がったのだ。あと一太刀でシュトゥラ兵にトドメを刺すところだった者も合図を見た途端、シュトゥラ兵に構わず一目散に逃げて行く。

 それを見てクラウスも気付いた。

 

「散れ! 皇帝が攻撃を仕掛けてくるぞ! 全員その場から散るんだ!!」

 

 クラウスもまたあらん限りの声を張り上げてそう指示する。だが、あえて逃げろとは言わなかった。そんなことを言えばシュトゥラ兵と帝国兵はそれを撤退命令と捉えてしまい、ゼノヴィアの攻撃をしのいでもシュトゥラ軍の士気は乱れこの戦いに勝利することは絶望的になってしまう。

 

 あちこちに散らばる自国の兵とシュトゥラ兵を意に介さずに、ゼノヴィアは持っている槍を真横に構えた。逃げることはできない。クラウスがその場から動いた瞬間にゼノヴィアは躊躇なく攻撃をしてくるだろう。それに、ここでゼノヴィアから逃げるようでは彼女に勝つことなどできない。

 クラウスは拳を構えたままその場に踏みとどまった。

 それを見てゼノヴィアは目をすがめ視線だけで問いかける。『固有技能は使わないのか?』と。

 クラウスはそれを読み取ったうえで首を縦にも横にも振らず、ただ相手の動きを注視していた。

 ……固有技能ならもうとっくに使っている。生まれた時から今この時まで常に欠かすことなく。

 

 クラウスが、そしてシュトゥラ王家が代々備える固有技能……それは『歴代の王たちが積み重ねた戦闘経験の記憶継承(刷り込み)』。

 この技能によってシュトゥラ王族は生まれながらに優れた資質と技能を持ち、それに驕らずさらに研鑽を重ねてきた。

 

 いわばクラウスの資質と力量こそが固有技能。それ以外の技能などない。

 クラウスにとって、この構えがゼノヴィアが放つであろう技に対抗できる唯一の手段。それを感じ取ったのかゼノヴィアは何も言わずに狙いを定めるようにクラウスをじっと見ながら槍を引き、クラウスも右掌を開いて右腕を後ろに引いた。

 

 ゼノヴィアが槍を引いた瞬間、彼女の全身からおびただしい電流が流れそれは瞬く間に彼女が持つ巨大槍の先端に集まる。

 

「雷帝原式……」

 

 目もくらむような光の中で彼女の口が動いた。

 

「シュトゥラ流……」

 

 それに対してクラウスも後ろに引いた右掌に赤色の魔力光を集めて言った。

 

殲滅雷(フェアニッヒトゥング・ドナー)!!」

「断空拳!!」

 

 ゼノヴィアは槍を前に突き出し、クラウスは開いたままの右掌を前に突き出した。

 

 次の瞬間、ゼノヴィアの槍から巨大な光の柱が伸びて、クラウスは右腕を前に伸ばしたまま光に包まれていった。

 

「おおおおお!」

 

 

 

 

 

 これは余談であり未来の話になるが、シュトゥラ王家の固有技能は『クラウスの記憶と戦闘技能の記憶継承』に変容したうえでクラウスの娘に受け継がれ、さらにその子孫に代々引き継がれていくことになるものの、子孫たちに引き継がれたクラウスの記憶はこの瞬間で途切れている。

 当然だろう。もしゼノヴィアの一撃を受けた記憶まで明確に脳裏に刻んでしまったらその時点でショック死してしまいかねない。

 

 だから歴史上でも、クラウスの子孫たちが知る限りでも、覇王クラウスはここで死んだことになっている。()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 ゼノヴィアが握っている槍からは今なお光が放出し続けている。その量も大きさも密度もかつてシグナムたちが受けたものとは比べ物にならず、クラウスを飲み込んだ光は地面を大きくえぐりながらそのまま遠くにそびえ立つ岩山にまで達し、大きく穴が開いた山はみるみる崩れ落ちていった。

 

 ゼノヴィアは自身の固有技能“完全な変換資質”によって自身が敵から受け、敵に与えた衝撃のほとんどを電気エネルギーに変換して体内に蓄積することができる。

 ゼノヴィアはクラウスと相まみえるまでに数万ものシュトゥラ兵を討ち取り、自身もそれなりの衝撃を受けてきた。そして、クラウスとの戦いでは互いの得物を激しくぶつけ合い、お互い何度か相手に大きなダメージを与えている。

 それらの衝撃をゼノヴィアは自身の固有技能によって体内に凝縮し丸ごと撃ち出したのだ。ゆりかごに乗り聖王の鎧の力を遺憾なく発揮できる状態のオリヴィエでもこの技を防ぎ切ることはできないだろう。

 ゆえにこの技は歴代皇帝が槍を得物としていることと、唯一《聖王の鎧》に対抗できる武器として《雷帝の槍》と呼ばれている。

 

 かすっただけでも四肢のいずれかは蒸発し大量出血かショック死で死にかねない技だ。それをまともに浴びたのだ。跡形もなくなっていてもおかしくない。この時ばかりはゼノヴィアといえどもクラウスの死を確信するしかなかった。

 ゼノヴィアは光を放出しきった槍を上に向け、クラウスの健闘を心から讃えた。

 

――よくぞこの技を前にして逃げようとせず、諦めようともせずに向かってきた。自身が思う覇王には至らずともそなたは余が今まであってきた敵の中でもっとも強く、最も勇敢な武人(もののふ)であった。最後の最後でそなたのような男と戦えたのを嬉しく思――

 

まだだっ!

 

 胸中で呟いた弔いの言葉に被せられたその声にゼノヴィアはまさかと思って前を見て目を見開いた。

 

 そこには光に飲み込まれていたクラウスが立っていたのだ。服と皮膚はあちこちが焦げており閉じられた左眼からは血が流れ出ていた。もう潰れてしまっているのかもしれない。

 しかしそれでもこれは信じられない光景だ。先ほども言ったように加減なしの雷帝の槍をまともに喰らった者は跡形もなく消滅してしまうはずなのだから。

 そしてさらに信じられないことに、クラウスはその場に倒れるどころかゼノヴィアに向かって――

 

「あああああ!!」

「――っ! 」

 

 クラウスはその場から一気に駆け出して、ゼノヴィアの眼前に迫り油断しきっていた彼女の顔を思い切り殴りつける。

 それに対しゼノヴィアは槍を振るいクラウスを払いのけようとした。

 だがクラウスは自身に迫る槍を拳で殴りつけ、空いた手でゼノヴィアの顔をもう一度殴る。その拍子に彼女の口から血痰と歯が落ちた。

 ゼノヴィアはクラウスの腹を蹴り上げ彼を自身から引きはがし、蹴られたクラウスは地面に落ちるが受け身を取って横体をさらすことなく立ち上がり、ゼノヴィアと対峙する。

 そんなクラウスを見てゼノヴィアは……

 

「ふ、ふふふ……ふはははははははは!」

 

 ゼノヴィアは突然狂ったような笑い声を上げ、槍を振り上げながら突っ込んでくる。

 クラウスに向けて振り下ろされる槍の穂先を、彼は魔力を込めた両の拳で受け止め逆にゼノヴィアに更なる打撃を与えんと拳を振るう。最初のときから一寸たりとも変わらないキレのある動きで。

 

「ふははははは!」

 

 そんな男と戦いながらゼノヴィアは再び狂笑を上げた。

 

――これだ! これこそが私が求めていたもの(戦い)だ! 私はこのような戦いを求めて今まで戦ってきたのだ!

 

 

 

 ゼノヴィアは幼い頃から武の才能に秀で、皇女の身でありながら武技の研鑽に打ち込みそれを見込んだ父によって将となるための教育を受けることが許された。思えば次兄と溝ができたのもその頃からだったかもしれない。

 来る日も来る日も修練に励み、多くの騎士や貴族を相手に槍を振るった。しかしゼノヴィアが負けたことは一度もなかった。

 そんな彼女が実戦を求めるようになるのは必然だった。敵兵との命を懸けた実戦ならば自分が満足できるほどの戦いができると信じて。

 しかしゼノヴィアの力は圧倒的すぎた。彼女が槍を一薙ぎするだけで十人以上の敵兵は全身を切り刻まれ、そのまわりにいる敵兵数十人は衝撃波で倒れ体勢を崩し残った敵兵は皆逃げてしまう。しかも彼女はそれでも全然本気を見せていない。

 当然ながらそれでゼノヴィアの気が収まるわけもなく彼女はさらに突き進み、他国へと押し入った。固有技能を持つ他国の王たち、そして古の大戦を制した英雄の末裔たる聖王と戦うために。

 そう考えたからこそゼノヴィアは父や兄亡き後皇帝になっても、周辺国への侵略を止めず聖王連合に迫り続けた。まだ見ぬ強敵を求めて。ただひたむきに。

 闇の書を持つグランダム王ケントを泳がせ、時に塩を送ってやったのもそのためだ。完成した闇の書を持つ主もまた自身と渡り合えるかもしれない相手だったからだ。

 だが聖王(オリヴィエ)闇の書の主(ケント)も自身と矛を交えることなく死んでしまった。

 ゼノヴィアにとってはこの時点で覇道に何の意味もなくなった。

 シュトゥラへと向かったのも、突然ぽっと現れ、ゆりかごの威を借りて勢力を広げる“覇王”と呼ばれている輩がどの程度のものか見てやろうというだけの気持ちだった。

 

 

 

 ところがこいつはどうだ?

 剣も槍も持たず素手で何万もの敵兵を薙ぎ払い、自分と互角以上に戦い、今まで多くの敵軍や城を滅ぼしてきた雷帝の槍を手のひらひとつでしのぐという馬鹿げたことをした挙句、全身ボロボロの状態にも関わらず今までより一段と激しい勢いと鋭い攻撃で自身を討たんと迫ってくるではないか。

 

――こいつだ! 私はこの男のような敵を探していたのだ! 最後の最後という時に私はようやく出会えたぞ!

 

 クラウスとゼノヴィアは己が武技や武術を駆使し、時にはそれらを捨ててひたすら拳と槍をぶつけ合う。

 そしてついにその時が来た。

 槍の穂先に入ったヒビに気付いたクラウスは渾身の力を込めてそこに向けて拳を叩きつける。

 すると案の定、槍の穂先から鋭い金属音とともに砕け落ちた。化け物同士の戦いに武器の方が耐えられなかったのだ。

 敵にトドメを刺すべくクラウスは手のひらを開きながら右腕を下げ――

 

「まだだぁっ!」

 

 その言葉とともにクラウスの胸に激痛と熱さが走る。

 クラウスの胸に突き刺さったのは折れた槍から砕け落ちた穂先からこぼれた刃だった。

 元が持ち主の身長以上はある巨大な槍の一部だったため、穂先だけでも結構な長さがあり、それを握っているゼノヴィアの右手から大量の血がとめどなく流れていた。

 しかしゼノヴィアは顔をわずかほどもしかめずに穂先を一層強く握りこんで、クラウスに斬りかかる。ゼノヴィアにとってこの程度のこと驚くに値しない。宿敵が瀕死の状態で平時以上の動きで戦っているのに比べたらこんなもの児戯に等しい。

 クラウスとゼノヴィアはお互い動く度に血をまき散らしながら拳と刃をぶつけ、時折相手に重い一撃を喰らわせ、それでも一切ほどの精彩を欠くことなくむしろ一層激しい勢いで攻め立てる。

 

 すべては“勝利”をこの手に掴むため!

 

 クラウスの拳がゼノヴィアの胸に深く入り、肋骨が粉々に砕け、折れた骨がまわりの臓器に突き刺さる。だが――

 

「まだだ!」

 

 ゼノヴィアの振るった刃がクラウスの胴に入り、肺の一つに一太刀入れる。だが――

 

「まだだ!」

 

 その場で気を失って――いや、死んでいなければおかしい深手を受けても、二人は血反吐を吐きながら地に立ち続ける。

 それどころか二人は研ぎ澄まされた精神を振り絞り、己が持つ最大の技をもう一度打とうとしている。

 

 ゼノヴィアは刃を真横に構え、クラウスは手のひらを開き右腕を後ろに引いた。

 ゼノヴィアの体から電流が流れ、それはコンマ数秒もかからず刃に集まっていく。先ほどよりはずっと小さいが、それでも一個小隊は一人残らず消し飛ぶほどはある。

 それに対して、クラウスも後ろに引いた右手に再び魔力光を集める。その輝きは先ほどと遜色ない。

 二人は互いにその技の名を唱える。

 

殲滅雷(フェアニッヒトゥング・ドナー)!」

「断空拳!」

 

 ゼノヴィアとクラウスは互いに刃と手のひらを突き出した。

 

 ゼノヴィアの槍から光の柱が伸びクラウスに向かって突き進んでいく。

 そして今度はゼノヴィアにも見えた。クラウスの開かれた右手が光を切り分けていくのを。

 満身創痍もいいところ、もはやいつ死んでもおかしくない身でそれをやってのけているのだ。一度出来たことが二度できないはずがないという馬鹿げた理屈(精神論)によって。

 そんなクラウスを見てゼノヴィアは歓喜する。

 

――そうだ! 我が宿敵ならそれくらいのことはやって見せなくては! それでこそ倒しがいがあるというものだ!

 

 自身を飲み込まんとする光の奔流を防ぎながら、クラウスは前を駆ける。

 

 なんとしても倒さねばならない大敵がそこにいるから!

 

 ゼノヴィアの刃が光を出し切ると同時にクラウスは地を蹴り、ゼノヴィアに向かって飛びかかった。その右掌には今も赤い魔力光に包まれている。

 ゼノヴィアは刃を構える。今度は彼女にも分かっていた。我が宿敵ならばあれくらい必ず突っ切ってくると確信していた。

 

「あああああ!!」

「おおおおお!!」

 

 

 

 そしてとうとうその時は訪れる。

 クラウスが繰り出した掌打がゼノヴィアの体を深々と貫き、心臓を破砕したのだ。

 それを感じ取ってゼノヴィアはフッと笑みを浮かべる。実に満足そうな表情で。

 

「……完敗だ……私の負けだクラウス……そなたこそ何者も叶わぬ最強の王…覇王にふさわしき者……これからはその力を持ってすべての国を飲み込み……聖王も余もグランダム王も成しえなかったベルカ統一を成し遂げるがよい」

 

「……そんな時間があったらな」

 

 ゼノヴィアの賛辞にクラウスはそれだけを返す。

 ゼノヴィアが突き出した刃はクラウスの胴に深々と入っていた。十分な致命傷だ……もう助からない。

 それを分かったうえでゼノヴィアは自らの敗北を認めクラウスを称えた。心臓を破ったか破れなかったか、それだけの差でもゼノヴィアにとっては明白な勝敗の差だった。

 ゼノヴィアとクラウスはそれを最後に折り重なるように地面に倒れ、そのままピクリと動くことはなかった。

 

 

 

 

 

 それから間もなく両国の兵によって二人の遺体は発見され、シュトゥラ王国とダールグリュン帝国の戦は終結した。

 この戦いの後、元首を失ったダールグリュン帝国とシュトゥラ王国は聖王連合の統治下に入り、その歴史に幕を閉じることとなった。

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