ゼノヴィアがクラウスと相打ちを遂げてから、ダールグリュン帝国も他国同様解体し、その本土は聖王連合の領土となった。だが、生き残った帝国の貴族たちは連合に帰順することでそのまま各地を治め続けている。
ゼノヴィアの遠縁たるダールグリュン家もその一つである。
ダールグリュン邸。
邸宅内にある客室の前に長い金髪の女性と燕尾服を着た赤毛の執事がやって来て、金髪の女性は客室の扉の前に立ち扉を軽く何度か叩く。
すると中から「はい」という声が返ってきた。
「エリザです。これからお茶をするのだけれどよかったらご一緒にどうかしら?」
「あっ、もうそんな時間か。ありがとう。開いてるから遠慮なく入って来てよ」
それを聞いてエリザは言われた通りに扉を開ける。
客室では、黒い服とマントを着た長い黒髪の女性が机に腰かけていた。先ほどまで書き物をしていたらしく、机の上には羽ペンと何枚かの紙が置かれてある。
「相変わらず仕事熱心ですねヴィルフリッドさん。今度は何を書いていらっしゃるんです? 帝国の文化の記録かしら? それとも次代に伝える技の記述?」
「いや違うよ。これは教育内容や学習過程をまとめた計画書の草案……ほら、リヴォルタの領主様から、向こうで新しく作られる学び舎の講師をしてくれないか頼まれてるって話をこの前しただろう。そのためのね」
「ああ、平民の子供たちを対象にする例のあれ。本当にお受けになるのですか? シュトゥラ学術院で教鞭をとっていたあなたには物足りない仕事だと思うのだけれど」
「ははっ、そんなことないよ。あっちの生徒はみんな真面目で元々優秀な人たちばかりだったから、僕なんていてもいなくても大して変わりなかった。何ヶ月間留守にしても支障はなかったくらいだしね。でも今度はそうはいかない。自由奔放な子供たちが相手だからね、学術院と違ってかなり大変な仕事になると思う」
「確かにそれは言えますね。しつけができてないかもしれない子供たちを集めた学び舎で教育なんてできるのか、私にもわかりませんもの」
エリザの言葉にエレミアは苦笑いを浮かべるしかなかった。エリザが言っていることには貴族ならではの偏見もあるが、否定できないところもある。
貴族の家に比べたら、平民の家は子供をしつける余裕がないところが多い。そのため彼女のような貴族から見れば、平民は粗野な者ばかりだという印象を抱きがちなのだ。
それでもエリザはまだ理解がある方だ。彼女でない多くの貴族ならば、今もまだ強硬に反対し続けるに違いない。もっともこの話を持ち掛けたのが“彼女”でなければ、エリザでもいまだに反対していただろうが。
「……ではもう少ししたらリヴォルタへ行ってしまわれるのですね?」
「うん。学士としては世の中に貢献できる機会だし、やりがいもありそうな仕事だからね。それにあっちの領主様……ティッタさんとはいろいろ話したいこともあるんだ」
「そうですか。寂しくなりますね。あなたとはもっとお話ししたり一緒に鍛錬したかったのに」
「別にずっとあっちにいるわけじゃないよ。機会があったらまた戻ってくるさ」
儚げに笑うエリザにエレミアも笑みを返しながらそう言った。
二人がそんな会話を交わしている間にジェフはお茶の準備を終えており、彼に呼びかけられて二人は紅茶と茶菓子が置かれている卓についた。
ヴィルフリッド・エレミアは十年前からつい最近まで、ほとんどゼーゲブレヒト城から出られない日々が続いていた。聖王国内であれば聖王代行などの許可があれば外出は可能だったものの、常に監視が付けられていた。エレミアなら監視を倒すなり振り切って逃げることも可能ではあったが、同じくゼーゲブレヒト城にいる二人の侍女を考えるとそうするわけにはいかなかった。
しかしシュトゥラ王クラウスが死亡してすぐに暇を出され、二人の侍女とともにゼーゲブレヒト城を追い出された。
エレミアとしてもオリヴィエがいなくなった以上聖王国に留まる気は毛頭なく、これを機に聖王国を出てまだ見ぬ土地へと旅立つことにした。十四年もの長い付き合いになる二人の侍女とともに。
そして今、エレミアと侍女たちは、食客としてダールグリュン家の世話になっている。
配膳を済ませたジェフが部屋の前まで下がってから、エリザとエレミアは卓で紅茶を口に運んだり菓子をつまんだりしながら茶飲み話に興じていた。
「……それにしても私の了承も得ずにヴィルフリッドさんを招聘するなんて、ティッタ様もまだまだ礼儀がなっていない方ですね。この十年もの間私が骨を折ったからこそ、グランダムは無事に債権を完済できたのだと教えて差し上げるべきかしら」
「骨を折ったって、債権売りたがっている人から買い集めてただけでしょう。しかもそれでかなり儲けたって聞いたけど」
「ええ、しっかり稼がせていただきましたとも。寄付ではないんですからこちらが利を得られるように動くのは当然です。それでも私が債権を集めたから債権がらみの騒動が起きずに済んだのですよ。ティッタ様だってそれくらいはわかってるでしょうに」
エリザの意見にエレミアはそれも一理あると思い、何も言わずに紅茶を口に含む。
十年前、オリヴィエがグランダムに対して宣戦布告を発して以来、グランダムが発行した債権を買い取った者たちは、自分たちが貸した金が返ってこないのではないかと懸念を抱いた。
そんな状況でもしもあのまま債権を各国の貴族や豪商が手にしたままだったら、彼らは債務不履行を恐れるあまり、自身が持つ債権に見合った物品や金銭をグランダムに要求していた可能性が高い状況だった。しかも連合はグランダムに高度な自治権を与える代わりに、それらについては一切関わろうとしない。
そんな中でエリザは各国の債権者たちに連絡を取り、彼らが持つ債権をそのまま自分が買い取ると申し出た。しかも彼らが買った時とまったく同じ値で。
それに彼らが飛びつかないわけがなくエリザは順当に債権を集めていき、数年もしないうちに彼女はゼノヴィアに次ぐ大口の債券保有者となって、莫大な利息をその手に収めた。
エリザはそうやって手にした金のほとんどを、食料保存技術への投資やミッドチルダの通貨への両替に充てている。ベルカ全土で起こっている食糧危機と連合が進めているミッドチルダへの移住に備えるために。
しかし、エリザが最初からそれを狙って債権を買い集めたのかは大いに疑問だ。
連合に取り込まれ国ではなくなったグランダムの立場は危うく、多くの債権者が危惧した通り本当に債務不履行に陥る可能性はあったため、リスクは非常に高かった。そんなリスクを冒した理由はやはり……。
「……ところで数年前にゆりかごが姿を消してから、聖王国を始め連合各国でゆりかごの聖王、オリヴィエを神のごとく崇拝している一派が現れているらしいけど……ヴィルフリッドさんはご存知かしら?」
「うん、知ってる。もうかなりの人たちがそれに感化されているみたい。あのぶんだとまだまだ信者は増えるんじゃないかな。何しろ聖王様が乗っていた船が何百年も続いた戦争を終わらせて世界を変えちゃったんだ。神話にしか出てこない神様なんかより、聖王様の方が神様みたいだって考える人も出てくるよ」
そう言ってエレミアは、彼女にしては珍しくずずっと音を立てて紅茶を飲み干す。明らかに不機嫌そうな様子だ。
「面白くなさそうですね。ご友人が神のように崇められているのに」
「面白いわけないだろう! ヴィヴィさ――オリヴィエは神様なんかじゃない。泣きもすれば笑いもする女の子だったんだ。それを万能の存在とか囃されても、僕みたいにあの子を知っている者からすればしらけるだけだ。……考えてみてよ。もしそんな扱いをされているのが雷帝様だったとしたら、エリザ様だって面白いと思わないんじゃない?」
エレミアの言葉にエリザはそれもそうねと思った。
自分の亡きおば――雷帝ゼノヴィアもベルカを掴みかけた覇王だった。もし彼女がベルカ統一を成し遂げたら、ゼノヴィアを崇める団体も現れたかもしれない。
確かにゼノヴィアは君主としても武人としても尊敬に値する人物ではある。しかしその一方で、彼女は兄殺しと望まずして得た帝位を嘆いていた悲しい人でもあり、自身と渡り合える強敵を求めて戦を繰り返してきた、強すぎるが故の哀れな人物でもあった。
そんなおばが神などと、本人がそれを聞いたら滑稽だと笑い捨てるだろう。
エリザはため息をついて……
「確かに少々大仰すぎますね。武神とかならあの方にぴったりですが……しかし話を戻しますけど、そんな教派が急速に勢力を広げているというのは穏やかではありませんね。やはりオスカー様やアデル様を始めとした、聖王家に連なる方々が姿を消すようになったせいかしら?」
「それはあると思うな。あの人たちがいたらオリヴィエを崇める教派が現れたとしても、ここまで拡大することはなかったと思う」
数年前に聖王のゆりかごが消失してからしばらくして、聖王家や中枢王家の人間が姿を消すようになった。特にオリヴィエに代わって聖王となるはずだった第一聖王子オスカーや、彼の妹にしてオリヴィエの姉にあたる第一聖王女アデルがその身を隠したことはベルカ中に大きな衝撃を与えた。
その真相はゼーゲブレヒト城にいたエレミアでさえ知らない。
オリヴィエの死とゆりかごに恐れをなして自ら姿をくらましたとも、ゆりかごを危険視した何者かによって消されたとも言われているが、どれも推測の域を出ないからだ。それにもし後者が真実だったとしたら、犯人や黒幕を知ってしまった時点で自分たちの身が危うくなる。
それを考えたらこの話にはあまり触れない方がいいのかもしれない。
「まっ、そんなこと僕らが話したって仕方ないでしょ。それよりエレン様は元気? 最近忙しくて会えなかったけど」
「ああ、あの子なら――」
「リッド~!」
エリザが何か言おうとしたところで急に扉が開き、二人はそちらに顔を向ける。
そこには背伸びして扉を押しながら部屋に入ってきている小さな子供がいた。
少し波打っている金髪はまだ短く、目の色は両方とも緑で子供用の白いドレスを着ている少女だ。
彼女を見てエリザは「噂をすれば」と小さくつぶやいた。
しかしそんなつぶやきなど気にも留めず、少女はエレミアに駆け寄ってくる。
「リッド、やっとみつけた! ずっとさがしてたんだよ」
「エレン様、久しぶり! 元気にしてた?」
「もちろん! リッドがおしごとしている間もがんばって習いごとしてたんだから」
「そっか、えらいえらい」
「その割にあまりマナーは見についてないようですけど。人様の部屋に入る前に必ずノックをしなさいと何度も言っているでしょう」
えらいと言いながら少女の頭を撫でるエレミアの横で、エリザはため息をついて少女に苦言を弄する。
そんなエリザを見て少女は小さな口を開いた。
「あっ、おかあさまいたんだ」
「実の母親に向かっていたんだとは何ですか! エレオノーラ、ちょっとそこに直りなさい!」
「まあまあ。エリザ様、エレン様はまだ小さいんだから」
「あああ! やっぱりここにいた!」
「恐れていた通りに」
娘を叱りつけようとするエリザをエレミアがなだめていると、慌てた様子で黒髪の侍女と赤毛の侍女が部屋に入ってくる。
その後ろで口に手を当てながら笑うジェフの姿があった。そんな彼をエリザはきっと睨みつけた。そこで見ていたのならノックをするように娘を注意しろと。そんなエリザの視線をジェフはさわやかな笑みで受け流した。
エレミアの部屋に入って来た三人のうち、最初に部屋に入ってきた少女の名はエレオノーラ。数年前にエリザとその夫との間に生まれた一人娘であり、エレミアや侍女たちなどからはエレンという愛称で呼ばれている。
残りの二人は、エレミアとともにダールグリュン家の世話になっている侍女たちだ。聖王国にいた時同様、二人は今もエレミアの侍女ということになっているが、この屋敷に来てからはこの通りもっぱらエレンの世話をしている。
一通りのいさかいを経てエリザとエレミアは席に戻り、エレンもエレミアの横に座ってぱくぱくと菓子をたいらげては、エリザから礼儀がなっていないと叱られエレミアが間に割って入る。
そんな三人を侍女たちはひやひやしながら、ジェフはほほえましそうに後ろから見守っていた。
そんな中で……
「ええー、リッドでていっちゃうのー?」
「うん。ちょっとお仕事でね。ごめんねエレン様」
「なんで外でおしごとしてくるの? この家にだってりっぱなしごとがあるじゃない。エレンの遊び相手ってりっぱなおしごとが。だからここにいてよ。リッドがいないとエレンつまんない~」
「エレオノーラ、わがままを言ってはいけません。それにヴィルフリッドさんの仕事は遊び相手じゃなくて、あなたの家庭教師でしょう」
エレンのたわごとにエリザは注意と突っ込みを入れる。
そんな母の苦言など聞く耳持たずにエレンは駄々をこね、エレミアは手を合わせてエレンに謝るだけだった。
エレミアがリヴォルタでの仕事を引き受けた理由の一つが、このエレンという教え子だった。
エレミアは家庭教師として時折エレンに勉強を教えており、非常に懐かれているのだが、エレミアは教師としては甘すぎるらしく、エレンからは先生もつけられず友達感覚で接されている。エレミアとしてはその方が嬉しいのだが、母親の言うことを聞かなくなったエレンを見ていると、自分が甘やかしたせいでこうなってしまったのではないかと罪悪感を感じながら、教師としての未熟さを改めて思い知った。そんなことでは後世に知識を伝えていく役目にも支障をきたすだろう。
子供たち相手の教師の仕事を受けることにしたのも、学士として精進を重ねるためだ。
一方で、エリザはエレミアが未熟だとは思っていない。
エレミアたちが来る前から、エレンのやんちゃぶりには手を焼いていた。おそらくエレミアがある程度厳しくてもこうなっていただろうと確信している。
それにエレンと接していると時折……
「ふ~ん、だったらエレンがリッドについて行っちゃおうかな。そのりぼるたっていうまちに」
「――えっ!?」
「何ですって!?」
エレンが言い出したことに、エレミアとエリザは同時に戸惑いの声を上げる。
そんな二人にエレンはあっけらかんと続けた。
「だって、そうすればリッドはずっとエレンといっしょにいられるじゃない。この家でならいごとばっかりするのもあきてきたし、ちょうどいいわ。エレンもリッドといっしょに行きます!」
その言葉を聞いてエリザは思わず頭を抱えた。この恐れを知らないところ、周りなど意に介さずどんどん突っ走るところ、まるであの人のようではないか。
エレンは外見こそエリザに瓜二つだが、時折ゼノヴィアを彷彿させる言動や振る舞いをすることがある。そのうえエレミアや護身術の講師によれば、エレンには武芸の才能もあるらしいとのことだ。
まさか今後の育ち方次第ではゼノヴィアのようになることもあり得るのではないか? そう考えると母としてエリザは気が気ではなかった。
とにかく母親として、娘の世迷い言に対する返事は決まっている。
「駄目です! 年端もいかないうちから親元を離れるなんてお母様は許しませんよ! そういうことを言うのはもう少し礼儀作法を身につけてからにしなさい」
「えー、いいじゃない。おかあさまのいけず!」
エレンはそう言って頬を膨らませるが、ここで甘い顔を見せるわけにはいかない。今のうちにしっかりと教育をしておかないと。
それを別にしてもエレンのような幼子をリヴォルタに行かせたくない。もしまわりの目を盗んで
「……ところでエレミア様、こちらの侍女二人は今もエレミア様の従者ということになっていますが。やはり彼女たちもリヴォルタへ連れていかれるのでしょうか?」
「そういえばそうでしたね。そこのところはどうなのかしら?」
ふと気になった様子でエレミアに尋ねたジェフに続いて、エリザもエレミアと侍女二人に問いかける。
それに対して、侍女二人は困ったようにエレミアとエレンの間で視線をさまよわせる。そんな二人に助け舟を出すようにエレミアは言った。
「……君たちはここに残ってくれないかな? 色々と心配だし、君たちにはエレン様のことを見てあげて欲しいんだ。そうしてくれたらぼ――私も安心してリヴォルタに行けるんだけど……どうかなエリザ様?」
「そうですね。あなたたちさえよければここにいて欲しいわ。ヴィルフリッドさんに続いてあなたたちにまで出て行かれたら、誰がこの子を見張ってくれるのかと思うと……」
エレミアに水を向けられたエリザはそう言って侍女たちを引き止める。
これは七割くらい本心から出た言葉だった。正直に言えば彼女たちでなくてもエレンに付ける執事や侍女くらいすぐに用意できるのだが、家族以外でエレンが心を許しているのはエレミアと彼女たちと後はジェフぐらいだった。できれば親しい使用人に娘を見ていて欲しい。
エリザとエレミアの気持ちを察したのだろう。侍女たちは顔を見合わせて、
「お、奥様とエレミア様がそう言われるのでしたら」
「ここに置いていただければと思います」
嬉しそうにそう答えた。
やはり彼女たちとしてもエレンについていたかったのだろう。この小さな少女をオリヴィエと重ね、彼女のようにならないか心配なのかもしれない。オリヴィエと比べたらやんちゃ過ぎではあるが。
「しかし、そうなるとヴィルフリッドさんだけであちらにいくわけですが、それはそれで心配ですね。ヴィルフリッドさんのことだから滅多なことはないと思うけど、万が一のことが起こらないとも限らないわ」
「大丈夫だよ。別に危ないことしに行くわけじゃないから……多分」
心配するエリザに、エレミアはそう言いながらも小さく付け足した。
エレミアはあくまで教師として子供たちに勉強を教えに行くのであって何かと戦いにいくわけではないが、悪党を見つけたり誰かが危険な目にあっていたら迷わず向かって行くだろう。時にそれが自身の身を危険にさらすことがないとはエレミアも言えなかった。
そこへジェフが、
「でしたら私の妹を連れて行ってはもらえないでしょうか。剣は立ちますし家事の能力も申し分ありません。エレミア様から見れば頼りないとは思いますがお邪魔にはならないでしょう」
「ああ、ロープさんか。お邪魔どころかすごく助かるけど、いいの? 彼女だってこの屋敷を支える使用人頭じゃあ……」
エレミアの問いに、エリザはいい考えだと言わんばかりの笑みを浮かべて、
「ダールグリュン家を甘く見ないでください。屋敷から執事一人いなくなったくらいで障りはありません。あの子もリヴォルタに行きたいって言ってたからちょうどいいわ。ヴィルフリッドさんさえよければ、ロープも一緒に連れて行ってあげてもらえませんか?」
それを聞いてエレミアはそう言うことかと思った。
前に一度聞いたことがある。ジェフの妹、ロープには想い人がいて、彼は現在消息を絶っているもののロープは彼のことを諦めてはおらず、何度も行方を捜しているらしいとか。
その彼が最後にいた場所というのが、リッドの勤め先であるリヴォルタなのだ。
「そういうことならお言葉に甘えようかな。もっとも、私は彼女のような執事さんに賃金を払えるほどお金は持ってないけど」
「それはご心配なく。彼女の賃金くらいこちらが払います。必ずこちらに戻ってくると確約していただければ、ヴィルフリッドさんの生活費もこちらが出しますが」
「いいよいいよ。あっちからも賃金は出るって聞いてるし。戻っては来るつもりだけど何もしないでお金までもらうつもりはないよ」
手を振って申し出を突っぱねるエレミアに、エリザは「そうですか」と言った。
かくしてヴィルフリッド・エレミアとロープはダールグリュン家を出て、一路リヴォルタへと向かうことになった。
その後エレミアは、有史ベルカ史上初にして数えるほどしか存在しなかった一般人の子供も通える学校の教師として子供たちに学問を教え、時折市民を脅かす賊を退治していたという。
……それから時は流れ。
復興債の買い占めによって集まった利息によって莫大な財を得たダールグリュン家はその財を巧みに使って、移住先のミッドチルダとの間に起こった戦においてもうまく立ち回り、『聖王教会』とともにその後の世界構築に大きな影響を及ぼした。
一方、エレミア家はヴィルフリッドによって築かれたダールグリュン家とセヴィル家との繋がりと、その後の戦における功績などによって上記の二家に劣らぬ名門となった。