闇の書の主がケントだった頃から数十年後のある次元世界では……。
「はああっ!」
赤い鎧を着た桃色髪の女騎士が振り下ろした剣が青い鎧を着た敵軍の将が持っていた剣を弾き落とし、抗う術をなくした将の顔は恐怖で染まる。その将に女騎士は冷たく言い放った。
「私の勝ちだ。約束のものを頂いていくぞ」
「ひっ――ぎゃああああ!」
女騎士は剣を振り下ろし敵将を斬った。
体を斜めに斬りつけられた将は地面に倒れ伏す。女騎士は何の感慨も
一方、二人から少し離れた場所では……。
《この城は壊滅寸前です! 突然現れた騎士たちによって兵はほとんど討ち取られて。至急援軍を――うっ》
女兵士は援軍を請うためにどこかへ念話を飛ばしていたが、彼女のまわりに突然長い紐が現れ体に巻き付く。紐にからめとられて立てなくなった女兵士はそのまま地面に倒れた。
地面に横たわった女兵士の頭上には短い金髪の女騎士が立っていて、冷たい表情と声色で女に告げる。
「お静かに。あなた方の命とこの城に興味はありません。私たちはあなた方から魔力を頂きたいだけです。少しの間横になっていてください」
「シャマル、こちらはすべて倒してきたぞ」
足音と太い声に反応して、シャマルと呼ばれた女騎士は視線を女兵士からそちらの方に移す。
そこには筋骨隆々で犬のような耳と尾を付けた白髪の男がいた。女騎士とは違い軽装で両手と両足にしか鎧具を装着していない。
男の隣には桃色髪の女騎士もいた。女騎士は表情を変えないまま口を開く。
「私も先ほど将を倒してきたばかりだ。ろくに手ごたえもなかったがな。出城の一つにすぎんとはいえ、城を守る将も一軍もこの程度か」
「“前回”みたいに苦戦続きよりはましよ。……あらかた片づけたみたいだし、そろそろ蒐集しましょうか」
金髪の騎士はそう言って二人より前の方を見る。そこには無数の兵士たちが地面に横たわっていた。すでに息絶えた者もいれば生きたまま動けずにいる者もいる。
彼らを見て金髪の騎士は顔を幾分か曇らせながら茶表紙の本を取り出す。外気にさらされた途端本はひとりでに浮かび上がり、女騎士の手を離れて宙に浮き頁を開いていった。
何百もの頁をまくり上げて白紙の頁をさらしたところで本は動きを止める。そして……
『Sammlung(蒐集)』
「ぐあああっ!」
「ぎゃああっ!」
本が声を発すると同時に倒れている兵たちの胸から様々な色の球体が出てきて、死んだ者はそのまま屍をさらし、生きていた者は苦し気なうめき声を上げて気を失う。紐で縛られ地面に横たわっていた女兵士もその一人だった。
それを目にして桃色髪の騎士は唇を噛み、金髪の騎士は思わず目をそむけた。
兵たちの胸から出てきた球体は吸い込まれるように本の中に入っていき、白紙だった本の頁はおびただしい記述式が書き込まれていく。
数十もの頁が記述式で埋まると本は閉じて、金髪の騎士の手元へ戻った。
金髪の騎士は頁をぱらぱらとめくり、新たに埋まった頁を眺める。
「これでようやく300ページ以上。“前回”と違って戦は何度も行っているのに、進捗は芳しくないわね」
「戦いは多くてもこれだけ不甲斐ない相手ばかりではな。弱者を蹂躙しているようで気が乗らん」
「とはいえ、魔力を蒐集し闇の書の頁を増やすことこそ我らの役目だ。それがどのような相手からでもな……前のようにはいかん」
「ザフィーラの言う通りよ。早く頁を増やさないとまた主に叱られちゃうわ。ただでさえ最近は、闇の書を完成させろとしか言ってこないんだから」
白髪の男と金髪の女騎士の言い聞かせるような言葉に、桃色髪の女騎士は何も言い返すことができなかった。その代わりのように桃色髪の女騎士は二人に尋ねる。
「……ヴィータはどうした? まだ戻ってきてないようだが」
女騎士の問いに白髪の男は体の向きを変えて言った。
「向こうにいるようだな。あちらから打撃音が聞こえる」
「行ってみましょう! 前々回のように敵を潰し過ぎて蒐集できなくなったら元も子もないわ」
金髪の騎士の指示に二人はうなずき、彼女とともに宙へ浮いた。
◇
「ひっ――」
仲間が倒されていくのを見て、兵士は敵に背を向けて逃げ出す。しかし、不意に視界が暗くなって、兵士は思わず足を止め頭上を見上げた。
そこには巨大な槌が浮かんでいて、槌が作る巨大な影が自身を覆っていたのだ。
兵士は逃げるのを忘れ、あんぐりと口を開きながら槌を見上げる。
そこへ……
「せぇい!」
「ぐあっ!」
声とともに槌は兵士めがけて落ちてきて、兵士はなすすべもなく槌の下敷きになった。
それを確かめると少女は柄を振り上げる。すると槌は小さくなって少女の手元に収まった。槌があった場所には案の定、潰れたカエルのように大の字になってのびている兵士の姿が。
それを見て少女はつまらなそうに鼻を鳴らした。
「ちっ、強い敵と当たったぐらいで逃げるくらいなら最初から戦になんて出てくんな、雑魚が」
「ヴィータ!」
「ヴィータちゃん!」
頭上からかけられる声に少女は首を上げた。そこにはやはり他の三人の騎士がいて、少女のそばにまっすぐ降りてくる。
「おう。見ての通りあたしはちょうど今敵を片付けたとこだ。こいつらの魔力もさっさと蒐集しちまえよ」
「え……ええ」
少女が親指で示す敵兵を見て、金髪の騎士はそう答えながら茶表紙の本を取り出す。
先ほどと同じように、本は宙に浮かんで魔力とリンカーコアの蒐集を開始する。
そして蒐集の衝撃で多くの兵がうめき声を上げるのを聞いて、白髪の男と桃色髪の女騎士はふと漏らした。
「ほう」
「……生きているのか?」
「ああ。別に殺す必要はねえだろう。あのばあさんからは頁を増やして来いとしか言われてねえんだから」
ぶっきらぼうにそう吐き捨てる少女を他の三人は意外そうに見ていた。その視線を受けて少女はぷいと顔を背ける。
(あのヴィータがほとんどの兵を生かしたままにしておくとはな。やはり前の主の影響が大きいのかもしれん。もっともそれは我らも同じかもしれんが)
もう言うまでもないと思うが、この赤い鎧を着た四人の騎士は、ベルカから消失し、今の闇の書の持ち主のもとに顕れた守護騎士たちだ。
守護騎士たちは今の主のもとでも闇の書を完成させるために、魔力とリンカーコアの蒐集を命じられ、多くの戦を戦ってきた。
その戦はまだまだこれからも続いていくのだろう。それが終わったとしても闇の書が完成すればまた……。
しかし、ただ一つだけ今までと違うところがある。
今回の戦においても城一つが守護騎士によって陥落し、敵兵のほとんどが彼女らの手にかかった。
しかし、それだけの惨状にも関わらず、戦死者はかなり少ない。これは前々回までとはかなり異なる結果だ。それ以前の守護騎士たちなら魔力さえ採取できれば、敵の生死までは気にしなかったはずだ。特にヴィータの手にかかった敵は生きていることの方が珍しかった。それどころか勢い余って敵を潰しすぎてしまい、蒐集が不可能になってしまうことも……。
それが今回の守護騎士は、ほとんどの戦で敵を生かしたまま魔力を奪うことを主としている。これは彼女たち自身にとってかなり大きな変化だ。
その変化はやはり前回……前の主と共に戦ったり過ごした時の経験によるものが大きいだろう。
もっとも、それでも守護騎士たちは敵にとっては大きな脅威であり、闇の書の主にとって闇の書を完成させるための駒であることには変わりないが。
蒐集を終えた闇の書をシャマルは手に取る。
「これで終わりね。じゃあ帰って主に報告しましょう。ヴィータちゃん、わかってると思うけど主に会うようなことがあったら……」
「分かってる分かってる。あたしはあのばあさんと口を利くなってんだろう。心配しなくても最初の時以来あいつと喋ったことなんてねえよ。いつも通り報告はお前らに任せて、あたしは先に部屋で寝てるさ……あの石の床の上でな」
ヴィータは不快感と嫌悪感を含めた声でそう付け足す。
ヴィータの気持ちは他の三人にも痛いほどわかった。彼らも全く同じ気持ちだ。
前に比べたらあまりにも理不尽な待遇。しかし前々回まではこれが当たり前だったのだ。慣れ直すしかない。
四人はそう自分に言い聞かせる……しかしそれでも、心の奥底で願わずにはいられなかった。
ケントのような者が闇の書の主となる時が、もう一度だけでも訪れるようにと……。
そして騎士たちは戦いを繰り返しながら闇の書の頁を集め、闇の書の完成によって主は滅び、騎士たちはまた次の主のもとに顕れ…………そんなことを幾度もなく繰り返した。
その間、かつての主は目覚めることなく魔導書の中でずっと眠ったまま。“彼女”がどんなにその目覚めを願っても、彼が目覚める時は訪れなかった。
……そうして100年、200年が過ぎ、いつしか300年もの時が過ぎていった。
300年後。
ベルカから遠く離れた次元世界にある小さな街。
その街の外れにある二階建ての一軒家のリビングでは……。
「あっ! やったな!」
「にゃはは! このままぶっとばしちゃうよ」
黒髪の少年が思わず悪態をつき、栗色の髪の少女が得意げに笑う。
隣り合ってソファに座る二人はこんな風に時折言葉を交わすものの、お互いに相手を見てはいない。
少年の黒い右目と緑の左目も、少女の青みがかった両目も、ソファの前にあるテレビにくぎ付けになっている。テレビの画面には二体のゲームキャラが映っており、そのキャラたちを通して少年と少女は激しい戦いを繰り広げていた。
どちらが操るキャラもダメージが85%を上回っており、いつ決着がついても不思議ではない。
「よし、あといっぽなの!」
少女はそう息巻くと、少年が操作する筋肉質のキャラに向けて黄色い電気ネズミを移動させる。雷技でとどめを刺す気だ。
「させるか……」
少年もまた自身のキャラを移動させる……少女が操る電気ネズミに向かってまっすぐに!
予想とは正反対の行動に少女はわずかに目を見張るものの、すぐに好都合だと思い直し口の端をにやりと釣り上げる。
(このままじゅうまんボルトでKOなの)
少女は自らの勝利を確信し、ボタンに手をかけながら電気ネズミを相手の眼前まで進める。そこで少年のキャラは突然動きを止めて、電気ネズミに背を向けてシールドを張った。
それを見て少女は思わず目を見開く。
(これは――まさか!)
少年はニヤリと口の端に笑みを浮かべ、コントローラーの左上についているボタンを押す。
すると少年のキャラはその場からかき消え、電気ネズミの後ろに回った。
少女は慌ててネズミを反転させようとする。だがもう遅い。
少年はコントローラーの右についているボタンを押した。それだけでよかった、このキャラが出せる最強の必殺技を出すには。
『ファルコンパーンチ!!』
少年のキャラは軽快な口調で技名を発しながら炎をまとった腕を突き出して、少女が操っていた電気ネズミを吹っ飛ばした。
それを見て少年は右手の拳を握りしめて叫ぶ。
「よっしゃあ! かったー!」
「ふにゃあ、まけちゃったー!」
対して少女は悔しそうに両手でコントローラーを握り続けている。
「もう一回。もう一回しょうぶなの! こんどはピンクのうたうキャラで!」
「おうとも。もう一度ファルコンパンチでふっとばしてやるよ!」
少女の挑戦に少年はそう言い返す。しかし内心ではまた厄介なのをチョイスしてきたなと思っていた。あのキャラには一定時間自分が眠ってしまうリスクがあるものの、最大級の威力を持つ技があるのだ。
とはいえ挑まれたからには退くわけにはいかない。相手がどんなキャラを使ってきても勝ち続けてこそ真の勝者。
そう意気込んで次の勝負を始めようとした時だった。
「けんとくーん! なのはちゃーん! おやつができたよー!」
その声とともに少年と少女は後ろを振り返った。
そこには短い髪の女の子がいた。
髪の色は茶色がかっており、目はなのはと同じく青みがかった色をしている。
女の子の隣にあるテーブルにはすでに皿が三枚並べられてあり、そこから甘いにおいが漂っていた。
ホットケーキ――少年にとっては少々甘すぎる食べ物だが、幼なじみの少女にとっては得意な料理らしく、よく作ってくれる。
「あっ、ごめんねはやてちゃん。言ってくれたらおてつだいくらいしたのに」
「わるい。すっかりむちゅうになりすぎた。ケーキ食べおわったらはやてがゲームやるか? おれはしばらく休んでるから」
「ええよええよ。おやつつくりながら二人のたいせん見てるのもたのしかったし。おやつがすんだらまた二人のたたかい見してな。……ほな、おやつのまえに二人とも手あらおっか。はげしくポチポチしとったからあせでベトベトやろ」
「うん、そうだね。じゃあシンクおかりしまーす!」
はやての指示に従ってなのはは流し台の方へと向かう。少年はなのはが手を洗い終わるのを待とうとしたが、洗面台がリビングの近くにあることを思い出しそちらの方へ足を向ける。
◆
目当ての洗面台はすぐに見つかり、少年はそこで手を洗う。しかしそのさなか……。
『ケント……』
「――えっ!?」
ふいに声が聞こえて少年は辺りを見回す。しかしまわりには誰もいない。
はやてたちではない。ヘルパーのどちらかか? いや、彼女たちが来たのならチャイムが鳴ってるはずだ。ゲームに熱中していた俺やなのははともかく、はやてがチャイムに気付かないはずがない。
……では今の声は一体?
『……ケント』
考えに沈んでいる少年の脳裏にまた声が響いた。
それを聞いて少年は確信する。この声ははやてたちでもヘルパーでもない。
少年は洗面台を離れ、声がした方へと向かう。
声をたどって少年がたどり着いたのは書斎だった。
はやての父親が集めていた本を保管するための部屋。
少年はその部屋を一通り見渡し、それから一番奥の本棚を眺めそれを見つけた。
それは鎖が巻きつけられ、剣十字が付いている茶表紙の本だった。鎖の中心には鍵穴がない錠があり、どうやっても外せないように見える。
不思議に思いながら本を眺めていると。
『ケント』
(――!)
間違いない。さっきから聞こえてくる声はこの本からしてくる。
この本は一体?
そう思いながら少年はその本を手に取る――その瞬間!
『ケント…………ようやくあなたに会えた』
◇
「けんとくーん! ……あっ、こんなとこにおったんか。なのはちゃんおなかすかしてまっとる――どないしたんやけんとくん?」
不意に聞こえた大声に反応して俺は顔を上げる。
そこに心配そうな表情で俺を見ている八神はやてがいた。
当たり前か。手を洗いに行ったはずの俺が、自分の部屋で本を手に取りながら泣いていたのだから。
俺は腕で涙をぬぐいながら答えた。
「いや、何でもない。ちょっと目にゴミが入っただけだ」
そんなとってつけた言い訳に、俺より精神年齢がはるかに低いはずの幼なじみは疑わしげな顔を見せる。
「ほんまかー? ちゃんとまいにちおそうじしとるんやけどな。……まあええわ。それよりけんとくんもその本、気になるんか?」
「あ、ああ。鎖が付いてるなんて妙な本だなと思って」
「そうやろ。この本わたしが生まれたころからあったらしいけど、そのくさりのせいで一度もよんだことないねん。まあそんなぶあつい本まだよむこともできんやろうけどな……けんとくんがきょうみあるんならかしたげてもいいけど」
「いやいいよ。もしかしたらはやてのお父さんやお母さんが遺したものかもしれないだろう。どの道こんなものが付いていたんじゃ本を開くこともできないし遠慮しとく。それははやてが持っているといい」
俺はそう言ってはやてに本を返す。はやては不思議そうな顔で本を受け取った。
「べつにええんやけどな。ほんならこの本かりたかったらかしてあげるからいつでも言ってな」
「ああ。その時は頼むよ」
そう、今はそれでいい。今の俺には夜天の魔導書の錠を開けることもできないし、俺が貰ったところで魔導書ははやてのところに戻って行くだけだろう。だから今はこの子のところに置いておくしかない。
それにこの子なら……。
「はやてちゃーん、けんとくーん、さっきからなにやってるのー? 早くしないとホットケーキさめちゃうよー」
そこに俺のもう一人の幼なじみで従姉妹でもある、高町なのはが顔をのぞかせてきた。つまみ食いをしたらしく、口元と頬にはケーキのかすとシロップが付いている。
「ごめんなのはちゃん。そうやった、これからホットケーキをたべるとこやったんや。けんとくんとなのはちゃんは先いってて。この本もどしたらわたしもすぐにいくわ」
「おう」
「うん、まってるよー」
俺となのはは夜天の魔導書を本棚に戻しているはやてに手を振りながらリビングへと向かう。その途中でなのはの頬についているパンかすとシロップを指摘したら、なのはは慌ててそれを拭い取った。
待ってろヴォルケンリッター、リヒト、今度こそ必ずお前たちを闇の書から救ってやる!
ご愛読ありがとうございました。これにてグランダムの愚王の本編は一応終了となります。
この後はフロニャルドを舞台にした短編と、18禁の方でもし夜天の魔導書の暴走を押さえていたらというIFの話を書いてからこの小説は完結となります。
そしてその後はいよいよ現代編となる『愚王の魂を持つ者』の連載に入ります。そちらは別作品となりますのでご注意ください。リンクはちゃんと張ります。
ここまで読んでくださった方は本当にありがとうございます。第二部もどうかよろしくお願いします。