グランダムの愚王   作:ヒアデス

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番外編 フロニャルド
EX.1 勇者


 暗雲が立ち込め地上に雨が降り注ぐ。

 そんな中、海に面した城では獅子団の重鎮が集まって会議をしていた。

 

「西の森に現れた《魔物》による被害は広がる一方です。付近にあった村はことごとく壊滅し、住民たちは命からがらこの街まで逃げてきています。人的被害が出ていないことが幸いですが、それもいつまでもつか……」

 

 頭の上に猫のような丸っこい耳を付けた若い騎士が告げた報告に、室内の空気はますます重くなる。燭台に上に灯る蝋燭(ろうそく)の灯が風で揺らめき、暗さが増した気もした。

 同じく、獅子の耳を付けた長い金髪の副団長が口を開いた。

 

「我々の方でも対策を練っているところですが、あの魔物を討伐するとなればかなりの兵が必要になります。南の『カミベル領国』もこの街に侵攻を企てているとの噂もありますので、とても魔物討伐に駆り出せる兵は……」

 

「……」

 

 奥の席に座る長い銀髪の女が腕を組み、考えるそぶりを見せる。彼女の耳にも獅子の耳がついている。

 そんな彼女の前で別の幹部たちが声を上げた。

 

「『ビスコッティ王国』でも同様の被害が出ていると聞くが、あちらも魔物を倒せるだけの戦力がなく、ほとんどの民が街にこもっている状態のようだ。このままでは“首脳会議”の開催すら……」

 

「“あの方々”なら魔物を退治できると思うが、そう都合よく来てくださるかどうか……期待はできんだろうな」

 

 そこで若い騎士がぽつりと零した。

 

「この国にも“勇者様”がいてくだされば……」

 

 その一言にまわりの視線が集まる。騎士は慌てて――

 

「し、失礼しました! 領主様の御前で――」

 

 頭を下げる騎士に対して、奥に座る銀髪の女は右手を上げながら「よい」と答え、皆の顔をゆっくりと見回してから重々しく腰を上げた。

 

「我が領国と周囲の状況はよくわかった。だがそれでも、パスティヤージュ王が要望する“首脳会議”を中止するわけにはいかん。故にあの魔物を倒すため、(それがし)は“最後の切り札”を使おうと思う」

 

 その言葉に幹部たちは一様にどよめく。

 その中からただ一人、副団長は静かに女を見ながら、

 

「閣下……もしやあなたは……」

 

 その言葉に女は笑みを浮かべて――

 

「『ガレット獅子団領国』の領主、ブルトンヌ・ガレット・デ・ロワの名において――我が国に《勇者》を召喚する!」

 

 ブルトンヌという領主がそう告げた瞬間、空に雷鳴が走り室内を白く染めた。

 

 

 

 

 

 

 リヴォルタ騒動から一ヶ月後。

 

 

 身支度と朝食を終えた俺は国王兼王都領主としての政務に取りかかろうと執務室へと向かい、百枚以上の書類が積まれている机を見てげんなりしながらそちらに向かう。

 そこへ……。

 

「ニャー」

 

 ……?

 

 ふいに何かの鳴き声が聞こえてきた。

 まさかと思い、俺は鳴き声がした後ろを振り返る。

 そこには紫色の毛並みの猫がいた。

 顔の下半分と手足の毛だけが白く、なぜか首のまわりに付け襟と赤い蝶ネクタイが付けられて、短剣を収めた鞘を背中に背負っている。

 誰かが飼い猫でも城に持ち込んできたのか? もしくは城に勤めている使用人か兵が城下町で拾って来たか?

 

「どうした? 腹が減ってエサでも探しに来たか?」

 

 もしそうなら仕事なんてしている場合じゃない。早くこいつに飯を食わせてやらないと。どんな経緯があれ王宮にいる動物の世話も王として大切な仕事だ。……決して政務をサボろうとしているわけじゃないぞ。

 

 俺は猫が本当に空腹なのか、具合を見るためにそいつの方へ歩み寄る。

 すると猫は向きを変えて逃げ出した。

 

「――あっ、おい待てよ!」

 

 思わず俺は猫を追いかける。別に俺が飼ってるわけでもないんだし逃げるくらいなら放っておいても構わないんじゃないかとも思ったが、それでも俺は猫を追いかけることにした。

 書類? 猫の件が解決したらやる。

 

 猫は思いのほかすばしこく、当初は駆け足ぐらいで追いかけていたが今では全速力で猫を追っていた。

 それでも猫との距離は縮まらず、俺と猫は城中を駆け回る。その途中で……

 

「あれ、ケントじゃねえか」

 

 俺と猫が走っている廊下の向こう側からヴィータが現れる。俺は彼女に、

 

「ヴィータ! ちょうどいいところに来た。その猫を捕まえてくれ!」

 

「はっ、猫? なんで猫を?」

 

 ヴィータは戸惑いながらも、言われた通り両手を広げて猫を捕まえようとする。

 しかし、猫はそこでまた向きを変えて階段の方へ向かって行った。

 ヴィータの手は空を切り、その横で猫は素早く階段を登っていく。

 

「ちっ、逃がすか」

 

「あっ、おい、どういうことだよ? お前、今日はずっと仕事だったはずじゃなかったのか?」

 

 俺とヴィータは階段を駆け上がる。俺は猫を追うために、ヴィータは俺につられて二三段は飛ばしながらひたすら階段を登っていった。

 最上階である三階まで登ると猫は廊下を駆けていく。俺とヴィータも猫が向かった先へ行こうとした。その後ろから――

 

「あら、陛下、ヴィータちゃん」

 

「どうされたのです二人とも?」

 

 猫が向かった方とは反対側の廊下を歩いていたシャマルとシグナムが俺たちに声をかけてきた。その後ろにはザフィーラ、ティッタ、リヒト、それとイクスまでいる。俺以外みんな非番だったのか。

 

「悪い! ちょっと立て込んでいるんだ。また後でな」

 

 俺はそう言ってみんなに背を向けて、猫が走っていた廊下へ向かった。

 

「主!? お待ちください主! ヴィータ、どういうことだ? 主とお前は一体何をそんなに慌てている?」

 

「知らねえよ! ケントの奴が猫を追っかけていて、あたしはケントからそのわけを聞き出そうと――」

 

 俺の後ろからシグナムとヴィータの声がかかってくる。だが俺は構わず先を走り続けた。ここまで来たら猫を捕まえない限り部屋に戻ることはできない。

 

 

 

 

 

 そして俺はついに猫を追いつめた。

 ここは三階よりさらに上にある、城の屋上。

 猫はそこでじっとしていた。まるで俺を待っていたように。

 俺は息を切らしながら猫に語り掛ける。

 

「もう逃げ場はないぞ。大人しくこっちにくるんだ」

 

 俺はじわりじわりと猫に近寄る。ここで下手に一気に距離を詰めようものなら、猫は逃げようとしてここから飛び降りかねない。

 猫というものはこの城くらい高いところから落ちてもうまく着地できるというが、着地に失敗する恐れだって十分ある。それに俺だってここから落ちた場合、飛行魔法の発動が間に合わずに大怪我を負うことだってあり得る。お互いのためにもここで猫を確保したいところだ。

 猫はじっと俺を待っている。さっきまで逃げ回っていたのが嘘みたいだ。

 俺は少しずつ足を進め、じりじりと猫との距離を詰める。

 その時――

 

「何やってんだケント?」

 

 後ろから声をかけられて俺はそちらを振り向く。

 そこには先ほど三階で別れた守護騎士たちとリヒトとイクスがいた。

 皆怪訝そうな、あるいは不思議そうな顔で俺と猫を見ている。

 

「先ほどからひどく慌てていた様子だったので何かと思って後を追ってみたら、その猫を追っておられたのですか。そやつは一体なんなのです? もしや敵国が放った密偵でしょうか?」

 

「いやいや軍犬じゃあるまいし、諜報目的なら人間の刺客を送り込んだ方が早いでしょう。ほら、お兄様だってそんなこと考えてなかったって顔してる」

 

 シグナムの推測をティッタは手を振って否定し、俺の顔を指さしながらそんなことを言ってくる。失礼なと言いたいところだが、まったくその通りなので何も言い返せない。

 

「……では、陛下はなぜその猫を追いかけられていたんです? かなり必死なご様子でしたけど」

 

 シャマルの問いに俺は言葉を失った。

 ……確かに。なんで猫を捕まえるのにここまで必死になっていたんだろう? 俺は猫が腹を空かしていないか気になっていただけなのに。

 そんな胸中が顔に出ていたのか、イクスはぽつりと言った。

 

「もしかしてケント様は何の理由もなく、ただ猫を捕まえてみたかっただけなんじゃあ……」

 

 その言葉に皆は静まり返り、辺りを沈黙が覆う。そして……

 

「はあああ! 何の理由もなく猫を追ってたのかよ!? てめえ、そんなくだらねえことにあたしを巻き込んだっていうのか?」

 

 声高に叫んでから、ヴィータは凄みながら俺に迫ってくる。彼女に続いてティッタも――

 

「そう言えばお兄様、確か今日中に片付けなきゃいけない仕事が山ほどあったはずだよね? まさか猫をダシにして逃げ出してきたんじゃあ?」

 

 ティッタまでもそう言いながら俺の方に迫ってくる。領主の仕事で頭を働かせるようになったせいか急に鋭くなってきたな。こいつをリヴォルタの領主にしたのは失敗だったか?

 そんなことを考え、冷や汗を流しながら後ずさっている時だった。

 

「「主!!」」

 

 突然シグナムとリヒトが異口同音に叫び俺を睨みつける。さすがにおふざけが過ぎたか。だが――

 

「ケント!」

「お兄様下がって!」

 

 シグナムたちだけでなく俺の眼前にいるヴィータとティッタまでが身を構えながら俺を――いや俺の後ろを睨む。

 それに気付いて俺は後ろを振り返り、そして息を飲んだ。

 俺の視線の先では例の猫が立っていた。それはさっきまでと同じだ。違うのは今まで猫が背中に背負っていた鞘から短刀はなく、その短刀を猫が口にくわえていることだ。

 

 おいおい、まさか本当にどこかの国の刺客だったとでもいうのか? どこのどいつだ? 猫に暗殺なんてやらせようとする奴は。

 

「イクスちゃん、私のそばから絶対に離れちゃだめよ!」

「は、はい!」

 

 シャマルはイクスをかばうように彼女の前に立ちはだかり、イクスはシャマルの足にしがみついた。

 彼女たちを意に介さず、猫は首をわずかに傾けてくわえている短刀を俺に向けてくる。

 

「主、お下がりください!」

 

 それを見てシグナムはたまらず猫に向かって駆けだした。だがシグナムを前にしても猫は動じず、構えるようにくわえ直した短刀を、そのまま地面に突き刺した。

 その瞬間短刀を突き刺した箇所から円状の緑色の魔方陣が現れ、屋上全体に広がっていく。

 

「えっ?」

 

 シグナムはそんな声を漏らして動きを止めた。

 なぜなら彼女は――いや俺たちみんなが魔法陣に飲み込まれているのだから。

 

「「「「「「うわあああああっ!!」」」」」」

 

 

 

 

 

「「「「「「あああああーー!」」」」」」

 

 俺たちは叫び続けながら魔法陣に飲み込まれ、青い渦の中を落ちていく。

 するとほどなく、青い渦を抜けて俺たちは遥か高い空中に投げ出された。

 俺たちは青い光に包まれながら下へ落ちていく。飛行魔法を使おうとするが、すさまじい力に抑えられてそれも叶わない。

 

 そして俺たちは落下に身を任せながら下を見た。

 俺たちの視界に飛び込んできたのは広大な景色だった。

 街のまわりに広がる森、青い海、宙に浮いている島、どれも今のベルカでは見られない光景だ。

 街の端には海に面した城があり、どうやら俺たちは城の近くにある岬に向かって落ちているらしい。

 

 そう思っている間に地面がすぐ目の前に迫ってきた。

 

「激突するぞ! 全員、防御魔法を張れ!」

 

「「はっ!」」

「「おう!」」

「はい!」

 

 

 

 その直後、地面に落下した瞬間、俺たちの視界は黒く塗りつぶされ何も見えなくなった。

 だが特に痛みはない。防御魔法がうまく働いたのか、それとも別の要因によるものか。

 

「なんだ? 一体何が起きた?」

「何も見えねえぞ!」

「――んっ! そこは」

「おい! 誰だよ変なとこ触ってんのは?」

「うーん、ぴくぴく」

「……」

 

 女性陣の声が俺の耳元にかかってくる。そういえばさっきから手に柔らかい感触が伝わってくるのだが、これはもしや……。

 手元の感触について考えていると、視界が開けてきた。

 そこは空の上から見た通り、城の近くにある岬で、俺たちが落ちたのはその端だが、地面は道のように舗装されている。

 足元を見ると緑色の花のようなものが俺たちの下で咲いており、どうやら俺たちはこの花によって閉じ込められていたらしい。もしかして、俺たちが無事に着地できたのもこの花のおかげなのでは?

 そんなことを考えているうちに、緑色の花は粒子状になって消えていった。呆気にとられながらそれを眺めていると……

 

「あの、陛下……そろそろ手をどけていただけませんか」

「おい、いい加減アタシの尻から手を離せよ!」

 

「んっ? ――あっ!」

 

 その声に反応して自分の手元を見ると、俺の左手はシャマルの胸をわしづかみにしていた。

 俺は慌ててシャマルの胸から手を離しながら、

 

「わ、悪いシャマル! 何も見えなくてついうっかり」

 

「い、いえ。わかっていますから」

 

 そう言いながらも、シャマルは胸をかばいながら俺から距離を取る。その一方で……

 

「何だザフィーラだったのか。てっきりエロ兄の仕業かと思ったよ」

 

「すまんな。手を離したいのは山々だったのだが、お前が上に乗っかっている状態でははねのけるわけにもいかなくてな」

 

 意図せずティッタの尻を触ってしまう格好になってしまったらしいザフィーラはそれを打ち明けたうえで謝り、ティッタはすんなりとそれを受け入れる。片や俺はシャマルから警戒されたままの上、シグナムやヴィータから冷たい視線を向けられている。

 何だこの差は? 俺とザフィーラで何でこうもまわりから抱かれる印象に違いが出るんだ? 一応本人から許しをもらってはいるものの何か釈然としない。

 

 肝心のリヒトは俺たちなんかよりもこの世界の方が気になるようで、あちこちに視線をさまよわせている。それはそれで悲しいと思うのはなぜだろう?

 残るイクスは地面に横になったまま、まだ目を回していた。実戦経験のない彼女には刺激が強すぎたらしい

 

「ニャ」

 

 そこへ鳴き声とともに猫が上から降ってきた。あいつは城に現れて、変な魔法で俺たちをこんな場所に送り込んだ猫じゃないか。あの猫も俺たちと一緒に来たのか。

 俺はまた猫を捕まえようと体を向ける。そこへ――

 

「来たな《勇者》よ」

 

 不意に声がして、俺たちはそちらに顔を向ける。

 そこには背の高い銀髪の女がいた。

 金色の目、腰に細剣を差した男が着るものと変わらない騎士服、長く下ろした髪の中で一房だけぴんと上に伸びた縮毛。

 だが何よりも俺たちの目を引いたのは、彼女の頭についている獅子のような耳と腰の後ろから出ている尻尾だった。

 

「ニャー!」

 

 銀髪の女を見るや、猫はそそくさと俺たちから離れ女のそばに寄っていく。女は動じることなく、猫の頭を撫でながら声をかけた。

 

「チェルシー、よくぞ《勇者》を連れてきてくれた。大儀である」

 

 ……どうやらあの猫はこの女が差し向けたものだったらしい。しかし先ほどからこの女が言っている“勇者”とは一体?

 俺たちは頭の上に疑問符を浮かべながら女を見る。

 女は猫の頭から手を離し、俺たち――いや、俺の方に顔を向けた。

 

「よく召喚に応えてくれたな、異世界から来た《勇者》よ! (それがし)はガレット獅子団の団長にしてガレット獅子団領国の領主、ブルトンヌ・ガレット・デ・ロワ。しかるべき事情により領主としての権限を行使して、貴殿を《勇者》として召喚させてもらった!」

 

 ブルトンヌは俺に向けてはっきりとそう言った。周りのみんなも困惑しながら俺を見ている。

 俺は確かめるように彼女に問いかける。

 

「異世界から来た勇者って……」

 

「無論貴殿のことだ、《勇者ケント》よ。我が国と周辺諸国を脅かす魔物を退治するため、貴殿の力を貸してほしい。協力してはもらえないか?」

 

「えええっーー!」

 

 ブルトンヌの言葉に俺は思わず声を上げた。ヴィータやティッタもあまりの展開に口をあんぐりと開けて、他の三人も戸惑いから立ち直れずにいた。

 

 

 

 

 

 こうしてしばらくの間俺はグランダム王の肩書を忘れ、《ガレットの勇者》として、ガレットと周辺国を脅かす魔物の退治に出ることになる。

 結果だけを先に話すのなら、俺たちにとってあの戦いは何の実入りもなかったと言える。しかしあれはあれで結構楽しかったし、他のみんなにとってもいい気分転換になっただろう。

 それにリヒトへの恋心をはっきりと自覚したのも、魔物との戦いや《パスティヤージュの一行》との触れ合いがきっかけだと思う。

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