グランダムの愚王   作:ヒアデス

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EX.2 ガレット獅子団領国

 ここはベルカとは異なる世界にある『フロニャルド大陸』。

 この大陸では太古から凶暴な《魔物》が各地で跋扈しており、人々は魔物から隠れるように生活していた。

 かつて、この『ヴァンネット』という街を治める領主に仕える騎士だったブルトンヌは、領主によって創設されたガレット獅子団の団長に任命され、それからずっと獅子団を率いて魔物たちと戦いこの街と住民を守る日々を送っていた。

 しかし、数年前に領主が病に倒れてこの世を去ったことがきっかけで、ブルトンヌは一介の騎士ではいられなくなった。

 若くしてこの世を去った領主には妻子がいなかったため、領主の後を継ぐ者がおらず街を治める者がいなくなってしまったのだ。

 残された住民は、獅子団の長であり側近として領主の補佐をしていたブルトンヌが新たな領主となることを望み、それからすぐに『ブルトンヌに後を託す』と書かれた領主の遺書が見つかった事が決め手となって、ブルトンヌは正式にヴァンネットの領主となった。

 それが『ガレット獅子団領国』の始まりとのことだ。

 

 現在のフロニャルドでは、大陸の西にある『パスティヤージュ王国』の当主と当主が召喚した勇者を始めとする一行によって、魔物による被害は激減しているが、つい最近この街の近くで強力な魔物が出現するようになってから、ガレットの人々は再び街から出られない生活を送っており、このままではこの街で近々開かれる予定の『各国首脳会議』も中止となってしまうらしい。

 ブルトンヌとしては獅子団を率いて早急に魔物を退治したいところだが、街の周囲に生息している魔物は未だに多く、会議の前ということもあって多数の兵を街の外に駆り出すわけにはいかないそうだ。

 そこでブルトンヌは異世界から《勇者》を召喚することを決め、《星詠み》という術を使って様々な異世界を観察し、ある人物に目をつけた。

 その人物というのが……

 

 

 

 

 

「……俺というわけか」

 

 通された部屋でつぶやく俺に、ブルトンヌは強くうなずき「その通りだ!」と言った。

 

「猛吹雪を繰り出す術で無数の異形を氷漬けにしたり、剣も術も通さない恐るべき力を持つ女を打ち倒したところを見て確信した。貴殿ならばあの魔物を倒すことができると。だから(それがし)は貴殿を勇者としてガレットに召喚することを決めたのだ」

 

 マリアージュやカリナと戦った時か。確かにあれはどちらも俺がやったことではある。しかし、あれはどちらも闇の書やリヒトの力を借りてやったことだ。俺一人では到底あんなことはできない。

 いや、そんなことよりも……

 

「その召喚とやらは召喚される人物の意思に関係なく行われるものなのか? 深刻な事情があって勇者を召喚しようとしたのはわかったが、それでもさすがに勝手が過ぎると思うが?」

 

「……何を言っている? ちゃんと貴殿の了解は取ったはずだぞ。召喚陣に書かれてある文言を読んでいなかったのか?」

 

 文言と聞いて訝しげな顔をしているだろう俺を見て、ブルトンヌは横にいるチェルシーという猫に目配せをする。チェルシーはそれを受けて室内に召喚陣というものを作った。あっちで現れたものより明らかに小さい。

 召喚陣の外周部には模様が書かれており、よく見ると文字に見えなくもない。まさかそれが……

 

「そこにちゃんと記されているだろう。『ようこそフロニャルド、おいでませガレット』……そして」

 

 ブルトンヌに応じるように、チェルシーは召喚陣の端の方に小さく書かれている模様を前足で示す。

 それを眺めながらブルトンヌは続けた。

 

「『注意:それは勇者召喚です。召喚されると、召喚主が《送還の儀》を行わない限り帰れません。拒否する場合はこの紋章を踏まないでください』――という注意書きもちゃんと記してあるぞ」

 

読めるか!! それに注意書きが小さすぎる! これじゃあ文字が読めたとしてもようこそやおいでませにしか目がいかん!」

 

 そもそも召喚陣とやらが現れた時には俺たちはその上に立っていて、気が付いたらこの世界の空に放り出されていたからな。拒否しようがなかった。

 

「そうか、あちらの世界の人間はフロニャ文字が読めなかったのか。言葉が通じるからつい失念していた。許せ」

 

 そう言いながらブルトンヌは涼しそうな顔で紅茶を口に含む。……こいつ、まさかわかっていてやったんじゃないだろうな? そうだとしたら凛々しそうな外見に反してとんだ(たぬき)だ。

 

「……わかった、もういい。俺たちがベルカ……あちらの世界に戻るには、召喚主が《送還の儀》を行う必要があるとのことだが、それは大丈夫なんだろうな?」

 

「心配いらん。勇者召喚については謎が多い儀式であり、最近までは召喚することはできても、勇者を元の世界に送還する方法についてはほとんど知られていなかったのだが、この城には優秀な研究士がいてな、その者によって勇者を送還する方法がすでに発見されている。貴殿たちが望めばすぐにでも元の世界に戻してやろう……しかし」

 

 そこでブルトンヌは深刻な顔になって言葉を止める。俺は彼女が言いたいことを察して言った。

 

「その代わり、この国の近くに現れている魔物を倒してくれということか」

 

「もちろん無理にとは言わん。断ったとしてもちゃんとお前たちをベルカという世界に返すと約束しよう……ただ、もし魔物を倒してくれたら、(それがし)はお前たちを救国の士として手厚くもてなすつもりでいるのだが」

 

 またわかりやすい甘言を言ってくれる。それだけ強い魔物ということか、もしくは手厚いもてなしというのはただのリップサービスか。

 

 ……さてどうする? もし万が一その魔物が俺たちの手に負えない強さだったとしたら、俺たちは何の関係もない世界や人のために命を懸けることになる。俺一人だけでもここで死ぬわけにはいかないのに、俺に巻き込まれる形でここに来た仲間たちの身まで危険にさらしていいものなのか?

 

「いいんじゃない」

 

 その言葉に、俺とブルトンヌは声の方に顔を向ける。

 そう言ったのは、窓の方でイクスと一緒に空や遠くに見える森を眺めていたティッタだ。イクスはティッタに顔を向けながらもまだ紫の空が気になるようで、視線を行ったり来たりさせている。

 一方、ティッタはまっすぐ俺たちを見ながら……

 

「その魔物ってのがどれくらい強いのかはわかんないけど、これだけの面子を相手にして勝てる奴がいたらむしろ見てみたいくらいだよ。それにその魔物倒してタダ飯食わせてくれるのなら儲けものでしょう。今のベルカは不作のせいで王侯貴族でもご馳走が食べられないくらいなんだし。それくらいは期待していいんですよねブルトンヌさん?」

 

「もちろんだ! あの魔物を倒したら盛大に宴を開くつもりでいる。魔物を倒した功労者を主役とした宴をな!」

 

 ティッタの確認にブルトンヌは大きくうなずいて答えた。

 

「まっ、確かに魔物くらいあたしらの敵じゃねえな。そういうのからリンカーコアを取ってきたこともあったし」

 

「えっ? リンカーコアって人間以外からも蒐集できるのか?」

 

「ああ。大型の魔法生物の中にはリンカーコアを持っている奴がいるんだよ。騒ぎを起こさずこっそりと闇の書を完成させたいって主から、そういった生物からの蒐集を指示されたこともあるんだ」

 

「そうだったのか……」

 

 ヴィータの説明に、俺ははあっと息を漏らしながらそう答える。

 考えてみれば人間以外にもリンカーコアを持っている生物がいても不思議ではない。もっともそう言った生物から蒐集するより、大勢の魔導師から蒐集した方が効率がいいのだろうが。

 

「ふむ、リンカーなんとかとはよくわからんが、魔物を倒したことがあるのは心強いな。さすがは(それがし)が勇者として召喚した男が連れてきただけはある。それに心配しなくても(それがし)が用意した《守護装備》に身を包めば、魔物から攻撃を受けても怪我を負うようなことはない」

 

「守護装備?」

 

 俺がその単語を復唱すると、ブルトンヌはおもむろに右手を持ち上げパチンと指を鳴らした。

 すると金髪の執事とミニスカの侍女が何人か部屋に入ってきて、俺たちに服を手渡してくる。部屋に入ってきた執事や侍女には、やはり猫のような耳と尻尾がついていた。

 

「その服は守護装備といってな。《フロニャ(ちから)》が込められた素材でできた、魔物との戦いには欠かせない防具だ。それを着ている間はどんな衝撃を受けてもかすり傷一つ負うことはない……着ている間はな」

 

 またしても聞いたことのない単語で説明するブルトンヌに、俺は「フロニャ(ちから)とは何か?」と聞いた。

 

 フロニャ(ちから)とは、フロニャルド各地に染み渡っている加護の力で、それが働いている場所では傷を負うことはなく、フロニャルドの人々はフロニャ(ちから)が濃い場所に居住地や拠点を作るらしい。その力が込められている服を着れば、魔物に攻撃されようと傷一つ負うことはないとのことだ。

 ……しかしフロニャ(ちから)とはなんとも力が抜けそうな響きだな。フロニャ(りょく)とかでは駄目なのだろうか?

 

「さらに、守護装備に加えて、ケントにはこの地に古くから伝わる二対の宝剣の一振り《神剣エクスマキナ》を貸与するつもりだ。どうだケント、ガレットの勇者として(それがし)に力を貸してはくれないか?」

 

 そう言って俺を見つめるブルトンヌに答えを返さず、俺は後ろにいる皆を見た。

 いまだに空を眺めたままのイクス、彼女の隣でこちらに顔を向けるティッタ、やれやれと呟くヴィータ、仕方なさそうにため息を吐くシャマル、無表情でこちらを見つめたままのザフィーラとリヒト、二人の中心で微笑みながらうなずくシグナム。どうやら異論がある者はいないようだ。

 それを確かめて俺はブルトンヌに顔を戻す。彼女は俺がどう答えるかわかっているように笑みを向けていた。

 

「わかった。大口を叩くつもりはないがやれるだけのことはやってみるよ。よろしく頼む領主ブルトンヌ」

 

「そうか。貴殿ならきっとそう言ってくれると思っていたぞ勇者ケント。(それがし)は部下や民たちからは“ブル閣下”と呼ばれている。貴殿たちも遠慮なくそう呼ぶがいい」

 

 そう言葉を交わしながら俺はブル閣下と硬い握手を交わした。

 

 

 それからすぐに、俺たちは守護装備に着替えてヴァンネット城を発つことになる。別に魔物相手に後れを取るとは思っていなかったが、万が一ということもあるしせっかくだからな。

 

 結果的に言えばこの判断は正解だった……二重の意味でな。

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