グランダムの愚王   作:ヒアデス

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第7話 守護騎士に与えられた生活 後編

貴様、腰が入っていないぞ! それで主を守れると思っているのか! そこのお前は剣の握る時に力が入りすぎだ! それでは敵の動きに対応できんぞ!

 

「は、はい!」

「こ、こうですか?」

 

 守護騎士の二人目、シグナムは案の定練兵場にいた。

 自主的に素振りでもしてるのかと思いきや、兵たちに教練を施している。シグナムの指導を受けているのは新兵ばかりでなく、中には出仕してかなり長く王家に仕えてる将校までいた。

 

「ほう」

「……」

 

 

 兵を叱咤するシグナムの姿を見て、俺は結構堂に入ってると感心したものだが、ヴィータの方は唖然としている。

 兵の素振りの仕方や訓練用模擬剣の握り方が自分の納得できるものになったらしく、シグナムは口を閉じてしばらく訓練を眺めていたが、俺とヴィータに気付くと会釈をしてこちらに近づいて来た。

 

「これは主ケント、ご無沙汰しています。ヴィータも一緒か」

 

「ああ。久しぶりだなシグナム。城の暮らしに慣れてるようでなによりだ」

 

「じっとしてはいないだろうと思ってたけど、お前何やってんの?」

 

 挨拶も返さずヴィータは早々に切り出した。前までの主のもとでの暮らしから考えると、守護騎士が兵たちに指導するのは異様に見えるのか?

 

「うむ。最初は己の鍛錬のために素振りをしようと女中から教わってここへ来て、同じく鍛錬のためこの場へ来たというこいつらと立ち並んでともに剣を振っていたのだが、こいつらの動きがあまりにも鈍すぎて見るに堪えなくてな、つい口を出してしまったんだ。最初は反抗的だったが、一番腕が立つらしい者と立ち会って、退けたら私の言うことを聞くようになり、次第にこうなった」

 

「「……」」

 

 なるほどシグナムらしい。確かにその経緯が容易に目に浮かぶ。

 それを聞いてヴィータも得心が言ったようだ。

 しかし、黙り込む俺たちを見た途端、シグナムはばつが悪そうな表情になった。

 

「……あの、いけませんでしたか主? 主の許しも得ず私が兵の指導に口を出して……だとすれば――」

 

「いや、なかなか良い指導だった。シグナムに叱咤された者の中には城に登って長い者もいたが、シグナムから見ればまだ動きが悪かったのか」

 

 そうだとしたら訓練内容を組みなおした方がいいかもしれない。

 聖王連合ともダールグリュン帝国からも独立している我が国グランダムは、他国から見て侵攻するにはうってつけの獲物に変わりないからな。兵の量だけでなく、質も上げられるなら上げていかなくては。

 

「シグナム、都合がよければで構わない。今後手が空いている時は、今日のように兵の訓練を見てやってはくれないか?」

 

「えっ!? 私がですか?」

「――!?」

 

 俺の頼みに言われたシグナムだけでなく、ヴィータまで目を見張ってくる。

 

「先の戦といいこの城、いや、この国で一番の手練れはシグナムかヴィータだろうからな。シグナムが兵を鍛えてくれるというのなら心強い」

 

「……わかりました。主のご命令とあらば」

 

 少しの間考えを巡らせてから、シグナムはそう言って一礼した。

 

「うむ。そう言ってくれると嬉しい。では指導を続けてくれ。俺とヴィータは、残るシャマルとザフィーラの様子を見に行くのでな。少しヴィータを借りていくぞ」

 

「はい。ただ、ヴィータはもうご承知の通り、口の利き方の分からぬ者です。どうかヴィータの無礼は主の寛大な心でご容赦くださいますよう」

 

「わかってる。むしろヴィータのおかげで分をわきまえることができてると思っているよ。俺はあくまで闇の書の持ち主の一人に過ぎないとな」

 

「ふん! 今更ゴマするような奴、あたしが主の立場だったらかえって信用できないけどな。それと主、勘違いすんなよ! リンカーコアの蒐集に関係ない命令なんて聞く必要はないんだ。散歩なんてもんいつでも抜けることを忘れるな」

 

 そう憎まれ口をたたいて先を進もうとするヴィータに、俺は「はいはい」と苦笑しながらその背を追いかける。

 そんな俺たちに不思議そうな視線が注がれた気がした。

 

 

 

 

 

 

 先をずかずか歩くヴィータに、俺は何とか追いついてその横に並ぶ。

 

「ところでヴィータ、さっきの話なんだが――」

 

「あん? さっきって、シグナムが兵士どもに指導をつけるって話だろう。主がそうさせたいならさせておけばいいじゃないか。あたしは知らない!」

 

 ヴィータはこっちも見ずにそっけない返事をしてくる。

 そんなヴィータに俺はある頼みごとをする。

 

「それなんだけどな、ヴィータも兵たちを指導してみる気はないか? そうしてくれると一層ありがたい」

 

「はあっ!? 寝言は寝てから言ってろよ! あたしにそんなの出来るわけないだろう!」

 

 途端にヴィータは勢いよくこっちを向いて、そう否定した。

 

「そうか? お前も訓練を見て、口を出したがってるように見えたんだけどな」

 

「主の目が悪いんだろう。弱い兵隊にあれこれ口出す手間かけるくらいなら、あたし自身が敵をぶっ潰した方がはええ。まあ主としての命令つーなら従わざるを得なくなるだろうけど、あたしみたいにワガママな奴だらけになっても知らねえぞ」

 

 はたしてそうだろうか? ヴィータが部下に戦い方を指導するのは結構板につくような気がするのだが。

 

 

 

 

 

 

 残る守護騎士の居場所に心当たりがあるのか、さりげなく先を行くヴィータに続いて、俺も城から屋外に出て、城門の前に広がる広場に来た。

 

 城門の向こうでは、二人の門番が近くを通りがかった通行人と何やら話し込んでる。短いスカートを履いた若い娘のようだが、まさか職務中に女子(おなご)を口説いてるわけじゃないだろうな。

 注意しに行こうかと門に近づくと――

 

「――なっ!?」

 

 驚くべき事にそこには狼がいた!

 毛並みは青く四足の足を曲げ、眠っているのか目を閉じ微動だにしない。

 あの狼を見て思ったのは、そんな馬鹿なという疑問だ。

 王都どころかその周囲は平野が広がるばかりで、狼が生息しているなんて聞いたことがない。

 どこかの旅人が連れてきた猛獣が脱走したとしても、街中で騒ぎが起きてすぐに捕獲か駆除されるはずだ。

 それがどうやって城の敷地内に入り込んできた?

 

「……たく、あいつこんなところに」

 

 狼の恐ろしさを知らないのか、ヴィータは無防備に向かおうとする。俺はたまらず――

 

「駄目だ、じっとしろ!!」

「――あっ! 何すんだ! 離せよ、エロ主!!」

 

 手を掴まれたヴィータは激しく暴れながら、そんな人聞きの悪いことをわめく。

 すると……

 

「「……」」

「……」

 

 門番も通行人もこちらに気付き、ヴィータを掴む俺を冷ややかに見ていた。

 しかし、彼女と門番たちは、俺たちの前にいる狼の存在に気付いた途端ギョッとした顔になる。

 狼の方はとっくに俺たちに気付いていて、俺とヴィータを見つめながら立ち上がっていた。

 それを見て――

 

「誰か格子を上げろ! 陛下とヴィータ卿が狼に襲われそうになっているぞ!」

「君は早く逃げるんだ! あの狼が見えているだろう!」

 

 門番二人のうち一人は城内に向かって叫び、もう一人は少女に逃げるように言っている。

 しかし、格子は短時間には上がらない。上がったとしても門番がここに駆けつけるより、狼が俺たちを襲うのが先だろう。

 

「……くっ、ヴィータは逃げろ! 狼は俺が何とかする!」

 

 ヴィータから手を放して、柄を握りながらそう叫ぶものの、肝心のヴィータは腰に手を当ててため息を吐き出すだけだった。

 

「おいザフィーラ、さっさと人間の姿に戻れ。どいつもこいつも騒がしくて鬱陶しい」

 

「だからそんなこと言ってる場合じゃ――……ザフィーラ?」

 

 ヴィータがそう狼に呼びかけると、狼の姿は白い光に包まれその形を変える。

 

「驚かせて申し訳ありません主ケント。そう言えばこの姿は見せるのはこれが初めてでしたかな?」

 

「……」

 

 狼が変化したその姿は、ヴィータと一緒に探していた守護騎士の三人目ザフィーラだった。

 よく見れば、狼でも人間の姿でも額についている宝石らしきものはそのままだ。

 

「それにしても、もう共に散策するくらいヴィータが気を許すとは、主ケントには私の方も度々驚かされますな」

 

「許してねえ。いつの間にかバラバラに過ごすようになったお前らの様子が気になったから見に来ただけだ。主は勝手についてきたおまけ」

 

 放心している俺と違って、ヴィータは平然とザフィーラに応じている。

 

「……」

「……ザ、ザフィーラ卿?」

「……狼がいかつい大男になった?」

 

 一方で、格子の向こうにいた門番二人と少女はあぜんとしている。普通はああいう反応をするだろう。

 

「ザフィーラ……その姿は一体?」

 

 俺が問いを発すると、ザフィーラは不思議そうに肩眉を上げ、その横でヴィータはやれやれと肩をすくめて答える。

 

「そういやザフィーラのこの姿を見せるのは初めてだったな。さっきの狼もこいつの姿なんだよ」

 

「いかにも。ゆえに“盾の守護獣”と名乗っております」

 

 そういえば最初に会った時にそんな二つ名を名乗っていたな。まさか言葉通りの意味だったとは。まあ、闇の書から出てきたぐらいだし、このぐらいのことは驚くに値しないか。

 俺はそう思い直して。

 

「そうか。驚いてすまなかった。頼りにしているぞ守護獣ザフィーラよ」

 

「御意!」

 

 俺の言葉にザフィーラは一礼しながら、心強い返事を返してくれた。

 しかし、城に住む獣か。あいつも城内に豹を買っていたな。王になってから今後の参考のために奴に一度会いたいと思っているが、それもいつになるやら。

 

 ……さて、こちらの方はひと段落したのだが。

 

 

 俺たちの前にはいまだに俺たちをしげしげと眺めている門番二人と少女がいた。

 俺は彼らのいる城門に近づいていく。

 

「すまない。つまらないことで騒がせた。この通り私は大丈夫だ。ところでそちらのお嬢さんは?」

 

 そう言って、俺は彼女に目を向ける。

 茶髪に緑色の左目と整った容姿の女子(おなご)で、右目に眼帯を巻いている。

 ――思い出した。この子、先日の凱旋で俺を見つめていた少女じゃないか。

 

 そこで門番の一人が少女に目をやりながら言った。

 

「それがですね……この娘、いきなりこの城を訪ねてくるなり、新兵として仕官させろと言って聞かないんです。何度断っても」

 

 仕官? この少女がか?

 

「侍女など使用人ではなくてか? それなら喜んで迎え入れるが」

 

「違うよ。兵隊として雇ってもらいたくって来たんだよ。そこの赤髪が入れるんならあたしも入れるはずだろう」

 

「おい! 人を顎で指すんじゃねえ。ヴィータ様だ。ヴィータ様と呼べ。茶髪眼帯」

 

「好きで眼帯してないっつうの! あたしはティッタだ!」

 

 そこの赤髪と呼ばれたヴィータが眼帯の少女に食って掛かる。幸い二人は格子越しだから取っ組み合いになる心配はないが。

 しかし、この二人似てるな、口調とか性格とか。

 

「まあ待て。ティッタとやら、そこのヴィータもザフィーラも先日の戦で武功を上げたから、騎士になることができたんだ。《シュトゥラの姫騎士》の例もあるし、女だからと侮る気はない。しかし、その眼で戦いに出るのは危ないのではないか?」

 

 ヴィータの前に割って入り、俺はティッタという少女に忠告する。だが、ティッタは意に介さずに。

 

「ああこれ? 心配ないよ。物心ついてからずっとこれつけて生活してるし、喧嘩だってみんな右から狙ってくるから、慣れて戦いやすいくらいだ。むしろ手加減の方が難しいくらい。でも戦争ならそんな必要もないだろう」

 

「手加減?」

 

 俺がオウム返しに言うとティッタはニヤリと笑みを浮かべ、自身が背負っていた物に手をかけた。

 

「なっ!?」

「これは!?」

 

 ティッタが背中の鞘から抜いたのは大剣だった。並の兵士なら両手で持っても握るのは難しい巨大な剣を、彼女は片手で振り回している。

 

「あたしの力は強いよ。力勝負なら一度も負けたことなんてない。いつ戦争が起こってもおかしくないこの国の軍隊にとって、アタシは喉から手が出るほど欲しい人材だって確信してるんだけど」

 

「…………」

 

 俺は放心する。

 似ている、剛力も身体特徴もあの人にそっくりだ。

 まさかティッタの正体は……。

 

「……駄目だ! 力が強くても、それだけではどうにもならないことが起こりえるのが戦というものだ。その右眼も開けるわけにはいかないのだろう。慣れているだけで見えていないのは確かなんだ。危険すぎる!」

 

 俺はティッタを拒絶する。戦いが危険というだけでなく、彼女には平穏な生活を送ってほしいと思って。

 そんな俺にティッタは肩をすくめ、大剣を背中にある鞘に納めた。

 

「あっそ。まあ、気が変わったらここに尋ねてよ。あたしの住所。でも、早い方がいい。なんか嫌な予感がするんだ。この国の隣で今とんでもないことが起きてる気が……そういうことだから、じゃあね陛下」

 

 格子の隙間を通して、俺に折りたたまれた紙を押し付けてからティッタは背を向けた。

 そんなぶしつけな志願者を俺たちは唖然としながら見送る。

 

「そう言えばあいつ、主に似てたな。髪と目の色とか」

 

「……」

 

 ヴィータのつぶやきに対して俺は何も言えない。

 むやみに明かすわけにはいかないし、いつ滅ぶかわからない国の王家に入ることが、ティッタの幸せになるとは限らない。

 

「さて、後はシャマルだけか。だいぶ歩き回ったし、その前に食事でもどうだ?」

 

 ティッタの件を誤魔化すべく俺はそう提案する。

 ヴィータもザフィーラもこれ以上は追及せずにうなずく。

 そのついでにあれこれを察したらしい、門番たちも口止めも兼ねて食事に誘うことにした。

 

 

 

 

 

 

「あら陛下! ヴィータとザフィーラも!」

 

「ちょうどいい時に来たようですな」

 

 食堂に着くとそこには守護騎士の四人目シャマルが厨房を行き来しながら、食事の配膳をしており、すでにシグナムが卓についていた。

 シャマルの方はてっきり書庫にいると思っていたのだが、まさかここで見つかるとは。

 

「おうシャマル。ここにいたのか」

「この匂い、まさかお前が料理していたのか?」

 

「ええ、部屋に料理本があったから。これからに備えて作り方を覚えてみようと思って」

 

 ザフィーラにそう聞かれ、シャマルは胸を弾ませながら打ち明けた。

 

「ほう、シャマル卿が手ずから作る料理」

「よろしいのですか? 我々までご一緒して」

 

 美人騎士の手料理と聞いて、門番たちは期待を隠す気もなく顔を緩ませる。そんな彼らに苦笑しながらシャマルに伺いを立てた。

 

「ああ……いいよなシャマル?」

 

「ええ。どうぞご遠慮なく」

 

 急な来客をにこやかに迎え入れながら、シャマルは出来上がった食事を運んでいき、ほどなく用意が整った。

 俺は酒の入ったグラスを掲げ、他のみんなも後に続く。ヴィータだけ果汁水だが。

 

「ではこの国の繁栄と皆の息災、それから戦乱の早期終結を願って」

 

「――乾杯!!」

 

 グラスをぶつけ酒を酌み交わし、シャマル手製の料理に手を付ける。その味は――

 

「…………」

 

 微妙だ。スープの味が薄かったり、食材が切れてないまま繋がってたり、野菜なのに甘かったりする。

 それでも紳士のたしなみとして、俺や門番は時々うまいとおだてながら、ザフィーラは黙々と摂っていた。

 しかし、女性陣はこういう時に残酷だ。

 

「これマズイぞ」

「微妙だな」

「ええっ!」

 

 そして最後に出されたデザートは……とても辛かった。

 

 以後シャマルが時々食堂に立つことがあったが、その時はなぜか周囲から人気(ひとけ)がなくなったという。

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