グランダムの愚王   作:ヒアデス

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EX.3 魔物

 一刻後、俺はブルトンヌから《紋章術》というフロニャ(ちから)を用いた法術と《神剣エクスマキナ》の使い方を一通り教わり、守護装備に身を包んでからヴァンネット城の前に出た。

 ブルトンヌから預かった《神剣エクスマキナ》は今、俺の右手の人差し指にはめられている指輪に封じられている。宝剣は普段粒子状になって指輪の中に収納され、戦いの際は武器の形をとるらしい。しかも使用者の意思によってさまざまな形をとるとのことだ。

 

「――あっ! ケント様、領主様、こっちでーす!」

 

「おせーぞ! お前ら一体何してたんだよ?」

 

 俺とブルトンヌが城門の前に着く頃には、すでに皆がそこにいて俺たちの到着を待ちわびていた。皆も俺と同じように守護装備に着替えている。

 城内にいた時から飽きもせずに空を眺めていたイクスは上機嫌そうに手を振り、ヴィータはいつものように憎まれ口を叩いて俺たちを迎えた。

 

「悪い。ブル…閣下から色々教わっててな」

 

 ブルトンヌの呼び方に戸惑いながら俺はそう答える。

 愛称みたいなものとはいえ、人に敬称を付けて呼ぶことにまだ慣れない。そもそも今の俺はブルトンヌの臣下ということになっているのか? 今さら敬語を使う気になれずにそのまままためで話し続けてて、彼女もそれに気を悪くするような様子はないが。

 

 一方、ブル閣下はみんなを見回して――

 

「よし、皆揃っているな。早速魔物の討伐に行きたいところだが、その前に一つ聞きたいことがある。星詠みで見た限りお前たちは空中で戦っているように見えたが、あれは本当に飛んでいるのか?」

 

「ああ。何なら見せてみようか?」

 

 俺がそう言うとブル閣下はこくりとうなずき、真剣な表情で俺たちをじっと見つめた。

 俺はさっそく飛行するところを閣下に披露しようと意識を込めかけるが、そこにヴィータが俺たちの間に割って入ってきて俺に一瞥くれた。

 自分にやらせろということか。ヴィータの意を察した俺は肩をすくめながら視線でヴィータを促した。

 ブル閣下は怪訝そうな目でヴィータを見る。そんな彼女にヴィータはニヤリとした笑みを見せて、

 

「目ん玉見開いてよく見とけよ、閣下さん」

 

 そう言った直後にヴィータの足は地面を離れて宙に浮き、たちまち空高く上昇していった。……赤か、飛行魔法を知らない閣下に飛ぶところを見せびらかしたいがために、俺がすぐ後ろにいることを失念していたようだ。

 一方、ブル閣下は上空に浮かんでいるヴィータを呆然と眺めている。星詠みで俺たちが空を飛ぶことができると知っていても、実際にそれを目の当たりにすると信じられないという気持ちが出てきてしまうらしい。

 しばらくしてから閣下は我に返り、取り繕うように咳払いをして言った。

 

「そ、そうか、どうやら本当に飛ぶことができるようだな。では《セルクル》は必要ないか」

 

「セルクル?」

 

 俺のおうむ返しにブル閣下は後ろを振り返って、そこにあるものを示した。

 そこには色とりどりの巨大な数羽の鳥がポールに繋ぎ止められていた。……まさかとは思うが、

 

「あの鳥に乗って行くつもりだったのか?」

 

 俺が問うと、ブル閣下はこちらを振り向いて答えた。

 

「そうだ。(それがし)たちは貴殿たちのように空を飛ぶことはできないからな。だからこうして準備はさせていたのだが……その必要はなかったようだ」

 

 ブル閣下はそう零すと鳥の隣にいる兵士たちに向かって手を上げる。それを受けた兵士たちは鳥を引いてここから去っていった。俺たちは唖然としながらそれを見送る。

 どうやらガレットでは、馬の代わりにあのセルクルという鳥が乗用に使われているようだ。つくづく俺たちの常識が通用しないな。このような世界があったなんて。

 

「では改めて魔物退治に行くとしようか。ただ、今言った通り(それがし)は飛ぶことはできん。誰か肩を貸してくれないか?」

 

 ブル閣下の頼みにシグナムが進み出てきて、

 

「私でよければ構わないが、ブルトンヌ殿まで行く必要はないのではないか? あなたはガレットという国を治める領主なのだろう。そんな立場にいる方がわざわざ危険を冒す必要は――」

 

「領主だからこそだ。(それがし)はお館様――前の領主様からこの街と街に住む民たちの未来を託された身。その(それがし)が街と民を脅かす脅威を前に座して待っていることなどできん。(それがし)も貴殿らと共に行かせてもらうぞ。今は手間をかけさせると思うが、戦いとなればお前たちに後れは取らん!」

 

 ブル閣下の言葉を聞いてシグナムは俺の方を見た。そんなシグナムに向かって俺はうなずく。ブル閣下の好きにさせてやってくれと。

 同じ国を預かるものとして閣下の思いは痛いほどよくわかった。俺だって今までグランダムの王という立場にいながら、自ら剣を取って敵軍と戦ってきた。自国を脅かす脅威に対して居ても立っても居られないのは俺も閣下も同じなのだろう。俺としてはブル閣下の意思を尊重したい。

 その思いはシグナムに伝わったようで、彼女は肩をすくめてブル閣下に言った。

 

「分かった。ならば私の肩に捕まってくれ。その代わり魔物がいる場所までの案内は任せたぞ」

 

「無論だ。(それがし)が示す方に向かうがいい」

 

 

 

 こうして、ブル閣下とイクスを含めた俺たちは上空を飛んで魔物を倒しに向かった。

 守護装備を着ているため怪我を負う危険がないとはいえ、魔物との戦いにイクスまで連れて行くことに躊躇いはあったが、イクス一人をヴァンネット城に残しておくほどまだブルトンヌを信用していない。一緒に連れて行った方が安全だ。

 イクスも嫌がる様子は見せず二つ返事で俺たちについてきて、今はシャマルに捕まりながら、紫色の雲一つない空や生き生きと伸びている木々などベルカでは見られない景色を堪能している。それはティッタも俺も同じだ。俺たちが生まれるずっと前からベルカは暗雲に覆われていて、木々も日光がほとんど当たらないため発育が悪いものか、日光なしでも育つ樹木ばかりが残るようになった。こんな景色を見るのは生まれて初めてだ。

 あの時、魔物退治を引き受けるようにティッタが勧めてきたのもこの景色を眺めたかったからだろう。俺だって迷いながら内心ではもう少しこの世界を見ていたいと思っていた。この景色を見てつくづく思う。不測の事態ではあったがこの世界に来れてよかったと。

 

 

 

 

 

 

 しかし、その感動も目的地に着いた途端に台無しにされる。

 そこに生えていた木々はあらかた倒され、岩山は崩れ、大地は荒らされて、倒された木や動物たちの死骸が至る所に散乱していた。それを見て俺たちもブル閣下も思わず顔をしかめる。

 森林の荒廃はずっと先まで続いており、その先にそいつはいた。まるで更なる餌場を求めて進んでいるかのように。

 

 そこにいたのは、山ほどの大きさの巨大な大蛇だった。鱗は黒く、金色に輝く目に瞳はない。

 その出で立ちに女性陣の何人かがうめき声を漏らす。

 

「閣下、あいつが……」

 

「ああ。この一帯を荒らし、周囲にある村々にまで害を及ぼす魔物だ。フロニャルドでは数百年間様々な魔物が跋扈していたが、あれほど強大なのは歴史上でも数えるほどしかいないと聞く。奴がいる限り人々はこの森を通ることができず、ガレットは他国から孤立してしまうだろう。それどころか、あの魔物を放っておけば、そのうちガレットやビスコッティなどの街に入り込んで暴虐の限りを尽くしかねん。そうなる前に何としてもここで叩き潰さねば!」

 

 自らを奮い立たせるように強い口調でそう息巻く閣下を見て、俺も意を決した。

 

 あの《魔物》を倒す。

 あんなのにこの森やこの世界に住む人々を好きにさせてたまるものか。この実り豊かな世界をベルカのようにさせてたまるか!

 

「いいだろう、その命令承った! シグナムは閣下を下ろして彼女とともに地上からあの魔物を攻撃しろ! シャマルはイクスを守りながら必要に応じて各員の補助と回復を、他の者たちはそれぞれの判断で地上や空中から魔物を攻撃――いいな!」

 

「「「はっ!」」」

「「おうっ!」」

「はい!」

「…えっ? あっ、はい!」

 

 

 

 

 

 

 同時刻、大蛇の魔物がいる森の西には騎乗鳥セルクルに乗って森に向かう五人組がいた。女三人、男二人の若い男女の集団だ。ただし、最前線にいる狼の耳と尾がある茶髪の兄妹は見た目通りの年齢ではないが。

 

「兄者、見えてきたよ」

 

「ああ、あれが例の魔物だろう。大きさや凶暴さから見て《禍太刀(まがたち)憑き》かもしれないな」

 

「《禍太刀憑き》……私とフィー様を追いつめた魔物に刺さっていた刀があの魔物にも。……フィー様」

 

 金髪の女は、隣にいるリスのような耳と尻尾がある小麦色の髪の少女の顔を窺う。少女は女を見ず、険しい表情で眼前の森を見据えながら答えた。

 

「……急ぎましょう。これ以上あの魔物による被害を出すわけにはいきません。それにあの魔物が《禍太刀(まがたち)》に囚われてあんな姿になってしまったのだとしたら、早く解放して元に戻してあげないと」

 

「――おい待て! 魔物のそばに誰かいるぞ。ちょっと待ってろ…………マジかよ! あいつら空飛んでやがる! しかもまさか、あの魔物と戦っているのか? 一体なにもんだあいつら?」

 

 望遠鏡で魔物を眺めていた、リスのような耳がついた銀髪の男の言葉に、他の四人は怪訝な顔をする。

 飛んでいるとは人間がか? 宝剣もなしにそんなことができるのは、魔物研究の中で魔神の力を身につけたそこの男だけのはずだ。しかし平時で女性がらみならいざ知らず、こういう時に彼が冗談や嘘を言うとは思えない。

 

 では男が言う、空を飛び魔物と戦っている者たちとは一体?

 実際にそれを見ている男を始め五人は疑問を抱くも、これ以上じっとしているわけにもいかずセルクルを進め森へ入る。

 何者であれ、その者たちが魔物を倒せるとは限らない。それに戦いがどうなろうと、その者たちに会わないわけにはいかなくなった。

 

 

 

 

 

 彼女たちこそ、ガレットの西にある『パスティヤージュ王国』からフロニャルド各地の魔物を退治して回っている一行であり、その中心にいる金髪の女の名はアデライド・グランマニエ。

 パスティヤージュ王国の当主クラリフィエ・エインズ・パスティヤージュが召喚した、《もう一人の勇者》である。

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