「異世界から召喚された勇者……君もそうなのか?」
「君も? ……そういえばあなたには耳と尻尾が付いていませんね。もしかしてあなたも別の世界から?」
勇者を名乗る金髪の美女、アデライドはそう言いながら俺の頭や腰のあたりをじろじろと眺め、俺もまた彼女の頭と腰に目をやった。
……確かにこの世界の住人と違って、彼女の体には獣のような耳も尻尾も付いていない。異世界から来たというのは本当かもしれない。
しかし、彼女が本当に勇者だとしたら俺の立場はどうなるんだ? 魔物を倒す勇者として召喚されたのは俺ではなかったのか?
「おい、一体どういうことなんだブルかっ――!」
勇者について問いただそうと、ブル閣下がいる方向を振り返った瞬間、俺は言葉を詰まらせてしまった。なぜならば……
「きゃあ!!」
「み、見るな! エロ主!」
「~~!」
「バカ! 目えつぶれよ変態兄!」
「あっち向いてください!」
後ろにいたうちの女性陣は皆、何も身につけていない状態だった。そういえば魔物の攻撃を喰らって守護装備が破れてしまってたっけ。
なるほど、着用者が負うダメージを服が代わりに被るわけか……理にかなっているようなそうでもないような……。
俺たちの視線を受けて女性陣は胸や局部を手で隠し、ザフィーラと狼耳の男は彼女たちを見ないようにあさっての方を向いていた。
そんな中で彼女は……
「――」
リヒトも他の
だがそこへ――
「うひょー! なんだこりゃー! こんな森に裸の女の子たちがいる!」
隅の方から男の声が届いてきて俺たちはそちらを振り向く。裸の女性陣たちも手で体を隠したまま声の方へ体を向けた。
そこには、うちの女性陣の裸を見て鼻の下を伸ばしている銀髪の男がいた。
赤い眼と褐色の肌、そしてリスのような耳と四股の尻尾が付いている男だ。
男は恥ずかしそうに体を隠す
「しかもめちゃくちゃかわいくて胸が大きい子たちばかりじゃねえか! こいつは思いがけない幸運だぜ!」
男の言葉に胸が小さいブル閣下と、胸も背もまったくないヴィータとイクスはむっとする。だがそんな三人を気にも留めず、男は他の
「特にそこの銀髪の子はすごい大きさだな。何を食ったらそんなに育つんだ? ちょっとだけそこから手をどかしてくれ。ほんのちょっとでいいから、頼むよ!」
男はリヒトにいやらしい目を向けながらそんなふてぶてしいことをほざく。
怒りのあまり、俺は思わず男にむかって――。
「おいやめろよ! 彼女たちが恥ずかしがっているのが分からないのか!」
「あっ? 何だお前は? 俺が何を見ようとお前には関係ないだろう! だいたいお前だってあの女たちの裸をじろじろと見てたじゃねえか。特にあの銀髪の子なんか食い入るようにじっくりと!」
そう言われた瞬間、俺の口からうぐっといううなり声が出てきた。
確かにその通りだ。いけないとは思いつつも俺はリヒトの体から目を離すことができなかった。
「なんでお前が見ていいのに俺はダメなんだ? こいつらはみんなお前の女かなにかだって言うつもりか? ……それはそれでむかつくけどな」
「ち、違う! 彼女たちとはそんな関係じゃない! さっきのは彼女たちから目をそらそうとした所に偶然お前がやって来て――」
「一分以上ガン見しといてよく言うぜ! 俺が出てこなきゃずっと裸眺めてただろこのドスケベ!」
「お前に言われたくない! ていうか最初からいたのかよ!?」
「ああいたさ! ここに着いて最初に見えたのがお前の姿でよ、熱心な顔で何か見てるから気になって視線の先を追ってみれば、裸の女たちがいたってわけだ! 何事かと心配して損したぜ」
「何が心配だ! 彼女たちを見た途端開口一番に下劣な声を出しやがって。何がうひょーだ!」
(……主)
(な、なんてアホな喧嘩だ……)
(どっちもスケベなことは変わらないわよね)
(あんなのがアタシの兄だとは)
(もしかしてケント様はリヒトさんのことが……)
まわりから注がれる冷たい視線にも気づかず、俺と男は舌戦を繰り広げる。そんな時だった――。
「彼の言うとおりですよヴァレリー。魔物との戦いで
いつの間にかヴァレリーという男のすぐ隣にはアデライドがいて、ヴァレリーの頭に紫色の武器らしきものを突き付ける。彼女に気付いた途端、ヴァレリーは顔を青ざめさせてアデライドに顔を向けた。
「わ、わかってるって。魔物も封印して落ち着いたから、冗談でも言って場を和ませてやろうと思ってだな……だからそれ早く降ろしてくれって」
「じゃあ早くあっちを向いてください。でないと本当に撃ちますよ」
そう言ってアデライドは俺に視線を移し――
「あなたもですよ! ああ言っておきながら、自分だけ彼女たちのあられもない姿を見ようとするつもりじゃありませんよね?」
「あ、ああ、わかってるよ」
凄みのある声に気圧されて俺はそう答え、ヴァレリーとともに向こうを向いた。ここでリヒトたちに目を向けようなんて真似をすれば、今度は俺がアデライドに武器を突き付けられるだろうな絶対。
「なら結構です……フィー様、ヒナ、セルクルに積んである荷物からシーツを数人分持って来てもらえませんか。私はこの人たちを見張っていないといけませんので」
「はい。お願いしますね」
「すぐ持ってくるよ」
そう言ってフィー様やヒナというらしい二人の少女は、木々が生い茂る森へと向かおうとする。
しかし――
「――あっ! 気持ちは嬉しいけど、あたしらの分は持って来なくてもいいぞ」
「――えっ!?」
「ヴィータ、いきなり何を?」
そんなことを言いだしたヴィータに女性陣の視線が集まる。俺を含めた男連中はそうするわけにはいかず、彼女たちの話に耳をそばだてるしかなかった。
しかしティッタはヴィータが言わんとすることに気付いたらしく、彼女の声とともにポンと手を打つ音が聞こえてきた。
「そっか! 騎士甲冑を着ればいいんだよ。アタシらはいつでも魔具を使って甲冑を着ることができるじゃん」
「「あっ!」」
ティッタの指摘に、シグナムとシャマルが揃って間の抜けた声を上げる。
そっか、別に毛布とかなくても騎士甲冑を装着すればいいよな。すっかり忘れていた。まあ騎士甲冑を着れるのは守護騎士だけだから、他の
それからすぐに守護騎士四人は甲冑を装着したみたいで、アデライドは目を見張り、少女たちがざわめく声が聞こえる。やがてヒナという狼耳の少女が驚きから立ち直れない様子のまま言った。
「……じゃ、じゃあまだ何も着ていないのはそこの三人か。三人分のシーツを取ってくればいいんだね」
「おう。なんならあたしも手伝おうか? 三人ともあたしらの身内だし」
「いいっていいって。たった三枚となればフィーの手もいらないや。私が取ってくるよ」
ヒナがそう言ってからすぐに可愛らしい足音があたりに響く。そんな中で不本意にも隣り合って立つ形になった俺とヴァレリーは、互いに無言の牽制を続けていた。
◆
それからしばらくしてヒナが三枚のシーツを手にここに戻ってきて、ほんの少しの間を置いて俺たちはようやく彼女たちの方を向くことを許される。
守護騎士たちは黒い騎士甲冑を、リヒトとイクス、ブル閣下はヒナという少女が持ってきたシーツを体に巻いていた。
あのようなことがあったばかりで微妙な空気が流れている中、フィー様というリス耳の少女がコホンと咳払いをして口を開いた。その顔にはまだ赤みが残っている。
「……弟が失礼しました。改めて自己紹介させていただきます。私はパスティヤージュ王国から参りました、クラリフィエ・エインズ・パスティヤージュと申します。この姓からお気付きかと思いますが、パスティヤージュ王家の現当主です」
それを聞いて俺たちの何人かは戸惑いの声を上げた。王家の当主という肩書き――ではなく、“弟”という単語に。
話の流れからしてヴァレリーのことを言っているんだよな? どう見てもヴァレリーより年下にしか見えないが……。
そう思いながら二人を見比べる俺たちに対して、ブル閣下は顔をほころばせながらクラリフィエの方へ進み出た。
「やはりそうだったのか! その身なりを見てもしやと思ったが……こちらこそ我が国の勇者が失礼をした。
「そんな、やめてください。《英雄姫》なんて人々が大げさに言っているだけなのです。こちらこそ精強なガレット獅子団を束ねるブルトンヌ様にお会いできて光栄です。私が発案した『各国首脳会議』を開く場を提供していただいたことに関しても、なんとお礼を申し上げてよいか」
「なに。魔物の脅威が去りつつある今、
遠巻きに眺める俺たちをよそに、ブル閣下とクラリフィエはそんな会話を交わす。しかしアデライドが咳払いをした途端に、クラリフィエはブル閣下との話を止めて連れの紹介に戻った。
クラリフィエの弟であるヴァレリーの本名はヴァレリア・カルバドス。パスティヤージュ王国の第一王子に当たる。
なおクラリフィエが王ではなく当主を名乗っているのも、ヴァレリーがいまだに王子という肩書を持っているのも、クラリフィエが正式に即位していないためらしい。
フロニャルドでは多くの国で王位継承者が幼すぎるなど特別な事情がある場合、ただちに王位に就かずに、当主や領主見習いとして経験を積むまでその座を空けておくことができるそうだ。
変わった服を着ている狼耳の二人は、イスカ・マキシマとその妹ヒナ・マキシマ。
二人とも退魔の術を持つ剣士で、各地の魔物を封印しながら旅をしている中で、魔物との戦いで窮地に陥っていたクラリフィエたちを助け、それから彼女たちと行動を共にするようになったらしい。
そして最後に紹介されたのがアデライド・グランマニエ。
クラリフィエが行った勇者召喚によってテールという異世界から召喚された、《パスティヤージュの勇者》に当たる人物だ。アデライドは元々『フランス』という国の貴族で王家と親交があるほどの由緒正しい家の令嬢だったが、王都で起こったある出来事がきっかけで片田舎に押し込められていたところを、パスティヤージュに召喚されたのだとか。
クラリフィエとアデライドを中心とする五人は、パスティヤージュを拠点にフロニャルドの各地にいる魔物を封印して回っており、今回ガレットにやって来たのもこの森を荒らしていた魔物を封印するためと、ガレットで開かれる各国首脳会議に参加するためとのことだ。
なお俺たちが戦った魔物は蛇の《土地神》が変化したもので、その変化を引き起こしたのは、やはり蛇に刺さっていた《禍太刀》と呼ばれる赤い刀だった。あの刀には封魔の力が込められた特殊な札が張られ、刀を抜かれた蛇も現在は元の土地神に戻っているとのことで、治療を施してから野に返すつもりらしい。
自己紹介と以上の話を終えてから、俺たちとクラリフィエたちは互いの予定を進めるためにここで一旦解散することになった。
クラリフィエたちはこのままセルクルに乗ってガレットに向かうつもりとのことで、俺たちも飛行魔法で彼女たちより一足早くガレットに戻ることになる。
それまでの間、シャマルは終始クラリフィエにちらちらと視線を向けていたのが気になってはいたが、俺がその理由を知るのはもう少し後の事だ。