グランダムの愚王   作:ヒアデス

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EX.6 自覚

 パスティヤージュの勇者一行と別れてから、俺たちは飛行魔法でヴァンネット城へと戻った。各国首脳会議に参加するために彼女たちもガレットへ向かう途中だと言っていたから、一刻もしないうちにこの城に着くだろう。

 ヴァンネット城に着いてすぐにブル閣下は湯の用意を指示し、その湯に自分たちも入れてもらえると聞いて、女子(おなご)たちは湯が沸くのを今か今かと待っている様子だった。

 女子(おなご)たちの体にかかった毒霧は守護装備とともに流れ落ちたはずなので、彼女たちの体は綺麗なままのはずだが、それでも不快感は感じてしまうものらしい。

 そんなわけで俺たちは湯が沸くまでの間、それぞれに用意された客室に戻って時間を潰し、しばらくしてピエスモンテという名の侍女から湯が沸いたことを告げられて浴室に向かった。

 しかし浴室か、湯が張られた浴槽に入るなんてシュトゥラに留学した時以来だ。新興国であるガレットにさえ浴室があるのだから、フロニャルドはよほど水に恵まれているのだろう。ベルカでは考えられない。

 

 

 

 

 

 客室前の廊下で出くわした女子(おなご)たちとともに、俺は浴室の方へと向かう。城の庭にいたザフィーラにも湯が沸いたことが伝えられていたが、もう少し城の庭で涼んでいたいから先に入ってきてくれとのことだった。

 そんなわけで、ザフィーラ以外の皆で浴室へ向かって居る途中のことだった。

 

「――あら! あなたたちは……」

 

「もう一人の勇者様たちじゃない」

 

「またお会いできましたね」

 

「おお、ケントたちも来たな」

 

 浴室までもう少しというところでばったり居合わせたのは、ブル閣下と先ほど森で別れたばかりのクラリフィエたちだった。アデライドとヒナ、クラリフィエは俺たちに声をかけ、彼女たちの後ろにいるイスカは小さく頭を下げてくれる。

 ……あれ? あいつがいない……。

 

「これはクラリフィエ殿。もう城に着かれたのか」

 

「ええ。つい先ほど到着してブルトンヌ様に拝謁していたところです。その時にブルトンヌ様から一緒に湯浴みをしないかと仰っていただいて」

 

「クラリフィエ殿たちも我々と同様に森に入って体が汚れているだろうからな。これから共に湯浴みを済ませようということになったのだ」

 

 クラリフィエとブル閣下の言葉を聞いて、俺たちはああと納得する。

 魔物の霧を浴びたブル閣下やうちの女子(おなご)たちは一刻も早く湯に入って、その汚れを落としたい状態だ。しかし、かといって他国からの客人であるクラリフィエたちに汚れた湯を使わせるわけにはいかない。ならば彼女たちが到着するのを待ってから一緒に入ってもらった方がいいのだろう。

 それはいいのだが……。

 

「……ところでヴァレリーはどうした? あいつだけ姿が見えないけど」

 

「ああ、あいつなら城に着くなり、拝謁なんてめんどくさいって言って部屋の方に向かって行ったよ。まあ執事が呼びに行ったらしいからそのうちここに来るでしょう」

 

 ヴィータからの問いにヒナはそう答えるが、その後ろでフィーとアデルは難しい顔を作っていた。

 

(……まさかあの子)

 

(警戒しておいた方がよさそうですね)

 

 

 

 

 

 

 その後、俺とイスカは女子(おなご)たちと別れ男用の浴室へと向かった。

 広い浴室の中央にはたっぷりと湯が張られた浴槽があり、俺はそこに体を沈めながら隣にいるイスカに話しかけようと口を開こうとした。

 ――その時!

 

「「きゃあああ!!」」

 

 突然つんざくような声が隣から響いてきた。この声はシャマルとイクスか。

 俺はすぐに隣の浴室へ駆け付けようと腰を上げ、浴槽から出ようとする。だが、

 

「待て! 行かなくてもいい」

 

 隣へ向かおうとしたところでイスカから声を掛けられ、俺は怪訝に思いながら彼の方を見る。

 イスカは浴槽の中であぐらを組んだまま言った。

 

「どうせまたヴァレリーが入浴中の女性たちを覗こうとしたんだろう。いつものことだ。気にしなくていい」

 

 由々しき事態じゃないか! 向こうにはうちの女子(おなご)たちもいるんだぞ。あの野郎、また懲りずにリヒトの裸を――。

 頭に血が上っていくのを感じながら俺はイスカに構わずヴァレリーをとっちめように行こうと足を踏み出す。そこへイスカは、

 

「ここで下手に首を突っ込めば、あんたまで覗きの烙印を押されることになってしまうぞ」

 

 その一言で俺の体はピタリと動きを止める。確かにそうかもしれない。

 どういうわけかフロニャルドに来てから桃色な出来事に遭遇することが多い。いずれも故意でやったことではないのだが、こうも間も置かずにあのような事が頻発すれば彼女たちも俺の作為を疑うようになるだろう。

 しかし、だからといってヴァレリーを放っておくわけには……。

 行くべきか行かざるべきか迷っている俺に、イスカはため息をついて付け加えた。

 

「安心しろ。言っただろう、いつものことだと。ヴァレリーならいつも通り、アデルやフィーに見つかって叩きのめされているはずだ」

 

 イスカがそう言った途端、戸の向こうで話し声がしてきた。

 

「いいですか。今度あのようなことをしたら、パスティヤージュの王子といえどもこの城から放り出してしまいますからね!」

 

「分かってる分かってる。何度も言ってるだろう。庭を散歩してたら偶然向こうの様子が見えただけだって」

 

「どこを散歩したら浴室の天窓の上に立つことになるんですか! あれはどう見ても覗きでしたよ! アデライド様が見つけていなかったらどうなっていたことか」

 

 侍女らしき女性の叱責と言い訳を並べるヴァレリーの声が聞こえてから少しして、浴戸が開かれヴァレリーが浴室に入ってくる。当然ヴァレリーは体に何も身につけておらず、筋肉のついたたくましい体を露わにしていた。

 ヴァレリーは俺を見た途端顔をしかめて舌打ちを鳴らし――

 

「やっぱりお前もいたのかよ」

 

「ああいたさ。一応勇者としてこの国の領主に召喚されたからな」

 

 俺が言い返すとヴァレリーは不機嫌そうな顔のまま、桶を取りそれに汲んだ湯を自分の体にかけてから浴槽に入って、俺からやや離れた場所に座り込んだ。

 それから少し間を空けてヴァレリーはぼそりと言った。

 

「女たちの裸を見たぐらいで腹を立てやがって。ケツの穴が小さい奴だ」

 

「彼女たちは俺にとって大切な仲間だ。大切な仲間たちを卑猥な目で見られて不愉快にならないわけがないだろう」

 

「てめえだって似たような目であいつらの裸を見てたじゃねえか……ったく青臭えガキが。惚れた女の裸を見られたからっていつまでもすねてんじゃねえよ」

 

「惚れた女? 何を言っている?」

 

「あん? あの銀髪の子のことに決まってんじゃねえか。惚れてんだろう、あの子に」

 

 ……銀髪の子……誰だそれは? そんな女子(おなご)うちに一人しかいないはず……そう、確かリヒト一人だけだ……俺がリヒトの事を?

 そりゃあリヒトのことは初めて見た時からすごくきれいな人だと思っていたし、たまに笑顔を向けてくれるとすごくうれしくなるし、リヒトの事を目で追っていたこともあったし、今日なんて他に女子(おなご)そっちのけでリヒトの体から目が離せなかったし…………えっ!? そうなのか? 俺ってリヒトのことが好きだったのか?

 

「……もしかしてお前、自分で気付いていなかったのか?」

 

 心外だとばかりに目を丸くしてヴァレリーは尋ねてくる。ふと視線を感じるとヴァレリーの反対側にいたイスカも同じような表情で俺を見ていた。

 二人はしばらくの間そんな顔で俺を見つめ、やがてイスカは呆れたようなため息をついて視線を外し、ヴァレリーはクククと肩を震わせて、

 

「ワッハッハ! こりゃおかしいぜ! お前自分で今まで気付いてなかったのかよ!」

 

 そう言ってヴァレリーは大笑いを始め、イスカまで苦笑いをする。 

 

「や、やめろ! 二人とも笑うな!」

 

「笑うなだって? そりゃ無理だ。あれだけわかりやすい反応見せといて自分の気持ちにまったく気付いてなかったとはな! とんだ馬鹿がいたもんだ! ハッハッハッ!」

 

 俺はいきり立って抗議するものの、ヴァレリーは意に介さず腹まで抱えて笑い続け、イスカもそんなヴァレリーを咎めることはなかった。

 俺はなおも笑うのをやめさせようと何事か言い続けるも、内心ではそれも仕方がないと思っていた。なにしろこの二人にとって俺が抱いているリヒトへの好意は透けて見えるほどバレバレで、にもかかわらずそのことに俺自身がまったく気付いていなかったというのだから。

 

 

 

 かくして、のちに『愚王』と呼ばれる男と、のちに『魔王』と名乗る男は、ここで初めて互いに打ち解けることができたのであった。

 

 

 

 しばらく経ってからようやくヴァレリーは馬鹿笑いを止め、それでも口元がにやけるのを抑えることはできないようで笑みを浮かべたまま口を開く。

 

「あー、笑った笑った。こんなに笑ったのは久しぶりだ。まさかあそこまではっきりと態度に出しておきながら気付いてなかったとはな。こんな馬鹿は初めて見たかもしれねえ」

 

「そのくらいにしておけ。ガレットの勇者殿が鈍いのは否めんが、俺から見ればお前も大して変わらんぞ」

 

「あっ!? どういう意味だよ?」

 

 イスカの言葉にヴァレリーは不服そうに問いを投げるが、それに関しては俺もイスカに同意だ。

 ヴァレリーの頭に武器を突き付けていたアデルの目にはかなりの嫉妬心が込められていた。それに気付いてない時点でヴァレリーも十分鈍い。

 ヴァレリーはなおもイスカに何か言いたげな様子だったが、ちっと舌打ちをしてから俺の方に顔を向けた。もう先ほどまでのような刺々しさは彼にも俺にもない。

 

「まあいい。ところでお前……」

 

「ケントだ」

 

「そうそう、確かそんな名前だったな。お前もアデルのように異世界からここに飛ばされてきたんだって?」

 

「ああ、そうだが。それがどうした?」

 

 俺の問い返しにヴァレリーは少し考える素振りを見せると、すぐに俺の方に顔を戻して言った。

 

「お前たちがいたという世界についていくつか聞きたいことがあるんだが、いいか?」

 

「……何だ?」

 

「そう構えるな。別にお前たちが使っている妙な術について聞き出そうってわけじゃねえし、話したくなければ話さなくてもいい」

 

 そう言ってヴァレリーが尋ねてきたことは、俺がいた世界の大まかな歴史とそれにまつわる戦のことだった。

 俺はどこまで話していいのかを迷ったものの、それを尋ねるヴァレリーの態度は真剣そのもので、さっきまでとはまるで別人だった。

 彼の態度に押される形で俺の口は半ば自然に開いていき、気が付けばベルカで起こっていることについて、曖昧ながらもおおよそのいきさつを話していた。もちろん《禁忌兵器(フェアレーター)》や《聖王のゆりかご》など、フロニャルドに余計な影響を与えかねないことは伏せておいたが。

 そして……

 

 

 

 

「……そうか、お前がいた世界では魔物がいない代わりに人間同士の戦いが起こっているのか。アデルの世界も似たようなものだって聞くが……やはりこのままだと、俺が考えている通りのことがフロニャルドで起きるかもしれないな」

 

 一通りの話を聞き終えてからヴァレリーはつぶやくようにそう漏らし、イスカも神妙な面持ちで外の方を見ていた。

 

「考えている通り? ……どういう意味だ?」

 

 ただ一人、話が見えず取り残される形になった俺はたまらず二人に対して問いを発する。するとヴァレリーは俺に視線を戻して口を開いた。

 

「いやなに、お前もガレットの領主から聞いていると思うが。

 このフロニャルドって大陸は大昔から魔物がはびこってる地でな、この大陸に住む人間は魔物から自分たちの身を守るために、村や町といった集落や国というもんを作っていった。

 そんな国と国が接触することはほとんどなかったし、ましてや争うことなんて考えもしなかった。争いなんかしてたらその間に魔物に滅ぼされちまうからな。

 ――だが最近はそうでもなくなった。フィー(姉貴)とアデルが作った勇者一行によって各地で幅を利かせていた魔物は次々と封印され、その結果あちこちの集落や国同士が交流するようになったからだ。……すると次に何が起こるようになると思う?」

 

「人間同士の争い――戦争か!」

 

 はっとした俺の口から出てきた答えを聞いて、ヴァレリーは口笛を鳴らす。

 

「正解だ。戦が続いている世界から来たってだけはあるな。

 そうだ。このまま俺たちが戦って魔物を根絶しても、今度は人間同士が戦いを始めるようになるんじゃないかと俺は思っている。現にここから南にあるカミベルって国がこの街を狙っているらしいしな。まあブルトンヌって領主ならカミベルごときに後れは取ることはないと思うが。

 ……だが、このままだとガレットとカミベルに限らず、フロニャルドのあちこちで人間同士の戦が起きるようになるかもしれねえ。お前がいたベルカって世界や、アデルがいた『ヨーロッパ』ってとこのようにな」

 

「…………」

 

 ヴァレリーの言う通りかもしれない。フロニャルドで国同士の戦が起きなかったのは魔物という天敵がいたからだ。それがいなくなれば、今度は人間同士が戦うようになる可能性は低くはないだろう。

 

「その考え、クラリフィエたちには……?」

 

「とっくに伝えてある。フィーもそれを防ぐために各国との間で争いや戦闘を禁止する条約を作ろうとしているんだが、俺にはうまくいくとは思えん。条約を守ることによる利点(メリット)がどの国にもないからな。

 仮にそれがうまくいって戦が起こらなくなっても、それはそれで問題だ。戦う機会がなくなれば、人々は見る見るうちになまりきって外敵から身を守る力すら失っていくぞ。そこに生き残った魔物なんかが現れたりしたらひとたまりもないだろうな」

 

 ……それは一理ある。ベルカでも禁忌兵器の使用を禁じた条約があり、形の上ではダールグリュン帝国を含めた多くの国が批准しているが、反連合はそれに反して禁忌兵器を保有している。そのことを踏まえても、ただ戦闘行為を禁じる条約を作るだけでは戦を防ぐことはできないだろう。

 それに人々が戦う力をつけていく必要があるという点についても同感だ。クラリフィエたちが戦いから退き、その上多くの人々が戦う力を失った時に魔物が現れたりすれば、その瞬間からフロニャルドは再び魔物が跋扈する地に戻ってしまう。

 

 ……戦ばかりが続いている世界から来た俺としては、ヴァレリーの懸念もクラリフィエの理想もわかる。だが、それでも戦う力を身につける機会は必要でもある。

 ……難しいな。何か方法はないものか……戦を防ぐことができて、魔物と戦えるほどの力を蓄えておく方法が……。

 

「……ところで、話は変わるんだがよ」

 

 思案に暮れているところでヴァレリーから声を掛けられて、俺は意識を引き戻され彼の方を見る。

 そんな俺に向かってヴァレリーは言った。

 

「ブルトンヌはあの魔物を倒すためにお前を勇者として召喚したらしいが、この後はどうするんだ? 魔物を倒した以上、勇者としてはもうお役御免だろう」

 

「……知らないのか? 俺たちは明日にでも召喚主であるブルトンヌによって――」

 

 その時、俺の言葉を遮って、戸が開けられる音とどしどしと重い足音が耳に届いてくる。

 それにつられて出入り口の方に顔を向けると、ヴァレリーのように浅黒い褐色肌で巨漢の大男が浴室に入ってきていた。

 

「遅くなって申し訳ない主ケント。少し夕風に当たるつもりが、空に昇り始めた月を眺めているうちにいつの間にかこんな時間に」

 

「ザフィーラか。構わない。俺の方はヴァレリーやイスカと話していたところだ。それよりもお前も早く湯に入れ。こんな機会はめったにないぞ」

 

 ヴァレリーたちと話をしていたという俺の言葉にザフィーラは「ほう」と目を丸くして、尋ねるようにイスカに目を向けた。イスカは何も言わず苦笑だけを返す。つい一刻前までは口喧嘩をしていた俺とヴァレリーが和やかに語らっていることに、ザフィーラは驚きと戸惑いを隠せないらしい。

 俺はなおも困惑したままかけ湯を始めるザフィーラからヴァレリーの方に視線を戻した。

 

「すまない、話の途中で……で、どこまで話したんだったか」

 

「……いや、もういい。忘れてくれ」

 

 ヴァレリーはそう言って話を打ち切り貝のように沈黙する。イスカはそんな彼を神妙な顔で眺めるだけだった。

 

 

 

 

 

 後になってから思い返して見れば、ヴァレリーは俺たちがこれからどうするのかを分かっていて、その上でそれを聞かずにおいたのではないかと思う。

 なぜなら俺たちが元の世界に戻れるということは、アデルを元の世界に返すこともできるということでもあるからで。それをフィーなどに教えれば、彼女はアデルを元の世界に……。

 

 

 果たしてこの時、勇者を元の世界に送還させることができることを伝えなかったのが正しかったのか間違いだったのかは分からない。

 しかし、送還方法を知らないままアデルを召喚したことを後悔し続けていただろうフィーの心情を考えると、やはり話しておくべきだったのではないかとも思う時がある。

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