一般里人霊夢 作:リーファーシュロン
サブタイの由来は霊夢という名の花(または二色蓮『花』蝶)が、過去に帰ったから。
目を開けると赤ん坊になっていた。
いや、何を言ってるんだと思われるかもしれないけど、実際にそうだったのだからそうとしか言い様がない。
目を閉じる直前まで少女の身体をしていた私は、なんの因果か見知らぬ天井の下で大人が両手で抱えられる大きさの赤子に縮んでいた。
……信じられるかぁぁ!!!
「おぎゃあああああ!」
思わず叫んでしまうも私の口から出たのは感情に身を任せた泣き声だった。中身がいかに成熟した人間であろうと、まだ声帯が発達しきっていない赤子の体では正確な発声は不可能なのだろう。そのことが余計に憤り、(精神的)年甲斐もなくさらに声量を上げた。傍から見ればただ赤子が泣いているようにしか見えないだろう。
「ぎゃっ、おぎゃああぁぁぁ!!!」
精神が身体に引っ張られているようで、私はそのまま泣き続けた。
泣き始めてから二分弱、私の声を聞き付けたのか、右から襖を開ける音が聞こえた。ろくに身体を動かせないため姿を見ることはできないが、バタバタと慌てた様子で駆けつけたことは音で判断できた。
不意に首とお尻に温かい柔らかな感触。抱えられたと気付いたのはその直後に浮遊感を感じてからだった。
「よしよし、もう大丈夫だぞ。なにがあったのかな?」
どこか聞き覚えのある女性の声に安心感を覚えた私は泣くのをやめた。はて、どこで聞いた声だっただろうか。
ゆっくりと持ち上げられる視界の中、女性は私を覗き込んだ。
「……お、泣き止んだかな? もしかして寂しかったのか? それなら不安にさせてすまなかった」
大人びた顔立ちに青いメッシュが入った銀色の長髪。こんな特徴的な容姿をしている人物に心当たりは一人しかいなかった。
けけけけ、慧音!?
「ぎゃーお!?」
「うわわわっ、違うのか!? それともわ、私の顔が怖かったのか!?」
ってことは……今の私は慧音の子供!?
「びゃあぁぁん!!!」
「よーしよしよし、いい子いい子……!」
事態が飲み込めるまで私は延々と泣き続け、慧音はあたふたとその対応に追われるのであった。
あの時はずいぶんと取り乱してしまったが、状況を整理したいと思う。
あれからおよそ一週間が経った。
この身体は健康そのもので、毎日泣く食う泣く寝るのサイクルを繰り返しては慧音を困らせて生活してきた。こんな日々が続けば自ずと慣れというのは出て来るようで、一週間のうちにだいぶ近況を確かめることができた。
まず第一に話しておかなければならないことは、私は慧音の子供ではないということだ。なぜこれがわかったかというと、慧音と来訪者による会話と独り言。そして彼女の体つきだ。出産後の女性というのは腹部に妊娠の跡が残りやすく、体重も増加するものだ。そのため産後の女性が体型を取り戻すために運動をするという話も耳にしたことがある。だが慧音には妊娠した跡のような腹のたるみはなく、産後の母親にある胸の張りなども見られなかった。(このことは慧音本人が授乳を行わなかったことからも明らかだ)
以上の理由から私は慧音の子供ではないということが判明した。
ではどこの子かというと、どうも彼女たち曰く拾い子らしく捨て子かも外来人かもわからないらしい。まぁ私自身親の顔を知らないわけだし、調べたところでこれ以上の情報が出てくることもないだろうから出自についてはこれ以降気にする必要はないだろう。
次に私が気になったのは今が何時なのかということだ。赤子になった以上仕方ないと割り切ったものの、その成り行きが果たして時間遡行なのか、転生なのかどうか。転生だとすれば知り合い……というか慧音に事情を話せばなんとかなるかもしれない。その後とりあえず閻魔にでも問い詰めれば事の経緯ぐらいは掴めそうではある。時間遡行であるのなら打つ手はほぼないだろう。なにせ博麗霊夢を知る人物がいないのだから、私が何を言ってもたいした信憑は得られないだろう。まぁ元の私が出逢ったやつらとまた会える可能性は高い。面倒事を持ち込んでくる連中でもなんの挨拶も無しに別れるのはさすがに寂しい。
と、こんな具合にいろいろと思案していたのだが、この問題はあっさり解決した。結論から言えば前者。なぜそう考えるに至ったかと言うと、時折慧音が持ち込んでくる新聞にそう書いてあったからだ。何の因果か今の年代は元の私がちょうど生まれた頃。つまるところ私の時間遡行&若返り問題は解決されないであろうことが確約されたのである。
さて、ここまでいろいろと語ってきたが、実は今現在私は深刻な問題を抱えている最中である。もったいぶる必要も無いのでさっさと結論を言わせてもらうと、この身体には霊力がまったくといっていいほど存在しないのである。霊力が無いということは当然妖怪退治なんてできないし、弾幕も撃てない、空だって飛べない。そして何より重大なのが、今の私では博麗の巫女足り得ないということである。少なくとも元の私には人並みを越えた霊力があった。それがあったからこそ才能を発揮する舞台に立てたし、妖怪共にだって太刀打ちができたし、結界の管理も可能だった。しかし今の私にはそれがない以上博麗の巫女としての役割を期待することなど到底できないであろう。幻想郷の人妖のバランサーは才能や人徳だけでできるものではないのだ。霊力の有無、それが元の私と今の私の唯一無二の差異であり問題だった。
そうなると気がかりなのは私の代わりとなる次代(私が赤ん坊の以上代替わりはまだ行われてないため)の博麗の巫女である。私にその資質が無い以上別の誰かが抜擢されるのは間違いないだろう。残念ながら私にその心当たりはいないが、いざ自分の代役が立てられるとなると無性にその素性が気になるのは私だけではない筈だ。今頃彼女は何をしているのだろうか。現巫女の胸に抱かれているのか。はたまた八雲紫の手によって連れ去られているのか……。考えても仕方ないのだが、元博麗の巫女の身としてはその姿を知ることが一番の目標になっていた。
なんにせよこの赤子の身体でできることは限られている。今は恥を忍んで慧音の寵愛を受け入れるしかないのである。あ……そろそろ眠くなってきた……。
それから更に数か月。想定以上の早さで二足歩行を行ったり、拙いながらも発声ができるようになったことで慧音を大いに驚かせたりしながらも、順調に私は育っていった。……相変わらず霊力の方はからっきしだったが。
ここ数ヶ月慧音と共に暮らしてきて知ったことなのだが、彼女は週に何度か私を連れて長く家を空けることがある。その時にどこで何をしているのかというと、里の中で子供達相手に青空教室を開いているのだ。寺子屋で教師をしているにしては私の相手をしている時間が長いとは思っていたが、まさか寺子屋さえない時期だったとは。慧音といえば寺子屋という印象が根付いていた私は初見では心底驚いた。驚いた拍子に大号泣してしまい、慧音と子供達、さらには周囲にいた大人たち総出であやされてしまった。ごめんなさい慧音。
で、肝心のその内容なのだが、慧音の能力もあってか基本歴史に関する授業ばかりであった。しかも、えっと……子守唄にちょうどいい内容なので、授業を聞いている生徒たちと共に夢の世界に誘われてしまった。阿求の縁起は正しかったというわけね……。なので内容の方はあまり覚えていない。というか今の私に重要なのはこれから起こる未来であって過去ではない。断じて勉強が面倒だったということはない。
家にいる時は基本的に私につきっきりか、里の要人たちや来訪者の相手、夜には歴史書の編纂をしている姿なんかも見られた。ただ、満月の夜だけは決まって私から離れてどこかに行ってしまうが、子供を夜に一人で置いておくのはまずいということでその日に限り現れるのが……
「じゃあ、今日もよろしくお願いします」
「いいよ、敬語なんて。私と慧音の仲だし」
「……そうだな、では改めて、『霊夢』のことよろしく頼むよ、妹紅」
「ま、任せといて」
藤原妹紅。蓬莱の薬を飲んだ不老不死の人間で、普通の少女の外見をしているがその実齢千をゆうに越えている。慧音と交流があるとは聞いていたが、まさかこんな形で再会するとは思ってもみなかった。
「よっこらしょっと」
相変わらず年寄り臭い仕草も彼女らしい。
「……それじゃ、今日も前回の続きから話そうか」
妹紅は私と二人きりになる日は決まって昔話をしてくれる。あやしかたを知らないというのもあってか、まだ言葉も解さない子供相手に昔話というのもどうかと思うが、黙って面倒を見られるよりも私にとってはかえってそれが有り難かった。
「妖怪退治の時に誤って京の山を大の字に焼いたのは……話してなかったっけな。うん、なら今日はそこからだね」
彼女の話には飽きが来ない。不老不死とだけあって生死に囚われない経験も豊富らしく、その時代の背景を鮮明に語ってくれる。……今回は少々洒落にならない話になりそうだが。
「あれはとある都の寺から天狗退治の依頼を受けた時のことだった……」
「で、天狗から引火した山の火を消し止めた私が慌てて下山して依頼主の元に戻ると、そこにはなんと山の火を見た民衆がこぞって寺に押し掛けていたんだ。いくら落ち着けと、火は消えたと叫んでも詰めかける連中に、何を思ったのか住職が都全土に響き渡るぐらいの大声で『あれは送り火じゃ! 私が祖先の霊たちを送るために焚いた送り火じゃ!』って見栄をきっちゃってね。あまりにも堂々と言うものだから民衆どころかお弟子さんたちまで信じ込んじゃって。以来都では毎年先祖の霊を送るために山で文字の形をした送り火が行われるようになったんだけど……あの時はほんと、笑い死ぬ! ってほど抱腹絶倒したね! いや、もしかしたら本当に死んでたけど気付かなかっただけかも。一応それから私も反省して、火の後始末はしっかり行うようになったんだけど……くくく、今でも思い出すと笑いが……ふぅ。さて、今日はこれでおしまい。続きはまた今度。そろそろ寝ないと身体に悪いよ。健康マニアの焼き鳥屋さんからのアドバイス」
そうこうしているうちに今日の昔話が終わり、妹紅が私の頭を撫でた。それが合図のように、私の眠気も一気に深まり、瞼が次第に閉じていく。
「それにしても慧音からあんたはよく泣く良い子だって聞いてたけど、私と一緒の時はとんと泣く気配がないね。それに私の話し終わりでちょうど寝付いてくれる。ひょっとしてさっきの昔話も、今の私の話もちゃんと理解してるんじゃないかい?」
これが年季かと惚れ惚れするほどの推察である。この身体じゃ応えることなんてできないが。
先ほど妹紅が言ったが、普段の私はそれこそ年相応によく泣く子だ。だがそれは子供としての義務でもあるし、本当に感情が高ぶって泣いてしまうこともある。ただ私も忙しいであろう慧音や妹紅に手間をかけさせたくはないので、今日みたいな日は自制心を総動員し布団の上でおとなしくしている。そのせいで後日妹紅の子守りが上手いと噂になり、彼女は必死にそれを否定するわけだが、それはまた別の話。私は、その通りだと思うけどね。
「もしかして、あんたは輪廻を巡るタイプの不老不死だったりして……なんて、そんなことあるわけないか。おやすみ。良い夢を」
と、こんな生活を私と慧音(と妹紅)はしているわけである。相変わらず博麗の巫女とは会えていないが、大した用もなしにあんな辺境の神社に訪れる方が珍しい。こればかりは気長に機会を待つしかないだろう。
と思っていたら、その機会は唐突に訪れた。どうやら私がお昼寝をしているうちに慧音が里に来ていた巫女を家に呼んだらしい。
「この子が例の……」
「はい。根拠はないのですが、巫女殿に見てもらえば彼女のことが何かわかるのではないかと……」
腋が見えないタイプの巫女服で、見ればなかなかに高齢。私が望んだ次代の巫女はいなかったが、博麗の巫女を目にしただけで懐かしさと安心感がこみ上げてきて……あっ、あかん。
「びぇええええええん!!!」
「おっとっと、よーしよし大丈夫だからなー」
「ふむ、怖がらせてしまったかな」
やばい。これダメかもしんない。ちょっと自制出来る気がしない。せっかく博麗の巫女と会えたっていうのに、感情が溢れて止まる気配がない。いや、だからか。私はなんだかんだで博麗の巫女としての立場に思い入れがあったのかもしれない。あぁもう! この肝心な時に私は何をやってるのよ!
「少し、触れてもいいかな」
「えっ? あ、はい。構いませんが……」
「ありがとう」
博麗の巫女の手がそっと私に近づいてくる。迷いのない古傷のついた手。それが私のおでこに触れて……
バチッ!!
「っ!」
「!!」
音のない破裂音がしたかと思えば私の泣き声はぴたりと止み、瞬時に腕を引っ込めたまま博麗の巫女は硬直し、状況の掴めぬ慧音は困惑の表情で私を抱えていた。
「泣き止んだ……?」
「博麗の……才……」
「……え? いまなにかおっしゃいましたか?」
「いや、なんでもない。ともかく泣き止んでくれたら何よりだ」
博麗の巫女の呟きは慧音には聞こえなかったようだが、私の耳にははっきりと残っていた。確かに『博麗の才』と、私のことを認識していた。まぁ元は博麗の巫女だった私の魂なのだから当然だろう。それこそ今代の巫女として育ててもいいぐらいに。惜しむらくは……
「しかし、実際に触れて感じたが彼女の霊力は本当にないのだな」
「はい、私もそれが気がかりで。過去の歴史にもこのような前例はなかったものですから」
そうなのよねぇ。やっぱり霊力が最大の問題なのよね。私だって可能であるならまた博麗の巫女として生きたい。楽しいことばかりではなかったけど、それでもまたあいつらと弾幕ごっこしたり馬鹿やったりしてあの生活の続きを……いけない、またノスタルジックになってしまってる。大切なものは失って初めて気付くとはこのことなのか。
「残念ながら私に言えることは、彼女はこれから先も霊力が生まれることはないだろうということだ。すまない」
「そうですか……」
その後、慧音が用意したお茶を飲みながらしばらく世間話をして博麗の巫女は帰っていった。
「彼女……『霊夢』といったか。確かに彼女には霊力がなかった。しかし」
神社までの帰路。博麗の巫女は天を仰ぎながら呟いていた。
「奇妙なことに霊力を入れる器だけはしっかりと存在していた。それこそ博麗の巫女である私さえも凌ぐほどのものを」
「あの時は彼女を落ち着ける意味もあって咄嗟に器に霊力を流し込もうとしたが、不思議なことにそれすら拒絶されてしまった」
「私の推測だが、彼女の器はからっぽなのではなく、既に何かが詰まっているのではないだろうか。それこそ風船のように、なにものでもない空気が」
「だがそこからが恐ろしい。もしその空気が抜けきってしまえば、そこには大容量の器だけが残ることになる」
「もしそこに霊力ではなく魔力が注がれれば? 神力は? 妖力だとどうなる?」
「……いや、これはすべてもしもの話でしかない。彼女をこれ以上想像で傷つけるのはやめよう」
天から目を背け、博麗の巫女の影は薄暗い小道へと消えていった。
『なにものでもない、ということは、なにものにも染まり得るということだ』
『くっくっくっ、実に興味深い人間がいたものだ。二童子の後継にも悪くなさそうだ』
ほのぼの温厚にしようと思ったけど若干黒いほうが好きなのでいつの間にかシリアスを入れてしまった。これから霊夢さんはこんな感じで目をつけられていきそうです。博麗の巫女という庇護を失った霊夢さんなんてそんなもんです。
霊夢がこうなった経緯の解決予定は今のところなし。