陸の項
鎧装獣が何故そう呼ばれるか、それは本来彼らの備えている能力に由来する。
鎧装獣は生まれながらにして、己の体を硬質化させる能力を持っており、その装甲は氷の姫君の守護者達が身につけている鎧をも上回る硬度を持つ。
この能力を持つ者の中から選ばれた一握りの獣達が、外敵から民を守る為の戦士達の指導者として、鎧装獣の称号を与えられるのである。
だが、この能力は此度の異変の影響で、仇ともなっている。体が徐々に機械化し、鋼と化していくことによって彼の獣達は己の体を調節する機能を失っていき、体の硬質化を制御できなくなりつつある。
硬質化は体に掛かる負担も大きく、これを上手く制御できなければ、体の組織が崩壊する危険性とも隣合わせなのである。故に、この時点で滅びゆく鎧装獣達の宿命は避けられないものとなっていたと言える。
それでも、機械化そのものに適応しきれず、力尽きていった獣達と比べたなら、まだ幸運だったのかもしれない――ベア・ゲルミルが語ったことである。
鎧装獣を束ね、森の民を治める気高き王ベア・ゲルミルの下、鎧装獣達は、戦士として侵略者達に立ち向かうことを自分達の使命であると自負している。己の身が滅びるその時まで。
鋼のリス、ラタトスカが白骨の様な針葉樹の幹を一気に駆け降りた。ラタトスカが幹を横から踏みつける度に、周囲に金属質の音が響いた。
それまで、無機的で冷たい大地に寝そべっていた、体格に比べて太く短い足を備えている白色の竜がゆっくりと上体を起こした。
「どうしたのだ。何かを見つけたのか」
竜の眼の前に座り込んでいたラタトスカが、その言葉に答える。
「遠くの方に、見えた。仲間達が、帰ってくる」
竜がラタトスカを見つめ、ゆっくりと頷いた。それまで眠そうに閉じかかったままであった竜の瞼が大きく開かれた。竜は短い足で立ち上がると、ラタトスカが指し示す方向へと眼を向けた。
しばらくすると、遠くの方から、こちらに向かってくる影が視界に現れた。竜は、徐々にはっきりしていくその影を、じっくりと見定める。
「おお。あれはヘイズ・ルーン殿。それに他の同胞達も」
竜が久方ぶりの喜びの声を発した。ラタトスカは鋼と化した針葉樹に登ると、嬉しそうに鳴き声を上げながら、向かってくる仲間達に見入っている。
程なくして、近隣に出かけていたヘイズ・ルーンが仲間達を連れて戻ってきた。竜が同胞達を出迎えた。
「ヘイズ・ルーン殿、それにスコール殿も。よくぞ戻られた」
鎧装獣の称号を持つ者、ヘイズ・ルーンとスコールがこの樹林の守衛である竜に応じる。彼らと行動を共にしていた獣達の多くが、ここに来てようやく安堵の表情を浮かべた。
「ウル・ディーネ様もご無事で」
「ええ。ニーズホッグ殿も」
その竜――ニーズホッグがウル・ディーネに会釈した。それから、ニーズホッグは、スコールの弟のハティの方に視線を移し、その背にいる傷ついた少女の姿に気が付き、思わず叫んだ。
「スクルディア様」
「妹は大丈夫です。ただ……、まだ救えた筈の多くの命が、先の戦いで失われてしまったのです」
ウル・ディーネが、目を伏せた。状況を理解したニーズホッグは深く礼をすると、森の奥へ向かう傷ついた仲間達を見送り、また樹林の入口の辺りに腰を下ろした。
獣達の一行が白色の地面を踏みしめながら、鋼の森を進んでいった。周囲からは、同胞の帰還を喜ぶ機械化した小動物達の鳴き声が響いてくる。スクルディアを背負っていたハティが、自分の名を呼ぶ感嘆の声を聞き、照れ臭さを隠しきれず、顔を伏せた。
一頭の野牛が、先頭を行くヘイズ・ルーンの姿を見ると、鋼の草木をかき分けて飛び出してきた。
「ヘイズ・ルーン。よく無事だったな」
「ああ。アウドムラ。何とか、これだけの同胞を救うことができた。スコール殿や、他の仲間達のおかげさ」
「王も皆の帰りを待っておられたぞ。積もる話もあるが、早く王のもとへ向かおう」
「そうせかすな。皆、先の戦いで受けた傷がまだ十分に癒えてはいないのだ」
ヘイズ・ルーンとアウドムラの旧知の間柄は皆が知っている。周囲の眼も気にせず、自然とその会話も親しいものとなっていた。
「そうか。侵略者め、あいつらの見境の無さは、この私でも呆れかえる」
アウドムラはそう言ったが、ヘイズ・ルーン達は、自分達を襲った狼達や、それを破壊した巨人達のことを思うと、本当にすべて侵略者がやっていることなのだろうか、という疑念を拭えなかった。
ヘイズ・ルーンとアウドムラが肩を並べて、群れの先頭を歩いて行った。
森の中央付近にある一際大きな針葉樹が立ち並ぶ聖地に、鎧装獣の王は鎮座していた。
重傷を負った獣達や、ハティとスクルディアを残し、ウル・ディーネ、それにヘイズ・ルーンとスコールを始めとする数体の獣達が王と謁見した。
「王よ、ただ今戻りました」
ヘイズ・ルーンとスコールが、ベア・ゲルミルに向かって深々と頭を垂れた。
所々硬質化した皮膚を持つ大柄な熊という風貌のベア・ゲルミルは、その鋼の様な瞼を閉じたまま、黙って頷いた。ベア・ゲルミルの傍らに坐していた、蛇の尾を持つ全身が硬質化した獅子、キマイロンが代わりに答える。
「ヘイズ・ルーン、スコール、それに遠地より遥々参られた同志達よ。そなた達の無事、王も心から喜んでおられる」
ベア・ゲルミルは黙したまま、遠地から避難してきた仲間達に礼をした。キマイロンもそれに伴い、一礼をする。
「此度の戦で散っていた多くの同胞達、それに最期まで侵略者達と戦いぬいた勇猛なる南の戦士達。我らはかの者達の魂の安寧を祈り、忘れることのなきよう、後の世に語り継ごう」
キマイロンが言い終わると、ベア・ゲルミル、それに続いてキマイロンが黙祷した。その場に居合わせた獣達とウル・ディーネがそれに倣う。
暫しの間、皆は押し黙っていたが、やがて、キマイロンがウル・ディーネに向かって頭を垂れた。
「ウル・ディーネ様、実はあなた方がこちらにお着きになる前に星導く使者がお越しになりました」
キマイロンの言葉にウル・ディーネは驚いた。
「星導く使者。すると、ベル・ダンディアからの……」
「仰せの通りです。ベル・ダンディア様からのお言付けで、妖機姫ソール様の塔にスクルディア様と共に参られよ、とのことです」
「そうですか……。では、あの子はいよいよすべての侵略者を退ける為に、行動に移すと言うのね」
「是非とも歌姫の声をこの地上全てに届けてくださるよう、王に代わってお願い申し上げます」
キマイロンがそう言うと、ウル・ディーネの傍らにいるヘイズ・ルーンやスコール達もウル・ディーネに向かって改めて礼をした。
「心得ました。必ずや、ソール様のお声を、地上の隅々まで届けられる様に、微力ながら力添えを致しましょう」
ウル・ディーネは自分の中の使命感を遂に果たす時が訪れることを自覚し、決意を新たにした。
「兄の後ろに隠れていただけのお前が、随分と頼もしくなったらしいじゃないか」
アウドムラの物言いに、ハティは恥ずかしさを隠しきれなかった。傍らには安心しきったスクルディアがぴたりと身を寄せており、なおさらのことである。
もっとも、スクルディアにとっては、姉であるウル・ディーネに対しても同様の接し方であり、信頼する相手に対しては自然なことであるのだが。
周囲には、アウドムラの他にも、この森で暮らす者達や、傷を癒しているこれまで共に戦ってきた獣達がおり、ハティとスクルディアに視線が集まっている。
スクルディアはまだ幼いとはいえ歌姫を支える三姉妹の一員であり、若くしてその信頼を得ているハティのことを、仲間達は頼もしく思っていた。
「ス、スクルディア様。もう少し離れてくださいよ」
スクルディアはきょとんとして、ハティを見つめ返す。まるで言っている意味が分からないとでも言う様に。
「はは。昔のお前も大して変わらなかったぞ。いつもスコールに頼りきりだったな」
アウドムラが笑った。
「そ、そんなこと」
そう言ったハティだったが、昔の自分の姿を思い浮かべると、どうにも否定できない気がした。
ほどなくして、王と謁見していたヘイズ・ルーンやスコール達が戻ってきた。その中には二体の星型の浮遊体を伴ったウル・ディーネの姿もあった。
「スクルディア。私達はこれからソール様のもとへ向かうことになりました」
それまでハティの方ばかり見ていたスクルディアがウル・ディーネの方へ振り返った。
「分かりますね。今こそ、あなたの力も必要となる時。私達三姉妹が再び集うのです」
スクルディアはしばらくよく分からない様な顔で、ウル・ディーネを見つめていたが、やがてハティに絡めていた腕を離すと、黙って頷いた。
「ええ。ベル・ダンディアとも会えますよ。あなたがあの子と会うのはあなたが生れて間もなかった頃以来ですね」
スクルディアは、ハティと出会う以前は唯一の心を開く相手であったウル・ディーネの方へ這いよると、彼女にぴたりと身を寄せた。
「ウル・ディーネ様。塔へと向かう道中ではいつまた侵略者が現れるか分かりませぬぞ」
アウドムラの問いに対して、ヘイズ・ルーンが答えた。
「その点は抜かりない。王の御達しで、グリン・ブルスティ殿とセンザンゴウ殿を始めとする数人の仲間達が護衛の任につくことになっている」
「そうか。グリン・ブルスティ程の猛者が付いていれば心強いだろう。まだ若いが、センザンゴウも頼りになる奴だしな」
アウドムラは納得のいった顔で頷いた。
「本当は私も御同行したかったが、この地域の防衛の為、残ることとなった。まあ、私の場合はそれが適材適所であるからね。無論、スコール殿もそうだ」
ハティは黙ってアウドムラ達の会話を聞いていた。
ハクと別れ、仲間たちと合流してから、ずっと側にいたスクルディアが自分から離れていく。
本来、彼女は姉の側にいるのが自然なことであるのに、彼女は彼女の役目を担うべくあるべきところに向かうというのに。何故だろう、この感覚は。ハティの心の中を一瞬の間で渦巻いたその感情は喪失感とも呼べるものであった。
ウル・ディーネに身を寄せているスクルディアが気遣わしげにハティを見やる。
今まで生涯を共にしてきた姉の側にいる時が、一番安心できる。その一方で、ハティとの距離が開いているだけで、侵略者の襲撃の際に姉と離れ離れになった時の様な寂しさも込み上げてきた。どうしてハティはこっちにこないの。ただ純粋に語りかける様な眼差しでハティを見つめる。
ハティはスクルディアと視線が合い、はっとなった。すぐに分かった。自分が今すぐ言うべきことが。
「僕もお供させてください」
一同がハティの方へ振り向いた。ハティは意を決した表情で皆の視線を受ける。
「ハティ。王の指名にお前の名はなかった。グリン・ブルスティ殿とセンザンゴウ殿は無論、護衛につく者達は皆、かなりの猛者揃いだ。何も心配することはない」
スコールはそう言ったが、ハティの決心は揺るがなかった。
「いえ、それでも僕はお力になりたいのです。足手まといにはなりません。どうか一緒に連れて行ってください」
スコールが何か言おうとしたが、アウドムラがそれを押しとどめた。
「こいつは随分と頼りがいのある奴になったな。ひょっとしたら兄であるお前より……かもな。何がこいつをそうさせたんだろうな」
アウドムラはハティを見やりながら、笑った。
「ハティが自分の意志で戦うと言うんだ。止めてやりなさんな」
スコールが驚いたような面持ちでアウドムラを見た。
「しかし、王の御意向に背くことにはならんか。我々にはそれぞれ違った役割が与えられているのだ。おそらく、ハティも何らかの使命を与えられることになるだろう」
そこへ、一頭の獅子が歩み寄って来た。王の側近であり、その意思を皆へ伝える役目を担っているキマイロンである。
「分かった、ハティよ。お前も共に行くがよい。王は了承してくださるさ」
キマイロンの発言が意外であった為、スコールやハティなどはもちろん、アウドムラでさえ、驚きを隠せなかった。
「王は、今どうなされているのだ」
「王は、お休みになられている。近い未来、ここを襲撃するであろう、侵略者に備えて。だが、王なら分かってくださるさ。ようやく若き戦士ハティが己の志す道を見出したというのだからな」
王の代弁者であるキマイロンの言葉により、周囲の獣達もそれを認めないわけにはいかなかった。スコールはまだ名残惜しそうにハティの方を向いていた。
「兄さん。僕はスクルディア様とウル・ディーネ様をお守りする為、仲間達と共に戦います。そして必ずやソール様の歌声をこの地にも届けさせます。だから、兄さんもとめないで」
「そうか、ハティ。お前がここまで強くなっているとはこの私も気付かなかったよ。お前という弟を持てて、私も嬉しいさ」
スコールとハティ、義兄弟の契りを交わした二頭の獣が身を寄せ合った。暫しの別れ。場所は違えども、共に守るべきものの為に、迫りくる敵と戦うことを、スコールとハティは誓った。
ウル・ディーネとスクルディア、それに護衛の獣達がソールの住まう塔を目指して、旅に出た。
護衛の獣達をまとめるのは大柄な体格の勇ましき鎧装獣グリン・ブルスティ。それを補佐する者は、その将来を期待されている若き戦士、センザンゴウ。その他の五体の獣達も勝るとも劣らないつわもの揃いであった。
ハティは固い信念を秘め、皆と共に歩む。傍らには、ハティにすっかり懐いているスクルディアの姿があった。ハティは、口ではウル・ディーネの側にいることをスクルディアに勧めたのだが、ウル・ディーネは「今の妹にはこの方がいい」と語った。
内心、ハティも傍らに自分がもっとも守りたいと思っている存在がいることで勇気づけられていた。
「ベル・ダンディア……、それにソール様。待っていてください。必ずあなた達のもとへ向かいます。この戦いを終わらせる為に」
横に二体の星導く使者を従え、ウル・ディーネは仲間達と共に歌姫の塔を目指す。
「王よ。どうなされた」
ベア・ゲルミルが瞼を閉じたまま銀色の天を仰いでいた。鋼と化した木々が作り物めいた葉をさわさわと鳴らす。辺りには、ベア・ゲルミルの静かでありながら、激しい熱量が振動している。それほどの凄まじい気迫が、この森の王にはあった。
「王よ……」
キマイロンが驚愕する。ベア・ゲルミルがその重く固い鋼の瞼を開いたのである。外気に晒される真紅の瞳。
「王、ご開眼なさるとは……」
ベア・ゲルミルは天を仰いでいた顔を下げ、キマイロンの方を向いた。声ではない、言葉。音なき無言の意志の疎通。キマイロンには即座に王の意思が伝わった。
「なんと、侵略者達の軍勢がこの森に向かっていると……。もしや、南の戦士達が戦った、巨人が……」
そこまでは分からない、という風にベア・ゲルミルは頭を振ると、ゆっくりと瞳を閉じ、その場に腰を落とした。
「了解致しました。今すぐ、同胞達にこの事を知らせましょう。至急、戦いの準備を始めなければ」
キマイロンは駆けだした。この森の同胞達に危急を伝える為に。そして、侵略者を迎え撃つ為に。
鎧装獣の王、ベア・ゲルミル。彼は激しい感情を内に秘めていた。
緑を破壊し、奪った侵略者達に対する憎しみ。同胞達を次々と滅亡に追いやられたことへの怒り。それらの感情を抑え込む為に、彼は沈黙を守り、怒りに燃えた瞳を鋼の瞼で覆っていた。
侵略者によって変質させられた森の情景、この森の空気をじかに感じるだけで、彼の憎しみは燃え上がり、理性を失い、自らの肉体の崩壊の時を早めかねなかったのである。
だが、間もなく、溢れんばかりの怒りを解放せざるを得ない時が来る。ベア・ゲルミルはそれを自覚し、その場に坐すと、ただ黙して時を待った。おそらく、自分にとって最後の戦いとなるであろう、その時を。
関連カード
●鎧装獣ベア・ゲルミル
熊の姿をした最重量級の鎧装獣。
緑を守護する為に、燃える怒りによって突き動かされる。
一番最初の白の構築済みデッキでは正面を飾っていたカード。
自分の小説では鎧装獣の王として登場。
●ラタトスカ
己の非力を自覚し、警戒の声を伝える役割に徹している機獣。
北欧神話におけるラタトスクがモチーフ。
●銀燐竜ニーズホッグ
「平和を愛する優しい竜」とされる。
北欧神話におけるニーズヘッグは世界樹に住み着いており、フレスヴェルグとの不仲で知られている。
その二匹の会話を伝えることで喧嘩を煽り立てているリスがラタトスク。
本章ではラタトスカと行動を共にしており、鋼葉の樹林の守衛を務める。
●鎧装獣アウドムラ
フレーバーテキストは、
おそらく歌姫の声を受けながら虚無の軍勢と戦っている場面。
北欧神話に登場する牝牛がモチーフ。
●鎧装獣キマイロン
フレーバーテキストは、
歌姫の声が盾となって虚神の攻撃を跳ね返している場面。
虚神と直接交戦しているのかもしれない。
本章では言葉を発しない鎧装獣ベア・ゲルミルの意思の代弁者としての役割を担う、ベア・ゲルミルの側近として登場。
●鋼葉の樹林
名所千選166。
鋼と化した樹林。風に吹かれると鈴のような音色が響く。
イラストでは銀燐竜ニーズホッグも描かれている。
本章では鎧装獣の聖地として登場。
鎧装獣はいずれも系統:巨獣か甲獣に属している為、このネクサスの恩恵を受けられる。