消えゆく白の群像   作:来星馬玲

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第十六章 虹の輝き

 機人の項

 

 

 命をこねる者。

 あきらめずに大地を育む。

 侵略者に抗う手段は、戦うのみにあらず。

 

 

 活力を失った冷たい大地の上を、一体の巨大な光虫が這っていた。光虫は何やら巨大な球状の物体を転がしながら、度々命なき土をその口に頬張った。口の中に含んだ土をもごもごと噛み砕く。

 

 その様子を銀色の巨岩の陰から見つめる、一人の機人がいた。

 

「何をしているのかしら。ねえ、ウリボーグ」

 

 鋼の人魚の様な姿をした機人、ワルキューレ・ミストはすぐ側にいる小さな青色の猪に語りかけた。

 

 小さな猪、ウリボーグは微かに唸っただけで、ミストと共に光虫を見つめていた。

 

 光虫は尻の辺りから微かな虹色の燐光を放つ白い物を排出すると、それを球状の物体に丹念に塗り込んだ。それから、光虫は移動を再開する。

 

「気になるね。ついていってみようか」

 

 ミストはウリボーグに向かってそう言うと、気付かれない様に光虫の後を追った。ウリボーグも、黙ってミストの後をよたよたとついていく。

 

 やがて、光虫は鋼の荒野を横切る川の前までやってきた。光虫は川に口を付けると、その水を静かにこくこくと飲んだ。

 

「不思議だな。この川はナノウィルスに侵されていないみたい」

 

 川の水の周囲を虹色の輝きが漂っていた。どうやらこの輝きは、河川の流れる先にある海の方からきているらしい。ミストは好奇心から、光虫をそのままにして、ウリボーグと共に海の方へと向かって行った。

 

 ミストとウリボーグは砂浜に辿り着いた。砂浜では至る所から虹色の燐光が噴き出ている。ミストが燐光の噴き出している砂の辺りを注視していると、その砂からもぞもぞと泡が溢れ出た。

 

 泡の中から現れたのは、自分の体格ほどの大きさの鋏を片方に備えた真紅の蟹であった。蟹は全身から虹色の輝きを放っていた。

 

「あれなんだわ。あれが虹色の輝きの発生源。ひょっとしたら、ナノウィルスの浸食を抑え込んでいるのも……」

 

 ミストは思わず言葉を切った。上空より接近してくる何者かの影に気付いたのである

 

 ひょっとしたら、同胞が追って来たのかもしれない。ミストは慌てて隠れ場所を探そうとしたが、到底間に合わない。影は大きく羽ばたくと、ミストのすぐ側に舞い降りた。

 

 それは一体の巨大な竜であった。竜は全身から虹色の輝きを漂わせている。あの蟹とよく似た、命の光。

 

 竜に睨まれ、ミストは後退り、怯えた。竜の眼には、この世界の命を脅かす侵略者に対する敵意の色がありありと浮かんでいた。

 

 だが、竜はミストに身を寄せるウリボーグの姿を見とめると、微かに鳴き声を上げ、敵意の色が薄れていった。

 

 竜は黙ってミストを見据えた。ミストはその場に凍りついた様に動けない。

 

 ウリボーグがミストの鋼の尾びれの部分をつっついた。ミストが驚いて、ちょこんと砂浜に立っているウリボーグを見た。

 

 すると、竜の顔に微かな変化が起こった。ミストにはよく分からなかったが、竜はほほ笑んだのである。少なくとも、竜からは先ほどの様な敵意がなくなっていることを、ミストは知った。

 

 ミストは魚の様な下半身を砂浜に横たえると、ウリボーグと共に蟹達の様子を眺めた。

 

 しばらくすると、砂のあちこちに潜っていた無数の蟹達が次々と這いでた。

 

 蟹の動作を眺めて分かったことだが、どうやらこの蟹達は先ほどの光虫と同じことをしているらしい。

 

 蟹は己の体格程もある大きな鋏の他、もう片方に小さな鋏を備えている。その小さな鋏で砂粒を掴み、口の中に含んでいる。それと共に蟹の全身から出ている虹色の光が強まった。

 

 この蟹達は、こうやってこの世界を浄化し、生命の活力を与えているのだ。先ほどの光虫も同様であろう。そしてこの虹の輝きを持つ竜がこの者達を守っているのだ。そう、私の同胞達の手から……。

 

 不意に竜の瞳に敵意の光が灯り、咆哮した。ミストは驚き、その視線の先を凝視した。竜の視線の先に何かが現れる。

 

 凄まじい速度でこの場に接近してくる影。それは銀色の狼を思わせたが、すぐに、この世界の者達とは異質な気配を放っていることが、ミストには分かった。

 

 あれは私の同胞。裏切り者の私を追ってきたのか、それともこの生き物達を滅ぼしにきたのか。どちらにしろ、自分の同胞は今のミストにとって恐ろしい存在である。

 

 様々な機械を取り込んだ、異形の騎士。それはミストが一度も見たことのない者の姿であった。

 

 ミストとその背後に居る竜の姿を見とめると、騎士の双眼がかっと光った。自身の腕を変形させて、鋭利な刃を創りだす。

 

 竜は咆哮し、騎士に向かって牙を向ける。全身の虹の輝きが飛躍的に強まり、その輝きは身を守る防壁と化す。一触即発の状態。

 

 騎士が刃を振りかざし、竜に特攻しようとした時、ミストが間に飛び出した。ウリボーグがか細い声で鳴いた。

 

「やめて。この子達を傷つけないで」

 

 そう言うミストだったが、同胞が自分の言うことを聞くことがあり得るとは思っていなかった。ただ、この刃で切り裂かれるのが、多くの命を守る竜ではなく、この世界の生き物と機械の同胞の両方に対する罪を背負った自分でありたい。それで罪が償われるとは思っていなかったが、これが今の自分にできる唯一のこと。

 

 ところが、騎士はミストの言葉を聞くと同時にその動きを止めていた。

 

 やがて、その騎士は刃を収めると、ミストの前に跪いたのである。ミストはただ、あっけにとられてその様子を見つめていた。

 

 異形の騎士にもはや敵意が無いのを見てとった竜は、徐々に自身の光を弱めていき、黙って牙を収めた。

 

「俺、ガグンラーズ。あなたを守る騎士」

 

 騎士が言った。

 

 茫然とするミストの傍らにウリボーグが身を寄せた。ウリボーグも、この騎士に敵意がないと分かっていた。

 

「あなたは何者なの。どうして私を守るというの」

 

「クイーンとヒルドが俺の母。俺はミストを守る騎士として創られた。だから、俺はあなたの命令に服従する」

 

「姉さん達が……」

 

 こんな状況になっても自分のことを気遣ってくれる姉達。申し訳ないという気持ちもあるが、何よりミストは姉達の心遣いが嬉しかった。

 

 その状況をしばらく眺めていた竜。やがて竜は重い首を擡げると、鳴き声を上げた。

 

(どうやら、君には奇妙な縁があるようだ)

 

 ミストは竜の方へと振り返った。直接頭の中に語りかけてくる言葉。あの二人の妖精と同じことをこの竜が行っている。ミストはそう直感した。

 

(私は最初、君のことを他の者と同じ侵略者だと思い、滅ぼそうとした。だが、君の側にいる小さな獣の姿を見て思い直したのだ。誰かを護る者。私は、君が私と同じ志を持っているということが分かったのだから)

 

 ミストは竜の眼を見つめた。暖かい、慈愛に満ちた瞳。

 

「この子は私が同胞から追われていたところを助けたのです。私も今では、同胞から追われる身。もう、いつ同胞に討たれても良いと思っていたけど、この子だけは助けたかった……」

 

 ミストはそう言うと自分にすり寄ってくるウリボーグを見た。

 

(そして新たに現れたこの者。この者もその志を持っている)

 

 竜はガグンラーズを見やった。

 

(私は侵略者が憎い。だが、なるべくなら君達の様な者とは争いたくない。それに今、君達と争う理由も無い)

 

 突然、竜は両方の翼を大きく羽ばたかせた。突風が起こる。すると、その風によって砂が飛ばされ、その中から巨大な動器の姿が現れた。動器は既に機能を停止しており、その眼から光が失われていた。

 

「こ、これは……」

 

 ミストにはすぐにそれが何であるのか分かった。それはミストの同胞の巨人機ユミールの亡きがらであった。その周囲には、護衛の動器達の残骸が無数に散乱していた。固有名詞すら与えられていない下級の動器達。バーサーカー・ガン、アイスメイデン、スフィアロイドといった名称で呼ばれている同型機。

 

(その侵略者達は私が破壊した。君はこの私が憎いかね)

 

「同族の死はとても悲しいことです。それはあなた方も同じでしょう。私はこの者達のことを哀れに思います。ですが、私はあなたのことを憎んだりはしません。あなたは多くの命を守る為に戦った。それに私達はあなたの言うとおり侵略者なのですから」

 

 竜の眼光が光った。厳しくも悲しみを帯びた光。その眼が海の地平線を見すえる。

 

(この戦いは虚しいだけのものだ。二つの世界の住人がただ互いを滅ぼし合っている。間もなく訪れる全世界の危機の対策を講じることもなく)

 

「全世界の危機。それはどういうことなのですか」

 

 ミストが言うと、竜は彼女の方にその顔を向けた。

 

(このままいけば、どちらかが……おそらく侵略者が勝利するだろう。だが、その直後に【虚無】は必ず現れる。消耗した侵略者を滅ぼすなど赤子の手をひねる様なもの。結局は、どちらが勝っても共倒れになる未来に変わりはないのだ)

 

「【虚無】……。そんなことが」

 

(どのみち、私や君達だけではどうすることもできない。ただ滅びを待つ他なくなるだろうが、私は今というこの時を守る為に、この命が尽きるまで抵抗をやめるつもりはない)

 

 機械達の多くが陰でその存在を囁く【虚無】。その実態はミストにも分からなかった。

 

(私は古くからこの世界を見守ってきた。だが、もはやそう長くは続かないだろう。何事にも終わりは来るのだ)

 

「でも、私はあきらめたくありません。私もあなたと同様、ただすべてが失われるのを黙って受け入れる訳にはいかないのですから」

 

(そうか。だが、この戦いが長引けばこの世から希望の光は完全に失われる。そしてその未来はすぐ側まで迫っているのだ)

 

「私は私にできる限りのことはやってみます。心強い仲間達もいるのだから……」

 

 そう言うと、ミストは傍らのガグンラーズとウリボーグを見た。

 

 姉達の想いをその身に背負ってミストの前に現れたガグンラーズ。それに、ウリボーグは、同胞達まで敵に回したことで自暴自棄になりかけていたミストを救った存在とも言える。ウリボーグとの出会いがなければ、ミストは仲間達に進んで討たれるという最初に望んだ通りの最期を遂げたことであろう。

 

 先ほど、ガグンラーズの刃から竜を庇おうとした時、確かにミストは自分が犠牲になることを望んだ。しかし、こうして心強い仲間達を得た現在、単に進んで犠牲になる他にも、同胞達や多くの生き物達の為に何かをしてあげられるのではないかという想いが、徐々にではあるがミストの中で強まっていった。

 

(ならば、君は君の道を行くがよい。この戦いを終わらせなければ、我々に明日はない)

 

 そう言うと竜は翼を振り上げ、地上より飛び揚がった。

 

(私はこの地を守護する為に残らなければならない。それでも、私にできることがあればいつでも訪ねてくれたまえ。君達と志を同じくする者が集まれば、あるいは世界の危機を乗り越えることも不可能ではないかもしれぬ)

 

 竜はそう言い残すと、遠くの岩山の方へと去って行った。

 

 ミストは竜に別れの言葉を告げ、ガグンラーズ、ウリボーグと共に砂浜を後にする。自分達に何ができるのかは分からない。ただ、じっとしているよりも行動に移した方が良い筈である。

 

 竜やミスト達が居なくなった後も、蟹達はせっせと自分達の生業を続けていた。自分や仲間達がこの世界で生きていく為、己に出来ることをあきらめずに続ける。これが蟹達の戦いであった。

 

 

 噴き出でし泡。

 世界の侵食を止めうる唯一の虹。




関連カード

●宝石虫スカラベール
白の光虫・殻虫。
【神速】を補助する効果を持ち、背景世界・カード効果共に役割がシオマネキッドと似ている。

冒頭の一文はこのスピリットのフレーバーテキスト。

●珊瑚蟹シオマネキッド
白の甲獣・殻虫。
侵略者がもたらした異変による浸食を止めている。
カード効果では緑のスピリットに【装甲】を与える。
本来の白の世界は緑の世界とよく似たものであったのかもしれない。
鎧装獣ベア・ゲルミルなどが緑のスピリットを補助している点も似ている。

最後の一文はこのスピリットのフレーバーテキスト。

●ウリボーグ
機獣。
フレーバーテキストはワルキューレ・ミストのものと繋がっている、白の章第14節。
世界は平和になったが、世界は凍り、歌姫も勇者も失われた。
「すべての希望を失った世界」とロロは述べている。

本章ではワルキューレ・ミストに助けられ、同行することになった獣として登場。

●巨人機ユミール
人型の動器。
フレーバーテキストは白の章第1節。
ロロがくぐってきた門から続けてユミールがこの世界に現れた。
今までとは「唯一違った」とロロは言っている。
北欧神話の『スノッリのエッダ』によるとユミールとは原初の巨人の名前。
ロロが最初に遭遇する侵略者として登場したのは、それに関連しているのかもしれない。

●虹竜アウローリア

本章における竜はアウローリア。
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