消えゆく白の群像   作:来星馬玲

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第二章 鋼の原野

『鎧装獣の誓い』

 

 

  陸の項

 

 

「なんということだ……。あまりにも酷い……このようなことが許されて良いというのか」

 

 その惨状を目の当たりにしたヘイズ・ルーンは思わず呻いていた。

 

 鋼と化した原野。それだけなら、決して見慣れているとは言えないものの、つい先日までと大差のないことであっただろう。だが、その原野は鋼と化したうえで、さらに圧倒的な火力で以て破壊し尽くされていたのである。

 

「このことを早く王に知らせねば……」

 

 ヘイズ・ルーンはそう言うと、足早に歩を進めた。まだ引き返すわけにはいかない。誰か生き残りはいるだろうか。そんな希望を胸に秘めて。

 

 原野には機械化した獣達の残骸が散らばっている。無残な光景であった。中には中途半端に機械化したのであろう、まだかつての活気ある緑の世界を彷彿とさせる姿でいる獣の亡骸も散見される。

 

 ヘイズ・ルーンの心の中を憎悪が渦巻いた。この者達は抵抗して散っていったのではない。ただただ無抵抗で、逃げようとし、背後から撃たれたのだ。

 

「侵略者どもめ。このようなことをしてただで済むとでも思っているのか」

 

 誇り高き戦士の称号を授かっているヘイズ・ルーンにとって、侵略者達のこの仕打ちはなおさら許せることではなかった。この世界においても闘争は古くから続いている。だがここまで一方的な殺戮行為は未だかつて聞いたことがない。侵略者どもには一片の慈悲の心すらないとうのか。

 

 ヘイズ・ルーンは破壊された野を丹念に調べながら、駆けた。まだ隠れていてなんとか破壊から逃れた者はいるか。助けられる命。一つでも多く。

 

 鋼と化した原野を疾走していたヘイズ・ルーンがぴたりと動きを止めた。憶えのある匂い。生者の気配。

 

 ヘイズ・ルーンは気配のする方向へ急いで駆けた。生き残った仲間達がすぐ近くにいる。間違いない。

 

 ヘイズ・ルーンが駆けていくと、その先に白い人影が倒れていた。ヘイズ・ルーンには一目でそれが誰であるか分かっていた。

 

「ウル・ディーネ様」

 ヘイズ・ルーンはそう叫ぶと、道化を思わせる上半身と不可思議な渦を巻いている下半身を持つその女性……ウル・ディーネの側まで駆けより、立ち止まった。

 

 ウル・ディーネは瞼を閉じていたが、かすかに息をしていた。外傷は見られない。どうやら気を失っているらしかった。

 

「ウル・ディーネ様。眼を開けてください。また奴らが来ないうちに」

 

 ウル・ディーネが微かに声をもらし、瞼を動かす。ヘイズ・ルーンはほっと安堵のため息をついた。

 

 ウル・ディーネは眼を覚ますとヘイズ・ルーンにものを問うような視線を向けた。ヘイズ・ルーンは頭を垂れると、こう言った。

 

「ご無事でしたか、ウル・ディーネ様」

 

「あなたは……ヘイズ・ルーン殿。救援に来てくれたのですか」

 

「そうです。さあ、急がないとまた奴らが来るかもしれません。あなた様も早くお逃げになってください」

 

 ウル・ディーネは上体を起こすと、視線を破壊された原野の方へ向けた。 

 

「私は……無力でした。私を守る為に多くの者達が侵略者と戦い……犠牲になりました」

 

「ですが、あなたはご無事でした。あなたがいらっしゃらなければこのような辺境の地に歌姫ソール様の平和を願う歌声を届けることも叶いません。あなたは我々の希望なのです。散っていった戦士達もきっと本望だったでしょう」

 

 ウル・ディーネは何も言わずに俯いた。ヘイズ・ルーンは周りに敵がいないことを確認してから、その場に姿勢を落とす。

 

「さあ、お乗りになってください。一刻も早く王の元へ参らなければ」 

 

「いえ……お待ちになって。私の他にもまだ生き残っている者達がいるのです」

 

 それを聞くとヘイズ・ルーンははっとウル・ディーネの方を見上げた。

 

「なんと。それは良かった。ではその者らのもとへ急ぎましょう」

 

「はい、ヘイズ・ルーン殿、ついてきてください」

 

 ウル・ディーネが立ち上がり、這うように歩き出すとヘイズ・ルーンもそれに続いた。ウル・ディーネの案内に従って歩を進めて行くと、やがて片面を大きな崖に覆われた瓦礫の山に辿り着いた。

 

 ウル・ディーネはその場にある大岩を指差すと、こう言った。

 

「あの下に戦士達がかくまっている獣達がいます」

 

「分かりました。私がどかしましょう」

 

 ヘイズ・ルーンはその岩の下に自らの角を差し込むと、一気に突き上げた。大岩は大きな音を響かせながら近くの銀色の岩壁にぶつかる。大岩の下には地面に穿った穴がひらけていた。

 

 二人がその穴を除き込むと、中から獣達の悲鳴が響き渡る。ウル・ディーネが獣達を安心させるために言った。

 

「私達は敵ではありません。こちらにおられるヘイズ・ルーン殿が皆を助けに参ったのです」

 

 ウル・ディーネがそう言うと途端に悲鳴が止んだ。ほどなくして一頭の大柄な狼が穴から這い上がって来た。

 

「おお、ウル・ディーネ様、それにヘイズ・ルーン殿。かたじけない。我らが不甲斐ない故、このようなことに」

 

「スコール殿、あなたの功績は素晴らしかった。ただ、あの侵略者達があまりにも強大で恐ろしい存在だったのです。あなたのせいではありません。どうかお気になさらず」

 

 ウル・ディーネはそう言うと、まだ俯いたままで納得がいっていない様子のスコールに手を差し伸べ、顔を挙げさせた。

 

「さあ、まだ下に残っている者達を連れて早く逃げるのです。侵略者達が現れる前に早く」

 

 だが、スコールはウル・ディーネから視線を逸らし、酷く落ち込んだ面持ちでこう言った。

 

「実は……あなたの妹様が」

 

 ウル・ディーネがはっとなった。

 

「スクルディアが。妹はここにはいないのですか」

 

「私と兄弟の契りを交わしております、ハティとともに奴らの砲撃に合い、不覚ながら……行方知れずに」

 

「そうですか……ハティまで……」

 

 それまで成り行きを見守っていたヘイズ・ルーンが不意に割って入る。

 

「ウル・ディーネ様、それにスコール殿。スクルディア様とハティの捜索、この私におまかせください。私が一人で二人を捜しに向かうので、あなた方はここの獣達を連れて王の元へお急ぎを。」

 

 それを聞いたスコールはヘイズ・ルーンを見つめながらこう言った。

 

「ヘイズ・ルーン殿……かたじけない」

 

 ウル・ディーネは申し訳なさそうな面持ちでありながら、溜息をついた。

 

「ヘイズ・ルーン殿、まだ無事でいるかも分からないのです。あなたまで危険な目に遭うかもしれないのですよ」

 

「いえ。スクルディア様もあなた同様に我々の希望。それにハティは共に戦う誇り高き戦士です。少しでも可能性があるのならば、諦めるわけには参りません」

 

「ヘイズ・ルーン……ありがとうございます」

 

 戦火を逃れ、かくまわれていた獣達とウル・ディーネをスコールにまかせ、ヘイズ・ルーンは再び鋼の原野を疾走する。ただただ、スクルディアと同士ハティの無事を願い。

 

 そしてその疾走はそう長くは続かなかった。不意に明らかに異質な気配をすぐ傍で感じたからである。

 

 咄嗟にヘイズ・ルーンは身構えた。この気配。この世界の生き物ではない。奴らだ。

 

 何かがこちらに急接近してくる。ヘイズ・ルーンの存在に気がついたらしい。来る。奴らが。

 

 その姿は異様としか言いようがなかった。奇妙な筒上の物体を大量に生やした胴体。不気味に振動しながら回転する足。紛れもない侵略者であった。

 

「あ、あれは。スクルディア様」

 

 その侵略者の上に気を失ったスクルディアが横たわっていた。何故、侵略者はスクルディアを連れ去ろうとしているのであろうか。だが、ヘイズ・ルーンにその様なことを気にかける余裕はなかった。

 

 豊穣の緑に溢れた世界を無残に破壊した侵略者への憎悪。スクルディアを救わなければならないという使命感。それが今のヘイズ・ルーンのすべてであった。

 

 侵略者は眼の前にいる大きな角を生やした獣を見定めると、瞬時に筒を向け、迷うことなく砲撃を開始した。

 

 砲弾が飛ぶ。ヘイズ・ルーンは持ち前の身軽さでこれをかわすと、侵略者を睨みつけた。

 

(我ら「鎧装獣」の称号を持つもの、迂闊に自分から攻撃をしかけてはならぬ。己の力に溺れることなきよう。まずは敵の力量を見定めるのだ)

 

 王の教えを心の中で反芻し、ヘイズ・ルーンは侵略者の追撃を次々とかわす。

 

(だが……こいつは……許す事など出来ない。)

 

 侵略者の砲弾によって生じた炎。ヘイズ・ルーンの理性を脅かす紅き炎。

 

(仕留める)

 

 ヘイズ・ルーンは一気に侵略者に突きかかる。

 

 侵略者は突然の獣の反撃に慌てた。

 

 ヘイズ・ルーンの角が侵略者の筒を何本か圧し折る。侵略者がもんどりうつ。その衝撃でスクルディアが中空に放り出された。

 

(いけない、スクルディア様が)

 

 スクルディアが地面に激突する寸前。ヘイズ・ルーンはスクルディアをさっと背中で受け止めた。その瞬間背後で蠢く気配。

 

(まずい……)

 

 間に合わないと思った。だが、瞬時に振り返った時、侵略者は筒を向けているだけで、砲撃をしていなかった。侵略者は何故、躊躇したのか。しかし、ヘイズ・ルーンにはそんなことを考えている余裕などない。

 

 ヘイズ・ルーンは一気に侵略者を目掛けて突進し、その側をすり抜けた。

 

(今は戦っている場合ではない。スクルディア様を安全な所へお連れしなければ)

 

 今のヘイズ・ルーンでもそれだけのことを考える余地はあった。ヘイズ・ルーンの意図を読み取ったのか、侵略者は突如砲撃を再開した。

 

「ぐわっ」

 

 砲弾が足元で炸裂し、ヘイズ・ルーンはもんどりうった。スクルディアが地面に放り出される。

 

「おのれ……」

 

 ヘイズ・ルーンは立ち上がろうとしたが、足が思う様に動かない。先の砲弾で足の骨を折ったらしい。

 

 侵略者はゆっくりと前進し、筒を一斉にヘイズ・ルーンに向けた。

 

 ヘイズ・ルーンは己の最期を悟り、眼を閉じた。

 

 何の変化もない。ヘイズ・ルーンははっと眼を開いた。

 

 眼の前にスクルディアが侵略者との間に割って入っている。そして侵略者はその動きを止めていた。

 

 聞いたことがある。未来を司るスクルディアは敵対する者の未来を僅かながら奪い、一時的に時を留めることができると。

 

(勝機)

 

 ヘイズ・ルーンは侵略者に突進した。足の痛みは治まっている。それが異界の門によってもたらされた変化により、自己回復能力が異常なまでに高まっているためであることを彼は知っていた。

 

 ヘイズ・ルーンは、半ば鋼と化したその角を侵略者に突きさした。

 

「侵略者よ。これが、お前達のもたらした力だ。その力によって滅び去るがいい」

 

 ヘイズ・ルーンは力任せに侵略者を打ち砕いた。打ち砕かれた侵略者の周囲に燐光を放つ破片が飛び散る。

 

(これは……コアだと……奴らも我々と同じ生き物なのか……)

 

 侵略者はその動きを完全に止めた。

 

 

 

 スクルディアはこれまでのショックか、ヘイズ・ルーンに何も話してはくれなかった。ただ、「ハティ……ハティ……」と呟くのみ。

 

 ヘイズ・ルーンは彼女からハティやこれまでのことを聞き出すのを諦め、彼女を背中に乗せると、スコール達と合流するべく、鋼の原野を疾走した。

 

「侵略者……奴らは何者なのだ。我々と同じ生き物が何故このようなことを」

 

 だが、ヘイズ・ルーンの疑問に答えてくれる者は誰もいなかった。

 

 

 

 ガトリングスタンドの残骸を前にして、エムブラとヘル・ブリンディは立ち尽くしていた。

 

「コアを砕かれています。残念ながら修復は見込めません」

 

 エムブラがそう告げた。

 

「我が命の恩人よ、よく今まで任務を全うしてくれた……」

 

 ヘル・ブリンディが呟いた。

 

「お気持ちは分かりますが、一刻も早くオーディーンのもとへ戻らねばなりません。我々にはあまり時間が残されていないのですから」

 

「分かっている。すまないな、時間をとらせて。信号が完全に途絶えた時点で既に来るだけ無駄だと言うことが分かっていたというにの」

 

「気にすることはありません。……さあ、早くアスクの部隊と合流しましょう。それから、オーディーンが我々に任務を割り当ててくれます」

 

「ああ」

 

 エムブラが飛び立ち、その場を離れる。それに続いてヘル・ブリンディも。

 

 ヘル・ブリンディは一端、空中で静止し、ガトリングスタンドの残骸を見つめた。

 

「だが、我はこの世界の者共を恨みはせぬ。この世界の連中とて必死なのだからな。我が仕留め損なったあの鯨の様に。なあ友よ、お前にも分かっていたのだろう」

 

 それだけ言うと、ヘル・ブリンディはエムブラの後を追う。

 

 間もなく戦局に大きな変化が訪れる。要塞皇オーディーン、それに巨神機トールが自ら前線に出向くというのだから。




関連カード


●鎧装獣ヘイズ・ルーン
鎧装獣の一体。
ヘイズ・ルーンとは、北欧神話に登場する牝山羊の名前。
フレーバーテキストは、獣使いドヴェルグの鞭で勇気を与えられ、前進する場面と思われる。

●ウル・ディーネ
叡智極めし三姉妹の長女。
北欧神話におけるウルドは過去を司る女神。
また、水の精ウンディーネもモチーフになっているらしい。下半身は巻貝の殻に覆われている。
『白の章第3節』では放浪者ロロ(もしくは無言で聞いているドヴェルグ)に語り掛けている。
ベル・ダンディアのフレーバーテキストによると、「歌姫の礎」となる役割があると思われる。
二人の妹は魔人であるが、ウル・ディーネは魔神である。

この小説では物語の重要人物として長く活躍する。

●鎧装獣スコール
鎧装獣の一体である狼。
フレーバーテキストでは、歌姫の声が届いてこない状況でも侵略者と戦い続けている。
カードにおいては、系統:起幻を持つスピリットとしてリバイバルされた。

北欧神話におけるスコールとハティは双子の狼であり、フェンリルの息子ともされている。
自分の小説における、ハティと義兄弟の契りを交わしているという設定はそれが元ネタ。

●スクルディア
叡智極めし三姉妹の三女である魔人。
北欧神話におけるスクルドは未来を司る女神。
フレーバーテキストでは未来を奪う能力で異界のもの(おそらく侵略者)の動きを止めた。
カードの効果においても、疲労状態の相手スピリット1体の回復を封じる効果を持つ。

本章ではガトリングスタンドの未来を僅かに奪うことで一時的にその時を止めている。
ウル・ディーネと同様に、本小説では物語の重要人物として長く活躍する。

●機人エムブラ
盾となる能力を持った機人。北欧神話では最初の人間の女の名前。
フレーバーテキストでは獣たちの突撃を防いでいるが、
後に氷雪の勇者皇ウルの盾となり、虚無の軍勢と戦う。
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