消えゆく白の群像   作:来星馬玲

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第二十二章 滅びゆく世界

 虚無の項

 

 

「死者の魂が無限の軍勢となる。死は終わりではない。終わりがあるとすれば、存在するすべてのものが【虚無】に還る時だ。諸君らの魂、決して無駄にはせぬ。かの次元を制圧した暁には、諸君らを新世界に住まわせることを約束しよう」

 

 白の神には、白夜の地に住むすべての住民が従った。他に頼るべき者、縋るべき者は存在しない。従わなかった者はそもそも生きてはいないか、神の傀儡となっている。死者の魂ですら、神の支配下となっているのだから、そもそも最後まで従わなかった者などいないと言っても良い。

 

 自分の育った故郷。前にこの世界を離れた時と比べ、状況はさらに悪化していた。他次元の侵略に労力を消耗するようになり、それは避けられなかったのだから、こうなることは分かっていた。ただ、現実に目の当たりにすると、やはり胸が痛んだ。

 

 過去に帝が統治していた白夜の地は、現在では無残な有様であった。地上は荒廃しきっており、多くの民の屍が至る所に転がっていた。実りもない。殺意に満ちた空気が充満している。あらゆるものが滅びの波動に満ちていた。

 

 この世界で生きている者の大半は、なんとか【虚無】に適応し、ダーク化した者たちであった。ダーク化したところで、命が【虚無】に削られつつあることに変わりはない。理性を半ば失いながらも、生きようとする本能に身を任せ、自己の崩壊を先延ばしにしているに過ぎない。

 

 プラチナムは、帝が健在であった頃の世界を夢見ていた。あの頃に帰りたい。心の中で反芻する、叶わぬ望み。この世界の均衡が崩れたのは、帝が【虚無】に魂を喰われ、神の意思で動かされるだけの存在になってからのことであった。おそらく、それには神が関わっている。あの狼たちのように、神の手によって帝が喰われたらしいことに、プラチナムは感付いていた。しかし、それでも黙って神に従うしかない自分が恨めしい。

 

 そのうえ、自分は弟を見捨てたのだ。プラチナムの脳裏に、ヴァルグリンドの鎚によって体を貫かれたクウの姿が何度も現れ、彼女に対して訴えかけるような視線を向けていた。

 

 瘴気に満たされた死の大地。土は活力を失い、酸化した鉄と銅を混ぜた様な地面が広がっていた。その腐った大地を踏み、ル・シエルは鎮座していた。意思のない瞳は、色彩を失った狂った地平線に向けられていた。傍らには、ル・シエルを見守るプラチナムの姿があった。

 

 ル・シエルの体から何か白くて丸いものがぼろぼろと零れ落ちた。プラチナムがそれに気が付き、両手に収まるほどのその物体を拾い上げた。白く透き通った殻に、固まった体が包まれていた。

 

「これは……。あの世界の生命体。何時の間に張り付いていたのだろう」

 

 その存在を知られることなく、今までル・シエルに張り付いていたその生き物はすでに息絶えていた。気配と姿を隠し、ル・シエルに存在を吸い取られることもなく、今まで生き延びてきたのだろうか。あの世界には、まだまだ謎に包まれた存在が無数に存在しており、このような者がいてもおかしくはないのかもしれない。

 

「この者たちは帝の身に潜むことで、今まで生き延びてきたのだな。それでも、もう耐えられないところまできていたのだろう。可哀そうなことをした」

 

 プラチナムの機械の両手に包まれていた生き物は、やがて黒く変色し、ぼろぼろと崩れて、地面にこぼれた。他の者たちも同じで、崩れて地面に広がった。

 

 

 

 グラスカルゴたちとの交信が途切れた。スノトラは重く沈んだ面持ちで、美麗な木目の椅子に腰を下ろしていた。

 

 自ら志願したグラスカルゴたち。スノトラは、彼らを止めることが出来なかった己の不明を恥じ、彼らの冥福を祈った。

 

 スノトラは直ちに、ソールの塔にいる、ヘルとの交信を試みる。伝えなければいけない。グラスカルゴたちが、決死の覚悟で虚龍に張り付き、虚無の軍勢の内を探ろうとした末に感知した恐るべきものを。

 

 あれは虚龍よりも恐ろしい。そして、例の虚神や、虚無の軍勢とも比べ物にならないほどの脅威であるかもしれない。あれが何なのかは分からない。ただ、【虚無】としか言いようがないだろう。

 

 

 

「次にこの故郷へ帰還することはない。かの世界に無数の白夜の虚空を創り出し、決戦に臨む。白夜の虚空さえあれば、あの世界のあらゆるところに我々は攻め込むことができるのだ。既に、知将ゲンドリルが手筈を整えているであろう。ロキの造り出した障害さえ取り除けば、我々の行く手を阻むものなどなくなる」

 

 神の命により、民が総動員され、膨大な数の軍勢が組織された。軍勢を指揮する神将たちもつどった。これに加え、神が自ら操る【虚無】により、あの世界で力尽き、取り込まれた魂までもが戦力に加えられる。

 

「帝の調子はどうだい、プラチナム」

 

 デュラクダールがプラチナムに、やや気遣わしげな視線を送った。

 

「ああ、今の帝にしては悪くはない。それでも本調子には程遠いな。あの世界では帝の力を制御するのも容易なことではない」

 

「そうか、だが、仕方あるまい。帝に意思が無い今、君とアルブスが頼りなのだから」

 

 デュラクダールは神に仕える神将であるが、かつて帝が統治していた頃は、帝を深く信望していた。その為か、彼は、度々プラチナムと帝の身を気遣う素振りを見せる。アルブスとは何かしらの確執がある様子だったが。

 

 アルブスの姿は見えなかった。何やらヴァルグリンドから神の言付けを伝えられたらしい。プラチナムには、そのあたりの事情はよく呑み込めなかったが、何かが自分の知らないところで動いているらしいことには感付いていた。

 

 故郷は、もはや救えない。同胞たちを扇動し、他次元への侵略と破壊行為を強行するあの神の真意は不明のままであるが、後には引けない。

 

 間もなく、世界の命運を賭けた更なる戦いが始まろうとしていた。決戦の時は近い。

 

 

 (虚無の項 了)




関連カード

●グラスカルゴ
光虫。
フレーバーテキストは白の章第7節。
空帝ル・シエルに張り付き情報を送ろうと試みた者。
虚竜よりも危険な存在を予告し、帰ることは無かった。

●氷の淑女スノトラ
放浪者ロロを友人と呼んでいる氷姫。
フレーバーテキストは、白の世界から去るロロを歌で送る場面。
カードでは黄の軽減も持つ。
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