消えゆく白の群像   作:来星馬玲

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第二十三章 勇者の誕生

  ―承前―

 

 虚無の軍勢が退き、上空の虚龍もその姿を消した。だが、これで終わりではないということを誰もが理解していた。

 

 侵略者の侵攻が滞り、戦闘は収まった。生き残った獣は、つい先ほどまで侵略者たちと共闘していたことを思うと、何とも割り切れない気持ちになった。

 

 彼らが敵であるという認識は以前のままであり、侵略者に対する憎しみは依然として治まることはない。彼らの協力で全滅は免れたが、侵略者によって命を落とした同胞は、ここにいる獣たちとは比べものにならない数であり、彼らの蛮行は皆の脳裏に鮮明に焼き付いていた。

 

 獣や氷の姫君たちは、侵略者が侵攻を再開することを警戒し、皆の間に緊張が奔っていた。

 

 

 

 ブレイザブリクの聖堂。ここでも、また、消え入りそうな命が一つ。重傷を負ったアインホルンは、泣きながら彼を抱き寄せるベル・ダンディアのもとで、息を引き取ろうとしていた。時折、アインホルンがうわ言を漏らし、彼の散っていった仲間たちや、ベル・ダンディアへの想いを、ベル・ダンディアは改めて知ることになった。

 

 アインホルンを止める機会は幾らでもあった筈なのに、結局このような末路を見届けることになるなんて。ベル・ダンディアは己の不明を悔やんだ。連れて来るべきではなかったのだ。アインホルンは、鎧蛇の島の勇者と謳われた戦士だった。あの場に止まり、ヴァルキュリウスやジューゴンたちと共にいた方が、アインホルンの身は安全だっただろう。

 

 ベル・ダンディアは、アインホルンの彼女に対する想いを早くから悟っていた。しかし、ベル・ダンディアからすれば、アインホルンへの想いは、姉妹は無論、スミドロードやヴァルキュリウスと比べても遠く及ばないものであった。

 

 純粋に自分を想ってくれるアインホルンには感謝していた。今流している涙は紛れも無く、アインホルンの為のものである。それでも、ベル・ダンディアのアインホルンに対するこれまでの接し方は、ある種の義理の様なものであったかもしれない。今、アインホルンの想いを再確認しても、そのことに変わりはないという、自分の感情をベル・ダンディアは一方では恥じていた。

 

 ただ、今はこの消えゆく一つの命を助けたい。そこには、必死になってアインホルンの自分に対する想いに応えようとする意思も少なからずあった。

 

 背後からスミドロードが近寄ってくるのが分かった。暫しの間、スミドロードは黙っていたが、やがて口を開いた。

 

「ベル・ダンディア様。スクルディア様がお会いになりたいと仰っておりますが……」

 

 ベル・ダンディアは、自分の力を分け与え、少しでもアインホルンの命を長引かせる為に彼の体をさすりながら、そのままの姿勢で言った。

 

「いけないわ。姉さんはともかく、わたしはスクルディアと直接会ってはいけないの。特に今はね」

 

「左様ですか……。やはり、何か事情がお有りのようですね」

 

「ええ、そうなの、スミドロード。わたしたち三姉妹は、わたしが紡ぐことで、三人の力と共に、感覚や精神をも一体化させることになるの。わたしが側にいるだけで、あの子――スクルディアは、わたしや傍にいる姉さんの見るもの感じるものすべてを受け入れることになってしまう」

 

 ベル・ダンディアは、アインホルンからそっと眼を離し、視線をスミドロードに向けた。

 

「それはとても危険なことなの。あの子はとても豊かな感受性を持っているわ。何より、わたしや姉さんが持っていないものを持っている。スクルディアが、わたしや姉さんと同じになってしまってはいけない。未来は固定されるべきではないの。過去に見守られ、今というこの時に在るものを、何ものにも捕らわれない意志で導いていかなければ……」

 

「嬢。ちょっといいかね」

 

 ミッドガルズの声であった。ベル・ダンディアがはっとなって振り返ると、聖堂の外から顔を覗かせているミッドガルズの姿があった。その額には、機人アスクによって付けられた傷跡が生々しく残っていた。

 

「ミッドガルズ……。良かった、あなたは無事だったのですね」

 

「まあな。だが、まだ若いファーブニルが二ヴルヘイムの後を追う様にして命を散らし、このおれが生き残ったというのも、何とも皮肉なものだな」

 

 群がる侵略者をミッドガルズが請け負って、ファーブニルは二ヴルヘイムたちと協力する為に塔へ戻った。ところが、ニヴルヘイムは虚龍の閃光から、リンとグナを庇って命を落とし、ファーブニルもまた、レインディアやアインホルンと共に虚神の波動を受け、消滅したのである。

 

「嬢よ、実はあなたとアインホルンに用があるという者を連れて来たのさ。いけ好かん奴だが、頼りにしても損はないだろうよ」

 

「え」

 

 それまで気配を消していた一つの影が、ミッドガルズの顎の下からゆっくりと姿を現した。その姿を見て、ベル・ダンディアはあっと言った。不気味な笑顔を浮かべている赤子の姿。かつて、鎧蛇の島でベル・ダンディアを襲ったロキの端末――ベビー・ロキであった。

 

 

 三姉妹の項

 

 

 ここはソールが住まう塔の一室。重傷を負った道化は、寝台に横たえられながら、目前に迫ってきている、己の死の気配を黙って見つめていた。真横にある窓からは、外の風景が覗ける。その空を、二匹のマンボウが泳いでいた。侵略者の出現で身を隠していた空魚である。

 

 道化は、心の中で、浮遊魚モラモラーと呼んでみた。名付け親は誰だろう、と思いながら。そして微かに笑みを浮かべる。オプス・キュリテ様みたいなネーミングセンスだな、と思った。

 

 マーニが部屋に入ってきた。その手に、透き通った液体を詰めた瓶を持っている。

 

「これは、私たちが魔力を集めて作ったホーリーエリクサーです。これであなたの傷も癒えると良いのですが……」

 

 マーニが寝台にいる道化の側でかがむと、その薬を道化の口に含ませた。道化は弱々しく喉を動かし、それを飲む。僅かだが、道化の顔に生気が戻ったようにも見えた。

 

「……ありがとうございます、マーニ様」

 

 マーニがはっとする。マーニはその道化の言葉を初めて聞いたのであった。道化は、ヘルとの一件があってから言葉を失ったソールのように、普段は黙したまま姫たちと暮らしていた。

 

 言葉を語らぬ者同士、道化がソールとも親密な関係になっている様子も見られ、マーニは軽い嫉妬を覚えたこともあった。道化がフレイやフリッグと話していたということは聞いていたが、今こうしてその言葉を聞くと、少し戸惑った。

 

 その道化――クウは、もう自分は助からないということを自覚していた。薬の効き目は多少なりともあったが、それでも、自分の体を浸食していく【虚無】を止めることは叶わない。出来ることなら、誰にも心配をかけることなく一人で消えていきたかったが、この塔で長年働いてきた彼を、皆が放っておく筈も無かった。

 

 ヴァルグリンド――正しくは神の操り人形だった存在――が、クウをこの次元に飛ばした時、彼を救ったのはスノトラだった。しばらくスノトラの下で育てられたクウは徐々にこの世界に馴染み、後にスノトラに従う獣たちの手によってこの塔へと連れてこられた。スノトラの真意は分からなかったが、クウは素直にそれに従い、この塔でソールたちの為に働く決意を固めた。

 

 塔では、フレイとフリッグ以外とは口を聞いてはならないと、スノトラより強く言い聞かされていた。何を意味するのか見当も付かなかったが、スノトラの言うことすべて意義あることと自覚していたクウは、何の疑いも持たなかった。

 

 今、こうして言いつけを破ってマーニに口を聞いたのを、クウは後悔していなかった。クウは、自分が力尽きる前に、自分の声をマーニに聞いてもらいたかったのである。マーニには、心魅かれるところがあった。ソールに対して献身的に接している彼女の様子に共感を覚えたからかもしれない。

 

(笑顔になったら、とても美しいのだろうなあ……。姉さんみたいに)

 

 クウが見るマーニの顔はいつも厳しいものか、暗く沈んだ面持ちであった。ソールと接する際は、表面上は明るく取り繕っているが、やはり、内に秘められた翳りが垣間見えたものである。自分のことを心配して、哀しい顔で見つめるマーニを見て、クウの意識は、彼女が心から笑う日を思い描きながら、暗い闇へと沈んでいった。

 

「道化」

 

 マーニがそう言ったが、クウに反応はなかった。硝子の様な体を震わせながら、マーニは嘆いた。いつもソールを気遣い、ソールや塔の者たちに尽くしてきた道化。道化のすることといったら、侍女たちと同じ下働きか、奇抜な芸で姫たちに娯楽を提供することぐらいであったが、彼のソールに対する想いは、自分と同じくらいのものであったような気がした。マーニは自分の同志の命が消えていくのを、深く悲しんだ。

 

 不意に部屋に何者かが入ってきた。マーニが咄嗟に振り向いた。

 

「ヘル……。どうしてここに……」

 

 ヘルはゆっくりと寝台に近付き、マーニの傍に立った。その背後から、赤子の姿をした奇妙な機械が付いて来た。それを眼にしたマーニが驚愕し、次の瞬間にはその瞳に怒りの色が顕わになっていた。

 

「ヘル、侵略者を塔に入れるとは、お前は何を考えているというの。やっぱり裏切るつもりだったの……ヘル」

 

「それは違うよ、マーニ。妾はこの道化の命を救いにきただけさ。この者の力を借りての」

 

 なおも言い詰めようとするマーニを尻目に、ヘルはクウに向かって話しかけた。

 

「道化よ……。お前には【勇者】となる素質があるのじゃ。ロキに身を任せるが良い。さすれば、お前は新たな力と命を与えられるだろうさ」

 

 消えゆくクウの意識が微かにそれを聞きとった。そのクウの脳裏に、何者かの意思が伝わってきた。

 

(クウよ、ぼくの名はロキ。君は【勇者】となる気はあるかな)

 

(【勇者】……。ヴァルグリンド……いや、白の神も言っていた。それは一体……)

 

(【勇者】はこの世界の希望の担い手、そして唯一【虚無】に対抗できる存在でもある。君にはその素質があるんだよ)

 

(あの【虚無】……。あなたは、一体何者……、どうしてそんなことまで知っているのですか)

 

(【勇者】の誕生を促すことがぼくの役割。ぼくは、新しい【勇者】の魂を導く為に、先代の【勇者】によって造られたのさ。そして君には、二つに分けられた【勇者】の力が眠っているんだよ)

 

(二つに分けられた……。では、もう一人はまさか姉さん……)

 

(いや、それは違う。彼女は本来、【勇者】の力を制御し、【勇者】を導く役割を担うべき魂だったんだよ。その力を空帝ル・シエルに奉げているらしいけどね。もう一人というのは獣さ。先代の【勇者】はその魂を受け継がせ、遠い未来に厳選された二つの魂が覚醒するように仕組んでおいた。覚醒した二つの魂を先代の【勇者】が残した機械の力で結び付けることで、初めて新世代の【勇者】は誕生する)

 

(ぼくが【勇者】の魂を引き継ぐもの……)

 

(話を戻そう。君に【勇者】となる意志があるなら、ぼくはぼくの全存在を賭けて君に新しい命を与えることを約束しよう。もっとも、新しく誕生する【勇者】は二つの魂と機械の力が一つになった存在。今の君ではなくなることは覚悟してもらいたい)

 

 このまま無力な一人の道化として生涯を終えるくらいならば、自分を支えてくれた多くの仲間たちの為に己の命を捧げよう。クウはそう考えた。それが己に与えられた使命ならばなおさらのことであった。

 

(ぼくはなります。【勇者】に)

 

(そうか、よく言ってくれたね。君が受け入れてくれるなら、ぼくの方も気が楽さ)

 

 ベビー・ロキが頷くと、ヘルが両腕を広げた。周囲に氷の結晶の様な輝きと共に白い帯状の物体が現れ、道化とベビー・ロキの体を包み込んだ。ヘルと、呆然とするマーニをその場に残して、二人の姿は消えた。

 

 クウとベビー・ロキは遠くの空に浮かぶ、侵略者の船へと運ばれていった。決心したクウであったが、迷いもあった。姉や、ル・シエルと戦うことになるのは明白である。かの者たちはこの世界の敵として君臨しているのだから。

 

 自分はこの世界を救う為に力を尽くす道を選んだ。後で後悔するかもしれない。あるいは、生まれ変わった後は、後悔することすら出来ないのであろうか。クウはそのことをロキに尋ねなかった。聞けば、なおさら決心が揺らぐ予感がしたから。

 

 

 

 機械たちの上層部では、休戦するか、このまま侵略行為を続行し、塔を制圧するかで意見が分かれていた。

 

 休戦を特に強く主張しているのは蹴激皇ヴィーザルであった。それに対し、黒槍機ボルヴェルグなどの自ら前線で戦ってきた重役の多くは、一刻も早くこの世界を制圧した後、改めてあの軍勢に対する備えを整えることを主張した。

 

 ヴィーザルが言うことは、休戦と言うよりも、獣たちと協力してあの軍勢に備えることであり、これは侵略行為自体の永久放棄を意味していた。ここまで戦ってきた同胞たちが反感を覚えるのは当然のことである。もし、侵略を中止したら、故郷に残してきた同胞たちを見捨てることになるかもしれないのだ。

 

 それでも、ヴィーザルには古株の鉄騎皇イグドラシルが強く賛成しており、徐々にこれに付き従う者も増えていた。鎧神機ヴァルハランスなどの新鋭の者たちにも賛同者は多い。曰く、侵略行為の中止は故郷を見捨てることではない。我々は我々の力だけで、故郷を救う為に尽力するべきである、と。

 

 それが絶望的であるからこそ、他次元侵略に及んだのであり、反対する者たちが意見を曲げる様子はなかなか見られなかった。

 

 決着を見せない議論に終止符を打ったのは、ロキの介入であった。ロキはこの世界と自分たちの故郷を襲う共通の敵、【虚無】の存在を語った。自分たちとこの世界の住人が戦うのは、【虚無】の思うつぼでしかない、と。ロキの存在を嫌悪している者はこれに耳を貸そうともしなかったが、次の瞬間には無視する訳にもいかなくなった。

 

 巨神機トールからの通信が入ったのである。トールは破壊の使者として猛威を振るっていた時とは打って変わり、現在では機人たちの住まう都市の守護者となっていた。そのトールがロキの言葉に従い、既に各地のナノウィルス発生装置の破壊を開始していると言ったのである。

 

 多くの者は絶句した。あれほど好戦的であったトールが、自ら侵略行為を放棄した。トールの突然の豹変にしばらく呆然としていた者たちは、急に思い出したようにトールを咎めようとしたが、トールに一喝され、また黙り込んだ。

 

「諸君らは、この世界の真実から眼を背けている。我らの主は言った。本来、我らがこの世界の支配者階級であると。だが、現実は単なる残忍な侵略者だ。支配者面する資格など微塵もない。あの虚無の軍勢を、虚龍を、そして虚神の存在を今一度思い出してみよ。ロキの言った通りではないか。我々は己の罪を自覚し、この世界の者たちに頭を下げなければならない。そして、この世界を救う為に【虚無】と戦うことを、命を賭けて誓わなければならないのだ。それが、我々の世界を救うことにも繋がる」

 

 仲間の間では不満も多々あった。それでもトールの有無を言わさぬ態度に気圧されてしまった。機械同士の不和は後後まで尾を引くことになったが、この場ではヴィーザルたちの意見に従わなければならない結果となってしまった。それだけ、トールは皆から怖れられていたとも言える。

 

 トールは一方で、同胞たちを従わせる為に、忌み嫌っている己の力まで誇示したことを後悔していた。そう、自分の破壊の力は恐ろしくも忌まわしいものだ。わたしは聞いてしまったのだ。あの、岩の像たちを破壊した時、無数の魂の叫びを。その叫びは共鳴し、一族が完全に滅び去る運命を嘆き、わたしに対する底知れぬ恨みの声を響かせた。

 

 元々、ロキに訴えられていたせいもあるのだろう、その声を何故か聞いてしまったわたしは自ら前線を退き、同胞の守護者として振る舞った。もう戦うのが嫌だったのだ。それでも、今は【虚無】に対抗する為に、槌を取らねばなるまい。これがわたしの贖罪だ。

 

 トールの最大の疑念は、機械たちを支配者になるべき存在であると述べた姿見えぬ主であった。主は機械たちの故郷の影の統治者と言われているが、その存在は謎に包まれている。機械たちは生れた時からその主から賜る詔に従い生きていた。トールとて同様であったのだが、ここにきて、その存在を疑問に思ったのである。

 

 機械たちの多くは、主の言葉があったからこそ、自分たちがこの世界を侵略することで生き延びることが最も正しい選択であると信じた、と言っても良い。

 

 主の望みが世界の破滅に直結している、トールはそう確信していた。

 

 

 

 侵略者たちの母艦の一室。ロキによってその場のあらゆる設備が作動し、溶液に満たされたカプセルの中でアインホルンとクウの命が合成されつつあった。そしてその場に鎮座する、魂なき【勇者】の装甲。

 

(間もなく【勇者】が誕生する。後は、可能な限り導いていかなければ。その為にぼくはプログラムされたんだからね)

 

 既に力尽きる寸前であったアインホルンとクウ。二人の体は溶液によって溶かされ、二人の魂を新しい体に馴染ませる為に利用される。

 

(自分の役目はきちんと果たす。ただ……、それだけってのも面白くないな)

 

 一室に一人の神機が入ってきた。流れる様な体を持つ、奇妙な神機。

 

「大分捗っているらしいな。ロキ」

 

 神機が言った。

 

(まあね、ずっとこの時が来るまでテストも繰り返してきたんだ、失敗はない筈さ)

 

「ほう、おれもその一環かね」

 

(そうだよ、と言ったら、気にいらないかな、スルト)

 

「別に構わんよ」

 

(それを聞いて安心したよ。ま、本当は君が親友だったから助けたわけだけどね。ぼくはぼくにとって都合の良いものを優先するわけだから)

 

「そう言う方がお前らしいよ、ロキ。それと、おれのことはスルトではなく、神機レーヴァテインと呼んでくれ。おれの新しい名だ」

 

(分かったよ、レーヴァテイン)

 

「さてと、おれはお前のことを親と呼ばねばならないわけか」

 

(その必要はないよ。ぼくは例え姿形が変わっても、一人の親友でありたい)

 

「ははは。そう言ってもらえるとおれも安心できる、ロキ。」

 

 蠢くクウの魂が、アインホルンの命であるコアへと吸収されていった。クウでもアインホルンでもない、それでいて両者の意思を引き継ぐ新しい命の誕生。それは目前に迫っていた。

 

 

 

 侵略者の侵攻が治まってから丸一日が経過した。塔の周りに侵略者の軍勢が、集まってきた。再び戦いが始まると思い、身構える獣たち。ソールは己の硝子の体を振るわせ、声を発した。塔の住人たちも、再び始まる戦いを思い、警戒の色を強めた。

 

 侵略者たちが攻め寄せて来る気配はない。不思議に思う獣や姫君たちの目前に、突如巨大な映像が映し出された。この世界を侵す無数のナノウィルス発生装置の映像。獣や姫君の中には、その存在に感づいている者も多くいた。その者たちは、次の瞬間にあっと言った。

 

 侵略者たちは、自分たちの手でその装置を破壊し始めたのである。そして、映像が一通り終わった後、一人の騎士が塔の側に歩み寄ってきた。殺気立つ獣たち。ところが、その騎士は戦う意思がないことを示す為、吼え猛る獣の側までゆっくりと近付くと、その場に跪いた。

 

 暫しの沈黙が続く。何時しか、異変を知ったソールは歌うのを止めていた。ソールは、窓から塔の下を覗いた。フレイとフリッグも、ソールと共に騎士を見つめる。獣たちの間から抜け出し、ベル・ダンディアが騎士の前に近付いていくのが見えた。それを守護する為であろうか、スミドロードが付き従っていた。

 

 ベル・ダンディアが騎士の前に立つと、言った。

 

「あなたの顔を見せてください」

 

 騎士は黙って面を上げた。緑色の温かな眼光。ベル・ダンディアはその眼光の奥深くにある親しい獣の面影を見た。スミドロードも気付いたのであろう、その瞳の輝きに見入っていた。

 

「やはりあなたは……アインホルン……」

 

「はい、ベル・ダンディア様。かつて、わたしはその名で呼ばれていたことも記憶しております」

 

 ベル・ダンディアの眼から涙が溢れた。アインホルンは、一人の道化と一体化しながらも生きていたのである。ベル・ダンディアは知らなかったが、その騎士の瞳の輝きは、空帝竜騎プラチナムとも酷似していた。

 

「アインホルン……」

 

「それと共に、わたしはこの塔で育った道化でもあるのです、ベル・ダンディア様」

 

 二人が形は変わっても生きていてくれたことは嬉しかった。ただ、眼の前にいるのはもはや、アインホルン一人でもなければ、あの道化でもない。ベル・ダンディアは複雑な気持ちになった。

 

 騎士が獣たちの方を見渡しながら言った。

 

「わたしの名はウル。かつて侵略者だった者たちからの平和の使者として、参上致しました」

 

 その言葉に獣たちはどよめいた。この世界の言葉を喋る、かつての同胞だった機械の騎士。初めて、公然の場でこの世界の住人と侵略者が意思の疎通を果たした瞬間であった。




関連カード

●浮遊魚モラモラー
空魚。
フレーバーテキストは白の章第8節。
「虚空からの一撃」が塔の門と包囲していた侵略者たちを一度に消滅させた場面。

自分の小説におけるモラモラーの名付け親は放浪者ロロ。

●神機レーヴァテイン
武装スピリット。
「千万の敵を屠る刃」と称される流体の神機。
北欧神話においてはスルトの持つ炎の剣と同一視されることが多い。
カードでは巨神機トール及び鎧神機ヴァルハランスと組み合わせることで発揮する効果を持っており、
これはリバイバル版でも同様である。
なお、リバイバル版では「戦闘力はなくても、サポート専門の戦力」と書かれており、
フレーバーテキスト内の評価において、前者とはかなりの差が見られる。

本章では身体の大半を失った鋼人スルトが、ロキの手により、所持していた剣と一体化した新しい姿。

●天弓の勇者ウル
白の勇者。
系統:武装・勇傑を持つ。
フレーバーテキストでは空帝ル・シエルを矢で撃ち落としている。
この場面は、空帝竜騎プラチナムに書かれている白の章第12節へ続くものと思われる。



●機械神の加護
名所千選615。
機人に支配された都市。
イラストでは巨神機トールが都市を守っており、トールには守護者としての側面もあることが窺える。

本章におけるトールが守護者になっている都市とはこのネクサスのこと。
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