機人の項
虚無の騎士と侵略者の刃がかみ合う。
激しい攻防は、無限かと思われる時間続いた。
―放浪者ロロ『異界見聞録』白の章第9節より―
フギンとムニンの案内に従って歩きまわされたミストたちであったが、一向に目的地らしい場所には着かなかった。ミストは不信感を顕わにしながら言った。
「あなたたち、さっきから適当な場所を歩きまわらせているだけで、何か隠しているんじゃない」
フギンとムニンが慌てた様子で答えた。
「違う違う。私たち、ディース様に頼まれているの、本当よ本当」
「そうそう。あなたにぜひ、この先に来てもらいたいの」
ミストは、この二人の妖精がディースのもとから自分を引き離そうとしているらしいことに薄々感づいていた。だが、それが本当なら、それはディースの意思でもあることになる。ミストは、もうしばらくこの子たちに付きあってあげてもいいか、と思いながら後に付いて行った。
この一帯ではもはや獣の気配はなかった。硬質化した草木が疎らに生えている荒野は、まるで空間そのものが凍り付いてしまったかのように風もなく、果てしなく広がっていた。
ウリボーグが悲しげに鳴き声を上げた。ミストが心配に思って覗きこみ、何事か尋ねると、ウリボーグは「疲れた」とだけ言った。
(そうか、ウリボーグは獣だから疲労という感覚があるんだわ。私ったらうっかり忘れていた。でも、そうすると、フギンとムニンはどうなのかしら)
ミストはウリボーグを安心させるように軽く撫でてやってから、フギンとムニンに向かって言った。
「ねえ、ここら辺で休まない。あなたたちも疲れたでしょ」
ミストがそう言うと、フギンとムニンはぴたりとその動きを止めた。
「ええ、そうね」
「そうね、そうね」
「休みましょう」
「休もう、休もう」
フギンとムニンは嬉しそうに側に合った鋼の岩に下りると、その場に座り込んだ。ウリボーグも何も言わずに腰を下ろす。
「さてと。それじゃ私は」
ミストは傍らにいるガグンラーズの背後にまわり、動力部の側でしゃがんだ。
「今のうちに点検しておくからね、ガグンラーズ」
ミストの姉であるクイーンとヒルドが造り上げた銀狼皇ガグンラーズ。ミストはガグンラーズの内部を覗き、その整備を行うだけで、姉の匂いのようなものを感じた。今、姉たちが触れた所に、自分もこうして触れている。
ガグンラーズは黙ってされるままになっていた。ガグンラーズの感情の籠もっていない瞳と視線が合う度にミストは何となく寂しさを覚える。姉に造られたガグンラーズも、もともとは固有名詞を持たない動器だったのであろう。それまでの動器であったガグンラーズの働きを自分は知らないというのに、ガグンラーズは見ず知らずの他人であった自分の為に己の身を削ってくれている。
自分はガグンラーズ個人のことを何も知らない。それに比べて、ガグンラーズは自分に関するあらゆるデータを姉たちから教わっているだろうし、ガグンラーズは今までずっと自分のことを見ていてくれた。
自分だってガグンラーズのことをいつも見ているが、彼は感情を表に出さないし、自分はガグンラーズの過去を知らない。この子のことももっと知りたいな、そしてもっと仲良くなりたい、ミストはそう願った。
「お腹空いたなあ……」
ウリボーグがぽつりと呟いた。
「ウリボーグ……」
考えてみれば、ウリボーグはここ数日何も食べていない。侵略者たちの影響でこの世界からは実りが失われていっており、完全に機械化していない獣にとって過酷な環境なのだ。
ミストたちは、ダイヤモンドの月から送られてくる熱量のおかげで半永久的に活動ができる。ミストは、そうして完成された機械の体を持つ者だけが生き残り、生身の体を持つ者は適応できずに滅びるという同胞たちの当初の計画を悲しく思った。
「ごめんなさい、ウリボーグ。すぐに気付いてあげられなくて。じゃあ、みんなで緑の地を探しにいこう」
ミストはそう言うと、ウリボーグを己の背に乗せた。
「フギンとムニンも疲れたでしょ。しばらく案内はいいから私の背に乗っていたら」
その言葉を聞くと、二人の妖精は顔を輝かせた。
「いいの、ミスト」
「いいんだって、フギン」
「いいのよ、さ、乗って」
フギンとムニンはすぐさまミストの背に座った。
「じゃあ、急ぎましょう、ガグンラーズ」
「わかった、ミスト」
ミストが中空を滑る様にして先へ進むと、後ろからガグンラーズが獣の如く疾走して付いてきた。
ディースと別れた地からは、大分離れてしまった。もしかしたら、今から引き返してウリボーグやフギンとムニンの為の食糧を恵んでもらえるのかもしれない。
以前なら、来た道をすぐに戻ることくらい訳無かったのであるが、ここ数日、何故か機械たちの方向感覚に支障を発生していた。ミストも例外ではなく、近頃の異変を疑問に思っていたものである。
それがアウローリアの言っていた【虚無】の影響であることなど、ミストには知る由も無かった。
「ここ、見覚えがある」
「え。そうなの、ガグンラーズ」
ミストはガグンラーズの方を振り返った。ガグンラーズの瞳は白い荒野が延々と広がっている前方へ釘づけになっていた。
「あの塔。歌姫の声を響かせるもの。データにあった」
ミストはガグンラーズの視線の先を凝視し、己の視力の感度を調節しながら、その存在を確かめた。屋上に音叉を取り付けた白い塔。それの建築に従事する獣たちの姿。
「俺、覚えている。ここで、俺、戦った」
「ガグンラーズ……。あなたが、動器だった頃の記憶なのね」
フギンとムニンがテレパシーを使って二人だけで何やら話し始めた。ミストには、内容は分からなかったが、すぐにそれらしい気配を感じ取ることができた。
「どうしたの、フギン、ムニン」
「ひゃっ」
「きゃっ」
フギンとムニンは驚いて同時に叫んだ。
「もし、出来たらで良いけど……もう隠し事はしないで欲しいな」
フギンとムニンは顔を見合わせ、頷き合った。それから宙を舞い、ミストの前に踊り出た。
「あの塔は、星導く使者たちが伝えたベル・ダンディアの指示で、歌姫ソールの声を世界中に響かせる為に造られているの」
「そして、あれと同じものが、今、世界中の至る所で造られているの」
「そうだったの……。それならウリボーグの仲間もいるから、食糧を分けてもらえるかもしれないわ」
それを聞くと、ウリボーグがするりとミストの背を降りると、一行の先頭に立った。
「ウリボーグ、どうしたの」
ミストが尋ねると、ウリボーグは小声で答えた。
「僕が先に行けば、ミストは敵じゃないって分かってもらえるだろ」
ウリボーグは塔へ向かって歩き出した。
「ありがとう、ウリボーグ。気にかけてくれて」
ウリボーグを先頭にして、一行は音叉の塔へ向かって進んで行った。
凄まじい光の塊が落ちた。ミストたちは何が起こったのか分からなかったが、ガグンラーズだけがいち早く危機を感じ取った。
ガグンラーズは獣の様な口を開いてウリボーグを咥え込み、ミスト、フギン、ムニンを庇うように抱き込み、全力でその場を離れた。
死の熱風が吹き叫び、背後からガグンラーズを襲った。それに続いて空間を粉砕するかと思われるほどの爆音が轟く。ガグンラーズは一声も漏らさず懸命に耐え、一刻も早くこの熱風の圏外へ脱出するべく駆ける。
ミストは急速に遠ざかっていく視界の中で、塔が溶ける様に崩れ、その周りの獣たちが蒸発していく姿を捉えた。
一瞬の後、ガグンラーズが倒れ、ミストたちはその場に放り出された。ミストの体中に強烈な熱量を受けた跡が残っている。フギンとムニンはガグンラーズの変形する装甲に全身を包み込まれていた為、無傷で済んだ。だが、ガグンラーズとウリボーグの装甲は半ば溶けており、一目で重傷と分かる。
「何が起こったの……。どうしてこんなことに」
呆然としているミストが呻いた。
「これは……侵略者の兵器」
「セイの時と同じ……」
フギンとムニンの言葉を聞いたミストが二人の視線の先を見やると、上空に銀色の飛行物体が連なっていた。
「あ、あれはブリシンガメンの首飾り……。やっぱり、わたしたちのせいなの……」
そう呟いたミストであったが、同胞が引き起こした惨劇を思うと共に、気がかりな点もあった。ブリシンガメンの首飾りはこの世界そのものを破壊しかねないほど危険な代物であった為、開発は中止になっている筈である。それが何故、今になって実際に使われているのだろうか……。
「貴様ら。やはり、所詮は侵略者だったな」
突然の声に驚いてミストが振り返ると、そこにはセイの姿があった。
「セイ……」
ガグンラーズがミストの危険を察知すると、傷付いた体を起こし、ミストとセイの間に割って入った。
「やはり、貴様とは戦う運命にあったようだな……」
セイがドリルを回転させ、ガグンラーズが刃を構える。ミストが慌てて止めようとしたが、それより先にセイの前に飛び出した小さな影があった。
「お前……。何故だ、何故そんな姿になっても侵略者の肩を持つのだ」
ウリボーグは傷付いた己の体を懸命になって支えながら、セイに向かって言った。
「ミストは悪くない。これはミストのせいじゃないんだ。それなのに、お前は自分が本当の敵に立ち向かう力が無いからといって、罪のない者に刃を向けるのか」
「何を言う。そいつは我々の同胞を滅ぼした連中の仲間なのだ。報いを受けて然るべき」
「お前は仲間の為ではなく、自分の力不足を忘却する為だけに戦おうとしている。それがわからないのかよ」
「な……何だと……」
セイは黙りこみ、ミストとガグンラーズを見やった。全身傷付きながらも争いを止めようとするミスト。ただ、ミストを護る為だけに、自分へ刃を向けるガグンラーズ。それから、視線を奔らせると、ミストとセイ、両方の無事を願うフギンとムニンの姿があった。
「しかし……しかし。誰が何と言おうとこいつらは侵略者だ。侵略者なのだ」
そう言うセイであったが、ドリルの回転は収まっていた。セイには既に戦意がないことを知ったガグンラーズも刃を収める。
「セイ……」
ミストには、セイに対して何と言ったら良いのか分からない。ウリボーグはああ言ったが、ミストの中ではセイたちに対する罪悪感が溢れんばかりになっているのだ。
「ほっほっほ。そうそう。仲間割れとは醜いものじゃ。そうであろう、若き戦士たちよ」
その場の全員がはっとなり、上空を見上げた。立方体の飛行物体に腰を掛け、黒金の杖を持つ、金色の装飾を纏った鋼の魔導士の如き機人の姿……。
「お初にお目にかかる。儂の名はゲンドリル。我が神から知将の称号を賜った者」
ゲンドリルはそう言うと、自分が腰を下ろしている黒金の立方体を持っている杖でこつこつと叩いた。
「それにしても、ブリシンガメンの首飾りの一斉射撃をすんでのところでかわすとはのう。なかなかやりおるわい」
それを聞いたセイがかっと眼を見開き、ドリルを回転させた。
「お前か……お前がやったのか。俺の仲間たちを滅ぼしたのも……今回のことも」
「その通り、良い勘じゃ」
「おのれ」
セイが空中のゲンドリルに向かって飛びかかった。ゲンドリルが杖から黄色い放射状の熱量を放ち、それに当たったセイは地面に墜落した。
ミストたちがセイのもとに駆けよる。傷は浅かったが、怒りに燃えるセイは悔しそうであった。
「ブリシンガメンの首飾りはまだまだ未完成。この世界を滅ぼすだけの力はない。儂には仕事が残っておるからの。お前たちの相手をしている暇はない」
ゲンドリルが杖を一閃させ、空中に輪を創り出した。すると、その輪の部分だけ空間が歪み、その中から無数の粘土状の物体が現れた。
「残った者どもの掃除と、焼け跡の調査。お前たちに任せるぞ」
ゲンドリルの姿が掻き消え、後に残された粘土状の物体が地に落ち、徐々に形が出来上がっていった。その場に出現した姿はスミドロードたちが戦ったデュラクダールと酷似した姿を持つ五人の騎士たちであった。
刃を向ける騎士たちを呆然と見つめているミストの側で、フギンとムニンが言った。
「【虚無】の騎士よ」
「気を付けて」
「【虚無】……。これが」
間髪を容れずに騎士たちが襲いかかってきた。ガグンラーズがミストの前に踊り出て、斬り合った。それを見たセイが瞳に闘志の炎を宿し、立ち上がった。
「加勢する。侵略者よ」
セイがドリルを回転させ、一人の騎士の装甲に打ちつける。装甲を穿つだけの威力は無かったが、騎士を怯ませるだけの効果はあった。ガグンラーズはその隙を逃さず、刃を一閃させる。ずるり、と騎士の頭部が地面に落ちた。
頭部を失った騎士であったが、首の付け根の部分がぼこぼこと泡立ち、すぐに真新しい機人の首が生えてきた。地面に落ちた首も同時に泡立ち、騎士の胴体に飛び付くと、その体に吸収されていく。
「ちい。化物め」
セイが怯まずにドリルを回転させ、襲い来る騎士に応戦した。
ガグンラーズは鋼の刃を体から生やし、同時に四人の騎士を相手にしている。残りの一人の騎士はドリルを回転させるセイと斬り合った。騎士たちはミストたちの方にも襲いかかろうと隙を狙っていたが、縦横無尽に駆け回りながら刃を振るうガグンラーズがそれを許さなかった。
疲れを知らぬ機械と騎士の戦い。それは気の遠くなるほど長く続いていた。虚無の騎士と戦う二人を見守るミストとウリボーグ。ミストの傍らには怯えながら戦いを見ているフギンとムニンがいる。
最初に異変に気が付いたのは、ウリボーグだった。それに続いてフギンとムニンが何事か叫んだが、それはウリボーグの声に掻き消された。
「危ない、ミスト」
ウリボーグが飛び出すと同時に、ミストの背後の岩陰から刃を構えた二人の騎士が現れ、ミストを襲った。
ミストが振り向くと、騎士の刃が飛び出したウリボーグの胴体を切り裂こうとしているところであった。
ミストは悲鳴を上げ、瞬時に両腕から眩いばかりの白光を放った。白光の直撃を受けた騎士はたじろいだが、構わずに刃を振るった。深手を負ったウリボーグがどうと倒れ伏す。ウリボーグは虫の息であったが、もしミストの白光が間に合わなかったら胴体を切断されている筈であった。
ミストはウリボーグを護る為に騎士の前に立ちはだかる。フギンとムニンが慌ててミストの背中につかまり、敵の視線から逃れた。
「これ以上はやらせない。私がウリボーグを護る」
ミストは新手の二人の騎士と戦う決意を固め、体中に熱量を蓄積させていった。ガグンラーズはミストに加勢しようとしたが、四人の騎士がそれを邪魔している。
「ミスト……大丈夫なの」
「相手は【虚無】なのよ……」
「私の姉、ヒルドは第一線で戦っている戦士なのよ。私だって」
そう言うミストは、己の体内からかつて感じたことのないほどの熱量が溢れてくるのを感じていた。今、ウリボーグを助けるには、まず目前の敵を倒さなければならない。そう思うと、ミストは強く頷いた。
ミストは人魚の様な下半身を大きく振り上げると、自分から騎士に飛びかかった。背中につかまっていたフギンとムニンが思わず手を離す。ミストの白い両腕から先ほどよりも強力な白光が放たれ、騎士を直撃した。騎士はもんどりうって倒れたが、直ぐさま起き上りミストを襲う。ミストは胴体から閃光を放ちながらこれを抑え込む。騎士の刃が一閃したが、全身が熱量の塊となっているミストの装甲を切り裂くことは出来ず、高い金属音を響かせただけであった。
ミストと虚無の騎士の戦いはガグンラーズやセイと同様に延々と続いた。傷付いたウリボーグの体を挟む様にして身を寄せ合っているフギンとムニンは、震えながらも、次にどこかから新手の騎士が出てこないかと、絶えず周囲の気配を探っていた。
フギンとムニンは七人の騎士とは違う、何ものかの気配を感じ取った。また、新たな虚無の騎士が現れたと思い、急いで仲間たちにテレパシーでそれを伝えた。思わず身構えるガグンラーズ、セイ、ミスト。
空間が歪み、何者かが現れた。騎士とは違うローブをはおった人物。その人物はひどく驚いた様子で、周囲を見回していた。
それを見てとった七人の騎士が戦っていた相手から離れ、身構えた。その様子を見たミストは、騎士たちが何やら動揺しているらしいことを読み取った。
「あ、あなたは」
「どうしてここに」
二人の妖精が声を揃えてそう言った。
遥か上空でブリシンガメンの首飾りに改造を施していたゲンドリルは、地上を映し出している映像を見やると、思わずその動きを止めた。ゲンドリルの双眼が驚愕の色に染まっている。
「何だと……何故だ、何故奴がいる。直撃した筈だぞ」
あの放浪者の存在は、別の次元を攻めている同胞たちから送られてきた情報で知っていた。何故、複数の次元で同時に目撃されているのか解せなかったが、何より信じ難いことは、ある竜騎の話によれば、あの放浪者は不死身であるということであった。だが、こうしてブリシンガメンの首飾りによる一斉射撃の直撃を浴びて生きている姿を見ては、一笑に付す訳にもいかない。
「まさか、本当に不死身である筈がない。余所者のヴァン・ソロミューやジョーカーの言うことなど信じられるものか」
そう言うゲンドリルであったが、徐々に落ち着きを取り戻すうちに、冷静に眼の前の現実を見ていた。
「だが……もし、もしかすると、だ。不死の実の話が本当だとするならば……」
ゲンドリルは杖を振り上げ、空間に突き立てた。
「確かめねばなるまい。どの道、我々の動向を知り尽くしているという放浪者の存在を捨て置く訳にはいかぬ。我が神もそれを危惧しておいでだからな」
空間に突き刺さった杖が妖しく発光する。その杖に向かってゲンドリルが言った。
「デュラクダールよ、聞くのだ。お前は今すぐ持ち場を離れ、儂が今から指示する座標へ向かえ。これは、最優先事項だ。わざわざ我らの神から許可を得ている場合ではない。放浪者について調査し、可能ならば即刻始末しろ。あくまで可能ならば……だがの」
そう言うゲンドリルの顔に僅かな変化が表われていた。
「今までどこに行っていたの」
「スノトラ様やドヴェルグもあなたのことを心配していたのよ」
フギンとムニンの問いかけに答えようと、その人物が口を開く。だが、声はかすれて、今にも消え入りそうなものであり、上手く聞き取れない。すると、その人物の姿も薄くなっていき、それを見守るフギンとムニン、ミストたち、それに虚無の騎士たちまでもが消えゆく残像に釘付けとなっていた。
やがて、その人物は跡形も無く消え去った。
「そんな……消えた」
「でも、確かに生きていた」
フギンとムニンが呟いた。
ミストとガグンラーズはすぐに気を取り直し、身構えた。セイもドリルを回転させ、騎士の隙を窺う。だが、騎士は刃を構えたまま襲いかかってこない。
「どうやらあれはどこかに行ってしまったようだな。ならばすぐ追うとしよう」
ミストたちがその声の主を咄嗟に確かめた。皆の視線の先には、今までこの場にいなかった新たな騎士の姿があった。
「お前たち、これ以上の戦闘は無意味だ。私と共にあの放浪者を追え。それがゲンドリル殿の指示であり、我らが主の意思だ」
七人の騎士がすぐにその騎士のもとへ集まった。
「待て。逃がすものか」
セイがドリルを突き出してその騎士に向かって突進した。だが、新たに現れた騎士が装着している爪状の武器を一閃させると、セイのドリルが欠け、セイはその場に倒れた。
ミストは急いでセイの側へ駆けよった。セイの傷は浅く、致命傷ではない。ガグンラーズがセイとミストを護る為に、騎士の前に立ちはだかった。
「勇敢なる戦士よ。これだけは言っておく」
騎士はセイの方に視線を向けた。
「己の命を粗末にするな」
「何だと……。お前は」
その刹那、空間が歪み、燐光に包まれた騎士たちの体が溶け込む様にして消え去った。
後に残されたミストたちは、無限に続くかと感じられた戦いが、唐突に終わったことを知った。
天貫く塔の城。その一室で、ハープを弾いていた一人の氷の淑女が、その動きを止めた。
「……ドヴェルグ。私たちの友人が帰ってきましたよ。早速、出迎えにいきましょう」
傍らに居る長身の白尽くめの人物が黙って頷いた。
「私たちにとっては短かった……。でも、あの人にとってはとても長い旅だったのでしょうね」
淑女は立ち上がると、ドヴェルグを伴い、部屋を出た。
「ウリボーグ、しっかりして」
ミストはウリボーグを必死になって元気づけた。フギンとムニンは眼に涙を浮かべてウリボーグを見つめている。ガグンラーズとセイは黙ってその様子を見守っていた。
「ミスト……」
呻くウリボーグのコアの輝きは今にも消え入りそうであった。ミストは、突然はっとなり、フギンとムニンに向かって言った。
「そうだ。あなたたちなら、ウリボーグを治療できる場所まで運べるかな。この前、オーディーンを連れていった時みたいに……」
二人の妖精はそろって項垂れた。
「あれは……。ワーグナー様がいたから……」
「転送する先にも、前もって私たちの協力者がいないと駄目なの」
「そんな……」
ミストは俯いた。このままではウリボーグは助からない。こんな荒野の真ん中で、ウリボーグを救う手段などないだろう。
(フギン、ムニン聞こえる)
「あ、この声は」
「ディース様だ」
妖精たちはそろって顔を上げた。
「え……。ディース様って……」
ミストは驚き、周囲を見回した。だが、何ものの気配も感じられない。
(今、アウローリアの力を借りて、そちらに思念を送っているわ。状況は分かっています。ウリボーグを救う為、その場の全員をこちらに転送するから、あなたたちも協力して)
「分かりました、ディース様」
フギンとムニンは同時に言うと、精神を集中させ、その場に居る者たちを白色のオーラで包みこんだ。
「助かるのね、ウリボーグは」
ミストがそう言うと、フギンとムニンは頷いた。ミストは喜びに満ちた笑顔を浮かべ、ウリボーグを抱き寄せた。
「良かった……」
ウリボーグは小さな鳴き声を発してミストに応えた。
その様子を見ていたセイは、自分の体もオーラに包まれていくのを感じながら、ウリボーグとミストを見つめていた。
(あの騎士……。敵である俺を気遣うとはどういうつもりなのだ。あの時、奴は俺を仕留めることが出来た筈だというのに)
セイは傍らのガグンラーズを見やった。ガグンラーズもまた、白色のオーラに包まれながら黙ってミストたちを見守っている。その様子からは相変わらず、如何なる感情も読み取ることは出来なかった。
(こいつも仲間を想う、ということがあるのだろうか。それとも、ただ単に命令に従っているだけなのか……)
セイの疑問に答える者は誰もいない。
やがて、白色のオーラは収縮し、その場にいた全員の姿が掻き消え、あとには荒廃した鋼の荒野が広がるのみ。
関連カード
●銀狼皇ガグンラーズ
冒頭の一文はこのカードのフレーバーテキスト。
●天貫く塔の城
名所千選606。
歌姫ソールの従妹が住まう塔。
彼女は楽器の名手であるらしい。
本章では氷の淑女スノトラが住む塔として登場。
●共鳴する音叉の塔
名所千選266。
歌姫の声を増幅して各地に響かせる役目を持つ。
本章に出てきた音叉の塔は建築中だったものの一つ。