消えゆく白の群像   作:来星馬玲

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第二十七章 鎧装獣、立つ

 陸の項

 

 

 鋼葉の樹林を乾いた風が通り過ぎ、鈴を鳴らしたような音が響いた。黙って見張りを続けているニーズホッグは、生気のない眼で樹林の外の凍てついた平原を眺めていた。樹の上にいるラタトスカも生命力を吸い取られたかのように虚脱している風であった。

 

 鎧装獣の王、ベア・ゲルミルはもういない。ニーズホッグにはこの世に残されていた数少ない希望が、為すすべも無く消えていくのを黙って見ているしかできないのではないだろうか、と思えた。

 

 南の戦士が全滅し、鎧装獣を中心としたこの樹林の戦士ももはや数える程度しかいない。ウル・ディーネたちがソールのもとへ向かってから長い時間がたったが、未だにここには歌声など届いては来ない。

 

 あるいは見捨てられたのかもしれない――ニーズホッグはふとそう思い、すぐにその考えを打ち消した。いや、あのウル・ディーネ様が自分たちのことを忘れる筈が無い。ソール様もきっと聞き入れてくれる筈だ。

 

 しかし、星導く使者の指示で築きあげた音叉の塔には、未だ何も届いては来ない。

 

 

 

「もはやどうにもなるまい……侵略者の動きが止まったと思ったら、今度はそれとは比べものにならないという虚無の軍勢だと。はっ、これ以上の危機が来るというならば、もう我々にうつ手などあるものか。いっそのこと、何もかも終わってしまえば良いものを」

 

 アウドムラの愚痴を黙って聞いていたヘイズ・ルーンはその言葉を黙らせたかったが、できなかった。アウドムラの言うことが、自分の疑念をそのまま言い当てていることに、ヘイズ・ルーンは気がついたからである。

 

 二体の鎧装獣の側へ、別の鎧装獣が近づいて来た。ヘイズ・ルーンとアウドムラの視線がその獣に向けられる。王の側近であった白き獅子、鎧装獣キマイロンであった。

 

「ヘイズ・ルーン、それにアウドムラよ。そろそろ時間だ、王のもとへ参るぞ。スコールはもう先に向かっている」

 

 二体の鎧装獣はそろって頷き、蛇の頭部のついた硬い尾を翻して樹林の奥へと歩を進めるキマイロンの後ろへついて行った。

 

 樹海の奥地には無数の墓があった。そして、暗い面持ちで進む三体の鎧装獣の向かう先には王の墓があり、そこにはスコールが立っていた。

 

 王の墓は他の戦士たちと同様の質素なものであったが、その墓に張り付いている白い結晶が一際目立っていた。結晶は兎の輪郭を保っている。その結晶はかつて、スコールがヘイズ・ルーンたちと共に異形の機人と戦った際、機人の結界をすり抜けて敵に一撃を加えたことで勝機をつくり出した、あの兎であった。

 

「この小さな獣は王を心から慕っていたのであろう。我々の比ではないほどにな。王の傍へと召され、永遠に共にいられるのだ」

 

 スコールはそう言うと、黙祷を始めた。それと共にキマイロン、ヘイズ・ルーンとアウドムラが祈りを捧げた。

 

 しばらく、四体の鎧装獣は祈り続けていた。だが、一つの轟音がその祈りを中断させたのである。

 

 各々瞬時に身構えると、森の内部から悲鳴や怒号が木霊した。また、新たな戦が始まる。

 

 森に住む獣の一体が大急ぎで駆け寄ってきて、言った。

 

「大変です。見たことのない連中が我々の築きあげた音叉の塔を襲撃しました」

 

 キマイロンが辛うじて冷静さを保ちながら、聞き返した。

 

「して、その数は」

 

「分かりません……。とにかく、今までの侵略者とは比べものにならないほどの数だということは言えます」

 

 アウドムラが舌打ちし、スコールが唸った。ヘイズ・ルーンは無表情のまま聞いていた。

 

「もう、終わりなのでしょうか……我々は」

 

「諦めるな。良いか、お前は戦うことのできない森の同胞たちを避難させろ。我々は塔へと向かい、敵と戦う」

 

 それから、キマイロンは共に戦う仲間たちを瞬時に見回した。

 

「よし、ではスコールは同胞たちを護るために、この者と共に行動しろ。アウドムラとヘイズ・ルーンは私と共に来るんだ」

 

 キマイロンの指示で、その場にいる獣たちは即座に行動へ移した。

 

 音叉の塔を襲撃したのは、あのミストたちが戦った虚無の騎士と酷似した姿を持つ無数の軍勢であった。その騎士の群れは応戦する獣たちを次々と斬り倒し、塔へと攻め込んだ。

 

 キマイロンたちが駆け付けた時には、既に塔は大きく損傷し、崩れ去る寸前であった。

 

「何ということだ……もう、手遅れだったのか……」

 

 ヘイズ・ルーンの嘆きを叱咤するようにキマイロンが叫んだ。

 

「塔は、また新しく造り直せばいい。だが、同胞たちの命はそういうわけにはいかぬ。我々は、その命を護るために死力を尽くして奴らと戦う。良いな」

 

「……ああ、心得ている」

 

 ヘイズ・ルーンからかつての闘志が失われつつあることを、キマイロンとアウドムラ、それに現在別行動をとっているスコールも感づいていた。だが、今はそんなことを気にかけている余裕などない。キマイロンたちは初めて戦うことになる虚無の騎士たちへ向かって飛びかかって行った。

 

 

 

 虚無の騎士の実力は、ここ最近に戦った侵略者の動器たちよりも遥かに強大であった。ただ、それでも、獣たちも何とか抵抗できた。もっとも、虚無の騎士は空帝ル・シエルがそうであったように、未だこの世界に適応し切れてはいなかった。したがって、その実力はミストたちが戦った騎士たちよりも、数段劣る。獣たちの知る由もないことであるが。

 

「ぐう」

 

 アウドムラが敵の刃を受け、深手を負った。アウドムラはすぐに、硬質化して本来の機能を果たせなくなっている己の翼を一閃させて、敵の騎士の頭部を切断した。騎士は再生することもできずに、どうと倒れ、二度と立ち上がることはなかった。

 

「アウドムラ。大丈夫か」

 

 ヘイズ・ルーンが駆け寄った。アウドムラは息を切らしながらも、笑って見せた。

 

「ああ、まだ戦えるさ……」

 

 未だ、闘志を絶やさないアウドムラであったが、眼の前のヘイズ・ルーンの瞳には絶望の色がありありと浮かんでいた。

 

「ヘイズ・ルーンよ……確かにわたしはお前の前で愚痴をこぼした……。だが、これだけは言っておく。鎧装獣の誇りにかけて、最後の最後まで諦めるな。絶対に忘れるんじゃないぞ」

 

 そう言うと、アウドムラは、塔の防衛にあたっている仲間の獣に刃を振り上げていた騎士に横からぶつかっていった。その様子を眺めていたヘイズ・ルーンは背後に殺気を感じ、瞬時に姿勢を落とした。騎士の刃が空を切る。すかさずその騎士に襲いかかったヘイズ・ルーンであったが、内心はこの得体の知れない軍勢に怯えていた。

 

 アウドムラは何とか騎士をもう一体打ち倒したが、すぐに襲いかかってくる別の騎士の刃を受け自分の体から急速に力が失われていくのを感じた。

 

(ぐう。ここまでなのか……。いいや、まだだ。まだ戦えるぞ)

 

 その時であった。

 

 どこからともなく、歌声が響いてきて、崩れた塔の壊れかけた音叉に当たった。音叉は大分衰えているとはいえ、その役目を忠実に果たし、周辺で戦っている獣たちに歌声を届けた。それに続いて心の底に染みいってくる優しいハープの音色が響き渡り、獣たちは活力を取り戻していった。

 

「遅いじゃないか。待っていたぞ、この時を。ずっと待っていたんだ」

 

 アウドムラは全身に活力を漲らせ、襲い来る騎士を次々と薙ぎ倒していった。騎士たちは突然のアウドムラの反撃に慌て、態勢を立て直すと。同時にアウドムラの喉元目がけて斬りかかっていった。

 

 ヘイズ・ルーンは歌声で得た活力を駆使して何とか眼前の敵を倒すと、急いで、アウドムラの側へと駆けていく。胸騒ぎがする。ようやく歌声が届いたというのに、ヘイズ・ルーンの不安は晴れなかった。

 

 アウドムラは敵の騎士をもう一体倒したところで、ヘイズ・ルーンが駆けよってくるのに気がつき、安堵の息をもらした。

 

「……ヘイズ・ルーン……。後は任せた……」

 

 アウドムラはその場に倒れた。ヘイズ・ルーンが傍に来た時には既にアウドムラは息をしておらず、コアの輝きも失われていた。

 

「アウドムラ……」

 

 歌声が響く中、ヘイズ・ルーンは活力を持てあましたままただ絶望した。確かに音叉の塔は役目を果たしている。だが、敵の騎士の勢いは未だ留まるところを知らない。勝ち目があるとは思えなかった。

 

「終わりなのか……もう」

 

 絶望するヘイズ・ルーンの側へ、新手の騎士がじりじりと近寄ってくる。そして、相手に決定的な隙があることを見抜くと、騎士たちは一斉に飛びかかって来た。

 

 その刹那。

 

 空を裂く鞭の音。騎士たちが急に動きを止めた。

 

 ヘイズ・ルーンが背後を振り返ると、そこには白尽くめの長身の人物が立っていた。

 

「あなたは……まさか……」

 

 獣使いドヴェルグ。鎧装獣の王、ベア・ゲルミルが唯一心を開く道化の姿がそこにあった。

 

 ドヴェルグは手にした鞭を振るい、騎士たちを追い払った。それから鞭の先をヘイズ・ルーンの方へと向けた。

 

「何故……あなたが……」

 

 ドヴェルグはヘイズ・ルーンの問いには答えず、鞭でヘイズ・ルーンの眼前の空気を裂いた。

 

 その瞬間ヘイズ・ルーンの脳裏に、これまで共に生きてきた同士たちの姿が走馬灯のように映し出されていった。広大な緑の地であったこの世界で暮らしている多くの獣たち。侵略者によって破壊されていく緑を守護するために、友人のアウドムラと共に鎧装獣の一員となったあの時の記憶。そして、ヘイズ・ルーンを見つめる王の姿が……。

 

「分かりました……ドヴェルグ殿。私は、アウドムラの、王の、あの兎の、……散っていったすべての仲間たちの遺志を受け継ぎ、残された者たちを護るため、全力で以て戦いましょう」

 

 ドヴェルグが頷くと、その姿が薄れていった。代わりに、その場に白色の魔法陣が出現し、ヘイズ・ルーンの全身を包みこんだ。たちまち傷ついた体が癒されていき、体が熱量で、満たされていくのを感じた。

 

「ありがとうございます、ドヴェルグ殿」

 

 ヘイズ・ルーンは角を構え、敵を倒し、取り戻した勇気を皆に知らせるため、一気に騎士の群れへ突進していった。

 

 

 

 鋼葉の樹林より遠く離れた地。そこには、ドヴェルグとスノトラ、それにスノトラの守護獣であるスノパルドとガラパーゾの姿があった。

 

 スノトラは手にしたハープを鳴らし、ドヴェルグは己の喉を振るわせ、歌声を響かせていた。

 

 やがて、それまで感じられた虚無の騎士の気配が収まっていき、スノトラはその手を止め、ドヴェルグも歌うのを止めた。

 

 ドヴェルグはスノトラの方へ体を向けると、深々と頭を下げた。スノトラが口を開く。

 

「いえ、ドヴェルグ。これこそが私たちの使命。あなたもそれを全うしてくれているのですから、感謝しているのですよ」

 

 この時代に帰って来た放浪者を迎えにいくため、スノトラとドヴェルグは、スノパルド、ガラパーゾと共に放浪者のもとへ向かう途中であった。

 

 そんな時、鎧装獣の暮らす鋼葉の樹林の側へ〝虚無″の軍勢が迫ってきていることをドヴェルグは読み取り、一旦そちらに向かい、彼らに加勢するよう、スノトラに進言したのである。スノトラは迷わず頷き、自分が得意とする楽器の音色でドヴェルグの歌声を増幅させたのであった。

 

 ドヴェルグはかつて、歌姫ソールに次ぐほどの歌声の持ち主であった。その力を真っ先に氷の魔女ヘルに狙われ、ドヴェルグは言葉を失い、歌声の力の大半も奪われてしまったのだ。

 

「では、そろそろ参りましょうか、ドヴェルグ。ロロのもとへ」

 

 ドヴェルグは黙って頷き、スノトラの後に従って歩き始めた。スノトラとドヴェルグを護衛するべく、スノパルドが一行の前に立ち、ガラパーゾが後ろからつき従う。

 

 ドヴェルグは、己の姿を戦場へ投影した際、あの場に居合わせた獣たちの様々な感情や想いを読み取った。そして、自分の一番の親友である鎧装獣ベア・ゲルミルがもういないことを知り、深く悲しんだ。

 

 スノトラの前では平静さを保っていたドヴェルグであったが、今、その瞳から涙があふれ出し、止まらなかった。

 

 スノトラは背後のドヴェルグの悲しみに気づいていたが、敢えて何も言わなかった。ドヴェルグとベア・ゲルミルの友情には、何者も入り込む余地など無い、それがたとえドヴェルグと共に生きてきた自分でも……。

 

 スノトラたちは消えた放浪者を追い、旅路を再開した。




関連カード

●鎧装獣ヘイズ・ルーン

冒頭の一文はこのカードのフレーバーテキスト。

●獣使いドヴェルグ
白の世界における放浪者ロロの同行者である道化。
フレーバーテキストは白の章第1節。
カードにおいては鎧装獣に関する二つの効果を持つ。
このカードのリメイクである、道化神ドヴェルグのフレーバーテキストの書き方は初期の白のスピリットのものと似ている。

●守護巨獣ガラパーゾ
巨獣。
「亀裂の番人」と称される。
黄の軽減シンボルを持っている。

本章ではスノトラの守護獣として登場。

●守護機獣スノパルド
機獣。
フレーバーテキストでは、歌姫ソールの歌声を己の喉に宿すことで奏でていると思われる。

本章ではガラパーゾと共に、スノトラの守護獣として登場。



●ヒーリングサークル
マジック。
白と黄の軽減シンボルを併せ持ち、ライフを増やすメイン効果がある。
イラストでは獣使いドヴェルグが描かれている。

本章ではヘイズ・ルーンの傷を癒す為にドヴェルグが使用。
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