三姉妹の項
散らす側から散る側へ。
戦況変われど、変わらぬ使命。
主を守りて、果て逝くその身。
ソールの住まう塔から離れた地。かつては侵略者に対する防壁であった極光の障壁の下で、【虚無】出現に備えるかつての侵略者が待機していた。観測機のメーターが異常を示してから数刻が過ぎている。
「妙だな……。【虚無】はもう何時現れてもおかしくないというのに……」
この一隊を指揮する黒槍機ボルヴェルグは、腕組みをしながら上空を睨んだ。
「おそらく、ロキ殿が造った超時空重力炉によって未だその出現を抑え込まれているのでしょう。あれがなければ、【虚無】はあの時と同様、塔のすぐ近くにいきなり出現していたかもしれません」
部下の機人ヴェルンドが言った。
「ふん、ロキか。【虚無】が奴の言っているとおりの脅威であるならば、このまま守りを固めるべきではあるだろうが……やはり、奴の言うことなどどうにも信用できん」
「しかし、これは既に決定されたことです。それに……あのとき現れた【虚無】がほんの尖兵だったとすると……【虚無】の脅威は我々の予想を遥かに上回っていたことは間違いありません」
「どうだかな。あるいはロキめに一杯喰わされたのかもしれないぞ。奴め、まさかトールまで味方につけるとはな」
「心外だなあ、ボルヴェルグ」
背後から響いた声にボルヴェルグが振り向くと、いつの間に近づいたのか、ロキの端末であるベビー・ロキの姿があった。
「君が言うとおり、【虚無】は今現れてもおかしくない。警戒は怠らないことだね」
「言われなくても分かっておるわ。……ロキ、貴様が何を企んでいるのか知らぬが、いつか貴様の化けの皮、剥いでくれる」
「僕は純粋に同胞たちを護りたいだけさ。その心に偽りはない……」
「大変です。メーターが振りきって……」
ロキの話はヴェルンドの言葉で中断された。
空間が激しく振動する。世界そのものが悲鳴を上げている……その場に居合わせた誰もがそう実感した。周囲の動器たちも、己の存在がいかに不安定であるかを見つめ直さざるを得ないこの恐慌に直面し、理性を保とうと一所懸命に堪えた。
「来る、奴らが」
ボルヴェルグが呻いた。
「とうとうその時が来た。ボルヴェルグ、僕はこのことをすべての仲間に知らせる。ソールの塔が落ちるのも、時間の問題だろう。計画どおりソールたちを避難させたうえで【虚無】に立ち向かう」
ベビー・ロキは、「君たちもどうか生き延びてくれ」と言い残し、機能を停止した。
世界が恐怖に怯える中、彼方の天地の境目より、黒い転々としたものが接近してくる。紛れも無く、虚無の軍勢だった。
極光の障壁が大きく歪んだ。そして、次の瞬間には障壁のすぐ側の空間が捻じれ、そこからさらなる軍勢が出現した。それと共に、障壁が千切れ飛び、オーロラの輝きが霧散した。
侵略者の大軍勢でさえ突破しきれなかった極光の障壁を、虚無の軍勢はいとも容易く消し去ったのだ。
「まさかこれほどとは……。……見誤ったわ」
ボルヴェルグの声が空しく響いた。
それまで眼を閉じ、祈るように黙していたフレイア。その両目が開かれた。
「来ます」
それを聞いたグリン・ブルスティはすぐに宮殿の外へ飛び出すと、【虚無】が迫りくる方向を睨んだ。ブレイザブリクも意を決すると、強力な結界を展開した。周辺の獣たちも思い思いの手段で【虚無】に備える。
「ブレイザブリク……私が言ったこと、憶えておりますね。あなたはここの獣たちを護り、いつでもソール様のもとへ退けるよう、備えておいてください。その時は……私がこの場で【虚無】の侵攻を食い止めるために……最期まで戦います」
ブレイザブリクはもう何も言わない。ただ、その内には新たなる決意が固められていた。それを明かせば、フレイアの決意は確実に鈍る。だから、ブレイザブリクは愛するフレイアに対しても心を閉ざしているのであった。
破壊された門の前で、スミドロードは【虚無】を睨みながら、ベル・ダンディアに言った。
「ベル・ダンディア様。あなたは、ソール様と共に機械の船へ避難してください」
スミドロードの声には有無を言わさぬ気迫が籠められていた。ベル・ダンディアは頷く他ない。
「……ええ、私たち三姉妹はソール様の礎として、必ずや、あなたたちの力になります、スミドロード」
そこへ、上空で敵を警戒していた二人の機械の騎士が降り立った。スミドロードの前に立っていたウルが二人の騎士を迎え入れる。騎士たちと何やら意思の疎通を行い、ウルは頻りに電子音声を交わした。やがて、ウルはベル・ダンディアとスミドロードの方を向いて言う。
「我々の準備は整いました。後は、塔の姫君たちを屋上から避難させましょう。あの船を使って」
ウルは、塔の上空に浮かんでいる鉄の船を指差した。
「ここの防衛は、この二人の騎士、鉄騎皇イグドラシルと鎧神機ヴァルハランスが率いる私の同胞たちが務めます」
二人の騎士は、眼前にいる言葉の通じないベル・ダンディアたちに向かって一礼した。
「ベル・ダンディア様。我々も彼らとともに戦います。あなたはあなたの使命を果たしてください」
「はい、スミドロード」
ベル・ダンディアはその場に居合わせたスミドロードを始めとする獣たち、ウル、そしてかつての侵略者であった機械たちに感謝の意を述べると、早々に塔の内部へ向かった。
ベル・ダンディアは、本当はこの場に残り、スミドロードとウルと共にいたかった。もう会えないかもしれない、そんな気がしたから……。
スクルディアが涙を流し、ハティの温もりを求めた。ハティは黙ってスクルディアを宥めている。スクルディアは、また見てしまったのだ。恐ろしく、悲しい未来を。
(僕はあの時から何か変わったのだろうか。スクルディア様や、他の仲間の命を狙った鋼の狼たちと戦ったあの時……。僕は結局無力だったんだ)
ハティは、自分がスクルディアから一番頼りにされているということを自覚していた。ハティは、それに応えたかったのだ。スクルディアが好きだから。
(スクルディア様は、未来を操る力を持つ魔人として崇められているけど……本当は、一人のか弱い女の子なんだ。それなのに僕を護るために、身を挺して敵に立ち向かった)
ハティは、自分の毛皮に抱かれているスクルディアを、暖かく見つめた。
スクルディアが恐怖を堪えて、ハティを侵略者から護ろうとした時のこと、鋼の狼たちとの戦いでハティが命を落とす未来を阻止するために、スクルディアが自分を犠牲にしてまでハティを救った時のこと。あの時の光景がハティの心の中で再現された。
(だから、僕は強くならなければならないんだ。僕はスクルディア様を護るべき騎士。スクルディア様が持つ強い心に報いるためにも、僕自身が真に強くならなければならない)
ハクは言った、ハティにはスクルディアを護る騎士の素質があると。もう自分の無力のせいで、スクルディアを危険な目に遭わせてはいけない。騎士ならば、守護するべき大切な者のために命を落とすことも厭わないのだ。
「ハティ」
スクルディアが叫び、窓の外を指差した。ハティがそちらを見やると、ちょうど空間の歪みが出現するところであった。
「あれは、前にも見たことがあるぞ」
ハティは己の内から込み上げてくる恐怖の感情を堪え、未来を見たことで、ハティとは比べものにならないほどの恐怖に苛まれているスクルディアのことを想い、その身を庇うようにして抱きすくめた。
ハティの周りにいたセンザンゴウとその指揮下にある獣たちも外の光景に釘付けとなっていた。歪みはますます広がり、そこから――あの虚龍のものと同じ――白くうねる閃光が迸った。
轟音が響き、天に浮かんでいた機械の艦隊が墜落していく。
「奴ら、天の船を根こそぎ落とすつもりだ。いかん、このままではソール様の退路も絶たれるぞ」
仲間の獣が叫んだ。
轟音はなおも続き、外では、かつての侵略者であった飛行物体の群れが敵を迎え撃とうと飛び回っていた。だが、敵は未だその姿を現さないで、広がっていく空間の歪みの至る所から滅びの閃光を連発した。そのたびに機械の船が墜落し、飛行物体の何体かが消滅した。
塔の上の方から歌声が響いて来た。それによって空間の歪みによる浸食が抑え込まれ、閃光も止まる。やがて、痺れを切らしたかのように空間を突き破って、あの時と同じ白き虚龍が姿を現した。ここからでははっきりと見えないが、間違いなくあの背にはハクがもう一人の騎士と共にいる――ハティはそう確信した。
センザンゴウが踵を返すと、周囲の獣たちがそれについて行った。ハティが慌てて尋ねる。
「センザンゴウ殿。どこへ向かうのですか」
センザンゴウは答えず、部屋を辞した。その背後からついていく獣の中の一体がハティの方へと振り向き、代わりに答える。
「センザンゴウ殿は塔の外へと出向き、一戦交えるお覚悟だ。我々も共にいく」
「塔の外……では、僕も共に戦います」
センザンゴウの部下である獣は頭を振った。
「いや、ハティ殿はここに残り、スクルディア様をお護りするのだ」
「あなた方を向かわせて、僕だけ塔の中に残っているというのは……」
「ハティ殿。センザンゴウ殿と我々は、君がいるからこそ、スクルディア様のことを任せて死地に赴くことができるのだ」
「…………」
「君はスクルディア様を護り、生き残った者たちと共に機械と協力し、この世界を救う力と成れ。それが、君の我々に対する返礼だ」
最後まで残っていた獣はそう言うと、足早に立ち去った。
「ヴェルンド」
ボルヴェルグが部下の名を叫んだが、ヴェルンドはもう答えることはなかった。ヴェルンドの身体を突き通していた虚無の騎士の剣が引き抜かれると、ヴェルンドはどさりと倒れた。切っ先は更なる獲物を求めてさ迷い、ボルヴェルグの方を向くと、ぴたりと止まった。
「おのれい」
ボルヴェルグは手にした槍を構えると、虚無の騎士に向かって飛びかかった。数合打ち合った末、ボルヴェルグは騎士を倒す。息を継ぐ隙など無く、新手の騎士がわらわらと迫って来た。
「これ以上この場を抑えておくことかなわぬか。ならば、一体でも多く、道連れにしてくれる」
ボルヴェルグは決死の覚悟で敵の騎士たちと戦う。既に多くの部下が討たれ、残すところ数名。皆、己の最期を悟り、主君であるボルヴェルグと運命を共にする決心を固め、虚無の軍勢と戦った。
空を閃光が横切った。
次の瞬間にはその閃光は地上へと降り立ち、それと共に周囲にいた虚無の騎士を次々となぎ倒したのである。
ボルヴェルグは、突然現れてこの見事な早技を披露したものの正体を見極めようと眼を凝らした。そこにいたのは、赤い装甲を煌めかせる機械の巨人。手にしたノコギリを思わせる刃を備えた大剣が、激しく振動していた。
ボルヴェルグは一目でその者に機械とは違う異質な何かが混じっているのを見抜いた。
「ボルヴェルグ殿、助太刀いたす」
その機械が言った。
「あなたは仲間か……」
ボルヴェルグはその者の正体が掴めないため、警戒していた。
「我が名は竜機合神ソードランダー。この世界の竜とかつての侵略者である機械が融合することで誕生した戦士」
「ソードランダー……我らの同胞と竜が一体化したというのか……」
「間もなく我が同志たちも加勢する。ボルヴェルグ殿、貴殿には本隊と合流し、歌姫救出に全力を尽くしてもらいたい。この場の防衛は、我々に任されい」
「……かたじけない」
ソードランダー同様、機械とこの世界の獣が一体化した存在が次々と舞い降りてきた。彼らは虚無の騎士を相手に一歩も引けを取ることはなく、果敢に敵を打ち倒していく。
ボルヴェルグはソードランダーの指示に従い、生き残った部下を集めると速やかに撤退した。
上空に浮かぶ艦隊が半ば壊滅状態であることを見てとると、フレイアはブレイザブリクとグリン・ブルスティ、それに周辺で戦っている獣たちに、塔へと戻るよう言った。ブレイザブリクは黙って了承の意思を示したが、グリン・ブルスティや他の獣たちは頑として頭を振らなかった。
「仕方ありませんね……」
フレイアが両腕を広げると、周囲にいた獣たちが瞬時に見えない力に拘束される。グリン・ブルスティが叫ぶ。
「フレイア様、何をなさるのです」
「あなた方は、ブレイザブリクに乗り込み、ソール様のもとへ向かってください。機械の船が落とされた今、ソール様をお連れできるのはブレイザブリクしかおりません」
「それは分かります、フレイア様。ですが、我々は前にも言ったとおり、侵略者との共闘を拒みます。そんな我々が塔に向かったところで、これからの戦いでは足手まといにしかならない、ということも自覚しているつもりです。ならば、この場で敵に討たれた方が、我々の同胞たちに貢献できるというもの」
「いけません。自らを、望んで死地に追い込むなど」
「いや、こればかりはいかにあなた様といえ、お譲りするわけにはいきませんぞ」
その様子を横眼で見ていたブレイザブリクが、口を開いた。
「フレイア様……。この者たちの望みどおりになされ。儂が一人でソール様のもとへ向かいましょう」
「何を言うのですか、ブレイザブリク」
「この者たちをその場しのぎで救うことだけが、この者たちへの慈悲になるとお思いにならないことです。この者たちが言うとおり、これから機械と共闘する際、それを拒むものがいては虚無の軍勢との戦いにも支障をきたすことでしょう。この者たちはそれを理解しているからこそ、こうしてこの者たちなりに戦い抜こうとしているのですぞ」
フレイアは言葉を失った。周囲の獣たちがブレイザブリクの言ったとおりだと声を上げる。やがて、フレイアは弱々しく、獣たちの拘束を解いた。
「フレイア様、あなた自身のお覚悟をお認めになるのならば、この者たちの覚悟を認めてやりなされ。塔へは儂一人で向かいます。では、フレイア様……できることなら、生き延びてください……」
ブレイザブリクは飛び上がると、塔に向かって直進していった。それとほぼ同時に、周辺の空間が歪みだし、虚無の軍勢が出現した。
フレイアはきっとその歪みの方を見ると、己の力を解放し、周辺の空間に防壁を展開した。これにより、虚無の軍勢は出現を妨害され、勢いを大きく失った。
獣たちの歓声が響き渡る。
「フレイア様。我々一同、お供いたしますぞ」
獣たちは、自ら虚無の軍勢に襲いかかった。
「ハティ……急がないと」
スクルディアが呟き、ハティは思わず聞き返した。
「え。スクルディア様、何を」
「歌姫の礎……三姉妹の使命……」
スクルディアはハティのもとを離れ、這い出した。ハティが慌てて後を追う。
「歌姫のところ……お姉ちゃんたちが、呼んでいる」
(そうか、ウル・ディーネ様とベル・ダンディア様がスクルディア様を呼んでいるのか。ソール様のもとへ)
ハティは気づいたが、それと共に、ウル・ディーネの語ったことを思い出す。ベル・ダンディアがスクルディアと離れて暮らさなければならなかったわけを。
(でも……このままだと、僕たちはむざむざ虚無の軍勢に滅ぼされてしまうかもしれない。スクルディア様はご自分の使命を果たすため、二人の姉に会いに行くのだ。僕が……僕が、しっかりとしていなければ)
「スクルディア様。では共に参りましょう。あなたの姉上たちが待っている、ソール様のもとへ」
スクルディアが頷いた。
虚無の軍勢の出現地点が次々とスクリーンに映し出されていく。ロキは、それらを読み取り、直面した危機に対応しようと、次々と自分の同胞たちへ指示を送った。
(さすがにこれはまずいよね。【虚無】がこんなに早く侵入してくるとは思わなかった)
ソールを乗せる手はずが整った矢先に突然虚龍が襲撃してきたため、予定が大きく狂ってしまった。超時空重力炉もほぼ全滅してしまっている。
(ソードランダーたちが間に合ってくれたから、一応壊滅は先延ばしにできたようなものだけど……おや)
比較的塔に近い地域でかつてない異常な熱量が観測された。それまで何の変化も見られなかった筈である地点だ。
(ついに来るか。天戒機神グロリアス・ソリュートよ、君から与えられた僕の使命、果たせないかもしれない……)
虚無の騎士の刃が一閃し、グリン・ブルスティの巨体がどうと倒れた。別の獣が咆哮し、グリン・ブルスティを倒した騎士に喰らいかかった。グリン・ブルスティとの戦闘で傷ついていた騎士は身構える隙も無く、獣の牙で喰い千切られ、無言で倒れた。
「グリン・ブルスティ……」
フレイアはそう呻いたが、防壁を展開するのに精一杯で、仲間の方を見る余裕もない。その顔には疲れの色がありありと浮かんでいる。
また、別の獣の断末魔が響いた。一瞬、フレイアの注意がそちらに向かれる。その時、フレイアの防壁の隙間を捉えた虚無の騎士の一体が剣を構えると、フレイアに向かって突きかかって来た。
(く、しまった)
フレイアはその攻撃をかわすと、氷壁を創り出し、騎士を自分の結界の領域から押し出した。騎士はしぶとくその場に留まろうとした。フレイアの防壁はますます乱れ、別の騎士がフレイアに向かって斬りかかった。
フレイアは瞬時にその場から退いたが、鋭い衝撃が全身を襲った。見ると、肩から右腕にかけて、身体がひび割れている。
氷の魔女の呪いで硝子の身体となっているフレイアは、痛みを感じなかった。だが、傷ついたところから得体の知れない瘴気が入り込み、全身を蝕まれつつあることを感じていた。
(これ以上はもたない……)
フレイアの身体から力が抜けたことで、防壁は弱まっていき、更なる虚無の軍勢が今まさに実体化しようとしている。
「フレイア、諦めないで」
声と共に、周囲にフレイアのものとは別の守護が満ちていった。
「あ、あなたは……」
フレイアがそちらに意識を向けると、そこには姉であるフレイと……かつての自分の主、スノトラの姿があった。
「姉さん。それに……何故、スノトラ様がここに」
「ヘルがここに導いてくれたのです。さあ、今は【虚無】を抑えましょう」
スノトラが空間に白光を収束させ、ハープを創り出すと、それを奏でた。フレイが錫杖を掲げ、虚無の軍勢を追い散らす。姫君たちの加護を受け、勢いづいた獣たちは敵の騎士との格闘を繰り広げた。
フレイアは透かさず防壁を修復し、敵の動きを束縛する。ただ、どうしてもスノトラに確かめておきたいことがあった。
(スノトラ様……供のドヴェルグは)
フレイアの心の声に、スノトラはすぐに答えてくれた。
(……ドヴェルグとは逸れてしまいました。フレイア、今は心を乱してはいけませんよ)
フレイアは了解すると、防壁の維持に専念する。
遠くの方で途方もない熱量が爆発した。空間が悲鳴を上げる。フレイアたちは心の平静を失うところであったが、何とか堪えた。
あの時現れた存在が再び出現する。誰もがそれを理解していた。
虚無の軍勢は、塔へと続く谷間、氷壁の亀裂にも殺到していた。鏡の回廊はあっけなく崩され、後には冷たい瓦礫が積み上げられているだけであった。その瓦礫の上を、感情を全く示さない冷たい軍勢が踏み荒らしていた。
その軍勢の前に立ちはだかる巨大な亀の姿があった。守護巨獣ガラパーゾである。ガラパーゾは白い魔法陣の結界を創り出し、虚無の軍勢を食い止めていた。
上空から巨大な影が飛来し、ガラパーゾの結界を破ろうとする軍勢を、なぎ倒した。その巨体は頭部で光っている赤い瞳をガラパーゾに向ける。
「ガラパーゾか。スノトラの守護獣であるお前がここにいるということは、スノトラとドヴェルグ、それにもう一体の守護機獣スノパルドも来ているのか」
鎧蛇竜ミッドガルズの問いに、ガラパーゾは頭を振った。
「いや、スノトラ様はフレイア様のもとへ向かったが、ドヴェルグ殿とスノパルドは故あってここにはいない」
「そうか。だが、お前が来てくれるとは心強い。俺も力を貸すぞ」
ミッドガルズが、虚無の軍勢を睨みつけた。軍勢は先ほどの急襲で怯んだが、すぐに態勢を立て直すと、進軍を再開した。
遠くの方の異常な熱量はここにも伝わって来た。流石のミッドガルズも身震いを禁じ得ない。あくまでどっしりと構えているガラパーゾがいなければ、ミッドガルズとて、取り乱してしまっていたかもしれなかった。
膨大な熱量が渦巻く上空から二体の機人が降り立ち、ミッドガルズとガラパーゾに加勢した。その機人たちの後ろから、配下である無数の動器たちが飛来する。
(アスクとエムブラか。よく来てくれた、助かるぞ)
ミッドガルズが二人の機人に向かって電子音声で語りかけると、機人たちは軽く会釈し、戦闘を開始した。
「まさか、敵であったエムブラを一度追い込んだこの氷壁の亀裂で、今度は味方となったエムブラとアスクと協力することになるとはな……」
ミッドガルズは微かに笑みを浮かべていた。
再び現れた機神獣は前回よりも強大な熱量を有していた。一目でこれを見抜いたイグドラシルとヴァルハランスは恐怖を抑えるだけでも精一杯であった。もし、彼らに騎士としての誇りが眼覚めていなければ、この相手を前にして逃げ腰になっていたかもしれない。
二人の部下である、槍戦騎ガウトが率いる神機グングニルの一隊と、盾機兵バルドルが指揮する部隊も、この上司がいなければ強大すぎる敵を前にして逃げ出していたことであろう。
それに対して、前回白き神の恐怖を体感したスミドロードは四肢が竦んでしまった。共に戦ってきたファーブニル、レインディアを容易く葬り、アインホルンを瀕死の重傷に追い込んだ機神獣。あの時の力が、まだほんの小手調べであったと認めざるを得なかった。
(スミドロードよ、怖れるな。我々には歌姫と三姉妹の真の加護がついておる。)
スミドロードの心に直接意思を伝えた巨獣は、機神獣の背後から同胞たちを守護する結界を創り出していた。
(心得た……凍獣マン・モールよ)
スミドロードの脳裏に真っ先に現れたのは、敬愛するベル・ダンディアの姿であった。あのお方を護るためならば、この場で散ることも躊躇いはせぬ。スミドロードは内なる恐怖を自分がこれまで生きてきた目的である者のために、必死になって抑え込んだ。
「大した面構えだな。ようやく我の力を示す良い機会だ」
そう口にしたのは、機神獣ではなく、その足元にいるヴァルグリンドであった。ヴァルグリンドはスミドロードの横にいるウルの姿を見やった。
(【勇者】。だが、まだあまりにも小さすぎる。今この場で潰すことは簡単だが、それでは面白くないか……)
機神獣の眼光が周囲にいる者を眺め廻す。ウルさえもさほど気に留めなかった視線はヴァルハランスのところで止まった。機神獣に代わって、ヴァルグリンドが再び口を開く。
「氷の魔女ヘルの助力を得ている者は貴様か。他の者の手には負えんかも知れぬな」
機神獣の両翼が開かれた。それに呼応するかのように上空の虚龍が咆哮し、塔を睨む。
同胞の艦隊は虚龍によって壊滅寸前に追いやられ、一旦後退せざるを得なかったのだ。ここで持ち堪えなければ、我々に明日はない……。
ヴァルハランスは散っていたアトリーズ、そして多くの友たちのことを想い、眼前にいる敵の総大将と対峙する。
関連カード
●機人ヴェルンド
機人。
散らす側から散る側へ変わっても変わらぬ使命を全うしている。
冒頭の一文はこのカードのフレーバーテキスト。
●黒槍機ボルヴェルグ
武装・戦騎。
力なき者を圧倒し、強者のみの戦場を生み出すと呼ばれるほどの者。
このカードの召喚時効果もそれを再現しているのかもしれない。
●竜機合神ソードランダー
機獣・武装。
フレーバーテキストは白の章第10節。
侵略者と歌姫たちの両勢力が協力し、次々と新兵器が生み出されていった。
このカードのイラストは獣機合神セイ・ドリガンと繋がっており、
あちらには侵略者と歌姫たちが手を組んだ象徴と書かれている。
竜機合神ソードランダーにも同じことが言えると考えられる。