消えゆく白の群像   作:来星馬玲

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第三章 光る魚

 空の項

 

 

 もし、此度の異変で体が機械化していなければ、あの時に負った傷で間違いなく命を落としていた。鯨は、機人によって抉られた腹が元通りになっている様子を見て、そう思った。

 

 機人や飛行物体との戦闘で多くの仲間を失った。生き残った仲間達も沈痛な面持ちである。エビの活躍がなければ鯨とて先の戦いで散っていただろう。

 

 その一方で、空を旅する鯨と魚達にも新たな仲間が増えた。侵略者に追われ、空を当てもなくさ迷っていた魚や鳥。例の飛行物体にはりつき、擬態することで難を逃れていたというカブトガニ達。あの英雄となったエビ同様、異変に適応し、共に戦うだけの力を得た者達――。

 

 鯨の背は鋼の外殻によって覆われている。鯨がこの変化をより己のモノとする程、それは頑丈なものとなっていく。この外殻によって、鯨の背の上ではかつての蒼い海を彷彿とさせる海の生き物達の生活が守られている。

 

 あれから後も度々飛行物体の一隊と衝突し、戦闘が起こった。その都度、鯨の背の住民も危険に晒された。中には強烈な熱量の壁を造り出すことでエビの鋏すら弾く連中もいたが、鯨と共に空を飛ぶ者や、エビと同じく、新たに生まれ変わったかつての力無き者達の活躍でなんとか撃退した。

 

 我々は戦う度に強くなっている。異界の門よりもたらされた力を我がものとすることによって。

 

 

 

 白鳥はかつて暮らしていた緑の世界、それに青い大空の夢を見ていた。清らかな湖。仲間達が翼を広げ、空を舞う。

 

 同胞達には同胞達の掟もあるが、こうして湖に身を浸らせている間は、ここが地上のどこよりも素晴らしい楽園であるという実感が湧いてくる。そう、あの異界の門が開くまでは。

 

 最初に異界の門に気付いたのは誰であっただろうか。それは分からない。ただ、白鳥が異変に気付いた時、まだ周りの仲間達はそれに気付いてはいない様子であった。

 

 奇妙な花が水上に咲いていた。無機物を思わせる輝きを放つ花。その下で蠢く虫も様子がおかしい。

 

 その花に吸い寄せられるようにして飛んできた蝶。蝶は虹色の輝きを放っていた。

 

 蝶が花に止まり、蜜を吸う。見慣れた光景である筈なのに、何かがおかしい。動作が生き物にしては不自然なのだ。この蝶からは生気が感じられない。どことなく作り物めいているのだ。例えるなら、幼い氷の姫君達がここを訪れた時に持っていた玩具や、道化の創り出す物体。

 

 蝶がはたと下に落ちた。白鳥ははっとなる。水面に浮いている蝶。花の上でクルクル回っているのは、生き物にとって無くてはならないもの。コアだ。

 

 白鳥は恐怖に駆られた。急いでその場を離れる。あの花が次に狙うのは自分であると直感した。

 

 そして悪夢が始まる。

 

 開かれし異界の門。変色し、変質していく空。湖の様子もおかしい。あらゆるものが無機的な氷に浸食されていく。

 

 仲間達の間から、悲鳴が起こる。何羽かの仲間が舞い上がり、まだ緑が広がっている方面を目指すと、一目散に逃げ出す。

 

 白鳥もそれに遅れまいとして飛んだ。後ろの方にも今頃になって事態を呑み込んだ仲間達が次々と後に続く。

 

 飛ぶ。飛ぶ。まだ残っている緑を目指して。だが、その飛行は一筋の閃光によって掻き乱された。

 

 未だかつて見たことのない不気味な飛行物体の群れ。そいつらが凝縮された熱量を放出する。焦げた臭い。墜落していく仲間。

 

 怖い。

 

 白鳥の翼を閃光がかすめる。漂う異臭。こんなの嘘だ。眼の前に突如出現する、腕のような突起物を持つ物体。放たれる閃光。

 

 

 

 白鳥ははっと我に返った。ここは鯨の外殻の中。そうか、あれは夢だ。夢だったんだ。白鳥はそう自分に言い聞かせる。

 

 あの後、白鳥はなんとか逃げ延び、鯨のもとに辿り着いた。他の仲間とは逸れた。自分の他にも生き残りはいるだろうか。そんなことを考える。

 

 ふと、隣の水辺にトビウオがいることに気がついた。暖かい光を放つトビウオ。そのトビウオは鋼を思わせる皮膚に覆われていた。

 

 そのトビウオの持つ光を眺めているうちに、白鳥の心の中には、あの懐かしい、緑の世界の光景が甦っていく。

 

 トビウオが突然身動ぎをする。と、中空に浮かび上がるトビウオ。

 

 トビウオは白鳥の方を向くと何やら誘っている様な仕草をした後、外殻の外の方へと飛び去っていった。

 

 白鳥は何事かと思い、去っていくトビウオを見つめていたが、すぐに己の身体の異変に気がついた。

 

 半ば機械化している自分の身体。白鳥は変化に適応できていたのだ。そしてあのトビウオも。

 

 白鳥もトビウオに続いた。そうだ。今の自分には仲間を守り戦うだけの力があるのだ。あのトビウオのおかげでそれに気付けた。あのトビウオが今の仲間。そして、鯨、魚達、他の鳥達も。

 

 外殻の外にトビウオと白鳥が飛び出した。鯨とその仲間達がその様子を見守る。新たな戦士の誕生。これは鯨も期待していたことだ。しかし、このようなことを期待してしまうとは不謹慎であるということも分かっている。鯨は己の無力さを痛感する。

 

 白鳥は気付いていなかったが、そのトビウオは異変に適応しきれたわけではなかった。トビウオは機械化していく己の体の内からくる反作用によって、自分の最期がそう遠くないことを悟っていた。

 

 もう一度、あの海に戻りたい。海に帰りたい。その為にも自分の残された力を駆使して大空を飛ぶ。

 

 

 

 空をゆく輝き。光増すごとに失われる己。

 命尽きるまで飛び続ける。

 再び海に帰る日を信じ。




関連カード

●ヴィゾフニル
北欧神話におけるヴィゾフニルは雄鶏であるが、バトスピにおいては空魚。

最後の一文はこのカードのフレーバーテキスト。
章題の「光る魚」、及び作中のトビウオとはヴィゾフニルのこと。
自分の小説で書かれている、
環境の変化と体の機械化に適応できずに多くの種族が滅んでいったという内容は、
このカードのフレーバーテキストによるところも大きい。

●キグナ・スワン
フレーバーテキストは白の章第10節。
虚無の軍勢との戦闘が始まった後の場面であり、「侵略者たちの空飛ぶ船」を先導するという大役を担っている。
後に星魂スピリットとしてリメイクされる。

本章における白鳥とはキグナ・スワンのこと。
過去の情景ではスフィアロイドが牽制ではなく、自ら積極的に攻撃を仕掛けているが、
相手があまりにも無力であることが分かっていたため。

●盾精ラングリーズ
フレーバーテキストではロブスタークと戦っていると思われる。
生命対機械の分の悪さを物語っている。

本章の「強烈な熱量の壁を造り出すことでエビの鋏すら弾く連中」とは盾精ラングリーズのこと。

●アーメットクラブ
侵略者の動部に張り付くことで生き延びている空魚。
ただ滅びを待つ者とされている。

本章における「擬態することで難を逃れていたというカブトガニ達」とはアーメットクラブのこと。

●メタルディー・バグ
世界が固定化され、輝く石へと変じていく輝く虫。

花に取りついた虫の方が本体であるが、
自分の小説におけるキグナ・スワンの視点では花の印象が真っ先に出てくる。
花に止まった蝶の命を奪う描写は、カードにおけるコア除去効果を意識したもの。
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