消えゆく白の群像   作:来星馬玲

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第三十一章 侵食されゆく尖塔

 三姉妹の項

 

 

 虚無に帰る螺旋の塔。

 歌姫の脱出に遅れること一刻。

 

 

 スクルディアは姉ベル・ダンディアの姿に心を奪われ、しばし放心したように佇んでいた。すぐにその顔が明るくなり、急いで姉のもとへ這いよろうとする。ところが、すぐにスクルディアは大理石の床に倒れ込み、頭を抱えた。ハティは驚いてスクルディアの傍に近づき、顔色を窺った。

 

「スクルディア様。どうなさったのです」

 

 スクルディアは困惑した顔で見開いた眼を床に向け、涙をとめどもなく流し、呻き声を出していた。

 

「見える……たくさん……」

 

 ハティが辛うじて聞き取れた内容はそんな言葉だった。

 

 ウル・ディーネが透かさず己の殻を蠢かせ、スクルディアの傍へ這いよると、白磁のように白い手をスクルディアの頭に乗せた。当てられた掌からほのかな朱色の燐光があふれ出し、スクルディアの結えられた髪がその燐光を受けて煌めいた。

 

 ウル・ディーネが手を離すと、スクルディアが姿勢を正した。ハティがその顔を覗き込んで見たところ、スクルディアの表情から感情が欠落していることが分かった。

 

「ハティ、心配は要りません。スクルディアの意思を一旦封印したのです。こうでもしないと、私とベル・ダンディアがこれまでに見てきたすべての記憶を、スクルディアが見てしまうことになるのです。スクルディアはまだとても幼いから……それを背負うには早すぎるのです」

 

 ウル・ディーネが誘うと、スクルディアは黙ってその後についていった。

 

 ウル・ディーネはスクルディアを連れて、祭壇の上で歌声を響かせながらも、一連の出来事を視界の片隅に収めていたソールの傍にいる、ベル・ダンディアのもとへ進んだ。祭壇を昇り、ソールより一段下のところにある広がりにいる、ベル・ダンディアの右側にウル・ディーネが立ち、左側にスクルディアが立った。

 

 三姉妹が歌姫の礎となり、その歌声を世界中に響かせる時が来た。スクルディアの身を案じていたハティは、ふと自分の横に立っている人物の気配に気がついた。見ると、それは一人の氷の姫君だった。

 

「あなたがハティね。私はマーニ。ウル・ディーネからあなたのことは聞いているわ」

 

 マーニはそう言うと、部屋の周辺にある、外の光を集約させるための窓の一つを見やった。マーニが突然叫び声を上げた。

 

「虚龍が」

 

 ハティがその視線の先を見ると、ハクともう一人の騎士が乗っている白き龍が口を開き、今まさに虚龍の息吹が放たれた瞬間であった。

 

 ハティは己の眼を疑った。

 

 

 

 機神獣が自分を取り囲む戦士たちを一瞥した後、その足元にいるヴァルグリンドが天空の虚龍に向かって指令を出した。

 

(アルブスよ、お前はル・シエルを使い、塔にいるソールを狙え)

 

 これを聞いたアルブスは自我を失っているル・シエルを操り、塔へと狙いを定めたまま前進した。プラチナムは黙って追従するしかなかった。

 

「まずい、虚龍は塔を狙っている。バルドル、ガウト、お前たちは部下を従え、急いで救援に向かえ」

 

 イグドラシルが指示を出すと、バルドルとガウトは己の部下たちを引き連れて塔に向かった。

 

 虚龍は歌声によって張り巡らされた防壁を破壊しながら、塔へと接近していく。このままでは間に合わないかもしれない……イグドラシルたちの心中を不安が過った。

 

「よそ見をしている暇などないぞ」

 

 ヴァルグリンドが鎚を一閃させると虚空の裂け目が出現し、自我を奪われた傀儡である狼たちが飛び出し、イグドラシルに喰らいかかった。

 

 イグドラシルを助けようと動きかけたヴァルハランスに、鎚を突き出したヴァルグリンドが飛びかかる。それと共に機神獣を中心に波動が放たれ、近くにいた獣や機械の何体かを蒸発させた。波動はなおも空間を荒れ狂い、周囲にいる者たちをなぎ倒しながら暴れた。

 

(おのれ、【虚無】)

 

 マン・モールが巨岩の如きものを備えた鼻で、背後から機神獣を薙ぎ倒そうとした。だが、機神獣は青みがかった装甲に覆われた体躯でそれをがっしと受け止め、果てしない虚空を備えた双眼で凍獣を見すえた。

 

(貴様の守護は目障りだな。消えろ)

 

 機神獣の双眼から【虚無】の波動が放たれ、マン・モールのいる空間がひび割れていった。たちまちその場に【虚無】が出現し、マン・モールの巨体が呑み込まれていった。

 

 マン・モールの魂があらん限りの咆哮を上げ、消滅していく。マン・モールの鼻がせめて一矢を報いようとするかのように振りあげられたが、それも空しく崩れ去り、マン・モールは跡形も無く消え去った。

 

「マ、マン・モール殿……」

 

 スミドロードの驚愕は、他の者とて同じであった。侵略者を今まで食い止めてきたマン・モールが為すすべもなく消滅したのだ。

 

「白の神、よくも」

 

 ウルが怒りの声を上げた。鋼の拳を構え、襲いかかろうとしている。

 

(【勇者】よ、もう手遅れだ。見るがよい、この世界の最後の希望が消えるその瞬間を)

 

 虚龍が防壁をすべて打ち破り、無防備となった塔に閃光を放った。その場にいる、生き残っていた機械と獣たちのすべてが絶望した。

 

 

 

 虚龍の息吹はソールのいる一室を正確に狙っていた。その場にいたマーニは己の内に諦念が宿ったことを感じていた。

 

 閃光が塔の眼前で爆散した。一瞬、何が起こったのか分からなかった。ハティは落ち着きを取り戻すと、その出来事を理解した。

 

 ハティは、自分の脳裏に、宙へと跳び上がり閃光を受け止めたセンザンゴウたちの姿が焼きついていることを知ったのである。

 

(センザンゴウたちがその命を散らすことで、僕たちを護った……)

 

 感傷に浸るひまも無く、虚龍はもう一度閃光を放とうと熱量を蓄え始めた。

 

 三姉妹によって増幅された歌声が、外へ向かって響き渡る寸前に、再び閃光の息吹が放たれた。

 

 

 

 イグドラシルは、バルドルが部下たちとともに宙へ舞い上がるのを凝視した。そして、先ほど獣たちが犠牲になった時と同様に、バルドルの部隊が虚龍の放った一撃を受けた。

 

 バルドルたちが消滅するのと同時に、塔から歌声が響き渡った。塔の眼前にいた虚龍は、歌声によって創られた圧倒的な防壁にぶつかり、虚空へと吹き飛ばされた。歌声はこれまでとは比較にならないほどの魔力を持ち、瞬く間に世界へ向けて広がっていった。

 

「バルドル……それに名も知らぬ獣たちよ、貴君らの働き、決して忘れぬ」

 

 イグドラシルの言葉を遮るように、周囲に白き神の波動が響いた。

 

(どうやら命拾いをしたようだな。だが、最期の時が少々先延ばしになったに過ぎぬ)

 

 機神獣は、歌声に阻害されてもなお、膨大な力を有していた。塔に向かって前進を始める機神獣を食い止めようと、機械と獣たちが殺到する。

 

(退けい、雑魚どもが)

 

 機神獣が咆哮すると、機械と獣たちは吹き飛ばされた。その中にはスミドロードやウルの姿もある。歌声で【虚無】の力が抑えられているとはいえ、白き神の波動をまともに受けた何体かの機械と獣が砕け散った。

 

 イグドラシルが狼を払いのけるよりも早く、ヴァルグリンドを薙ぎ倒したヴァルハランスが機神獣に飛びかかった。

 

「【虚無】の神よ、覚悟しろ」

 

 機神獣は大きく跳躍し、ヴァルハランスの突進をかわした。すかさずヴァルグリンドが鎚を構え、ヴァルハランスを背後から襲った。

 

(捉えたぞ)

 

 その時、上空から一つの影が飛来した。次の瞬間、その影はヴァルグリンドの前に立ちはだかり、流体状の身体で鎚を受け止めた。

 

「なに、貴様は」

 

 その者は、腕を刃へと変化させ、動きを封じられたヴァルグリンドの胴体に深々と突き刺した。激しい熱量を送り込まれ、ヴァルグリンドの身体が徐々に崩壊していく。

 

「スルトだな……」

 

 ヴァルグリンドが呻いた。

 

「スルトの名は既に捨てている。だが、お前への恨み、片時も忘れたことはないぞ、ヴァルグリンド。冥土の土産に教えてやろう、俺はロキが創り出した猛き剣、その名も神機レーヴァテイン」

 

 レーヴァテインが持てる力を解放し、ヴァルグリンドを追い込んだ。それでもなお、ヴァルグリンドは不敵な笑みを浮かべる。

 

「我が完全に実体化した今、もはやこのヴァルグリンドの身体に用はない。レーヴァテインといったな、ではこちらの土産をやろう」

 

 ヴァルグリンドが最後の力をふりしぼり、レーヴァテインの流体状の身体を抑え込んだ。捕らえたヴァルグリンドから、逆に全身を抑え込まれたレーヴァテインは急いで逃れようとした。

 

「さらばだ、レーヴァテイン。この身体とともに【虚無】へ還るがいい」

 

 ヴァルグリンドの身体が内から破られ、そこにマン・モールを消滅させたものと同じ【虚無】が出現し、レーヴァテインの全身を呑み込んだ。

 

「レーヴァテイン」

 

 ヴァルハランスが叫んだ。

 

(【虚無】に呑まれたら、もう助からぬわ。ヴァルハランスよ、次は貴様の番)

 

 機神獣がヴァルハランスに向かって頭から突進し、激突した。ヴァルハランスの胴体に角が突き刺さる。ヴァルハランスは、己のコアに傷をつけられ、苦痛に耐えながらも懸命に押し返そうとした。

 

(無駄だ。さあ、【虚無】に呑まれるがいい……)

 

 そこまで言ったところで、白き神が動きを止め、瞬時に後方へ退いた。ヴァルハランスは、機神獣の動揺を察した。初めて見る、機神獣の感情の変化であった。

 

(この気配は……凍獣マン・モールのものか)

 

 虚空を突き破り、【虚無】に呑まれた筈のレーヴァテインが姿を現した。機神獣がレーヴァテインを凝視する。

 

「あの巨獣の魂が俺を救ってくれた」

 

 レーヴァテインはそう言うと身を翻し、ヴァルハランスのもとへ跳躍した。

 

「ヴァルハランス殿、この神機レーヴァテインを使ってくれ」

 

 レーヴァテインの身体が変形し、かつてスルトが持っていた紅蓮の炎を思わせる大剣と化した。ヴァルハランスはそれを右腕に同化させると、機神獣へ切っ先を向けた。周囲に生き残っていた者たちの間に、緊張が奔った。

 

(小賢しい。貴様らが束になったところで、神には及ばぬ)

 

 ヴァルハランスはレーヴァテインを構えると、一気に機神獣に突きかかった。機神獣は装甲で刃を受け止めると、波動をヴァルハランスの全身に浴びせた。ヴァルハランスの全身が悲鳴を上げ、大きく吹き飛ばされ、宙を舞った。

 

「ヴァルハランス殿」

 

 イグドラシルが、他の者と共闘しながらようやく最後の狼を打ち倒し、救援に向かおうと、大地を蹴り、飛翔した。それよりも早く、機神獣がヴァルハランスに止めをさすべく、ヴァルハランスを追って天を昇った。

 

(ヴァルハランスよ、聞こえるかい)

 

 消えかかっていたヴァルハランスの脳裏に声が響いた。

 

(あなたは……ヘル殿)

 

(妾の持てる全ての魔力をそなたに託す。【虚無】の神は何としてもこの場で滅さなければならぬ。頼むぞ、ヴァルハランス)

 

(分かりました。必ずや、【虚無】の神を滅ぼします)

 

 空中のヴァルハランスに凄まじい熱量が生じた。機神獣は構わずに刃状の角でヴァルハランスを切り裂こうとした。ヴァルハランスは宙を飛んでその攻撃をかわし、体を回転させるとレーヴァテインを突き出し、機神獣の胴を斬りつけた。

 

 斬られた機神獣は落下し、イグドラシルの横をすり抜けて大地に叩きつけられた。ヴァルハランスが地に降り立ち、それに続いてイグドラシルも大地を踏みしめた。ヴァルハランスの変わりように、イグドラシルも驚いていた。

 

(こ、この力は……)

 

 機神獣は立ち上がると、己の胴体の装甲が斬り裂かれ、皮膚に小さな傷ができているのに気がついた。

 

(機械人形の分際で、我に傷をつけただと)

 

 ヴァルハランスは全身に闘気を漲らせ、機神獣に斬りかかった。機神獣の放つ波動を無限の装甲で弾き、一気に距離をつめる。

 

 機神獣の翼から真空が生み出され、その中を無数の凍てついた刃が飛んだ。刃はヴァルハランスの身体を傷つけたが、致命傷を与えるには及ばず、ヴァルハランスはレーヴァテインを機神獣の頭部に振り下ろした。

 

 機神獣が角でこれを受け止める。しばらく鍔迫り合いが続いたが、機神獣の刃が突き上げられ、左腕を切断されたヴァルハランスが宙を舞い、地に伏した。

 

 機神獣が角を突き出し、突進しようとしたが、その動きが止まった。機神獣の角がぼろぼろ崩れ、獅子のたてがみを思わせる盾の如き装甲にひびが広がった。

 

(我が押されている……。これが、ヘルの加護を受けた者の力だというのか)

 

 ヴァルハランスは立ち上がり、失った左腕を気に留めるまでも無く、レーヴァテインを構えた。機神獣は、眼前のヴァルハランスに、ヘルとマン・モール、それに多くの魂が重なっているのを見た。

 

「【虚無】の神よ、私はお前を倒し、この戦いを終わらせてやる」

 

 ヴァルハランスが【虚無】の神を押していることで、他の仲間も勇気づけられ、再び機神獣を取り囲んだ。なんども交戦しながら生き延びていたスミドロードも、白き神を倒せる希望を見出し、希望が恐怖に勝った。

 

 ウルもまた、このままいけばヴァルハランスが白の神を倒せると確信していた。ロキは【勇者】が覚醒しなければ【虚無】には決して勝てないと語っていたが、この状況を眼にした今となっては、必ずしもそうではないと思えたのだ。

 

 しかし、白き神は皆の希望を一笑する。

 

(確かに、その者の力は我の予想を遥かに上回っていたようだ。だが、所詮はただの機械人形。我を滅ぼすことなど不可能だ)

 

「ただの機械人形かどうか、それはすぐに分かる。もっとも、分かっている時には、お前は既に骸と化しているであろうがな、【虚無】の神よ」

 

 ヴァルハランスが言った。

 

(大した自信だが、それは傲慢というもの。では、試してみるが良い)

 

「騎士の名にかけて、お前を滅ぼす」

 

 突きだされたレーヴァテインが機神獣を貫く寸前。機神獣の足元の大地の空間を突き破り、無数の強靭な盾のごとき装甲を備えた竜が飛び出し、その一撃を遮った。レーヴァテインはその内の一体に弾かれ、形状が大きく歪んだ。流体の刃を弾いた竜の装甲が欠けたが、それも他の竜の群れに流され、すぐに判別がつかなくなった。

 

 出現した竜は機神獣の盾となり、迫っていたヴァルハランスを押し出すと、その内の何体かが群れから飛び出し、ヴァルハランスの胴をかぎ爪で引き裂こうとした。その様子を見てとったイグドラシルがヴァルハランスを助けようと竜に斬りかかったが、後ろから襲ってきた別の竜に喰らいつかれ、身動きもままならない。

 

 二人の騎士を助けようとスミドロードとウルも近づいたが、群れから飛び出した何体かの竜に妨害された。竜の群れの出現は留まるところを知らず、やがて天を埋め尽くし、世界に響く歌声をも阻害し始めた。

 

(我が忠実なる金剛の盾。盾竜イージ・オニスだ)

 

 盾竜の群体は機神獣を取り囲む渦となり、その渦は天に繋がる柱のようであった。盾竜の柱は内に主を内包したまま、徐々に塔へと近づいて行く。周囲の者たちは【虚無】の神の進行を止めようとしたが、渦に迂闊に近づくわけにもいかず、為すすべもなかった。

 

 盾竜に気を取られていたため、上空を金色の影が通過したのに気がついた者はごくわずかであった。金色の影は、群体の一部を形成していた二体の盾竜と格闘しているイグドラシルの背後に着地すると、甲高い鳴き声を発した。

 

 イグドラシルと戦っていた二体の盾竜が弾き飛ばされ、イグドラシルが透かさず放った閃光を受けて、装甲を砕かれた。それでも盾竜を完全に破壊することはかなわず、手負いの盾竜はすぐに群体に入り込み、その姿は見えなくなった。

 

(鉄騎皇イグドラシルですね。あなたを迎えに参りました)

 

 金色の影の正体である狐がイグドラシルに語りかけた。

 

「迎えに来ただと。あなたは何者なのだ」

 

(私は【星創る者】の従者。あなたを必要としている世界へ、あなたを導くことが私の使命)

 

 その瞬間、イグドラシルの脳裏にこの世界とは違う、豊かな深緑の大地が広がった。かつて、鎧装獣の王ベア・ゲルミルに見せつけられた緑の世界と酷似した世界。そして、その世界に暗い影を落とす【虚無】。

 

 イグドラシルは【星創る者】が己に課した使命、自分が本来為さねばならないことを理解した。だが、イグドラシルは頭をふった。

 

「いや、今は自分の同胞たちを救うことが先決だ。この世界での任務を放棄して旅立つことなどできぬ」

 

(この世界におけるあなたの力では、【虚無】の神には歯が立たないでしょう。このままではあなたは本来の使命を果たすこともできず、消滅する運命にあります)

 

「……そうかもしれない。しかし、せめて、この世界の仲間たちのために、僅かでもいい、未来を切り開く助けとなりたい」

 

(……あなたを見捨てるわけにはいきません。あなたがそれを望むならば、私も力を貸しましょう)

 

 狐は盾竜の群体によって形成されている渦を見すえた。

 

(あの金剛の盾の中で、一番脆い部分を私が割り出し、特攻します。あなたは、ヴァルハランスと共に私の後ろから続き、盾を打ち破ってください。……【勇者】が未だ真の力に目覚めていない今、【虚無】の神に一矢報いる可能性を秘めているのはヴァルハランスだけです。あなたは彼を【虚無】の神のふところへ導くことだけに専念してください)

 

「分かった。【星創る者】の従者よ」

 

(盾を破るため、巨獣皇スミドロードと【勇者】ウルの力も必要です。彼らとヴァルハランスには私が伝えます。では、心してください、イグドラシル)

 

 狐が飛び立ち、すぐに行動が開始された。狐が伝えた指示を理解したスミドロードが自分に群がっていた盾竜を払いのけ、ヴァルハランスを手こずらせていた盾竜たちに飛びつき、捨て身の覚悟でこれらと交戦した。スミドロードの勇猛さに心を動かされた他の獣や機械たちも、群体から飛び出して来た盾竜を襲った。ヴァルハランスはすぐにイグドラシルの横に並んだ。

 

 狐が疾走し、宙を飛んだ。一筋の金色の閃光となり、盾竜の渦のただ一点に向かって突進していく。

 

 二人の騎士は狐のすぐ後ろについて、渦に向かった。それを食い止めようと群体から無数の盾竜が飛び出したが、ウルが同胞たちを指揮しながら横から閃光を放ち、それを狙い撃った。

 

 盾竜の群体に激突した狐の身体が砕け散り、周囲に金色の輝きが霧散した。イグドラシルとヴァルハランスは怯むことなく、狐が消滅した渦に刃を突き立て、全身から熱量を放ち、群体を押し広げた。中にいる機神獣の姿が僅かに映る。

 

 二人の騎士が渾身の力で盾竜を突き破り、機神獣に接近していった。無数の盾竜がこの二体の騎士を押し出し、群体を修復しようと群がってきた。このままでは機神獣のもとには辿りつけない、イグドラシルはそう確信した。

 

(……ヴァルハランスよ、後は頼んだぞ)

 

 イグドラシルの全身から膨大な熱量と閃光が放たれた。その力はイグドラシル自身の身体をも破壊しながら、群がる盾竜を吹き飛ばした。

 

 ヴァルハランスは空いた穴を広げ、渦の中へ入り込むことに成功した。そして、背後にいるイグドラシルの反応が急速に消えていったことを知った。

 

(イグドラシル殿……すまぬ)

 

 ヴァルハランスは眼前の白き神の威圧に気圧されることなく、レーヴァテインを構えた。

 

(よくここまで来た。だが、ここは我が領域。先のようにはいかぬぞ)

 

 ヴァルハランスは、機神獣の頭部に流体の刃を突き刺そうとした。刃は機神獣に傷一つつけることも敵わず、ひしゃげた。ヴァルハランスは愕然とする。

 

(愚か者め。ここには歌姫の歌声も届かぬのだぞ)

 

 機神獣の蛇のように細長い尾が、ヴァルハランスの全身を打ちつけた。ヴァルハランスの体がどうと倒れる。

 

(貴様は大したものだよ。ここまで我を手こずらせたのは先代の【勇者】以来だからな。褒美に、貴様にも見せてやろう。この世界の歌姫どもが【虚無】に還る、その瞬間を)

 

 盾竜の壁に外の映像が映し出された。それを見たヴァルハランスは己の眼を疑った。そこにはソールの塔が映っており、塔の下からマン・モールを呑み込んだものと同じ【虚無】が広がっていたのである。その側にいたガウトは、急いで部下を避難させていたが、何体かの神機グングニルが【虚無】に呑まれていった。

 

「や、やめろ。【虚無】の神」

 

 ヴァルハランスは立ち上がると、レーヴァテインを変形させ、機神獣の翼のつけねを狙って斬りかかった。機神獣が片方の翼を一閃させ、レーヴァテインを引き裂いた。分断されたレーヴァテインが形を失って周囲に飛び散る。ヴァルハランスはそれでもあきらめず、残っていた右腕で機神獣の胴体を打ちつけた。機神獣の装甲を傷つけることは敵わず、右腕は破壊の波動を受けて、崩れた。

 

 両腕を失ったヴァルハランスが地に伏すと、機神獣は強靭な前足でヴァルハランスを踏みつけた。地に押しつけられたヴァルハランスの全身に亀裂が奔っていく。

 

(黙って見ていられぬようだな。ならば一足先に消滅してもらおう)

 

 押しつけられたヴァルハランスの身体に【虚無】の波動が広がっていった。ヴァルハランスの全身が悲鳴を上げたが、その魂は【虚無】の神に屈することはなく、なおも強大な敵を打ち滅ぼそうと熱量を放ちつづけていた。それに呼応するかのように散らばっていたレーヴァテインの体が集まり、機神獣に取りついた。

 

 機神獣がレーヴァテインを振り落とそうとすると、ヴァルハランスが渾身の力をふりしぼり、機神獣の前足を押し上げると、その腹部にぶつかった。

 

 レーヴァテインが瞬時にヴァルハランスの失われた右腕のあった部分に集約し、強靭な刃となった。ヴァルハランスは己と同化したレーヴァテインを機神獣の腹部に突き立てた。

 

(貴様)

 

「【虚無】の神よ。共に滅びようぞ」

 

 ヴァルハランスの体内で、この時を待っていたかのようにヘルの力が急速に強まっていった。ヴァルハランスの脳裏にヘルの意志が響いた。

 

(ヴァルハランス、妾も命を賭けてやろう)

 

 ヴァルハランスは内なる力すべてを解放することで、ヘルに応えた。レーヴァテインに集約された膨大な力が、突き刺さっている機神獣の体内に轟いた。

 

 機神獣の咆哮が天地に響き渡った。

 

 

 

 イグドラシルの身体の大半は破壊され、頭部と僅かな胴体が原形を留めていた。むき出しになったコアには、ベア・ゲルミルにつけられた傷跡がまだ残っている。イグドラシルはその傷跡に感謝していた。それがなければ、自分は本来の使命に気づきもしなかったのだ。

 

(イグドラシル、あなたはよく戦いました。……そんなあなたを更なる戦いへ向かわせるのを赦して下さい)

 

 消滅した筈の狐が実体化し、イグドラシルの傍らに舞い降りた。

 

「……構わない、私の力が本当に役に立つというのならば」

 

(では、あなたを緑の世界へお連れします)

 

 イグドラシルの身体が宙に浮き、金色の輝きに包まれた。その輝きは別次元の世界への扉を開き、イグドラシルの身体がこの世界から徐々に消えていった。

 

 イグドラシルが視線を向けると、歌姫の塔が下の方から黒く変色していき、【虚無】の波動に呑み込まれつつあった。事態は未だ絶望的に思える。

 

 ふと、イグドラシルは自分を見つめるウルの姿を捉えた。ウルがどこまで理解しているのか分からないが、ウルはイグドラシルに別れを告げている様子であった。

 

 突然、ウルの眼光が変化するのをイグドラシルは見逃さなかった。見ると、上空を白き虚龍が舞い、塔へと接近していた。歌声が盾竜によって阻害され、再び虚龍の接近を許してしまったのだ。

 

 イグドラシルは、未だ熱量を解放しているヴァルハランスの存在を認識し、彼と【勇者】の存在に一抹の希望を見出した。

 

(同志たちよ……。頼む、皆を救ってくれ)

 

 イグドラシルの身体が消え、後にはイグドラシルの想いを乗せた淡い燐光がきらきらと零れ落ちた。




関連カード

●盾竜イージ・オニス
白の甲竜・神将。
「金剛石の心」、「最強の盾」と称される。
矛竜ロン・ギニアスとは対を成す存在と思われる。
系統:「空牙」を手札に戻すブロック時効果はレインディアと同じ。

本章では白の虚神が膨大な数の盾竜イージ・オニスを呼び寄せた。
群体を形成することで虚神を守る盾となり武器ともなる存在であり、
虚神にとっての切り札と呼んでも差し支えないという設定。



●侵食されゆく尖塔
名所千選626。
千年雪の尖塔が虚無の影響で変化したものと思われる。
歌姫の塔が虚神との戦いで虚無に飲まれている描写が機神獣インフェニット・ヴォルスに書かれている。

本章の章題。
なお、冒頭の一文は機神獣インフェニット・ヴォルス。
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