三姉妹の項
塔が【虚無】に浸食されていくなか、内部にいる者たちは脱出することもかなわず、塔の上層部へと避難していた。薄氷の侍女長フッラと、フッラが率いる氷の侍女たち、塔の内部の防衛を担当している獣たちが率先して姫君たちを避難させている。
塔の外壁ではホタルリたちが【虚無】を抑え込もうと、防壁をつくり出していた。この塔が【虚無】に呑まれたら、自分たちも行き場を失う。下方のホタルリが魂の断末魔を上げながら消滅していくのを目の当たりにしてもなお、ホタルリたちは引くことを知らず、一丸となって防壁をつくりつづけた。
この危機にソールたちも気がついていた。ソールは構わずに歌いつづけようとしたが、ウル・ディーネが屋上へ避難するよう進言し、ベル・ダンディアとマーニがそれに同意したので、ソールも歌を中断せざるを得なかった。
「ウル・ディーネ様、屋上に登ったところで、機械の船はまだ待機してはいないのですよ」
ハティは、まだ意識を封印されているスクルディアのことを気にかけながら、ウル・ディーネに尋ねた。
「ええ、そうですね、ハティ。……ですが、感じるのです。あの盾竜たちをかいくぐりながらこの塔に近づいてきている――【虚無】とは違う大きな力を」
塔の近くにも、無数の盾竜が群がっている様子が窓から見えた。歌声が止まったことで、この塔を守護する力は大きく損なわれる。住人の避難が完了するまで、あの盾竜を抑えておくことなどできるのだろうか。ハティの脳裏を、スクルディアが見たという未来の予感のことが過り、不安が増した。
屋上へと避難させるため、ハティに背負わされているスクルディアは未だに虚ろな眼をしており、ハティの不安感をあおった。
盾竜の渦が崩れ、ばらばらになっていく。盾竜は周囲へと散開し、明確な目的もなく飛び交った。渦が消えたところには、前のめりになったまま翼を閉じた機神獣の巨体があり、微動だにしない。
ウルとスミドロードは、機神獣から生気が感じられないことで、ヴァルハランスが勝利したという期待感で満たされていった。しかし、それも束の間であった。
機神獣が突然、耳をつんざくような咆哮を轟かせ、両翼を羽ばたかせた。それまで機神獣の下敷きになっていたヴァルハランスの身体が吹き飛ばされ、ウルとスミドロードのすぐ眼の前の地面に叩きつけられた。
呆然となってヴァルハランスを見つめる獣と機械たちは、既にヴァルハランスの生命力が完全に失われていることを知った。多くの悲鳴が木霊した。
一時宙に浮いた機神獣であったが、すぐに大地に下り立ち、前足の片方を折って膝をついた。憎々しげにヴァルハランスの亡きがらを睨みつける。
ヴァルハランスの亡きがらから液体がこぼれ出した。その液体は見る見る人型へと変貌していった。やがて、神機の姿を取り戻したそれは、ウルの傍らに下り立ち、機神獣を睨み返した。
「レーヴァテイン殿……ご無事でしたか」
ウルが声をかけると、神機レーヴァテインは機神獣から眼を逸らさないでいるまま答えた。
「ヴァルハランス殿の命が尽き……ヘルの魔力は俺に注がれた。俺に生き延びろということか。だが、生き残ったところで、誰があの【虚無】を止められる……」
機神獣は深手を負ったらしいが、未だ、大きな熱量に満たされている。凄まじい生命力であった。主が無事であることを知った盾竜の群れが、すぐに白き神のもとへ集まってきた。機神獣の眼光が盾竜を見渡す。
(お前たちはこの地を破壊し尽くし、一帯の生物を根絶やしにしろ。忌々しい、マン・モールの守護もまだ残っておるわ)
機神獣の意思が伝えられると、盾竜はすぐに統率された行動を開始した。僅かな間鎮まっていた戦闘が再び開始された。
塔にはホタルリや肉体を失ったマン・モールの他にも、無数の守護があった。過去の大戦で命を落とした姫君たちによるものまである。これまでその力が表に出てこなかったことを考えると、【虚無】に覆われたことで、眠っていた力が目覚めたのであろう。【虚無】に呑まれてもなお、形を留めていることがそれを証明していた。
(アルブス、聞け。お前たちはイージ・オニスとともに塔を攻め、ソールを仕留めろ。どうやら、【虚無】の浸食だけでは間に合いそうにない)
白の神の命令に応え、アルブスに操られた空帝ル・シエルが塔に接近していった。その背後から追うように、輝竜殿ブレイザブリクの姿があるのを、機神獣は見逃さなかった。
(我の手落ちか。勝機を逸したかもしれぬな……)
機神獣を中心に空間が歪みだした。それが、一旦逃げるためのものであるとウルは見抜いたが、止めようとしても返り討ちにあうことがわかっていたので、黙って見逃した。【勇者】としての使命を果たすためにも、まだやられるわけにはいかなかった。散っていった者たちのためにも。
崩れかかった姿勢のヘルの身体を、傍らにいるフリッグが支えた。ヘルの顔は苦悶の表情に歪んでおり、氷の如き全身に薄いひびが広がっていた。全精力を託したヴァルハランスが力尽きたことで、ヘルのもとに戻ってきた活力は僅かなものであり、他に残っていた力はすべてレーヴァテインに与えた。ヘルは、己の生命が尽きかけていることを自覚していた。
「……妾もここまでのようじゃ。所詮は罪ばかり積み重ねてきたこの身、今更死などは恐れぬわ……」
ヘルはヴァールのことを想った。この世界が【虚無】に呑まれたらあの娘も助からない。ヘルにとって唯一の気がかりであった。
「【勇者】。あやつに託すほかあるまい。妾がこれまで秘めてきた力を」
「力、というのはもしや」
フリッグがヘルに尋ねると、ヘルは頷いた。
「そのとおり。……妾がかつて、この世界に降り注いでいた光雨を束ねてつくった天弓。あれを【勇者】に託さねば」
【虚無】が下の階まで迫ってきているのをヘルとフリッグはともに感じていた。ヘルの弱りきった身体では【虚無】から逃げきることはかなわない。ヘルが【虚無】に呑まれたら、【勇者】は永遠に天弓を手にすることはないのだ。
そう考えたフリッグが決心すると、回廊の中央に立ち、詠唱を開始し、術式を展開し始めた。ヘルはフリッグの決意を読み取ると、一言「恩にきるよ、フリッグ」と言い、そのまま立ち去ろうとした。
回廊を駆けていたフッラと数人の侍女が、フリッグとヘルがまだここの階層にいることに驚き、急いで近づいた。
「フリッグ様。何をなさっておられるのです。早く、屋上に避難してください」
フッラがそう言ったが、フリッグはそれには答えないで詠唱を継続していた。ヘルが代わりにフッラに向かって言う。
「フリッグは他の者を逃すために、この場で【虚無】を食い止めようというのさ。このままでは、屋上まで避難したところで、救援が間に合わないかもしれない。お前たちもさっさと逃げることだね」
「へ、ヘル。しかし、フリッグ様が」
「いいから早く逃げなさい」
フリッグが一喝し、生み出した防壁でフッラと侍女たちをヘルの側へ押しやった。フッラたちはしばらくの間その場に留まり、背を向けたまま防壁をつくりだすフリッグと、黙って去っていくヘルを交互に見返していたが、フリッグがもはや何を言っても耳を貸さないことを知ると、フリッグに涙を流しながら謝礼の言葉を伝え、階上へ向かった。
フリッグの足元から【虚無】の波動が伝わってきて、床の上に敷いてある絨毯がどす黒く染まった。やがてその黒色すらも失われ、何色でもない、抑え込まれていた【虚無】が眼前に現れ出た。フリッグは、ソールに忠誠を誓うマン・モールの魂の守護が周囲に満ちていることを頼もしく思いながら、全力で【虚無】を抑えにかかった。
ここで自分は滅びる。しかし、世界が【虚無】に沈むことさえ阻止できれば、世界は再生し、新しい時代が誕生する。太古の昔、【星創る者】が語ったことを、フリッグは己の意識の中で何度も反芻していた。
やがて、フリッグの全身は【虚無】の波動に覆われていった。
ヴァルグリンドの生体反応が消えたことに間違いはない――プラチナムはそう確信していた。
ヴァルグリンドがとうの昔に、帝と同様意識を【虚無】に喰われていたことを、プラチナムは既に知っていた。それでも、今日まで傀儡として生きてきたヴァルグリンドが消滅したことを悼む気持ちがあった。少なくとも帝が自分とクウの命を救った時、ヴァルグリンドは神に怯えていたとしても、帝の意志に従ったのだ。その意味ではヴァルグリンドもまた、自分たち姉弟にとって恩ある存在であったと言える。
白の神はヴァルグリンドのことを器の小さい者だったと語ったが、かつて帝の竜騎としてその役目を忠実に果たしていた功績もあるのだ。プラチナムは黙ってヴァルグリンドのために祈った。
傍らのアルブスは憎悪と好奇の入り混じった眼差しで塔を見すえている。アルブスもヴァルグリンドと同様に神の傀儡なのだろうかとプラチナムは一時考えたが、すぐにそれを打ち消した。プラチナムは幼い頃から、そして今になってもアルブスの醜悪な本性をいやというほど見てきたが、アルブスには神すらも冒涜している面があることを、プラチナムは見抜いていた。
アルブスが竜騎に任命されたのは神の思惑であろうが、アルブスは明らかにヴァルグリンドなどの神の傀儡とは違い、己の欲望を満たそうと執心している。今も、塔にいるこの世界にいる住民を、己の道楽のための獲物として見ていた。
「プラチナム。臆病な神様は退いたが、残っている塔の守護は俺たちとイージ・オニスどもだけでどうにでもなる。いよいよ連中にとって最期の時が来たというわけだ」
アルブスが冷笑した。早くもアルブスは、塔を落とした後の残党狩りに悦楽を見出しているようであった。
塔に接近するル・シエルの背後から、巨大な飛行物が迫ってきた。興を醒まされたアルブスが忌々しそうに背後の輝竜殿を見やった。
輝竜殿は進路を妨害する盾竜たちを払いのけながら、一直線に塔へと向かっていた。盾竜に傷つけられ、一体化している聖堂のところどころが破壊されていたが、もっとも大事な個所はより強力な守護に覆われ、無傷であった。塔の住人を救出するためのものであることが一目でわかった。
「まあ、あんまり簡単にいくのもつまらないよな」
アルブスが呟いた。
それまで持ち堪えていたフレイアたちであったが、敵の騎士に新手の盾竜が加わり、追い詰められつつあった。それを一変させたのは、空から舞い降りた機械の騎士だった。
騎士は黒い槍を下に突き出したまま地面へと一直線に降下し、手にした槍を大地に突き刺した。広範囲にわたって衝撃波が伝わり、大地を轟かせた。この一撃で群がっていた騎士の何体かが吹き飛ばされ、フレイアとスノトラまで宙へと押しやられた。フレイだけが残っている敵と機械の騎士と共にその場に踏み止まっている。
一瞬、フレイアは機械の騎士が自分たちをも巻き添えにしたのかと思ったが、すぐにその考えが間違っていることに気がついた。上空には機械の船があらかじめ待機しており、宙に舞ったフレイアとスノトラを救援するべく、対象を捕まえるための重力波を放っていた。
そのことに気づいたフレイアははっとなり、地上に踏み止まったフレイの決意を知ったのである。気づくのが遅すぎたフレイアは己を何度も叱咤した。
重力波によって機械の船に運ばれる中、フレイアはスノトラと眼があった。スノトラはすべてを理解しているようであった。その氷に閉ざされた瞳が、悲しく煌めいた。
「ヘルの魂が尽きかけている……」
ミッドガルズの声はいつになく苦渋に満ちたものであった。ロキによって機械の身体を与えられたミッドガルズは、同じ境遇であるヘルの意思を、遠くからでも感知することができた。
ガラパーゾは一瞬ミッドガルズの言葉に反応したが、すぐに迫りくる虚無の軍勢に注意を向けた。アスクとエムブラが軍勢を従えて来てくれたとはいえ、多勢に無勢。いつまでも持ち堪えられるものではない。
「ガラパーゾよ。お前はスノトラから言いつけられて、ここの防衛にあたったのであろうが、それはお前の望みではあるまい。お前が本来守護するべき者のもとへ行くがいい」
「なんだと。ここを抑えておかなければ、塔に向かって多くの敵の軍勢が雪崩れ込むことになるのだぞ」
「この俺様を甘く見るなよ」
ミッドガルズは哄笑すると、ガラパーゾの巨体を己の胴体で打ちつけた。ガラパーゾは味方から襲われるとは思ってもいなかったので、身構える隙もなくまともにくらい、共闘するアスクとエムブラの方へ放り投げられた。
(アスク、それにエムブラよ。お前たちは、そのわからず屋を連れ、上空の船に逃げ込め。お前たちは先代の【勇者】の力を受け継ぐ存在。このようなところで、役目を果たすことなく朽ち果ててはならぬ)
ガラパーゾの巨体を受け止めたアスクとエムブラが、呆然となってミッドガルズの出した電子音を聞いていた。
(ミッドガルズ、お前一人でこの場を守りきるなど不可能だ)
アスクが反論したが、ミッドガルズは高笑いで返した。
(どの道、まもなく塔は落ち、この地は滅びるわ。ならば一人でも多く生き延び、反撃の機会を窺った方が得策というもの。心配せんでも、それだけの時間は俺が稼いでやる)
(ミッドガルズ、あなたを見捨てて逃げろと言うのですか)
エムブラが言ったが、ミッドガルズは取り合わなかった。
(早く行け。でないと、お前らを一人残さず頭から喰らってくれるわ)
ミッドガルズが有無を言わさず、敵もろとも友軍の機械を薙ぎ倒そうとしたので、アスクとエムブラは部下を率いて退かねばならなかった。エムブラがミッドガルズに謝礼の意を伝え、危なくなったらすぐに友軍のもとへ引き上げるよう言ったが、ミッドガルズはそれには耳を貸さず、黙って敵の軍勢に踊りかかっていった。
(ソールへの恩義、これで果たし終えたことにしてもらおう。……嬢よ、お前と共にこの地へ来ることができて俺は満足だ。ロキのためではなく、俺が望んでいる死地に赴くことができたのだからな。あとのことは任せたぞ嬢……それにウルよ)
ウルのことを思ったミッドガルズであったが、ミッドガルズの思い浮かべた姿は【勇者】ウルではなく、短い間ではあったが共に旅をしたアインホルンの姿であった。アインホルンの姿の向こうには、共にこの谷間で侵略者と戦ったファーブニルの姿もある。その瞳は死してもなお闘志に満ち足りており、ミッドガルズを激励した。
アスクとエムブラがガラパーゾを支え、機械たちを撤退させた直後、谷間から膨大な熱量が噴き上がってきた。ミッドガルズが内に秘められていた力を解放させたのである。
ガラパーゾと機械たちは、ミッドガルズの凄まじい底力に脅かされつつも、自分たちはそれだけ追い詰められているということを痛感していた。
塔の屋上には、ソールを始めとする氷の姫君たちやその侍女、護衛の獣たちが集まっていた。その中には三姉妹とハティの姿もある。
塔を浸食する【虚無】の速度は予想以上に早く、フリッグと志を同じくする姫君たちが自ら志願して塔の内部に留まり、その身を犠牲にして浸食を抑え込んでいた。
ソールは散っていった仲間たちを追悼した。言葉を失っても、それを言い表そうとするかのように、歌声を世界に響かせた。ソールは自分が世界に残された希望であることを熟知しており、自分を助ける者たちの好意に黙って甘んじていた。
ソールの本心は散っていった命の重さと、己に課せられた責任の重大さから、解放されることを望んでいた。それでも、この世界を長く支えてきた者としての労わりの情は誰よりも深く、この世界を護り助けることだけに尽くすことを、心に決めていたのである。その決心は今もなお揺るがない。
側近であったフリッグが【虚無】に呑まれ、離れたところにいるフレイが命を落としたのをはっきりと感じる。ソールに忠誠を誓った、ソールにとっての大昔からの友人でもある凍獣マン・モールが残してくれた守護も、残り僅かだった。皆の想いに応えるためにも、ソールは歌った。
傷ついたヘルが屋上に上がってきた。ヘルがその場に倒れ込みそうになるのを見てとったマーニが、急いでヘルのもとに駆け寄り、肩を貸した。ヘルは弱りきっていた。
「マーニ、すまないね。大嫌いな妾に手を貸してくれて」
未だにヘルのことを快く思っていないマーニは何も言わなかった。マーニは足を折って膝をつきそうになるヘルを助け起こしながら、ヘルと共にソールのもとへ近づいた。ソールの傍には、歌声を共鳴させる姫君たち、それに三姉妹の姿もあった。姫君の中には、過去に戦線へ赴いて侵略者と戦ったリンとグナ、姫君たちの知識の宝庫と呼ばれる六花の司書長サーガの姿もあった。
ヘルはソールたちを一瞥しただけで、塔の上空を眺めた。上空では防壁を破ろうとする盾竜がひしめきあっていた。その盾竜を押し分けるようにして、白き虚龍が姿を現した。虚龍は幾重にも張り巡らされた防壁を破壊しながら、塔に接近してくる。その息吹は間近にまで迫っていた。
今、虚龍の息吹が防壁を打ち破り、塔の屋上に強靭なる爪を振り落ろした。爪は歌声を弾きながら屋上の端をえぐり取る。虚龍の口に青白いオーラが蓄えられ、屋上の者たちを消滅させる力が放たれようとしていた。
虚龍の横腹に輝竜殿が体当たりを喰らわした。虚龍は口から息吹を吐き出しながら、大きく突き飛ばされた。暴発した息吹に巻き込まれ、何体かの盾竜が消滅したが、虚龍や他の盾竜たちは全く意に関していない。すぐに態勢を整え、迎撃にかかった。
(ソール様。それに塔の同胞たちよ。今、助けますぞ)
ブレイザブリクが大口を開け、屋上にかぶりつくようにして、そこにいた者たちを一人残らず呑み込んだ。
護るべき者たちを体内に収めると、ブレイザブリクは虚龍と盾竜の軍勢を避けながら、塔の門のあった辺りの大地へと滑空していった。後ろから盾竜の群れが殺到する。ブレイザブリクの目指す者は門の側で未だ戦っている同胞たちの救援であった。ヘルが瞬時に伝えた念動により、その中には皆を救う希望となる【勇者】もいることをブレイザブリクは知っていた。
門の側で戦いながらもなお生き残っている者はごく僅かであった。ウルにスミドロード、レーヴァテイン、数えるほどしかいない機械や獣たち。その中には、【虚無】から逃げ延びたガウトと一体だけ生き残った神機グングニルの姿もあった。
ブレイザブリクの全身が数倍に膨れ上がり、生き残った者たちを大口で次々に呑み込んだ。ブレイザブリクは全員を救出し終えると、大きく飛翔し、塔から離れていった。塔には未だ生き残っているホタルリや、【虚無】の浸食を食い止めるために残り、【虚無】に呑まれかかっている者たちがいたが、もはや助けに行く時間もなかった。ブレイザブリクは断腸の思いでその場を去った。
盾竜たちをかわしながら、上空へと避難していたブレイザブリクであったが、下方より白き虚龍の巨体がブレイザブリクに突進し、一気に突き上げた。ブレイザブリクは危うくひっくり返りそうになったが、内部に宿した者たちに細心の注意を払いながら身体を持ちなおした。
ブレイザブリクの眼前に白き虚龍の全身が超然と君臨する。ブレイザブリクが咆哮して威圧すると、虚龍は両翼を激しく羽ばたかせながら上方へと舞いあがり、息吹を浴びせてきた。ブレイザブリク一人の力では、この一撃で消滅していたかもしれないが、内に秘めた歌姫たちの守護により、何とか耐えることができた。
ブレイザブリクは光弾を放ち、虚龍を攻撃した。虚龍の背にいるプラチナムが虚空をつくりだし、その攻撃を無力化した。
上空の二体の龍はなおも対峙しつづけていた。
【虚無】に呑まれてもなお、塔は形を維持している。塔に残った者は全滅し、ホタルリたちも【虚無】に呑まれ、マン・モールの守護も喪失した。それでも、塔が消滅しないでいるのは、過去の大戦で命を落とした姫君や、獣たちの魂の積み重ねによるものであったのかもしれない。
浸食された塔の下方で、何者かの影が蠢いた。生命が失われた塔の側で、その影はしばらく佇んでいた。その姿はガウトの部下であった神機グングニルに酷似していたが、全身が暗い黄土色に染まっており、核となるコアは禍々しい真紅の輝きを放っている。
やがて、その者は両腕を伸ばし、もはや盾竜たちもいなくなった上空に向かって、軽やかに飛翔した。新たな力の誕生を望んで。