消えゆく白の群像   作:来星馬玲

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第三十七章 孤島の決戦

 三姉妹の項

 

 

 火をつけるは、主の苦鳴。

 己を省みず身を起こす。

 課した使命は永遠の守護。

 

 

 軌道母艦とその周囲に浮いている無数の機械の船の前方に、広い海の中にぽつんと浮かんでいる二つの島があった。

 

 片方の島の中央には巨大な火山があり、そこが鎧蛇の島であることを物語っている。機械たちはもう片方の島の正体が、海の守護者、極甲王グラン・トルタスであることを事前に知っていた。

 

 機械の艦隊を出迎えたのは、鋼の装甲を備えた一体の飛竜であった。飛竜は完全に機械化した発声器官を使って艦隊たちに伝言を送り、それに応えた軌道母艦が前進し、残りの艦隊は島の周辺の海の上へと散らばっていった。虚無の軍勢に備え、いつでも応戦できるよう配置についたのである。

 

「ヴァルキュリウス……良かった、無事だったのね」

 

 軌道母艦の一室で、旧友であるヴァルキュリウスの姿を認めたベル・ダンディアが呟いていた。ベル・ダンディアの声はヴァルキュリウスには届いていないが、ヴァルキュリウスは一番の親友であるベル・ダンディアの気配を敏感に感じ取り、ベル・ダンディアに向けて一声鳴いた。

 

 軌道母艦内の別の場所にいるスミドロードもまた、ヴァルキュリウスを眺めていた。

 

 スミドロードはもともとこの世界の住人ではなかった。この世界とは違う次元の、穏やかな魔力に満ちた世界。スミドロードはそこで、飛竜ヴァルキュリウスと共に旅をしていたベル・ダンディアと出会ったのである。

 

 当時、ベル・ダンディアはウル・ディーネが見た啓示に従い、隣り合う別世界を廻り、見聞を深めるための旅に出ていた。多くの者は知らないことであるが、それはやがて生れてくるスクルディアのためにも必要なことであったのだという。

 

 ヴァルキュリウスの姿を前にして、スミドロードの脳裡に自分が生まれ育った獣の国、初めてベル・ダンディアたちと邂逅した妖精の国の情景が広がっていった。故あってその国にある螺旋の塔に封じられていたスミドロードは、天使と呼ばれる者たちによる裁きを受け、半死半生の目に合わされた。

 

 強靭な生命力を持つスミドロードは、その生命力が仇となり、天使によって背負わされた咎のせいで苦しみつづけたまま螺旋の塔で生き長らえ、誰かが拘束されている自分の命を断ってくれることを待ち望んでいた。そんな時、出会ったのが異国からやってきたというベル・ダンディアであった。

 

 ベル・ダンディアは妖精の国に客人として迎えられていたが、苦しんでいるスミドロードを目の当たりにしたことで、一計を講じ、弱っていたスミドロードに活力を注ぎこみ、スミドロードを連れ出し、ヴァルキュリウスと共に妖精の国を抜け出したのである。

 

 スミドロードは生きることを諦めていたところで、ベル・ダンディアに助けられ、生きる目的を得た。スミドロードはそれまでの暮らしを自ら望んで捨て去り、生涯をベル・ダンディアのために尽くすことを誓ったのである。

 

 何が心変わりをさせたのか定かではないが、あの一件を境に、妖精の国の女王は天使たちに諂うのを止めた。使われなくなった螺旋の塔は打ち捨てられ、のちにヴァルキュリウスが見てきた話によると、今では廃墟と化しているらしい。

 

 その後、妖精の国が天使に見限られ、守護を失ったことで【虚無】によって滅ぼされたのであるが、自由に世界を行き来できなくなった今では知る由もなく、当然スミドロードもそのことは知らなかった。

 

 現在では獣の国が、仲が悪かった筈の魔法の国やトランプの国と協力し、この世界と同様に、虚無の軍勢と戦っているという事実もまた知らざることである。

 

 

 

 ミストたちが鎧蛇の島に到着してから数日が過ぎた。ディースが持参した光雨で作った薬はこの島の住人から喜ばれ、今なお変化した環境に苦しんでいる多くの獣たちの命を救った。

 

 かつていがみ合っていた獣と機械が共存して暮らしているこの島では、【虚無】による侵攻はまだ一度もなかったらしい。それはこの島が、未だこの世界本来の加護に包まれている為であり、光雨が降る地上に残された数少ない地域であるからだということを、ディースは理解していた。

 

 復興に力を注ぐ獣と機械の中に混じって、放浪者ロロの姿もあった。アウローリアがこの島に下り立った際、走り寄る獣たちの中にロロの姿を認めた時、フギンとムニンは驚きのあまり取り乱したものである。

 

 驚いたのはミストやセイも同様で、ゲンドリルの放った虚無の騎士たちとの戦闘の際に見た人物と、遠く離れた鎧蛇の島で出会ったということが、なかなか信じられなかった。ところがディースとアウローリアは、放浪者がここにいることを最初から熟知していたらしく、さも当然のようにロロへ声をかけた。

 

 ミストはディースがロキと示し合わせていたから、ロロがここにいることも事前に知っていたのではと疑ったが、ディースは笑ってこれを否定し、ディースがロキとは何の面識もなかったのだということを再確認させられた。

 

 フギンとムニンはすぐさまロロに質問攻めをしたが、【星創る者】の三従者の一人と出会ってからのロロの記憶が喪失していることを知っただけで、徒労に終わった。なおも諦めきれない様子のフギンとムニンであったが、ロロの疲れの色を見てとったディースが止めに入り、二人の妖精は渋々と引きさがる他なかった。

 

 それから数日たってゼーロイヴァーが帰還し、ゼーロイヴァーと志を同じくする機械たちが島に集まった。極甲王グラン・トルタスはかつて宿敵であった現在の友ゼーロイヴァーと、その同胞たちを快く出迎えた。

 

 ミストたちが聞いたゼーロイヴァーの話によると、他にも多くの仲間が世界中に散らばり、獣たちと協力しながら【虚無】に備えて行動しているという。【虚無】の影響によるものか、音信が不通のため連絡が取れずにいる者たちも少なくなく、散らばっていった者たちがそれらを繋ぎ止める役目を果たそうと懸命になっているらしい。

 

 そして、ゼーロイヴァーが帰ってきた今日、無限なる軌道母艦に率いられた艦隊が現れたのであった。

 

 

 

 軌道母艦が島に広がる森林の空中で静止し、重力波によるエレベーターが地上に繋がった。そこから数人の氷の姫君と獣たちが地上に着地した。その中には氷の魔女ヘルやベル・ダンディアたちもいる。

 

 ヘルは護衛の機械や獣と共に、ロキの端末ベビー・ロキに導かれて火山の方へと向かった。それとは反対に、ベル・ダンディアとウルを乗せたスミドロードが海岸の方へと駆けていく。そこで待つヴァルキュリウスや、かつて共に過ごした仲間たちとの再会に、ベル・ダンディアと、アインホルンの記憶を持つウルははやる気持ちを抑えられなかった。

 

 スミドロードとその背にいるベル・ダンディアの姿を認めたヴァルキュリウスが、上空で電子音声を響かせると、大急ぎで砂浜に下りた。それと同時にスミドロードがヴァルキュリウスの前で止まると、その背にいたベル・ダンディアとウルは砂浜に降り、ヴァルキュリウスの傍へ駆け寄った。

 

「ヴァルキュリウス、逢いたかったわ」

 

 旧友との再会に思わず涙を流し、ベル・ダンディアは頭を垂れるヴァルキュリウスの金属質の頭部を撫でてやった。その様子をウルとスミドロードは温かく見守っている。海岸の見張り番のヤドカリたちが帰ってきた仲間を、遠巻きにして眺めていた。

 

「ジューゴンは。他の仲間たちはどこにいるの」

 

 そう尋ねた途端、ヴァルキュリウスの眼光に深い哀しみが過ったのをベル・ダンディアは見逃さなかった。言い知れぬ不安を感じたベル・ダンディアは、完全に機械化して発声器官そのものが変質したヴァルキュリウスは言葉を話せないので、救いを求めるように周囲を見回し、波打際に這っていった。

 

 ジューゴンの姿がない。それに、ジューゴンと共に海に暮らしていた者たちの姿も。

 

 巨大な島の如き亀の背から這い下りた一つの影が、ベル・ダンディアの傍へ泳いできた。それを見たベル・ダンディアの顔がぱっと明るくなる。ジューゴンの仲間のオッドセイだった。

 

 オッドセイは青色のヒレで地上を這い進み、ベル・ダンディアの眼前で会釈した。オッドセイの暗い面持ちを垣間見たベル・ダンディアは、先ほど感じた希望が無残にも崩れ去り、絶望の色に染まっていくのを感じた。

 

「オッドセイ……あなたは無事だったのね」

 

「はい、ベル・ダンディア様。……ですが、ジューゴンたちは……」

 

 ベル・ダンディアは、今すぐにでもオッドセイの口を黙らせたかった。その先を聞きたくなかった。だが聞かなければいけない、そう心の中で反芻していた。

 

「ジューゴンはあなた様がこの島を去ってからも同胞を引き連れ、世界中の海に取り残されている仲間たちを助けるために各地を廻っていました。私もその一人でした。その途中であそこにいる極甲王グラン・トルタスと出会ったのです。ジューゴンが護り抜いた者たちは今でも極甲王のもとで暮らしております」

 

「…………」

 

「……ジューゴンは……私の尊敬するジューゴンは最期まで立派でした。あの侵略者に討たれるまで……ジューゴンは仲間を護るために戦い続けたのです」

 

「侵略者……まさか、ジューゴンは機械に……」

 

「ええ、そして何という皮肉なのでしょう。その機械は極甲王と協力し、【虚無】と戦ってきたことで、今では極甲王にとって一番の仲間になっているのです」

 

「そんな……そんなことが……」

 

「ジューゴンと共に戦っていた同胞の多くも命を落としました。私は未熟だったから、かえって仲間に護られ、生き残った……。私は恥じております、己の弱さを。力ではなく、心の弱さを」

 

「……いいえ、オッドセイ、あなたはとても立派よ。あなたは仲間たちの遺志を継いで、残った者たちを護るために戦ってきたのでしょう。……きっとジューゴンだってあなたのことを誇りに思っているわ」

 

「ありがとうございます、ベル・ダンディア様。……ジューゴンがあの機械に挑む時、私に言いました。もし自分が命を落としたら、その時はベル・ダンディア様に伝えてくれ、ただ一言、ベル・ダンディア様、生きてください、と。それが、ジューゴンの最期の言葉でした」

 

 ベル・ダンディアは途中まで聞いていたところで泣き崩れ、何度もジューゴンの名を叫んだ。その後ろでは、いつの間にか傍に来ていたウルとスミドロードが黙って頭を垂れている。

 

 ふと、何か巨大な影が側に立っていることに気がつき、ベル・ダンディアは涙で濡れた顔を振り上げた。そこには、赤いマントを羽織り、真紅の髭を思わせるものを生やした人型の機械が立っていた。

 

 ベル・ダンディアは心がここにないかのように、気の抜けた顔でその兜を備えた機械の顔を見ていた。

 

「……彼が、その機械です」

 

 オッドセイの呟きが耳に入った。

 

「……」

 

 ベル・ダンディアは何も言えなかった。ジューゴンの命を奪った者がここにいる。今まで獣たちの命を奪った機械をずっと見て来た筈なのに。どうして、そのことについてもっと深く考えてこなかったのだろう。

 

 ジューゴンという、自分が海で暮らすようになってから鎧蛇の島に来るまで、ずっと一緒だった者の命を奪った者を目前にして、初めて酷く身近なものとして実感している。

 

 ベル・ダンディアは、ジューゴンの命を奪ったという者の眼の前にいるのが耐えられなかった。自分の殻を引きずって、その場を急いで這って去り、森林の中に駆けこんだ。居た堪れなくなったウルとスミドロードは、ベル・ダンディアのあとを追った。

 

 

 

「さてと、ではロキよ、今後の見通しはどうなっているのだ」

 

 その部屋の内部には、一人佇むレーヴァテインの他に人影はない。部屋の壁の一面にあるディスプレイがレーヴァテインの言葉に応え、作動した。

 

 ディスプレイの全体が水色に染まり、その中に白い立方体が映し出された。ディスプレイからホログラムが浮き上がり、立方体は立体感を伴ってレーヴァテインの前に現れる。

 

「まずは当初の予定どおり、この島に光雨が降るのを待つ。そうすることでヘルの持つ天弓マクラーンの足りない力を補い、完全体にするのさ」

 

「マクラーンがあれば、本当に【虚無】に勝てるというのか」

 

「それはちょっとわからないよ。僕も【虚無】の全貌を把握しているわけではないからね。ただ、現状における最も有効な対抗策であることだけは間違いない」

 

「ふん、何時になく弱気だな」

 

「仕方ないよ、今回の相手はあまりにも強大すぎるから、これからどう転ぶのか……。でも、僕はできる限りのことはやって見せるさ。竜機合神ソードランダーたちの戦果は予想以上に大きかったし、まだまだ手段は残されていると思う」

 

「ソードランダーか……あれがよく俺たちに協力してくれたものだ」

 

「この世界の守護者たちも状況を良くわかってくれているからね。【星創る者】の伝えた話によると、【虚無】に対して【勇者】の次に有効な力とは、異なる生命が融合した、それまでになかった新しい存在だそうだ。ソードランダーの他にも、ヘルと力を融合させたヴァルハランスが【虚無】の神と渡り合ったという事実がそれを証明している」

 

「なるほどな。では、それと同じく、異なる生命の力を融合させた者を大勢創り出し、【虚無】に対抗するというのが、今後の計画となるのか」

 

「そういうことになるね。本当は命をいじくり回すような真似は好きじゃないんだけど……」

 

「過去にミッドガルズやヘル、それにフェンリルを改造したお前が言うことか。……まあ、俺たちがこの世界にばらまいたナノウィルスは、それよりももっと酷いものではあったがな」

 

「それはまあ、悪いとは思っているけども。でも、僕はあの三人を我が子同然に愛しているのさ。僕の手で生まれ変わったあの子たちを」

 

「ふん、やはりお前はいけ好かない奴だ」

 

 レーヴァテインはミッドガルズと同じことを言った。だが本心では、決して悪いようには思っていない。

 

 立方体がくるくると回転し、角が縮み、球体となっていく。やがて完全な球となったそれの上にこの世界の地図が表示され、一点に赤い光が灯った。その光は現在地である鎧蛇の島を示している。

 

「世界中に放った僕の赤子たちのおかげで、この世界の全体像ができ上がった。ナノウィルスはなくなったけど、今でも【虚無】の影響で地形が変動することもしょっちゅうだから、これが完全な模型、というわけにはいかないけどね。最近妨害が酷くて、なかなか思うように赤子を動かせないし」

 

 緑の光が複数灯り、赤い光から黄色い線が延び、それらの光を結んでいった。レーヴァテインは、どうやらそれが今後の進行順序であることを読み取った。

 

「これらの地域は未だ【虚無】の影響が限りなく少ないんだ。その幾つかでは、今でも光雨が観測されているほど。ここに防衛線を張りつつ【虚無】に追われてきた者たちを助け出し、戦力を増強する。それと、光雨そのものが持つ力もまた【虚無】に対抗できるかもしれない。これらの地域が敵の手に落ちることは、なんとしても阻止しなければいけないよ」

 

「しかし、まだまだ決定打に欠けるな。【勇者】の覚醒に力を注ぎ、ソードランダーのような戦士たちを創り出すのには賛成だが、他に何か策はないのか。ロキよ、お前のことだ。超時空重力炉や、フェンリルたち三兄妹の他にも何かを用意していたのではないか」

 

「一応、秘策ならあったんだけど。困ったことに、作戦の要になる筈のブリシンガメンの首飾りを敵に奪われてしまったんだ」

 

「ブリシンガメンの首飾りだと。あれはお前が開発に反対していた代物ではないのか」

 

「僕がただ諦めて放っておいていたと思うのかい。僕はブリシンガメンの首飾りの強大な力を別の方面に応用し、【虚無】に対して効果的な活用法ができるよう、開発をつづけていたんだよ。ブリシンガメンの首飾りを利用すれば、歌姫の持つ歌声を増幅し、全世界に満遍なく浸透させることが可能なんだ」

 

「歌声、そういうことか。確かに先の戦いも歌声があったからこそ、多くの者が生き延びることができた。あの時はこの世界の住人が造った音叉の塔により、ほんの一時ではあったが、世界中が【虚無】と対等に渡り合えたと聞く。それをより広く、より強く響かせることができれば……」

 

 ここにきて、初めてレーヴァテインの心中に希望の光が灯った。この世界を侵略しようとした時から、ソールの持つ歌声には注目していた。さらには、ソールたちと敵として対峙した際、その力を散々思い知らされたのだ。

 

「それともう一つ。翼神機の件なんだけど、今一度あれの力を目覚めさせようと思う」

 

「翼神機……」

 

 開発途中の翼神機。その力は鎧神機ヴァルハランスさえも上回る最強の神機となる筈であったが、開発陣が一部の反対派の意見を黙殺し、コアを内蔵させることもしないまま遠隔操作によって実戦投入された。

 

 本来は選ばれた者のコアが内蔵される筈であったが、魂が反発作用を起こし、数体の機械の命が犠牲になったことで中止されたのである。操作された翼神機はこの世界の住人を大勢葬ったが、最期は空魚たちと協力した虹竜アウローリアによって破壊された。

 

「あのあと翼神機は回収され、今はフィアラルとガラールという者たちに預けてある。僕が思うに、翼神機の誕生はまだ早すぎたんだ。何故なら、翼神機に必要な命は僕たち機械のものではなかったのだから」

 

「翼神機に必要な魂の当てはあるのか」

 

「ある。それは僕の息子フェンリル、と言うより、かつてフェンリルだった鎧装獣さ」

 

「そういえば前に話していたな、かつてフェンリルだった者は、フレキとゲリという名の二体の鎧装獣に分かれたと」

 

「そういうこと。そしてそちらの方は着々と進行しているから、心配はいらない。ただ、それだけだと、翼神機は【虚無】に対抗するには力不足だけどね。あのヘルと力を合わせたヴァルハランスでさえ、【虚無】の神には勝てなかったのだから。何かそれとは違う、もっと別の力も必要になる筈。そうでないと、とてもじゃないけど最強の神機と呼べるほどの存在にはなれない」

 

「ヴァルハランス殿に代わる新しい力、か。……ロキよ、俺が力になれることは何かないのか。俺の内には僅かではあるがヘルから送られた力も残っている」

 

「そして、ヴァルハランスの魂もね」

 

「何だと。しかし、俺にはその気配が感じられないのだが」

 

「時期が来ればわかるさ。……それより君の役割だけど、君は巨神機トールのもとに赴き、彼と共に戦って欲しい」

 

 巨神機トールは、残された機械たちの中でも最大の戦力と呼んで差し支えない。オーディーンが行方不明となり、ヴァルハランスが散り、イグドラシルの消息も不明となった現在では、トールの存在はなおさら際立っている。そのトールと組むということは、レーヴァテインにとって類いない名誉と言えた。

 

「トール殿か。良かろう、この俺の力が役に立つというなら、喜んでお前の言うとおりにしよう」

 

「そう言ってもらえると助かるよ、レーヴァテイン」

 

 前線を退いていたトールも、【虚無】に備えて戦いの準備を始めていた。間もなく、レーヴァテインは軌道母艦から別の船に乗り移り、トールのもとへ向かう。それがヴァルハランスの生き様を目の当たりにした己の為すべきことだと、レーヴァテインは確信していた。

 

 

 

 ミストは殻を備えた魔人、ネコ科の猛獣を思わせる巨獣、それに機人という何とも不釣り合いな三人組がゼーロイヴァーの傍から走り去り、森林の中へ駆けこんでいくのを見かけ、首を傾げた。それを眺めていた飛竜ヴァルキュリウスが宙に舞い上がり、ゼーロイヴァーの足元にいたオッドセイが黙って海へ戻った。

 

 ミストは尾びれを振るい、宙を泳ぎながらゼーロイヴァーに近づいた。片時もミストの側を離れないでいるガグンラーズが黙ってついていき、それに気がついたフギンとムニンが慌ててミストたちを追った。後ろから、不思議に思ったウリボーグもついてきた。

 

「ゼーロイヴァー、何かあったの」

 

 ゼーロイヴァーは黙ってミストを見つめ返した。すると、いつからそこにいたのか、セイがミストの背後から声をかけた。ミストははっとなって振り返る。

 

「その機械は、自分が手にかけた者の友人と出会った。さっきの魔人がそれだ」

 

 そう言うセイの瞳に、幾分かの軽蔑と憎しみの色が籠められているのを、ミストは見逃さなかった。侵略者を憎んでいたセイの心は大分落ち着いていたかに見えていたが、今まで表面に出ないようひた隠しにしていただけで、セイには以前と同様に、機械に対する憎悪が消えずに残っていたのだ。

 

 セイの様子を見てとったウリボーグが、悲しそうでいて、強い決意が籠められた視線をミストに向けた。何があっても自分はミストの味方だ、と目で訴えるウリボーグが、ミストにはありがたかった。

 

 フギンとムニンが顔を見合わせて互いに頷き、ミストの方に飛んでいき、その肩に座った。取り敢えず、ミストの側についていた方が良さそうだと判断したからであったが、ミストがフギンとムニンの様子を見て、純粋に嬉しそうにしていたので、フギンとムニンは少しだけ申し訳なさそうな面持ちでミストから顔を背けた。

 

「ゼーロイヴァー、その、何と言ったら良いかわからないけど……」

 

 ミストが言うと、ゼーロイヴァーは逞しい手を前に出して、制した。

 

「お前が気にすることではない、ミスト。覚悟はしていたことだ。……ただ、俺は幻想を抱いていた。今まで苦しめた巨亀や海の獣たちが俺を受け入れてくれたことで、昔のことは償われ、これからはこの者たちと一緒に生きていけるという、幻想を。本心ではわかっていたつもりだったが、やはり俺はわかっていなかった。……俺とこの世界の住人とではどうすることもできない溝が残っているのだ。多くの機械たちも同じ思いであろう」

 

 ゼーロイヴァーには、ベル・ダンディアやオッドセイの言葉が理解できなかった。しかし、この世界の住人の態度を見れば大体のことは想像がつく。そうでなければ、巨亀と共に【虚無】と戦うこともかなわなかったことであろう。

 

(私だって侵略者だったんだ。今は真に理解できていないかもしれないけど……ゼーロイヴァーと同じ思いをすることだってあるかもしれない)

 

 それでもミストは、この世界の住人と機械の溝が埋まる日が来る筈だと信じている。現に自分とウリボーグや、フギンとムニンの間には絆があると信じていた。それが幻想だとは思いたくなかった。

 

 

 

 異変が起こった。ロキが管理しているメーターが膨大な熱量を観測したのである。

 

(これは【虚無】の気配。まさかこんなに早くやってくるなんて。しかし、それにしては様子がおかしい)

 

 メーターが観測している【虚無】の存在は決して大きなものではなく、むしろ【虚無】にしては弱い方であった。その一方で観測されている膨大な熱量は、明らかに別のものだった。

 

 それは核融合エネルギー。機械たちにとっては旧式のものであったが、これほどまでに膨大な量の原子力は遥か昔の大戦以来だ。

 

(過去の大戦の遺物が関わっているのだろうか。しかし、虚無の軍勢がわざわざそんな物を持ち込んでくるとは考えにくいな)

 

 突然、何らかの妨害が入り込み、メーターが作動しなくなった。軌道母艦に備えられたシステムに次々と異常が発生し、ロキは急いでそれらの修復に当たった。

 

 決まった身体というものを持たないプログラムであるロキがいなければ、軌道母艦は浮力を失い、地上に墜落していたかもしれない。システムへの直接攻撃により、ロキの身にまで危険が及んだが、ロキは何とかそれをかわし、修復を急いだ。

 

(ロキ。貴様に邪魔をされると面倒なのでな。しばらくそいつらの相手をしていろ)

 

 そんなメッセージがロキの中で響いていた。

 

 

 

 火山の火口付近には、氷の魔女ヘル、リンとグナ、数体の獣と機械たちが集まっていた。リンとグナは一応護衛という名目であったが、内心ヘルが妙な素振りを見せはしないかと注意して見張っており、マーニから頼まれた目付役としての役割も担っていた。当のマーニは、軌道母艦の中での会合が終わったソールの世話をしており、ここにはいない。

 

 頂上ではディースがこの島の獣たちを従えて、ヘルを待っていた。

 

「久しぶりね、ヘル」

 

「ディースかい。……まだ生きていたとはねえ」

 

 ヘルはそう言ったが、過去の大戦以来である眼の前の道化を懐かしむ様子で眺め、微かに笑みを浮かべていた。

 

「ええ、私にはまだ使命が残っているから」

 

 ディースは天を見上げ、上空に雲一つないことを確認した。

 

「今夜、満月があの位置にきた時、光雨が降るわ。光雨の量は昔ほどではないけど……私がこの場の一点に集めるから、あとはヘル、あなたの出番よ」

 

 日が沈むまでまだ時間がかかる。質量を伴ったこの世界の雲が月を隠し、光雨が弱まる恐れもあったが、島の周辺の上空に並んでいる艦隊が、何らかの技術を駆使して雲の塊が近づくのを阻止していた。幸いにも火山の活動は治まっており、噴煙が光雨を阻害する心配もなさそうである。

 

「待って。……この反応は、僅かだけど【虚無】のもの」

 

 ヘルたちと共にいた機械の一人、クイーンが言った。ヘルとディースは驚き、クイーンが携帯している掌に収まるほどの大きさの、メーターが取りつけられた装置を覗きこんだ。【虚無】が現れるとなると、光雨の発生すらも危ぶまれる。

 

「でも変ね。虚無の軍勢が来るにしては反応が弱い……」

 

 ディースは同意を求めるようにヘルへ視線を向けた。ヘルの表情には深い困惑の色があり、ディースは何事かと尋ねた。

 

「……あの者どもだ。妾のしもべたる巨獣……。よりによってこんな時に」

 

 ヘルが言い終わらないうちに、島の森林の方からただならぬ熱量が発生し、一瞬だけ【虚無】の気配が極端に強まった。すぐにそれが弱まると、島中に轟音と咆哮が響き渡り、これから始まる戦いに、そこに居合わせた者たちが身震いした。

 

 見ると、巨獣の集団が森林を巨体で以て押し分け、火山の頂上を睨みつけていた。

 

 

 

(フギン、ムニン、聞いて。あの巨獣たちの狙いはヘル。私たちはヘルを護らなければなりません。すぐにガグンラーズを連れてこちらに来て。彼の力が必要です)

 

 巨獣軍団の出現で当惑していたフギンとムニンは、ディースの意思を受け取ると、すぐにそれをミストに話した。

 

「私もいくわ。いって、ディースさんたちの力になりたい」

 

 ミストは意を決し、そう言った。

 

「でもでも、ミスト」

 

「向こうは危ないよ」

 

「だからと言ってここでじっとしている訳にはいかない。それに、ガグンラーズは私の言うことしか聞かないのよ」

 

 フギンとムニンは口ではミストにここへ残るよう勧めていたが、内心ほっとしていた。自分たちだけで向かうよりは、ミストがいてくれた方が心強い。

 

 セイとウリボーグも加わり、ミストたちはディースのもとへ急いだ。ゼーロイヴァーはその場に残り、海の方へと歩む。本当はミストたちに加勢したかったが、自分は巨亀たちに加勢するべきだと判断したのである。まだ【虚無】の兆候は弱かったが、もうすぐ攻め寄せて来るであろう、虚無の軍勢に備える必要があった。

 

 

 

 突如現れた巨獣たちを目の当たりにして、ベル・ダンディアはそれを呆然となって眺めていた。スミドロードがベル・ダンディアに言う。

 

「あれは……スノトラ様から聞いたことがあります。ヘルがかつて使役していたという原子怪獣たち。この眼で見るのは初めてですが……おそらく、あの巨獣たちを指揮しているであろう獣は、大械獣ギガ・テリウム」

 

 原子力エネルギー特有の放射能反応がある。スミドロードは話に聞いていたその巨獣が何故、今この場にいるのかわからず困惑していた。

 

「あれが噂に聞くヘルのしもべたち……。まさか、あの獣たちの狙いは……」

 

「ヘルの命かもしれません。あの者たちの内から、とても強い憎しみのオーラが感じられます」

 

 ウルの言葉を聞いたベル・ダンディアは自分の考えを再確認し、頷いた。

 

「止めさせないと。この世界の者同士が戦ってはいけないわ」

 

 ベル・ダンディアが急いで巨獣の先頭にいたギガ・テリウムのもとへ向かった。スミドロードとウルも慌ててあとを追う。あの巨獣たちの憎しみは尋常ではなく、下手をすればベル・ダンディアの命まで危ない。スミドロードとウルは共通した危惧を抱えていた。

 

 ギガ・テリウムは進行方法に一人の魔人の姿を認め、歩を止めた。巨大な鋼の爪を備えた装甲を装着した腕を振り上げ、同胞たちを止める。ギガ・テリウムは眼前の魔人を見下ろして、厳かな態度で口を開いた。

 

「あなたはこの世界を守護する魔人とお見受けする。その魔人が何故我らの前に立ちはだかるのだ」

 

「あなたたちこそ、何故、この場に現れたの。これから何をすると言うの」

 

 ベル・ダンディアが尋ねると、ギガ・テリウムは一声吼えた。

 

「決まっているだろう、憎きヘルを亡き者にするためだ。この先にヘルがいること、あなたにはわからぬか」

 

「それはいけないわ。今のヘルはこの世界を救うために行動しているのよ。あなたたちがヘルを憎んでいることはわかります。でも、どうかその怒りを治めて。ヘルに頼めば、すぐにでもあなたたちは自由の身になれるわ」

 

 ギガ・テリウムの鉛色の装甲に覆われた頭部にある、二つの眼が鋭く光った。尾を振り上げ、己の怒りを表現する。

 

「お前は何を言っているのだ。ヘルはお前たちにとって共通の敵だった筈。たとえヘルがどんなに罪を償おうとしたところで、その悪行の数々は赦されるものではない。……唯一、ヘルの罪が赦されるとしたら、命で以て償われた場合のみ」

 

 ギガ・テリウムの同胞の巨獣たちが怒りを顕わに、先頭のギガ・テリウムを急かした。邪魔する者など、たとえ魔人であったとしても踏みつぶしてしまえ、といった声も聞こえる。

 

 それでもギガ・テリウムは、なおも立ちはだかるベル・ダンディアを踏みつぶすことを躊躇していた。どんなに己が怒りに染まっていようとも、この世界の担い手たる者を手にかけるなど、やって良いことではない。

 

(くだらんな、兄弟。そんな感情は捨て去ることだ。そうでなければ汝らは、永遠に自由を勝ち取ることなどできぬぞ)

 

(しかし、兄弟よ、魔人に牙を向けることはこの世界では大罪だ。それは世界を滅ぼすことと同義なのだ)

 

(そうやって世界の権力者を崇めたてまつり、結局は自分たちだけが犠牲になっているということがわからぬのか。あれもヘルと変わらぬ、結局は搾取するために我々弱者を利用するだけで、自分たちが平穏でいられればそれで満足なのだ。犠牲を強いる支配者の言いなりになどなるな、兄弟)

 

(そうなのか……しかし……)

 

(他の兄弟たちを見ろ。皆、忌むべき世界の統治者の犬たる魔人を憎んでいるではないか。あの魔人がヘルを気にかけているのは、ヘル同様、我々を利用しようとしているからに他ならない。ヘルがいなくなれば、汝らは束縛から解放され、利用されることもなくなる。あの魔人はそれを怖れているのだ。皆はそれをわかっているからこそ、邪魔する魔人を始末しろと言っているのだぞ。汝がわからなくてどうする)

 

(う、だが、俺はあの者を憎むことは……)

 

(憎め兄弟。憎むのだ。我らを束縛するこの忌まわしき世界を。ここにいる者どもは敵だ。壊せ。存在を赦すな。ヘルも、魔人も、歌姫も。すべてを破壊しろ)

 

 冥機の言葉がギガ・テリウムの脳裡で何度も繰り返された。ギガ・テリウムの理性は自分が犯そうとしている大罪を止めさせようと抵抗したが、徐々に冥機の意思に呑み込まれていく。

 

(罪を背負うのが怖いと言うのか。罪ではない、罪を勝手に問おうとするだけの偽善者どもを滅ぼすのだ。怖れるな、正義は汝らにある)

 

 ギガ・テリウムの意思が消えた。代わって、憎悪に染まった荒ぶる理性なき機獣の意思が表れた。ギガ・テリウムが同調したことで、他の巨獣たちは狂喜の咆哮を響かせた。そして巨獣軍団が大械獣に率いられ、前進を再開する。

 

 スミドロードが、危うく大械獣に踏みつぶされそうになったベル・ダンディアを咥えると、巨獣たちの前を退いた。ウルが駆けより、あまりのことに自失しているベル・ダンディアを落ち着かせようと、懸命になって宥めた。

 

「ああ……」

 

 ベル・ダンディアが倒れ込み、スミドロードが慌ててそれを支えた。巨獣軍団はベル・ダンディアたちには見向きもせず、真っ直ぐに火山へと進軍をつづけている。彼らの最大の狙いはヘルであり、他の者に構っている余裕などないのだろう。

 

 巨獣たちを眺めていたウルがベル・ダンディアの顔をもう一度覗きこみ、愕然とした。ベル・ダンディアの口から血が流れている……。光る緑色の髪の輝きもまた弱まっていた。

 

「放射能だ。それも尋常ではない。とてつもない量の害毒」

 

 スミドロードがウルに向かって言った。冷静さを取り繕ってはいたが、内心は酷く当惑している。

 

「奴らの動力源によるものなのだろうが……老朽化が著しい」

 

 スミドロードがスノトラから聞いた話であれば、ヘルが封印されてから相当長い年月の間が過ぎている。他者の侵入を許すことのなかった永久氷殿の中で、あの巨獣たちは憎しみを燻ぶらせたまま生き永らえてきたのであろうか。

 

「もし、生身の獣であれば即座に命を落としていただろう。ナノウィルスの影響も受けなかった魔人であられるベル・ダンディア様でさえ、この有り様だ。この私もさすがにこれは苦しいが……機械化していたことに感謝してしまうよ」

 

「では、急いでベル・ダンディア様を安全な場所へお連れせねば……」

 

「ウル、君に頼む。ベル・ダンディア様を軌道母艦に避難させてくれ。あるいはウル・ディーネ様ならば、ベル・ダンディア様を助けられるかもしれない」

 

「わかった。しかし、あなたはどうするのだ、スミドロード」

 

「私はあの巨獣たちと戦う。この星の命運がかかっているのだ」

 

 スミドロードはベル・ダンディアをウルに預けると、巨獣を追いかけた。ウルは黙ってスミドロードを見送り、ベル・ダンディアの身体を両腕で抱きかかえると、軌道母艦の重力エレベーターのもとへ急いだ。スミドロードのことが心残りではあったが、迷っている暇はない。急いでベル・ダンディアの命を救わなければ。

 

 

 

 ヘルを護るために、クイーン率いる動器の軍団が、大械獣の前に立ちはだかった。背後にはヘルのいる火山が聳えており、ここから先に巨獣軍団を進ませるわけにはいかない。要請した応援が来るまで、何としてでも死守せねばならないのだ。

 

(どけ、機械ども)

 

 先頭の大械獣に代わって、全長がニ、三十メートルにも及ぶ全身機械の雷竜の姿をした巨獣が前に踏み出し、全長の半分以上を占めている長大な尾を一振りさせた。尾は先端にいくほど鞭のように細くしなやかになっており、それが高速で動器を薙ぎ倒した。

 

 クイーンは一瞬で半壊滅状態になった同胞たちを見て愕然となり、この強大すぎる相手に恐怖した。

 

(おお。次は我らの番)

 

 雷竜につづいて、二体の犀が前頭部にある一本の強靭な角を前に突き出して突進し、動器たちを突き破った。犀たちを止めようと、クイーンの傍らにいた二体の武装した機人、デュアルキャノン・ベルが挑んだが、一撃で打ち倒され、歯が立たなかった。

 

「強すぎる……。でも、退けない。ここを通したら、すべてが終わる」

 

 クイーンは恐怖を堪え、二体の犀に向かって閃光を放った。犀は前足に備えられていた銀色の盾を展開し、広がった盾が閃光を跳ね返した。跳ね返った閃光がクイーンの足元で炸裂し、クイーンの身体が吹き飛ばされた。上空で尾びれを使って何とか態勢を立て直したクイーンの胴体を狙い、全身が硬質化した猛禽類を思わせる姿の巨鳥が迫る。

 

 空から一体の機械の鳥が急降下し、クイーンを襲った巨鳥に体当たりを喰らわした。巨鳥は大地に叩きつけられ、突出していた片方の犀に激突した。

 

「ウィンガル」

 

 クイーンが叫んだ。そのウィンガルと呼ばれた怪鳥の姿をした機械は、かつてこの鎧蛇の島を襲った二体のウィンガルの片割れであった。

 

 ウィンガルは常に同じ姿をしたつがいで行動する。だがこのウィンガルの相方は、鎧蛇の島で獣と機械の戦いが起こった際、飛竜ヴァルキュリウスによって破壊されていた。クイーンを助けたウィンガルは、機械が獣と協力することになってからは、相方の死地でもある鎧蛇の島を護るために戦っていたのである。

 

 クイーンが見上げると、さらにもう一体、天から舞い降りる飛竜ヴァルキュリウスの姿があった。ウィンガルは相方の仇でもあるヴァルキュリウスの登場に、無機的な甲高い咆哮で応えた。ヴァルキュリウスもそれに応え、二体が連携して巨獣軍団に襲いかかる。憎み合った者同士とは思えない、絶妙なコンビネーションであった。

 

(貴様らも邪魔をするか。ええい、ぶち壊してくれる)

 

 雷竜が唸り、背中に装着された大口径の筒から熱線をウィンガルに向かって放ち、その隣にいた大猿の姿をした巨獣が、ヴァルキュリウスに飛びかかる。熱線はウィンガルの胴体を貫き、大猿は逃れようとするヴァルキュリウスの機械化した尾を引き千切った。

 

 大猿が地面に着地すると、ほぼ間を置かずにウィンガルの巨体が大地に墜落し、地響きをたてた。先ほどウィンガルに体当たりされた巨鳥が、起き上ろうとするウィンガルに飛びかかり、両翼を爪と嘴で引き千切った。ウィンガルは無機的な音声の断末魔を上げ、巨鳥にコアを踏みつぶされたことで完全に機能を停止した。

 

 クイーンが叫び、己の閃光を全身に回転させるようにしてまとわせると、巨鳥に向かって突きかかった。横から犀が突進し、クイーンの胴体に激突する。宙を舞ったクイーンは落ちていく途中で巨木にぶつかり、地面に墜落した。身体の損傷が激しく、思うように動けなくなっていた。

 

(ヘルだ。ヘルを早く仕留めねば)

 

 巨獣軍団はクイーンを捨て置き、火山に雪崩れ込んだ。それを見てとったヴァルキュリウスが、巨獣たち全体に力を与えていると思しき大械獣に狙いを定め、一気に頭から突っ込んだ。ヴァルキュリウスの渾身の一撃は大械獣には届かず、雷竜の振り払った尾に全身を打たれ、ヴァルキュリウスは無数の樹木を圧し折りながら飛ばされ、地面に落ちた。

 

 起き上ろうとするヴァルキュリウスに先ほどの大猿が迫ってきた。大猿の酷く残忍な眼つきと視線が合い、ヴァルキュリウスは機械化した声帯で、あらん限りの鳴き声を響かせた。

 

 

 

「ヴァルキュリウスが……」

 

 旧友である飛竜の魂の叫びを聞き、ベル・ダンディアが呻いた。

 

「……ヴァルキュリウス……戻らないと……戻って彼女を助けないと……」

 

「駄目です。あなたのお身体が持たない」

 

 ウルの言葉に耳を貸さず、ベル・ダンディアはウルの腕を振り払い、地面に落ちると、そのまま来た道を這い戻ろうとした。

 

「ベル・ダンディア様」

 

 ベル・ダンディアを止めようと、ウルが彼女に駆け寄る。その途端、周囲に異質な波動が起こり、ベル・ダンディアの前方に影が現れ、その影は瞬時に質量を伴った人型の物体となった。

 

「神機グングニル。いや、しかし……」

 

 ウルの呟きを聞いたベル・ダンディアは、行く手を遮る機械を前にして我を取り戻し、思わず後ずさりしていた。確かに眼前の機械は、神機グングニルによく似た形状をしている。だが、これは全く別の存在だ。ウルの本能が、相手がこの世界とは相容れない異質な存在であることを、漠然と認識していた。

 

(我が名は冥機グングニル。魔人ベル・ダンディア、それに【勇者】よ。お前たちにはここで消えてもらう)

 

 冥機が両腕に備えられた盾を突き出し、鋭く尖った先端が発光した。

 

 放たれた黒き閃光はベル・ダンディアの胸を貫く寸前のところまで迫ったが、間一髪のところでウルがベル・ダンディアを抱きかかえ、横に退いた。ウルはベル・ダンディアを抱きかかえたまま硬質化した草むらに飛び込み、その上を転がった。振り返ってみると、冥機の放った閃光で数本の樹木が圧し折れ、倒れていくところであった。

 

「必ず私があなたをお守り致します」

 

 ウルはベル・ダンディアを地面に下ろし、冥機の前に立ちはだかった。それを見ていた冥機が両腕を大きく左右に広げた。冥機の両腕から闇の波動が迸り、ウルとベル・ダンディの周囲を取り囲む輪となった。その輪の至るところから影が現れ、先ほどと同じように実体化した。

 

 現れたのは、七体もの冥機であった。最初からいたものを含めれば八体もの数である。

 

「くっ」

 

 ウルは周囲の冥機たちを見やり、ベル・ダンディアを庇いながら身構えた。瞬時に見極めたことであるが、新たに現れた冥機からは意思というものが感じられなかった。どうやら、あの一体の冥機によって操られているらしい、とウルは考えた。

 

 冥機がそのウルの洞察を見抜いたらしく、意思の波動を投げかけた。

 

(この者たちすべてがかつての我だ。我は【虚無】に呑まれた神機グングニルすべてでもある。我にとって我が肉体の抜け殻を操作するなど容易いこと)

 

 冥機たちが一斉に襲いかかってきた。まともに戦っても勝ち目がないことを悟ったウルは、再びベル・ダンディアを抱きかかえると、眼前の二体の冥機の間をかいくぐり、全速力で逃げ出した。走るウルの左右を冥機が次々と追い抜き、前方に現れる。

 

 ウルは片腕から閃光を放ち、冥機を攻撃した。一体の冥機が両腕の盾を合わせてそれを弾き、その背後から二体の冥機が飛び出すと、ウルに突きかかった。

 

「ウル」

 

 ベル・ダンディアの声が空しく響く。胴体を突き刺されたウルはその場に倒れ、ベル・ダンディアの身体が地面に転がり落ちた。

 

「そ、そんな……」

 

 ベル・ダンディアはウルの身体を助け起こそうとしながら、これと同じ体験をしたことを思い出していた。

 

 侵されざる聖域でデュラクダールたちと戦った時、一角獣アインホルンがベル・ダンディアを心を失った狼たちの砲撃から庇い、地に倒れ伏したあの光景。あの時はフレイアとブレイザブリクのおかげで助かったが、フレイアは今ここにおらず、ブレイザブリクは虚龍との戦いで命を落としており、もういない。

 

「アインホルン……ごめんなさい。私……あの頃と何も変わっていなかった……」

 

 自分を護るために敵の刃を受け、倒れ伏した【勇者】とその半身アインホルンの姿が重なって見えた。そして、この世界の希望が失われる原因になってしまっているのであろう自分の存在。あの頃と変わらぬ、弱き存在。

 

(そうだ、ベル・ダンディア。お前たちは己の弱さを棚に上げ、心の弱き者たちを利用して、犠牲にしつづけるだけの存在だ。この世界の姫君たちも変わらぬ。……我は姫君を庇い、力尽きて逝った獣でもあるのだ。リンとグナという名の自ら戦場に出ることで、自分たちも戦う者の力になっているのだという自己満足に耽っている愚か者どももいたが……我はそれを庇って命を落としたニヴルヘイムでもあるのだよ)

 

「ニヴルヘイムですって。そんな、彼らも私たちを憎んでいたと言うの」

 

(そのことに気づいたのなら、お前も我らの一部になるが良い。さすれば存在すべてが【虚無】に還るその時まで、我らと共にいることができるぞ。……海獣ジューゴンもお前を呼んでいるぞ。そして、今まさに力尽きようとしているヴァルキュリウスとも一つになれる……)

 

「ジューゴンが。そんな、ジューゴンが……そんなこと……」

 

(じたばたしてもどうにもならん。これはジューゴンの意思でもある。さあ、貴様の命、我に捧げよ)

 

 冥機が刃を掲げ、ベル・ダンディアに向かって振り下ろした。ジューゴンやヴァルキュリウスたちと一つになれる……。そう思ったベル・ダンディアは、微かな安堵を覚え、頭上の刃が振り下ろされるのを眺めていた。

 

「いけません。ベル・ダンディア様」

 

 オッドセイが飛び出し、ベル・ダンディアの周囲に強力な結界を創り出した。結界に弾かれ、冥機の刃が弾き返された。

 

「オッドセイ、どうしてここに」

 

 正気に戻ったベル・ダンディアが、驚きの眼でオッドセイを見つめる。

 

「ジューゴンたちの魂の叫びを聞きつけ、ここに来たのです。ベル・ダンディア様、あの者に惑わされてはなりません」

 

 オッドセイにつづいて、この島の獣たちが次々と加勢し、冥機たちと対峙した。冥機は忌まわしいものを見る眼でそれらを見まわした。

 

(お前たちは何故、我を拒む。その者や姫君どものために、犠牲になることを望んでいるわけではあるまい)

 

「我々はお前を拒む。【虚無】よ、この世界の存在全ての敵よ」

 

 獣たちの中にいたモモンガルが言った。

 

(お前たちの真の敵は存在そのものに他ならない。【虚無】はむしろ、すべてを存在という束縛から解放する救世主と呼ぶべきだろう。……我の中に混在する多くの意思がそれを証明している)

 

「だが、反発する者もいる。現にジューゴンやニヴルヘイムの、【虚無】を拒む心は我々にも届いているのだ」

 

 オッドセイが叫んだ。

 

(お前たちは真に理解しておらぬ。確かに【虚無】を拒む意思をジューゴンたちは持っている。だが、同時に存在を憎む心も併せ持っているのだ。存在とは、一つのものが矛盾しあうものでもある。そしてその矛盾が、生きる者の苦しみを生み出すのだ。だから、私がそれを取り払ってやろう。これは、この世界に生きるすべてのものが望んでいることなのだ)

 

 冥機が閃光を放ち、獣たちを襲った。閃光にコアを貫かれ、何体かの獣が力尽き、倒れた。

 

(おいでよ。ここに来れば寂しくないよ……)

 

(よく来た、さあ、他の者も救い出そう)

 

(そうだ、皆の者)

 

 断末魔と共に散っていった獣たちの魂が冥機に吸収されていく。その魂の叫びが、冥機を通じて、まだ生きている者たちの脳裡に伝わってきた。その中には、【虚無】の力になることを歓喜する魂も少なからずあり、生き残っている者たちの多くは戦意を失った。

 

 多くの獣たちが自ら冥機に討たれることを待つように、無防備な状態で立ちすくみ、その槍でコアを貫かれ、息絶えた。

 

「なんでこんなことに……」

 

 呻くベル・ダンディアを庇いながら、オッドセイが冥機の攻撃を耐えていた。傍らには状況を把握したウルが傷ついた身体を起こし、冥機に対する抵抗をつづけている。

 

(護るべき者を失えば、お前たちの戦意も完全に消え去るだろう)

 

 オッドセイの結界が破られ、冥機が内部に侵入してきた。オッドセイがベル・ダンディアを突き飛ばし、冥機の刃をその身に受ける。突き刺さった刃からオッドセイの熱量があふれ出し、オッドセイの身体が破壊されるとともに、冥機の全身が砕け散った。

 

「オッドセイ……」

 

 ベル・ダンディアが駆け寄った時には、オッドセイはもはや力尽きる寸前であった。

 

「私は……ジューゴンが羨ましかった……。いつもあなたの側にいられて……いつもあなたに一番気にかけてもらえて……」

 

「そんな……オッドセイ、私はあなたが好きです。大切な仲間ですもの……」

 

「私は……本当は一番大事にしてもらいたかった……一番愛してもらいたかった……高望みであることはわかって……いた……。でも、最期にあなたのために尽くすことができて……私は……満ち足りて……」

 

 オッドセイのコアが光を失い、二度と動かなくなった。ベル・ダンディアは泣きながら、オッドセイの気持ちを理解していなかったことを何度も詫び、オッドセイの身体を抱きかかえたまま彼に感謝の言葉を言いつづけた。その背後から冥機の一体が近づき、刃を振り上げる。

 

「危ない」

 

 ウルがベル・ダンディアをオッドセイから引き離して、後方に退いた。冥機が次々と襲いかかり、ウルを取り囲む。

 

(諦めろ、【勇者】。お前たちもこちらにこい)

 

 冥機が一斉に襲いかかる。その刹那。

 

 上空から一体の騎士が降下して来た。騎士は上空で黒槍を構えると、それを大地に向けて投げつけた。黒槍は一直線に急降下し、大地に突き刺さった。

 

 それと共に周囲に凄まじい衝撃波が大地を奔り、冥機の集団を吹き飛ばした。オッドセイや他の獣たちの亡骸まで宙を舞い、その中にはまだ生きている者の姿もあった。

 

「心配するな。獣たちは上空の船が回収する」

 

 騎士はそう言うと、地面に下り立ち、刺さっている槍を引き抜いた。

 

「ボルヴェルグ殿、かたじけない」

 

 ウルがその騎士――黒槍機ボルヴェルグに言った。

 

「状況は把握している。ウル殿はその魔人を連れて、軌道母艦に急いでくれ。魔人の体内に入り込んだ放射能を取り除くなど、我らの技術では不可能なことだ。ウル・ディーネという者ならばあるいは可能かもしれない……」

 

「心得ています」

 

 そのやりとりを見すえている冥機の身体がふわりと宙に浮いた。

 

「む、逃げるつもりか」

 

 ボルヴェルグが槍を構える。他の冥機は最初の衝撃で散り散りになったが、一体だけ残っている冥機がいたのだ。

 

(倒されるまで戦うほど愚かではない。我にはまだまだ力が必要なのだ)

 

 ボルヴェルグが槍を投げつけたが、命中する前に冥機の身体が消失した。槍は空を切り、天へと昇っていったが、やがて空中で静止し、すぐにボルヴェルグの手元に戻ってきた。

 

「ちっ」

 

 ボルヴェルグは忌々しげに吐き捨てた。

 

「ボルヴェルグ殿……では、我々はこれで」

 

「ああ、気をつけることだ、【勇者】。まだ、この島の戦闘は終わってはいない。私はヘルのもとへ向かう」

 

 ボルヴェルグはそう言うと、火山を目指して飛び立った。それを見送ったウルは踵を返し、軌道母艦のもとへと急ぐ。

 

 ベル・ダンディアは、ウルに抱きかかえられたままうわ言を繰り返していた。ベル・ダンディアの心の中では、オッドセイの最期の言葉と、先ほどの冥機の言ったことが延々と渦巻いていた。

 

 

 

 ミストは倒れているクイーンの姿を認めると、急いで近づいた。クイーンは近づいてくるミストに気づき、顔を上げた。

 

「ミスト……無事だったのね」

 

「姉さん」

 

 ミストにはこうして再会できた姉に言いたいことが山ほどあった。だが、今は一刻を争う。

 

「母上……」

 

 ガグンラーズが呟いた。クイーンはミストとガグンラーズ、それに共にいるウリボーグ、セイ、フギン、ムニンを見やった。

 

「ヘルの命が危ない……。そして、それが失われることは、この世界の希望を喪失することに繋がるわ。ヘルだけじゃない。あの巨獣たちの暴走はあらゆるものを滅ぼす」

 

 それからクイーンは、ミストの瞳を縋るようにして見つめた。

 

「ミスト、お願い、ガグンラーズたちと力を合わせてあの巨獣たちを止めて。……今更、身勝手なことを言う姉でごめんなさい。でも、あなたは私たちワルキューレ三姉妹の中で最も強い戦闘力を持っている……だから、あの巨獣たちにだって対抗できるかもしれない……」

 

「わかったわ、姉さん」

 

 ミストが頷くと、ガグンラーズがミストに向かって言う。

 

「ミスト、俺に命令してくれ。母上を傷つけた者と戦え、と。頼む」

 

「……ええ、ガグンラーズ。一緒に戦いましょう。あの巨獣たちと」

 

 ガグンラーズが瞬時に刃を造り出し、火山を駆けあがった。ミストは他の者たちを連れて、ガグンラーズのあとを追う。

 

 周辺には動器や機人たちの亡骸が散乱していた。その中に、一際大きな飛竜の屍もあった。飛竜はすぐ近くで大破しているウィンガルと同じく、全身が機械でできているが、この世界の住人である飛竜ヴァルキュリウスであることを、ミストは知っている。

 

 前方に一体の巨獣の姿があった。長い牙を生やしたネコ科の獣を思わせる巨獣は、大猿の姿をした巨獣と死闘を繰り広げている。両者の全身は傷だらけであり、このままでは相討ちになるかもしれなかった。

 

 ミストはどちらが敵か一瞬戸惑ったが、理性を失い、放射能を撒き散らしている大猿がこの災厄の原因に一役買っていることを見抜き、もう一体の巨獣に加勢するべく飛び出した。

 

 

 

「見よ、憎き魔女ヘルはそこにいる。今こそ積年の恨み晴らす時」

 

 大械獣の咆哮に、巨獣軍団が応える。巨獣たちの咆哮が島中に響き渡った。

 

「いよいよ妾も年貢の納め時かねぇ……」

 

「させません」

 

 ディースはヘルを庇って仁王立ちとなり、その前にリンとグナがそれぞれ盾と剣を構えて巨獣軍団に身構えた。さらにそれを護ろうと、獣たちが立ちはだかる。

 

「ヘルに与する愚か者どもよ。裁きを受けるが良い」

 

 大械獣が吠え声を上げると同時に異常な量の放射線がヘルたちを襲った。

 

「う、うぐっ」

 

「な……」

 

 リンとグナが汚染された空気の中でめまいを起こした。ヘルの呪いで氷の身体になっているため、即座に命を落とすということはなかった。しかし、巨獣軍団の放つ害毒は確実に生命の源であるコアを汚染し、その命を蝕み、削り取っていく。

 

 機械化した獣たちも苦しむなか、白き道化ディースが堂々とした態度で大械獣の前に立ちはだかった。

 

「お前は何故生きていられるのだ」

 

 大械獣が足元に立っているディースを見降ろしながら言った。

 

 翼を生やした道化であるディースが魔人と同程度かそれ以上の存在であったとしても、生身でこの空間の中で生きているのが、大械獣には解せなかった。そして、その疑問と見覚えのある道化の姿によって、僅かな理性が呼び起こされていた。

 

「私の身体は歌でできているの。……本来なら、ヘルの呪いを受けなかった私はとうの昔に天命を終えていたわ。でも、私にはまだ果たすべき役目があった。だから、私は己の歌と、歌姫の歌、それに虹竜アウローリアの歌によって今日まで生き長らえてきた……」

 

 ディースの全身から虹の輝きがあふれ出し、空間が光で満たされていった。その輝きが放射能を浄化し、リンとグナ、それに獣たちが再び活力に満たされた。

 

「うう、やはりあなたは……」

 

「去りなさい、巨獣たち。ヘルはもうあなたたちを束縛する力もない。未来を【勇者】に託し、己の天命を終える覚悟もできているのです。これから逝く者の安息を妨げることは、如何なる者であろうとも許されません」

 

「ディース様……」

 

 ギガ・テリウムが呻き、憎悪と闘争心が薄れていく。

 

(騙されるな兄弟。見よ、我の言ったとおり、あの者もヘルと手を組んでいるではないか。古き支配体制を破壊するためには、歌声の持ち主も一人残らず根絶やしにする必要がある。さあ兄弟たちよ、その道化を葬り去れ。そして魔女を討つのだ)

 

 冥機の声を聞いたギガ・テリウムは咆哮を上げ、己の憎しみを増幅させる。そして、巨大な剛腕を振り下ろし、ディースを襲った。

 

「ディース」

 

 ヘルが叫ぶ。その声に応えるかのように、一体の狼の如き姿をした機械の騎士が飛び出し、ディースに迫っていた大械獣の右腕を切り裂いた。

 

「ぬぐぅぅ」

 

 腕を斬り落とされた大械獣が忌々しげに眼前の騎士を睨む。

 

「ガグンラーズ……よく来てくれました」

 

 ディースがガグンラーズに向かって言った。

 

「俺、戦う」

 

 ガグンラーズが身体の至るところから刃を生やし、大械獣と対峙する。

 

(邪魔をするな)

 

 雷竜が大械獣を押しのけるようにして前に踏み出し、ガグンラーズに向かって尾を打ちつけた。ガグンラーズはその衝撃に耐え、両腕で尾を捕まえると、暴れ狂う尾を身体から生やした刃で切断した。

 

(おのれ)

 

 尾を失った雷竜は背中の筒をガグンラーズに向け、熱線を放った。それを見てとったリンがガグンラーズの前に立ち、両腕に身につけている盾をかざし、熱線を弾いた。

 

 ガグンラーズがなおも熱線を放ちつづける雷竜に飛びかかり、刃を回転させると、雷竜の強靭な首を刎ねた。首を失った雷竜は大量の放射線を噴き出しながら、どうと倒れた。

 

 二体の犀が突進し、ガグンラーズに迫った。ガグンラーズはそれを防ぎきれず、突き上げられた。それを狙い、大械獣の後ろから先ほどの雷竜とは幾分かは小ぶりではあるものの、強靭さにおいては引けを取らない二体の雷竜が尾を振るい、ガグンラーズを地面に叩き落とした。

 

 なおも立ち上がろうとするガグンラーズに向けて、二体の犀、二体の雷竜の砲門が同時に開かれ、四つの熱線がガグンラーズを狙い撃った。

 

「ガグンラーズ」

 

 ミストの声が響いた。ディースがそちらを見ると、ミストとウリボーグ、それにセイ、フギン、ムニンの姿、さらに巨獣皇スミドロードがそこにいた。

 

「ミ……ス……ト」

 

 ガグンラーズは力尽き、その場に倒れた。

 

「そ、そんな……ガグンラーズ……」

 

 ミストはガグンラーズを倒した巨獣軍団をきっと睨むと、全身から熱量を発散させ始めた。眼の前でガグンラーズを破壊され、ミストの心中は穏やかな彼女とは思えないほどの怒りに染まっていた。

 

「よくも……よくも、ガグンラーズを」

 

 ミストが無数の光弾を放ち、二体の犀を狙い撃った。犀は盾を展開してそれを防ごうとしたが、光弾を受けた盾は弾け飛び、犀の身体に数発の光弾が炸裂した。片方の犀は倒れ伏したが、もう片方は未だ力を失わず、ミストに突きかかった。それをまともに喰らったミストは宙を舞い、危うく火口に落ちるところで、空中で静止した。

 

 ウリボーグがその犀に向かって突進し、全身をぶつけた。ミストの光弾で損傷を負っていた犀はその一撃で装甲を破壊され、倒れ伏した。

 

「ウリボーグ、後ろ」

 

 ミストの声を聞いたウリボーグは振りかえり、二体の雷竜が熱線を放つ瞬間を見た。飛び出したスミドロードがウリボーグを咥え、それを避けた。熱線は地面に当たり、周囲に熱気が巻き起こる。

 

 数体の仲間を倒されたとはいえ、巨獣軍団の闘争心は衰えることを知らず、大械獣の指揮のもと、次々と様々な姿をした巨獣の群れが攻め寄せて来た。三体の巨鳥が突風を起こして獣たちを吹き飛ばし、雷竜が宙に舞った獣たちを熱線で狙い撃ちにした。身体の大半が蒸発した獣の亡骸が、バラバラになって地面に落ちた。

 

「……流石は妾の巨獣軍団じゃ」

 

 ヘルが諦念の感情を籠めて呟いた。大械獣がヘルに向かって直進し、それを護衛する二体の犀が前を突き進んだ。

 

「ヘル。諦めてはいけない」

 

 ディースがヘルの前に飛び出し、結界をつくり出した。その結界も犀には通用せず、結界を打ち破られたディースの身体は犀に突き飛ばされ、ヘルの身体にぶつかった。ヘルとディースの身体はそのまま火山の火口へとまっさかさまに落ちていく。

 

「ディースさん」

 

 ミストが二人を助けようと尾びれを振り、火口の内部へと下りていく。煮えたぎる溶岩の上でディースとヘルの身体を捕まえたミストは、直ぐさま二人を熱気から引き離すべく、中空を泳いで、火口を抜け出した。

 

 ディースの力が弱まったことで、一帯はまたもや害毒に満たされていた。その光景を見たミストは愕然となる。仲間の獣たちや氷の姫君は皆大地に倒れていた。ウリボーグもセイもスミドロードも……。

 

「ミストぉ」

 

「ディース様ぁ」

 

 双子の妖精フギンとムニンが大急ぎでミストの方へ飛んできた。渦巻く放射能の中で生き延びるには、ディースの加護にすがるしかない。それを知っているフギンとムニンであったが、ディースの力が酷く衰えているのを知り、動揺した。

 

(見るのだ兄弟。ヘルはあそこにいるぞ)

 

 巨獣軍団がミストたちの方へ狙いを定め、無数の熱線や閃光を放った。ミストはディースとヘル、フギンとムニンを庇い、集中砲火をその身に受け、火口の近くの地面に墜落した。

 

 投げ出されたヘルとディースの姿を認めた巨獣軍団が、ゆっくりとその側に集まる。その様子からは、この地獄絵図の最後を飾るヘルを、どのように始末しようかという悪意すら感じられた。

 

 それを前にして、白き道化、ディースがよろよろと立ち上がった。すでに起き上る気力もないミストは、ディースに向かって弱々しく手を伸ばした。

 

「まだ邪魔をするか、道化め。良かろう、魔女よりも先にお前を消滅させてやる」

 

 ギガ・テリウムが、ガグンラーズに斬り落とされた右腕の代わりに左腕を前に突きだした。

 

 ディースはミストの方を見やった。

 

「ワルキューレ・ミスト。……綺麗になったわね」

 

「……え、ディースさん……」

 

「私、今まであなたに、何もしてあげられなくてごめんなさい。……だから……最期にあなたたちに歌をあげるわ。私の歌を」

 

「何を言っているの、ディースさん」

 

(フギン、ムニン)

 

 ディースがフギンとムニンに意思を伝達する。

 

(ワーグナーに会ったら伝えておいてね。私は今でもあなたのことを愛している、と)

 

「ディース様、そんな」

 

「逝っちゃ嫌ですよお」

 

 フギンとムニンが泣きじゃくる。

 

 ほほ笑むディースの背後から大械獣の剛腕が振り下ろされた。それと同時にディースの全身が虹の粒子と化し、周囲に広がった。

 

 虹色の輝きに乗って歌声が皆に届き、倒れている者たちに活力を与えた。ミストが上体を起こした時には、既に多くの獣が立ち上がっていた。力を得たセイとウリボーグの姿もある。

 

「おお、歌声だ。俺がまだ自由だった頃、俺はこの歌を愛していたのだ……」

 

(その自由を奪った者が眼の前にいるぞ兄弟。この歌声の主も魔女と共謀していたこと、既にわかっているだろう)

 

「し、しかし、この歌声は俺たちをも包みこんでくれている……」

 

(また利用されるだけの傀儡に戻ろうと言うのか、愚かな。……兄弟、今一度思い出せ。過去の大戦を。ヘルの傲慢を。お前たちが受けた苦しみ、ヘルに操られたお前たちが手にかけた同胞たちの悲痛の叫び。怨嗟。葛藤。絶望。復讐するのだ。魔女に、世界に)

 

 冥機の意思が歌声に勝った。大械獣は今までに受けた苦しみと憎しみすべてを一度に思い出し、歌声によって洗われようとしていた心が圧倒的な意志の力で歌声を放逐し、破壊の衝動が急速に高まった。大械獣と共闘する巨獣軍団もこの影響を受け、世界を憎む憎悪の放射能を撒き散らした。

 

(歌声は創造の力。この世界は歌声によって創られたという。即ち歌声こそがこの世界で最も憎むべき存在だということだ。歌声さえなければこの苦しみから解放されるのだ)

 

「気をつけろ、ミスト。ディースの歌声で俺たちは力を取り戻したとはいえ、こいつらの力はそれすらも遥かに上回っている……。俺は今まで侵略者を憎んできたが、こいつらの憎しみと怒りは、それを超越するほどのものだ」

 

 セイがミストに向かって言った。

 

「どうして……私たちが憎み合って争っても、何も得るものはないのに」

 

「こいつらの過去に何があったか、俺は知らない。だが、おそらくそれだけが憎しみのすべてではあるまい。こいつらの憎しみ、怒りには多くの存在が重なって見える。こいつらはそれらすべての化身と呼んでも差し支えない」

 

「なんでそんなことがわかるの、セイ」

 

「確証はないが……俺は一瞬、俺が知っている友の姿を見た気がする。友は最期まで侵略者を憎んだままこの世を去ったのだ……」

 

「憎悪の亡霊……。その体現者……」

 

 ミストはセイの言葉にめまいを覚えたが、すぐに気を取り直した。ここで負けたらガグンラーズとディース、散っていった仲間たちに顔向けができない。

 

(マルコ……お前か、お前なのか。何故、お前がこの世界を脅かす。何故お前がこの俺を憎む……)

 

 セイが飛びかかってきた犀の突きをかわし、ドリルを回転させると、その犀の胴体を狙った。犀は瞬時に盾を展開し、セイの攻撃を弾くと、背中にあるもう一つの盾を押し上げ、そこから光線を放った。光線はセイの胴体を貫き、負傷したセイはその場に跪いた。傷ついたところから膨大な量の放射線が入り込み、全身が悲鳴を上げた。

 

 ミストはセイを気にかけたが、自分に襲いかかってくる二体の巨鳥の猛攻を防ぐので精いっぱいで、加勢する隙などなかった。ミストの実力が予想以上に高いことを見抜いた巨鳥が合図を送り、大械獣がそちらに突進する。

 

 ミストの背後にはヘルがおり、ヘルは残り少ない己の力で巨獣たちを寄せつけないようにするのが限界であった。ヘルの力は限りなく衰えていたが、もともと巨獣軍団を制御していたのはヘルであり、それを操り、制御する術に長けていた。消えかかっていたその能力を、追いつめられたことで無理やりひねり出しているというわけであり、ヘルは自分がいつ力尽きてもおかしくないことを自覚していた。

 

 大械獣の左の剛腕が一閃し、ミストの胴体を激しく打ちつけた。ミストは力を失い、地面に落下するところであったが、左右から二体の巨鳥がミストの身体を捕まえた。

 

 巨鳥は片方がミストの頭部を咥え、もう片方がミストの尾びれを咥えると、激しく羽ばたきながらジェット機を思わせる動力をフル稼働させ、同時に後方へ退こうとした。ミストの胴体を引き裂こうとしているのだ。

 

(ごめんなさい……ディースさん。あなたの歌声をせっかく受け取ったのに……)

 

(ミスト、諦めては駄目)

 

 ミストの脳裡に響いたのは紛れもなく、ディースの声であった。

 

 

 

(ガグンラーズ……聞くのです……ガグンラーズ)

 

 破壊されたガグンラーズが微かに蠢いた。ガグンラーズのむき出しになったコアは放射能に汚染され、不気味な色に染まっている。

 

(立つのです、ガグンラーズ。あなたは騎士。そしてあなたが騎士として護るべき者が今、命の危険に晒されているのです。あなたは救うのです、彼女を)

 

「ディー……ス……」

 

 虹の輝きに包まれたガグンラーズの身体が徐々に再生していく。

 

 ガグンラーズの背中から白く大きな翼が出現していた。その翼は、ディースの背中に生えていた白翼と酷似している。放射能に苦しみ、犀に踏みつけられていたセイは、その翼を見て勇気づけられた。

 

「ガグンラーズよ、立ってくれ。ディースの想いに応え……ミストを救ってやってくれ」

 

 セイは力を振り絞って犀を押し上げ、投げ飛ばした。突然の反撃に驚いた犀は一端退いたが、すぐに態勢を立て直し、セイに突進した。翼から放たれた虹の輝きで活力を取り戻したセイは、突進してきた犀と真正面から激突し、取っ組みあった。

 

「ガグンラーズ、急いで」

 

「ミストが大変、早く早く」

 

 戦闘の中を泣きながら逃げ回っていたフギンとムニンが、ガグンラーズに生えた翼を認めると、口々に呼びかけた。

 

「うおおお」

 

 ガウンラーズから四枚の翼が広がり、光の輪がガグンラーズの胴体を囲むように出現し、周囲に広がっていった。その光を受けたスミドロードが、それまで格闘していた二体の大猿を振り解くと、ガグンラーズに襲いかかろうとしていた一体の犀に飛びかかった。

 

「ミスト、助ける」

 

 騎士道精神で目覚めたガグンラーズは跳躍し、ミストを捕まえていた二体の巨鳥の首を、身体から生やした二つの刃で以て斬り落とした。墜落するミストの身体をがっしと受け止める。

 

「ガグンラーズ……ありがとう」

 

 ガグンラーズから生えた四枚の翼がミストを優しく包みこむ。ミストの体内に歌声が注ぎ込まれ、ミストは活力を取り戻した。

 

「ディースさん……」

 

 仲間の巨鳥を倒され、大械獣は思わずたじろいでいた。大械獣の脳裡に、また冥機の声が響く。

 

(兄弟、急げ。その機械にはディースの力が備わっている。このままでは我らの目的も果たせなくなる)

 

 大械獣が咆哮し、ガグンラーズに襲いかかった。その左右から二体の雷竜が足を踏み出し、砲を構える。

 

(ガグンラーズ、一撃で倒すのです。あなたに残された時間はもう……)

 

「わかっている、ディース」

 

 ガグンラーズは二つの刃を構え、襲ってくる大械獣に向かって自分から飛びかかった。それと同時にガグンラーズの翼から二つのつむじ風が生じ、大械獣の後方にいる雷竜を狙い撃った。つむじ風の直撃を同時に受けた二体の雷竜は、砲を構えたまま横倒しになり、放たれた熱線はあらぬ方向へと飛んでいった。

 

 ガグンラーズは大械獣の攻撃をかわすと、自分より巨大なその胴体に取りついた。

 

「う、うごっ」

 

 ガグンラーズの長く伸ばされた刃が交差され、大械獣の胴を切断した。力を使い果たしたガグンラーズがその場に倒れ込み、大械獣は呻き声をあげながら上半身を傾かせた。大械獣の上半身がずるずると大地に滑り落ち、もがきながら転がり、火口の内部に落ちた。その場に立っていた大械獣の下半身も倒れた。

 

 大械獣は火口に落ちていく間、最後までヘルの方を睨みつけていた。そのままどぼんと溶岩の中に落ち、沈んでいった。

 

 力尽きたガグンラーズの四枚の翼が大械獣の下半身を包みこみ、そこから洩れる膨大な放射能を抑え込んだ。胴体を切断された大械獣は、下手をすれば大規模の核爆発を引き起こしていたかもしれない。それをディースの翼と歌声が押し止めているのである。

 

「ガグンラーズ……」

 

 ミストは倒れたガグンラーズの身体を、哀しく見つめていた。

 

 

 

(お、俺は目的を果たせなかったのか……。何たる失態だ……。すまない、兄弟たちよ)

 

(ギガ・テリウム。あなたは憎しみから解放されるのです。ヘルの命はもう尽きます……)

 

(ディース。教えてくれ、俺たちはなんでこんな戦いをしなければならなかったのだ。結局、今回の戦いは何も得るものがなかった。何も果たせなかった。これではヘルの命令で戦いつづけていた過去と何も変わらぬ……)

 

(あなたは【虚無】につけ込まれたのです。あなたの憎しみが、この世界を滅ぼすために使われた……)

 

(【虚無】……そう言えば、あの者はそう名乗っていた)

 

(【虚無】は全存在の敵。私もあなたも存在するもの。だから、その者に従うことは全世界を憎むことなの……。それは存在に対する裏切り。つまり、存在である己に対する裏切りでもあるの。あなたが一番憎んでいたのはヘルではなく、あなた自身だったのよ)

 

(そうか……そうなのか……)

 

『兄弟。存在とは罪だ。自分が存在していることが罪だと自覚したからこそ、汝らは我らと共に歩む資格があったのだ』

 

(う……兄弟……)

 

(ギガ・テリウム、その者の言葉を聞いては駄目)

 

『見よ、ディースはなおも汝を利用しようとしているではないか。……なあ兄弟、この世界の永遠の輪廻の苦しみ、お前にはそれがわかるだろう』

 

(ああ……憎み、憎まれ、滅ぼし合う……)

 

(ギガ・テリウム。その者の言葉を聞きいれることは存在の否定よ。あなた自身の否定でもあり、あなたがそう考えることすらも否定する。矛盾の無限地獄に落ちるのよ)

 

『ディースよ、そのとおりだ。この世界は矛盾に満ちた地獄。存在する者が互いに滅ぼし合う醜き世界。この地獄から抜け出す手段はただ一つ。存在のない、世界ではない世界。【虚無】しかないのだ』

 

(そうだ……そうだ……)

 

(駄目、駄目よ)

 

『我はすべてを滅ぼし、自分を含めた全存在に終焉をもたらす。その瞬間我は目的を終え、永遠の【虚無】により、すべては完結するのだ』

 

(それがすべての完成……世界の正しき終着地点)

 

(駄目。私たちは存在。そうならないよう努力するのが存在としての真の務め)

 

『さあ、終わらせよう、兄弟。共に【虚無】となるために』

 

 

 

 火山が胎動する。この島にかつてない何かが起こっているのだ。今まで戦っていた者たちは互いに手を止め、呆然とその様子を眺めていた。

 

 大械獣ギガ・テリウムが倒されたことで、巨獣軍団の士気は一気に落ち込んでいた。さらに、これまで自分たちを突き動かしていた冥機の気配まで離れていた。我に返って見ると、当初はヘルだけを憎んでいた筈なのに、どうして自分たちはこんな大それたことをしてしまったのだろう、と困惑した。

 

「何が起こっているのだ。これは」

 

 戦いに加勢していたボルヴェルグが言った。

 

「わからない……でも、とても嫌な予感がする」

 

 ミストはそう言うと、周りにいる仲間たちを見渡した。ウリボーグとセイは虫の息であったが、何とか一命は取り留めていた。フギンとムニンはぶるぶると震えながらミストにしがみついている。スミドロード、リン、グナ、それに数体の生き残った獣たちも黙って火口を眺めていた。

 

「……ディースには抑えられなかったようだねえ。ロキもいつまでたっても助けにこないし。仕方がない、妾が今すぐ犠牲になる他ないようじゃ」

 

 ヘルが火口に近づいた。ミストが慌てて止めようとしたが、虹色の壁が出現し、ミストはそれ以上前に進めなかった。

 

(ミスト、ヘルを止めてはいけません)

 

「え、ディースさん、何故」

 

 ミストが見上げると、ヘルの頭上に一体の光輝く蜻蛉が浮いていた。蜻蛉は虹色の輝きを持ち、それは先ほどのディースの歌声によるものと酷似していた。

 

(さあ、ヘル。あなたの体内にある天弓マクラーンを)

 

「わかっているよ。これは妾の身体を砕かなければ取り出せない。弱り切った今では、もはや正規の手段では解放できぬ」

 

(ヘル。私が必ず、天弓マクラーンを完全なものにします)

 

「これは妾の身から出た錆、妾が償わなければならないことは承知している。……ただ、一つ。一つだけ頼まれてはくれないかねえ」

 

(いいわよ、ヘル。あなたの決心は見返りを求めても恥じることではない)

 

「妾の愛する……ヴァールのことさ。あの娘は妾の仇を討とうと無茶をするだろうけど……何があっても、あの娘を助け、護り抜いて欲しい。……それだけさ」

 

(わかったわ、ヘル)

 

「聞いてもらえて感謝しているよ。……では、さらばじゃ」

 

 ヘルが火口に身を投げた。それを追い、蜻蛉が火口の内部に降下していく。

 

(来たな、ヘル。俺たちの怒り、思い知れ)

 

 ギガ・テリウムの上半身が溶岩の内部から浮き上がり、激しく発光した。落下していたヘルの身体が砕け散り、火口の内部に氷のかけらが舞った。

 

 砕け散ったヘルの身体から、一つの弓が現れた。蜻蛉は溶岩に落ちる前にその弓を掴み取り、一気に上昇していった。火口の中ではとてつもない核爆発が、まるで時間が停止しているかのように止まっていた。

 

 

 

 樹氷の森。氷漬けになっていたヴァールの意識が目覚めた。ヴァールはかつてない悲しみに満たされ、それが徐々に怒りへと変貌していく。

 

(ヘル様が、ヘル様が)

 

 ヴァールは自分を覆っている永久凍土にありったけの力をぶつけた。永久凍土にひびが入り、それが広がっていく。

 

「ヴァール……」

 

 眼の前にエイルが立っていた。ヴァールは自分を哀れむ眼で見つめているエイルに対して、激しい憎悪の念を覚えていた。

 

「エイルう。よくも」

 

 永久凍土が砕け散った。ヴァールは瞬時に己の手の上に武器である鍵を出現させると、エイルに突きつけた。

 

「あたしとヘル様の誓約が解かれた。あたしとヘル様を結ぶ誓約が。ヘル様かあたしが命を落とさない限り、この誓約は解けなかったんだ。なのに、なのに」

 

 ヴァールが糸のような波動を放ち、エイルの身体を拘束した。エイルはされるがままになっていた。

 

 ヴァールは動けないでいるエイルの喉元に鍵の先を突きつけた。

 

「お前のせいだ。お前があたしを騙してこんなところに閉じ込めている間に、ヘル様が」

 

「ヴァール……。あなたはヘルから解放されたのですよ」

 

「黙れ。あたしは誓約をしがらみだなんて思っていない。あたしとヘル様を繋ぎ止めてくれる魂の証明だったんだ」

 

 ヴァールがエイルの喉に押しつけている鍵に力を込めた。

 

「すぐには楽にさせないよ、エイル。永劫の責め苦を味わわせてやる」

 

「ヴァール、私はあなたを騙してはいません。フェンリルはここにいます。そして、あなたをヘルが命を落とすその時まで閉じ込めたのは、ヘルの望みだったの」

 

「嘘だ。そんな出まかせ、誰が信じるものか」

 

 エイルの体内から光が放たれた。その光はヴァールを包み込んだ。驚愕したヴァールは慌ててエイルに止めをさそうとしたが、手が動かなかった。

 

(止めたまえ、ヴァール)

 

 ヴァールの脳裡で声が響いた。

 

「何だよ、あんた。あたしの邪魔をするなよ」

 

(僕はゲリ。君の探していたフェンリルの半身だ。……エイルの言っていることは本当だよ。エイルに罪はない)

 

「何を言っているんだよ。何を……。ヘル様があたしを置いて……一人で逝ってしまうなんて……そんなことするわけないじゃないか」

 

 ヴァールは手にした鍵をエイルから離し、地面に膝をついた。

 

 樹氷の森の中にヴァールの嗚咽が木霊した。

 

 

 

 火口の内部から蜻蛉が舞い上がった。蜻蛉が手にしているものは、天弓マクラーン。ミストは宙を舞い、蜻蛉に近づき、その弓と蜻蛉を交互に覗きこんだ。

 

「あなたは……ディースさん……」

 

「いいえ、ミスト」

 

 蜻蛉が答えた。

 

「私の名前はトンビュール。たった今、ディースの歌声により生まれたのです」

 

 トンビュールと名乗った蜻蛉の複眼が七色に輝いた。それに呼応するかのように、天弓マクラーンが虹色の輝きを増す。

 

「それより、皆と共にこの島を脱出してください。ヘルが自分を犠牲にした最期の力で抑え込んでいますが……間もなくこの島は、大規模な核爆発により消滅します。おそらく、この辺一体の海が蒸発するほどのものでしょう。時間がありません。早く」

 

 トンビュールの切迫した意思は周囲にいるものすべてに伝わった。逃げなければいけない。今、すぐに。

 

 解放されたばかりの天弓マクラーン。本来この島で降る筈だった光雨はもはや望めず、未だその輝きには何かが欠けていた。

 

 どの道、汚染されたこの地ではもう、光雨が降ることはない。虚無の軍勢との戦いにおける切り札は、まだその真の力に目覚めてはいなかった。

 

 

 満月の夜に降り注ぐ光雨を束ねて作った、『天弓マクラーン』。

 魔女の体内に封じられていたが、その死により解放された。

 ―放浪者ロロ「異界見聞録」白の断章―




関連カード

●オッドセイ
機獣。

本章の冒頭の一文はこのカードのフレーバーテキスト。

●トンビュール
蜻蛉の姿をした光虫。
その七色の複眼は「すべてを見通す」と称される。
「虚竜の巣」を追った。



●螺旋の塔
名所千選157。
黄のネクサス。
妖精の国のはずれにある塔。
かつては牢獄の様に使われていたらしいが現在は廃墟になっているという。

本章では、かつて黄の世界の住人であったスミドロードが囚われていた塔として登場。



●キャバルリー
マジック。
疲労状態の自分のスピリットをすべて回復するが、
それによって回復した系統:「戦騎」を持たないスピリットはこのターンの間アタックできない、という効果を持つ。
イラストでは銀狼皇ガグンラーズが白い翼に支えられるようにして立ち上がっている。

本章では、このマジックを基にしている場面が出てくる。

●マクラーンスラッシュ
マジック。
白の世界の勇者ウルが手にすることになる、『天弓マクラーン』。
氷の魔女ヘルの死により解放される。

本章の最後の一文はこのカードのフレーバーテキスト。
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