消えゆく白の群像   作:来星馬玲

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第三十八章 希望の大灯台

 陸の項

 

 

 鋼葉の樹林は【虚無】に呑まれて消滅した。エンペラドールの活躍により被害は最小限に止められたが、解放された【虚無】はなおも広がりつづけ、世界を浸食していく。生き残った獣と機械たちは、徐々に迫ってくる【虚無】から少しでも遠くへ離れようと、移動をつづけていた。

 

 一行を導くのは、実質的に獣たちの長となった鎧装獣キマイロン、それにフィアラルとガラールである。キマイロンを補佐するオオヅチもまた他の者たちから慕われ、指導者としての頭角を現しつつあった。

 

 一行の中には三体のグリプドンの姿もあり、この三体がグリプドンの最後の生き残りだった。グリプドンは獣と機械の意思を繋げる役割を忠実に果たし、キマイロンとフィアラルたちは同じ目的地を目指して共に歩んでいた。

 

 上空にはフィアラルたちの乗っていた機械の船が一隻だけ残っていたが、獣たちすべてを搭乗させることはかなわず、今回の戦いで負傷した者や、今もなお環境の変化に苦しみつづけている獣たちを優先して収容していた。他の船も残っていれば、皆を乗せて目的地に直行できたかもしれないが、それらは絶望壁の要塞と共に虚無の軍勢によって破壊されてしまった。

 

「この世界のどこに向かおうと、ブリシンガメンの首飾りは現れるだろう……我々がそう造ってしまったのだから。だから一刻も早く対抗策を講じたうえで、ブリシンガメンの首飾りを奪還、あるいは破壊する必要がある。ロキの言うとおり、可能であればブリシンガメンの首飾りを取り戻し、世界再生の役に立たせるべきだが、それが無理なら早く破壊しなければ、悲劇は繰り返される」

 

 フィアラルの話によると、ここから離れた海岸の近くに機械たちの拠点があるらしい。そこで戦力を増強し、上空のブリシンガメンの首飾りに攻め込むというのが彼らの計画だった。

 

「ブリシンガメンの首飾りを攻めるのは良いが、【虚無】への対抗策は未だ何の目処も立っていない。このままでは広がった【虚無】に呑まれ、それこそこの世界のどこにも逃げ場はなくなってしまう」

 

 そう言うガラールは悔しそうな様子であった。無理もない、【虚無】に対抗できる明確な解答も見いだせないまま、ひたすら撤退しつづけているという現状は、彼にとって耐え難いことなのだ。フィアラルは黙って頷いていた。

 

 鋼葉の樹林の消滅は、そこの獣たちがよりどころを喪失したことを意味している。皆の憩いの場所、王や多くの戦士たちの墓場、護るべき拠点が失われた。代々受け継いできた樹林には獣たちの歴史があり、生き様がある。鎧装獣の誓いも、あの樹林の守護者となることであったのだ。

 

「私は鎧装獣の誓いと、その誇りは決して忘れさせぬ。樹林は失われたが、私とオオヅチ、それにスコールは生き残ったのだ。生き残った我らが、この世界を護るために戦い、散っていった戦士たちのことを後世に伝えねばならない。さすれば、我が誇り高き同士たち、偉大なる王ベア・ゲルミルの名は永遠に、この世界を生きる者たちの心の中で生きつづけるのだ」

 

 侵略者との戦いで全滅した南の戦士、虚無の軍勢によって滅ぼされたグリプドン、滅亡した各地の豪族や異変に耐えられなかった者たち、己の信念を貫き、滅んでいった者たちの遺志と共に【虚無】に真っ向から挑んだエンペラドール……。

 

 皆、生きつづけねばならない。その者たちを、次代を担う者らの心の中で生かしつづけることが、生き残った自分たちの最大の使命だ。

 

 

 

 移動を開始してから数日後、一行は海岸の側にある機人たちの大都市に到着した。

 

 都市には巨大な機械の像が聳え、それはこの都市を守護している巨神機トールを象徴しているのだという。像からはホログラムが現出し、都市を巨大な両腕で覆っている。この映像は質量を伴っており、トールの力を増幅させることで、外敵からのあらゆる攻撃を遮断しているのだという。

 

「これがトール……。やはり……あの時見た者と瓜二つ」

 

 一行の中にいるアルマ・ジールが、怯えの色を顕わにして呟いた。

 

 アルマ・ジールはかつて南の戦士たちと共に暮らしていた獣の一員であった。それが鋼葉の樹林に逃れてきたことで、樹林の住人となったのである。アルマ・ジールの話によると、眼前の都市を守護しているトールは、南の戦士を滅ぼした侵略者だという。

 

「そうか……グリプドンたちからも話を聞いてはいたが、やはり。……だが、もとより覚悟はしていたこと。恨みを捨て、彼らと協力することを考えよう」

 

 キマイロンはそう言ったが、王や同胞たち、それに自分自身が憎んだ相手に縋る他ないという現状に疑念を覚えた。それをすぐに振りはらい、オオヅチの語ったこと、自分がエンペラドールたちに言ったことを頭の中で反芻した。

 

 都市の機人たちは、避難してきた者たちを快く迎え入れた。重い質量を伴った空気が充満し、独特の光沢を放つ壁や歩道がきらきらと煌めいている。天空には機械たちの故郷の物である、ダイヤモンドの月がはっきりと現れていた。

 

 この世界本来の姿とは明らかに異質な物に満ちている都市。汚染されていたとはいえ、今まで樹林で暮らしていた獣たちにとって、この都市の環境は酷く不快なものであった。

 

「これほどまでに、あのダイヤモンドの月をはっきりと見たことはない……我らとお前たちとでは、住む世界が違うということを再確認させられたよ」

 

 一体のグリプドンがフィアラルに向かって言った。

 

「そうだな……。我らとてこの世界本来の環境は馴染めないものであり……ここに住んでいる機械の中には、この世界本来の環境に適応できない者も少なくない。この世界の自然の空気に触れているだけで、身体の装甲が劣化し、体内のコアが傷つく者までいる」

 

「無論、だからと言って侵略行為を正当化するつもりはないがな」

 

 ガラールがそう呟くと、グリプドンはしばらく考え込む様子を示し、やがてキマイロンたちと何事かを話し合った。

 

 獣たちを代表して、グリプドンの一体が、機人たちに向かって言う。

 

「我々は共存しなくてはならない。侵略行為に対する妥協というわけではないが……この世界の住人と機械たちで共に暮らせる世界を創っていこう。すべての世界を同じにする必要はない。住む場所は違えども、それぞれの領分を守りながら、力を合わせる時は合わせ、助けが必要な時はお互いに助け合う、新しい世界をこれから創るのだ」

 

 フィアラルとガラールは二人揃って、そう言うグリプドンの瞳を、まじまじと見つめていた。周囲を見回すと、他の獣たちも同じ考えであるらしい。街道に出てきて様子を見守っていた機人や動器たちの間からも賛同の声が響き、都市の冷たい金属質の壁に反響した。

 

「ありがとう、獣たち。我々は必ず、君たちの期待に応えて見せる」

 

「ああ。我らも古き慣習を一新し、対等な立場でこの世界を築き上げていこう」

 

 フィアラルとガラールは、獣たちとこうして心を通わせることができたことを、真に喜んでいた。この世界の住人を敵とみなし、支配するために戦いつづけていた頃では決して得られなかったものだ。

 

 聞くところによると、ドヴェルグ、スノパルド、スコールの三人はこの都市に立ちよったらしい。その後、機械たちの技術で【虚無】に対抗できる装甲を得た空魚たちと共に海へ向かい、待機していた船の一隻に乗って、歌姫たちのいる軌道母艦のもとへ向かったのだという。軌道母艦には叡智秘めし三姉妹、それに銀狐ハティもいる。

 

 仲間たちを機人の都市に残し、キマイロンとオオヅチとグリプドンたち、フィアラルとガラールは海岸沿いにある岬へと案内された。案内人は二体の神機ミョルニール。巨神機トール直属の神機である。

 

 岬には灯台が建設されつつあった。その建設に従事している者の中にはこの世界の獣や、地方に暮らす氷の姫君の姿まであった。

 

「あの灯台は浸食されたこの世界で、機械と獣の双方が暮らせる環境を創り出すために建造しているのです」

 

 片方のミョルニールが語った。彼の話によると、灯台の灯光がこの世界に浸透した機械たちの環境を、獣たちにとってより住み良いものにするらしい。

 

 ただ、それは変化したこの世界を受け入れたうえで、その延長線上においてこの世界の住人が暮らせる道を選出するという行為であり、かつての侵略行為の正当化を意味してはいないだろうか。キマイロンの脳裡にまたもやそういった疑念が浮上した。

 

 キマイロンと同じ思いを抱いたのであろう、グリプドンがミョルニールたちにそのことを言うと、ミョルニールは少し暗い面持ちで語った。

 

「この世界の本質そのものが、既に変質しているのです。もう元の世界に戻すことはできません。それに、元の世界で我々は生きてはいけない……。だからこそ、両者が生きられる環境を、変化した世界の上に築くことが我々に課せられた使命なのです」

 

 グリプドンたちは、不満を隠せなかった。突然現れた侵略者たちが世界を散々改変させた挙句、今になって元からこの世界に住んでいた者たちのために、この世界を侵略者たちの住める環境を維持したまま、獣たちの暮らせる世界に近づけていこうとすると言うのである。それは機械を中心にした考え方であり、この世界本来の住人をあまりにもないがしろにしてはいないだろうか。

 

 しかし、他に良い選択肢があるわけではない。彼らの言うとおり、この世界はもう後戻りのできないところまで来ているのだろう。それに今更機械たちがこの世界に住むことを非難することもできない。グリプドンたちは半ば諦念に近い感情で、変わり果てた世界を受け入れることに同意した。

 

 グリプドンから話を聞いたキマイロンとオオヅチも、結局は同じ考えに行き当たった。フィアラルとガラールは、ミョルニールの話しぶりに不安を感じたが、敢えて指摘はしなかった。

 

 

 

 ブリシンガメンの首飾りは確かに強力だが、難点といえば、充電に時間がかかることである。もっとも、加護を失いつつあるこの世界では、先のように【虚無】を解放させることで、ブリシンガメンの首飾りに頼らなくとも標的を殲滅することは可能になりつつあった。

 

(しかし、あまり【虚無】の力に頼っていると、儂らの破滅もそれだけ近づいてしまうのう……)

 

 ゲンドリルの危惧はそこにあった。元々【虚無】と隣り合わせで生きてきた自分たちは、【虚無】の力により無限の活力を得ている。しかし一歩間違えば、自分たちが【虚無】に呑まれて消滅してしまうため、常に己の死と隣り合わせで生きていると意識することを余儀なくされているのだ。

 

 未だ自我を持っている虚無の軍勢の一員は、そうした意識を誇りに思っていた。己を滅す【虚無】を常に意識し、ぎりぎりの境界線のところで留まっているからこそ、自分たちは強大な力を制御できる。この世界の住人たちとは、土台覚悟の強さが違うのだ。

 

 大気圏外に連なって浮かぶブリシンガメンの首飾りの間を、一つの影が横切った。常に周囲を注視しているゲンドリルがそれを見逃す筈がない。ゲンドリルは腰を下ろしていた鉄の塊から離れると、その影の前へ瞬時に移動した。

 

「何者じゃ、お主」

 

 ゲンドリルは平静さを装っていたが、自分に気づかれずにブリシンガメンの首飾りの側まできた者となると、只者ではない。ゲンドリルはいつでも相手を葬れるよう、杖を構えていた。

 

 その相手は地上にいる機械達の一員、神機グングニルと酷似していた。しかし、何かが違う。容姿だけではない、存在の本質的な何かが。

 

(我は味方だ、知将ゲンドリル)

 

 冥機の意思が空間を伝わった。

 

「儂はお主のような者など知らぬ。味方だと、信じられるとでも思っておるのか」

 

(信じる、信じないは勝手だが、我は汝らの神にとっても重宝され得る存在だと思うがな。それに、我は汝に良い情報を仕入れてきてやったのだ。聞いておかないと、後悔することになるぞ)

 

「情報じゃと」

 

 ゲンドリルは一瞬躊躇した。相手の力量を探っては見たが、おそらく大した力ではあるまい。相手の言うとおり、その身体からは【虚無】の力が感じられ、自分たちと同種の能力を備えているらしい。仮に相手が自分にとって都合の悪い存在だったとしても、周囲には自分の部下も無数に存在し、葬るのはとても容易いことだ。

 

「……良かろう、言ってみるが良い」

 

(聞いてくれて感謝する、知将殿。情報とは他でもない、不死の実、不死者のことだ)

 

 不死の実。それを聞いてゲンドリルは思わず身を乗り出していた。

 

(汝らも少しは知っているだろうが、放浪者ロロは世界樹の世界において、不死の実を口にした。【星創る者】の意志によってな)

 

「【星創る者】が介入しておるのか。……だが、我らが神は、そのようなことは申しておらぬ」

 

(偶然だったと思うのかな、一介の人間に過ぎないただの放浪者が、世界樹の世界における争いの種となっていた物を口にしたという事実が。あらゆる世界の者、汝らの故郷の者でさえ欲して止まなかった不死の実を喰い、不死者となったことが。あれは必然だっのだ、【星創る者】がそうなるよう放浪者を導いたのが真相だ)

 

「何故、【星創る者】が放浪者を不死者にする必要があったというのだ」

 

(【星創る者】がロロとなるため、ロロ自身が【星創る者】となるためだ。ロロは最初から不死の実を口にするためにあの世界へ向かったのだ。本人はそれと知らずにな)

 

「何だと……。ぬう、斯様なこと、信じ難い。仮にそれが事実だとしても、お主は儂に何を求めておる」

 

(我が求めることは、汝らの勝利だ。それと、汝が欲する物のもとへ汝を導くこと)

 

「儂が何を欲するというのか」

 

(不死者の力だ。青き大海に浮かぶ強豪共の国で、海帝竜騎ヴァン・ソロミューですら得ることのできなかった不死の能力。それさえあれば、汝だけではない、汝の神の威光はすべてに勝る絶対の物となるであろう)

 

「不死者の力が儂と我が神に……」

 

(放浪者ロロを捕らえ、その力を取り込めば良い。他の世界の者たちにはできなかったが、知将である汝ならばその術式を理解できよう。……我は放浪者ロロの居場所を常に特定しつづけることができる。今、ロロは歌姫たちと共に無限なる軌道母艦にいる。汝らが見逃すことのなきよう、我が導いてやろう)

 

 冥機の身体がふわりとゲンドリルの傍から離れた。ゲンドリルは咄嗟に杖を突き出し、相手に狙いを定めていたが、冥機からは攻撃を仕掛けてくる気配はない。

 

「……だが、儂は神からこの世界の各地にいる残存戦力の殲滅を命じられておる。勝手に持ち場を離れるわけにはいかぬ」

 

(わからぬか。我の意志は汝らの神の意志であると知れ)

 

 冥機の双眼がかっと開き、ゲンドリルの中枢を突いた。ゲンドリルは思わず中空でたじろぐような仕草をしたが、すぐに持ち直した。

 

「おお……これは……正しく我が神」

 

 ゲンドリルはひれ伏し、神の指示を待った。冥機は不気味に発光しながらブリシンガメンの首飾りの先頭部へと飛んでいき、遥か彼方の空へ、腕を向けた。

 

(さあ、この先だ。ゲンドリル。軌道母艦を沈め、ロロの身柄を拿捕するのだ)

 

 ゲンドリルは冥機の指示に従い、冥機の指し示す方角へ進路を取り、軍勢を進ませた。ゲンドリルは冥機の真意が白の神と同じであると、もはや信じて疑わなかった。

 

 

 

 この世界の住人と機械が協力し、遂にその灯台は完成した。二つの世界の住人が共存し、共に【虚無】と戦い、新たな時代を築いていくという希望の象徴。地面から逆さに突き出した氷柱の如き形状の希望の大灯台は、灯光を世界に向けて解放していた。

 

「キマイロン殿、遂にこの時が来ましたね……」

 

 オオヅチが感慨深そうに呟いた。

 

「ああ、この灯火がこの世界の同胞たちと機械たちの希望の象徴。今この地で、我々が共存し、共に未来を築いていくという誓いが証明されたのだ」

 

 キマイロンはこれまでの自分の生涯を、走馬灯のように思い起こしていた。

 

 過ぎ去った日々はもう帰ってこないが、それらはただ消えていったのではない。これから築く未来の礎として、我々が数多の世代を繰り返しながら生きつづけるのと共に、生きているのだ。

 

「オオヅチよ、それに今は遠い地にいるスコール。今一度、鎧装獣の誓いを示そう。我らは己の身体を完全に制御できなくなるその日まで、戦いつづける。生きとし生けるものすべてを護るために」

 

 キマイロンの述べた表明に、オオヅチは己の誇りを籠めて宣誓した。

 

 希望の大灯台は、この世界本来の住人と機械、双方の世界を築くという決意の表明。そして、【虚無】との戦いに勝利し、生きる者のための未来を切り開く、希望の象徴であった。

 

 灯光は遠い海の向こうまで届き、やがて多くの仲間を集めることになる。のちに【虚無】との決戦において、それが果たした役割はとても大きなものであった。

 

 

 (陸の項 了)




関連カード

●希望の大灯台
名所千選562。
侵略者のもたらした浸食を受け入れた白の世界の象徴。
虚無に勝った後はどうするつもりなのだろうか、とロロは疑問に思っている。
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