消えゆく白の群像   作:来星馬玲

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第三十九章 獣機合神

 ―承前―

 

 

 火山を中心に熱の塊が膨張し、爆裂した。

 

 熱の爆発は連鎖的に起こって広がり、鎧蛇の島を包みこみ、周辺の海を覆っていく。海面が干上がり、蒸発した水分は天へと舞い上がった。

 

 鎧蛇の島が消滅したあとには、地下に蓄積されたナノウィルスによって形成されたと思しき、白骨のような陸地が現れた。

 

 穿たれた部分を補おうと周辺の海水がそこへ流れ込んだが、ナノウィルスにより汚染された半ばゼリー状の海の動きはひどくゆっくりに見えた。

 

 暴走した巨獣軍団の核爆発により、光雨が降る地域がまた一つ失われた。

 

 ギガ・テリウムの敗北で戦意を失ったかに見えた巨獣軍団であったが、既に冥機の植え込んだ災厄の種を取り除くには遅すぎた。生き残った獣と機械たちは彼らに対して共にこの地を去ろうと進言したが、巨獣たちはギガ・テリウムのあとを追うと言い残し、鎧蛇の島に留まった。

 

 どの道、巨獣たちを助けていては他の者たちが逃げる時間もなかったかもしれない。その結果、かつてヘルに利用されてきた巨獣軍団すべてが鎧蛇の島で命を終えたのである。

 

 極甲王グラン・トルタスと海戦機ゼーロイヴァーが率いる一行は、何とか爆発から逃れることができた。グラン・トルタスたちは上空の機械の艦隊に別れを告げ、鎧蛇の島の跡地を離れていった。彼らは海をさ迷い、新天地を探すことになるだろう。

 

 それまでグラン・トルタスに護られてきた者には空母鯨モビルフロウと共に生きていた者たちもいたが、その中には機械の艦隊についてくる者もいた。それぞれの意思で機械と協力して、【虚無】に立ち向かおうと決心したのである。

 

 機械の艦隊と共に空を飛ぶ者の中に、あの白鳥の姿もあった。白鳥は虚龍との戦いや、自分を救ってくれた騎士のことを鮮明に覚えていた。

 

 白鳥の内には、かつてロロが神の視点を得ていた時に見抜いた力が徐々に芽生え始めており、白鳥自身、自分には成し遂げねばならないことがあると自覚している。ただ、それが何であるのかはわからなかった。

 

 

 機人の項

 

 

 ガグンラーズは最期まで騎士として戦い、騎士として散った。あれほど己の役割を自覚し、それに忠実に生きた者をかつて見たことがあるだろうか。そう考え、セイはマルコのことを思い浮かべた。

 

 マルコとガグンラーズでは役割や目指していることはまるっきり違う。ただ、最期まで己の意志を曲げることなく、それに殉じた点に関しては同じだ。何れも何ものにも劣らない強い意志を持っていた。

 

(それに、ディース。あの道化の昔のことは知らないが、彼女もまたマルコやガグンラーズと同じだ。使命を全うするためだけに生きていた……)

 

 それに対して自分はどうだろう。マルコを始めとする同胞たちの仇を討つために戦おうとしたが、本来憎むべき相手ではないミストやガグンラーズを襲った。仇ではないことを知ったあともミストたちを憎もうとしていたが、あれは己の力の無さを認めたくなかったからに他ならない。

 

(俺は【虚無】の奴らに歯が立たなかった。心の底から怖れていたのだ、あいつらを。だから、憎しみを侵略者に向けることで、心の均整をとろうとしていた。結局は仲間のためではない、自分のためだけの憎しみだったのだ)

 

 セイはゲンドリルの放った騎士たちとの戦いを思い起こした。あの時、ガグンラーズがいてくれなければ、自分は抵抗することもできずに命を落としていただろう。そしてそのガグンラーズに対して何度も挑んだこと。いつもミストが止めに入ったことで自分は救われた。

 

 セイは隣室にあるガグンラーズの亡骸を思った。そこにはミストたちワルキューレ三姉妹がおり、ガグンラーズを彼女たちなりのやり方で弔っているのだろう。

 

「俺がガグンラーズに勝てなかったのは当然だ。ガグンラーズは俺の親友マルコと並ぶ気高い心の持ち主だったのだ。俺とはあまりにも志の強さが違い過ぎる。未だに【虚無】への恐怖心に捕らわれている俺では、所詮足元にも及ばない……」

 

 セイの内部で諦念の感情が起こったが、同時にそれを非難する意思も顕わになっていった。ガグンラーズは命を落とした。ならば誰かがその遺志を継ぎ、ガグンラーズが護った者たちを護り抜き、【虚無】と戦わなければならない。ガグンラーズが第一に護っていた者は他でもないミストだが、ミストは俺にとっても恩あるべき存在ではないか。

 

(そのとおりだよ、セイ)

 

 言葉は直接セイの脳裡を突いた。セイの部屋の壁に備えられているディスプレイが明滅し、何やら白い人型の影のようなものが映し出された。

 

「話には聞いていたが……お前がロキか」

 

(ご名答。僕は現在この無限なる軌道母艦を統轄しているロキさ)

 

 セイは黙ってディスプレイに映し出された画像を見すえていた。先ほどまで移っていた人型の影らしきものは消え、ディスプレイにはセイにとって意味不明な数式やグラフが羅列され始めた。

 

(君は自分のことを無力だと思っているようだけど、とんでもない。君の持っている潜在能力は、この船にいる者たちの中でも一位二位を争うほどのものなんだ)

 

「……俺にそれほど力があるというのか。信じられないな」

 

(何しろあのブリシンガメンの首飾りの直撃を受けて生き延びたんだからね。さらには、君はもはや一個の生命体ではない。主導権は君自身の意思が握っているけど、君は君と共闘した獣や、敵だった機械たちと融合した存在)

 

「融合……。確かに、俺はあの閃光と熱風の中にいたことをおぼろげながらに憶えているが……あれの直撃を受けて生きていられる筈はない」

 

(元々ブリシンガメンの首飾りは、ただ破壊するためだけに造られたわけじゃない。万物を一旦分解してから再構築し、変革された世界を生み出すためのものだったんだ。言わば、この世界を侵していたナノウィルスの原型と呼ぶべきものかな。虚無の軍勢はそれを単なる兵器として利用しているけど、何らかの作用が起こり、君が誕生した。これは一見単なる偶然のようにも見えるけど、僕は必然だったと確信している。【星創る者】が関与していると、ね)

 

「【星創る者】か。俺もその名を聞いたことはあるが……」

 

(それよりも、君はガグンラーズの遺志を継ぎたいと思っている筈)

 

「…………」

 

 セイはロキのディスプレイを見つめた。自分の心の内を把握しているこの対話者は自分に明確な役割を与えようと導いている。実体の見えないロキの言動の上で転がされている現状が多少癪ではあったが、ロキの言っていることは自分の望みでもあるのだから、逆らう理由などなかった。

 

「そうだ。俺はそう願っている。お前なら俺の内に眠る潜在能力とやらを目覚めさせられるのだろう、ロキよ。ヘルやミッドガルズ、さらにはフェンリルに力を与えたお前なら可能な筈だ」

 

 自分はミストに甘えていた。【虚無】ではなく彼女やガグンラーズに怒りを向ければ、ガグンラーズが本気で自分の命を奪おうとしたとしても、ミストは自分を助けて赦してくれる。心のどこかでそう考えていたから、自分は【虚無】よりも侵略者に憎しみを向けていられたのだ。

 

(恩には報いなければいけないからな……いや、それだけではない。俺はガグンラーズのようになりたかったのだ)

 

(君のその言葉を待っていたよ、セイ。君自身が進んで協力してくれなければ、僕には何もできないからね)

 

 背後でかたりと音がした。セイがそちらを向くと、ロキの端末であるベビー・ロキが笑みを浮かべたままセイに目配せをし、背を向けた。

 

(ついて来い、というのか)

 

 セイはベビー・ロキのあとを追い、部屋を出た。

 

 

 

 ワルキューレ三姉妹はガグンラーズの死を悼み、機械たちなりの手段でガグンラーズの遺体を弔おうとしていた。

 

 ガグンラーズの継ぎ接ぎされたコアは完全に生命力を失っている。身体を解体したあとはこの世界の外気に内面が触れて溶けてしまう前に粉々にし、故郷のダイヤモンドの月のもとへ送り返す。

 

 ガグンラーズの母であるクイーンとヒルドは先の戦いの損傷が未だに残っており、まだしばらくは安静にしているようミストは訴えたが、ガグンラーズをいつまでもこのままにしておくのが余りにも惨めであったため、そのままガグンラーズの解体作業に取り掛かっていた。

 

 ミストの傍にいるウリボーグがか細い鳴き声を上げ、ミストの尾びれをつついた。ミストはウリボーグに声をかけ、ウリボーグが何かを指し示していることを知ると、そちらを見やった。

 

 冷たい銀色の床の上に、何時からそこにいたのであろうか、ベビー・ロキが鎮座していた。セイを導いているベビー・ロキとは別の個体である。

 

「ロキ」

 

 ミストが声をもらすと、クイーンとヒルドがはっとなってベビー・ロキの方へ振り向いた。他の多くの機械の例にもれず、ロキの存在をあまり快く思っていないクイーンとヒルドは一瞬顔をしかめたが、すぐにロキに向かって何の用で来たのかを問いただした。

 

 ロキが答える。

 

「ガグンラーズの解体だけど、それは待ってもらえないかな。まだガグンラーズには役目が残っているんだ」

 

「ロキ、ガグンラーズは私たちの大事な息子よ。あなたにガグンラーズの弔いを邪魔立てする権利などない」

 

 クイーンが反感も顕わにベビー・ロキを睨む。ヒルドもまた同様であった。ミストは少し困惑して両者を見やった。

 

「ガグンラーズのコアは確かに力尽きた。でも、その魂までもが完全に消え去ったわけではない。僕たち機械の魂というものは、生前の身体と強く結びついていてね。まあ、だから弔う時には解体して早く魂を解放させてやるんだけど……ガグンラーズの魂はそれを引き継ぐ者のために、まだ必要なんだよ」

 

「あなたの言っていることはわからないわ。ダイヤモンドの月から与えられた生命は、ダイヤモンドの月に還すのが慣わしの筈でしょう。ガグンラーズに必要なのは、安息よ」

 

 クイーンはそう言うと、ガグンラーズの亡骸の頭部を慈しむようにさすってやった。

 

 クイーンはミストと反目する必要がなくなった今、当初の目的を全うすることが必ずしも必要ではなくなったガグンラーズがこうして役目を終え、魂の安息を得ることに対して諦念に近い感情を抱いていた。別離は辛いがガグンラーズはもう十分に役目を果たしている。あとは戦いのない安らかな世界へ旅立つべきなのだ。

 

 しかし、ロキはそれを否定する。

 

「ガグンラーズが安息を得るのはまだ早い。さらにつけ加えておくと、今ガグンラーズをダイヤモンドの月に送り返したところで、ガグンラーズの魂が安息を得るのはほんの一時。【虚無】がすべての魂を喰らい尽くすまでの短い間に過ぎない。何よりも、まだ為せることがあるというのにその可能性を断たれるなど、ガグンラーズ自身が望んでいなかった」

 

 

「知った風な口を」

 

 クイーンが怒気を顕わにベビー・ロキへ詰め寄ったが、相変わらず落ち着いているロキの言葉が返ってきた。

 

「君とヒルドは、安息を得ることができずにいた動器たちの残骸をかき集め、ガグンラーズを造り出したね。ダイヤモンドの月に召される筈だった魂を死後の世界から遠ざけ、現世に留めておきながら、自分たちの手がかかっているガグンラーズに限っては早く安らかに眠らせたい、と」

 

「う……それは」

 

 クイーンは口ごもった。ロキの言うとおり、ガグンラーズに対しては他の同胞に対するもの以上の想いがある。早くガグンラーズを弔いたいというのは、力尽きる寸前であったコアと装甲をかき集め、無理やり現世に引きとめたという後ろめたい感情があってのことであり、ガグンラーズが愛しい息子であるからこそそれが際立っているのである。

 

「僕にそれを咎める気はないよ。ただ、少しはガグンラーズ本人の遺志も考えてやってもらいたい」

 

「ガグンラーズの……遺志」

 

「ガグンラーズは君たちに与えられたミストを護る騎士としての使命、それを誇りに思っていた。ミストと出会い、共に旅をするうちにそれはより確固としたものになったんだ。【虚無】という脅威と遭遇したことで、最後までミストを護りとおし――ミストだけではない、母である君たちも含まれているけどね――その役目を終えるまでは決してダイヤモンドの月のもとには帰らないと誓っていたんだ。それが志半ばで倒れてしまった」

 

「そう、ガグンラーズは自らの意志で姉さんたちを護ろうとしました。ガグンラーズは私に懇願した。クイーン姉さんを傷つけた者と戦うよう命令してくれ、と。ガグンラーズは私を護る使命を全うしてくれたけど、本心から姉さんたちを慕う、強い意志の力があったわ。ロキの言うとおり……」

 

 ミストがそう言うと、クイーンは自分が目の当たりにしたその光景を思い起こし、うつむいた。クイーンもガグンラーズの言葉を聞いている。それが最後に聞いた再会したガグンラーズの言葉であったのだ。

 

「ガグンラーズが本当に望んでいたのなら、私は止めないわ」

 

 クイーンははっと頭をあげ、ヒルドの顔を覗きこんだ。ガグンラーズにとってもう一人の母であるヒルドの眼光には揺らぐことなき決意が籠められていた。

 

「私たちは消えゆく魂を無理やり生き返らせてまで、ミストを護る騎士に仕立て上げた。だから、今度はガグンラーズの本当の望みを叶えてあげるべきじゃないかしら」

 

「本当の望み……。でも、それが真実だとしても私たちが彼に課した重荷からでた感情かもしれないのよ」

 

「ガグンラーズは再び生きる目的を与えてくれた君たちに感謝していたよ。僕が保障する」

 

 ロキの言葉に、ヒルドは頷いた。クイーンはまるで救いを求めるかのようにミストの方を見やったが、ミストもまたロキの言うとおりにした方が良いと思っていることを見抜いた。

 

 ミストもガグンラーズがこのままいなくなるのは望んでいない。無論、ガグンラーズという個人はもうこの世にいないが、ガグンラーズという存在の一部でも良いから、ずっと傍にいるのを感じていたい。これはミスト自身の望みであり、ガグンラーズを引き留める理由にはならないことを自覚していたが、少なくともロキの言葉に従いたいという意志には一役買っていた。

 

「わかったわ、ロキ。もう一度、ガグンラーズに力を与えてやって。ガグンラーズの遺志を引き継ぐ、新しい戦士と共にあるために……」

 

 クイーンは半ば諦念のような感情を覚えていた。

 

 

 

(感じる。俺の内に渦巻く多くの魂の声が)

 

 ロキが操作する機械に埋め尽くされた白い部屋の中で、セイは眠りにつきながら何度も己の意識の中で無数の邂逅を体験していた。甦るのは、苦楽をともにしてきた仲間たちの記憶。生きた証。

 

 仲間たち一人一人の誕生の瞬間から、あのゼンマイ平原での最期の戦いまで、数多の生涯がセイの中で繰り返された。

 

 その中には封印獣マルコの一生もあり、セイは巨獣軍団の中に見たマルコの声の真相を確かめようと必死に呼びかけたが、マルコは最期まで答えなかった。

 

 セイは仲間たちの他に、敵として戦った機械たちの生涯も経験した。ブリシンガメンの首飾りが放たれるあの瞬間に対峙していた機械たちの記憶。セイはこれまで憎みつづけてきた相手の内面を知った。

 

 不意に、また別の機械たちの意思がセイの中に入り込んできた。与えられた任務を忠実に果たすことだけを使命としている動器たち。やがてその動器たちの意識が収束していき、一体の騎士の意識へと集約された。紛れもない、銀狼皇ガグンラーズであった。

 

 

 

 光雨を求め、天空を飛行する艦隊の大軍勢。その中で一際目立つ無限なる軌道母艦から、一体の人型の機械が飛び出した。

 

 その機械は獣としての原型をほとんど留めてはいなかったが、腕と背中に装着されたドリルが回転し風を切るさまは、あの獣機セイ・ドリルを思わせた。

 

 重装甲の巨大な体躯からは整然とした機械の力と同時に、野を生き、風と共に駆ける獣の荒々しくも逞しいオーラ、それらを統轄する、本来セイが生きていた大海を思わせる広大な内包力。機械でも獣でもない、全く新しい存在。

 

「俺の名は獣機合神セイ・ドリガン。共に戦った獣たち、機械、それにガグンラーズよ。お前たちの魂は転生し、この世界に召喚された。俺たちが共に戦い、これから築きあげていく新しい世界に。誓おう、俺は必ずやお前たちの意志を、生きた証をこの世界に示す」

 

 獣機合神セイ・ドリガンは生まれ変わった己の同志と共に世界の空を感じた。空は透き通っており、汚染された世界ばかりを見てきたセイ・ドリガンの心は洗われるようであった。

 

 飛行するセイ・ドリガンの雄姿を見つめる一羽の白鳥の姿があった。白鳥は、セイ・ドリガンの姿に、鯨と魂を一体化させて白き虚龍に挑んだ鋼翼魚を垣間見た。

 

 同じ力を感じる――白鳥はそう思った。




関連カード

●獣機合神セイ・ドリガン
機獣・武装。
フレーバーテキストは白の章第10節。
侵略者と歌姫が手を組んだ象徴と呼ばれる。
おそらく、獣機セイ・ドリルに関連する。
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