消えゆく白の群像   作:来星馬玲

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第四十章 星のスピリット

 歌の項

 

 

 付き人に守られた歌姫が、得体の知れない機械の船の中にいる。

 窓外の空中にダイヤを埋め込んだ輝くイカが無数に漂っている。

 アンバランスな対比。奇妙に感じるかもしれないが、

 それは不思議と似合っていた。

 これから決戦の地に赴くのだということを忘れさせてしまうほどに。

 ―放浪者ロロ『異界見聞録』白の章第10節より―

 

 

 虚無の軍勢が迫っている。それは白鳥にも感じられた。

 

 周囲には穏やかな空気に満たされた夜空が広がっており、平穏につつまれていたが、徐々に接近しつつある災厄の兆候は生きる者の安息を蝕みつつある。

 

 先ほどまで共に飛んでいた獣機合神は軌道母艦から信号を受け、艦内へと戻っていった。獣機合神セイ・ドリガンは生まれ変わった己と己の同胞にこの世界を感じさせようと、護るべき空をその身に体感していたのであるが、迫りくる危機に備えさせるために、軌道母艦のロキに呼びもどされたのである。白鳥の知らないことであったが、言い知れぬ不安はその危機を把握させていた。

 

 もうすぐ決戦が始まる――果たして自分や仲間たちは生き残ることができるのだろうか。あの虚龍一体だけで自分の同胞たちは全滅寸前に追いやられたのだ。それとは比べものにならないほどの大軍勢が攻め寄せてくる。望みなど万に一つもないのかもしれない。

 

 怖い。

 

 湖で暮らしていた時、鯨と共に当てのない旅路をつづけていた時。今まで見てきた同胞の死。それをもたらした侵略者たちが現在は仲間という事実。

 

 仲間たちの命を奪った侵略者に対する恐怖は未だ消えておらず、その侵略者たちですら自分たちと協力せざるを得ない状況に追いやった虚無の軍勢の存在。その何れをも超越する、幾度となく垣間見た【虚無】――。

 

 白鳥はある者の姿を思い浮かべた。自分に勇気を与えてくれた、穏やかな燐光をまとった鱗を持つ、トビウオ。

 

 あの光る鱗の魚は、侵略者との戦いで命を落とした。しかしその志は自分の中で生きつづけている。白鳥はそう自負していた。あるいはそう思わなければ、眼前の現実から逃げることしかできなかったかつての自分に戻るかもしれないと怖れていたのかもしれない。

 

 今、白鳥は飛んでいる。自分自身の翼で羽ばたいている。あの魚に教えられた志と一緒に空に生きている。例えどのような障害が立ちはだかろうとこの心だけは変えてはならない。自分は飛ぶのだ。最後まで自分が愛したこの世界で生きるために。

 

 前方に一つの光の点が現れた。闇の中で微かに明滅している。

 

 一瞬、白鳥はそれを夜空の星と思ったが、どうも様子が違う。青白い光は中空を泳ぐようにして旋回しながら、徐々にこちらに近づいてくる。軌道母艦もそれに気がついたのか、そちらへ進路を取った。二つの思惑が空中の一点に向かって接近している。白鳥はそう考えた。

 

 光は白鳥の方を見ていた。そして、すうっと白鳥の傍へ近づき、白鳥の身体に触れた。

 

 白鳥は無数の細長いもので全身をさすられているのを感じた。間もなくその正体がわかった。

 

 青白い光を放つ宝石の周りに透き通った白い生き物の姿が浮き上がっていく。銀色の双眼の光がぽうっと灯った。その生き物は無数に生やした、紫色の斑点のある透明な触手で白鳥をまさぐっている。白鳥は不思議と恐怖を感じなかった。何故か親しみを感じる。

 

 あなただ。あなたを待っていました。

 

 その白い透き通った身体を持つ生き物――ダイヤを核とするイカが言った。

 

 白鳥はイカに対して己の疑問を投げかけた。イカは頭部の両側をはたはたと風になびかせながら答えた。

 

 あなたは星の者。私はあなたに星の魂を伝える使命を帯びて今日まで生きてきたのです。あなたにこの星の輝きをお渡しします。ついてきて下さい、星たちのもとへ。

 

 イカが空中で翻り、白鳥から遠ざかっていった。白鳥は急いであとを追う。白鳥の意思が通じたのかは定かでないが、軌道母艦が白鳥と共にイカを追い、機械の艦隊がそれにつづいた。

 

 前方に散りばめられた星の明りが映る。空に流れる川のようにたゆたい、接近する白鳥を迎え入れる。

 

 星の一つ一つが輝くダイヤであり、そのダイヤをコアにしている透き通った身体のイカが前方を埋め尽くしている。その星の命は侵しがたい清浄なる輝きに満ちていた。

 

 白鳥が突入すると同時に、機械の艦隊は星の川に入り込んだ。

 

 大小さまざまな輝き。白鳥は安堵の感情を覚えていた。自分が生まれる前、ここにいた気がする。白鳥にはわからなかったが、それは胎児が母親の胎内にいる時の感覚と似ていた。

 

 あなたは【星創る者】によって選ばれたのです。夜空を彩る星の輝きの一員として。

 

 白鳥を案内してきたイカが静止したかと思うと、白鳥を天の川の上方へと招いた。白鳥は無意識のうちに翼を羽ばたかせ、そちらへ向かう。天の川に入り込んだ機械の船の動きは非常に緩慢な動きとなり、時の流れそのものが抑え込まれているようであった。

 

 白鳥は軌道母艦が後方に取り残されていることに気がついたが、後戻りをする気にはなれなかった。自分はこの先へ向かわなければならないのだ。怖くはない。生きるために進むのだ。

 

 やがて白鳥の目前に濃い青色の魚のような姿をした生き物が姿を現した。身体の数か所に宝石を埋め込んだイルカの姿――。

 

 星は生きている。でも、この世界でその命を伝えるのは並大抵のことではない。この世界は変革を恐れているのだから。永遠に変化することのない【虚無】を望むのもまた、仕方のないことなのかもしれない。

 

 いや、自分はこうして生きている。自分もまた一つの星。【星創る者】が創造した星はこの世界に必要とされて生れてきたのだ。

 

 本当に我々は必要とされているのだろうか。君も私も、このまま【虚無】に呑まれてしまえば、もう苦悩することもなくなる。もし星が創られつづけるなら、これから未来永劫終わりなき戦いが繰り返される。君はその戦いを望むのかい。

 

 戦いは望まない。でも必要とあらば戦う。あるいは生きることそれ即ち戦いかもしれないけど、生きる、ということにはもっと別の……何か目的があると思う。確かにこうして前に進むのは生きるため。でも何故生きるのかというと、誰も戦うために戦うのではないように、生きるために生きる、というのも違う。生きる、というのはその目的を探すことなんだと思う。戦いが何かを果たすために戦うのと同じように。

 

 それじゃあ、その目的について当てがあるのかい。当てもなくただ生きているだけではないのかな。

 

 当てはまだない。だけど、自分はこれからも生きていたい。そう望むからには理由がある筈なんだ。何故生れたのか。何故生きるのか。永遠に答えなんて出ないかもしれないけど、それを諦めて【虚無】に呑まれる道を選ぶなんて、自分は嫌だ。

 

 そうか。それなら君も星の一員として認めよう。君の言うとおり、星はこの世界に必要とされて生まれてきた。この世界において星の力は微々たるものだけど、遥か未来において、その力は全世界を司るほどのものになる。……でも、その星が新たな戦いに利用される未来もくる。最後に確認しておくよ。君はそんな未来がくるとわかっていても、星の一員になるのかい。

 

 なる。今を生きるために。そして、その意味を探求するために。

 

 星を宿したイルカの全身が発光し、夜空が一瞬白色に染まった。周囲からイルカが無数に集まってきて、新しい同志が間もなく誕生するのを祝っているようだ。

 

 あなたに託します。私が護ってきた、あなたのための星の魂を。

 

 イカが白鳥に取りつき、内に秘められた星の輝きを解放した。

 

 

 

(これが星の魂というものなのか……。変だな、僕には無縁なものである筈なのに、魂なんて)

 

 ロキは困惑していた。そして、その感情を覚えている自分に気がつき、さらに得体の知れないものを見るように自分という存在を眺めた。

 

(そもそも僕は【星創る者】が名づけた【スピリット】という生き物ではない。先代の【勇者】がのちの戦いに備えて造り出したものだ)

 

 ロキは、自分が為そうと思うことを為すことが自分の使命であると自覚していた。それこそが即ち自分に設定されたプログラムであり、自分は予め決められていることを忠実になぞるだけの機械に過ぎない。

 

 自己の感情というものは認識しているが、その感情も予定調和の副産物であり、結局はある種の錯覚のようなもので自由意思は存在しない。そう考えていた。

 

(しかし、魂は変化しつづけるもの。最初からわかっている目的を目指し、忠実になぞっていくだけの存在ではない。それが僕の導きだした結論だ。その魂を内に感じる)

 

 ロキという存在には、確かに星の魂が宿っていた。軌道母艦の前方にいる白鳥がそうであるように。

 

 ただ、白鳥が宿す魂と比べて、ロキの内に現出したそれは、力強く、逞しい。白鳥が星の魂を生み出し、不安定な世界の創造に携わる存在であるならば、自分は世界を歪みから護り、綻びを紡いで万物に明確な形を与え、維持する存在。

 

(紛れもない、やはり僕は魂を持っている。これも予定されていたことなのかい、天戒機神グロリアス・ソリュート……)

 

 

 

 軌道母艦が星の川を抜け出し、程なくして機械の艦隊が追いついた。前方にはイルカやイカたちに別れを告げた白鳥の姿がある。白鳥は姿こそ変わっていないが、内に秘めし星の輝きには威厳すら漂っているほどであった。

 

 白鳥とは別に天空を舞う生き物の姿がある。それはディースの歌声によって生まれた蜻蛉、トンビュールである。その節足には天弓マクラーンが支えられている。天弓マクラーンは新たな光雨こそ得られなかったが、星の川の中を通過しているうちに、眩い輝きを放っていた。

 

(ありがとう、星の子たち。あなたたちが今まで護り抜いてきた星の輝き、それが天弓に新しい力を与えてくれました。かつて、この世界が危機に陥った際、天戒機神グロリアス・ソリュートを始めとする選ばれし英雄たちとこのマクラーンによって、世界は救われました。でも、【虚無】そのものを完全に抑え込むことは叶わなかった。そして今、【虚無】はあの時とは比べものにならないほどの脅威となり、私たちの前に立ちはだかったのです。……従来と同じ力では、【虚無】には勝てません。だから、新しく生れた星の輝き、これから変化していく魂。それがこの戦いにおける切り札となるのです)

 

 成長しないものはやがて腐っていき、【虚無】に堕ちる。それ故、新しい力でこの世界に活を入れてやらなければならないのだ。

 

 

 

 白鳥は力強く羽ばたき、前へと進んだ。

 

 その目的地は定かでないが、軌道母艦は白鳥を先導役として前進する。未来に輝く、星を目指して。




関連カード

●ランプスキッド
空魚。
フレーバーテキストは白の章第10節。

本章の冒頭の一文はこのカードのフレーバーテキスト。
清浄なる天の川を形成する群れとして登場。

●ドルフィング
空魚・星魂。
星座編に登場する、イルカ座のスピリット。
「情報戦の最先端を行くのは紛れもなく彼ら」と称される。

本章に出てきたイルカはこのスピリットがモチーフ。
まだロロの想いによって星座が創られる以前であるため、星座編のドルフィングそのものというわけではない。
また、背景世界の時系列では星座編よりも覇王編が先となる。
なお、清浄なる天の川のフレーバーテキストは覇王編よりも前の時代となるが、イラストではドルフィングが描かれている。

●魔星機神ロキ
星将・武装。
アルティメットバトルにおいて星のスピリットとして登場し、アルティメットの攻撃を跳ね返している。

本章における一場面はこのスピリットの示唆。



●清浄なる天の川
名所千選600。
発光するスピリットの群れによって形成される天の川。
ロロはここを歌姫たちと共に「空中をゆく船」で突っ切ったという。
イラストでは、ドルフィングが天の川の上を泳いでいる。
ランプスキッドのフレーバーテキスト、もしくはそれと近い時期の場面と思われる。
カードにおいては、空魚と星魂を補助する効果を持つ。

自分の小説では、発光するランプスキッドの群れという解釈。
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