消えゆく白の群像   作:来星馬玲

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第五章 鎧蛇の島

『紡がれる者たち』

 

 三姉妹の項

 

 

 

 未だ、失われていない太陽の光。照らされる珊瑚礁。海の生き物達の楽園。

 

 この平穏がこのまま永遠に続いたらいいのに。ベル・ダンディアは海中にその髪を揺らめかせ、魚達と戯れながらそんな事を考えていた。しかし、次の瞬間、一体の海獣が海流を掻き乱しながら乱入してきたことで、魚達は皆、逃げてしまった。

 

「ベル・ダンディア様。ベル・ダンディア様は何処に」

 

「どうしたのですか。ジューゴン」

 

 ベル・ダンディアは落ち着いてその海獣に応えた。

 

「申し訳ありません。実はここから少し離れた海域にも異界の門が出現し、ここまで異変が広まろうとしております。早く逃げてください」

 

「とうとう、この海にも現れてしまったのですね。ジューゴン、あなたは海の仲間達を一刻も早く集めてください」

 

「了解しました。ですが、その前にベル・ダンディア様だけでも先にお逃げください。あの異変の速度は想像以上です」

 

 だが、ベル・ダンディアは頭を振った。

 

「今こそ、私の力が必要とされる時、と存じます。私がその門へと向かい、何とか食い止めてみせましょう。その間にあなたは仲間達を鎧蛇の島へ集めてください。あそこならまだ持ちこたえることが出来るでしょう」

 

「ベル・ダンディア様……しかし」

 

「私は私の為すべきことをするだけです。さあ、ジューゴン、あなたも早く。一人でも多くの仲間を救うのですよ」

 

「……分かりました。では、ベル・ダンディア様も、どうかご無事で」

 

 ジューゴンはそう言うと、仲間を集めるべく大急ぎでその場を去った。

 

 ベル・ダンディアは周囲に隠れている魚達に向かって「あなた方も早くお逃げなさい」と声をかけ、それから遠海の方へ泳いでいった。

 

 異界の門。ベル・ダンディアはジューゴンの仲間のオッドセイの案内でここまでたどり着いた。

 

 不幸中の幸いか、この門には例の門番はいなかった。門よりもたらされた異変によって周囲の海が無機的なゼリー状の物体へと変質していく。コアの輝きを失った魚達が、半ば機械化したまま漂っていた。

 

「酷い……」

 

 ベル・ダンディアの瞳から涙が溢れ、それは濁った海水に溶け込んでいった。

 

「何としても止めなければ」

 

 ベル・ダンディアは意を決すると、きっと異界の門を睨みつけた。

 

 ベル・ダンディアの周囲に光が広がっていく。

 

「ベル・ダンディア様……」

 

 後ろでか細い声が聞こえる。

 

「オッドセイ、御苦労でした。あなたの周りに張っておいた結界もそう長くはもちません。後は急いで鎧蛇の島へお行きなさい」

 

 オッドセイは申し訳なさそうにベル・ダンディアを見返すと、その場を離れた。

 

 ベル・ダンディアと異界の門との静かな戦いが始まる。

 

 異界の力はベル・ダンディアの光に阻まれ、その蠢きを抑え込まれた。だが、依然として外へ向かおうとする力に限りは見えない。ベル・ダンディアの顔は早くも疲れの色に染まっていく。

 

 ここ数日の間、同じことを何度繰り返したことか。その度に海の生き物達は住処を追われ、徐々に追い詰められていく。これが自分の最期になるかもしれない。段々とかすれて行く己の意識の中にそんな考えが浮かんだ。ベル・ダンディアの光が弱まっていく。

 

 海流に逆らい直進してくる影。その影がベル・ダンディアの上を通過するとその前に踊り出た。

 

「ジューゴン」

 

 ベル・ダンディアは叫んだ。

 

「ベル・ダンディア様。仲間達は皆、鎧蛇の島へ向かっております。もう十分です。一緒に引きあげましょう」

 

「ジューゴン……ありがとう」

 

 ジューゴンはやつれているベル・ダンディアを励ましながら、異変によって変質した海水を鋼と化した己の角で切り開き、道を造り出す。ベル・ダンディアはジューゴンにつかまりながら、彼と共にその道を行く。鎧蛇の島を目指して。

 

 

 

 ここは鎧蛇の島の海岸。海岸には無数の石でできた塔が建っていた。その塔の一つがぐらぐらと振動し、中から巨大なヤドカリが姿を現した。

 

 ヤドカリは暫しの間、遠くの海に向かって両眼を凝らしていたが、突然甲高い声を上げた。何事かと思った他のヤドカリ達も己の塔から次々と這い出る。

 

 そこへ一頭の一角獣が駆けて来た。

 

「どうした。また侵略者共が現れたのか」

 

 だが、駆けつけた一角獣は物見のヤドカリ達の仕草をじっと見つめ、物見の伝えたいことが別にあることを知った。

 

「そうか、同胞達が向かっているのか。ならば丁重に出迎えないとな」

 

 一角獣はそう言うと安堵のため息をついた。

 

 鎧蛇の島の住人は、海の仲間達を快く受け入れた。元々、ここの住人は排他的な傾向があるのだが、侵略者という共通の敵を前にしたことで、皆の結束力はかつてないほどのものとなりつつある。

 

 ふと一角獣は遅れて海を突き進んでくる影を見つけた。咄嗟に物見の方を向いたが、物見の仕草で、それも自分達の仲間であることを知り、ほっとする。

 

 その影は海岸に辿りつくと、一気に砂浜に打ち揚げた。一角獣はその側へ急いで駆けていった。海洋で生活を営む海獣。そしてその背にいる女性は。

 

「あなたは。ベル・ダンディア様」

 

 一角獣は驚いた。慌てて、ぐったりとしているベル・ダンディアの元へ駆けよる。

 

「ああ……。アインホルンですね。ジューゴンが助けてくれました……。早く彼の手当てをしてあげなくては」

 

 ベル・ダンディアはそう言うとジューゴンの背から滑り落ちた。ジューゴンもベル・ダンディアも共に虫の息だった。

 

「なんということだ。早くこの二人を治療しなければ。急いで手当の準備を」

 

 アインホルンは側にいた銀色の小動物達に呼びかけると、自分はベル・ダンディアを背に乗せ、森林の方へ向かう。小動物達は海獣の巨体を島の内部へ運ぶわけにもいかず、まだ異変によって浸食されていない清らかな海の方へ、ジューゴンを引っ張る。

 

 島の獣達の治療のかいもあって、ベル・ダンディアは森林の中で活力を取り戻した。ベル・ダンディアは島の獣達に感謝の言葉を述べ、それからアインホルンに尋ねた。

 

「あの。ジューゴンは」

 

「あの海獣でしたら、共にこの島に来た、彼の仲間達が手当てをしております。大丈夫、意識も取り戻したそうですよ」

 

 アインホルンは彼女を安心させる為にそう言い聞かせた。

 

「そう……。良かった」

 

 ベル・ダンディアはほほ笑んだ。彼女がこの島に来てから初めて周囲に見せた笑顔。それを見ると、アインホルンは、照れくさいやら、くすぐったいやら、何故かそんな気分になった。

 

「実は私がこの島に参ったのは、仲間達を助ける為の他にも理由があるのです」

 

 ベル・ダンディアは本題をきりだした。アインホルンは首を傾げた。

 

「ミッドガルズ……彼の力がどうしても必要なのです。」

 

 その言葉にアインホルンは驚愕する。周囲の小動物達がざわめいた。

 

「なんですと、あの災厄をもたらすという大蛇の封印を解くと言うのですか。そんなこと……」

 

「ミッドガルズは確かに乱暴を働き、島の者達にも迷惑をかけてきました。ですが、本当は優しい心の持ち主なのです。私とミッドガルズは古くからの付き合いですからね。きっと私が頼めば侵略者との戦いにも協力してくれることでしょう」

 

「しかし……」

 

「お願いです。この島に封印されている彼の元へ案内してください」

 

 アインホルンはどうにかして諦めさせることは出来ないかと思ったが、ベル・ダンディアの真剣な面持ちを見つめているうちに、その考えが薄れて行った。やがて、アインホルンはしぶしぶしながら言った。

 

「承知しました。では、私が案内を致しましょう。着いてきてください」

 

 アインホルンはそう言うと島の中央の火山がある方角へ向かって歩き出そうとした。

 

 その時、海岸の方で爆音が響き渡った。辺りが激しく振動する。ベル・ダンディアとアインホルンが海岸の方を振り返る。小動物達が慌てふためき、中には森林の奥へ逃げ出す者もいた。

 

「奴らか。何だ、この振動は。今までとは様子が違うぞ」

 

 ベル・ダンディアはさっとアインホルンの方に振り返ると、強い意志を込めた眼差しで彼を見た。

 

「急いでください。この島を救う為にも今すぐにミッドガルズの封印を解かなければ」

 

 アインホルンは彼女の強い眼差しに押され思わず頷く。

 

「ミッドガルズはこの島の休火山の噴火口に封印されております。さあ、こちらへ」

 

 二人は島の火山に向かって、先を急いだ。

 

 島を襲撃したのは、二体の巨大な怪鳥、それに青い装甲を持った人型の兵隊の集団だった。未だかつて見たことのない強大な侵略者を前にしても、島の獣達は果敢に立ち向かう。ジューゴンをはじめとする海の住人達も、侵略者を撃退するべく懸命に戦う。

 

 恐ろしいことに地上の侵略者達は島の内部の方から出現した。すなわち、この島のどこかに異界の門が出現したということになる。

 

「おい、誰か、アインホルン達にこのことを知らせるんだ。何とかして奴らの出所を突きとめないことにはこちらが不利だ」

 

 ジューゴンの叫びに応え、鋼と化したモモンガルが森林の中を木から木へと飛ぶ。

 

 一体の怪鳥がジューゴンの頭上をかすめる。

 

「おのれ、侵略者。お前達の好きにはさせないぞ」

 

 今の戦力ではこの怪鳥達には到底太刀打ちできない。ジューゴンは迫りくる青い兵隊たちに備え、身構える。

 

 物見のヤドカリ達が右往左往する中に怪鳥が急降下を仕掛けてきたかと思うと、凄まじい衝撃波によって物見が住居としている石の塔が次々と粉砕される。再び上昇する怪鳥。その両足には二体のヤドカリが掴み上げられていた。

 

 誰もがヤドカリ達の最期を悟った。だが、次の瞬間。

 

 彼方より飛来する、怪鳥よりも大きな影。銅を思わせる色彩の体を持つ、巨大な飛龍が飛来した。

 

 新たな侵略者の出現。地上の獣達はそう思い怯えた。

 

 ところがその飛龍は、ヤドカリを両足の爪で掴んでいる怪鳥に正面から衝突したのである。怪鳥は思わずヤドカリ達を放し、ヤドカリは海に落ちていく。

 

 飛龍は怪鳥が態勢を立て直す前に方向転換をすると、墜落していくヤドカリ達を素早くその足に掴み、海岸に下ろした。

 

 敵も味方も唖然とした。飛龍の容姿は、あの怪鳥達よりも侵略者らしい。それなのに、飛龍はこの世界の生き物に協力し、あの怪鳥の方が侵略者としてこの世界の生き物を襲っている。

 

 飛龍は上空の怪鳥へ向かって突っ込んでいく。

 

「仲間なのか。あの飛龍は……」

 

 ジューゴンは眼の前の青い兵隊達の存在にはっとなり、言葉を切った。

 

 そうだ。何よりも今はこいつらを撃退することが先決だ。

 

 突如出現した上空の仲間に勇気づけられた獣達は、一丸となって侵略者に立ち向かう。

 

 

 

 火山の噴火口を目指して先を急ぐ、ベル・ダンディアとアインホルン。火山の中腹まで差し掛かった時、突如二つの機人が現れ、行く手を遮った。肩から大型の筒を生やしたこの銀色の機人達にベル・ダンディアは見覚えがあった。

 

「この者達は……。前に門から出てきた侵略者」

 

 二体の機人はアインホルンの足元に向かって砲弾を放った。避けきれず、アインホルンは中空に吹き飛ばされた。ベル・ダンディアも放り出される。

 

 すぐさま立ち上がったアインホルンがその機人達に向かって鋼の角を突き立てる。

 

「ベル・ダンディア様、この侵略者どもは私が喰い止めます。噴火口はすぐそこです。あなたは急いでミッドガルズを」

 

「はい。アインホルン、どうか気を付けて」

 

 ベル・ダンディアは起き上ると、一人で頂上を目指して這って行く。

 

 アインホルンは悔しかった。ベル・ダンディアを一人で先に進ませることしか選択できない己の無力さが。しかし、この二体の機人を相手に自分ができることは精々、足止め程度であろう。

 

 幸い、機人達はベル・ダンディアには構わず、あくまでアインホルンに向かってきた。

 

「よし、いい子だ。お前達の相手はこの私だ」

 

 アインホルンと機人達の戦闘が始まる。

 

 

 

 一方、ベル・ダンディアは噴火口のすぐ近くまで辿り着いていた。彼女は周囲に注意を払う。

 

(とにかく、ここの封印が結ばれている印を見つけなければ)

 

 噴火口を覗こうとしたベル・ダンディアは、後ろに何者かの気配を感じ、咄嗟に振り返った。

 

 そこには、無機的な色彩を帯びた赤子がいた。赤子の背中には腕を二つ繋げたような物体が張り付いており、その先端にはそれぞれ鉄球が付いている。

 

「あなたは……侵略者なの」

 

 その言葉を聞くと赤子は笑みを浮かべた。邪悪な笑みだった。

 

 ベル・ダンディアが思わず、後方に下がると、赤子は鉄球を振り上げた。

 

 危ない。振り下ろされた鉄球を間一髪で避けると、ベル・ダンディアは身構えた。

 

「そう。あなたも侵略者なのね」

 

 笑みを浮かべたまま襲いかかる赤子。ベル・ダンディアは両手に光を集め、それを強い熱量を伴った矢に変え、赤子に向かって放つ。だが、赤子はその光の矢を難なく弾いてしまった。

 

 襲い来る赤子から逃れるべく、ベル・ダンディアは噴火口の中の方へ滑りおりていく。赤子がしつこく追いすがる。

 

「あった、印だわ」

 

 ベル・ダンディアは、蛇の紋章が描かれた岩に向かって急いで這っていく。その岩の前に辿り着いた時、後ろであの鉄球が空を切るのを感じた。ベル・ダンディアは慌てて、よこに転がって、これを避ける。

 

 振り下ろされた鉄球が紋章の描かれた岩を粉々に砕いた。

 

「あ、印が」

 

 途端に大地を揺さぶる振動が起こる。噴火口の内部が次々と崩れて底知れぬ深淵に呑み込まれていった。ベル・ダンディアと、赤子の姿をした侵略者も足場を失い、その深淵に呑み込まれていった。ベル・ダンディアの悲鳴が、火山の内部に木霊する。

 

 突然の火山の噴火。島のあちこちで侵略者と戦っている者達、そして侵略者達ですら一瞬その動きを止めた。

 

 ミッドガルズが封印されたその日から鎧蛇の島の火山は活動を休止していたのだ。それが、今になって突然噴火したということは……。

 

「じゃははははは。娑婆だ娑婆だ。久方ぶりの娑婆だ」

 

 島全体に響き渡る甲高い声。紛れもない、この島の暴君と呼ばれた者、鎧蛇竜ミッドガルズであった。

 

「この俺の封印を解いてくれるなんて、どこの愚か者かと思ったが、まさかあのロキだとはなあ。おまけにそこへ居合わせたのが、ベル・ダンディア嬢だと。こんな愉快なことは生れて初めてだわ」

 

 ミッドガルズの頭部に捕まっていたベル・ダンディアが彼に言う。

 

「ロキですって。まさか、そんな。一体どう言うことなのですか。ミッドガルズ」

 

 ミッドガルズは満面の笑みを浮かべると、ベル・ダンディアに言った。

 

「嬢よ。あなたを襲ったベビー・ロキは、ロキが遠隔操作している端末だったのだ」

 

「あの、赤子が……」

 

「なに。単なるロキの悪い冗談さ」

 

 ベル・ダンディアがはっとなり、ミッドガルズに言う。

 

「いけない。ミッドガルズ、急いで島を襲っている侵略者達を……」

 

 だが、ミッドガルズは僅かに首を振り、こう言った。

 

「いや、もうその必要もなさそうだ。この島の者達は、あなたが思っているよりもずっと強い。見たまえ、嬢」

 

 ベル・ダンディアがミッドガルズの背に捕まったまま、上空から島全体を見渡した。

 

 結束した獣達の前に、追いつめられる侵略者の一軍。海岸沿いでは、あのジューゴンやオッドセイなど、海の仲間達や、物見のヤドカリ達が、青い侵略者達を次々と撃退していた。森林のあちこちでも森の獣達が、侵略者達を追い込んでいく。

 

 火山の中腹で機人達と戦っていたアインホルン。形勢は不利だと思われたその戦いも、モモンガルが集めた仲間達の働きもあり、その先にある門の側まで機人達を追い込んでいた。

 

「あ、あれは」

 

 この侵略者達にとっての重要戦力となっているのであろう、天より飛来する二体の怪鳥。その怪鳥の片方を、今、一体の飛龍が破壊したところであった。

 

「ヴァルキュリウス」

 

 もう片方の怪鳥は、もはや勝ち目はないと判断したのだろう。一声金切り声を上げるとそのまま彼方の空へと撤退していった。その声を聞いた他の侵略者達もすべて、門へと撤収していく。

 

「みんな、ありがとう……本当にありがとう」

 

「さてと、俺は自分の用を済ませにいくとするか」

 

 そう言うやいなや、ミッドガルズは火山のふもとの森のあたりに頭部を向けると、その森へと潜り込んでいった。ベル・ダンディアは振り落とされないようにと、必死にミッドガルズに捕まる。

 

「ロキの端末よ。そこにいるのだろ。出てこい」

 

 ミッドガルズの声に応え、先ほど火山に落下していった筈のあの赤子……ベビー・ロキが草むらをかき分けて現れた。

 

 それを見つけると、ミッドガルズはベル・ダンディアには内容を理解できない、奇妙な電子音声でベビー・ロキに話しかけた。

 

(ロキよ、聞かせてもらおうか。お前の目的を)

 

 ベビー・ロキが同じく、電子音声でミッドガルズに答える。

 

(ミッドガルズ。我が愛しい息子よ。よく眼覚めてくれたね)

 

(息子だと。道化め。あいにくだが、俺の方ではお前のことを親だなどとは思ってはおらぬわ。望みもせぬ機械の体を与えられたこの恨み、片時も忘れたことはない)

 

(言ってくれるなあ、ミッドガルズ。君の為を思ってしたことなのに)

 

(御託はいい。要点だけ聞かせてもらおうか)

 

(ああ、分かったよ、ミッドガルズ。実は間もなくこの世界に【虚無】が現れる)

 

(【虚無】だと。生きている間に再びその名を聞く時が来ようとは夢にも思わなかったぞ)

 

(そう、【虚無】の名を口にするのは我々の間でもタブーでね。オーディーンやトールにこのことを言ってもてんで相手にしてくれない。僕の友人のスルトですら知らんぷりだしね)

 

(そうか。それでオーディーン達は侵略者としてこの世界を狙っているのか)

 

(あいつらは焦っているんだ。一刻も早く、この世界を力で以て制圧し、ソールの歌声を利用して、この世界に機械化された調和と結束の力を与え、来るべき【虚無】を迎え撃つ為の拠点としなければならないとね)

 

(ソールを利用するだと……。だが、お前も見ただろう、この世界の獣達の力を。勿論、お前の同胞達がもたらした機械の力も一役かっているがな)

 

(そう。だが、僕の同胞達は、完全に機械化され、完成された力でなければ【虚無】には太刀打ちできないと考えているんだ。その為には一片の汚点も許されない、完成された世界が必要だとね。ソールを利用する話だって、彼女が従わなければ、迷わず消滅させるつもりらしい)

 

(それはまずいな。ソールにはこの俺とて恩がある。むざむざと見捨てるわけにはいかぬ)

 

(それを聞けたなら、僕が言うことはもうない。君には僕の同胞達からソールを守りぬいて欲しいんだよ。もちろん、君だけの力ではいささか不安だから、ヘルやフェンリルにも起きてもらわないと困るけどね)

 

(ふん。言っておくが、俺はお前の頼みなどを聞くつもりはない。ただ、ソールへの恩を返さなければならない。あのお方の為に、俺は戦おう)

 

(分かってくれて嬉しいよ、ミッドガルズ。全く、言い方が素直じゃないなあ……)

 

 電子音声がぴたりと止むと、それきりベビー・ロキは動かなくなった。

 

「いけ好かない奴だ」

 

 ミッドガルズが吐き捨てた。

 

「ミッドガルズ。何か分かったのですか」

 

 ベル・ダンディアが問う。

 

「まず、こちらから問おう。嬢よ、あなたは、これから俺にどうしてもらいたいのだ」

 

「それは……。実はあなたには、私を連れて、この世界を治めるソール様のもとへ向かってもらいたいのです」

 

「ほう。それから」

 

「はい、それから、ソール様の許可を頂いて、塔の古井戸に眠るヘルの封印を解き、ヘルの力でかの地のフェンリルを目覚めさせてもらうのです」

 

 そこまで話を聞いていたミッドガルズが天地を揺るがすほどの大声で笑った。

 

「嬢、あなたは何もかも分かっていらっしゃる。ロキめ。とんだ無駄足だったな」

 

 ベル・ダンディアにはミッドガルズの言うことがよく呑み込めなかった。

 

 

 

 

 アインホルンが侵略者達の拠点となっていた門を発見し、これを破壊したことで戦いは終わった。仲間への被害も大きかったが、今回の勝利で、島には活気が戻っていった。

 

「それでは、ソール様の元へ……」

 

 アインホルンが言う。

 

「ええ。侵略者達も本腰を入れてきているらしいのです。こちらも早く迎え撃つ準備を整えなければ」

 

 ベル・ダンディアがそう答える、海から潮風が吹いてきて、彼女の長い髪が揺らめいた。

 

 あの戦いが終わった後、浜辺では海の仲間達と島の獣達が語らい、賑わっていた。

 

 ベル・ダンディアは傍らにいる飛龍に向かって手を差し伸べ、その金属質の頭を優しくなでた。

 

「ヴァルキュリウス……すっかり変わり果ててしまって」

 

 ヴァルキュリウスにはもはや、元の面影がほとんど残っていなかった。かつてベル・ダンディアをその背に乗せて共に空を旅した、飛龍ヴァルキュリウス。ヴァルキュリウスは無機的な音声の鳴き声を小さく響かせた。

 

 ジューゴンがベル・ダンディア達の元へ這いあがってきた。

 

「ベル・ダンディア様。ソール様の元へ向かうと聞きましたが……」

 

 ベル・ダンディアは、ジューゴンに向かってほほ笑んだ。

 

「そうです。ミッドガルズがロキから聞いたという話によると、ソール様の身にも危険が差し迫っています。それにヘルとフェンリルの力も借りなければなりません」

 

「……。分かりました。どうかお気をつけて、ベル・ダンディア様」

 

「あなたもね、ジューゴン」

 

 それからベル・ダンディアは両手を広げるとこう言った。

 

「星導く使者たちよ。私のもとへ」

 

 すると、海の中から無数の星型の生物、ヒトデムが浮かび上がり、ベル・ダンディアの元へと集まって来た。

 

「あなた方には、重要な任務をお願いしたいのです。今すぐ、この世界に散らばり、皆に呼びかけるのです。この世界のすべてに、例外なく危機が迫っている。間もなく、皆の元に、歌姫の歌声が届けられる。今こそ力を合わせ、侵略者たちに立ち向う時、と」

 

 ヒトデム達ははたはたと体全体を動かし、了解の意を示した。

 

「ありがとうございます。あなた方の働き、期待しております」

 

 それから、ベル・ダンディアは二体のヒトデムを近くに招き寄せた。

 

「あなた達には、これから、鎧装獣の王、ベア・ゲルミルの元へ向かってもらいます。そこには、私の姉のウル・ディーネ、それに妹のスクルディアがいる筈。その二人に一刻も早くソール様の元へ赴くよう、伝えてもらいたいのです」

 

 ヒトデムは仕草でこれに応じた。

 

 それから、ベル・ダンディアは、ヴァルキュリウスの方へと向き直った。

 

「ヴァルキュリウス。あなたにはこの島にとどまり、島を守ってもらいたいのです」

 

 ヴァルキュリウスは、無機的な音声を響かせ、応える。

 

 そこへ、島を覆うほどの大蛇、ミッドガルズが割って入った。

 

「では、嬢。名残り惜しいだろうが、そろそろ向かうとしようか」

 

「ええ。ミッドガルズ。では、参りましょうか」

 

 ベル・ダンディアが大蛇の背に這いあがる。

 

「待ってください、ベル・ダンディア様。私も共に参ります」

 

 そう叫んだのはアインホルンだった。

 

「アインホルン……、でも」

 

「俺は別に構わないぜ。乗りな、若いの」

 

 ミッドガルズが言った。すぐさまアインホルンは前足から一気にミッドガルズの上に飛び乗る。

 

「アインホルン……、これから向かう先ではおそらく、これまでよりも激しい戦いが待っているのです。あなたにはこの島にとどまって仲間達とここを守ってもらった方が……」

 

 だが、アインホルンは意を決した眼差しでベル・ダンディアを見て、こう言った。

 

「私の力では微々たるものでしょう。ですが、少しでも、あなた様や、ソール様のお力になりたいのです」

 

 ベル・ダンディアとアインホルンが見つめ合う。

 

「この一角獣は嬢の為に戦いたいのだとさ。連れていってやりな、嬢」

 

 ミッドガルズがそう言うと、アインホルンは思わず赤面し、頭を伏せた。その様子を見て、ベル・ダンディアも微かに頬を染める。

 

「アインホルン、あなたのお力添え、感謝致します」

 

 すると、ジューゴンがアインホルンの側に這って行って、こう呟いた。

 

「アインホルン、どうかベル・ダンディア様を守ってくれ」

 

 そう言うジューゴンの顔はどことなく悔しそうでもあった。アインホルンは頷いた。

 

 二人を乗せると、島を覆っていた大蛇はゆっくりと浮かび上がった。それに呼応するかのようにヒトデム――星導く使者達も大蛇の周囲に浮かび上がる。

 

 ベル・ダンディアとアインホルンが仲間達に別れを告げる。大蛇は天空にその体を伸ばすと、ソールの住まう塔のある方角を向いた。

 

 ベル・ダンディアは上空から島を見渡した。

 

 破壊された島を立て直す獣達。新しい石の塔をいそいそと彫り出す物見のヤドカリ達。海辺では、今までベル・ダンディアと苦楽を共にしてきた仲間達が、彼女を見上げていた。名残惜しそうにしているジューゴンの姿も。

 

 ベル・ダンディアの側を機械の飛龍が飛ぶ。飛龍ヴァルキュリウスは作りものめいた鳴き声で別れの言葉を伝える。

 

「みんな……さようなら。また逢う日まで」

 

 ベル・ダンディアが呟く。

 

 ミッドガルズは全身に力を込めると、ベル・ダンディアとアインホルンを乗せたまま、ソールの住まう塔を目指して飛び立った。

 

 それと同時に、周囲のヒトデムの集団も各地へ散らばって行く。それぞれの目的を果たす為に。

 

 

 

 星導く使者。

 危急告げるため、かいくぐる放火。

 誘う先は、叡智秘めし三姉妹。




関連カード


●ベル・ダンディア

叡智極めし三姉妹の次女である魔人。
北欧神話におけるベルダンディは現在を司る。
カードでは三姉妹が揃うとコアステップでコアを増やすほか、巨獣を回復させる効果を持つ。

イラストでは水中の珊瑚の傍で魚と戯れている様子が描かれているので、
海の生き物と暮らしていたという設定で登場。
他の姉妹と同様に、物語における重要人物。

●海獣ジューゴン

硬い角を使って同胞を導く、海獣。

本章では変質した海水を角で切り開きながら、前進する。
ベル・ダンディアとはともに海で暮らしていた。

●オッドセイ
主を守護する使命を課される機獣。
その名前の通り、オットセイがモチーフ。

●タワーミットクラブ
湾岸線で侵略者を警戒しているヤドカリ。
見張り台を住処にしている。

本章では、鎧蛇の島の物見として登場。

●一角獣アインホルン
異界の門を破壊する活躍をしたことからか、勇者と呼ばれている。

本章では鎧蛇の島の獣として登場。ベル・ダンディアのお供となる。

●鎧蛇竜ミッドガルズ
北欧神話ではロキの息子であり、世界を覆うほどの大蛇。
フレーバーテキストでは、歌姫の歌に応えた生命たちの中心となり、塔へ通じる谷間で侵略者たちとの決戦に備えている。
イラストでは島が描かれており、火山から噴煙が昇っている。

自分の小説に登場する鎧蛇の島は、鎧蛇竜ミッドガルズのイラストに描かれている島がモチーフ。

●モモンガル
フレーバーテキストは白の章第2節。

本章では鎧蛇の島の住人として登場。

●ウィンガル
鳥の姿をしているが系統:武装のスピリット。
フレーバーテキストによると、門は天と地上の双方に現れているらしい。
ウィンガルに関しては地上の門から舞い上がっていると思われる。

本章における二体の怪鳥はウィンガル。
カードのイラストにおいてもウィンガルは二体描かれている。

●バーサーカー・マグナム
バーサーカー・ガンの強化型と思しき動器。
フレ―テキストは白の章第8節。歌姫の塔を攻撃する際の主力となっているらしい。

本章における「青い装甲を持った人型の兵隊の集団」とはバーサーカー・マグナムのこと。
固有名詞はなく、無数に登場する。

●デュアルキャノン・ベル
門と共に現れる侵略者。
門を守護している。

本章の「肩から大型の筒を生やしたこの銀色の機人達」とはデュアルキャノン・ベル。

●ベビー・ロキ
フレーバーテキストは白の章第4節。
ロロの放った渾身の一撃をあっさり跳ね返している。

自分の小説では、ロキと名乗る存在が遠隔操作している端末として登場。
なお、フレーバーテキストのエピソードは後の章で出てくる。

●飛龍ヴァルキュリウス
肉体を機械にのっとられ、機竜となった龍。
それでもくじけずに侵略者と戦っている。

本章ではベル・ダンディアの親友として登場。
外見からは元の面影がほとんど残ってはいなかった。

●ヒトデム
「星導く使者」と称されるヒトデ。伝令の役割を担っているらしい。
このカードのフレーバーテキストにおいて、「叡智極めし三姉妹」という記述が出てくる。
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