消えゆく白の群像   作:来星馬玲

6 / 46
第六章 姉弟

『白銀の竜騎』

 

 

 虚無の項

 

 

 

 天空を横切る白き龍。白夜の地を治める慈悲深き帝と称される、空帝ル・シエル。そしてその背には帝に忠誠を誓う白き騎士ヴァルグリンドの姿もあった。

 

 この地にある白夜の虚空の異変。それを抑え込むことが彼らの任務である。先に調査をした者の話では、空間の歪みが破れ、抑圧されていた【虚無】が噴き出したらしい。

 

 なんとしても【虚無】を封じなければならない。固い信念を胸に秘め、ル・シエルとヴァルグリンドは白夜の虚空を目指す。

 

 白夜の虚空の裂け目に到着すると、ル・シエルはその側の宙に止まり、これと対峙する。予想していたよりも、空間の裂け目が大きい。白夜の虚空は妖しく蠢き、周囲にこの世のものならぬ瘴気を吐き出している。

 

「ヴァルグリンド、余がこの空間を固定する。汝はこの空間の綻びを繋ぎ合わせよ」

 

「かしこまりました。帝」

 

 ル・シエルの口から白銀の閃光が放たれた。閃光が白夜の虚空とル・シエル達を大蛇の様に動きながら取り囲むと、白夜の虚空の蠢きが弱まっていく。ヴァルグリンドがル・シエルの背より浮かび上がると、手慣れた動作で【虚無】の封印に取りかかる。

 

「む。なんだ、あれは」

 

 ヴァルグリンドが呟いた。空間の歪みより浮かび揚がる二つの光球。その二つの光球は一瞬浮かび上がったかと思うと、ゆっくりと下に落ちて行く。

 

 あわや、ル・シエルの放った閃光に触れそうになったが、すんでのところで、ル・シエルが左腕を差し出し、二つの光球を受け止めた。

 

「帝よ、それは一体……」

 

 空間を繋ぐことに掛かりきりであった、ヴァルグリンドがル・シエルに尋ねた。

 

「これは、小さき命。この世の者ではないな。大方、隣り合う世界より迷い込んだのであろう」

 

 ル・シエルは自分が受け止めた存在――既に光を失っている二人の赤子を見定めながら言った。

 

「なんですと、それでは、今すぐにでもその者らを【虚無】にお戻しにならなければ」

 

 ヴァルグリンドに焦りの色が見られた。

 

「【虚無】に還すだと。この無力な、罪なき命を」

 

「ですが、帝よ。もしもその者らをお連れになれば、神のお怒りに触れることとなりましょう。」

 

「神か。余と神の不仲は汝も知っておろう。神が異界の者の存在を容認できないからといって、余がそれに服従する道理などないわ」

 

「確かに、民の多くは神よりも帝を慕っております。しかし、これ以上、神をお刺激なさると、帝ご自身の御身が危ういかと……」

 

「余はあの様な神に跪く気などないぞ。これは、余の決めること。この者達はあまりにも無力な存在だ。この場で出会ったのも何かの縁であろう。余はこの者らをこの世界の住人として育てる。依存はあるまいな」

 何時になく、確固とした信念を見せるル・シエル。ヴァルグリンドには、何故、ル・シエルがそこまでこの異界の小さき命に固執するのか分からなかった。

 

「……は。かしこまりました」

 

 ヴァルグリンドには、それ以上何も言えなかった。

 

 ル・シエルによって救われた双子の姉弟。そもそも片方が姉なのか妹なのか正確には分からないのだが、ル・シエルが私的に藍紫の地の帝である、オプス・キュリテに尋ねたところ、オプス・キュリテがそう決めたのである。

 

 オプス・キュリテはこの世界の最長老であり、他の地を治める帝や、一部の神ですら頭があがらないと言われている賢人でもあった。

 

 姉の方はハク、弟の方はクウと名付けられた。名付け親はオプス・キュリテである。ル・シエルの方には、少々不満もあったのだが、オプス・キュリテにはいささか頑固な面もあるので、しぶしぶしながらも従った。

 

 ハクは成長するにつれ、自分を救ってくれたル・シエルに対する思惟の念を強めていき、ヴァルグリンドと同じ、帝を助け、その半身と称される竜騎となることを心に決め、日々の鍛錬を怠らなかった。

 

 弟のクウもル・シエルを慕っていたのだが、彼は生まれつき体が弱く、ル・シエルは【虚無】の瘴気が度々はびこるこの世界の環境に、彼が耐えられないのではと危惧していた。

 

 

 

 各地を統治する帝。その帝の上にはそれぞれの神がおり、その地域を【虚無】より守り、世界そのものを支えるという役割が神にはある。

 

 【虚無】が何故この世界に出現したのかは定かではない。ただ、神々と、闇帝オプス・キュリテなど、ごく一部の者は何かを知っているらしい。

 

 白夜の地を支える役目を担う神と帝は折り合いが悪かった。この機械化した体を持つ白の神は、機械的に管理された世界の創造を行い、その妨げとなる存在があれば、同胞でも容赦なく切り捨てた。

 

 その行いは他の何柱かの神にとっても冷酷なものとして映ったが、他の神の地域への干渉は、原則として禁じられていた。

 

 各地域の交流は、精々、帝やその側近の竜騎たちが集う円卓における情報や意見の交換程度にとどまる。

 

 白の神にとって度々意見の食い違うル・シエルは気に入らない存在でもあったのだが、帝を信望する民は多く、また、神を支える神将にまで密かにル・シエルに賛同する者がいたため迂闊に切り捨てることは叶わなかった。

 

 この時点で既に、白の神の望みがこの世界の維持ではなく、何かもっと別の――具体的には分からないが――ものであることにル・シエルは気付いていた。

 

 相次ぐ【虚無】の出現の多発。白の神の不穏な動き。両者には何らかの関連性があるというル・シエルの洞察は、後にル・シエル自身への悲劇に繋がることとなる。

 

 姉弟の別れのきっかけは些細なことであった。ある日、ハクの弟のクウが、神に対するちょっとした愚痴を口にしたのが、神の手の者の耳に入り、その者が神に告げ口をしたのである。

 

 これには、日頃から神のことを快く思っていなかったル・シエルがハクやクウ達に神のことを語る際、露骨に悪い印象を与えていたことも大きく関わっている。ル・シエルは後に酷く後悔することとなる。

 

 ル・シエルが住まう皇室に突如、ル・シエルに仕えているもう一人の竜騎、アルブスが武器を構えて乗り込んで来たのである。

 

「無礼な。アルブス、これは何のまねだ」

 

 ヴァルグリンドが怒りをあらわにしてアルブスと対峙した。

 

「神の御命令だ。即刻、帝がかくまっている異世界の者の身柄を此方に引き渡してもらおう」

 

「神だと……」

 

「そうだ。ヴァルグリンドよ、お前も従え。もはや取り返しのつかないところまで来ているのだ。これ以上神を刺激なさると、我らが仕えている帝の御身までもが危険にさらされるのだぞ」

 

 ヴァルグリンドは、項垂れると、黙ってアルブスを通した。

 

「姉上、怖い……」

 

 クウが思わずハクにしがみ付く。二人は、ル・シエルによって、皇室の奥の隠し部屋にかくまわれていた。

 

「クウ。黙っていて。きっとル・シエル様が助けてくれます」

 

 クウには自分のしたことがこの一大事を招いたのだということがようやく分かった。このままでは姉やル・シエルまで巻き込んでしまう。ひょっとしたら自分一人が犠牲になれば姉とル・シエルを救えるのかもしれない。だが、クウはアルブスの元へ出て行く勇気が持てなかった。

 

 壁を突き破る重い音。姉弟がはっとなり、そちらを向く。そこにはアルブスの姿があった。

 

「やはりここにいたか。帝には悪いが、お前達には消えてもらう。その方がこの俺にとっても何かと都合が良いのでな……」

 

 アルブスが銃を構える。クウが悲鳴を抑え、ハクに顔を押し付ける。ハクはきっとアルブスを睨んだ。固い信念を秘めた強い眼差し。

 

「その眼だ、その眼が気に入らない。ようやく、神の命でもってお前達を消滅させることができる」

 

 アルブスの銃から閃光が放たれる。その刹那。

 

 ル・シエルが姉弟とアルブスの間に飛び出し、アルブスの放った閃光をその身で以て弾いた。アルブスとル・シエルが真正面から睨みあう。

 

「帝。これは神の厳命であられる。例えあなた様でも、従っていただかなければならないのですよ」

 

 アルブスはあくまで平然としていた。ル・シエルがおもむろに口を開く。

 

「アルブス。この者らに罪はない。あるのはこの余だ。余が自ら神の元へ出向こう。そして余が神より裁きを受ける。」

 

「なんですと。そんな事……」

 

 アルブスが言いかけた時。突如、ヴァルグリンドがアルブスとル・シエルの横をすり抜け、姉弟の前に立ちはだかる。

 

 ル・シエルとアルブスが思わずそちらに顔を向けた時、ヴァルグリンドは悲鳴を上げているクウを持ちあげていた。

 

「ヴァルグリンド、何をしている」

 

 ル・シエルが叫ぶ。ヴァルグリンドは黙ってアルブスの前に近づいた。

 

「ほほう。ヴァルグリンド、我が同士よ。お前は実に物分かりがいい」

 

 だが、次のヴァルグリンドの行動を見て、アルブスもル・シエルも、思わずあっと言った。

 

 ヴァルグリンドはクウを中空に放り投げると、その場に小規模な次元の裂け目を造り出した。クウはその裂け目に、音も立てずに呑み込まれていき、消失した。

 

「帝よ。どうかお許しください。こうする他なかったのです」

 

 ル・シエルはヴァルグリンドを見据えて、押し黙っていた。ヴァルグリンドはアルブスの方へ振り返るとおもむろに告げた。

 

「アルブス。この通り、神の名を傷つけたクウはどことも知れぬ異界へと追放した。帝やハクに責任はない。私が神の裁きを受けよう」

 

 アルブスは茫然としていた。

 

(この様な事、そのまま神に報告出来るものか。俺の責任が問われるわ)

 

 アルブスはヴァルグリンドに向かって言う。

 

「神の名を傷つけた者は俺の手で消滅させた。神にはそう伝える。そこにいる娘は、まあ、今回は見逃しておこう」

 

 それだけ言うとアルブスは背を向け、その場を去った。

 

 ヴァルグリンドがル・シエルの前に跪く。

 

「帝。申し訳ありません。どの様な罰であろうとも、甘んじてこの身に受けましょう」

 

 ル・シエルはヴァルグリンドを見降ろすと、こう言った。

 

「よい。よいのだ、ヴァルグリンド。汝は余とハク、それにクウをアルブスの手から救ったのだ。感謝している、ヴァルグリンド」

 

 ハクは押し黙っていた。頬を涙がつたう。いつか竜騎となって、ル・シエルの為に生きると誓ったあの時に、もう泣かない、弱音も吐かないと誓ったのに。

 

 突然、ハクは火が付いたように泣きだした。ル・シエルとヴァルグリンドがハクを見つめる。二人とも、ハクに対して、何も言えなかった。

 

 

 

 一面の銀世界。無機的な雪によって覆われたこの地上で、プラチナムは眼を覚ました。

 

(夢……か。竜騎となり、体を機械に変えた今となっても、こんなものを見るというのも、不思議なものだ)

 

 ヴァルグリンドが、空間を操ることができるというその能力を神に買われて神将となり、後釜として、神の指名によってハクが竜騎に選ばれた。

 

 何故、自分のことを快く思っていないであろう神が、自分を帝に仕える竜騎として指名したのかは分からない。ハクは慣習に従い、機械の体を与えられた。

 

 その後、帝は【虚無】に呑まれたことで、心を失い、神の保護下に置かれることとなった。

 

 この世界の調査を神によって命じられたプラチナムは、内心不承でありながらもこれに従い、この世界におもむいた。そして、この世界を調査していくうちに、プラチナムはあることを知り、驚愕した。

 

 弟が生きていた。この世界の道化に身をやつし、歌姫であるソールを始めとする氷の姫君達に奉仕する存在として。

 

 素顔は分からなかったが、双子の弟であることが、プラチナムには分かった。もっとも、今の立場上、直接顔を合わせることなど、到底叶わないが……。

 

 ダイヤモンドの月に照らされた夜空を、二つの星型の影が横切った。プラチナムにはそれが何であるのか分かっていた。

 

「星導く使者か……。いよいよ、この世界の獣たちも本格的に動きだすというところかな……」

 

 プラチナムがそこまで口にした途端、周囲から獣達が飛び出した。プラチナムは驚いた。まさか、自分に気配を感じさせない獣がいようとは。

 

 背に大筒を乗せた機械の狼の群れ。赤い者もいれば、一際大きい青い者もいる。

 

「獣達よ。私は侵略者では……」

 

 プラチナムは思わず言葉を切った。何かが違う。この狼達からは生気がまるで感じられないのだ。では、侵略者か。いや、違う。私は知っている。この獣達と同じ様な存在を……。

 

「久しぶりだな。プラチナム」

 

 背後で声がした。プラチナムは振り返る。そこに立っていたのは……。

 

「君はヴァルグリンド。何故ここに」

 

 ヴァルグリンドが答える。

 

「アルブスが我が神に告げ口をしたのだ。さすがの神もお前を信用できなくなっていたのだろう。それでこの私もつかわされた、というわけさ」

 

 ヴァルグリンドが冷たい笑みを浮かべる。自分の知っているヴァルグリンドとは違う。プラチナムはそう直感した。

 

「このフェンリルキャノン達、大したものだろう。ひょっとしたら、お前ですら討ち取られていたかも知れんなあ」

 

「この獣達に何をしたのだ。ヴァルグリンド。」

 

「なに、ちょっと心を【虚無】に喰わせただけのこと。手駒にするにはその方が、都合が良いのでな。なあ、大した人形だろう」

 

「ヴァルグリンド……。何故だ。何故お前はそこまで堕ちたのだ。」

 

「眼覚めた、と言ってもらいたいな。私はこの世界の真実を、真なる【虚無】を垣間見たのだよ、プラチナム」

 

 そう言うと、ヴァルグリンドは傀儡と化した狼達を招き寄せた。

 

「さて、プラチナムよ。お前が助けた獣……ハティと言ったかな。それにスクルディアにウル・ディーネ……」

 

 プラチナムの体を悪寒が奔った。次にヴァルグリンドが言わんとしていることを悟ったのだ。

 

「フェンリルキャノンどもの遊び相手に、丁度良いと思わないか」

 

 ヴァルグリンドが冷たく笑った。プラチナムは思わず手を振り上げ、虚空より、大剣を取り出そうとした。

 

「おっと。それはいけないなあ、プラチナムよ。お前が仕えている帝……お前の愛しいル・シエルが我らの神の手の内にあるということを忘れてはいまいな」

 

 プラチナムはむなしく手を下ろすとヴァルグリンドを睨んだ。

 

「アルブスの奴はその眼が気に入らないといつもこぼしていたな。だが、私にすれば、可愛いものだ」

 

 ヴァルグリンドは心を失った狼達に向き直る。

 

「さあ行け、フェンリルキャノン達。【勇者】の支えになるとかいう獣どもの力、試してやれ」

 

 狼達が一斉に、鋼の雪原を駆けて行く。

 

「まあ、神がこの世界に御降臨なさるまでの暇つぶしくらいにはなってくれよ」

 

 ヴァルグリンドはそう言うと、空間を捻じ曲げ、プラチナムの前からその姿を消した。

 

 プラチナムは黙って、遠くの方を駆けて行く狼達を見つめていた。

 

(ハティ……。私が助けた獣。君は私に似ているのだ。ただ一人の……そう、愛する人の為に命を賭ける騎士として)

 

 やがて、狼達の姿は地平線の彼方に見えなくなった。

 

 

 

 壊れゆく世界にさらなる破壊をもたらす獣。

 あらゆる抵抗を跳ね返し、求めるのは生命の消失。




関連カード


●空帝ル・シエル
七龍帝の一角。
白の世界に現れた虚無の龍。

自分の小説では元々は白夜の地を収める帝であったという設定。

●鍵鎚のヴァルグリンド
白の神将。
虚無の神を呼び覚ます者。

本章では先代の竜騎としても登場。

●パントマイスター
フレーバーテキストは白の章第3節。
道化たちは戦いに干渉しないとされるが
その例外がトリックスターとこのパントマイスターであるらしい。
ただし、ロロはこの時点で恐竜姫ジュラや竜狩りのアーケオルニ等の存在を知っている筈である。
道化の役割を担う者達と、種族として道化に属するというだけの者達という違いはあるのかもしれない。

自分の小説では生き別れたプラチナムの弟という設定。

●フェンリルキャノン
機獣であるが、生命の消失を求める者とされている。
外見的特徴は後の神狼機獣ラグナ・フェンリルも似ている。

自分の小説では、虚無に心を食われて虚無の軍勢の傀儡となった獣という設定。

●フェンリルキャノンMk-Ⅱ
フェンリルキャノンの上位種。

自分の小説では、フェンリルキャノンとほぼ同じ扱い。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。