消えゆく白の群像   作:来星馬玲

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第八章 千年雪の尖塔

 三姉妹の項

 

 

 

 月に照らされた白き塔。ここは、妖機妃ソールの住まうこの世界の聖地。

 

「ソール様、お薬をお持ち致しました」

 

 マーニが言った。

 

 寝台で横になったまま、窓から外を眺めていたソールはマーニの方を振り向くと、ゆっくりと頷いた。その傍らには、ソールのお供のヘイル・ガルフがちょこんと座り、彼女を見守っている。

 

 マーニは両手で持っていた小壺を寝台の傍の卓上に置き、蓋を取った。ガラスの様な指でその中から青白い宝玉を思わせる薬を二粒取り出すと、優しくソールの口に含ませる。

 

 ソールは黙ってそれを口の中で転がし、呑み込んだ。やがて、ソールは眼を閉じると眠りについた。

 

 マーニはソールの安らかな寝顔を暫しの間見つめていた。それから静かな動作で小壺を片付け、寝台の傍らの椅子へと腰を掛けた。

 

 しばらく、安心して眠っているソールを見守っていたが、やがてソールが先ほどまで眺めていた窓の外へと視線を向け、じっとその情景を眺めた。

 

 塔の上から覗ける銀世界。他方では侵略者の門の影響で作り物めいた無機質な世界へと変貌していっているが、この塔の外に広がっている風景はその様な変化とは無縁であった。ありのままの美しい雪景色。

 

 何者かが、ソールの寝室の戸をこんこんと静かにノックした。ヘイル・ガルフが音のした戸の方を見やる。マーニは立ち上がると、ソールを起こさないように静かな動作で戸の前へ向かい、戸を開けた。

 

「何の用ですか。道化」

 

 この塔の中で「道化」と呼ばれる者は一人しかいない。道化師の衣装と仮面でその素顔を隠した道化は、音を立てずに身振り手振りでマーニに要件を伝えた。

 

 マーニが言う。

 

「そうですか。今、ソール様はお休みになっておられます。私がその客人にお会いしましょう」

 

 マーニは寝台に横たわっているソールが静かに眠っているのを確認した後、寝室を出た。その場に残されたヘイル・ガルフが微かに鳴いた。

 

 

 

 

「用件は分かったわ。ベル・ダンディア」

 

 客間でベル・ダンディアと向かい合って座り、彼女の話を聞いていたマーニが言った。ベル・ダンディアとマーニは親しい間柄の旧友であり、自然とその会話も馴染んだものとなる。

 

 ベル・ダンディアが答える。

 

「では、古井戸のヘルを目覚めさせても良いかしら、マーニ」

 

「残念だけど、それは出来ないわ」

 

 マーニはやや厳しい面持ちとなる。

 

「何故なのマーニ。今、事態はとても深刻なの。そう遠くない未来、この塔にまで侵略者は攻めよせてくるかもしれないのよ。……いえ、もう侵略者は攻めてくるまで猶予はない。そうなってからでは遅いのよ」

 

「ソール様は今、臥せっておられるのよ。あのお体では、封印から目覚めたヘルを抑えつけておくこともできない。ただでさえ、歌声をこの地上に伝えるために日々その御身を削っておられるというのに」

 

「ヘルはきっと自ら協力してくれるわ。あの人だって侵略者のことを放っておける筈はないもの」

 

「あなたは、あの魔女を信用できるというの」

 

 マーニは少し怒った様な眼でベル・ダンディアを見た。

 

「私は信用するわ。ミッドガルズも私達に協力してくれたのよ」

 

「本当は、あなたからミッドガルズの封印を解いたという話を聞いた時、あなたを怒鳴りつけてやりたいくらいだったのよ、ベル・ダンディア。でもできなかった。あの島の話を聞かされてはね。それにミッドガルズならまだあなたと親しかったし、もしかしたら、私達に協力してくれるかもしれない」

 

 それからマーニは、厳しい目つきで言った。

 

「でも、あなたはあの魔女の恐ろしさをまるで分かっていない。ヘルはかつてソール様のお命を狙って、自分がその座につこうとしたのよ。もしも、今、ヘルを復活させたりしたら、弱っておられるソール様に何を仕出かすか分かったものじゃない」

 

「ヘルだって、今はソール様と争っている場合ではないということぐらい分かってくれる筈よ。それにスノトラ様からも頼んで頂ければ……」

 

「スノトラ様のことは口にしないで」

 

 突然、マーニが大声を出したので、思わずベル・ダンディアは口を紡ぐ。

 

「とにかく、ヘルの封印を解くなんて話、認めるわけにはいかないわ。ましてフェンリルの封印まで解いたりしたら侵略者より酷いことになる」

 

 ベル・ダンディアはマーニがここまで強く反対するとは思っていなかったので、何も言えずに黙りこんでしまった。

 

「でも、あなた達三姉妹が礎となり、ソール様の歌声をこの地上の隅々まで伝えるという件に関しては、この私も全面的に協力するから」

 

 そこまで言うと、マーニは卓の上にあるガラスでできた鈴を取り、鳴らした。やがて静々と侍女長のフッラが客間に入り、丁寧にお辞儀をした。

 

「客人に食事を出しておやり」

 

「かしこまりました」

 

 フッラはそういうと部屋を出て行った。

 

「もう話は終わり。さあ、あなたも食堂へいきなさい。久しぶりの再会だし、歓迎するわ」

 

 言い終わると、マーニは椅子から立ち上がった。ベル・ダンディアはそれ以上何も言えず、ゆっくりと椅子から腰を上げる。

 

 

 

 

「それで、結局ヘルの封印を解く話は了承してもらえなかったのですか」

 

 食堂でベル・ダンディアと食事を共にしていたアインホルンが言った。

 

「ええ。でも彼女もソール様のことを想って言っているの。だから、私もあまり強くは言えなかったわ」

 

 ベル・ダンディアがやや俯く。

 

「しかし、それで、これから攻めてくる侵略者に立ち向かえるのでしょうか」

 

「それは……、立ち向かわなくてはいけないわ。私達は私達にできるだけのことをしましょう」

 

 アインホルンも暗い面持ちとなる。

 

(今の戦力だけで、果たしてあの強大な侵略者に太刀打ちできるのだろうか)

 

 アインホルンは同じく沈痛な面持ちで俯いているベル・ダンディアをちらと見やった。

 

(いや、立ち向かわなくてはいけない。私は何が何でもベル・ダンディア様を守らなければ。そのためにここまで来たのだから。そうでなければ島の仲間達や、ヴァルキュリウス、ジューゴンにも合わせる顔がない)

 

 そう自分に心の中で自分に言い聞かせるアインホルンの思考が、食堂の窓の外から響いてきた声で中断される。

 

「やれやれ。マーニの嬢さんにも困ったものだ。ロキの奴があれほど心配していたからな、侵略者との戦いに備えて、ヘルとフェンリルの力はどうしても必要だったんだが」

 

 声の主、鎧蛇竜ミッドガルズはロキが【虚無】の名を口にしていたことを、ベル・ダンディア達には話していなかった。まだその時期ではない。ミッドガルズはそう判断したのである。

 

「まあ、仕方ないな。俺はやれるだけのことはやってやるし、あいつらがいなくても、なんとかなるかもな」

 

 ミッドガルズは落ち着き払った態度でいたが、内心はこの場にいる誰よりも危惧していた。近い将来に到来する【虚無】。それこそが最大の脅威であったが、このままでは、迫りくる侵略者の猛攻ですらこの塔は耐えられないのではないかと、そんな気がするのであった。

 

 フッラの指示で、まだ幼い氷の姫君である侍女達が、ガラスでできた食器類を取り下げる。それから、食後のデザートである氷の様に透き通ったスイーツを卓の上に置いていった。

 

「ほう、俺もそういう物とは長らく無縁だったな。ああ、ロキに与えられたこの体が忌々しいぜ、まったく」

 

 ミッドガルズが愚痴を言った。

 

 今まで、島の草や木の実の類しか口にしたことのなかったアインホルンは、先ほどの食事同様に自分の口に合うかどうか分からず、恐る恐るそれを口にする。ほんのりと甘くそれでいてしつこくない味。これほどまでに美味な食べ物は生まれて初めてであった。

 

 アインホルンは自分の分をすべて平らげてしまってから、ベル・ダンディアの方へ視線を向けた。ベル・ダンディアは眼前の料理に口をつけていなかった。

 

 ベル・ダンディアがアインホルンの視線に気づいて訝し気に見返したので、アインホルンは慌てて目を逸らした。

 

「あなたにあげるわ、アインホルン。なんだか食欲がないの」

 

 ベル・ダンディアがそう言うと、アインホルンの方へそのスイーツを差し出す。アインホルンは気まずくなったが、しばらく迷ったのち、それをゆっくりと口にした。窓の外から、羨ましそうにしているミッドガルズの「おーおー」という声が聞こえてくる。

 

食堂に一人の氷の姫君が入ってきた。姫君は、周りにいた侍女達を人払いすると、ベル・ダンディアの側に近寄る。それまで俯いていたベル・ダンディアははっと顔を上げると、その氷の姫君を見た。ソールの側近の一人、フレイであった。

 

「ベル・ダンディア、話があります。アインホルン、すみませんが、席を外していただいてもよろしいでしょうか。それから、外にいるミッドガルズ殿も」

 

 アインホルンはまだ食べかけのスイーツを、慌てて口の中に放り込んだ。アインホルンはベル・ダンディアとフレイに見られていることを思い出し、恥ずかしくなっていそいそと部屋を出た。窓の外から笑い声が聞こえたが、すぐにミッドガルズの気配も途絶えた。

 

 フレイはベル・ダンディアを窓の外のベランダに連れていった。塔の周りの冷たい外気が二人の前身を緩やかにさする。

 

「フレイ様。どういった御用件で」

 

 ベル・ダンディアが尋ねた。

 

 フレイが黙って塔の外壁を指差した。ベル・ダンディアはそちらを向く。月明かりに照らされている塔の外壁の所々に小さな光が灯っている。ホタルであった。

 

「このホタル達はこの塔を住処にしております。ここの環境はこのホタル達にとっては寒く厳し過ぎるのですから、当然でしょう」

 

 フレイがホタルを眺めながら言う。ベル・ダンディアにはフレイの意図が読めなかった。

 

「この世界に生きるすべての者にはそれぞれ違った役割があります。そう、例えばこのホタル。このホタルの光には、あらゆるものを遮断する防壁として機能する不思議な力があり、古来よりこの塔を外敵や天災などから守ってくれました」

 

 フレイがベル・ダンディアの方を向き、話を続ける。

 

「無論、この塔も含め、地上がこうして成り立っているのはソール様のお力によるところが大きい。ですが、それだけでは世界の維持など不可能なことです。例えば、このホタルのおかげで氷の姫達はこうして今まで繁栄することができた、と言っても良いでしょう。つまり、このホタル達にはそういう役割があるのです」

 

 フレイがベル・ダンディアに向かってほほ笑んだ。

 

「しかし、ホタル達は私達を助けるために生きているわけではありません。むしろ、私達に助けられるためにここで暮らしているのです。このホタルの平穏を守ること、これが私達、氷姫の役割でもあるわけですね」

 

 ベル・ダンディアは黙って、光を灯しているホタルを眺めていた。

 

「全て、この塔に暮らしている一人の道化が語ったことですけどね」

 

「あの人が」

 

「そうです。そして、このホタルの様に、マーニにもソール様を守るという重要な役割があります。マーニからすれば、過去にソール様の身に禍をもたらしたヘルの存在はとても危険なものなのでしょう。それは、私も同じ考えです」

 

「それは分かっております……」

 

「でも、今は全世界の危機。ヘルはヘルなりにこの世界のことを考えて行動しておりました。そして今、ソール様のお力なくしてはこの世界の存続はあり得ない。それはヘルにも分かっている筈。……と言うのが、あなたの考えですね」

 

「はい。フレイ様の仰る通りです」

 

「確かにこのままでは、私達は侵略者によって滅ぼされてしまうことでしょう。ヘルに限らず、かつてのいざこざは忘れ、皆が共にこの世界の存続を賭けて戦わなければなりません」

 

 フレイはそこまで言うと、遠くに連なる山々の方を向いた。彼方を見つめる神秘的な眼差し。ベル・ダンディアは月明かりに照らされるフレイの様子に見とれてしまっていた。

 

「実は、あなたにお願いがあるのです、ベル・ダンディア」

 

 ベル・ダンディアは、フレイの突然の申し出にやや戸惑った。

 

「……はい。何でございましょうか」

 

 ベル・ダンディアが尋ねた。

 

「ここから少し離れた土地。私の妹のフレイアが自らを封印している聖域におもむき、彼女の戒めを取り除いて欲しいのです」

 

「フレイア様の……」

 

「ええ、今こそ彼女にも表舞台に出てもらう必要があります。あなたの姉と妹がこの塔に辿り着くまで、まだ間もあるでしょう。本当は私が出向きたいのですが、ソール様のもとを離れるわけにもいきませんので。その変わりと言ってはなんですが、私は、私の手の者を遣わして、スノトラ様の協力を仰ぎましょう」

 

「スノトラ様の。とすると、やはり……」

 

「そう、今はスノトラ様のお力も必要となる時。そして、おそらくはあなたの言う様に氷の魔女ヘルの助力も」

 

 ベル・ダンディアは嬉しかった。このお方は事態を見越していらっしゃる。遅かれ早かれ攻めよせてくる侵略者。それを前にして氷の姫君同士のわだかまりが溶けずにいたのではこの世界の存続は危ういだろう。

 

 ソール様にスノトラ様、フレイア様、そしてヘル。思想の違いはあれど皆がこの世界の繁栄を望んでいた。侵略者という共通の敵を前にした今、それぞれが力を合わせ、これに立ち向かわなければならない。

 

「分かりました。フレイ様のご期待に添いましょう」

 

「感謝します、ベル・ダンディア」

 

 フレイはそう言うと、ベル・ダンディアをベランダから塔の内部へと招き入れた。

 

「今夜はゆっくりしていきなさい、ベル・ダンディア」

 

 フレイがほほ笑んだ。

 

 

 

 

 ベランダに誰も居なくなると、気配を消して塔の様子を探っていた機械仕掛けの斥候、マグニがゆっくりと飛び立った。

 

 塔から遠く離れたマグニは、近くにあった針葉樹に降り立つと、同胞へ通信用の電波を発した。電波はすぐに別の機械の一軍と繋がり、塔の位置情報などの細かな内容が上層部へと伝えられる。

 

 通信を終えると、マグニは早々にその場を去った。




関連カード


●妖機妃ソール
白の世界の歌姫。
世界の希望と称されており、その歌声は世界の復元、防壁などの役割を担い、
侵略者や虚無の軍勢の進行を食い止めていた。
北欧神話では太陽の女神。

●姫械マーニ
侵略者がもたらした異変によって身体を蝕まれてもなおソールの為に働き続ける氷姫。
北欧神話では月を司る男神であり、狼ハティに飲み込まれる運命である。
覇王編では月光姫マーニとしてリメイクされており、後に六楯の皇帝となるケイの友人であるらしい。

●ヘイル・ガルフ
フレーバーテキストは白の章第8節。
ソールの護衛を担っており、ロロ曰く「護衛のペット」。

●薄氷の侍女長フッラ
歌姫の塔で働いている氷姫。
歌姫と共に身を隠す様子が書かれている。

●機神官フレイ
氷姫の一人。
フレーバーテキストでは歌姫の歌声を届けるために結界を広げている。
北欧神話のフレイはフレイアの兄であるが、バトスピでは女性の姿をしている。

●ホタルリ
歌姫の塔の壁に住み着いている光虫。
「意図をせずとも歌姫を守る」と書かれており、ホタルリの存在がソール達を守っていると思われる。

●偵察機マグニ
侵略者の斥候。
歌姫の塔を発見した。



●千年雪の尖塔
名所千選026。
背景世界において、歌姫ソールの住まう塔と思われる。
後に侵食されゆく尖塔となる。
アルティメットバトルにおいてはアルティメットの本拠となる千年雪の要塞都市が登場した。
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