薄暮の中の竜たち   作:来星馬玲

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二 ダイソウ

 自分たちを大地と共に生きる真の竜と自負する者たちと、異界の技術を駆使して地上の覇者になろうとする竜人たちの間で繰り返される血で血を洗う戦い。この戦いとは別に天空では翼持つ者たちがそれぞれの意志で相争っていた。

 

 一方は翼竜、他方は空牙と呼ばれる。翼持つ者たちは恐竜や竜人たちに使役され、時として翼竜同士、あるいは空牙同士で戦うことも珍しくないが、彼らには彼らの思惑があり、彼ら自身の制空権を廻る戦いでは翼竜と空牙の二つの陣営に分かれて戦闘を繰り広げていた。

 

 争う二代勢力の背後に、かつてこの世界の支配者だった皇獣の存在があることはあまり知られていない。あくまで中立を守る多くの皇獣とは違い、翼竜と空牙の背後に居る者たちは、再び支配者の座へ返り咲く日を夢見ていたのである。

 

 そして今、翼竜の一角アイバーンの群れが地上の獲物を狙っていた。空牙との戦いの為でも地上の竜に命令されたからでもない。ただ飢えを満たす為。だが、それこそがそうあるべき自然な姿なのかもしれない。

 

「もっと早く走れ。囲まれたら助からないぞ」

 

 アポロは駆けながら後ろのジュラに向かって叫んだ。ジュラは歯を食いしばり、ダーナを強く抱きしめたまま懸命になってアポロの後に付いて走った。

 

 アポロは、本当はもっと早く走れるのに、ジュラのことを気にかけて速度を落としている。ジュラにはそのことが分かっていた。だからこそ、ジュラは悔しさを抑えて一所懸命に走った。前方のアポロへ喰らいつくように走っているジュラの脳裏を、自分を護る為にドラグノたちと戦い、命を落としたディノハウンドやロクケラトプスたちの姿が過った。

 

 アイバーンの群れは一瞬慌てた様子であったが、すぐに獲物を追い込むべく行動に移していた。空中へ円状に広がり、闇夜を裂きながら三日月状の軌道を描いて徐々に舞い降りて来る。星の合間を縫う様にしてアイバーンの一つ眼が激しく発光している。仲間たちとの連携を組む為に連絡を取り合っているのだ。

 

「このままでは逃げきれん。その爬獣は捨てろ。少しでも軽くなる」

 

 息を切らしながら駆けていたジュラはアポロの言葉に驚き、やがてその心の底から失望感が湧き起こってきた。

 

 アポロはダーナを助けてくれたが、結局いざとなればあっさり切り捨てるものとしか見ていなかったのだ。やはりアポロも竜人なのだ、ジュラはそう思った。

 

「何をしている。奴らの餌食になりたいのか」

 

「嫌じゃ。ダーナは儂の大切な友人なのじゃ」

 

「今は自分の命のことだけを考えろ。どの道、このままではお前もその爬獣も助かるまい」

 

「この子も仲間じゃ。儂は仲間を犠牲にしてまで生き延びたくない」

 

 そこまで言ったジュラが突然その場に倒れ込んだ。注意が散漫となり、小石に躓いたのだ。アポロがはっとなって振り返り、立ち止まった。ジュラは足を挫いたらしく、ダーナを抱えながらk懸命に立ち上がろうとしていた。

 

「いい。俺の背に掴まれ」

 

「ダーナ。ダーナを……」

 

「そいつか……仕方ない」

 

 アポロが瞬時に手を伸ばし、ダーナを抱き上げた。ジュラは一瞬期待した。アポロがダーナも助けてくれるものと信じたのである。だが。

 

 アポロはダーナを高く持ち上げると、遠くへ放り投げたのである。ダーナは「きゅぉぉぉん」と鳴き声を上げながら空を飛び、地に落ちた。

 

「ダーナ。……おのれ、貴様……」

 

「あの爬獣を助けておいて正解だった。見ろ、翼竜たちを。奴らはまず先にあの爬獣を襲う。確実に獲れる獲物は決して見逃さないからな。その間に逃げ切れば俺たちは助かるだろう。あいつは役に立ってくれたんだ」

 

 アポロの言葉を聞いていたジュラは真紅の色に染まった怒りの眼でアポロを睨みつけた。

 

「竜人め。所詮お前たちは己の損得で他の者を利用しているだけじゃ。不用になったらすぐ切り捨てる。儂ら誇り高き地竜の一族は決して仲間を見捨てたりはしない。儂はあの子を……ダーナを助ける」

 

 アポロが制止する声を聞かず、ジュラは足の痛みを堪えながらダーナのもとへ駆けていった。アポロは小さく舌打ちをすると周囲を見回した。

 

 アイバーンはアポロの思惑通り、まずはダーナに狙いを定めていた。地を這って逃れようとしているダーナのいる所へ、円を描きながら降下していく。そこへジュラが駆け寄って来たのである。翼竜たちにとっては、ご馳走が二つも自分たちのもとへ飛び込んできたという寸法だ。

 

「手間のかかる……」

 

 アポロは身を翻すと、四本腕の発達した筋肉に力を込め、獣のように腕を使って地をかけた。ジュラとダーナの方へと疾走する。

 

 ダーナは理性を失い、恐慌状態に陥っていた。駆け付けたジュラは暴れるダーナを何とか捕まえて抱き上げたが、ダーナは飼い主であるジュラを引っ掻き、傷を付けた。ジュラはダーナを安心させる為に何度もダーナの名を呼び、抱きしめた。やがてダーナは飼い主の匂いに気付き、大人しく体を丸めた。

 

 ジュラは背後に気配を感じ咄嗟に振り返った。急降下してきたアイバーンが声も上げずに喰らいかかってくるところであった。

 

 ジュラはダーナを強く抱きしめたまま持ち前の身軽さで地面の上を転がり、すんでのところでアイバーンの攻撃をかわした。途端に足首の辺りから激痛が広がる。先ほど挫いたところが痛むのだ。

 

 ジュラは息を切らしながら再び迫りくるアイバーンを睨み上げた。ジュラの口が微かに動き、何かの言葉を紡ぎ出した。

 

 その刹那、荒れ狂う炎の塊がジュラとアイバーンの間に出現した。炎は踊る様に宙を舞い、突然の出来事に戸惑うアイバーンに襲いかかる。アイバーンは踊る炎に呑み込まれ断末魔の咆哮を上げながら地に落ちた。

 

 ジュラの反撃にアイバーンたちがざわめく。ジュラはその隙に痛む足を抑えながら立ち上がり、逃げ出そうとした。そのジュラの背後から、隙を窺っていたアイバーンの一体が飛びかかる。

 

 アポロはジュラに飛びかかってきたアイバーンの前に立ちはだかると、四本の腕を振り上げ、アイバーンを力任せに叩き落とした。アイバーンは嫌な音を立てて地面にぶつかり、潰された。

 

「フレイムダンスか……。そんな呪文を持っていたとはな。驚いたよ」

 

 アポロが息を切らして立ち竦んでいるジュラを見ながら言った。

 

「……都のジャグリーンに教えてもらった。自分の身を守る技くらいあって当然じゃ」

 

「ふむ、姫さんの護身術というわけか。だが、これで俺たちは翼竜どもを完全に怒らせてしまったわけだ」

 

 アポロの言うとおり、アイバーンたちは獲物が予想以上に強いことを知り、中空を旋回しながら一斉に飛びかかるべく隙を窺っている。既にアイバーンの群れはジュラたちを取り囲んでおり、逃げ道などは見当たらなかった。

 

「どうやら、ここが俺たちの墓場のようだ。所詮は多勢に無勢、奴らの攻撃を潜り抜けるだけの力は俺にもない」

 

「……儂は諦めぬぞ、こんなことで諦めたりしたら儂の為に命を落として逝った者たちに顔向けできぬ」

 

 ジュラは得物である父の形見を構え、翼竜たちに対して身構えた。

 

「……なるほど。それがお前の誇りか」

 

 アポロも四本腕を構え、ジュラと共に戦う意志を示した。

 

(戦斧があればこの程度の輩どうということもあるまいが……。まだその時期ではない)

 

 アポロはジュラに視線を向けた。あくまでアイバーンの群れと戦う姿勢を崩していないが、その内の恐怖を隠す事まではかなわず、それが虚勢であることは手に取る様に分かった。

 

(致し方あるまい。神よ、命令に背くこと、お許し願いたい)

 

 アポロがぶつぶつと何かを詠唱しながら腕を掲げた。何事かとジュラがそちらを見やったと同時に、ジュラに生じた隙を見逃すまいとアイバーンが一斉に飛びかかって来た。

 

 アポロは四本腕に何かを握り締める様な動作をしたが、ふと、何かに気づいたらしくその動きを止めた。その刹那、ジュラに飛びかかる寸前のアイバーンに向かって、横から一体の恐竜が喰らいかかった。

 

 赤い皮膚に覆われた恐竜は口にくわえたアイバーンを咀嚼し、唸り声を上げた。それと共に複数の恐竜たちが次々とアイバーンの群れを襲撃した。中でも鎌状の腕を持った恐竜の働きは目覚ましく、地上すれすれに飛んでいたアイバーンを次々と引き裂いていった。アイバーンの群れは堪らず、上空に逃げ出した。

 

「ほう、姫さんよ。お仲間が助けに来たぜ」

 

 ジュラは黙って次々と走り寄ってくる地竜たちを見ていた。あくまで誇り高い地の竜たちの姫としての態度を崩さなかったが、その眼には安堵の色が表われていた。

 

ジュラの側へ一体の地竜が近付いてきて、その場に跪いた。

 

「姫。お迎えに上がりました」

 

 ジュラはその見上げる様な巨体を見つめながら、小さく頷いてから言った。

 

「うむ、ダイソウ、よく来てくれた。感謝しておるぞ」

 

 ダイソウと呼ばれた地竜は仲間たちをその場に集め、未だ上空を旋回しているアイバーンに備える為に布陣を固めた。

 

「中々頼もしい奴らだ。が、これで終わったとは思わない方が身の為だな」

 

 アポロがそう言うと、ダイソウはその異形の竜人をきっと睨んだ。

 

「竜人め。貴様が我らの姫を連れだしたのだな。この場で手討ちにしてくれる、覚悟せよ」

 

 ダイソウは己の鋭い爪をアポロに向けた。

 

「おっと、俺はその姫さんの命の恩人なんだぜ。手荒なまねはしないでくれ」

 

 ダイソウは訝しげにジュラの方を見やった。ジュラは若干暗い面持ちとなる。

 

「姫、それは本当なのですか」

 

「その竜人は……」

 

 ジュラは口ごもった。アポロに恩義は感じているが、先ほどアポロがダーナを見捨てて逃げようとしたことが脳裏に焼き付いて離れなかった。

 

「それよりも、眼前の翼竜共に備えた方が良いんじゃないのかね。見ろ、奴らは同族を集めている。お前たちの力は認めるが、所詮地に縛られた者だけでは、空から攻めて来る奴らを凌ぎ切るなど難しいことだ」

 

 アイバーンは敵が多ければそれに対抗できるだけの数を集めて狩りを行う。より多くの分け前にありつけると知った別のアイバーンは、積極的に加勢するのだ。その証拠に、上空ではアイバーンの群れが一つ眼を激しく発光させることで合図を送り、ここら一帯の同族たちを次々に集めていた。

 

 地上にいる恐竜たちはジュラとアポロを除いて十二頭。対する翼竜の群れは闇夜を覆い尽くし、その数は百以上にも及ばんとしていた。

 

「竜人になど心配してもらう必要はない。ちゃんと手は打ってあるのだ。黙って見ていろ」

 

 ダイソウの言ったことが事実であることはすぐに証明された。アイバーンの群れが急に掻き乱されたのである。驚きながら、アポロはその様子を凝視した。ダイソウたちが来た方角から六体の巨大な翼竜が出現し、アイバーンたちを追い払っているのである。

 

「翼刃竜スティラノドン……。まだこんなに生き残りがいたのか……」

 

 アポロが呻いた。

 

 地上の恐竜たちは畏怖の面で上空の翼竜同士の戦いを見守る。スティラノドンの力は凄まじく、アイバーンの群れを一方的に蹴散らしていた。もし、これほどの連中が敵陣営にわたっていたらと思うと、恐竜たちのだれもがぞっとした。

 

 スティラノドンはしばらくの間アイバーンと死闘を繰り広げていたが、突然スティラノドンの一体が天地を揺るがすほどの咆哮を轟かせた。それと共にスティラノドンとアイバーンが同時に攻撃の手を止める。

 

 咆哮したスティラノドンが周囲のアイバーンを睨み回し、刃の如き両翼を広げ、再度咆哮した。すると、アイバーンたちは我先にと逃げ出し、山脈の連なる地平線に向かって撤退していった。

 

「ああやって自分たちの方が強いことを相手に伝え、無益な戦闘を回避したのさ。自分も相手も翼竜同士。誰だって己の同族を手にかけるなんて、あまり気持ちの良いものではないからな」

 

 感心したように言うアポロの喉元へ、ダイソウが己の鋭い爪を突き付けた。

 

「竜人の分際で知った風な口を叩くな。姫の恩人などとでたらめをほざきおって。覚悟は出来ているな」

 

「やれやれ。姫さんも殺生なお方だ。まあ、これは俺の身から出た錆だ。好きにしろ」

 

 ジュラは黙ってアポロを見つめていた。口から何か言葉を紡ごうとしているのだが、うまく言えない。ダイソウはちらりとジュラを見て、彼女が何も言わないことを確認してからアポロの喉元に突き付けた爪に力を込める。アポロの喉から微かに血が流れた。

 

「俺は偉大なる暴双龍ディラノスよりその力を認められ、強暴竜ディラノ・レックスの称号を授かった誇り高き戦士だ。その俺の手に掛かること、光栄に思うのだな」

 

 ディラノス。その名を聞いた瞬間ジュラははっと我に返った。

 

「待て、ダイソウ。その者が申すこと、偽りではない」

 

 ジュラがダイソウを止めに入った。ダイソウはジュラの思いがけない言葉に驚き、彼女の方をまじまじと見つめた。そこには先ほどまでは違う、いつも通りの威厳に満ちた恐竜姫の姿があった。

 

「それでは……、こ奴は……」

 

「その者アポロは竜人どもを裏切り、儂の命を救ってくれたのだ。手荒なまねはするな」

 

「は、はっ。畏まりました」

 

 ダイソウはすぐさまアポロを解放し、ジュラに向かって恭しく頭を垂れた。

 

「どう言う風の吹きまわしだい」

 

 アポロが言った。

 

 「儂はお前たち竜人とは違うということじゃ。ダーナのこと、許したわけではないが、恩義は恩義。ダーナも分かってくれるじゃろう」

 

 ジュラはそう言うと、抱きかかえているダーナを見た。ダーナはジュラと視線が合うと、「きゅろろ」と人懐っこい鳴き声を出して応えた。

 

 ダイソウはジュラを恐竜たちの陣地へ運ぶ為に、周囲の恐竜たちを指揮した。万が一アイバーンの群れが舞い戻って来た時の為、また、竜人たちが何時攻めてくるかも分からないので、上空のスティラノドンたちに向かって、警戒するよう合図を送る。スティラノドンの群れは了承し、上空から周囲の偵察を始めた。

 

「アポロ、といったか。姫を助けてくれたこと感謝しているが、俺はお前など信用したわけではない。姫の前で妙な素振りでもしてみろ、その時は即刻首を引き千切ってやるからそう思え」

 

 ダイソウの怒気に満ちた瞳を見て、アポロは閉口した。

 

(これはこれは。御立派なことだな。)

 

 アポロはこの時点で、ダイソウが主君への想い以上のものを、ジュラに対して懐いていることを見抜いていた。

 

「姫が無事だったことで、仲間たちも皆喜ぶことでしょう。ささ、この私めにお乗りください。同胞たちの所へ参りましょう」

 

「ああ。ダイソウ、すまぬな」

 

 ジュラはダーナを抱えたままダイソウの背に跨った。アポロの両側には、ダイソウの指示で鎌状の腕を持つ二体の恐竜、ジュラシックルが見張りにつけられた。ダイソウは、アポロが不穏な動きを見せたらすぐに首を刎ねるよう、ジュラシックルたちに耳打ちすることを忘れなかった。アポロは黙ってその様子を観察している。

 

 一行は恐竜たちの縄張りへ向けて進行を開始した。闇夜はまだ明ける気配はなく、上空では星明りの下をスティラノドンの群れが飛び回っていた。

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