霧雨魔理沙の来たる森   作:ドリズリング・アズライト

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 普通の魔法使い、霧雨魔理沙は、日常の殆どを魔法の開発、改良、そして行使に費やしていた。今日もいつも通り、親友の神社にお邪魔していた所だったのだが、その親友に一言質問される。
 それが始まりだった。




零話『現代入り』

 

「ねぇ、魔理沙。貴女()に興味無い?」

「んあー?」

 

 齢16の乙女が発するにはあまりにも似合わない声で、魔理沙と呼ばれた金色の髪を持つ少女は聞き返した。魔理沙は赤い巫女服を着た親友に向かって首を傾げる。主語の存在しない、おおよそ返答とは言い難い返しだったが、親友は難なく繰り返した?

 

「だから、外よ、外。あるでしょ?」

 

 外というのは、今彼女たちがいる空間のことではない。これを説明するには、この世界がどういったものかを先に説明する必要があるだろう。

 

 まず、外に対する『内』は、彼女たちが暮らす空間『幻想郷』を指す。幻想郷には、現代に生きる人間には想像もつかないほど、未知の生物が住み、倫理が異なり、そして常識が違う。

 そして内に対する『外』とは、彼女たちの生きる場所とはまた一線を画す世界。

 

 言わば、現代日本である。

 

「なんで急にそんな事聞くんだよ、霊夢。…まぁ、興味が無い訳じゃないけどさ。でもお前は『博麗の巫女』だろ?」

 

 霊夢と呼ばれた少女は頬を掻きながら苦笑いを浮べて目を逸らす。魔理沙には、それが霊夢の『癖』であり、同時に『言い難いことがある』と自白しているように覚えている。

 

「結界守のお前が、一体何を隠してるんだよ」

 

 魔理沙がそう霊夢に言うと、霊夢はとても歯がゆそうに彼女に伝えた。

 

「外へ行ってもらいたいのよ。他ならぬ紫の頼みでね」

 

「……紫が言ったのか、それを? つくならもう少しまともな嘘をつけばいいのに、私でも、もう少しウマい言い訳を考えるぜ。例えば外から連れてきて欲しい奴がいる…とかさぁ」

 

()()よ」

 

 魔理沙は、図らずしも霊夢が『紫』という人物から預かった伝言の理由を当ててしまったようだった。が、霊夢の言った『それ』の内訳が分からず、素っ頓狂な声を上げて聞き返した。

 

「それ?」

 

「だから、それよ。連れてきて欲しいって人がいる、紫がそう言ってた。私は知らないけど、魔理沙じゃなきゃどうにもならないとも言ったの。

 私じゃなく、魔理沙でなきゃダメって。紫の考える事なんかわかんないけど、アレが言うなら間違いはないでしょう?」

 

 霊夢がそう言うと「紫から預かってたものだから、これ」と、魔理沙に大きな紙袋を押し付けて寝室に入っていった。魔理沙が困惑していると、閉まった寝室の襖を霊夢は開いた。

 

()()、服だって。外に行くには魔理沙、貴女の服装は少しばかり目立ちすぎるらしい、から」

 

 着替えを目の前で見る趣味は無いの。

 そう言い残して、霊夢は完全に寝室に閉じ篭った。「どういう事だっての…おい?」魔理沙が声を上げて寝室の襖に手をかけようとしたが、痺れる感覚と共に、襖から嫌悪感が漂ってくる。

 

「お前、襖に封印術かなんか掛けたな」

「着替えて待っといて。迎えに行く、らしいわよ」

 

 霊夢の伝言が終わると、襖の嫌悪感が更に増す。もう近づきたくなかった。

 

(これ…一番強い術を掛けてる…もう何も聞き出せないか。紫のやつ、何を考えている?)

 

 そう考えつつチラリと紙袋の中身を一瞥する。

 魔理沙の趣味嗜好をどこで知ったか、中身は彼女の好きな白と黒の()()()()()()なシャツにズボンだった。

 服の上にリボンが置かれており、それだけはモノクロカラーではなく、黒くもあり、同時に何処か青くもある、そんな不思議な色合いをしていた。近い色だと、紺が一番似ている。

 

「まあいいか」

 

 これ以上考えが及ばないからか、魔理沙は思考を放棄して自宅へと急いで戻っていった。

 

 

 ──神社から物音が消えると、閉じられた襖がするりと開き、霊夢がほうきにまたがって空を飛ぶ魔理沙の後ろ姿をじっと見据えていた。

 

「これで良いのよね、紫?」

「そう、それでいいのよ。彼女じゃなきゃ成し得ない、これは彼女への頼み」

 

 霊夢の後ろの空間に妖しい光が差し、暗闇にぽっかりと穴が空いている。その中から声が聞こえてくるが、その中を覗くつもりにはなれなかった。無数の瞳がこちらを覗く異形の空間は、どうにも慣れないのだ。

 

「この際ハッキリしておきましょう。魔理沙に危険はある?」

「外だから、それはあるでしょうね。暴漢に襲われたり、()()と衝突したり……外は危ないもの」

 

「そういう事じゃない」霊夢が亜空間をキリリと睨みつける。すると、空間から一人の女性が姿を現した。『八雲紫(やくもゆかり)』だ。紫は口元に扇子を当てて、その表情の殆どを隠しながら話を続けた。

 

「確かに、危険はそれらだけではないわ。いえ、むしろそれらは鳴りを潜めると言ってもいい。真に危険なのは、あの森に隠された存在。忘れられず微かに存在する、妖怪とも人とも取れない未練」

 

「そんなのに魔理沙を宛がって良いわけ?」

「良くはない。でも、悪くもない。半々ね」

 

「じゃあ───」何故私でなく魔理沙なの。そう言いかけた霊夢を紫は制した。人差し指を唇に当てられたのだ。数尺はあろうかという距離を一瞬で詰めてのそれだ。だから霊夢は、紫の事は苦手だ。

 

「お話は終わり。迎えに行ってくるわね」

 

 そう言って紫は空間の間に開いた『隙間』の中に消えていき、亜空間はその目を閉じた。暗がりには、もう何も残っていない。強いてあるとすれば、そこに霊夢が寝るための布団が敷いてある。

 

「まぁ、良いけど。興冷めしたわ」

 

 誰もいない空間に悪態を着いて、霊夢は浅く長い眠りにつくことにした。

 

 

 

 

 ◆❖◇◇❖◆

 

 

 

 

 鬱蒼と茂る森の中、ポツンと立つ一軒家の中で金色の影が揺れ動いていた。『霧雨魔法店』と描かれた看板が指し示すとおり、そこは魔理沙の居城なのである。

 

「おぉー……紫のやつ、中々可愛い服を用意してくれたじゃないか。これは良いな」

 

 衣服としては充分に機能する、典型的なズボンと白いワイシャツの組み合わせである。

 

「特にこの、紺のリボンが気に入った」

 

 そう言って魔理沙は元つけていた白いリボンを外し、紺色のリボンに取り替える。金髪に紺のリボンがアクセントとなって、彼女の乙女心をくすぐる。

 

「良いね。なかなか気の利いたチョイスをする」

 

 鏡の前に立つと、純白のシャツとズボンを身に纏い、三つ編みにされた金色の髪とリボンが、普段の白黒の印象をを『外の世界』ふうに見せつつもどこか仕立て上げている。

 

「似合ってるわよ」

 

「! …と、噂をすれば…だ。外に行くのか?」

 

「ご明察。さあ行くわよ」

 

 紫が魔理沙の手を引っ張ろうとするのを、手で制止する。まだ聞きたいことがあるからだった。魔理沙にとっては死活問題だからだ。

 

「ちょっと待って、これは持って行っても良いのか?」

 

 魔理沙がそう言って、ズボンのベルトに取り付けたポーチからひとつの箱を取り出す。

 

 その箱は、名を『八卦炉』と言い、魔理沙が持つ魔法の力を増幅させるためのからくりだ。それを見て紫は、特に首を振ることは無かった。

 

「持って行ってもいいわよ」

 

「よしっ、じゃあ───」「ただし!」手放しで喜ぼうとする魔理沙を牽制するように、紫が柄にもなく声を張り上げた。魔理沙は驚き、固まり、その言葉の末を静かに待った。

 

「闇雲に魔法力を行使しないこと。これだけは絶対に守りなさい。分かってるわね」

 

「…………」

 

 魔理沙はそのまま沈黙を守った。むやみやたらに反論しないのは、魔力なく魔法を行使する事が、どれだけ命知らずで愚かな行為なのかが理解できているからだ。

 

 魔法を扱う人間として最低限以上の知識を学ぶ魔理沙は、魔法がどれだけ不便で危険なものかよく知っている。魔力は、ただ休むだけでは蓄えられない。充分な環境で充分な休息を取り、体調でも精神面でも万全でなければならないのだ。

 言わば、精神を削って放つのが魔法である。空気や、土地に含まれる魔力を、五大元素のどれかに形として抽出し、行使する。その偉大さと大変さを知らない彼女ではない。

 

 偉大な力にはそれほどの能力を行使する利点と、何より欠点が存在するものなのだ。

 だから、反論しない。死ぬのは面白くないからだ。

 

「わかった」

 

 しかし、かと言って一切これを使用しないのもつまらない。だから、魔理沙はこの八卦炉を触媒としては使わない事に決めた。───ただし、点火道具や照明のような、ほとんど魔法力を使わないものを除いて。

 

「準備は出来た?」紫が魔理沙に聞いた。

 

「いいぜ」

 

 魔理沙はそれに頷いた。紫はその様子を見て微笑み、巨大なスキマを開いて彼女を飲み込んだ。意識が閉じ、暖かい毛布に包まれて暗闇を揺蕩うような心地良さに微睡む。

 

 次に聞こえるのは壮年の男が発する一声だった。

 

 

 

 

『《次は〜、○○駅〜。○○駅です〜。お降りの際は、足元にお気を付けください〜》』

 

 

 

 

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