霧雨魔理沙の来たる森   作:ドリズリング・アズライト

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 電車に揺られる道すがら、一人の男が前の駅で出ていったのを覚えている。これで残るは、私ともう一人の女性だけになった。彼女のスペルカードで電車なる存在は知っていたが、がらんどうとした車内ほど寂しく、気味悪いものはなかった。と思う。



一話『阿座河村へ』

 

 

『《○○駅〜、○○駅です〜。お降りの際は、足元にお気を付けください〜》』

 

 殆ど誰も乗っていないような電車に、二人の女性が乗っている。一人は茶髪のセミロングヘア、黄色のTシャツを着てリボン付きカチューシャを身につけた、大学生の女性。もう一人は男性の着用するようなズボンとワイシャツで、シャツの胸元を空けて袖を捲っている。

 

 金髪の少女───名を霧雨魔理沙という───は、ふと手元を見ると、古びた切符が手に握られている事に気付いた。ところどころが黒ずんで酷く劣化しているが、日付は恐らく今日この日であると直感した。駅名もここに書いている通りだったので、ここが魔理沙の降りるべき駅らしい。

 

 魔理沙がすくりと立ち上がると、もう一人の座っていた女性も立ち上がった。カチューシャと長めの髪が揺れ、汗に混じった洗剤の良い匂いが鼻を突いた。

 

(見たところ田舎らしいけど)

 

 窓の外を見渡し、山々と野原、そして時々、見知らぬ建築様式の民家が通り過ぎていくのを見掛ける。

 都会というものは、その全てが高く積み上げられたコンクリートなる石材でできていると言い、その事前の知識からすれば、ここは人の開拓の手があまり入っていない、いわゆる田舎に該当するものだろうとわかった。

 

(こんな田舎に何の用事なんだろう)

 

 それを踏まえ、先程の女性を見遣り、思考を巡らせる。観光で来たにしては、ここは少し寂れすぎている。かと言って里帰りという訳でも無さそうだ。割には荷物が少なすぎるからである。となると、墓参りが妥当な所か。魔理沙が推察していると、不意に話しかけられた。

 

「あの〜……」

 

 魔理沙がそちらを振り向くと、先程一瞥した女性が魔理沙に話しかけてきていた。無理するのもはばかられた魔理沙だったが、突然話しかけられては返事に詰まるのも仕方がなかった。

 

「………あ…」

「あ、邪魔をしたなら謝ります、ごめんなさい」

 

 そう言ってカチューシャの女性は頭を下げる。見ず知らずの他人に頭を下げられては少し申し訳がないので、頭をあげるように言うと、その通りに頭を上げ、女性は話を続けた。

 

「その、もしかしてこの駅で降りるんですか?」

「そう……だな。私はここで降りる事になってる」

 

 我ながら、『ことになっている』とは随分曖昧な答えだった。明確な問いに対して、まるで自分の意思で降りるわけではないかのような答えに、女性は首を傾げた。

 

「……突然聞いて、すみません。私はシオリって言います。お名前、聞いてもいいですか?」

 

 シオリが魔理沙にそう聞いた。

「霧雨魔理沙。一応、魔……普通の学生、かな」

 

 危ない危ない、いつもの名乗り口上を外の世界でやってしまうところだった。口を滑らせる前に、無難な答えに訂正する。幸いにも、さほど気にかける様子は見られなかった。

 

「まりさ……魔理沙さん、ですか。いいお名前ですね」

「ああ、うん。魔理沙の方は気に入ってるんだ。ありがとう」

 

「魔理沙の方は……って、じゃあ霧雨の方は……?」

 

「何というか、嫌でさ」曖昧な答えに、再度シオリは首を傾げた。

 

「私は元の家族と色々あって。だから実家を飛び出して一人暮らししててさ。霧雨って名前はあんまり好きじゃない」

 

 シオリが「そっか……」と、小さく呟く。

 

「でも、会えるうちに謝った方が良いと、私は思います」

 

「勝手な事言わないでよ。私も親父も、互いが互いを嫌いなんだぜ?」魔理沙が薄らと口端を歪めながらシオリの言葉に答えると、シオリは言い難くもはっきりと魔理沙に返した。

 

「私は、親がいないんです。もうありがとうの一言も言えない。だから、言えるうちに言っておいた方がいいですよ。……と思います。…多分」

 

 言葉を続けていくうちに尻込みしていってしまうシオリに、魔理沙は思わず吹き出した。

 

「…はは…ああ、そうかもしれない。死んだら会えない、かもしれないしな。分かったよ、ご忠告は聞き入れとく」

 

 シオリの意見を受けて考えを少し曲げる。シオリは明らかに嬉しそうな笑顔を浮かべた。

 

「ああそれと」魔理沙は続けた。「私はまだ16でさ。シオリは見たところ、私よりみっつかよっつ、年上だ。私だけ砕き言葉を使うのもアレだし、あんたも丁寧言葉を辞めてくれると気楽なんだけど」

 

 魔理沙の思惑を汲み取ったシオリは、頷いた。

 

「わかったよ、魔理沙ちゃん」

「ちゃん? …まぁ、それでいっか」

 

『阿座河村〜、阿座河村です〜。お降りの際は、お忘れ物にご注意ください〜』

 

 魔理沙がちゃん付けに困惑していると、汽車のドアが開いた。シオリが降りたので、魔理沙も降りる。

 外はまだ明るく、無人駅を出ると辺り一面の緑が大地を覆っていた。線路沿いに手入れのされていない獣道が続いており、真ん中に草が生えるようにして二本、土が見えていることから、現地の人々に車道としても使われているようだった。

 

「ところで、魔理沙ちゃんはどうしてこの駅で降りたの?なにかやる事があるの?」

 

「私の? 人探しをしろって、紫から言われてる」

「ユカリ?その人はお姉ちゃん?」

「……まあ、そんなものかな」

 

 シオリが聞いてきたので本当の事を(嘘を混じえて)話しながらポケットに手を突っ込む。クシャリ、と指先で紙を潰すような音が聞こえ、それを摘んで引っ張り出すと、それはなにかのメモ用紙だった。こう書かれている。

 

「『貴女は阿座河村へ』」

 

 見た回数は少ないものの、字の終わりが跳ね上がる傾向にある()()は、話題に挙がった紫の執筆したメモで間違いはなさそうだった。

 

「じゃあ、シオリが来た理由を教えてよ。どうしてこの駅で降りたの?」

「私は……さっきも言った通り、両親がいなくって。親戚もいないから、もうひとりぼっちかと思っていたんだけど、これを見つけて」

 

 シオリが出したのは、一枚の写真。シオリと思われる女の子と、若い夫婦。その隣に老齢の男性が立っていた。

 

「そのおじいさん、多分私のおじいさんなんだと思うの。それで、阿座河村って名前の村に住んでたらしくて」

 

 その名は偶然にも魔理沙の目指す村と同じ名前だった。

 

「へぇ、じゃあ私と同じ行き先なわけだ。偶然か必然か、まあこうして一緒になったんだし、その阿座河村まで一緒に行こうよ」

 

 シオリは魔理沙の言葉にうんと頷き、写真を懇切丁寧に仕舞う。最早最後の肉親との繋がりを保つ唯一のキーでもあるのだから、その扱いにも納得が行く。

 

「……で、どう阿座河村まで行くんだろうな」

「うーん…………あ!バス停があるよ、バスで行くんじゃないかな?」

 

 シオリが見つけたバス停に駆け寄り、時刻表をチェックする。壁掛け時計の時間が14時を指しており、次にバスが来るのは17時20分、つまり3時間後だ。

 

「………あと、3時間もある」

「うげぇ、3時間待たされなきゃいけないのか」

「仕方ないよ、こればかりは。待つしかないよ」

 

 シオリに諭された事もあって、魔理沙はシオリと同じく大人しく待つことに決めた。

 

 

 

 

 

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 

 

 

 

 

 夕方になっても来ないというのは、いくらなんでもおかしいじゃないか。魔理沙が苛立ちを隠さずに呟いた。シオリも、定刻を過ぎたのにこないバスを待ちわびて、疲れた様子だった。

 

「おかしいな…もう来てもいい頃なんだけど、来ないなぁ…」

「何かのトラブルか?動かなくなっちゃったとか」

「それならきっと代わりのバスが出るはずだよ。何で来ないんだろう…」

 

 夏の暑さも相まってくたびれ儲けの体をすら成すことが出来ないふたりは、バス停に備えられたベンチでひたすら汗を垂らしている。時折水分を補給し、強く吹く風に身を震わせる。夏も夜は僅かに冷える。特に汗をかいた体に、風は毒である。

 

「ううっ、寒い……もう来ても良いだろ?」

 

 残念ながら、魔理沙のその呟きに答えることは、シオリには出来そうになかった。確証がないのだから、仕方がなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 

 

 

 

 

 

「いくらなんでも、おかしいだろ…」

「さすがにね………どうなってるんだろう」

 

 暗くなって既に半刻が経過している。時刻は既に18時を回っていた。にも関わらずバスは一度も止まらなかった。それどころか通りすらしていない。ふざけんなよ、と魔理沙が吐き捨てる。

 

「駅を間違えた?でもそんなこと……」

「あるわけない。そもそも阿座河村に行くバスが通るのはこの駅だけっぽいから、ここでなきゃダメなんだろうけど」

「だよね………何でなんだろう?」

 

 私に聞くなよ、とばかりに頭を掻く。どうして止まらない?どうして通らない?そんな考えに答えが出るはずもなく、一日数本の汽車もこれ以上来る気配はなく。早速詰みの状態だった。

 

 …しかし、そこに助け舟が出された事ばかりは神に感謝するべきなのかもしれない。あまりに身近過ぎた神に礼を言うには、幻想郷はフレンドリーすぎるきらいがある。

 

「おい、そこの君たち!何をしてるんだ!」

 

 不意に聞こえた声の方に振り向くと、青い制服を来た青年がそこに立っている。どうやら見回りをする職務に就いているらしい。腰には黒いホルスターと拳銃と思わしき物体が提げられており、かなり前に紫から聞いた話と併せても、彼の職業は『警察官』で間違いなさそうだ。

 

「……あ、いえ。バスが来なくて……」

 

 シオリが返すと、その警察官は片眉を下げて心配そうに答え直した。

 

「バス?……ああ、利用者が少なくて、廃止になってるぞ」

「え……………?」

 

「なんだよ…バスも来ないはずだぜ、そりゃあさ」魔理沙の怒りも尤もだった。来る、来る、そう思って待っていたバスが来なかった理由が、廃線。

 この4時間、ただの骨折り損になってしまった。

 

「なんだ、阿座河村に行くところだったのか?」

 

「はい」と、シオリが出鼻をくじかれたとばかりに悲しそうに答える。

 

「なるほどなぁ………そっちの嬢ちゃんは?」

 

 ぐるりと辺りを見渡してようやく(私のことか)と気付いた魔理沙も、シオリと目的は変わらないと伝える。

 

「私も一緒だ。阿座河村に向かうところだった」

 

 その警官はひとしきり思案したあと、快活な笑みを浮かべ続けた。

 

「よし、若い子がこんな所で二人きりなのも危ないしな。パトカーで良けりゃあ、阿座河村まで送っていくぞ」

 

「………!いいんですか!」シオリの目に希望の光が差す。阿座河村行きのバス停がある以外に手掛かりが存在しなかったという事情もあって、歩かなければならない事も想像してしまっていた時のこれでは、彼女たちも喜びを隠せなかった。

 

「もちろんだ。………で、村のどこに行くつもりだったんだ。そこまで送っていくつもりだが」

 

 シオリがその言葉を受けて地図を広げる。指を差した場所には、他の民家よりもかなり大きく、後ろに広大な森を抱えている館が記されている。

 

「おう? …あぁ、ここは資料館だな」

「資料館ですか?」

「ああ。なんでも昔は大層立派なお屋敷だったそうだけどな、持ち主のおじいさんが死んでからは資料館になってるんだよ」

「…え…………?」

 

 シオリの表情がみるみる固まっていくのを、魔理沙は見ることしか出来ない。その亡くなったおじいさんというのが、恐らくは最後の血縁だったのだろう。しかしながら、今魔理沙がしてやれる事は何も無かった。

 

「君、資料館に何の用だ?」

「あの…………その、身内を……」

 

 シオリが、明らかに消沈してしまっている。仕方の無いことだ。自分が会いたかっただろう相手の死を、見知らぬ人から淡々と教えられたのだから。だが当の本人は気付かないのか、疑問符が頭の上に浮かび上がりそうな上がり眉のまま、シオリと私に話を続けた。

 

「よし、取り敢えず乗っていきなさい。この時間から歩いていくんじゃ、着く頃には資料館も閉まってしまうから。それでいいか?」

 

「………はい。魔理沙ちゃんも、それでいい?」

「私は……うん、大丈夫」

 

「じゃあ後ろに乗ってくれ。資料館までは30分は掛かる、気長に待ちなさい」

 

 車が発進して直ぐにラジオがかけられ、ポップな音楽が車内を明るくしようと努めていた。警官は気を利かせてくれたんだろう、だがシオリはそれどころではなかった。その隣にいる私にも負のオーラが感じ取れているほどだ。

 

「どうするんだ?……私とシオリは、そもそも目的が違うんだ。シオリが嫌なら、別行動しても───」

 

「いいよ魔理沙ちゃん。亡くなったと言っても、遺品とかから何かわかるかも知れないし。ね?」

「……まぁ、それは一理あるけどさ」

 

 車に揺られながらも、車窓の外を眺め、時折シオリの表情を隠れて伺う、それくらいしか魔理沙にできることはなかった。

 

 

 

 

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